8 司令官との対峙
わたしは目を眇めると司令官へと言ってやった。
「あんたさんの目は節穴なのかい。よく見てごらんよ、この子の手を。この子は七歳の時から王宮を出ることが出来なくて働きどうしだったのさ。あんのクソ王のせいで、まだ十二歳だってえのに、こんなあかぎれだらけの手にされちまった。色を変えることは出来るかもしれないけど、この働き者の手は偽ることは出来ないだろ」
「はっ? 王宮から出ることが出来なかった、だと?」
司令官は唖然とした顔で、わたしと娘っ子を交互に見つめた。
ここが正念場とわたしゃ、腹をくくった。
「そうさ。わたしも悪かったんだけど、どうしてもあの日は娘を預けることが出来なくて、仕方なく王宮に連れてきたんだよ。仕事が終わって帰ろうとしたら、なぜか娘を王宮から出すわけにはいかないと言われたのさ。はじめは理由がわからなかったさ。そのうちにどうやら王女様と勘違いされていると判って、わたしゃ言葉を尽くしてわたしの娘だと説明したさ。ちゃんと通用口の門番も、朝、わたしと一緒に娘が来たと証言してくれたのに。それなのに、クソ王は『王女を連れ出そうとしている』と言い張ったんだよ。結局、娘を王城から出すことが叶わなくなって、わたしゃ旦那と離れて、わたしも王城で暮らすことにしたのさ!」
実際は娘っ子が十歳の時のことだけど、城を出ることが出来なかった時点で、日付は改ざん済みさ。
だから嘘だけど嘘じゃない話だから、わたしも話すのに力が入るってものさ。
司令官は何も言えなくなったようで、わたしたちを憐れむように見てきた。
そこに部下が寄ってきて何やら耳打ちされると、一つ頷いてからわたしたちのほうへと歩いてきた。
娘を守る母として立ち塞がろうとしたけど、司令官は娘っ子と目を合わせるために腰を落とした。
ほう、なかなかやるねえ。
「不快な思いをさせてしまい済まない。こちらの確認不足があったようだ。だが、件の王女と歳が同じくらいなのは、君だけなのだ。なので君の母の言葉ではないけど、君の身の証明のためにも、手を見せてくれないだろうか」
娘っ子へと左の手のひらを上にして差し出した。
娘っ子はわたしの隣へと並び、おずおずとその手の上に右手を乗せた。
触れたと思ったら、ビクリと体を震わせて急いで手を引っ込めた。
それからハッとした顔をして、司令官の顔を見あげた。
本当に可愛そうなくらい手が荒れているからね。
そんな手で触れることを気にしたんだろうさ。
……と、こいつが思ってくれていればいいけどね。
危ない、危ない。
魔女様の魔法とはいえ、掛けられた魔法を無効化する魔道具を使われたら、解けてしまうかもしれないじゃないか。
察するにこいつが持っていたのは、それほど強力な魔道具ではなくて、『色替えの魔法』の解除に特化したものだろう。
娘っ子に掛けられた『色を奪う魔法』のほうが上位魔法だからね。
それなら解けるわけがないのさ。
司令官はじっと娘っ子の顔を見ていたが、しばらくして笑みを見せた。
やだねえ、こいつは。
何やら思いついたんじゃないのかい。
「どうやら姿を変えているわけではなかったようだ。重ね重ね失礼なことをした。本日はこれで各自の部屋へと戻っていい」
司令官の言葉に、オーロが声をあげた。
「待ってください。それじゃあ、困ります」
「困るとは?」
「わたしらはあなた方が王宮に入ってから、何も食べていません。もうお昼の時間はとっくに過ぎています。このまま腹をすかせたまま部屋に戻されるのは困るんです」
「そういうが、まだいろいろ検分しなければならないから、厨房を好きに使わせるわけにはいかないのだが」
「そんなー。わしらはあんたさん方の言う通りにおとなしくしとりました。そんなわしらを一か所に押し込めておいて、食事をするのもだめだなどと言うとは。せめて昼食用に用意していたものくらい、食べさせてくれたっていいじゃろう」
ギムもオーロに加勢するように言った。
司令官は暫し思案すると、そばに居た部下へとなにやら指示を出し、わたしらへと言った。
「それならば、厨房の包丁はいったん預からせてもらう。使いたい場合は兵士が一人につき一人、そばにつくこととする」
「はあ~。そんな、包丁を持ったくらいで、なんもできるわきゃないだろ。そんなだったら、ここにあんたらが来た時に、抵抗していただろうさ」
オーロに呆れたように言われた司令官は、一瞬気まずそうにしてから、表情を消して言った。
「すまないな。君たちが無抵抗でこちらの指示に従ってくれたことは判っているが、本日は我慢してほしい。まだ城内を把握していないのだ」
「はあ~。まあ、わしらは上のことはわからんですわ。あんさんらの言うことには、従うと約束しますとも。だが、最低限の食事くらいは、食べさしてほしいもんですな」
「わかった。善処しよう」
そういうと、司令官は食堂を出て行った。
わたしらはそれを感情の無い目で見送ってから、作っておいたスープを温めパンの準備をした。
娘っ子も嬉々としてお皿を取り出して並べていた。
支度が済むとわたしらは神に感謝の言葉を捧げてから食事を始めた。
クウ~
窓際でわたしらのことを見張っている兵士の腹から、可愛らしい音が聞こえてきた。
娘っ子は気がついたようで、その兵士のことを見つめた。
見られた兵士はまだ若いようで、少し頬を赤くしながらも、表情を変えずに立っていた。
そういやこいつらが王宮に着いたのは、朝と昼の中間くらいの時間だったかね。
それから王宮のあちこちへと制圧のために周っていたはずだから、昼飯なんか食っちゃいないだろう。
ご苦労なこって。