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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第14話 あいうぉんとぅーびーすとろんぐ!!

 コウエンタク内。西日が入らず、東にあるほの暗い縁側の更に暗い壁の四隅に、三角座りで悄気返しょげかえっている者が居た。


「はぁ……憂鬱だ」


 女性的な容姿をしている美少年のリメアだ。

 目から完全に光が無くなっている。果たして、彼の身に何があったというのだろうか。


「どうかしたんですか?」


 何があったのかは、その縁側の横にある廊下を偶然通りかかった黒髪長髪の男——セルヴァが聞き出してくれるだろう。

 セルヴァは何か声が聞こえたと覗き込むと、悄気返っているリメアを心配そうに見た。


「いや、その……私、オドの量を測ったんです」


 リメアは一度目を合わせて会釈すると、視線をセルヴァとは反対の方に落とした。結果を言わない事から、何を言おうとしているのかは通徹つうてつできるだろう。


「駄目だったんですか?」


 その通り。ダメだったのだ。ただし、


「結論から言うと、そうです。ただ複雑で……」


 単純な話ではなかった。

 色々あったのだ、色々と。


 疑問を顔に浮かばせるセルヴァに、感情が死んだ顔で再び目を合わせて、リメアは件の過去を語り始める。


 遡行は入隊式の後にまで至る。


『見てください! 私、オドの量が十万を超えてます!!』


 試してみる価値はある。把握しておくことに越したことはない。もしかしたら、頭を使う以外に何か役に立てるかもしれない。


——というか、自分に才能とかないかな?


 とまぁ、色々と論理的で小綺麗な包装紙を浅ましい承認欲求の上から巻きつけ、オドの量を測定することにしたのだ。

 当然、試験中に測れる訳もないので、フクとセイが魔算機を片付けようとしている中途に、声を掛けてまでして測った。


 あの時は相当、興味津々だったと言える。

 だって自分のオドの量をフクとセイに誇称こしょうしたのだ。子供のようにはしゃいでいたと、自分でも思う。


『おぉ! ここにも逸材が!?』


『リメアたそは男でありながら女も! 頭脳派でありながら武闘派でもあったんだね!! 両刀足す両刀! 両刀の二乗! 究極のガチ両刀!!』


 両手を合わせ、フクとセイはふんすふんすと両眼をきらめかせる。


『お褒めに預かり光栄です!! おぉぉぉぉぉ!! 私もイエギクさんのように、男らしく強い男になってみせますよぉぉぉ!!!』


 二人からも褒めあげられ、リメアは有頂天へと一直線。憧れの男であるシュウに一歩近づけると、興奮して両手を天へと突きだす。


 忘れられるはずがない、彼が魔女の切手を仲間や亜人の人々の為に信託してくれたことを。それだけでは飽き足らず、自分の為にと言い張る思いやりの精神力たるや。

 まさに漢の中の漢。

 その彼に一歩近づき、手助けできるかもしれないのは、リメアにとって恐悦の境地なのだ。


『『やめてそれだけは!!』』


 嬉しすぎて、フクとセイの焦ったツッコミも耳に入ってこない。


 因みに、二人が焦ってツッコミを入れた理由は、美少年のリメアにごつくなってほしくないからである。

 身体がごつくて顔だけ美少年など、想像するだけで勿体ない。才能をドブに漬けるようなものだ。


 話を戻そう。

 

 フクとセイに自分の身を守れる以上に強くなりたいと頼んで、早速訓練を始めるところまではよかったのだ。だが確定済みの未来の通り、そう易々とはいかなかった。

 リメアはそこで初めて、どうやっても破れない壁というものを知った。


『うん、リメアたんは闘いの才能はないですね』


『自分が傷つくこともそうだけど、それ以上に相手を傷つけるのを恐れてるのがねぇ……それが全部を台無しにしちゃってる』


 フクとセイから訓練を受けて間もなく、暴力の恐ろしさを思い知らされたのだ。

 地面に膝をつき、興奮して思考がままならない脳に酸素を送る。


『そ、そんな……ここまで自分が戦闘に不向きだったなんて……これを当たり前のようにやっている方々は、というか、身近なグーダまでこの恐怖の克服を……私、ここまで才能がないなんて』


 暴力。それは自分と相手を傷つける凶器。

 人を殴れなかったのだ。殴られた痛みに、耐えられなかったのだ。


 自分が暴力を受ける痛さは当然、暴力の痛さを相手に与えると想像しただけで、拳の握る強さが緩んでしまう。もし仲間が危険な状態に陥ったら、と自己欺瞞じこぎまんしてさえも怯えてすくんでしまう。


 これでは正当防衛ですら思考にノイズが混じって、本気で相手に暴力を振るえないだろう。

 貴族という温暖な環境で育ったが故か、性格という覆しようがない遺伝故か。ともかく暴力への恐怖で何も出来なかった。


 時間は元に巻き戻る。


「ということがありまして……」


 光を無くした目のままで、リメアは何がったのかをセルヴァに話した。

 今まで他者を頼っていた自覚すらなかった自分に、忸怩じくじたる思いが湧いて来る。


「あはは、仕方ありませんよ。私も似たような感じですから」


 セルヴァは苦笑いしながらそう言った。

 彼の含みのある言葉に、今日始めてリメアの瞳に生気が宿る。咄嗟に「似たような?」と質問をしていた。


「はい。最初は警備隊の隊長を目指していたんですが、その、そっちの才能がなくて……それで、官職の方に転職したひょろひょろ男なんです……」


「ここに同志がいたんですね!」


 右手を軽く顔に当て、顔を隠しながら汗顔かんがんするセルヴァ。その彼の左手を、リメアは嬉しそうに勢いよく取った。

 セルヴァは少し驚きながらも、握って来るリメアの手を「はい!」と、嬉しそうに握り返し、


「若い人達が警備隊に入隊して名声を上げる度に、嫉妬とコンプレックスで傷つく小心者です……ぅぅ」


 しょぼしょぼの両目から涙を流す。


「私は女性扱いされるのがコンプレックスなのに、それを何をやっても克服できないもやし男です……ぅぅ」


 リメアもしょぼしょぼの目から涙を流し、同じように本音を吐露とろした。

 挫折の過程は多様なれ、その結果は同じ終着点。


 彼も人なり我も人なりとは、誰が言った言葉か。これに当てはまらないものなど、いくらでもあるではないか。


「私達、気が合いそうですね!」


「同意見です!」


 二人は涙を浮かべながらも、怡怡いいと意気投合する。

 顔を合わせたことは何回かあるが、じっくり話すのはこれが初めてだ。要はほぼ初対面。これぞ傾蓋けいがいと言えるだろう。


 いやぁ、なんだか嬉しいな。


 周囲の人達は戦いに長けているうえ、頭も使えるのだから立つ瀬がなかった。

 その中に、自分と似た境遇のセルヴァがいたとなれば、心も少しは休まるというもの。『あれ、自分いらないのでは?』と、よく頭を真っ白にさせられたのは、今となってはいい思い出だ。


「それでなんですが、ニュートラルさんは教育長官なんですよね?」


「はい。それがなにか?」


 倏然しゅくぜんとした質問に、リメアは趣旨を問い返した。


「ニュートラルさんの頭脳が欲しくて、その、コウエンタク内にいる、フロリナという少女は知っていますか?」


「知っていますよ。目が見えない方でしたか……」


 親睦会の時、三白眼の女性バーバラと一緒にいた銀髪の少女のことだ。

 フロリナは玉容ぎょくようといえるほど容貌が整っていて、エンタクのただの侍女とは思えない印象があった。あとは目が見えないか何かで、盤上遊戯の参加が出来なかったという記憶もある。


「そうです。正確には、生物の魂しか見れないですが」


「魂、ですか。そういったことは疎いので、余り言及したくはないのですが、世の中には、魂の色を性善か性悪か、あるいは中間かを、直感的に判断できる方がいると聞きます……もしかして、フロリナさんはその一人で?」


「はい。ただし、彼女は魂の善悪を色で見分けるように改造された、少女です」


「かい、ぞう。改造って!」


 決して聞き逃すことができない梟悪きょうあくである単語に、真剣な顔でセルヴァを見た。


 玉容と改造。


 リメアの中で、とある仮説が生まれ落ちる。風の噂。人伝の人伝。事実は昭然しょうぜんとしていないが、彼女はもしや。

 セルヴァはリメアの「はい」と慎莫しんまくに頷き、


「非合法な実験で、肉体改造を強いられたということです。彼女は元々、辺境伯の御令嬢でした。ですが豪族の侵略により、領土を守れず略奪され、彼女の家系とその侍人は全て、とある研究施設に売られました。それが五年前。彼女が五つの時です。そして彼女を我々が偶然たすけたのも、五年前です……」


 仮説を肯定するように説明した。

 やはり当たっていた。副長官から聞いた話に、西アルヒストのとある辺境伯の領地が、豪族に陥落させられたというのがあった。


 その辺境伯の令嬢がフロリナなのだ。そして、彼女のお目付け役の侍女がバーバラ。だが何故、彼女ら二人だけがこのコウエンタクに。


 そう思った矢先、リメアの胸中で最悪な仮説がまた立てられた。


「生きていたのは、実験の成功で生き残ったフロリナと、実験を受ける前だったバーバラさんだけでした。エンタク様の指示のもと、ハクロウ殿と、引退して今は隠居しているゲオルさんが、二人を救出することとなりました」


 生きていたのは。

 また仮説を肯定されてしまった。

 リメアの心に影が落ちる。


「生き残ったのが二人だけ。では彼女の両親やご兄弟、辺境伯邸で仕えていた侍人の方々は、その実験で……」


「そうです。のちにその研究施設は公になり、それに随従ずいじゅうしていた他の研究施設は解体され、その研究施設に阿っていた者は収監されました」


 リメアの濁しにセルヴァは首肯し、事の端倪たんげい縷説るせつした。そののち「ですが」と逆接を言葉にする。リメアは、


「それで終わったという訳ではない、ということですね」


 彼の逆接の後に続く言葉を、代わってはっきり言い切った。

 ここで話の始まりである『頭脳が欲しい』へと帰着する。


「はい、ご高察のとおり、最近また同じような、非合法な研究を行っているかもしれない施設が見つかりまして……それと、ハクロウ殿が尋問した時に聞いた話では、施設の研究者はこう言ったそうです。我々は、報酬の為にやったにすぎない、と」


 リメアの明敏な頭脳とその射抜くような目に、セルヴァはどこか頼もしそうに語った。


「元悪は他にいるということですか」


 厄介なことだ。


「ニュートラル殿には私と一緒に、その施設で行われている研究について、色々調べてほしいのです。教育長官の貴方が訪問するなら、違和感はありませんし、高官でもありますから無下にはできないはずです。不正を見つけた場合、そこの研究者から元悪を辿っていければと思っています」


「分かりました。奸悪どもを野放しにはできません。やりましょう」


 リメアは言い切った後、セルヴァに握手を示唆する。セルヴァはその手を取った。


 自身に闘いの才能がないのなら、それ以外のもので才ある彼らができるだけその才を伸ばせるように尽力しなくては。それに、身近にいる仲間が凄惨せいさんな目に遭わされたのだ。使えるものはとことん使っていこうではないか。



※ ※ ※ ※



「リザベート、大切な話があります。二人きりで話しがしたいです。よろしいですね?」


 ディーネと樽に乗ってバランスをとる遊びをしていたら、いきなりクレイシアが部屋の中に入って来た。


「はい、その、なんの話を?」


「それすらも二人で話したいのです」


 首を傾げて訊いてみるが、虚しく一蹴されてしまう。

 なにか失態をしてしまったのではとクレイシアを見るが、いつもの怒って怖い彼女ではなさそうだ。今日のクレイシアは、どこか苦しそうな顔をしている。


 憐情れんじょうというべきだろうか。幾許か『誰に?』と疑問に思うが、すぐさま『あ、わたし?』と悟った。


 だって自分と二人きりで話したいって、そういうことでしょ。


「ごめんなさいディーネちゃん、お遊戯の邪魔をしてしまって……」


「うんうん! 気にしてないよ! 大切な話なら、仕方ないもんね」


 謝るクレイシアにディーネが笑顔で首を横に振る。

 自分よりも幼いのに周りに気を使えて、素直なところが可愛くてとっても好きだ。可愛くて抱きしめたくなる。


「ペルニオ様にプルウィア様も、申し訳ないです」


「謝る必要はないさ!」


「私と兄のことはお気になさらず」


 クレイシアは水を差してしまったディーネだけではなく、一緒に遊んでいたペルニオとプルウィアにも謝罪する。

 これは恐らく、社交辞令というやつだろう。


「ありがとうございます。ではリザベート、行きますよ」


 怒られる訳ではなさそうだからリザベートは「はい」と頷いて、柔順じゅうじゅんにクレイシアに付いていった。

 ついた部屋は、何もない蕭散しょうさんな客室だった。


 床に正座するクレイシアに続いて、リザベートも床に座った。

 クレイシアは静かに長く息を吸った後、一度だけ「リザベート」と名前を呼んで、


「話す前に、いくつか訊きたいことがあります。いいですか?」


 何故か質問してきた。これが二人きりになって話したい事なのだろうか。どうにもそうは思えないが、


「はい。何でも訊いてください」


 特に答えない意味もないので素直に受け入れた。


「……貴方は自分のことを知りたいと言いました。今もその気持ちは変わりませんか?」


「はい! 自分が何者で、なんでレイキ達に囚われていて、どこで生まれて、ていうのは、テレボウか。家族がどこにいるのかとか、テレボウはどうなってるのとか、ヴァンパイアのこと、いっっっぱい知りたいです!」


 確認の質問に『なんだそんなことか』と思いながらも、リザベートは全て答えた。

 しかしこの質問も、二人きりになってまでするようなことではないような気がする。


 今の質問はリザベートにどこか、外堀を埋めるような下拵したごしらえを彷彿させた。


「では、辛い事だったとしても、受け入れられますか?」


「え?」


 そうしてリザベートの勘は見事に的中してみせた。

 リザベートの首筋にヒヤッとした感覚が襲い掛かる。


「なにか、あったんですか?」


「はい、アウリヌス様から聞きました」


 話しておきたい事があると、大人たちが広間に集まっていたのは。

 ディーネが広間の方へ来ないように、一緒に遊んであげて欲しいとアウリヌスから頼まれたのは。


——自分に関する何かを、彼らに話す必要があったから……


 鳥肌が立った。これは悪感だ。悪い予感がする。


「…………き、き……きけ」


 でも知りたかった。

 これは『自分を知りたい』という、原初の好奇心や知識欲といった利己的な感情だけでなく、義務、知らなければいけない気がするという、責任による呵責かしゃくに苛まれたからでもあった。


——なんでわたし、責任なんか感じてるんだろ?


 いったい誰から教え込まれた責任なのだろうか。道徳なのだろうか。

 知らない。知る筈がない。だって自分は物心ついた頃から、ずっと暗い地下の中に奴隷として幽閉されていた。


 誰かが責任や道徳を自分に徳育とくいくする暇など一切ないし、された覚えもない。


——じゃあなんで?


 分からない。

 でも知りたくて仕方がない。


「聞けます。ききたい、です!」


 だからきっぱり聞くことにした。


「分かりました。リザベート、全てを受け入れろとはいいません。貴方はまだ未成年です。これは、少女の貴方が受け入れるには峻厳が過ぎること。ですが、これは貴方がいつか必ず、どこかで受け入れなければならないことでもあります。ですから、聞けるところまででいいので、真剣に聞いてください」


 リザベートの顔と紅眼は凜乎りんことして、クレイシアの心を射抜いていた。だからこそ、クレイシアの心では『この子には偽らず、全てを話そう』という決意に繋がったのであった。


 クレイシアから、アウリヌスの過去の話を赤裸々に聞いた。聞きたかったから、我慢して聞知を貫いた。


「貴方はただのヴァンパイアではないのです。貴方はヴァンパイアの始祖、真祖と言われる存在の末裔で、そして真祖の血を引く唯一の生き残りなのです」


——わたしは、ワタシハ、ワタ、シ、ハ、真祖。故郷は、もう……


 頭の中が白く霞み、小さな泡がパチパチと割れるような痺れがリザベートに訪れる。思考が覚束ない。何をどうして、どうすればいいのか分からない。ただただ頭の中の白い霞みが増していくだけ。


 自分のことを知れたのに、何も嬉しくないのだ。


「真祖の末裔。わたしが、家族の中で唯一の生き残り……」


 リザベートはクレイシアの言葉をそっくりそのまま言葉にした。

 そうやって言葉にすることで、その事実への認知を改めようとした。だって受け入れたいから。


 ——なんで受け入れたいの?


 クレイシアに言われたから。違う。だって『受け入れなくちゃ』ではなく『受け入れたい』だから。


 まただ。責任を感じて、辛い事でも受け入れたいと思った時と同じ。

 何が自分をそうさせるのか。そう駆り立てるのか。


——何故か直感的に血管を、その中に流れる血液と謎の二重螺旋が浮かんできた。


「貴方の故郷は、貴方が求めていた明るい世界ではありません。必ずと言っていい程、貴方を苦しめる世界になっていると思います」


 自分を苦しめる世界。でも、見てみたい。見なくてはいけない。


「ごめんなさい。貴方はきっと、明るい意味で、自分のことを知りたいと思っていたのでしょう。ですのに、貴方に関する初めての情報が、暗い物になってしまいました」


 クレイシアは何も悪くないのに、頭を下げて謝った。

 暗くて辛いだけのこと。自分が想像していたこととは正反対の性質。だけど知りたい。直感と血液と二重螺旋。


 これはきっとそう。

 この体に流れる運命。


 お父さんやお母さん。いたかもしれない兄妹、あるいは姉弟。おじいちゃんやおばあちゃん。そして、おじいちゃんとおばあちゃんに繋げていった祖先。その彼彼女らから、自分を含め子孫へ託された運命だ。


 自分のことを知れたという嬉しさに、この好奇心や知識欲は仕組まれたものだったという虚しさが覆いかぶさる。


 嫌なことを知りたいように仕組まれるなんて、最悪なことだ。

 まるでこちらを蔑み、自分の思うがままに操れるよう、奴隷として凌虐りょうぎゃくしてきたレイキのようである。

 

 分かっている。祖先にその気がないのは知っている。こちらを思ってのことだと、重々理解している。

 重々承知しているからこそ、何も出来ずにムカつくのだ。


 でも、知りたいという気持ちは変わらない。だから、


「大丈夫です。わたし、辛い事はちょっとだけ慣れてます。それに、わたしには、血は繋がらなくても、ちゃんとかぞくがいます! イエギク君に、ミレナ様に、クレイシアお姉ちゃん、うるさいグレイさんに、静かなリフさん。村のみんなが家族なんです!」


 この最悪な気持ちを、他の幸せな何かで埋めることにしよう。

 なんだか分かったことで、かえってすっきりした気持ちになった。


「リザベート……」


 クレイシアの表情が、今まで見たことがない程に優しいものになる。

 目には涙を浮かべ、その涙を彼女は右手の人差し指で拭った。


 リザベートはむくっと上を向いて握り拳を作り、


「なんなら、わたしいま明るいですよ! 真祖ってすごいんですよね! このあいだ、アウリヌスおじさんに連れられて、オドの量を測ったんですが、わたし、三百万のオドの量があるらしいです! めちゃくちゃすごい数らしいですよ!」


 この快心をクレイシアに全力で伝えた。

 今の自分の目は、星のように灼灼しゃくしゃくと輝いているだろう。


「そうですね。その通りです! 貴方は凄くて、たくさんの家族がいます。だから大丈夫です……私だけでなく、皆さんが貴方を支えてくれます」


 リザベートの元気な姿を見たクレイシアの表情が、暗いものから明るいものへと変化する。

 彼女は今、自分が清らかで高潔な目的——仲間の為に動こうとしている、と思っているだろう。だが自分は、他の誰の為でもない自分の為に動こうとしている。


 こんな本性を知れば、クレイシアは軽蔑するだろう。だから黙っておく。


——自分がやりたいことをする。


 シュウが思いやって言ってくれた言葉だ。

 いま自分がやりたいことは、幸せな何かとは、


「よし、決めました! わたし、訓練で強くなって、わたしに似てる、ディーネちゃんのお姉ちゃんの、ディーナお姉ちゃんを、迎えに行きたいです! 強くなって、酷くなっちゃった故郷を、元通りにしたいです! それがわたしの、二つ目にやりたいことです!!」


 即興で考え付いた。


 ディーネの姉のディーナは、ヴァンパイアである自分のことを知りたいと言って、アンコウエンの外に出たという。


 自分に似た彼女とは馬が合いそうだ。だから助けたい。

 そして、この体に流れる煩瑣はんさである運命を故郷を元通りにすることで衰滅させ、新たな自分となって幸せを実現するのだ。


 即興で考え付いたことが幸せに繋がるのか、と疑問に思うだろうが、寧ろ邪魔で無駄な雑慮がない、即興で考え付いたことだからこそ、本当の幸せでやりたいことだと言えるだろう。本懐ほんかいと言えるだろう。


 先ずは自分の為に。自分の幸せを求めて。後のことや周りのことは、後から考えればいい。


——わたしに道を示してくれた、親のよう——という年齢ではないから、お兄ちゃんかな? とにかく、今はイエギク君のことを信じて、ただがむしゃらに自分の幸せを……


「なら早速、貴方が訓練に参加していいか、アウリヌスさん達に訊いてみましょう。思い至ったらすぐ行動です!」


 クレイシアが嬉しそうに立ち上がって、こちらの両手を取ってくる。「はい!」と返事をすると、リザベートは催促されるまま部屋を出た。


 何もない蕭散だった客室が、暗く辛い話で更に寂しくなるはずだったが、いつの間にか二人の元気な会話で、明るく賑やかな空気に変わっていた。

100万字突破!! やったァァァァァ!!!

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