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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
96/113

第13話 訓練だ練兵だ!!

——視点は次のレベル三の訓練場に移動。


 場所は南西のキーシュンにある訓練場。そこでは魔法抜きの、筋肉操作を用いた組手が行われていた。


 クザブが推認した通り、筋肉操作を全身で十分以上行使できなければ、何もできない訓練である。


「組む相手は誰でもいいので二人以上の組を作り、組んだ相手と組手を行ってください! 武器や魔法は使ってはいけません!! おのれの肉体と筋肉操作のみです!! 先に相手の背中と胸にある木の板を割った方が、勝ちとします!!」


 教官はケイン。


「この訓練で重要なのは、相手の攻撃の強さを見極め、自分の防御の強度を身体の部位ごとに調節することと、相手の防御の強度を見極め、攻撃の強さを調節することネ!! 格上の相手でも筋肉操作の調節をしっかりすれば、勝機は全然あるネ!!」

 

 副教官はラウラだ。

 

 ハオとリクライ、ケイシュンの三人組に、ノノチヨと片目を長い前髪で隠した白肌の少年——ギンジのいとこのテンジが、レベル三の訓練を受けていた。


「筋肉操作を全身全力で行使して、短時間で終わらせる手もあるけど、これは邪道ネ!! 何故なら、時間稼ぎをされちゃったら、直ぐに体力が澌尽しじんしちゃうからネ!!」


「それでは、訓練を始めてください!!」


 ラウラが注意事項を訓練兵たちに告げ、ケインが訓練開始の合図を出す。

 座っていた訓練兵たちは続々と立ち上がり、仲の良い者や周りに居る者、余った者同士で組を作っていった。


「リクライ、ケイシュン、俺と組もうぜ!」


「たりめぇよ!! 勝ってやるからなハオ!!」


「舐めていれば、痛い目に合うと教えてやらなければな……」


「望むところだぜ!」


 ハオ達はいつもの仲良し三人で組むことに。

 三人は事前に配られていた木の板を、布を使って胸と背中にくくりつける。


 最初は壊れた陶磁器を使う予定だったのだが、在庫が足りなくなる可能性と、危ないということで却下された。


「じゃあまずは俺からだ!!」


 まずはリクライがハオに組手を申し込む。彼が最初に申し込むのを分かっていたのか、ケイシュンは仕方ないと笑いながら、


「最初は譲ってやろう」


 潔く緒戦ちょせんを譲った。


「おっけい。じゃあまずはリクライね。軽くあしらってやるよ……」


 ハオは軽くステップをして準備運動。シャドーボクシングをした後、構えた。

 リクライは突き刺すような視線でハオを観察し、


「行くぜ! ハオ!!」


 仕掛けに出た。

 ツッコんでくるリクライを、ハオは真っ向から対処する。


「ラァ! ラァ!!」


 リクライは体格差を活かして、ハオを逃がさないように拳を振りかざす。


——拳が鋭い!! なかなかやるじゃん!!


 ハオはリクライの拳を受けきれずに殴り飛ばされ、後退を余儀なくされる。


 スピードと力ともに悪くない。その体格と筋肉量なら、ただひたすらに拳を振りかざしているだけで圧倒できるだろう。

 昔から筋肉馬鹿だっただけはある。


 だが、それが通じるのは如己男もころおかそれ以下の相手だけだ。

 何も考えずに攻撃を続ければ、リズムや力は一定になりやすい。故に読みやすい。

 

 筋肉操作だけの組手なら若干、体格が大きく筋肉量も多いリクライが有利だが、読めてしまえば簡単に傾覆けいふくできる差だ。

 リクライの右拳の強さを百とするなら、左手の防御の強さを百十にすれば受け流せる。


 リクライは後退して逃げるハオを猛追する。

 追いつき、拳をハオに振りかざす。


——来た! ここだ!!


 ハオは頭の中で考えた通り、リクライの攻撃の強さよりも若干強い防御で、右拳を受け流した。


 そして、受け流したことで空いたリクライの胸に、


「フッ! ヅッ!」


「グッ!? ガァっ!?」


 二撃。木の板を割った。


「のやろぉ!!」


「足が、おろそかだぜ!!」


 小さく呻きながら後退したリクライが色然しょくぜんと反撃してくるが、大振りだ。

 ハオはしゃがんで拳を避け、その勢いのままリクライに前から足さばきをお見舞いする。

 狙いは背中にある木の板だ。


「なッ!?」


 ものの見事に前へと傾倒けいとうするリクライ。ハオはリクライの背中に回り、そのまま木の板を叩き割ろうと手刀を振り下ろす。


 しかし、


「まだだ!」


 リクライは足のつま先からオドを放出。傾倒の勢いにオド放出の勢いを足して、ハオの顔面にかかとを繰り出した。


「ッ!? ぶねぇ!?」


 突然のことだったが、ハオはのけ反ることで踵をぎりぎりで回避する。

 体勢を元に戻し、続けざまに胸の板に向かって飛び込んでくるリクライ。彼の右足が強張る。


 右蹴りだ。


——およそ強さ二百!! 両手二百二十で弾き返す!!


「ッヅグゥ!?」


 ハオは両腕を使って蹴りを弾き返した。

 リクライは後方に飛ばされる。


「やるじゃん!」


 気障っぽく指を差して褒めるハオ。リクライは顔を怨色えんしょくに染めて「相変わらずすげぇなお前は……」と称賛する。

 嫌味と感嘆が五十対五十の称賛だ。


「まぁ俺は天才だしな」


 ハオは胸を張り、鼻を鳴らしてイキった。

 本当に気障がすぎるハオである。


「はいはい! そういうとこもな! 続きだ!!」


 リクライは『ムキィー!!』という表情で歯ぎしり。組手の仕切り直しを提案する。

 ハオは右手の親指を胸に当てて「当然!」と快諾。

 再び組手を再開する。


 そうして、いくつかの攻防を経て、


「ㇷがッ!?」


 ハオが隙をついて、リクライの背中の木の板を割ることで決着がついた。


「よし、俺の勝ち!」


 勝ったついでに、倒れているリクライの頭を『ゴツン!』と踏みつぶす。「ゥガァ!?」と聞こえてくるやられ声が、負かしてやった気持ちよさと重なって爽快だ。


「つえぇ……」


 結局、リクライはハオの木の板を一枚も割れずに惨敗した。


「ハオ、休んだ後に私と手合わせを頼む。リクライとは違うところを、見せなくてはな」


「んだと!」


 ケイシュンの聞き捨てならない言辞に、リクライは土で汚れた顔面に青筋を浮かべる。

 

 休んだ後にというのは、不平等だと思ったからだろう。それに勝っても嬉しくない、というのもあるだろう。

 ハオは心で呟く。


「おっけい。てか、今からでも全然いけるぜ」


 だがハオは、まだ余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった表情でそう言ってみせた。

 ケイシュンとリクライは驚いた顔でハオを見る。


 流石に調子に乗り過ぎではないか。二人はそう思っているだろう。

 だが、ハオは事実として連戦可能であった。呼吸はあれず、全身も温まってきたところだ。


「……休んだら勝っていたなんて、無様なセリフは言わないでくれよ」


「言わねぇよ」


 ケイシュンの煽りに、ハオは動じることなく淡然たんぜんと答えた。

 静寂な時間が訪れ、構える二人。


「ッ!!」


 果たして、先に仕掛けたのはハオだ。


 ケイシュンはからめ手タイプ。

 時間を掛ければ、自分にとって不利な状況を用意されてしまう。搦め手には弱点や不意を突かれる前に、先手で倒しきるのが有効だ。

 体格は自分より少し大きいだけで、筋肉量に関しては自分の方が多い。そういった意味でも先手に出た方がよかった。

 

「ここ!」


「うおっと!?」


 ケイシュンは早速、指先からオドを鋭く体内から放出して、ハオの胸にある木の板を狙った。

 武器は駄目だが、己の肉体からオドは出してはいけないというルールはない。リクライもやっていたことだ。


 ケイシュンとて、搦め手タイプである自身の弱点は把握している。ならば、それを打開しなければ一方的にやられるだけだ。


 詰めようとしてくるハオの木の板を、ケイシュンは的確に遠距離攻撃で狙いまくる。ハオは避けようとするが、当然それをケイシュンは予測している為、避けさせはしない。ハオは防ぐことしか出来ない。

 始まる一方的な攻撃。好機だと悟ったケイシュンは、オドの弾の数を増やしていく。


「マジか!?」


 言わんこっちゃないというばかりの急転直下きゅうてんちょっか。形勢がケイシュンに傾き——、


「でも……」


 ハオはもう慣れたと言いたげにニヤッと笑い、


「ッ!!!!」


 ケイシュンが撃ったオドの弾を、強化した両手と足で跳弾ちょうだんさせた。


「避けっ!? グ!?」


 竹箆返しっぺがえしである。ケイシュンは卒然そつぜんたる出来事に手も足も出せず、オドの弾を食らってしまう。


 胸にある木の板が無数の弾で割れた。ケイシュンはただ丸まって防ぐしかできない。

 とみにオドの弾が止み、ケイシュンが前方を見るが、ハオが見当たらない。彼は何処に、とケイシュンが四顧しこしようとした時、


「はい、俺の勝ち!」


 背後に回っていたハオが背中の木の板を手で掴み取り、軽くへし折った。

 リクライと同じ。またも木の板を一枚も割られることなく、ハオが勝利を収めた。


 組手の決着はケイシュンの方が早くついた。


「へッ! 何が俺と違う所を見せるだ!? 俺より早く負けてるぜ!」


「クソ! いけると思ったんだがな……」


 啖呵を切った割には、自分よりも早く負けたケイシュンを、リクライがニヤニヤ笑いながら煽る。だがそれをケイシュンはフル無視して——というよりかは眼中にないと、両拳を振りかぶって地面に叩きつけた。


「おい! 無視すんじゃねぇ!!」


 無視されてキレるリクライ。

 とはいえ、ケイシュンが本当に悔しい思いをしたのは事実だ。言い返せないくらい悔しいということである。


「搦め手戦法は変わんねぇな、ケイシュン。考えながら闘えるほど、俺は甘くはねぇぜ。もっと直感的に弱点を狙わなくちゃな」


 下を向いて深甚しんじんに悔しがるケイシュンに、ハオは手を伸ばす。

 嫌がらせや見下しではない。純然たるアドバイスだ。


 ハオのアドバイスにケイシュンは「全くその通りだ。流石だなハオ」と、開き直って手を取った。

 悔しがっている暇があるのなら、今度はそうならない為に思考し、それを実現しようと頑張るべきだ、だ。


 ケイシュンがよく口にしていた言葉である。


 ハオは一度だけ仁慈じんじ朗笑ろうしょうした後、


「まぁな。でも、二人もだいぶ強くなったんじゃないか? 何回か、ヒヤヒヤさせられたぜ」


 小馬鹿にするように嘲笑し始めた。

 そんなハオにケイシュンとリクライはやれやれと、ため息をついて苦笑いする。


 すると後方、誰かが拍手しながら歩いて来る。


「三人とも、素晴らしい組手でした。ケイシュンもリクライ君も、とても成長しているようですね。教官として、とても嬉しい所存ですよ」


 ケインだ。三人の組手を遠くから観覧していたのだ。

 ケインの拍手と讃歎さんたんをきっかけに、ハオ達の組手を見ていた訓練兵たちが拍手し始める。


 ハオ達三人は他の訓練兵たちよりも秀抜している。注目の存在であり、周りの訓練兵たちも観覧していたのだ。


 その訓練兵たちから見ても、ハオ達の組手は圧巻であった。普通の訓練兵からすれば、筋肉操作を行使しながら組手をするだけで精一杯である。

 彼らのように挺然ていぜんとした組手をするには、まだまだ実力不足なのだ。


——視点はハオからケインに遷移する。


「ケインさん……」


 拍手の中、何の前ぶりもなく、元気が無い顔でハオが近寄ってきた。

 その表情は、どこか不安を訴えかけるような感じだ。


 ケインが讃歎したのはケイシュンとリクライだけで、ハオにはしていない。自分は成長できていないのかと、心配になって訴えかけたのだ。


「マルティナに負けたことを、気にしているのですね?」


「あぁ、その通りだよ。あいつは強かった。もしこのまま闘ったら、確実に負けると思う」


 ただケインとて、ハオが成長していないから讃歎しなかったという訳ではない。

 ハオの成長は既に、マルティナと共闘した時に把握している。だから皆まで言う必要はないと、敢えて讃歎しなかったのだ。


 ただハオが、マルティナに負けたことをそこまで気にしていたとは、思いもしなかった。

 自分と同じように、敗北したことを気にして悔しがっていたのは、ケインにとって嬉しい誤算であった。


 幼いがハオも立派な警備隊の一人なのだ。


「焦りは禁物ですよ。いては事を仕損じます。基本に忠実に、駆け上がろうとせず、階段を一つ一つ登るのが、強くなるための秘訣です。と、エンタク様もおっしゃるでしょう。特に、貴方のような子供はまさにそうです」


 とはいえ、今のハオは危うくある。ケインはハオの肩に手を乗せて微笑んだ。


 マルティナに負けたことに拘泥こうでいしすぎて、焦ってよくない方向に進んでしまうかもしれない。それで彼が才能を棒に振るようなことになってしまえば、教官として、警備隊の先輩として寝覚めが悪い。


「でも、それじゃ…………」


 言い聞かせるようなケインの訓蒙くんもうに、ハオは不安そうに目を逸らした。


「とはいっても、焦りたくなるのは分かります」


 過去、ハオと同じ歳の自分が、今の大人になった自分のように焦らず冷静に、負けたことに拘泥せずにいられるだろうか。

 恐らく、いやきっといられないだろう。ハオと同じように焦る筈だ。


 自分にも弟がいる。家族がいる。仲間がいる。

 その彼らが自分の敗北によって殺されることになれば、いてもたってもいられなくなるだろう。


 だから、ハオの気持ちはよくわかる。早急に強くなりたいと、こいねがいたくなる。


「妹さんを守りたいんですよね?」


「なッ!? なんでそうなるんだよ!?」


 問うと、ハオが顔を赤くして倒錯的とうさくてきに否定してくる。

 ここまで分かりやすいと、よりその気持ちを肯定したくなってしまう。


「はは、分かりやすいですね、ハオ君は……ではハオ君、今日訓練が終わった後、私と組手をしてみませんか?」


 となれば、答えてあげるのが先輩の務めだ。

 ケインはできるだけ早く、そしてできるだけハオが道を踏み外さないように、組手を提案した。


 同じく、マルティナに負けた自分と組手をするのは不満かもしれないが、それでも彼の為に何かやりたい。

 そうすれば、ハオの焦りも解消されるかもしれない。


「いいけど」


 声色は嬉しそうながらも、表情と言葉はすかした態度をとるハオ。彼らしい倒錯的な承諾に、ケインは「はは」と解顔かいがんする。


「いや、やはり毎日一回、訓練が終わった後に組手をしましょう」


「分かった、やってやる」


 ケインが「では」と言って振り返ろうとすると、


「兄上、私も是非お願いしたいです」「ハオだけ抜け駆けは無しですよ!!」


 ケイシュンとリクライが頼み込んでくる。

 ハオだけでなく、彼を後追いするケイシュンとリクライも焦っているのだ。


「分かりました。お二人の相手もしましょう」


「ありがとうございます! 兄上!」「あざっす!!」


 承認にケイシュンは頭を下げて、リクライはガッツポーズをして謝意を伝える。

 仲良し三人とも、強くなりたいという意欲が強くて感心感心だ。


「アタシもやるネ! ぼこぼこにしてやるネ!!」


「ウゲェ!? バァ!?」


 何か面白そうな匂いがすると、ラウラが唐突に乱入。勢いのままリクライの顔面を蹴り飛ばして、会話に割って入ってくる。


「では、私とラウラさんの二人が相手をします。一日一回、どうすれば私達に勝てるか、深慮しんりょしたうえで臨んでください。当然、その時は魔法も傑出能力もありです……」


 ハオ達三人の顔が引き締まる。

 ケインとラウラは微笑した。


 ダメな子の為の補習ではなく、優秀な子の為の補習訓練の開設だ。


——次に向かう視点は、レベル四の訓練だ。


 場所はエンザンにある何もない広場。


 本来、初めて一か月目までは、レベル三までの訓練で練兵を考えていた。一応、レベル四自体の訓練は想定していたのだが、レベル四の訓練は訓練兵の成長次第で、難易度を上下させるつもりだったのだ。だからレベル三までしか用意していなかった。


 ただ一人だけ、例外がいた。

 ローレン・アメニア。そのオドの量、三百万。

 エンタクやミレナ、リュウランなどを除けば、最高のオドの量である。


 急遽レベル四の訓練を設け、ローレンを眷顧けんこすることとなった。彼の所為で、今後レベル四の訓練を受ける訓練兵たちは大変な目にうことだろう。

 というか、レベル三の次の訓練ということで便宜上レベル四と呼んでいるだけで、実際は十くらいである。


 教官はリュウラン。副教官はハクロウとローガだ。

 当然、訓練兵はローレンのみ。


『アウリヌスさんよりオドの量が多いので、私もエンタク様に練兵してもらえるんですね!!』


 一度、アウリヌスが入隊式の時に言った言葉を鵜吞うのみにして、意気衝天いきしょうてんとエンタクに会いに行ったのだが、


『ムリ、普通にイヤ! ほんとムリ!』


『へ!?』


 玉砕。

 即断即決で峻拒しゅんきょされたのは、すがすがしい程にいい思い出である。


 訓練の内容は己を強化する傑出能力の習得と開発だ。


 「小僧、お主がこれから受ける訓練は、傑出能力の習得と、それを実戦で使えるようになるまで練武することじゃ」


「傑出能力の習得までは、俺と親父が練兵しよう」


「そして習得でき次第、私が相手をしてやろう。習得できた傑出能力が惰弱だじゃくなものであったのなら、いちから練武し直すか、新たな傑出能力を習得してもらうからな」


 練り上げられた闘気を漂わせるローガとハクロウ、そして神獣のリュウランが目の前に立っている。

 ローレンはというと、二人と一匹の闘気と威光に萎縮して、正座をしてしまっていた。


 だって怖いんだもん。特に、


「あの、私……ここで殺されたりします? リュウラン殿の殺気が……」


 極寒の地に吹く猛吹雪のような、殺す気満々どころか、殺す以外の余地しかない殺気を向けてきているリュウランが怖すぎる。


「たかだが十八の若造に、四百年の研鑽を否定されたくないのじゃよ」


「ローガ貴様!! 私の心境を見透かすんじゃない!!」


「リュウラン殿のオドの量は四百万。百万の差があるとはいえ、焦っておられる訳だ」


「ハクロウ!! お前まで!!」


 ローガとハクロウの容赦ない弄りに、リュウランは『きゃひん! あひん!』と涙目になっておどおどする。

 神獣だというのに、その威厳のなくなった姿は、何とも言えない面白さとかわいらしさがある。


 なんというか、


「あはは、リュウラン殿は意外と俗っぽいんですね!」


 リュウランは俗っぽい神獣なのだと、ローレンはふざけて笑ってしまった。

 次の瞬間、


「貴様、次その減らず口を叩くものなら、二度と笑えなくしてやるぞ、ガキが……」


 猛吹雪の中に隕石が降って来たかのような殺気に、ローレンの全身が覆い尽くされた。ローレンは思わず「へ!?」と、恐怖で引きつった声を出してしまう。


「あ、あの、申し訳ございません」


 おでこを地面に擦りつけて、一生懸命に謝罪した。

 やっぱり怖いよこの方。


「カカカカ!! では、訓練を始める前にいくつか質問するかの。習得するのは不可能に等しく、仮に習得できても不発に終わることが儘あるが、ローレン」


 呵々(かか)した後、ローガは品定めでもするような表情でローレンを見やり、


「仮に習得できるのなら、おぬしは任意の相手を即死させる能力か、任意の相手を操作できる能力、どちらが有能だと思うかの?」


 ニタリと目を細めた。

 やぶから棒に何を訊いてくるのかと、ローレンは疑問符を上げる。

 ローガはそんな彼に「いいから答えろ」と、答えを催促した。


 任意の相手を即死させる能力か、任意の相手を操作できる能力。どちらが有能かといえば、


「それは……場合にもよりそうですが、どちらかといえば前者、でしょうか?」


 即効性のある前者であるような気がする。

 死という言葉は気に食わないが、やはり常識的に考えるなら前者だろう。


「ぶっぶー! 答えは後者じゃ」


 割と自信を持って答えたのだが、見事にはずれであった。

 分かりやすい引っ掛け問題だったとでもいうのか。どうして後者なのか理由が気になる。


「理由は至極簡単だ。任意の相手を即死させる能力はそれだけの能力だが、任意の相手を操作できる能力は、その能力だけで多岐たきに渡れる」


「…………?」


 ハクロウの抽象的な言葉の意味が分からず、ローレンは思わず眉をひそめた。

 多岐に渡れるから有能だというのは分かるが、任意の相手を操作できる能力も任意の相手を即死させる能力と一緒で、それだけの能力ではなかろうか。


 理解しかねる。


「相手を操作できるということは、殺したも同然だからだ。何故なら、操作できるのなら、自害しろと命じることもできるわけだからな」


「確かに……」


 リュウランの昌言しょうげんに、ローレンは顎に手を当てた。

 胸中で考えた推論を速攻で圧殺されたのにも関わらず、溜飲はすぐさま下がった。


 操作できるということは、操作している対象者に何でもさせることができる訳だ。何でもということは、ハクロウの言った通り多岐に渡れる能力となる。


「故に相手を操作する能力は、即死させる能力より強力と言える。それ故に、相手を操作する能力は即死させる能力よりも習得が難しく、行使したとしても多大なオドの消費と、更に失敗しやすいというリスクを孕んでいる。実際、任意の相手を自分にとって都合よく動かすことは、ほぼ無理に等しいからな」


 言及を続けるリュウラン。


 ただそれが分かったとして、習得が不可能に等しいのなら、何故わざわざ話す必要があったのだろうか。

 忠告にしては回りくどく、多岐に渡れる能力を習得しろというには、質疑応答の趣意とは妙に齟齬そごがある。


 ——ん? 


 考えながら疑問に思ったのだが、失敗しやすいというのは少し意味が分からない。習得できたのに、失敗しやすいとはどういうことだろうか。


「少しいいですか? 習得するのが難しいというのは理解できますが、失敗しやすくなるというのは、理解しかねるのですが……」


「難しい技を失敗してしまうのは、当然のことじゃろ……それに、相手に任意で何かをする能力、もとい、相手に干渉できる能力が習得できるのなら、相手に干渉されないようにする能力も習得できるが道理」


 ローレンはローガの簡潔な説明に、胸中で『なるほど……』と独り言ちた。


 物事を主観的に考え過ぎていた。

 難しいから失敗してしまうについては、推して知るべし。相手に干渉されない為に、干渉されないように能力を習得する。これは、ごくごく自然な発想だ。


 仮に成功率が十パーセントの干渉する能力があり、相手が成功率を下げる能力を習得していたら、成功率は当たり前だが十パーセントを下回る。

 となると、相手に干渉する能力は大分リスキーになるのでは。


「さて、ではもう一つ質問じゃ。相手に干渉できる能力と、相手に干渉されないようにする能力、どちらの方が成功しやすいかの?」


「後者だと」


 ローレンはローガの質問に即答した。

 彼の高論卓説こうろんたくせつをしっかり聞いていれば、間違えることのない質問だろう。


「正解じゃ」


 よし。流石に二度は間違えない。

 間違えなくてよかった。


「これも簡単な理由じゃな。相手に干渉できる能力は、自分から相手というワンクッションが発生する故、自己完結しておらんが、相手に干渉されないようにする能力というものは、自己完結しておる。前者は相手がおらんと行使できんが、後者は相手がいなくても行使できるからの。自己強化とも捉えられるな」


 攻撃するには相手が必要だが、防御するのに相手など必要ないのと同じ理論だ。

 騎士である者が戦場に出る前に、土の魔刻石をみ込ませた騎士服を着込んでいるように、防御は事前にできるからだ。

 

 ローガの委悉いしつされた説明によって、ローレンの中で言語化できていなかった考えがまとまる。


「分かりやすく言うと、相手に干渉できる能力は、自分と相手の二人分以上を含んで能力じゃから、人数が多い分失敗もしやすければ、オドも消費しやすい。それでいて、相手に干渉されない能力は、自分だけで人数が少ない分、成功しやすければ、オドの消費も少ない」


 自分と相手の棒人形を図に書いて、それを円で囲った面積を計算すれば、視覚化されて理解しやすいだろう。


 例えば、一人当たり能力を直径一メートルの円だとすると、相手に干渉する能力は自分と対象者——二人となる。つまり直径一メートルの円の二個分の面積となる。

 更に、相手から干渉されないようにする能力を直径一メートルの円だとすると、二人合わせて三個分の面積となる。


 都合、三倍失敗するリスクとオドを消費するリスクを抱えてしまうのだ。


 人数が増えれば増えるほど面積は広がり、少なくなれば少なくなるほど面積は小さくなる。面積が多ければその分失敗しやすく、面積が小さければその分成功しやすい。


 当然だが、これは攻撃だけでなく譲渡やサポートの能力にも適応される。ただし、譲渡やサポートの能力はそこで完結している為、譲渡やサポート足す相手に干渉する能力の面積とはならない。


「ただでさえ失敗するかもしれんのに、あまつさえ干渉する相手から巧みに阻害されてしまえば、骨折り損になるのは必然のことだからな。故に、第一に習得すべき傑出能力は、自身を強化するものであった方が、時間も労力も断然効率が良い。その次に干渉されない能力。その次に干渉する能力を講究こうきゅうし、そしてやっと、干渉する能力の習得となる。理解できたか?」


「はい。委悉していただき、ありがとうございます。講究できました」


 ローレンはローガの懇到こんとうな教示に感謝の意を伝えた。


 ——父上に母上、そしてシャルマ、私はまた過ちを犯して弱者になってしまいましたが、これで挽回が出来そうです。


 今はただ、強くなれることが嬉しい。


 ローレンは歓然かんぜんと笑った。

 それを見ていたローガは「うむ」と頷き、


「ま、そう都合よくいかんという訳じゃ……そう言えばおぬし、風魔法師であったな?」


 話に一区切りがついた後、ローガは蓄えた髭を弄りながら、思い出したようにローレンに問う。問われたローレンはただ「はい」と、素朴に答えた。


「ワシとハクロウにリュウラン殿も、全員風魔法師じゃ。風魔法師としての闘い方を、みっちり教えてやるからの。死ぬ気で付いて来るのじゃぞ?」


「はい! よろしくおねがいします!!」


 願ってもない練兵だ。

 ローレンは慶色けいしょくで握り拳を固め、躍如として立ち上がった。

 みっちり教えてもらい、死ぬ気で強くならなければ意味はない。


「そういや、因みに言っとくが、今までの全部エンタク様からの受け売りじゃぞ!! ワシもお主のように間違いよったわ!!」


「おお! 流石エッチでお美しいエンタク様です!! 最高か!!」


「カカカカカ!!!」「あはははは!!!」


「エロと美しさは関係ないだろ……」


 違う意味でローガとローレンが盛り上がる余所、リュウランが喟然きぜんと呆れかえる。ハクロウは微妙な顔で、大声で笑う二人を見ていたとさ。

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