5 親孝行な娘
さて、どうも話が横に逸れがちで悪いね。
でもねえ、それだけあの子と娘っ子にはいろいろあったんだよ。
じゃあ、続きを話させてもらおうかね。
あの子は早く王宮から出て行きたかったようだけど、さすがに娘を連れて出て行くことが出来なくてね。
わたしらもあの子たちを逃がしてあげたかったさ。
だけど、小さい子供連れで王宮を出るのは、無理だったんだよ。
そう、さすがに腐っても王族でね、王宮への小さい子供連れの出入りを厳しく取り締まったのさ。
貴族でさえも王宮に子供を連れてきた場合、入宮の時に細かく子供のことを記入して、退宮の時に魔法で確認されていたのさ。
貴族でそうなら、平民のわたしらが子供を連れて出るなんて、無理に決まってんだろう。
だからね、わたしらは数年我慢するつもりでいたんだよ。
あの子もわたしも十五の年に王宮で働きだしたからね。
娘っ子が十五になれば大手を振って出て行けると思ったのさ。
状況が変わったのは……娘っ子が八歳になった頃かねえ。
あの子の様子がさ、見ていてもどかしいくらいになったのさ。
恋……をしたっていいのにさ、自分は子持ちだからって蓋をしてんのよ。
それなら相手から行動を起こせばいいと思うんだけど、こいつがまた自分があの子に恋していることに気付いてない、朴念仁ときたね。
このままじゃ二人に春は来ないんじゃないかと思ったのさ。
二人をくっつけたのは娘っこだよ。
ある日、いつものように様子を見にきた長と、嬉しさを滲ませながら話をするあの子。
そこに来た娘っ子が言ったのさ。
「あなたを見込んで話があります。どうか、母を王宮から連れ出してください」
ってさ。
長もだけどあの子もすごく驚いていたさ。
だけどさ、あの子も頑固でねえ。
いや、わたしだって母親だから分かるんだよ。
幼い娘を置いて一人出て行くことは出来ないのは。
それでも娘っ子はあの子と長を根気よく説得したんだよ。
結局折れたのは……ああ、折れたのとは違うね。
やっと己の気持ちを自覚した長が、あの子を口説き落としたというのが正しいんだろうさ。
決定的だったのは娘っ子の「お母さん、私兄弟が欲しいの。このままここに居たんじゃ、いつ弟か妹が生まれるかわからないでしょ。だから先に外に出て、兄妹と私が帰る家を用意して待ってて」という言葉だった。
あの子は絶句して……しまいには泣き出して娘っ子を抱きしめた。
娘っ子はあの子に話す前に長と二人で話をしてね。
その時長に言った言葉が「母を愛しているのなら、ここから連れ出してください。お願いします」だったってさ。
それと共に深々と頭を下げたというじゃないか。
長は内心驚いたそうだよ。
娘っ子はまだ八歳だった。
母親が恋しい年さ。
それなのに母親と離れようとするんだよ。
どれほどの覚悟を決めたんだろうね。
結局長も「母親に幸せになって欲しい」という、娘っ子の気持ちを汲んだのさ。
……ああ、違うか。
決定的なのはこの言葉だね。
「わたしのお父さんになってくれますか」
この時、密かについていた者がいうには、長は驚いた顔をした後しばらく動きを止め、その後ゆっくりと笑みを口元に浮かべたんだと。
あれは娘っ子の「お父さん」という言葉を反芻していたんだろうね。
そしてあの子と一緒になれば可愛い娘もついてくると、やっと気がついたんだろうさ。
長とわたしは同い年でね。
長はもともと一族の中でも上の家柄で、生れた時から長候補だったのさ。
だけどわたしらが幼い頃……そう、ちょうど娘っ子が王族から見捨てられた時と同じ五歳の時だったね。
あの子の両親は先王の愚策により、赴いた先で亡くなっちまったんだよ。
わたしら影の一族はそういうこともあるから、子供は共同で育てていたから、一族の大人は全員父であり母であるようなものだったんだ。
それでも血のつながった実の両親がいるのといないのとでは、違ったんだろうがね。
長はそれから滅多に笑わなくなった。
それだけでなく、人と一定の距離をおいてつき合うようにしたんだよ。
……たぶんだけど、そうすることで心を守ったんじゃないかねえ。
そんな長の心を動かしてくれたあの子と娘っ子には感謝しかないのさ。
色々話し合った結果、まずはあの子を外に出すことを第一にすると決めて、わたしらは準備をしていった。
入念に準備をしている間に二年が経っていた。
そうしてあの子と娘っ子を王宮の外に出す日が来た。
一応策として、朝、わたしと一緒に娘っ子と同じくらいの子供を連れて王宮に来たんだ。
この時の門番はどちらもわたしらの仲間だった。
わたしゃ他の使用人に見せつけるように、娘を連れて王宮に来なければならなかった事情を話したのさ。
で、子供は門番の待機室に入り周りの様子を見て門の外に出て、他の出入り業者……もちろん影の一族の者さ……その子供として帰って行った。
さて、仕事の終了時間になり、私達は支度をして門へと向かった。
まずは長とあの子が通用門を通って行った。
咎められることも呼び止められることもなく、すんなり通ることが出来たのさ。
私は娘っ子の手を握って、門番に挨拶をして通り抜けようとした。
それを、止めるものが居たのさ。
門番の片方がもともと予定していた人物では無くなっていたんだよ。
そいつはわたしらが何を言っても通そうとしてくれなかった。
それどころか王へと使いを出して、どうするべきかとお伺いをたてやがったんだよ。
そうなりゃ王宮から出ることは適わなくなった。
わたしは取り決め通り王宮に残ることになった。
私の子供たちは二十歳と十八歳。
もう、親の手は必要ない年だからさ。