ザイドと少女
グリを乗せた商船は、数日後、交易で賑わう大都市へとたどり着いた。
港には豪華な衣装を纏った商人たちや、異国の品々を積んだ荷馬車が行き交い、活気に満ちていた。
「ようし、ここならいける。きっと高値がつくぞ。」
盗賊たちはグリの入った麻袋を抱え、街の中心部へと足を進める。
「このへんの貴族や成金なら、物好きが多いはずだ。珍しい鳥だって言えば、値も跳ね上がる。」
「ひゃっひゃっ、儲け話だな!」
だが、その時——
狭い路地を抜け、広場に出た瞬間。
ドスン、と地面を踏みしめるような重い足音が響いた。
「……?」
盗賊たちが顔を上げた先にいたのは、漆黒のローブに身を包んだ、異様な存在感を放つ大男だった。
その男は、無言のまま盗賊たちとグリの入った袋を見下ろす。
「お、おい、なんだこいつ……」
男は一歩、また一歩と近づく。
そして、盗賊たちの前でぴたりと立ち止まり、静かに手を伸ばした。
「おい、やめろ、これは俺たちの……っ」
次の瞬間、男の腕が一閃。
視界が歪み、盗賊の一人が吹き飛ばされた。
「なっ……!? 何が……!」
男の動きは速すぎて目で追えず、残る盗賊たちもあっという間に打ち倒された。
その光景を見ていた周囲の町人たちが、ざわめき始める。
「今の……あの技、見たことがあるぞ……」
「まさか、あれは……! あの人じゃないか?」
「六騎士の一人、『黒鋼のザイド』……!?」
「でも、ザイドは……魔王との戦いで死んだって……」
「……まさか、生きていたのか……?」
静まり返る街角で、ただ一人、ザイドと呼ばれた男は無言のまま袋を拾い上げた。
その中から顔を覗かせたのは、くちばしと赤い尾羽を持つ、一羽のオウム。
「…………神獣様。」
男の低い声が、誰に語りかけるともなく響いた。
ザイドは倒れた盗賊たちを一瞥すると、何事もなかったかのように麻袋を抱えてその場を後にした。
市場の片隅で食料を買い込み、大通りを抜けて街の門を出る。
そして、誰も追ってこないことを確認すると、山沿いの小道を進み始めた。
やがて、乾いた風が吹く岩場の先、自然にできた洞窟が現れる。
ザイドは迷いなくその洞窟の奥へと入っていった。
中はひんやりとしていて、岩の隙間から差し込む光が、ほんのりと足元を照らしている。
「……ただいま。」
ザイドが静かに呟いたその時。
「……あー……あー……」
奥から、白いワンピースを着た小さな少女が走り出てきた。
年の頃は七歳ほど。髪は明るい栗色で、目は大きく澄んでいる。
少女はザイドの姿を見るなり、ぱぁっと笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
そして、グリに気づくと、驚いたように目を見開く。
「あー……! あー……!」
少女の声は幼いが、どこか不自然だった。
言葉を知らないのではない。喋れないのでもない。
その様子を画面越しに見ていた俺は、思わず呟いた。
「……耳が、聞こえないのか?」
少女の様子、声の出し方。それにザイドの表情。
彼女が耳の聞こえない子どもだと気づいたのは、その直後だった。