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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第15話 躍進だぁ!!

 止まない雨が無ければ、曇らない晴れはない。そんな変わらない世界の当たり前が続き、本格的な訓練が始まってから一週間と半。

 昼は暖かく朝と夜は肌寒い。アンコウエンはすっかり秋の季節になっていた。


 季節が変わったことで衣替えも行われ、被服は半袖の上に肌を晒さぬよう上着を纏うように譎詭けっきした。


 今は昼。暑いので、訓練兵たちは上着を日陰のところに置いて訓練中だ。

 ソーシュウの訓練場に居るグレイとグーダは、用意された魔算機を使ってオドの量を測定しているところだった。


 魔算機の正面には『※後の人のことを考え、手を洗い水を拭きとってから、オドの量を測りましょう』という貼り紙が貼ってあった。

 誰彼構わず、汗を掻いた状態で魔算機の中に手を入れれば、衛生面で最悪になってしまう。だから、貼り紙がされているのだ。


 グレイは魔算機にオドを込め終ると一歩退き、数字が浮かび上がって来る場所を見た。浮かび上がってきた数字は、


「よし、十八万。着々と増えていってるな」


 驚異の十八万だ。

 ただオドを放ち、食って休むだけの日々を繰り返すだけでこの成長っぷり。訓練はぶっ倒れる——何度もぶっ倒れたほどに過酷だったが、この一週間と半は、騎士の時の五年ほどの鍛錬に相当したと言えるだろう。


 しっかり訓練に集中できる時間とその内容、そして教官が違うだけで、ここまで濃密な訓練ができるとは脱帽だ。

 グレイに自覚が無いが、彼に才能があるというのも急成長の一要素である。


「俺は十三万まで増えましたよ!」


 横では、同じくオドを測定し終えたグーダがその成長を自慢してくる。

 互いに三万ずつの増。次の訓練への移動も時間の問題だ。


「このまま駆け上がるぞ!」


「うっす!」


 グレイのガッツポーズにグーダもガッツポーズ。手の甲を軽くぶつけ合い、定位置へと戻って訓練にもど——、


「の、前に、腹ごしらえだな!」


 戻ろうとしたら、互いに腹の虫が空腹を宣言してきた。

 奇しくも同じタイミングだ。


 妻のユリアが作ってくれた手作り弁当があるから、それをグーダと食べるとしよう。


「やったぜ! ユリアねぇの弁当は最高だっちば!!」


 弁当の内容は握り飯と最近流行っているサンドイッチ——パンと肉だ。

 アンコウエンは海に面していて、夏は季節風によって高温多雨なので米が収穫できる。そのため、握り飯が南方より安く食べられるのだ。

 パンと肉に使われる小麦やライ麦も、アンコウエンは二年三作で麦作をしている為にこちらも安い。 


 期待を顔いっぱいに浮かべるグーダを後ろに、グレイは上着の上に置いた竹籠を持って地面に直接座る。ふたを開け、保冷用に凍らせた革の水筒を退けて、用意された昼食を手に取り、頬張った。グーダも手に取る。


「うんめぇ!!」


「あぁ、うめぇな!!」


 汗を流してなくなった塩分をここで摂取。体力と気力が一気に中興したような気分だ。

 これで今日も訓練に集中できそうである。

 

 さて、次の訓練場はトクチーだ。

 ここでは今まさに、一人目の訓練突破者が出ようとしていた。 


 リフ・ゲッケイジ。


 次の訓練に移行する為、教官に筋肉操作の実技試験を申し込んだ。

 まだ訓練が始まってから一週間と半だ。その短い期間で、教官に実技試験を申し込むという異例に、訓練兵たちは感興かんきょうを示していた。

 それも、見た目がなんとも地味なリフなら尚更だ。


 彼を強者と知るのは、彼を知る騎士の一部——クザブやアリスに、訓練兵を練兵している教官だけだろう。

 故に少数派で、クザブやアリス以外は実際その光景に疑問と戸惑い、あるいは嘲笑を露わにしていた。


 実技試験の内容についてだが、ロジェオがボトーに進言することで緩和されている。内容を話しておくと、


『ボトーさん。我々が指揮するレベル二の訓練は飽くまで、一定以上の質の筋肉操作を、訓練兵が十分以上行使できるようになるまで練兵することです。岩を素手で砕くのは過剰です。質も大事ですが、効率はもっと大事ですよ』


『む、そうだな』


『ということで、素手で拳大けんだいの石を砕き割るにしましょう』


 というものになった。

 緩和はされたが、脳筋なのは相も変わらぬよう。


 とまぁ閑話かんわはここまで。


 リフは練習では既に十分以上、筋肉操作を行使出来ている。拳大の石も素手で砕き割っている。

 だが本番は緊張して、行使の時間が短くなってしまうことが危惧される。だから最長時間を十五分ほどまでに伸ばし、石を何度も砕き割れるようになってから申し出た。


「では、始めてください」


「よろしくお願いします」


 ロジェオの掛け声を合図に、リフは全身の筋肉にオドを込めていく。

 大丈夫だ。問題なく筋肉操作は出来ている。


「あと三分です」


 魔刻時計を見て時間を計っているロジェオが、リフを観察しながら答える。


 これでまだ七分か。無言で行使し続けている所為か、時間間隔が遅くなっている。


「残り一分です」


「はい!」


 残り一分。股を広げて体勢を低くし、腕をクロスさせて気合を入れる構えをとる。身体にも疲労が見えて来た。


——だが一分なら、いける!


 リフは、


「十分経過!! では、そのままの状態でこの拳大の石を、素手で砕き割ってください!!」


 見事に成し遂げた。

 

 ロジェオが歓然と、足元に置いていた拳大の石をリフに渡す。リフはそれを受け取り、深く息を吸って呼吸を整正すると、


「ふッ!!」


 破片が勢いよく飛び散る程の力で砕いてみせた。


「よし!」

 

 砕けた石屑いしくずが風と重力で掌から落ちていくのを見て、リフは少しだけ体を丸め、控えめにガッツポーズをした。心の中では快足に全力ガッツポーズだ。


「素晴らしい!! 一週間と半で成し遂げるとは!! リフさん! レベル二の訓練突破です!!」


 ロジェオの声で我に返り、リフは顔を上げて彼を見る。欣喜きんきしながら拍手をする彼を追うように、観戦していた糅然たる訓練兵たちも感心に拍手し始める。

 クザブは適当に。アリスは敬服して素早い拍手だ。


 久しぶりに、自分を知らない誰かに認められたような気がする。

 すごくうれしい。随喜ずいきだ。


「はい! ありがとうございました!!」


 全員に頭を下げた。

 次の訓練はもっと頑張らなくては。


 また訓練場の場所が変わりキーシュンへ。


「やるネ、ノノチヨ!」


「おねぇ様の右腕になるまで、駆け上がるつもりですから!」


 ノノチヨが長い金髪を揺らしながら、ラウラと組手をしていた。

 敬愛しているシノにいち早く追いつくために、彼女も補習訓練に参加したのだ。


 その横では、ケインとハオが対面する。


「どうですかハオ君、何かつかめてきましたか?」


「分かんない。でも、前の自分よりは確実に成長してる!」


 今日でケインと組手をして十回目となる。


 最初は何も考えずに、ただ馬鹿正直にケインに突っかかっていた。だが、ケインは格上。真正面から突っかかったところで、こちらが負けるのは判然たること。

 だから、三日目からは馬鹿正直ではなく、ケイシュンのように搦め手を内包しながら挑んだ。だがこれもダメだった。

 何故なら、ケインも搦め手を使えるからである。


 要するに、数日程度で考え出せた浅知恵では越え切れない壁が、ケインとの間にあったということ。

 それに気付けたのが六日目。そのまま何の考えも浮かばずに二日経ち、これでは何も変わらないと、九日目でケインの行動を振り返ることにした。


 一日一回という限定的であるが故に焦り、その一回でどうすれば勝てるのか思考に没頭できた訳だ。


 そして、今日は前述したとおりの十日目だ。

 ケインの行動を復習し、今に至る。相手の癖を読め。癖を読んで隙をみつけろ。


 何となくだが、分かってきた気がする。

 

 ケインが組手を一日一回に限定したのは、じっくり考えることを誘起させる意図があったからだろう。

 訓練の初日に言われた、焦りは禁物。階段を一つ一つ登ることが大事。それが顕在化してきている。


 一朝一夕ではどうやっても越えられない。だから何度も何度も戦って、時間を掛けて成長していく。


 ——今の自分に、物凄い伸びしろを感じる!!


 ケイシュンとリクライに見守られる中、ハオは、


「行くぜ!! ケインさん!!」


 ケインに向かって飛び出した。


 都合、それぞれがそれぞれの訓練で成長を遂げていっていた。

 果然、シュウ達もだ。


「三十五分か……はぁ、結構、伸びて来たな……」


 いつものエンザンの中腹でシュウ達も訓練中だった。

 ミレナ以外に比較対象がいない所為か、自分には才能がないのではなかろうかと悩まされる日々だ。


「ねぇねぇシュウ!」


 噂をすれば。

 シュウが訓練で疲れて仰向けに寝ていると、近づいてきたミレナがいかにも嬉しそうな顔で見下ろして来る。


 シュウは上体だけ起こし、何がそんなに嬉しそうなのかミレナを見上げた。少し汗ばんでいるから、訓練した後だろうことは理解できた。


 その時、ミレナは倉卒そうそつに自身のシャツをバサッとかきあげ、


「見て見てどう! 筋肉付いてきたでしょ?」


 自信満々にお腹を見せて来たのだ。正確には腹筋である。

 彼女は「ふんす」と鼻息を出して、腹筋を誇示するようにお腹を突き出して来る。


 なるほど、頑張って付けた筋肉を見て欲しいのか。瞬息しゅんそく、痴女かと思ったが、見てほしくてはしゃいでいたと知れば、何だか可愛らしい。

 

「確かに……前はまっさらだったが、今は凹凸が出来てるな」


 胸からお腹へと一粒の汗が滴る中、シュウはミレナの腹筋を概見がいけんした。

 概見だけでも、ぷにぷに脂肪だけだったお腹に、硬そうな筋肉が少し付き始めているのが分かる。


 おめでとうミレナ。そしてこれからも筋トレ頑張れ。


「でしょでしょ?」


 シュウから褒辞を貰ったミレナはシャツを下げ、快然と一回転。ニシシと嬉笑する。

 愉快そうでなによりだが、そんなことよりも気になることが一つ。


「てかお前、なんで涼しい顔してるんだよ……」


 そう、訓練あとなのに涼やかに見えるのだ。

 汗を掻いているから、サボっていた訳でもあるまい。


「今日は運動しながらじゃなくて、筋肉操作だけに専念してたからさ。本を読みながら、水を飲みながら、寝っ転がって空を眺めながら……だからそこまで疲れてないの」


 ミレナはシュウの横にちょこっと座って答えた。

 なるほど。なる程ではあるが、


「すげぇな……俺は筋肉操作使うのに集中しちまう所為で、それ以外何も出来ねぇぞ」


 普通に凄くね?

 竜躍雲津りゅうやくうんしん。シュウは純粋に嘆美した。


 現にこちとら、筋肉操作だけで疲れているというのに。このエルフって、やっぱり主人公なのではなかろうか。自分に辟易してきた。


「えぇ! そんなのでバテちゃうなんて、シュウってよわよわ? ざこざこ? それとも私が天才すぎた?」


 急に調子に乗ったミレナが、揚げ足をとるように嘲弄してくる。

 その右手を口元に当てて細めた目で見てくる様は、いかんともし難い程に腹が立つ。


 何と言うか、完全に馬鹿にしている。

 これは折檻しなくてはならない。


「うるせぇ」


 シュウはミレナの両頬を両手でつねってぶにゅっと引き伸ばした。


「ふみゅ!? ごめんなさい! 煽って悪かったですぅ!」


 ミレナがその痛さに涙目になって謝って来る。

 分かったかとミレナの頬をピンッと離し、頬がプルルンと揺れて折檻終了である。折檻を受けた彼女はというと、自身の頬を撫でて反省しているようだ。


 折檻で分からせることが出来て、すがすがしい気分になった。

 もはやこの顛末はテンプレだ。

 

「でも、素直に喜べないのよねぇ……」


 仕切り直して、ミレナが何とも言い難い発言をしてきた。


「なんでだよ? まさか、また煽りか?」


「違う違う! エンタクよエンタク……」


 りずにまた嘲弄かと睨みを利かせるシュウに、ミレナはオーバーリアクションで否定。

 シュウは「あぁ」と呟き、彼女が何を言いたいのか瞬時に洞見どうけんした。


「俺達が休憩している時間も、休まずずっとあのままなんだろ? 次元が違うな」


 入り口の屋根の上で、片足立ちでバランスをとっているエンタクを、シュウは望見ぼうけんした。

 ミレナも釣られるように彼女を眺める。


 風が吹いても身体は一切微動せず、不動のまま精神統一をしている。

 あの状態で、更に訓練を常に行っているのだ。流石のミレナの才能も、エンタクの前では霞んでしまうというものだ。


——ん? なんか今、エンタクの身体がぴくっと動いたような?


「むふー」


 シュウ達からは死角で見えないが、実はエンタク。二人に褒められたことで浮かれて、誇らしげな笑みを浮かべていた。


 普段は軽妙洒脱けいみょうしゃだつであるが、シュウとミレナの前ではあかは抜けきらない神仙様である。


「休んでる間だけならまだしも、あいつ、私達が寝てる時間も、筋肉操作でムキムキしてるのよ。ムキムキ、筋肉お化け、ぶっ壊れてない?」


「あんだけ壊れてたら、狂った傑出能力を行使できるのも頷ける」


 ミレナはマッスルポーズで。シュウは呆気にとられるように褒めそやす。

 感賞につづく感賞に、エンタクは嬉しさ全開の莞爾かんじだ。

 そんな集中が切れた彼女に強い風が吹き、


「うぉあぁ!?」


 バランスを崩して落ちそうになってしまう。が、エンタクはぎりぎりのところで耐え切り、咳払いして再び精神統一。


——あれ!? 今完全に落ちかけたよな!? もしかして褒められて精神がブレたのか!?


 それを見ていたシュウは、エンタクの情けない姿に卒遽そっきょしてしまう。

 なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分だ。だが悪い気はしない。彼女の気が休んだと思うと、嬉しくある。


「さて、休憩したことだし、訓練再開するか!」


「そうね! ちゃっちゃと一時間越えちゃうわよ!」


 シュウとミレナは意気揚々と訓練に取り掛かった。


——そうして二週間と半の時間が過ぎた。


 レベル一の訓練ではグレイがノルマの二十万を達成。


「先に行ってるぜ、グーダ!!」


「うっす!! 俺も直ぐに追いつきます!!」


十六万まで増えたグーダよりも一足先に、レベル二の訓練へと移行する。


「よっしゃァァァァ!!! 待ってろよリフ!!」


 グレイはレベル二の訓練に居るリフに追いつこうと気合を入れるが、後に追いつくどころか離されたことを知り落ち込むこととなる。


 レベル二の訓練では、才能ある者を置いてグーダとアリス、傭兵の傑物けつぶつたちがノルマを達成していた。

 

「試験クリアです。次の訓練に移行していいですよ」


「ま、こんなもんかな」


 クザブは洒脱しゃだつを装って。


「お前も試験合格だ! 次の訓練に移行していいぞ!」


「ありがとうございます!」


 アリスは尊敬しているリフを追ってレベル三の訓練に移行する。

 一週間前に試験を合格し、レベル三に移行したリフはというと、補習訓練をしているハオ達を見ていた。


 先ずは詳察ということで、訓練兵の中でも指折りの若者たちの動きを見ることにした。


「ッ! ッ!! ッ!!!」


「いいネ! 上達してきてるネ!!」


「負けられっかぁ!!」


 ラウラと組手をするリクライ。彼らの動きは、互いに戦術無しの真っ向勝負だ。相手をフィジカルで圧倒して倒すのが彼らの真骨頂だろう。

 その筋肉から繰り出される拳と脚は鋭く、動きは最小限に。そして強く素早い。


 オドの量はこちらの方が多いとはいえ、今の中途半端な自分では太刀打ちできないだろう。見習うべき点が多い。


「兄上、いきます!!」


「はい! 全力で掛かってきてください!」


 次はケイシュンとケインだ。無策のラウラとリクライに比べて彼らは荒々しくなく、実に洗練されて無駄のない闘い方だ。


 相手の懐に踏み込む為に環境を利用し、また逆に踏み込ませない為に環境を利用する。

 指先などからオドを鋭く放つことで牽制に使ったり、地面を当てて土煙を上げることで目くらましをしたり。特に目を引いたのは、相手から距離を離す要領で攻撃も同時に行うオドの奔出だ。


 普通、退こうとする相手を猛追しようとするのが心理。それを逆手にとるのだ。

 正直に言って、真似したい。


 そんな四人の中間的な存在がノノチヨだ。フィジカルと戦術を合わせてテクニカルに戦う。そして、その上位互換であるハオ。


「年下に負けるの悔しいィ!!」


「へへ……ノノねぇちゃんは、もっと実力を磨かなくちゃな」

 

 教官との組手を前に体を温めている二人だが、ノノチヨはハオに翻弄ほんろうされてばかりだ。

 まだケインやラウラの方が強者だが、ローガの孫だけあってハオには驚嘆させられる。


「そうだリフさん。まだ身体温まってないし、俺と組手しない?」


「ムカッ!」


「え!?」


 ノノチヨがハオの流れるような煽りに反応するが、リフはそれを意識できない程に衝撃を受けた。受けたと同時に、ハオと組手ができるのだと楽しさが湧き出て来た。


「あぁ、分かった。やろうハオ君」


——取り敢えずインプットはここまで。さぁ! アウトプットの時間だ!!


 

 周り回って、筋肉操作の持続時間を一時間まで伸ばすことができたミレナ達に。


「一時間! 一時間できたわエンタク!!」


「うむ! よくやったミレナ!!」


 エンタクとシュウに見守られる中、ミレナは筋肉操作を見事に一時間行使し続けた。一時間集中し続ける彼女の姿は婉麗えんれいの一言だった。


「やった! やったぁぁぁぁ!!」


 苦節、二週間と半の時間の努力が報われたことに、ミレナはおおはしゃぎ。エンタクの手を取って、ぴょんぴょんと跳ねる。今度はシュウの手を取ってぴょんぴょんと跳ねる跳ねる。 


「まじか……クソ。結局、下馬評通り俺の負けか……」


 ミレナが成長したことが嬉しい半面、シュウはまだ達成できていないことに複雑な気持ちになった。

 同じタイミングで始め、同じ訓練内容と時間。だのに追いつこうにも追いつけなかった。完全に負けた。


「わっはっは! どうだシュウ!! 私のこと、少しは見直した?」


 ミレナは腰に手を当てて胸を張った後、ウィンクをして舌をチロっと出して見てくる。

 

——こいつ、完全に勝ち誇ってやがる。


「少しどころか、いつも見直してばっかだよ……」


 シュウは焦燥を抑えてあっさりと答えた。

 嫉妬や劣等感で落ち込む暇があるのなら、その感情を糧に奮闘してこそ晴れやかになれるというもの。

 当然だが、見直してばかりなのは本当である。


「むふふ、凄いでしょ凄いでしょ」


「へいへい。ミレナは最強最高だよ」


 褒められ喜色満面になっているミレナに近づき、シュウは彼女の頭を軽く撫でた。撫でられるミレナは、嬉しそうに長耳をぴこぴこと揺らす。

 そんな光景を横で見ていたエンタクが「ム」と、不満の声を漏らすが、シュウとミレナには届かない。


「えっへん! もっと私を褒め称えよ! 少年!!」


「青年な……」


 ミレナの言いたいだけのそれにツッコミを入れつつ、シュウは前言を実行し始めた。


 気を整え、オドを筋肉に流し込む。


 現在、筋肉操作の持続時間は五十分だ。ミレナが約半月でやってのけたのだから、自分もなるべく早く達成したい。

 勝てなくても置いて行かれるのは御免蒙りたいものだ。


「そうだシュウ、励め励め。一時間まであと十分……一か月以内には、一時間は越えられるさ」


「俺も負けてらんねぇからな。三週間以内に終わらせてやるよ」


 エンタクの励ましに、シュウは筋肉操作を行使し続けながら啖呵を切る。

 三週間以内に終わらせるつもりで、最大限努力するつもりだ。例え終わらせられなくても——という雑念すら抱かず、ここ数日は目標達成だけに傾注けいちゅうする。


「その意気だ。宣言通りにできたら、ご褒美だな」


「期待しとくよ」


 何が貰えるかは分からないが、ご褒美があるならより研鑽できる。研鑽したくなる。エンタクは教育上手だ。


「てか、エンタク」


「ん?」


「ミレナが一時間越えたんだし、そろそろ次の訓練の内容、教えてくれてもいいんじゃないか?」


 エンタクを呼ぶと、シュウはふと疑問に思ったことを借問した。


 訓練が始まってからここ二週間と半、筋肉操作以外のことはしてこなかった。

 エンタクが言った通り、筋肉操作は基礎的な鍛錬。応用ではない。

 闘いに於いて、基礎だけで挑むのは余りにも心細い。基礎的な訓練があれば応用もあるだろうし、抑々、せっかく神器が扱えるのだから専用の訓練がしたい。


「そうだな……確かにそろそろ頃合か」


 エンタクは納得気に空を見上げる。


「次の訓練はなになに!?」


「次の訓練はだな……」


 ミレナが促促そくそくと急かすが、エンタクは意地悪く言葉を切る。

 シュウとミレナは勿体ぶる彼女に近づき「次の訓練は?」とハモって、更に促促と急かす。


 エンタクは二人の楽欲ぎょうよくに「ふん」と満足そうに窃笑し、


「神器を用いた必殺技の習得だ!! そして、僕と実戦!!」


 大胆に発表した。


 所期しょきしていたことが現実になるとは。これは嬉しい限りだ。

 シュウは喜悦きえつに「よし」と呟いてしまう。


 神器を託してくれた白髪の男の手紙には『使い方は直感できる』と書いてあったが、訓練しておくことに越したことはない。

 何より使いこなしたい気持ちでいっぱいだ。


「必殺技! いい響き!! 私もしゅば! しゅばばば!! バコーン!! ってやれるのね」


 体勢を低くして弓を持つ構えになったミレナが、快哉だと右手を俊敏に動かす。


——いや、ミレナはもう必殺技みたいなの出来てるだろ……


 何故そこまでウキウキしているのか分からないが、ミレナはもう充分に必殺技っぽいものを扱えているはずだ。巨大な氷柱群を飛ばすブリザードメアハイトや、凍土で相手を飲み込むフィンブル何てまさにそれだ。


 まぁそれはそれ、これはこれということか。

 皆が知らないからこそ必殺技。周知の技など必殺技ではないということなのだろう。


「二週間と半でここまでこれたから、時間はみっちりとれる訳だ。まぁ一か月かかっても、みっちりとるつもりだったけど」


——まぁ俺はまだ、目標達成できてないがな……


 特に悪意のないエンタクの言葉が、シュウの心を傷つけた。

 そして、ひねくれた考え方の所為で傷つく自分に更に傷つく。


「筋肉操作は飽くまで基礎。神器が使えるんだから、自分に合ってて、更に神器ならではの戦闘スタイルを築いて行かなくちゃ、夏炉冬扇もいいところだからな」


「じゃあ、俺があと三、四日で筋肉操作を一時間まで伸ばしてからは、神器の訓練して、そのあと組手をやっていくって訳だな」


 ミレナのことが言えないくらいに、期待いっぱいだったシュウ。が、その彼の渇欲かつよくをエンタクは人差し指を立てて「のんのんのん」と、首と立てた指を横に振った。

 凄い解釈違いにシュウは「な、なんだよ? 違うのか?」と、分かりやすく気を落とす。

 

 まさか、ミレナだけ先に始めるとか言わないだろうか。


——いや、言わないよな? 


「シュウは置いて、ミレナは明日から、神器を扱った訓練をしてもらう予定だ」


「え!? いいの!! やったぁ!! 私、ゆみちゃん早く使ってみたかったのよね!!」


——言われてしまった。


「お、俺は?」


「シュウは一時間まで伸ばしてからぁ! まだダメ!」


 嘘であってほしいと、自分に向かって指を差しながらエンタクを見る。だが、彼女はこれでもかと煽らんばかりに、顔を近づけて却下してきた。


 勘違いであってほしかった。

 どうしてこういう時の嫌な予感というのは的中するのだろうか。


 肩を落とし、孱弱せんじゃくなため息を吐いて爆沈ばくちんする。


「シュウはまだ一時間筋肉操作を使えないんだから、ダメでーす!」


 そんな落ち込むシュウをミレナが「ぷぷぷ」と嘲笑した後、エンタクを真似るように顔を近づけて煽る。エンタクも調子に乗って「ダメでーす!」とシュウを煽っておどける。


「うぜぇなおい!!」


 まだ達成できていない自分が悪いとはいえ、流石に堪忍袋の緒が切れた。否、弾け飛んだ。

 もう自分が悪いとかなどどうでもいい。


 シュウは完全に舐め切っている二人を、捕まえようと追いかけた。捕まえて分からせようとしたが、エンタクがミレナを抱えて空へと飛んで逃げられてしまい、肩透かしされた。


「おい逃げんな! 卑怯だぞ!」


「シュウが飛べば僕らに追いつけるぞ!!」


「絶対分かって言ってるだろ!!」


 何もやり返せず正論を打ち付けられ、鬱憤うっぷんが噴火する。噴火して一気に萎靡した。

 そうだ冷静になれ。こういう時は相手にしてはいけない。ミレナは言うまでもなく、エンタクとも過ごして約一か月が経つ。

 この二人の性格は分かっている。こちらがムキになれば、むこうが付け上がるだけだ。


 シュウは仰向けに寝転がった。


「ねぇエンタク、このままシュウ置いていっちゃわない?」


「いいな。置いて言って、一人ぼっちにさせてやろう」


 何か怖い会話が聞こえてくる。だが、ここで負け腹を立ててすぐに反応していては、二人の思う壺だ。ここは淡然たる雰囲気でスルーしよう。

 シュウは寝転んだままエンタクとミレナを無視する。


「それを見て焦るシュウの姿、いいかも……」


「そうだな、焦ってダメになっちゃうシュウの姿は見てみたいな……」


「ちょっと!? お二人さん!? 怖いこと言わないでくれるか!?」


 それでもひそひそと怖い話を続ける二人に、シュウは我慢できずに身体を起こして飛びついてしまった。

 恐らくだが、このまま無視したら無視したで、同じような煽りを二人は反応するまでしてきただろう。だから遅かれ早かれこうなっていた。


「ごめんごめん! 嘘だよ! うーそ!!」


「そうそう嘘嘘、置いてったりしないから安心しろ」


 こちらが反応したからか、エンタクがミレナを抱えたまま降りて来る。

 二人はニヤニヤしながらシュウの前で屈んだ。


「お前らなぁ……」


「「ふむっ!?」」


 シュウは今しかないと、エンタクとミレナの頬を両手で掴んだ。掴んでぐにゅぐにゅして、鬱憤の残り火をねじ込む。苦しそうな顔をする二人を見て、手を離し完全に鎮火だ。

 これですっきりした。


「やっぱりシュウ弄りは楽しいな」


「そうね。困ってるシュウかわいいもん」


 そう言って共感して「えへへ」「ふふふ」と笑い合うエンタクとミレナ。こっちの身にもなって理解してほしい。


——まぁ、最後の最後は恨みっこなしになるから、面白おかしいし悪くはないか……


 爾後じご


——シュウは三週間目にて筋肉操作の訓練を完遂する!!

作中序盤で握り飯が出て来たのは、アンコウエン産の米があったからです。


ミレナ「お米おいしーもぐもぐ!」

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