8.稼げるマジックベリー
「戻ってきたぁ……!」
「お疲れ様です」
一階層のゲートを抜け、無事新宿ダンジョン受付ロビーへと戻ってきた菜緒は、その場にへたり込みそうなくらい疲弊していた。
体力よりも精神的な疲れが大きい。道中訓練と称し、覚えたての魔法を連続で撃たせられたからだ。
Sクラスはコレが普通なのか、コレだからSクラスになれたのか。
天知は『出来るまでひたすら繰り返す』タイプのようで、『燃やしましょう』『燃やして下さい』『もう一回』と魔法のおかわりを要求された。その辺をうろついているモンスターまで引っ張ってくる勢い。
しかし何度やっても派手な火柱が上がり、付近のモンスターが悲鳴を上げて逃げ惑う。
魔法には指向性があり、ターゲットを意識すればそれ以外を燃やさない、大丈夫、なんて言われても、平凡な一般市民には刺激が強い。
ギャワギャワ鳴いて駆けていくゴブリンを片っ端から燃やすという行為など、ものすごく悪い事をしているような気がする。
魔法が苦手と言うだけあり、天知の指導は大雑把だった。
『魔法はイメージ』の一点張り、『炎を小さく』『手のひらに乗るくらい』『握り潰す感じで』とアドバイスが物理に寄っている。
何度も言ったがこっちだって分かっているのだ。
頭の中の火と現実のそれが一致しないだけで。
ちなみにドロップは問題なく回収出来た。その辺はありがたい。
「魔法ってタダじゃないですよね? 魔力を消費するんでしょう? 明らかに使いすぎだと思うんですよ、そろそろ倒れてもおかしくない……」
「まだいけます」
このスパルタ眼鏡め。
内心罵りつつも、言われるがままモンスターを燃やす。
空中をふよふよ漂っていたウィスプを燃やし、スライムは突き刺し、ゴブリンも燃やす。
途中集団で向かってきたグラスウルフもうっかり燃やしてしまい、ショックで火柱を同時に三つ立ててしまった。
天知は手を叩いて喜んでいたが、こちらとしてはまったくそんな気になれず、思わず恨みがましい目で見てしまう。
とはいえいざ対峙してみると全身に敵意を漲らせ、凶悪な形相でガルガルしているグラスウルフは動物というよりも化け物寄りで、問題なく倒せた。
形は似ているが本当にそれだけで、モンスターは明らかに違う。
生存と繁殖の為に行動する動物と違い、こちらに向ける敵意がすごい。
間をあけて見合ったり、そっと立ち去るという行動は一切なく、見れば即襲いかかってくる。そんな連中にかわいそうなどと思う余裕はなく、やらなければやられる厳しい世界。
菜緒が覚えたのは基礎中の基礎、火の魔法。
普通は対象を直接燃やすか手のひらサイズの火の玉を発し、高速でぶつける魔法なのだが、菜緒が放つと巨大な火柱が出現し、跡形も無く焼き尽くしてしまう。
天知によると魔力量が関係しているのではないか、という話だった。
同じ魔法でも人によって威力が違う。
「氷野森さんは魔法使いの才能があります。素晴らしい」
「はあ……どうも……」
褒められてはいるのだろうが、全然嬉しくない。
こっちはそんなものになる予定はないし、火柱を量産して歩くなんて物騒すぎる。
「これなら三階層までの往復も余裕というか圧勝でしょう。むしろ五階層の番人もいけますよ!」
「そんな予定ないです」
相手としては魔法さえ覚えさせれば、自分がいない間も問題なく三階層まで行けるのでは? という親切心であったようだ。
だが慣れない攻撃に菜緒はすっかり疲れてしまい、やる気が底をついてしまった。
これなら一階層でスライム潰しながらヒールベリー採取の方が、気持ち的にはずっと楽だった。
「……そうだ、ポーション」
よろよろとロビーの椅子に座り込んだ菜緒は、バッグからポーションを出して一息に呷る。
いつもならばたちまち疲労が回復し、すぐ立てるくらい元気が出るが、流石に今日は厳しいか。
「氷野森さん、こちらも」
「はい~?」
天知に渡されたのはポーションより一回り小さな容器。
アセロラみたいな赤い色をした液体をぐっと飲み干す。まろやかにされたマジックベリーの酸味、爽やかなミントのような風味が混ざり合い、これ結構美味しい。
「ありがとうございます。美味しかったです」
「これを美味しいと感じるんですね。やっぱり氷野森さんは魔法を使うタイプですよ」
「へえー……」
「俺には渋味が強く感じるので」
ポーションとマジックポーション、両方の容器を回収した天知は、くずかごにぽいと放り込んだ。
「すみません」
「いえ。どうです、歩けそうですか?」
「ちょっと、休みたいかも……」
「気持ちは分かるんですけど、移動しましょう」
終わってもスパルタなのかと顔を上げた菜緒は、慌てて立ち上がった。
ロビーにいる人殆どがこっちを見ていて、動く度に視線がぞろりと動く。
なんで!? と一瞬パニックになったが、その視線は菜緒というより隣の男に向いているようだ。
「そうだった。天知さん有名人……」
「すみません」
これが『ハハハ』みたいな自慢気な雰囲気だったらちょっとイラッとしたかもしれない。
本人に浮かれた様子はなく、むしろ居心地は悪そうだ。菜緒に対し申し訳なさそうにもしているので、なんとか重い腰を持ち上げる。
いつも通り素材買い取りの番号札を取ろうとしたが、天知が声をかけると別室に通された。
流石Sランク探索者と思いきや、マジックベリーは魔力が漏れないよう特別なコンテナに収める必要があるので、ついでに重量も計測し、買取額をその場で出すそう。
「マジックベリーを採取してきた時は受付に一声かけてください。よほど忙しい時以外は待たされませんから」
ヒールベリーに比べ売り手も消費も劣るマジックベリーだが、慣れた探索者には必須で、ダンジョン内で常に消費されている。
その割に専門の採取者が少なく、常に不足気味である。
これは一階層とは危険度が違うからで、三階層を問題なく進める探索者は大抵その先まで進む。五階層以降は違う稼ぎを身につける事が多いため、わざわざ管理局から依頼を出しての大規模採取もあるらしい。
「なので今日案内したのは氷野森さんのためだけじゃないですよ。俺達探索者や、管理局にもメリットがあるんです」
「私がマジックベリーを採ってきたら、皆さん助かります?」
「もちろんです」
「助かる助かる」
受付のおねえさんも、コンテナをセットしていたおじさんもにっこり。
面倒疲れる寄りに傾いてはいたけれど、人に喜ばれるなら続けてもいいかもしれない。
それに魔法を撃たなければ良いのだ。せっかくモンスター除けを借りられるのだから、こっちを有効活用しないと。
「これにそのまま入れば良いんですね」
「一キロぴったりでここが閉まるから、そしたらちょっと待って、次また入れて」
「おー」
これはベリー専用ではなく、元々農業用にそういう装置があるとの事だった。
菜緒が収納袋から流し入れたマジックベリーは受け皿部分でころころと回り、中央の穴に落ちてミニコンテナに収められる。
満杯になると穴が塞がれ、局員がコンテナに蓋をかぶせて除けて、新しい容器を設置、という流れ。
「彼女初回だよね? 頑張りましたねえ」
前半は天知へ、後半は菜緒に向けての言葉だ。
計測中のおじさん局員は、傍目にもほくほくしている。
「ずっとヒールベリー採ってたので」
「ああ、だから傷なく綺麗なんだね。そうなんだよ、皆もっとマジックベリー採ってくださいってお願いしてるんだけどねえ」
ヒールベリー摘みの人達の中にもそれなりのレベルの人はいる。
しかし行きはともかく帰りが辛い、地面に近い実の採取は短時間でも足腰に来ると、あまり行ってはくれないらしい。
「ポーション飲んで頑張って欲しいんだけどな。どうせ小遣いが欲しい時だけなんだから……」
「ヒールベリーよりお値段いいって聞きました」
「そうだよー。期待してて」
高まる期待と共に、ようやく袋のマジックベリーが尽きた。
ミニコンテナ八個分、なんと七キロを超えていて、菜緒が一番驚いた。
そんなに採った感覚無かったんだけど……どういうこと?
「こちら全て買い取りでよろしいですね?」
「お願いします」
既に自分用は取り分けてある。
わくわくしながら表示される数字を見守っていると、なんと7.64キロ。
「259,760円になります」
「に、にじゅう……っ!?」
壁に表示されているキロあたりの値段を頭で計算する前に、ニコニコ金額を告げる受付嬢。
「えっ……あのっ、へええっ?」
「現金でよろしいですか?」
「は、はいぃ……」
ダンジョン関連の取引は、個人売買を除き買い取り時に税金が引かれる。
それでこの価格と考えると、ヒールベリーとは比べものにならない利益だ。
「なんでみんなマジックベリー採らないんですか!?」
「重いからですねぇ」
「はっ」
一階層ですらあんなに重かったのだ。
それを三階層から上がってくると考えると……しかも道中ゴブリンやらグラスウルフやらを倒さなければならない。これは確かにキツい。
「たまにならいいんですけどね。皆さん続かないみたいで」
「ひぃ」
トレーに乗せられた札の枚数に、もはや気が遠くなってくる。
一ヶ月分のお給料より多い額を一日で稼いでしまった……。
「天知さん!」
「はい?」
「ははははんぶん持ってってください」
「いや、今日俺は付き添いだし」
「イヤー!」
稼ぎの殆どはモンスター除けと収納袋のおかげ、つまりあなたの取り分だと主張するが、躱される。
「そもそもこれはお礼ですよ。礼を返してもらうのは変じゃないですか」
「でも流石に金額が大きすぎると思うんです」
「そうか……?」
そのうっすい反応に思い出す。
この人Sランク探索者、つまり高所得者代表。
「現金持って帰るなんて怖いんですよおおお!」
「口座作ればいいのでは?」
結局『採取したのは氷野森さんで、俺は一切手を出してません』という天知の説で押されてしまい、受け取ってもらえなかった。
予定外の額にガクブルしながら、勧められるままダンジョン局の口座を開設。
と言ってもライセンスを取得した時点で登録は半分済んでいるようなもの。その他必要事項を書き足せば、すぐに機能が解放される。
とりあえず大きなお金を預けて端数を引き取ってはきたものの、それでもお財布に入れて良いものかと悩む金額であったので、とりあえず強制的に食事を奢らせてもらう事にした。
「流石にここは譲りません! 何でも食べたいもの言ってください!」
「普段接待以外で人に奢られる事なんてないからなあ。慣れないしなんだか悪い気がしてしまって」
「……くっ」
一部涙なしには聞けないプライベートが垣間見えたが、深入りする事なくそっとしておく。
いつも通り着替えとシャワーを済ませ、飲食街に来た二人が協議を重ねた結果、本日のメニューはラーメンに決定。
券売機のボタンを延々押し続ける勢爆誕である。
「肉そばは醤油? 味噌も出来る? タンメンもおいしそ……ああでも麻婆麺も捨てがたい!」
ええい全部だ全部と札を入れ、ポチポチボタンを押していく。
ついでに『食べます?』『はい』の会話を挟み、全ての食券が二枚ずつ吐き出される。
餃子の時だけリズムゲーのような連打が見られ、厨房が一気に慌ただしくなるも、二人は気にせず席に着いた。
「ここ何食っても旨いですよ。前から全メニュー制覇してみたかったんだよな~」
「夢ですよね~!」
キャッキャしながら出された水を一気飲みし、ついでにおかわりも注ぐ。
ダンジョン内ではあまり空腹を感じないが、出てくると途端にスイッチが入るようだ。
腹ぺこ探索者に対応する形で、各飲食店に大盛りやお得なセットメニューが生まれ、それを目当てに外部からも客が来る。結構なにぎわいである。
「やっぱりカウンターですよね」
「そうそう」
食べたいタイミングで食券を出せば、出来たてアツアツが食べられる。
頼んだ食事を一気に持ってこられると、一番美味しい時を逃してしまう事がある。
あれはつらい。冷めてのびたラーメンなぞ論外である。
素晴らしい位置取りにお互い感心しつつ、小皿に餃子タレを作っていると、さっそく第一陣がやってきた。
業務用餃子焼き器いっぱいに敷き詰められた餃子が今、焼き上がった──
「来たー! やったー! いただきます!」
「あー、あーあーそうこのカリジュワ……」
欲望の宴(食欲)から半月が経過した頃。
受付で『こちら天知さんからお預かりしたメッセージです』を聞かされた菜緒は、その日の探索を終えると指定の場所へ向かった。
「そういえばまだ連絡先交換してなかったな……」
借り物のある身、一応別れ際に考えはしたものの、Sランクの探索者に気軽に聞いて良いものではない気がして、そのまま別れてしまった。
待ち合わせ場所はいつも通りの飲食店街。
通路奥の静かなフロアにある『和食処・鮨 -ZEN-』は、寿司職人もいる高級店ながら、気軽に入れるランチが人気。昼時は長蛇の列、夜はその味を知る通人が訪れる名店である。
ちなみに菜緒は昼ランチしか食べたことがなく、好奇心で夜の値段を覗いて白目を剥いたが、『今日この為に頑張って稼いだんだ』という強い心と現金を持って来店した。
「いらっしゃいませ」
「すみません、ここで待ち合わせをしているんですけど、天知さんは──」
「氷野森様ですね? お待ちしておりました」
昼間は和風っぽいプリント生地の制服を着た店員が、夜は着物美人が給仕をしてくれるらしい。
内装は同じ筈なのに雰囲気が違って見え、緊張しながら奥へと進む。
「失礼します」
テーブルもしくは掘りごたつ個室と思いきや立派なお座敷、という斬新な演出を経て席に着くと、座卓に資料を広げていた天知がぺこりと頭を下げた。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ、急にお呼び立てしてすみません」
実に日本人らしいやりとりを経て頭を下げあう。
着物美人が丁寧な仕草でお茶を入れてくれたので、ありがたくいただく。
お茶はおいしいし視界もキレイなのだが、どうして今日良いお店ですよって言ってくれなかったんですか、という恨み節もある。普通にTシャツとパーカーで来てしまったではないか。
「どうですか、その後の調子は」
「はい。もう、すっっっ……ごいです」
天知に借りたモンスター除けと収納袋の効果は絶大だった。
なにせ朝から行って夕方ビルを出る、一日がかりの探索をすると日に三十万の稼ぎになる。
一度の探索で非課税の三十万はでかい。
「距離は長いので疲れはするんですけど、ポーションで回復できるじゃないですか」
「ええ」
「ドラッグストアのシフトを減らして週三回、二百万近くも稼いでしまいました……!」
これぞ荒稼ぎ。
「お役に立ったようで良かったです」
「でも流石に怖くなってきたのでお返ししようと思います」
「はい?」