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理不尽に抗うための異世界転生譚〜そうだ、魔王になろう!〜  作者: 黒ノ時計
第四章 魔王が人族に恋なんてするはずもない
24/59

この世は理不尽に溢れている。

 隣を歩くネオの姿を、ユリティアは自分の目に焼き付けるように見ていた。


 今日の彼の装いは、紺色のポロシャツに黒のジャケット、そして少し明るめなグレーのパンツだった。ファッションとしてはシンプルというか、ありものを寄せ集めたみたいな組み合わせだったが何を着ても格好良いと感じてしまっているのは自分がそれだけ彼に酔っているのだろうとユリティアは思うことにした。


「……今日の服装、格好良いですね。とてもあなたらしいと思います」


「そう? ありがとう。実は、友人が届けてくれたんだ。デートに着て行く服に悩んでいたら、何着か持ってきてくれた」


「……そうだったんですか。私のデートのために、服を選んでくれたんですね」


 ファッションなどにも関心の無さそうな彼が、今日の日のために真剣に服を選んで来てくれた。それだけで、ユリティアの心はどことなく温かくなった気がして嬉しかった。


「ユリティアも似合ってるよ。普段は制服しか見ないから、新鮮で良いと思う」


「……ありがとう」


 褒めてくれたお返しという雰囲気ではあったが、例えお世辞でも付き合ってる人から自分の服装を褒められたのは嬉しくて、ついつい掴んだ腕に自分の胸を押し当ててしまう。


(……こうすると、殿方は喜ぶらしいけれど、ネオはどうなのかしら?)


 押し当てたついでに、出来心でネオの反応を観察してみることにした。彼は特に何ら反応を示すことなく、周囲の様子を物珍しそうに観察しているようだった。


 そして、彼がこちらの視線に気づくと首をチョンと傾げて尋ねてきた。


「どうしたの? そんなに顔を見つめて」


「……え、えっと。好きな殿方の顔を見つめてしまうのは、当然ではないですか?」


「そういうものか。なら、いいけど」


 彼は特に何事もないかのように、また視線をどこか別のところにやってしまう。もっと自分を意識してほしい、そんな気持ちから出た行動の数々が躱されて悔しいような、恥ずかしいような、それでいてもっと彼に見てもらいたい気持ちが強くなる。


 彼女は自分の匂いが彼の服にしっかりと染み込むよう、自分の金髪や服を更に強く押し当てるのだった。


 一方、プラス一人が遠巻きに二人を観察しながらついてきているのを忘れてはならない。


(あの服、アマゾネスが出してるブランドの最新の服よね? どこで手に入れたのかしら?)


 そんなことを他愛のないことを考えていたのだった。


 二人のデートは思いの外、順調に進んでいた。商店街でのウィンドウショッピング、広場で出されていたパフォーマンスの見学、公園で走り回るなどの戯れ、二人は学生らしく純粋に遊ぶことを楽しんだのだ。


 ネオは何をするにも無関心っぽい様子だったが、ユリティアはそれでも十分だった。彼と一緒にいるだけで心が安らぎ、とても楽しい気持ちになれることが再認識できたからである。


 そして、次にやってきたのは現代風の喫茶店の一つ、「ステラバックスコーヒー」である。そのテラス席に、三人は自分の買ったドリンクを並べて座っていた。


「……ここは、シグルス王国で最近急成長しているアマゾネスという流通会社の直営店なんです。コーヒーやラテといった、見たこともない飲み物を扱っていて、一度来てみたかったんです」


「ああ、アマゾネスね。ということは、ここはスターバッ◯スのパクリか」


「スターバック◯じゃくて、ステラバックスよ。ともかく、休憩がてら入ったのだから、冷めないうちに飲んでしまいましょう。私も、実はひっそり目をつけていたので」


 ユリティアはラテ、アリスティアはアメリケンコーヒー、ネオはカプチーノを注文していた。各々、自分の飲み物に手をつけると一人を除いて目を見開いた。


「……美味しいです。少し苦いですが、それもまた癖になりそう」


「私は完全にブラックよ、姉様。砂糖を入れれば甘くなるみたいだけど、そんなもの必要ないわ。大人ですもの」


「ブラックだから大人って考える方が子供っぽくない?」


「あんたに何が分かるのよ」


「少なくとも、君よりは分かってるつもり」


 ネオは慣れ親しんだものを飲んでいるかのように、特に驚きを見せることもなく普通に飲み進めている。


「……ネオは、随分と飲み慣れているようですね。よく来ているのですか?」


「うん。友人がこの店の関係者でね。アマゾネスにも、実は知り合いが勤めてるんだ」


「それで、アマゾネスの服を持ってたのね、あなたでは、どう頑張っても手に入らない高級ブランドなのに」


「……凄いですね。顔が広いのは、とても意外です」


「褒めてるんだか、貶してるんだか……。別にいいけど」


 ネオは決して、それが実は仲間内の犯行であることは明かさない。魔王軍の存在は、まだこの世界から隠されていなければならないのだ。


「……あの、ネオ。もし良ければ、私のを一口飲んでみませんか? 私、あなたと飲み物をシェアしたいです」


「いや、でも……」


 ネオが断りかけた時、正面に座っていたアリスティアが口をパクパクさせながら殺気を込めて彼を睨みつけていた。その口の動きをネオの読唇術で解析すると……。


 飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め飲め!


「う、うん。じゃあ、シェアしようか。僕のも一口あげるから」


「……ありがとうごぞいます。優しいですね、ネオは」


 アリスティアの指示に従ったから、などとは決して口にしない。彼は面倒なことは嫌だし、増してやアリスティアにこれ以上嫌われてウザ絡まれるのはもっと嫌だった。


 いつの間にか距離を詰めていたユリティアは、わざとらしくネオに自分の胸を押し付けて飲み物を差し出した。


「……あ、あーん、ですよ」


「何か違う気がするけど……。あーん」


 ネオの口の中にラテが流し込まれる。対して味の違いも分からないが、美味しいものは美味しかった。


「美味しいよ、ありがと。じゃあ、これはお返しね」


 ネオが差し出した飲み物に、ユリティアはそっと桜色の唇をつけた。上品にカプチーノを飲み、コップの淵に自身の証を残して持っていたハンカチで口の周りを拭いた。


「……とっても美味しいです。ありがとう」


(それで、私は何を見せられてるのかしら? というか、姉様っていつの間にか男を誘惑する術を学んだの?)


 完全に蚊帳の外だったアリスティアも、単にネオを見張っているだけというわけじゃなかった。ユリティアが彼に対してどんな感情を抱いているのか、その真意を知るためでもある。


 そして、その行動の節々にネオを誘惑するハニートラップ(?)的な何かをさり気なく仕掛けていた。


(軽いボディタッチに、自分の胸を大胆にも押し付け、更には唇を意識させるために紅をコップにつけたり、キスまで持ってくつもりね。なのに、この男は全然気づいてない)


 というか、あの理不尽なほどに大きな胸を押し当てられて何も思わないってどういう神経してるんだ。そう突っ込まずにはいられないアリスティアだったが、グッと我慢する。


(私もあれくらいおおきかったら……。同じ姉妹なのに、どうしてここまで違うのかしら? 理不尽の極みよ)


 アリスティアは自分の小さいままの胸とメロンのように育ったそれを比べて、いつになったら自分のは覚醒するのかと恨めしく思っていた。


(この男、本当に姉様のことが好きなの? でも、姉様の気持ちは大事にしてくれてるみたいだし……。もしかしたら、ネオなら姉様を……)


「……アリスティアちゃん、あなたも一口飲む?」


 考え事をしていたら、ユリティアが自分のことを気にし出した。明らかに除け者にされている自分を気遣っての行動だと思うと、呆れ混じりの溜息が出そうになる。


(自分のデートなんだから、私なんて放っておけばいいのに。まあ、私が付いてきちゃったのが原因だけど……)


 ここまでお熱だとも予想してなかったのもあり、流石に悪いと思ったらしい。アリスティアは唐突に席を立つと「あー……」と声を出した。


「私、この近くに行きたいお店があったのよ。暫くは席を外すから、二人でゆっくりしていて。十五分くらいで戻るから」


「……アリスティアちゃん?」


「……しっかりやりなさい、バカ姉」


 アリスティアはさっさと席を離れると、人混みの中に消えて行ってしまった。それが、アリスティアなりの気の使い方だと気づいていたユリティアは、小さくなる背中に「ありがとう」と呟いた。


「意外と察しがいいんだね」


「……言ったでしょう、あの子は優しいんです。本当は」


 ユリティアはアリスティアがいなくなったことを確認すると、居住まいを正してネオの顔を真剣な表情で捉えた。


「どうしたの?」


「……話があるのです。大事な話が。ネオ、周囲と私たちの会話を遮断できますよね? あの時みたいに」


 ネオは何を言われているのか、すぐに分かった。魔族を救出する際、周囲の魔力を操作して音を遮断した時のことだ。


 ネオは彼女の意図を汲み取り、魔力を操作して外界との会話を遮断し二人だけの世界を作り出した。


「これでいい?」


「……ありがとう。では、お話ししましょう。私が半魔であること、そして……。私の身に、これから起こることについて。聞いてくれますか?」


「……いいよ。恋人だからね、それくらいは何てことない」


 ユリティアは改めて、ネオの場慣れした緊張感の保ち方に感服を覚える。気を抜いているわけじゃないが、気負っているわけでもないそれは只者の醸し出す気配とは違った。


 彼になら、話しても大丈夫だ。自信をつけた彼女は、自分の身の上話を語り始めた。

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