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理不尽に抗うための異世界転生譚〜そうだ、魔王になろう!〜  作者: 黒ノ時計
第五章 魔王とは、理不尽の権化である
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もう一つの決着

 王都の地下水路は、まるでアリの巣のように張り巡らされた迷路のようになっている。表の人間からすれば、この全体像を把握できている人材など極限られているはずだ。


 だからこそ、裏側の人間はこの迷路を巧みに利用する。特に、魔導叡智研究会の人間は表舞台では決して姿を現さない存在……故に、見つかりそうになったら姿を隠すには絶好の場所とも言える。


「へへ、ここを通れば誰にも見つからずに王都の郊外まで逃げられる。頃合いを見計らって隣国へ……いや、聖皇国の方がいいか? あそこでは近々、面白い催しがあるからな。我ら研究会の発展に貢献できるはず……」


 筋肉ムキムキの男は、野太い声で悪巧みをペラペラと喋る。まさか、こんな地下通路に今更誰かがやって来ようなど想像もしていなかった。


「ケビンには悪いが、俺はここでリタイアだ。仲間の伝手で、奴の計画が頓挫したのは分かってるからな。魔王軍に、魔王イグニスか……。厄介なものを抱えてしまったな」


 元々、半魔の魔力を解析すると同時に、次の計画のために大量の魔力をかき集める算段だった。彼もここに来るまで、まさか計画が破綻することになるなんて思ってもみなかった。


「一体、どこであんな化け物どもを呼び寄せた? 魔族は我々が管理していたはず……。反乱など起きようはずもない。後は、下等な人族どもを排除すれば世界は我々の物になると思っていたのに……」


 完全に予想外だった。それもこれも、魔王イグニスなる存在が魔族どもを束ねて現れたのが原因だ。


 奴等の寝蔵はどこなのか、そもそも王都の何処に潜んでいたのか。考えても考えても分からない、全ては魔王イグニスが魔族どもに何らかの入れ知恵をしたに違いない。


 男は拳を握り締め、怒りで沸き立った感情を露わにする。


「魔王イグニス……。必ずや見つけ出し、奴に従う魔族ら諸共八つ裂きに……」


「誰が誰を八つ裂きにするですって?」


「誰だ!?」


 男は腰に下げた剣を引き抜き、声のした方向に闘志を向ける。ここには誰もいないはず、なのに誰かがいるとすれば……。


「魔王軍の手の者……。まさか、魔王か!?」


「あの方がこんな小汚い場所にわざわざ来るわけがないでしょう。少し考えれば分かることなのに、見た目通り脳筋なのね」


 正面からやってきたのは、黒いローブで身を隠した何者かだ。しかし、フードから薄らと見える蒼い角やフードの裾から溢れる尻尾を見て男は正体を察した。


「まさか、竜人族か……。珍しい、こんなところでお目にかかるとはな。研究素体にピッタリだ」


「どいつもこいつも、会えば研究、研究って……。そんなのだから、私たちに滅ぼされるのよ」


「……何だと? 貴様如き実験体に何が……」


「分かるわよ。少なくとも、あなたよりはね。魔導叡智研究会の範囲外(ロスト)……。組織の内部(アウター)にすら入れない雑魚研究員の一人、クロイツ・シードルさん」


「な、何故俺のことを……。いや、そもそも組織の構成は内部の人間にしか知らされていないはずだ!」


 範囲外、つまりロストとは魔導叡智研究会の外部を構成する言わば壁のような存在だ。ここは組織への仮加入状態とでも言えば良いのか、彼らは自らの研究や研鑽を内部、つまりアウターに認められないと正式加入できない。


 そして、アウターは組織の中核を構成する者たちの集まりだ。中には、人智を超えた化け物や人では理解の及ばない狂人も潜んでいるという。


「私たちも、まだ詳しい事は調査中の段階だけれど……。少なくとも、私たちが知るような情報を範囲外(ロスト)のあなたが持っているとは思えない。よって、ここで始末させてもらうわ」


「始末だと? 何の権限があってそんなことを言う!?」


「魔王様直々のご命令だからよ。我々の存在を知る者は、今はまだ少ない方が都合が良いの」


「この俺は、王国流剣術皆伝なんだぞ! 貴様如きが倒せると……」


「余計なことを言っているから、もう終わってしまったわ」


「あ……」


 いつの間にかすれ違っていた彼女の手には、一振りの黒い剣が握られていた。彼女は血に塗れたそれをゴミでも見るような目で見ると、すぐに鮮血を払って魔力へと霧散させた。


 ポトリ、地面にボールサイズの物が転がり、続いてドサリと大きな物が崩れ落ちた。振り返ると、そこにはクロイツだったものが胴体と頭部を切り離されて倒れていた。


「居合抜刀、刹那剣。私、居合い抜きだけならルナ様を超える速度で繰り出せるの。まあ、あの人にはそれだけじゃ遠く及ばないけど……って、もう聴こえてないか」


 最後の最後、何が起こったのか分からないらしい彼の間抜けた表情は滑稽で、ロストでも道化師くらいの役にはなれるのだと感心する。


「まあ、あなたがここにいた証拠は消すけれどね。安心して、あなたのこと何てここを出る頃には忘れてあげるから」


 最後に、魔力で彼の体や血痕を完全に分解してから地下水路の中を進んでいく。無機質な足音は暫く壁や天井に反響していたが、やがて水路を流れる水音しか聞こえなくなった。

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