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14.幸運Lv.1

 ダンジョンで戦闘を繰り返すと身体能力が上がる。

 ダンジョンで長く過ごすほど、内と外の能力差は大きくなる。

 ダンジョンで得られる魔法やスキルの習得には、個人の能力や資質が関係する──


 ダンジョン発見以降積み重ねられてきた様々な事実により、ステータスの存在は早くから『あるだろう』と想定されていた。

 ダンジョンに適応し能力を伸ばす者達の何倍も、危険や変化について行けず、探索そのものを諦め、挫折した者は多い。

 その違いは何なのか。

 単なる根性論や運だけではない、『適応』する者しない者の差は、多少ダンジョンに潜った事のある人間ならはっきりと分かるらしい。

 しかしいざ人の能力値を可視化する、高機能の鑑定道具が発見された時、それは思った程広がらなかった。

『個人の能力を数値で表せば、結果差別に繋がる恐れがある』などという、もっともらしい話で国民はお茶を濁されていたが、つまるところ滅多にない貴重な品であり、管理局の補助が無ければ──それを受けられるだけの成果を上げた探索者でなければ──えらくコスパが悪いという、身も蓋もない事情。

「幸運って……私? 才能って、何でそんなこと知ってるんです?」

 魔力と魔法が使えるかについては、経験豊富な天知の見立てに沿い、試した結果であるからわからないでもない。

 あれだけ魔法を連続で使えるなら、そりゃ魔力もあるのだろう。

 でも幸運って何。

 そもそも菜緒は四階層止まりの初心者だ。

 管理局で鑑定を受けた覚えもない。

 身に覚えのないことをさも当然のように語られて、思考にブレーキがかかった。

「えっ」

 対する佐伯の反応は驚きと戸惑い。

 その視線は隣へと流れ、天知は天知で額を押さえ天を仰いでいた。

「まだ言って……ない?」

「ええまあ、これから……」

「あぁ……」

 何なのだこの煮え切らない反応は。

 理由が隣の男にあると見た菜緒が、やや据わった目を向ける。

 天知はわたわたと手を宙に彷徨わせる謎のジェスチャーの後、肩を落とした。

「すみません私が……といか、私のせいです」




「ええー!『鑑定』ってスキルなの!? 本当に?」

 応接室と言うには壁を埋め尽くす書棚の主張が強い部屋で、菜緒は驚愕の事実を知らされていた。

「そんなの完っっっ全にチートじゃない!」

 道具不用、コスト無し。

 スキルが発現した瞬間から今に至るまで鑑定は発動し続けており、対象を視界に入れたが最後問答無用で見えてしまう。

 初対面でガツガツ来たのも、実は菜緒のステータスを見たせいだった。

 魔法タイプの探索者は魔法そのものが強力かつ便利であるので、他が一桁台である事も珍しくない。

 経験豊富な高ランク探索者だと思い込み、またそのランク帯で自分を知らないなどという事態も想定していなかったので、拒否されて初めて失態に気付いたらしい。

「その節は大変ご迷惑を……」

「あー、うん、済んだ話ですので」

 そういう話になると肉につられ知らない人とサシメシを決めた自分もいるわけで、あまり考えたくない。今はこうして普通に知り合いなわけだし!

「じゃあ天知さんには私のステータスが見えて……?」

「……はい」

 うわあ、うわあ。

 何だろうこの感じ。

 別に大した数値ではないだろうけど……そういう問題じゃない。私すら知らない私のことを、天知さんが知っているというのはどうなんだ。

「ど……どんな感じです?」

「書きますか?」

「お願いします」

 一生知る事なんてないと思っていた自分のステータス。

 チャンス……というにはちょっと納得いかない部分もあるけれど、ある意味棚ぼたではある。

「では」

 天知は菜緒を見て、メモ用紙にさらさらと書きつけ、紙切れを差し出した。



氷野森 菜緒

力:9

魔:112

知:16

生:8

心:17

速:10

運:72 △



「うわ魔力多っ!? ……ってか思ったより頭いい私~! しまったあと少し受験頑張れば良かったかも、一ランク上を目指せばもう少しマシな会社に……でもあの時はあれが限界で……」

 メモを凝視しながらブツブツと独り言を呟いていると、卓上にコーヒーが置かれる。

 唐突に既視感を覚えた。ああこれ、成績表やらテストの結果見る時のあの微妙なワクワク感だ。良い結果であれ~! って祈りながら見るこの感じ、懐かしー。

「心? 心が強い……メンタル? 繊細な方だと思うけどなぁ」

「ゴフッ」

 卓上のコーヒーを口にしていた天知が吹き出す。

 意味を問いただしたかったが、何故か一向に視線が合わない。

「運の数値ってこれ」

「凄いですよね!」

「ぅわ」

 食い気味に身を乗り出した佐伯が、パチパチと手を叩く。

「え、でも皆これくらいじゃ……」

「まさかまさか。私の見ます?」

 そう言って胸元から手帳を出し、似たような紙切れを渡してくる。

 失礼しますと断って、それを広げるか広げないうちにネタバレ発言が。

「私の15も結構良い数値なんですよ~」

「あ、はい」



佐伯 孝

力:7

魔:7

知:18

生:8

心:18

速:5

運:15



 流石研究者、知力が高い。

 でも逆に言えばたった2の差だ。それに魔力値……いやこれが普通なのか?

 力とか多分生命力? も自分とそう変わらず……研究者だから体力は少なめなのかもしれない。うむむ、平均がわからない。

「ダンジョン内では観察ばかりで殆どモンスターを倒していないので、私の能力値はほぼベース値です。地上と変わりません」

「そ、そうですよね!」

 ここはダンジョンの近くだし、それにあれだけ魔法でモンスターを焼いたら、菜緒とて多少なりとも成長しているはず。

 となれば、隣の天知のステータスが気になるところ。

 この体で、あのランクでペソペソな訳ないでしょという意味を込めて見上げると、謎にあたたかい眼差しを注がれていた。

「魔力が高く魔法の才がある人は、知力が伸びやすい傾向があります」

「ああ……素に戻ったらこの数字落ちるんだぁ……」

「氷野森さんはまだまだこれからですよ。大きな成長は魔力と速さですね。魔法を限界近く使えば魔力は伸びます」

「なるほど」

 だからあんなに倒せ燃やせとうるさかったのか。

 理由が分かれば──実際説明は受けていたのだが──数字を目の当たりにするとわかりやすい。

 自分のステータスメモを見て改めて思う。頑張ろう。

「この数字の横についている記号は何です?」

「補正がある事を示しています。装備、魔法、方法は様々ですが、補正値を出すには装備や魔法を鑑定して計算する必要がありますね。氷野森さんの場合運の数値72に、『祝福の環』の効果で1.5をかけた数字が現在の幸運の数値なのですが──」

「運って100を超えるのかねえ? 記録されている幸運の最高値が、確か58だったかな。国内だけど」

「私とても運が良い!」

 予想以上にめちゃくちゃ良かった。そりゃ才能って言うわ。

 到底信じられない。家族に友達、共に働く同僚も、皆いい人ばかりで周りには恵まれている方だとは思うけど……でも地元では大食いが元で陰口を叩かれ、大学時代は変な男にひっかかりそうになり、苦労して入った会社は数ヶ月で倒産と、リアルラックはお察し。

「全然まったく信じられないですけど、運が良いと何か良いことあります?」

「ダンジョンの様々な事象に関係してくると言われています。ドロップ率とレアドロップ率、モンスターの中にもレア種がいますし、ステータスも上がりやすく魔法の習得もスムーズに」

「本当かなあ……」

 胡散臭いテレビショッピングみたいな語り口調。

 天知という男は目に生気が無いので、こういった振る舞いがとても似合わない。

「確かにドロップ率は良いかも」

「運がなければスライムキューブがあんなにホイホイ出てきませんよ。呪文書だって一発でしたよね。三十体倒して出ない事もあるのに」

「はあ。ちなみに天知さんの運って」

「……」

 何かを感じてハッと口を塞ぐ菜緒の前に、天知は無言で指を突き出す。

「ええと」

「3です」

「あっ……」

 二人の視線はすれ違い、佐伯は『コーヒーのおかわりを』と言って立ち上がり、部屋を沈黙が支配する。

「でもホラ、めちゃめちゃ便利じゃないですか鑑定スキル!」

「いや、まあ……はい」

「鑑定スキルって相当レアですよね? 聞いたことないですもん」

「……」

「深層ってすごいスキル板が出るんだなぁ」

 運は3でも天知にはレアスキルがある。

 探索者ならきっと誰もがうらやむであろう『鑑定』。

 ドロップ品の価値がその場でわかるし、敵のステータスも見える。

 許可無く人のステータスを見てしまうのはギリギリな気もするが……見えてしまうものはしょうがない。オンオフ切り替えられないそうだし、まあこの人なら悪用はしないでしょう。

 安心してコーヒーに口をつける。

 唸りを上げるエスプレッソマシンは佐伯の私物とのこと、香り高さとしっかりめな苦味がお子様舌な菜緒には少々厳しい。ミルクが欲しい。

「……違うんです」

「はい?」

「私のこれはスキル板で取得したのではなく、探索するうちに自然に発現したもので、今のところ再現性はありません」

「えええっ!?」

 いきなりの爆弾発言に、慌ててカップを口から離す。

 危ない、さっきの天知さんなみにコーヒー吹き出す所だった。

「え、でも、あれ? そもそもスキルって、自然って」

 魔法のように呪文書で取得するものとばかり思っていた。自然に発生するパターンもあるのか? そういえば武術の達人はスキルがどうとか、ネット記事にあったけどあれはまだ不確定で──…

「ダンジョンに入り一度でもモンスターを倒せばステータスが発生し、スキルも表示されます。あれば、ですが」

「待って待って」

 まず前提が分かっていない。

「ダンジョンに入ってモンスターを倒すまでステータスって出ないものなの? っていうかスキルも表示されるって、聞いてないですけど!」

「この辺少しややこしいんですが、基本的にステータスというのはダンジョン由来のものです。ダンジョンを介して初めて形になる」

「へぇー!」

 知らなかった。この辺り、テキストにも無かったと思う。

 講習の記憶を浚ったが、聞いた覚えはない。

 ステータスが上がる話はあったけど、それも『ダンジョン限定だから調子に乗らないように、怪我するよ』程度の釘刺しだった。

「でも探索者になる前に見てもらう人もいますよね?」

「あれも結局は同じ事です。小規模なダンジョンに入り、弱いモンスターを鑑定対象に倒させ、発現したステータスを読み取る。ガイドと安全確保の護衛、モンスターの弱らせ役、高価な鑑定道具の貸出にそれを読み取れる人間……費用はバカ高いですが、一定の需要はありますね」

 自分や子供の適性を事前に、安全に知りたいという依頼は珍しいものではなく。

 しかし結局やっている事はライセンス取得と同じ。講習を受け、実地でモンスターを倒す。かかる手間が違うだけ。

「私は元々<洞察>というスキルを持っていたようなんです。初探索の勢いで五階まで進み、ギリギリ番人を倒した事で、少し騒ぎになりました。それで鑑定を受けろって言われて、初めて自分のステータスを見たのです」

 瀕死になりながら五階層の番人を倒した事で、何かが目覚めたのかもしれない。

 天知は初心者にして複数のスキル持ちとなり、また初探索の顛末から、『初心者で番人を倒した学生』として界隈でも知られる事となる。      

「この<洞察>というスキルが、こう……色々あって」

「はい」

「ある日突然変な文字や数字が見えるようになり、自分のステータスを見たら<鑑定>というスキルに変わっていて、驚きました」

「でしょうね」

 スキルに変化があるというのは驚きだ。

<洞察>から<鑑定>へ……確かにそんなダイレクトな変化があるのなら、『Lv.1』の表記に大騒ぎする理由がわかる。これまで踏み固めてきた常識や前提条件が、丸ごと覆ってしまうのだから。

「武術系では結構ある事なので、その時はそんなものかって思いましたね。でも視界に文字がちらつくのが不快で、友人に相談したらそんなものはないと」

 スキルとして現れたのは初、少なくとも日本では天知一人。

 コスト無しに鑑定使い放題の男……有用過ぎる。危険だ。

『面倒に巻き込まれたくなきゃ誰にも言うな』という友人の助言に従い、知っているのは管理局でも幹部クラス、研究所は佐伯だけ、友人含めごく限られた人間しか知らない──

「そんな大事な秘密、私に言っちゃってますけど……?」

「そうですね」

 珍しく真正面から視線が合った。

 ぎくりと身を強ばらせる菜緒を、天知は痛ましげに見て言った。

「氷野森さんの運に、レアドロップの数。この『祝福の環』もそうですし、魔力量と成長率も……おそらく他人には言わない方がいい」

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