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11.友達はいます

「やっぱり詳しい情報は出てないか」

 ダンジョンに行くようになってから、調べ物の数が増えた。

 というよりろくな知識のないままホイホイ行っていた自分がおかしい事に気付いた。目当てが一階層だけだったので初心者用のページしか見ておらず、魔法、スキル、他の探索者の詳しい活動も、つい最近までまったく知らな──興味がなかったのだ。

 ネットに転がるダンジョンについての情報は玉石混交。

 中には勝手なイメージ、古い情報、間違った見解を堂々と載せているものもあるので、気をつけるようにと天知にも言われている。

 管理局のサイトはどちらかと言えば一般向け。

 これから探索者になろうとする人への広報で、探索に関する情報は基本的なものしか書かれていない。

 掲示板や質問投稿型のサイトもあるけれど、やはり強いのは探索者が運営しているという触れ込みの、『DUNGEON.com』だろう。

 情報の正確性、探索者であるライターにより書かれた記事、何処よりも早く階層マップが公開される事から、日本における中心的なダンジョンサイト。

 中でも上層と言われる一~二十階層の情報密度は濃く、地形やギミック、モンスター情報などが細かく載っていて、大層便利なのだが。

「『随時更新中』って事は完全じゃない? スライムも二種しかないや」

 一階層に出るモンスターはスライム種のみ。

 グリーンスライムとブルースライム、強さの程度はほぼ同じ。

 ただし粘度ゆるめで滑りやすいブルースライムがより危険で、要注意マークが付いている。

 ドロップ品は価値のつかない葉や枝、または用途不明の金属片。

 レアドロップが例のスライムキューブだが、確率は低め。

 以上! とばかりに一階層のモンスター欄は二つのみ。

 各画像を見比べるが、大体グリーンとブルーだって見分けが付きにくいのである。

「違うようにも見えるし、同じようにも見える……」

 リングを落としたあの色の薄いスライムについては、上層中層深層に関わらず、サイトの何処にも情報は無かった。

 あれから探してみたけれど、出てくるのは普通のスライムばかり。

 そもそも別種なのか個体差なのかすら不明、リングを拾った事実さえなければ気のせいで終わらせていただろう。

「光の加減で色が薄く見えただけ?」

 新発見の可能性と言われても、菜緒にしてみればはあ、ぐらいのもの。

 しかしリングと共にドロップ時の状況もお話しなければならない。スライムが出たから潰した。リングが出た、以上。で億単位の取引は流石に申し訳ない。

「うー、めんどくさい」

 あの後天知からまたまた受付経由で言伝があり、封筒入りの書類を渡された。

 自宅に持ち帰って開いてみると、内容は例のリングについての取引概要。

 すっかりお任せ気分でいた菜緒は、付箋に書かれた『空いている日を教えて下さい』との一文に、慌ててスケジュールアプリを開いた。

 売買契約含め本人が出向く必要があるらしい。都内湾岸エリアにある研究所の住所と、菜緒でも知っている企業名にビビったものの、天知が同行してくれるというので、彼に任せればいいだろう。

 付箋には電話番号と、某メッセージアプリのIDが添えられていたので、メッセージで返信する事にした。

 ついでに自分の番号も伝えておく。これだけ会って高価な物の貸し借りもして、初めて連絡先を知ったのかと思うと少し可笑しかった。

 返信はすぐに来た。

『天知です』『お世話になっております』というやや固めな文面もイメージ通り。

 かといって今更包んだようなビジネス会話を繰り広げる必要を感じなかったので、軽い挨拶の後はさくさく質問していく。

『当日用意する物はありますか?』

『ライセンス証があれば問題ないかと。研究所は入り口で電子機器等のチェックがありますから、カメラやレコーダーは持ち込めません』

 なるほど、そういうものなのか。

『○○駅から歩いて行ける距離ですか? タクシー使った方がいいでしょうか』

『敷地が広い上に研究棟はゲートチェックがあって、手続きが少し厄介なんですよ。俺が駅まで迎えに行きます』

『すみません、よろしくお願いします』

 大体気になっていた所は確認し終えたと思う。

 このまま切っても問題はないのだろうが、なんとなく『この間四階層まで行きましたよ』と報告してみる。

『いいですね!』

『フライからのレアドロップで巻物が出たんです。風の魔法でした』

『それ検証例が少なく確定じゃないって言われてる情報です。データ集めている友人がいるので伝えておきますね。ありがとうございます』

 流石Sランク、顔が広い。ぼっちなんて思ってすみません。

『問題なく覚えられました?』

『はい。最初と同じ感じに』

『魔法に適性がないと弾かれるというか、覚えられない事があります。巻物を手に取った時点で頭痛がしたり、気分が悪くなった時は使わないでください』

『はい』

『いいなあ』

「いいなあって」

 あの愛想のない口調や表情が浮かんできて、つい笑ってしまう。

 普段は大人でいかにも実力者のオーラを漂わせている男だが、たまに素直な気持ちをぽろりとこぼすことがある。

 エリートエリートしてるばかりじゃないんだなと、親近感が湧いた。

 目の下にクマをこさえ、通路を猫背気味に歩いている時は、陰鬱な表情も相まって近づきがたさを感じる。いかにもSランク探索者でござい、というような。

 しかし探索の後モリモリ食べる時とか、満腹になりぼーっと宙を眺めている時は、表情の険が取れて普通の兄ちゃんという感じがする。

『天知さんは複数のスキルが使えるんでしょう?』

『そうですね』

『いいじゃないですかスキル。私も必殺技使いたい』

『スキルってそういうものじゃないですよ』

『連撃動画見ました。天知さんがバシバシ攻撃あててるやつ』

『うわ最悪だ』

 ニヤニヤしながら文字を打つ。

 天知の性格上、多分嫌がるだろうなと思っていた。

 簡単に言うとすごくわかりやすい『探索者ってすごいんだぜ』動画だ。素人が見たら軽率に憧れちゃうような。

 ちなみに実物を知っている菜緒が見たところ、なんとも言えぬむず痒さを感じた。

『あれは演出です。というか見ないでください』

『なんでですか』

『恥ずかしいので』

「あはは」

 インタビュー記事と抱き合わせだったので、あれは仕事だろう。

 探索者のイメージ向上の為にと言われ、断りきれなかったらしい。

『若い時の話です。あの時はそういう時代だったんですよねえ』

『あれって撮影の人たち大丈夫なんですか?』

『大丈夫ではないです。護衛しながらで大変でした』

 当時はまだダンジョンと外の違いが知られておらず、色々トラブルがあったようだ。

『今は撮影前提で組んでいるパーティーもありますが、あまりおすすめはしません。浅い階でもダンジョン内で別の事に気を取られていると、思わぬ傷を負うことになりますから』

 それは菜緒も実感している。

 いくら魔法が強くても、モンスターは四方から、時に上下から襲ってくる。

 ダンジョン内でマップを確認するほんの一瞬。周囲をよく確認し、手早く済ませたつもりでも、いつの間にか足元にスライムが這い寄っていてゾッとした事がある。

 のどかに見えても安全な地上とは、まるで違う世界なのだった。

『わかりました。天知さんもお気をつけて』




 忙しい筈の天知だが、意外にもメッセージのやりとりは続いている。

 社交辞令かもしれないが、『わからない事があれば聞いてください』と言われたので、それはもう堂々と質問しまくった。

 家族や友人との連絡以外、あまり使っていなかったメッセージアプリの通知音が、すっかりなじみ深くなっている。

『収納袋って洗濯した方がいいですか?』

『階段前で集まってる人達がいて』

『四階層に出てくるゴブリン、こっち見ながらその場で足踏みし出すのアレ何です?』

 我ながらしょうもない事が気になるなあと思いつつ。

 聞けば丁寧に教えてくれるので、つい送ってしまう。

『洗濯の必要はありません』

『次の階層の準備をしているか、はぐれたメンバーと待ち合わせているんでしょう。ばらけたモンスターを狩っているとよくある事でして』

『威嚇の一種だと思います。ゴブリン種は個体差があるようで、奇声を上げたり武器を上げ下げするゴブもいて面白いですよ』

 ついでのように添えられるダンジョン関係の雑学も楽しい。

『こんにちは』

『こんにちは』

 なんとなく挨拶スタンプを押したら、スタンプを押し返してくれた。

 眼鏡が喋っているという斬新なスタンプで、思わず見に行ってしまった。挨拶する眼鏡、はりきる眼鏡、しょんぼりする眼鏡と表情のバリエーションも多い。……表情?

『お疲れ様です。四階層から戻ってきて今査定中なのですが』

 無事マジックベリーの採取をすませ、軽い気持ちで四階層まで足を伸ばしたら、どうしたことかその日はフライが大量発生していた。

 固まりになって飛んでいる巨大トンボという衝撃的な光景を目にした菜緒は、反射的に火の魔法をフライの群れに放つ。

 一瞬で燃え尽きたフライだが、また違う群れが襲ってきて──魔法一つで片付くとは言え、結構な時間その場で足止めされてしまった。

 大量のドロップ品が地面に散らばり、足の踏み場もない状態。

 それを風の魔法を使って集めていたら、なんと呪文書が三個も落ちていた。

 菜緒自身は既に覚えているため、当然買い取り行き。

 さて呪文書は何処で買い取ってもらうのが得なのか?

『呪文書はどこに出せば良いですか?』

『ドロップおめでとうございます。基本的には管理局に預けます。呪文書は数が少ないので一律オークション形式になっているんです。未発見の物や貴重な物であれば向こうから連絡してきます』

『お店じゃないんですね』

『需要で相場が動くものですし、金額も大きいので。それでも風魔法は割と出ますね。一つ十万くらいだったかな』

『臨時収入ばんざーい』

 一つ十万でも十分高い。それが×3で、なんだかんだマジックベリーと同じくらい稼げてしまっている。

『いつもこのくらいの時間に上がりですか?』

『そうですね。大体五時前には出ないとラッシュに引っかかるので』

『ダンジョンに行く日、どなたかに知らせてます? ご家族や友人に』

『あー、まだ言ってないです』

 知らせようとは思いつつ、言えば大事になるのは目に見えている。

 母と姉はあらそう、とあっさり流してくれそうだが、父と兄は少し過保護気味で、ダンジョンに出入りしているなんて言ったら騒ぎそうだ。だからついつい先延ばしにしていた。

『すみません、詮索するつもりはなくて』

 謝られてしまった。

 大した理由ではなく、逆に申し訳ない。別に深い事情があるとか家族仲に問題があるわけではなく、ただ菜緒が面倒臭がっているだけである。

『大丈夫です』

 焦った挙げ句しょうもない返事を送ってしまった。

 説明しようにもうまく言葉が浮かばず、迷っているうちに話は進んでいく。

『ダンジョン内で何かトラブルが起きた際、もちろん記録はされていますし、探索者ランクにもよりますが、管理局がチェックする未帰還の判断は三日から一週間程度なんですね』

『結構長いですね』

『上層でも泊まりがけの探索は珍しくないので』

 つまり探索中何らかのトラブルが起きてその場から動けなくても、捜索は三日後という事になる。

 これが身内や知り合いから知らせがあれば、状況を見て捜索隊を出せるという事だった。

『ごめんなさい、知りませんでした』

『いえいえ。割とこれ、ソロ探索者の落とし穴なんですよ』

 天知はいつも探索者の友人に頼んでいるらしい。

 ただし状況を見て数日前後する事もある。ある程度自分を理解している相手でないと、という話だった。

「ええ……? 難しくない?」

 友人に頼んだら、少し時間が遅れただけでも心配させてしまいそうだ。

 そう考えたらやはり探索者、または関係者に頼むべき? でも──

『私探索者の知り合い天知さんしかいないです』

 少し間が開き、しょんぼり眼鏡スタンプが押される。うるさいやい。

『私でよければ知らせてください』

「くっ、何か知らないけど悔しい……!」

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