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7.はじめての魔法

 スライムが落とした謎の金属片。

 買い取りを拒否され、指にはめて帰った事を菜緒はすっかり忘れていた。

 言い訳をさせてもらえばこのリング、市販のもより軽くて存在感がない。

 加えて小指という位置、つるりとしていてその辺に引っかかる事もなく、アクセサリーを付けているという感覚そのものがいつしか消えていた。

 そういえばスライムがキューブを落とすようになったのも、この指輪をはめてからだった……ような?

「天知さん、これ」

「はい?」

 振り向いた天知がぎょっとしたような顔で凍り付く。

 手に乗せたリングを凝視し、菜緒の顔を見て、またリングを見る。

 明らかに様子がおかしい。

「これをどこで……?」

「さっき倒したスライムですけど」

 色の薄いスライムを倒すとドロップする、リング状の金属片であること。

 スライムがスライムキューブを落とすようになったのは、偶然これを見つけ、指輪にして身につけた後……の気がすること。

「スライムが落としたものだから、何か関係があるのかも」

 天知は呆けたような顔で菜緒を見つめていた。

「なのであげますね」

「はっ?」

「私もう持ってるので」

 どうせ値段もつかないガラクタだ。二重に指輪を付ける趣味もない。

「今後スライムキューブが欲しくなった時に使ってください」

 モンスター除けやら収納袋やら、レンタルとは言え世話になりすぎている現状。

 不要と言われればそれまでだが、指輪をはめるだけなので試してみてもいいと思う。

 私はマジックベリーを手に入れ、天知さんは今後キューブが手に入り易くなると……いいですね。

「しかし……流石にこれを貰うわけには、むしろ私の方が釣り合わな──」

「ゴミになっちゃいますが?」

「……っ」

 ゴミを渡すのかと言われたらそれまでだが、一応手がかりではあると思う。

 握り込まれた手を開き、リングを乗せて、またマジックベリーの収穫に戻る。

 わさわさと揺れる枝からベリーが落ち、袋の中に吸い込まれていく。

 しばらくして背後から、妙に弱々しい声が聞こえてきた。

「ではこれは、お借りするという事で。色々と調べさせてください」

「どうぞどうぞ」

 何か言っているけど今忙しいんで。

 ここにはマジックベリーの採取に来たのだ。大地の実りを存分に毟り取り、ヒールベリーの三倍という買取額に期待したい。グフフ。

「コロコロして掴みやすいな」

 表皮の柔らかいヒールベリーに比べ、マジックベリーはやや固め。

 だが収穫のしやすさはヒールベリーに軍配が上がる。地面に近いので屈んで摘むのは負担が大きい。このままだと腰が痛くなりそうだ。

「よいしょっと」

 荷物から予備の袋を取り出し、地面に敷いて座り込む。

 一々バッグに入れるのではなく、ポイポイ袋の上に転がして、まとまった数を入れるようにしたら、少しマシになった気がする。

 なんとかこの一帯だけでも根こそぎ採取してやりたい。

 そして最後に眺めて悦に入るのだ。あの達成感、癖になるんだよね!




 ひたすらベリーを採って採って、また採って。

 流石に体が痛くなってきたので、立ち上がって腰を伸ばす。

 腕をぐるんぐるん回し、水をごっきゅごっきゅ飲んで、プハァと息を吐き出したところで『終わりました?』と声がかかった。

「うひゃあ!?」

 ベリー摘みに集中するあまり、案内人の存在をすっかり忘れていた。

 天知は菜緒が放置していたスライム棒を手に、周囲を見張っていてくれたようで、外れドロップの葉や枝のゴミが地面に積んであった。。

「すみません、お待たせしました」

「いえいえ」

 誤魔化し笑いを浮かべつつ、空のペットボトルと袋を仕舞う。

 今日はもういいだろう。体力的にはもう少し頑張れそうだが……そう言えば人を待たせていたのだった。

「どうですか、スライムキューブ落ちました?」

「それがまったく」

「あれ? 関係ない……? ごめんなさい、私の勘違いでしたね」

「いえいえ、多分氷野森さんの予想で合ってると思いますよ。これはまた別の問題というか……」

 もにゃもにゃと煮え切らぬ語尾が気になるが、とりあえず差し出されたスライム棒を受け取る。

「戻りましょうか」

「はい!」

「それで、道中のご相談なのですが」

「おおお?」

 持ち上げた軽量バッグの軽さに感動する。

 相当量採ったはずのマジックベリーの重さは殆ど感じられず、体感行きと変わらない。

「まだ余裕があると思うので、他の荷物も入れちゃえば楽ですよ」

「それじゃ失礼して」

「ええと、話の続きなんですけど。試しに三階層のモンスターを倒してみませんか?」

「……んっ?」

 バッグ自体の重さだけになったと、ウキウキ立ち上がったタイミングで、何かとんでもない言葉が聞こえてきた。

「無理でしょう」

「いえそれが簡単なんです。弱いモンスターなので」

「本当ですかぁ?」

「うーん、弱いのは確かです。ただとても素早いので、新人はまず捕まえられないですけど」

 ウィスプと言われるそのモンスターは、普段は上空をふわふわと漂っている。

 接敵すると高速で動き回り、探索者に小傷を負わせ逃げてしまう。

 多くの探索者は面倒がり、ウィスプを見かけても無視か、さっさと立ち去るようだ。

「私が捕まえていますから、氷野森さんはスライム棒でウィスプの中心あたりを突いてくれれば」

「なんだかズルをしてるような気が」

「番人戦ですら戦闘補助は認められているんです。パーティーを組むのと一緒です」

「そう……なのかな?」

 現役しかもSクラス探索者が言うのだ、間違いないだろう。

 スライム棒を構えた菜緒に、天知は珍しく笑顔など浮かべて手招きする。

 慣れないせいか表情が引きつって見える。

 お世辞にも爽やかとは言えない。申し訳ないが胡散臭い。

「スライム専門の初心者ですからね。お手柔らかに頼みます」

「大丈夫大丈夫」

「──ッ!」

 突如上空でキィンッ! ジジジジ! と激しい音がしたかと思うと、上から何か降ってきた。

「わぁっ!?」

 白くもやもやとした球状の何かが、地面の上でビタビタと転がっている。

 暴れるモンスターの動き。形がないので捉えにくいものの、スライムの核を突き刺し続けたおかげか、なんとなくここかな? という感覚はある。

「よく中央を狙って」

「は、はい」

 よく狙って、突き下ろし。

 慣れた動作で貫くが、手応えはまったくない。スカスカだ。

 首を傾げた瞬間辺りが一瞬明るくなり、ウィスプは消えて、地面に筒状のものが転がっていた。

「流石です! 一発ドロップでしたね」

「……わあ」

「さあそれを取って」

 言われた通り薄汚れた筒を手に取る。

 実物に触れたのは初めてだ。ショーケースに収まったものは見たことがある。

 並ぶゼロの数に気が遠くなり、さっさと退散したけれど。

「これって!」

「はい、呪文書(スペルブツク)です」




 呪文書はダンジョンで度々発見される、文字通りの『宝』である。

 使用する事によって『魔法』という新たな概念を得た人類は驚喜した。

 発見当初は『人類に新たな力を与えた革新的な力』と持て囃されたものの、その使用はダンジョン内に限定される。

 また魔法を覚えられるかどうかは人それぞれ、中にはまったく魔力がなく、またはあっても発動しない者がいて、必ずしも万能ではない。

 探索者の中で魔法を習得出来る者は全体の六割程度。

 それも一度の使用で魔力がすっからかん、という者も珍しくない。

 いわゆる魔法攻撃を主とする探索者はとても少なく、希少な存在だ。深層攻略には欠かせず、引っ張りだこ。高額な報酬を条件にパーティーと契約し、荒稼ぎする探索者もいるとか。

「夢のある話ですね」

「そうでしょう。だから大抵の探索者は呪文書を“買って”試します」

「高い……ですよね、やっぱり」

 素質さえあれば確実に魔法が覚えられる呪文書は、特に高額になりやすい。

 簡単な呪文書でさえ何十万、何百万の世界。

「この三階層に出るウィスプは、最速で呪文書を得られるモンスターなんです。ただしとても素早く、初心者ではまず仕留められない。ドロップ率も低い」

 天知の視線が菜緒の右手に向く。

 小指のリングに触れると、彼は大きく頷いた。

「氷野森さんが仕留めたウィスプです」

「でも……」

「呪文書がドロップしたのはあなたが倒したからですよ」

「天知さんが押さえていてくれたからでしょう」

 地面を這いずっているスライムはともかく、宙に浮かんでいるモンスターを、一人では絶対に倒せない。

「これは検証でもあります。だから俺にもメリットはある。とりあえずその呪文書、使ってみてください」

「は、い」

 本当にいいのだろうか。

 ためらいはあれど、興味もあって。

 現代日本人の菜緒は、巻物なんて使った事はない。

 それでも手の中で開くと、中に文字らしきものが見えたと思ったら、巻物ごと消滅してしまった。

「あれ?」

「大丈夫です。使用されると無くなります」

「一体何が──」

 何がどうなったのだと、口に出そうとする。

 しかしその『何』は既に菜緒の中にあった。

 燃える火、飛び回る炎、ウィスプが踊り、そして消える。

 イメージと同時に誰かが話す言葉があって、でも意味は分からない。

 日本語でも英語でもない、今まで一度も聞いた事のないような。

 だがその全てが消えて静寂が戻ると、これまでとは違う感覚が体の中にあった。

「無事習得出来たようですね」

「うう、なんかぐるぐるします……」

「そのぐるぐるを使います。あの枝を良く見て、狙って」

 そう言って自分が狩ったスライムの外れドロップを指さした天知に倣い、菜緒も手先を向ける。

「言葉は何でもいいです。ファイアでもアギでもメラでも、“燃える”という概念が──」

「え? 燃やす?」


 菜緒が思い浮かべたのは、揺らめく炎のイメージ。

 日常使うコンロ、実家の仏壇のろうそく、夏に遊んだ花火。

 しかし実際上がったのは、背丈の倍にもなる火柱だった。


「は……?」

「へ……?」

 ごうごうと燃える炎は、現れた時と同時にあっさりと消える。

 葉と枝は完全に消滅しており、ただし地面は焼ける事なく緑のまま。

 焦げ臭い匂いが鼻先まで漂ってきて、ぱらぱらと灰が流れてくる。

「こんなに、ヤバいものなんですか、魔法って」

「まさか」

 屋内だったら確実に火事になる勢いだ。

 魔法が使えるのがダンジョン内だけで本当に良かった。


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