15.秘密同盟
こちらを見ずひらひらと手を振る主任に、ぺこりと頭を下げて。
倉庫の在庫を台車に載せ、店内に押して入ったその瞬間、ため息が出てしまった。
「大丈夫? 何、お説教?」
「ぅわっ!?」
びっくりした……油断してた。
ダンジョンと違い、地上では気配に中々気づけない。これが探索者が戸惑う身体能力の差?
「そんなに驚かないでよ」
「すみません、ぼんやりしてました」
話しかけてきたのは、タブレットで注文作業をしていた佐々木さんだった。
出勤早々呼び出しがかかった事について、どうやら心配してくれたようだ。
「出勤日の調整の事で、少し」
「怒られたの?」
「いえそんな、逆ですよ。心配してもらっちゃいました」
『社員目指してるなら出勤日足りないかも』くらいのやんわりした言い方だった。親切で言ってくれたんだと思う。
元々大学時代のバイトから、就職で一度辞めた。
雰囲気の良い職場だったし、辞めてからもしょっちゅう買い物に寄って近況を話し、さりげなく特売の日時を教えてもらったり。
その後会社が潰れ、未払いの給料とお家賃と今月の引き落とし額と……ぐるぐるしながら立ち寄った先で、ふと愚痴をこぼせば『次が見つかるまで戻ってくれば?』と声をかけてもらって。
以前は生活のためにしっかりシフトを入れていたから、社員に誘われた。
そのための資格取得も一応考えてはいた。
しかし何をどう間違ったのか、菜緒が取ったのはダンジョンライセンスだった。
「そういえば最近シフト一緒にならないよね。今週三日だっけ? やっていける?」
「そうですねえ……」
ドラッグストアの週三シフトだけでは無理だ。
しかし今の菜緒には副業がある。あまりおおっぴらには出来ない仕事だけど。
「知り合いに頼まれて……ヘルプ? ちょっとだけ、そっちが忙しくて」
「ああ、そういうこと」
嘘は言ってない。
最近はもっぱらダンジョンで魔法打ちまくり、レアドロップのデータ取りをしている。
これは天知──を経由した、なんと『DUNGEON.com』の依頼。
色々あって今度紹介すると言われた。佐伯のようなダンジョンマニアの知り合いが増えるのはどうかと思うものの、あのサイトには日頃お世話になっているので、ちょっと楽しみ。
たまに天知から声がかかり、探索に付き合う事もある。
リアル幸運のお守りというわけだ。幸運3の人のお願いを断れるほど薄情者ではない。天知さんには色々お世話になってるし。
「酒飲む仕事は深入りする前にやめときなね、体壊すから」
「ぜんぜんそういうのじゃないです。どっちかってというと肉体労働かなぁ……」
飲むのはポーションとマジックポーション、ダンジョン内を駆け巡る健全なお仕事。
渡された専用アプリを使い、モンスターを倒し、ドロップとレアドロップを確認して記録して……と階層を進んでいくうち、『これって自然とダンジョンを攻略させられてる……!?』と途中で気付いた。
アプリには階層のざっくりした地図とモンスター情報が図鑑状にまとめられているのだが、それでもドロップ・レアドロップ欄は空欄で、これは直に書き込むしかない。
アプリと一緒に提供された鑑定ルーペを使い、アイテムの名を入力して初めてページは完成する。
完成したページは枠がモノクロからカラーになり、「Congratulations!」とスタンプ風の文字が出る。
そうなると、今度は空欄が気になる。
枠は色付きがいいし、欄を埋めてスタンプも欲しい。
絶対誘導されてるなと思いつつ、止められない。あれだけ避けていた五層に足を踏み入れたのも図鑑のせいだ。
事前にモンスターの弱点や簡単な攻略法が書かれているから、見ていると『いけるのでは?』とその気になってしまうのだ。
五階層の番人は全身装備を着けた少し大きめゴブリンと、ビッグボア。
『ゴブリン:雑魚/ビッグボア:突進が厄介』と書かれていたので、割とドキドキしながら遠くから魔法を撃った。
それでおしまいだった。
炎一発でギャー! グワー! とモンスターが燃え尽きる様を見て脱力した菜緒は、杖代わりのスライム棒に縋りながら、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
その後気力を奮い立たせ、草原に無造作に落ちていた『ゴブリンハチマキ』と『特上牡丹肉』を回収。二つともレアドロップ品だ。
DUNGEON.comのオススメ情報に書かれていた通り、その先の階段を下りて六階層へ。
モンスター除けを使い七階層まで一気に進み、目当ての色違いウィスプから呪文書『ゲート』を一発ドロップ、大急ぎで魔法で戻ってくる。
衝撃だった。
これまでえっちらおっちらその場所まで徒歩で行って、途中モンスターを倒して休憩して……なんてやっていたのに、魔法一発で一階層のゲート前まで飛べるのだから。
魔法、便利過ぎ!
天知曰く魔法こそ真のチートであるという。またまた、ぐらいの気持ちで聞いていたけど本当かもしれない。私、いける……?
「結構儲かる感じ?」
「うーん、そこそこ?」
そこそことんでもないですよ、ええ。
「言わない方がって、そんな大げさな──」
シリアスな表情が可笑しく、つい笑ってしまった菜緒であるが、その語尾は段々しぼんでいく。
天知も佐伯もクソ真面目な顔でこちらを見ていた。
到底冗談を言う雰囲気ではない。
「俺の<鑑定>と同じです。氷野森さんの幸運はもはや特殊能力の域なんです。それも『祝福の環』効果でおそらく上限値を超えている。モンスターを倒し、そのドロップ品を生活の糧とする探索者にとって、自分がどういう存在なのか分かります?」
「……歩く幸運のお守り?」
「その通り」
突き詰めればダンジョン探索は周回に行き着く。
攻略のため、強くなるため、必要な素材を手に入れるため──つまりレアドロップ。
特に高ランク探索者にとって幸運を上げる装備は、喉から手が出る程欲しいもの。
レアドロップ目当てに日夜ダンジョンに潜り、モンスターを狩り、強敵に備えて新たな挑戦に踏み出すのだ。
「人の詳細鑑定が可能な道具はとても大がかりなもので、まず持ち出される事はないです」
佐伯が言うには見て分かるサイズだし、個人が所有するレベルの金額でもないので、鑑定道具に近づかなければバレる事はない……はず。
「しかしダンジョンからは日々新しいものが発見され、常に情報は更新され続けています。新たな道具が発見され、また<鑑定>スキルが発現した誰かに見られる可能性はゼロではない」
現に天知には見えている。
<洞察>以外にも<鑑定>へ辿り着くスキルがあるかもしれない。
道具が表示する情報に、より細かな解説が付く<解析>や、敵に相対した時オーラで強さが分かる<看破>等、怪しいと睨んでいるスキルは幾つかあり、所有者と接触し、聞き取り等していると。
「やっぱり……目立ちます?」
「目立つなんてもんじゃないです。外部にバレた場合まず間違いなく争奪戦ですね」
「いやだー!」
菜緒の脳裏にストラップよろしく持ち運ばれ、強大なボスに立ち向かうパーティーと巻き込まれる自分の姿がありありと浮かぶ。
「パーティーに誘うくらいならともかく、強引な囲い込みや、誘拐の危険だってあるわけで。そういうのは上位ランクほど断り難いですよ、金も権力もあるから……まあさっさと高ランクパーティーに所属して、彼らに守ってもらう方法もありますが」
「高ランクパーティーって……あ、あああ天知さん! 天知さんのパーティーに入れてください!」
例の事情も忘れて縋ってしまった。
というか知り合いの高ランク、一人しかいない。
「えっ? い、いや、多分それが一番自由にさせてあげられるとは思うんですが……でも俺基本ソロですし、俺に関わった事で迷惑がかかってもいけないし……そもそも貴方を利用する事には変わりなく」
「パーティーじゃなければ子分でも雑用でもアルバイトでもいいので!」
幸運お守りの時給っていくらだろう。
実務が無ければ厳しいか?
自身の平穏な暮らしがかかっていると見て必死な菜緒と、一応考えはあったが自身の活動形態を鑑み、ブレーキをかけていたらしい天知は、お互い微妙にすれ違いつつ頭を下げ合う。
ぺこぺこと米つきバッタのような二人を見かねたか。
コーヒーを啜った佐伯が、にこやかに言った。
「お二人とも落ち着いて。そこは弟子でいいんじゃないですか?」
「師匠!」
目を剥く天知に即頭を下げた菜緒。
結局は向こうも折れた。『いいのかなあ』『後悔しません?』とグズグズ言ってはいたものの、考えてみれば今までだってそんな感じでは。色々親切に教えてくれたし。
「師匠、記念にサインしときません?」
「却下です」
師匠いきなりの拒絶である。
売買契約書へサインを書かせる事は失敗したが、ある程度庇ってはくれるようだ。
天知は探索仲間数人とダンジョン研究グループを作っていて、対外的には個人でなくそちらの名前を出している。
ちゃんと実績はあるし、管理局へ協力もしている。
そこに菜緒を所属させ、団体の名前を出せば、嘘でもないし個人名も出ない。
新参者がいきなり入って良いんですかと問えば、急に何処かへ電話し始め、数十秒のやりとりで『いーよー』と直に返事を頂いた。
よろしくお願いしますと挨拶をした後、『DUNGEON.com』の管理人と聞かされひっくり返った。
「元パーティーメンバーなんで。あのサイトの原型を作ったのは俺と牧村です」
「思いっきり中の人じゃないですか!」
「今は流石にでかくなりすぎたので、データ取りと検証くらいですね。そういえば管理パスとか変えてんのかなあいつ……」
そうして心配を一つ一つ潰され、驚きの真実を明かされつつも、結局受け取る事になった祝福の環の買取額、まさかの九桁台後半。
更にDUNGEON.comの依頼探索だが、提出するのはあくまでデータ。
ドロップ品は狭間商会行き、買い取り後は今まで通り菜緒の口座に入ってくる。
管理局に依頼されてマジックベリーを採りに寄り、狭間商会に頼まれて色違いウルフの毛皮を狩りに行ったりと、ダンジョン関係の収入は今や見たことのない額になっていた。
金銭感覚が壊れるのが怖いので、数字は薄目で見るようにしている。
「なぁんだ。結局ココと同じって事ね。頑張れ!」
「頑張りまーす。三番の品出し行ってきまーす」
「はーい」
なんて安らぐやりとりか。
ここにキモい虫型モンスターはいないし、そいつらを焼き殺さなくていい。
魔法で一発とはいえ、見た目結構なダメージだ。
ぞろぞろうじゃうじゃ大量に這い出てこられると叫びたくなる。この間久しぶりに部屋にGが出て、咄嗟に『燃えろ!』と唱えてしまい後から青くなった。外で魔法が使えなくて本当に良かった。
「そうだ、スプレー買っとこ」
それにくらべてこの仕事は、時間が来れば解放される。
シフト制、パートタイム、ばんざい。
──となるとフォローに回らねばならない正社員は時間的拘束がキツい。探索者稼業も今のところ辞める気はなく……やっぱりお断りするしかないか。
特売で見る間に売れていく洗剤の追加を出しながら、一日の予定を考える。
二時で仕事は上がり。昼食は道中か着いてから食べよう。
ダンジョン、ちょっとだけ寄ってこうかな……せっかくゲート覚えたし。それにあと少しで9階層が埋まるんだ……!
「よしっ」
気合いを入れて品出しを済ませ、途中呼び止められて案内をし、落とし物を探している親子の相手をする。
日常の業務と探索のワクワク、依頼をこなす達成感。
快食快眠、充実の日々。
「行きにベリー摘んで、飛んで、九……十階層? 虫が出ないなら問題なし!」
すっかり探索にはまっている菜緒だった。