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2.初めての探索

 あの後ヒールベリーについて調べてはみたものの、検索にはポーションの効果ばかりが引っかかり、食欲抑制効果があるという情報は今のところ見当たらない。

 空かないお腹を抱えた菜緒は、それまでまったく興味の無かったダンジョンなるものを必死になって調べた。

 なにしろ食費の問題は切実で、一人暮らしの家計に重くのし掛かる。

 下手に食べると食欲が暴走し、かえってお腹が空く不便な体。

 美味しいものほど滅多に食べられないという悲しきジレンマ。

 外食したいけど、量と値段を考えたら簡単には手を出せない。寿司、ラーメン、焼肉……思い浮かべるだけで口の中が涎で溢れそうになるけれど、我慢。

 どうにかする手段があるならと、縋る思いだった。

「意外に手近な所にあるんだ……」

 職場から支部のある新宿ダンジョンまでは片道二十分程度。

 初心者向け講習は通年行われており、ネットで簡単に申し込めるようだ。

『ダンジョンの基本知識、装備貸し出し、ダンジョン内での保険がセットになって通常50,000円が今なら19,800円!』と若干胡散臭い売り出し文句が踊っている。

「二万円かぁ」

 月の食費を考えたら二万は大きい。

 しかし食べ物は食べたらなくなるが、ライセンスは残る。

 頑張ればヒールベリーも手に入る……かもしれない。

 動物好きな菜緒は『生き物と戦うなんて』という気持ちがあった。

 しかし新宿ダンジョンの一階層にはスライム種なるものしか生息せず、ゼリー状のよくわからない物体が地面を這い回っているだけとある。

『ベテラン探索者が親切に指導』だの『お試し探索』などと書かれると、じゃあちょっとやってみようか、という気持ちになる。

 探索者として活動するかどうかは本人の自由。

 身分証としても使えるため、気軽に取る人が多い。

 高校の部活、大学のサークル活動、社会人ダンジョンチームの口コミに挟まり『お父さんと一緒に行きました』などの投稿を目にした菜緒は、思い切って次の休みに講習を申し込む事にした。




 無事ライセンスを取得した菜緒は、再び新宿ダンジョンを訪れた。

 シフトの関係で三日あいてしまったが、配られたテキストを読み込み、下調べもばっちり。

 新宿ダンジョンは施設規模が大きく、探索者の数も多い。

 高層ビル内という立地から不安視されていたキャパシティは、大容量の高速エレベーターを設置する事で対応。

 二十四時間対応の受付とレンタルブース、売店、素材の買い取り所、菜緒も講習で世話になったミーティングルーム、シャワーとロッカーを備えた男女別更衣室と中は結構広い。

 また権利の関係で別フロアにはなるけれど、武器防具など装備系の店があり、飲食店やコンビニも入っている。

 中層以降で活動する探索者は報酬が高額になる事が多く、それを当て込んでいるであろう高級店もそこそこ人がいるようだ。こちらは庶民には用のない場所なので全力でスルーさせていただいた。

 菜緒は動きやすいジャージに着替え、足元はスニーカー、背にはバックパックを背負い、レンタルブースへ向かう。

 バックパックの中身は飲み物と巨大おにぎり。携帯食料、チョコレートは念のため。

 初心者サイトで見かけた『あると便利なアイテム』項目に従い、フリーザーバッグやウェットティッシュも入れてある。携帯トイレも一応買ってはみたものの、ダンジョン内ではそうした生理的欲求が起きにくく、天気も変わらないのでどのサイトも『極力荷物は増やさない』という結論で締められていた。

 一日300円のレンタル料を払い、ヘルメットとプロテクター、スライム棒──先端にフォークのような金属部品の付いたスライムの核を砕く専用の道具──なるものを手に、完全無欠の初心者スタイルでダンジョンに挑む。

「よし!」

 気合い十分な菜緒に、装備を見てくれていた女性職員が白黒コピーされたチラシをくれた。

『探索日和』と書かれたそれには各階層の注意事項、ダンジョンでの諸注意、ポーションの広告が載っている。

「あれっ?」

 『ヒールポーション大特価』『疲労回復にこの1本!』に続き、6000円の文字に二重線が引かれ、2000円になっている。

「えっ、えっ、安っ!?」

「容器の差で値段が違うんです。ダンジョンの中か、受付前で開けて飲めば2000円」

「にせんえん」

 これはライセンスを持つ探索者のみの特権らしい。

 地上では効能が抜けてしまうため、密閉容器でも一週間ほどしか保たない。期限内に消費するようにとの注意書きやら、販売に手間がかかる。

 しかしダンジョン内では劣化しないので、安価な簡易容器で問題なしとのこと。

「一本持っておくと安心ですよ」

「ですよね!」

 言われるがまま2000円のポーションを購入。

 これで怪我をしても安心、無傷ならこれは帰りに試すことにしよう。

 職員に『お気を付けて~』と手を振られながらゲートをくぐる。

 其処には二度目にして衝撃の光景が広がり、菜緒の足を僅かに留めたが、注意事項にあるようにすぐに歩き出す。

 さっきまで都会新宿ど真ん中、高層ビルの三十階に居たはずなのに、ゲートをくぐればそこは草原。

 何処までも晴れた青い空、赤茶けた地面、遠くに見える岩山と、ありえない景色に取り巻かれ、ただただ感心してしまう。

 屋内に居たはずなのに、外。

 しかし太陽の姿はない。空は青いし遠くに雲も見えるのに。

 これが新宿ダンジョン、一階層の景色だ。

「さてと」

 内部には電波がなく、ネットや電話は使用できない。

 画像保存しておいた地図を広げて地形を見定めると、菜緒は南東の方角にある山に向かって歩き出す。

「見通しの悪い草むらは歩かない。できるだけ地面の上を歩く」

 草むらに潜むスライムを踏めば、種類によっては怪我をする事もある。

 一階層に出現するのは比較的大人しい二種、グリーンスライムとブルースライム。

 寒天のような質感のグリーンに比べ、ブルースライムの体は柔らかく滑りやすい。うっかり踏み抜いた探索者は為す術無く滑って転ぶ。

 講習で起きた笑いは『一階層の負傷原因ナンバーワン』と続く言葉に飲まれて消えた。

 歴戦の探索者でさえ『スライム滑り』は防げないのだとか。下の階層にはポイズンだのアシッドだの更に物騒なスライムもいるようで、そちらの被害はもっと酷い事になるらしい。

 単独探索の菜緒にとって、まず一番に避けたいのが怪我である。

 テキストに書かれた注意書き厳守、なるべく草むらには近づかないように進んでいくが、ダンジョンで戦いは避けられないようで。

「うわ出た」

 歩き始めて幾らもしないうち、第一スライムと遭遇してしまった。




 ぷよんぷよんの体を揺らしつつ現れたのは、グリーンスライム。

「ヘンな形っ!」

 見た目は直径四十センチくらいの水たまり。

 一年放置されたプールみたいな色合いに、更に濃い色の(コア)が透けて見える、弱点丸出しのモンスター。

 講習でやった通り、スライム棒の先を慎重に定め、体表に触れないギリギリの所から核まで一気に突き下ろす。

 感触も姿も砂浜に打ち上げられたくらげそっくりで、『生き物を殺している』感はあまりない。

 直後ぐたりと脱力したスライムは、水のようにとけて消滅していく。

「ドロップアイテムはなし、と」

 モンスターは消滅時、何かを落とす事がある。

 けれどスライムが落とすのは殆どがゴミ。

 その辺に生えてる草や枝、核破壊以外の手段で倒せば稀に極小の魔石が落ちるらしいが、手間がかかる上にリターンも少ない。

 ある程度実力のある探索者はスライムなど相手にせず、そもそも用事のない一階層は単なる通り道である。

 だからゲート付近を離れる程にダンジョン一階は空いていて、菜緒のように本当の初心者か、ヒールベリー目当ての人しか来ない、ちょっとさみしい眺めだ。

「結構歩くなこれ。これじゃ皆来ないかも」

 目的地までは片道一時間のウォーキング。

 日頃運動不足な身としては少し荷が重く、スライムが出たら避けるか倒す必要がある。

「ポーションが半額って言えば……でもなあ……」

 ライセンスを取って受付でポーションを飲めばいいじゃない、とか言われそう。

 それも一瞬考えたが、菜緒に必要なのはポーションではなくベリーの方だ。

「地道に行くしかないか」

 道中更に二匹のスライムを倒し、そのうち一匹は前情報通りその辺に生えていそうな謎の葉っぱをドロップ。

 念のため袋に入れてバックパックへ放り、歩き続けること数十分。

 無事到着したヒールベリーの群生地は、結構な数の先客がいた。

「そりゃ居るよね」

 一階層を探索する人たちは、殆どがヒールベリー目当てのはず。

 見れば皆軽装……というかほぼ農家のおじさんおばさんスタイル?

 日避け帽に首巻きタオル、長袖のシャツにワークズボンと、菜緒のようにヘルメットやプロテクターを装備している人は一人もいない。

 皆腰にかごをつけ、慣れた手つきで手早くベリーを摘んでいる。

「あらこんにちは」

「あっ、はいこんにちは」

 なるべく人気の無い場所で袋を広げていると、近くにいた人が声をかけてきた。

 菜緒の母親くらいの年齢の女性だった。今日が初めてだと言うと、『だと思った』とからから笑う。

「そんな棒持ってるんだもの。この辺りのスライムは足が遅いから、相手しないでまっすぐ来るのよ」

「そうなんですか」

 倒しても大した物を落とさないスライムは、相手をしても無駄らしい。

「初めてなら何匹かやった方がいいかもね。ほら、レベルが上がるから」

 レベルが上がるとダンジョン内では身が軽くなる、楽になるというのは講習でも習った。

「ですよね。どれくらい倒せばレベルって上がります?」

「スライムは十くらいかかったかもしれないねえ。昔だから覚えてないんだけど、確かそれくらい」

 あと七匹。結構しんどいかも。

「ヒールベリー食べて頑張って! 此処なら食べ放題だから」

「あはは」

 親切な人で熟したベリーを採るコツや、多少潰れても加工用なので買取額には影響しないことも教えてくれた。

「毎日来られてるんですか?」

「仕事が無くて暇な時はね。一日頑張ればこれくらい」

 そう言って指を二本立てて見せる。

 思ったより額が大きくて驚いた。

「採るのはいいんだけど持ち帰るのが大変で」

「そうなんだ。此処って乗り物使えないんですよね?」

 ダンジョンの不思議な性質その一、大型機械の動作不良。

 車やバイク、重機など、エンジンを積んだ乗り物は駄目らしい。

 小型の電動バイクは一応動くようだが、地面の起伏が激しく、スライムを轢いて事故る探索者が続出。

 結局自らの足で歩くのが一番早くて安全という、身も蓋もない結果になった。

「バスでも運行してくれれば楽なのに」

「往復二時間はきついですよね」

 ダンジョンの不思議な性質その二、現状回復。

 地面や壁を削っても、一定時間経つとまた元に戻る。

 つまり整地をし、道路を敷いても明日にはまた元のでこぼこに戻ってしまうのだ。

 これはモンスターの出現数や植物類にも及び、だからこそヒールベリー回収という業種が成り立つ。

 今日これだけたくさんの人が採ったヒールベリーも、翌日にはまた元の鈴生りに戻るという訳だ。

「まあね、慣れよ慣れ。それじゃ頑張って!」




 そこからヒールベリー採取を一時間。

 間に休憩を挟み、おにぎりを食べてまた少し採って、もういいやという気分になったので初日は早めに帰る事にした。

「うん、うま」

 ヒールベリーはブルーベリーに似た形と味で、色は淡い。

 採りながら食べ、帰り道でも摘まむ。

 外では流通しない生ヒールベリーの食べ放題と、今日一日分の運動量を天秤にかけると、微妙に『つかれた』に偏ってしまう。

「あ、スライム」

 ヒールベリーで重みを増したバックパックに、長くて邪魔なスライム棒。

 ちょっとうんざり気味のテンションで、でもせめてレベルが上がるまではと、見つけたら積極的に狩りに行く。

 これで討伐六匹目。

 内訳はグリーン四のブルーが二、ドロップは変な草のみ。

 スライム相手は離れた場所から半透明の体を見て、核を潰すだけ。

 大分慣れたし、ダンジョンに対する恐怖も薄れてきた。

 何しろこのポカポカ陽気に平和な景色。何なら虫や動物がいない分、外より安全かもしれない。

 甘い匂いのするヒールベリーの繁み、地上なら絶対蜂が舞い蛇が出て、下手をすれば熊も出る。無害なスライムで本当に良かった──

「ん?」

 そんな事を考えていたら、目の前にまたまたスライムが這い出てきた。

「ブルースライムだよね?」

 色の薄いそのスライムは、光の加減かやけにキラキラして見える。

 しかし半透明な体も中に見える核も、これまで潰してきたスライムと一緒だ。

 菜緒は即座にスライム棒を構え、それがまだ動き出さないうちに素早く核を突いた。

「やっ!」

 刺した瞬間のスライムはいつものように一瞬だけ硬直し、徐々に地面に染みて消えていく。

 直後体が熱くなったような気がして、驚いた菜緒は若干よろけながら後退ったが、それは数秒で収まった。

「これが噂のレベルアップ……?」

 全てが初体験がゆえ、いまいち確信が持てない。

 首を傾げつつスライムの消えた地面を凝視すると、其処には小さな金属の輪が落ちていた。


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