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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第12話 修行だ研鑽だ!!

 陰惨いんさんな過去を聞き、静まり返っていた部屋は凄凄せいせいたる空気に包まれていた。


「叔父に逃がしてもらい、外交官との誓いを守るために、今まで黙っていたわけか……」


「仲間や自分の子供達が、叔父さんの仇を打とうとさせないためってことよね……」


「はい。申し訳ございません」


 悵然ちょうぜん愁腸しゅうちょうを言葉にしたエンタクとミレナに、アウリヌスは目を強く瞑って頭を下げた。


 アウリヌスの陰惨な過去だけで、凄凄たる空気になったのではない。ディーナの身も危険だからだ。

 もし、ブラッドがそのまま聖政戦を起こして、真祖政権を打倒していたのなら。


 外から来たヴァンパイアとなれば、ディーナが問答無用で収監され、処刑されてもおかしくはない。


「お前が謝る必要はない。僕も僕で、臆病だと言った非礼を詫びる。しかし、ままならないものだな。ディーナのことだ、誓いを守ろうとなかろうと、あいつはテレボウに向かっただろう。無事だと思いたいがな……」


 エンタクは口元に手を当て、怫然ふつぜんとぼやきながら眉をひそめる。

 人伝でしかディーナの事は知らないが、エンタクの言う通り、行動力がある彼女なら結果は変わらなかっただろう。


「俺の所為です! 俺が! ディーナを止められなかったから……」


 座ったまま両手を前について、ロジェオが慨嘆がいたんする。

 その顔は焦燥や痛憤つうふん、猛省といった万感ばんかんで溢れかえっていた。


「はいはい、そういう話は無し。んなことしても、ディーナは帰ってこないよ。やるべきことは強くなり、僕たちがディーナを迎えに行くことだ」


 エンタクは左手を軽くひらひらと振ると、ロジェオに向かって指を差す。

 実の娘だ。ロジェオの嘆きたくなる気持ちは充分に推察できる。だがエンタクの警句けいく通り、嘆いている暇はない。やるべきことは山ほどあるのだ。


「仰る通りだと」


 プルウィアが頷く。


「エンタク様、リザベートには、なんとお伝えしましょうか?」


 すると、クレイシアが憂い気に口を開いた。

 やるべきことの一つ目。リザベートにこのことを何と言うかだが。


 彼女は自分を知りたいと言った。だが、知りたい最初の情報が真祖の末裔で、親族や故郷が最悪な状況になっているというのは、十五歳の少女の身には峻厳しゅんげんが過ぎるのではなかろうか。


 もう少し待ってからでも——、


「素直に言うのが一番だろう。ある程度のことなら受け止められる年だと思うし……というか、受け止めさせるべきだ。良くも悪くも、それがリザベートの為になる」


 しかし、エンタクはクレイシアの憂患ゆうかんを、シュウとミレナの大憂たいゆうを厳しくも優しく慰めた。

 確かに、真祖の事はリザベートがいずれ知らなければならない真実。リザベートがどう思うかも知らずに、可哀想だという手前勝手な理由で、先延ばしにしようとしていた。


 クレイシア達三人が警句に頷くと、エンタクは優しく微笑する。

 その時、シュウ達がいる広間に向かって走る足音が響いて来た。


「あぁ! なんか話し声が聞こえると思ったら、エンタク様に、シュウお兄ちゃんに、ミレナお姉ちゃんじゃん! こんにちは!!」


 ドンとスライド式の木製扉が開き、足音の本人が現れた。


「こんにちは! ディーネ!」


 ディーネだ。


 ミレナが右手を上げて笑顔で挨拶を返す。

 前向きの話をしたとはいえ、凄凄たる空気の中で精彩に切り替えられるのは、彼女の美徳だ。いつも励まされる。


「お邪魔してるぞディーネ」


 シュウは感化され、ディーネに微笑みながら挨拶を返した。


「はーい! ねぇねぇ! 何の話してたの?」


「大事な話だ。だからディーネには内緒」


 ディーネの問いに『それは……』とシュウが悩むと、エンタクは唇の前で人差し指を立てて、悪戯っぽく莞爾かんじする。


「えぇ!? 余計に気になるよエンタク様!! 内緒なんてずるい!!」


 ディーネは頬をぷっくりと膨らませると、両手をぶんぶんと振って可愛らしく怒る。エンタクは「ニシシ」と笑い、


「それでもダーメ」


 子供にもわかるように、殊更ことさらにそっぽを向いて意地悪した。ディーナは「えぇ!!」と、どこか楽しそうにため息を吐く。 


「さぁさぁ、ディーネ。エンタク様たちはこれから訓練に戻られますので、邪魔してはいけませんよ」


「えぇ……久しぶりにお話ししたかったのにぃ……」


 時機じきだ、とタイミングよく立ち上がったプルウィアは、扉の前で立っているディーネに近づき、彼女の肩に両手を乗せる。

 素直でいい子なディーネは、寂しそうな表情でありながらも随順ずいじゅんした。


「それじゃあ、ペルニオ叔父さんとプルウィア叔母さんが、ディーネと遊んであげよう!」


 ただそれでは可哀想だと、ペルニオが立ち上がる。

 ディーネは「ほんと!」と、顔色を明るくする。

 ペルニオはディーネと目線を合わせ「あぁほんとだぞ!」と、頭を優しく撫でた。


「おばさんはやめてください。お姉さんです」


 自分のことを『叔母さん』呼ばわりした兄のペルニオに、プルウィアは横から下目遣いで睨む。『おばさん』ではなく『叔母さん』と呼んだペルニオだが、プルウィアには関係のない事だ。


 ペルニオの所思を綴るなら『めんど……』である。


「じゃあ! リザベートちゃんから聞いたんだけどね、この間、親睦会の時にやった、樽に乗ってバランスをとるやつやりたいなぁ!!」


 ディーネは怡楽いらくにぴょんと跳ね、両手を広げて提案する。


 樽とは酒樽のことだろう。

 グレイやマサムネ、ケインが馬鹿飲みして空になった酒樽を使って、少年少女たちが遊んでいたのを思い出す。

 グーダから『怖がってんのか? ハオ』とおだてられたハオが、恥ずかしがりながらも遊んでいたのが印象的だ。


「いいぞぉ! それじゃあ樽をとってこようか!!」


「早く行こ行こ!」


 ディーネに催促され、ペルニオとプルウィアは広間から出て行った。

 広間がひっそり静まり返る。


「ロジェオ、ディーネに話すかどうかはお前に任せる」


「はい、分かりました」


 もう聞こえないなと、エンタクはロジェオを真面目な顔で見た。

 咄嗟に内緒だとはぐらかしたのは、親のロジェオに話すかどうかを任せたかったからだ。


 ディーネにも話さなければならない事だが、他人の家庭事情に首を突っ込むほど、エンタクはお節介焼きではないということだ。

 責任は親であるお前がとれ、ということだろう。


 シュウはエンタク達から視線を横に。ミレナとクレイシアに合わせる。

 リザベートについては、彼女の保護者とも言える自分達が、責任をもって伝えなくてはならない。


 三人で彼女のところへ行き、面と向かって話すのが一番——、


「ミレナ様にイエギク様、リザベートには私から告げておきます」


 シュウの思考を遮り、自薦したのはクレイシアだ。

 リザベートを助けると決めたのは自分だ。だから、クレイシアだけに責任を押し付けるのはよくない。どちらかと言えば、自分がリザベートに真祖のことを告げるべきだ。


「いや、リザベートは大事な仲間です。クレイシアさんだけに任せるのは……というか俺が——」


「いいえ、お二人は訓練に集中してください」


 シュウが『自分が責任を取ります』と言う前に、クレイシアは首を横に振ってそれを遮る。そして改めるように「いや、違います」と、顔を少しだけ下に向けた後、すぐにその顔を上げて、


「私にやらせてください」


 胸に右手を当てて、凛々しい顔で告げた。


「お二人だけでなく、グレイ様やリフ様も訓練に勉励べんれいなさっているのです。ですのに、私は相も変わらず給仕の仕事ばかり。ですから、私に任せてくださいませんか……?」


 そう続けるクレイシア。


 現状、クレイシアはモワティ村に居た時と同じことをしている。ただ住む場所が変わっただけと言えるだろう。決してそれは悪いということではない。破れた服の修繕など、いつも助けられている。

 だが、彼女は彼女なりに何かしら役立ちたいのだ。


「この中で、私が一番リザベートと時を共にしています。どうかお任せください」


 希求するクレイシアを見て、シュウはミレナに視線を移す。軽く笑うと、ミレナが「ふふ」と可愛らしく笑い返してくる。


「分かったわ、任せたわよ」


「任せました」


「はい」


 リザベートのことはクレイシアに任せることにした。

 さて、訓練に戻ろう。



※ ※ ※ ※




 シュウ達がそうこうしている内に、他の場所では着々と訓練が始まっていた。


 場所、北西のソーシュウにある訓練場。

 そこでは、オドの量を本格的に増やす訓練が行われようとしていた。


 訓練のレベルは一だ。レベル一の訓練は他の訓練と比べて訓練兵が多い為、二つの訓練場に分かれて訓練をすることになった。


 ソーシュウの訓練場には、オドの量が十万から二十万未満の訓練兵が集まっていた。

 その中にはグレイとグーダが。


 訓練を指揮する教官はフェン。副教官はシノとペルニオである。他にも優秀な警備隊の者が補佐官を務めている。

 本日、ペルニオは特別な用事で不在。


 強さで言えばシノやペルニオの方が上なのだが、教官という役目上、フェンの方が向いている為に、彼が教官に抜擢ばってきされたのである。

 

「諸君よ!! オドの増やし方を知っているか!?」


 岩の上に乗り、起立している訓練兵の視線を一点に受けるフェンは、彼らに殷殷いんいんと質問を投げかけた。

 訓練兵たちが互いの顔を見合って話し合い、訓練場は少し騒然となる。


 訓練を受けてもらう以上、中途半端な理解では今後の為にならない。

 訓練兵がオドの増やし方に関して考定できているのか。フェンは質問を投げかけることで、はっきりさせるつもりなのだ。


「魔法を行使する? ですか?」


 一人、意欲と責任感が強そうな男——グレイが手を上げ、フェンに向かって述べた。少し歯切れが悪いのは、自信があまりなかったからだろう。

 ただ、フェンには彼が好印象に映った。


「一部あっているが、一部間違っている!! オドの増やし方は、オドを消費することだ!!」


 フェンはグレイの答えに否と報答ほうとうした。


 オドの増やし方は、オドを消費すること。一体どういうことだと、訓練場が騒然となる。


 ——視点は天からグレイに。


 オドの増やし方はオドを消費すること。答えが魔法を行使するよりも抽象的であった為に、増やし方は多岐にわたるのではないか。そうグレイは考えた。


「一部あっていると言ったのは、魔法を行使するのがオドを消費するのに便宜であるからだ!! オドの量の増やし方は、主に二種類ある!! オドを体外に出すこと!! もう一つはオドを体内で消費することだ!!」


 オドを体外に出すこと。

 魔法はオドを体外に出してマナと混ぜ合わせ、そこに意思を込めることで行使できる。フェンはだから一部あっていると言ったのだ。これは理解できた。

 凝り固まった思考が少しだけ柔軟になる。


 しかし、もう一つのオドを体内で消費するというのは、どういうことだろうか。想像が全くつかない。

 グレイは頭を悩ませる。


「前者は魔法の行使や、オドだけを外に出したりするやり方がある!! 後者は傑出能力だ!! 代表例として筋肉操作というものがあるが、これは次の訓練である為、割愛させてもらう!!」


 訓練場に鳴り響くフェンの声。

 まだひよっ子の自分達には、傑出能力という代物を知るには早すぎるということだろう。

 気にはなるが、オドの増やし方にも種類があると知れただけ良しとしよう。


「それではこれから、君達がどういった訓練を受けるのか説明しよう! 君達にはこれから、只管ひたすらにオドを体外に出してもらい、只管にオドの量を上げてもらう!! 目安は二十万!! 疲れたらタケの実を食べ、回復したらすぐにオドの放出だ!! 休みはゲロを吐くまでないぞ!! では早速、取り掛かってくれ!!」


 そうして突然、オドの量を増やす訓練が開始される。


 休みがゲロを吐くまでないというのは、拷問に近い無理難題ではなかろうか。

 訓練兵たちは訓練を始めずに、ざわざわと話し合い始める。


 それってもう実質休みなしというのでは、とグレイは苦笑いした。是非嘘であってほしい。


「鬼畜かよ……」


「聞こえてますよ! シノ殿!! アイタぁ!?」


 副教官のシノがぼやくと、フェンがそれに突っかかる。

 飛び散った唾をパパッと払い、シノは岩の上で立っているフェンを蹴飛ばした。


「吐くまでやらなくていいからね!! 馬鹿のいうことは聞かずに、定期的に休んでいいから!!」


 シノはため息を吐くと、訓練兵たちが懸念していたことを即滅そくめつさせる。

 何故、エンタクが正反対ともいえる二人を同じ訓練の教官、副教官に任命したのかというと——というかほかの訓練の教官、副教官もなるべく正反対に任命したのだが、その理由は今のような暴走を防ぐ為である。


 三人寄ればなんとやら、とまではいかないが、教育熱心な馬鹿と冷静な者を合わせれば、精良な練兵をしてくれるだろう。そういうことだ。


「シノ殿!! これは訓練ですよ!! 生半可なものではダメなんです!!」


「体壊して時間食われた方が効率悪いから! 休憩も立派な訓練の一環だよ!」


 顔面から地面に落ち、尻を突き出したフェンが違乱いらんするが、シノはそれを正論で一蹴。「ぐぬぬ!」と、言葉を喉元で飲み下したフェンに、シノは「ぐぬぬて……」と嘆息した。


「さ、始めな!!」


 副教官のシノが切った舵により、訓練は再始動。

 訓練兵たちは遺憾いかんなく訓練に取り掛かっていった。


 グレイとグーダも早速訓練に取り掛かった。

 仲間の仲間ということで、会話をするのは初めてだが、


「よっしゃ! 頑張ろうぜグレイさん!!」


「おうよ! 身内で俺達が一番下だからな! 頑張ってあいつらに追いつこうぜ!!」 


「おう!!」


 互いの腕と腕をクロスさせて鼓舞し合えるくらいには、二人の性格は噛み合っていた。

 グレイはオドを外に出しながら筋トレ、グーダはプロテクションを使って訓練する。



——視点は次のレベルの訓練場に。

 


 場所は北東のトクチーにある訓練場だ。

 その訓練場では、グレイが気になっていた筋肉操作についての訓練が行われようとしていた。


 そこにいるのは、オドの量が二十万以上の者達だ。二十万以下の訓練兵がいないのは、訓練を受けるのに最低でも二十万は欲しいからだ。


 三角座りから胡坐あぐらなど、様々な座り方をする訓練兵たちの前に、鳥の顔が一つだけぴょこんと映る。その頭から突き出る体毛は、天をくほど縦に伸びていた。


 教官はボトーである。

 副教官はロジェオだが、知っている通り今日は不在である。


「こりゃあ、中々にきついな……」


「確かに……」


「至難、ですね……」


 傭兵の男達——偉丈夫の傭兵とツンツン頭の傭兵、そして美青年の傭兵が、筋肉操作の行使に四苦八苦していた。

 彼らだけではない。その横では、


「俺達を練兵してくれてる教官たちは、これを当たり前のようにやってるのかよ!?」


「教官だけではない! ここで働いている警備隊の方々も、当然のように使っている!!」


「マジかよ……正直なめてたわ」


 騎士のクザブとアリスも、筋肉操作の行使に疲労を見せていた。

 継続できた時間は、傭兵の男達で一分。クザブとアリスは一分半といったところである。


 これを練兵してもらっている教官や、たかが警備隊の一人一人がこなしているというのは、自らを才能がある物だと自負し、プライドの高い彼らにとっては恥辱となった。


「どうだ、筋肉操作は!? 普段使わない筋肉を使うような感覚だろう!! 堪えるだろう!! それを俺達は使い熟しているのだ!! ウピョピョピョピョ!!」


 その彼らを嘲戯で鼓舞しようとするボトー。

 ボトーの思惑通りクザブ達は苛立ち、その苛立ちを糧に疲労を無視して、筋肉操作に励んでいく。


 奮興ふんこうし、訓練に励む彼らを見たボトーはこくりと頷き、岩のところまで歩くと、


「筋肉操作を使い熟す為には、筋肉操作の継続と、筋肉量が必要不可欠だ!! 継続しなければ研磨できず、筋肉量が少なければ無用の長物となってしまう!! 逆に言えば、愚直に継続し、筋肉量を増やせばここまでなれる!!」


 見せつけるように岩を持ち上げた。そしてその岩を、


「このように! ウッピョォォォォォォ!!!」


 砂になるまで砕き割ったのだ。

 ボトーの妙技もそうだが、自分達も彼のように、岩を砂粒になるまで砕き割ることができるかもしれない。

 それを諭された訓練兵たちは「オオオォォォォ!!」と、拍手喝采と共に奮興する。


 そんな盛り上がっている蚊帳かやの外では、


「便利だが、あそこまで脳筋馬鹿にはなりたくないな」


 暢気のんきなものだとクザブがぼやいていた。アリスは小声で「おい馬鹿。聞こえるぞ……」とツッコむ。

 クザブはそんな馬鹿真面目なアリスに「はぁ」と、お手上げのジェスチャーで嘆息。それから前方で「ピョォォォォォォ!!!」と奇声をあげながら、筋肉ポージングをとっているボトーと、その周りで「ウォォォォォォォ!!」と、大声を上げている訓練兵たちに、嘲笑しながら指を差した。


「ウッピョッピョォォォォォォ!!!」


「大胸筋が躍ってるぞ!!!」「ナイス筋肉!!!」「美しい逆三角形!!!」


 ボトーがポージングをとる度に、口の横に手を当てて歓声をあげる訓練兵たち。

 蚊帳の中では熱が更に殷盛いんせいになっていく。


 これがもし、とある現代世界ならボディビルダー選手権大会となっていただろう。


「あれを見ても、まだなりたいって思えるか?」


「クッ、否定できん……」

 

 クザブの正論に、アリスは握り拳を作って悔しそうに負けを認めた。

 脳筋の中の脳筋だ。あれでは清廉潔白で恭謹きょうきんな騎士とは、真逆も真逆になってしまう。


——あと、普通に人としても恥ずかしいわ。あれは……


「まずは筋肉操作の時間を十分まで伸ばしてもらう!! それから徐々に行使する部位を増やしていき、全身行使できるようにまで叩きあげるからな!! そして最後、岩を素手で砕くことができれば、レベル三の訓練は終了だ!! 全て成し遂げることができた者には、次の訓練に移ってもらう!!」


 最後に天に向かって弓を打つポーズをとり、ボトーは綺麗に締めくくった。

 拍手喝采がまたも彼の周りで巻き起こる。


「ふん、筋肉操作とやらを使った訓練を行うから、それが出来ない俺達は、ガキどもより下ってわけね……」


 ボトーの含蓄がんちくのある話に、クザブは周囲を見渡した。

 

 同じ訓練兵であるはずの、少年少女たちがいないのだ。

 オドの量が自分よりも低い一部の訓練兵が、どうして同じ訓練を受けていないのか。それをクザブはようやく理解した。


 筋肉操作ができなければ、警備隊としてやっていけないということだ。

 流石、魔獣を調伏して耕地を広げるというイカレタ力技を、常に実践しているだけはある。


「最初からここに居られるだけ、充分だとは思うがな」


「まぁな……」


 アリスに相槌を打った後、クザブは筋肉操作を解く。

 もう既に、右腕が酷使した後のように疲憊ひはいしている。


 これを少年少女たちは熟せるから、筋肉操作の訓練を飛ばして次の訓練を受けられているのだ。

 少年少女に負けたのは屈辱だが、しかしそれ以上に、伸びしろが可視化されて快美である。


 夢見た最強最高の騎士になるまでの階段を、今まさに着実に登っているのだ。快美せざるを得ない。まだまだ自分は強くなれる。

 夢の邪魔をするライバルも今は居ない。


——このまま屋上まで独走や!!


——視点はクザブのほくそ笑む顔を見たアリスに移る。


「勝ち誇ったかのように笑うな。ゼルブスキー」


「なんだ急に?」


 こちらを見てくるクザブに、アリスは鼻で笑いながら親指をとある方向へと、


「ここにいる最強は、どうやらお前ではなく、リフさんのようだぞ……」


 リフに差した。

 確かにクザブは天才だが、それ以上の天才がこの訓練場にはいる。だから何を笑っているのだと、指摘してやったのだ。


 だがクザブは、


「……勘違いしてるようだが、俺はここの最強だと思ったから笑ったんじゃない。最強最高の騎士になれるから笑ったんだ」

 

 すかした態度で、なんとも肩透かしなことを言って来た。


「なんだ、お前はこういうの、案外気にする男だと思っていたんだがな」


 プライドの高いクザブなら、自分よりも優秀な存在には嫉妬して、やけになるものだと思っていたのだが。というか実際、


『どうにも、副団長は好かん。地味過ぎだ』


 リフにはよく嫉妬していた。

 この男の中で、どういった衷情ちゅうじょうの変化があったというのだろうか。


「オドの量も多く、あの様子じゃ筋肉操作の持続時間も長そうだ。最も早く次の訓練に移行するのが、リフだろうな。一人だけ秀抜してる」


 観察していましたと言わんばかりに、リフのことを詳悉しょうしつしてみせるクザブ。

 観察していたのなら、なぜ勝ち誇ったかのようにほくそ笑んでいたのか。よりアリスは疑問に思った。


 クザブは「でも」と、視線をこちらに移動させ、


「俺は傭兵落ちした奴に興味はない。興味があるのは同じ騎士だけだ」


 変わったのはリフの方だと指摘し返してきた。

 しかし腑に落ちない。嫉妬していた相手が、ただ傭兵に落ちただけで興味が薄れるとは思えない。


「傭兵落ちか」


 アリスは嫌味っぽく言った。


「そう、傭兵は傭兵。騎士は騎士。辿る道が違う、分野が違う。立場が違う。粉挽こなひきと製パンみたいなもんだ」


「随分と差別的なのだな」


 そんなアリスに、クザブは恬然てんぜんと説明する。

 確かに差別——見下しているのなら、興味が薄れる理由にもなるか。ただ、


「確かにリフさんは最悪な罪を犯した。だが、それ以上に仲間を命懸けで守った精神と実力は、騎士としても、人としても尊敬できる。私はリフさんを見直したがな……」


 アリスは傭兵落ちしたからといって、リフは変わっていないと吐露した。


 全身が焦爛しょうらんしていたと聞いた時は、正直に言って驚愕した。最悪な罪を犯した最悪な人物だと、だから挺身して仲間や民衆を守るはずがないと、心の中で決めつけていたのだ。


 先入観にとらわれていた自分を恥じた。

 同時に、何か大きな理由があって罪を犯してしまったのだと悟った。

 

「私はお前のように、あれはあれ、これはこれだと差別できん。ましてや同じ民衆を守る存在だ。そこは変わらんだろ?」


 今のリフからは騎士であった時のリフよりも、高尚な何かを感じる。

 だからクザブの冷徹な差別は、共感どころか理解すらもしかねる。寧ろ、傭兵に負けていられないと焦心するものではないのか。


 クザブはアリスに、何もわかっていないなと「差別じゃない。区別だ、く、べ、つ」と、わざとらしく強調して、


「金持ちと貧乏人を同じ立場で見るか? 著名人と無名を同じ扱いするか? 見ねぇししねぇだろ。するとか言ったり、それは違うとかいう奴はただの馬鹿か、耳心地のいい言葉で無能を操り、搾取する畜生だけだ。社会的な身分は殆どなくなったが、立場まがいの身分は絶対になくならん。これは当たり前のことだぜ?」


 持論でばくしてきた。


 身分の低い者はどれだけ高尚だろうと身分は低いまま。だから、興ざめしたといったところか。


 反論はできない。何故ならば、それが社会というものであるからだ。人の本質であるからだ。

 そうやって人とは身分の高い誰かに、潜在的におもねるものだ。それは否定できない。何故なら自分も例外ではないから。


「ふん、相変わらず舌先三寸したさきさんずんな奴だよ、お前は……」


 だから、返せる言葉はただの嫌味だけだ。

 強いて言うなら、つまらなくて、陳腐ちんぷで飽き飽きする理屈だということだけ。


「それが俺だからな。てか、訓練だ訓練。休憩終わりだ」


「分かっている」


 へらへらと開き直るクザブに、アリスは勃然ぼつぜんと答えて訓練を再開した。


——視点は件のリフに変遷する。


——これは中々に、堪えるな……


「だが……」


——これなら、十数日で成し遂げられそうだ。


 クザブやアリスが思っていた通り、リフは他の訓練兵とは違い、さっそく筋肉操作を巧みに熟し始めていた。

 持続時間は二分と三十秒。


 もし思念体にも筋肉操作を用いることができれば、かなりの戦力向上につながるかもしれない。


 リフは快心に笑みを浮かべた。

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