第7話 小手調べといこう
翌日、朝。
「着いたわね」
「おう。さて、エンタクは……」
シュウとミレナはエンタクに呼ばれ、エンザンの中腹にある訓練所に訪れていた。
草一つない土の地面に、四方は屋根が付いた塀に囲まれる閑散とした場所だ。中には的が付いた大きな岩、隅っこに壺や藁人形が数個ある程度で、もの寂しさが感じられる。
一応ここも、コウエンタクと同様の彩である。
中央には腕を組んで仁王立ちする、中華風の服を着たエンタクがいた。
昨日の優麗な装いとは違い、いつも通り手足は露出されている。厳粛モードではなく、日常モードのエンタクだ。
シュウとミレナの二人だけが、何故エンタクに呼ばれたのか。何を隠そう、エンタクが練兵する相手がシュウとミレナの二人なのだ。
「来たな! シュウ! ミレナ!」
エンタクはシュウとミレナを視界に入れると、 明暢に腕を振った。
ミレナはエンタクに走って近づき「エンタク、おはおっはー!」と、両手を顔の横で明暢に振る。それが気に入ったのか、エンタクも「おはおっはー!」と、ミレナを真似て両手を明暢に振った。
「ほらシュウも!」
遅れて歩いて近づいていくと、ミレナが目を見て催促してくる。
二人から期待の眼差しで見つめられたシュウは、恥ずかし気に「お、おはおっはー」と、両手を振った。
こういう陽キャ全開のことは慣れていないので、御免蒙りたい。羞恥でどうにかなりそうである。
そんなシュウを見たミレナとエンタクは、口に手を当てて莞然と笑い合った。
エンタクは気を取り直すように「さて……」と、前置きをして、
「もう分かっていると思うが、今日から僕が、君達二人を徹底的に練兵していくからな」
腰に手を当て大きく胸を張った。
——自分達の尻拭いを自分達で出来るようにする。
エンタクとの話し合いで翻意した決意。
今日から念願の訓練である。それもエンタク直々の訓練。
果てしない伸び代だ。
「僕が外に出ると決めた以上、敵は孤立した僕を徹底的に潰そうとしてくるはずだ。だから、昵懇の誓いを結んだ二人には、僕の手足になってもらわなくちゃならない」
エンタクの見解は間違いない事だ。
彼女は否が応でも目立つ唯一無二の存在。その彼女を、敵がどうにかして斃そうとするのは、ごくごく自然のことだろう。
故に彼女をサポートする存在は必要不可欠。それが自分達と言う訳だ。
「ここからめちゃくちゃ強くなって、エンタクに近づこうとする敵を、ビシバシやっつけていくわけね!」
発奮したミレナが「シュ! シュ!」と、両拳を交互に突いて気合を露わにする。
彼女に負けず、自分も強くなるために努力しなければ。
「そうだ。早速だが、君達の大まかな戦闘能力を知っておきたい。てことで、二人係で僕にかかって来い。二人のどこが悪いのか、どこを伸ばせばいいのか、僕が見極めてやる」
ありがたい申し出だ。
壮烈に剛強、最強であるエンタクに全容を見て貰えれば、一気に力を伸ばすことが出来る。
「分かった」「やってやるわ!」
シュウとミレナは凜然たる構えをとった。
「僕が戦闘で使う武器は、炎尖鎗と、大体、十七個くらい出せる乾坤炎輪だ。だが、全て使って応戦しちゃうと、君たち二人は何も出来ずに負ける。それも百回中百回、確実にね」
エンタクは両手を肩まで上げ、宙に武器——炎尖鎗と十数の乾坤炎輪を出現させ、クルクルと回転させる。
それから十数あった乾坤炎輪を五つまで減らし、
「だから、調子に乗ったことを言わせてもらう。今回使うのは、四つの乾坤炎輪だけだ。恐らく、これが君達と闘うのに妥当な武器の数だと思う……」
四つはそのまま宙に。一つは右手に持った。
「言ってくれるじゃない」
「舐めやがって、とは言わねぇよ」
言い返しはするが、強くはないミレナの言葉。シュウも強くは出られない。
四つ。二分の一にも満たない数の減り様に苛立ったが、シュウは冷静に熱を冷ました。
エンタクの言葉は大言壮語とは言えない。それどころか、的を射てすらある。
恐らく、あの乾坤炎輪一つ一つが、相手を屠るに足り得る一撃を誇っているはずだ。
それを四つ。二人だから二つか。妥当と言えるだろう。
シュウとミレナを見て、エンタクは「いい心掛けだ」と一言吐露した。
「戦闘開始の合図は、僕が上に投げた乾坤炎輪が地面に突き刺さった時だ」
エンタクは右手に持っていた乾坤炎輪を回しながら、一つ多く残していた理由を明かす。果たして、あの乾坤炎輪一つでどれだけ重いのやら。
「ねぇシュウ、きつくなったら、二人の息の合った連携で目にもの見せてやらない?」
「いいな。俺達も、少しはやるってところを、見せないといけないしな」
チラっと見てくるミレナに、シュウは掌と拳をぶつけて答える。
弱点を補い合う二人の連携——ミレナが背中に乗って戦う、須要な戦い方だ。かの連携なら、エンタクにも少しは通じるかもしれない。通じると思いたい。
「おい、息の合ったとか、なんか二人だけずるいぞ。僕とも合わせろシュウ」
ミレナと二人で話していると——特に、息の合ったという言葉に反応したエンタクが、不服そうに詰め寄って来る。
嫉妬したのか、殊色がより可愛く美しくなる。
昵懇の誓いを結んだのだ。上辺だけでなく、本当に昵懇になってこそ、彼女が頼りにしたい仲間だろう。
シュウは他意などなく「それはこれからだな」と、素直な気持ちで答えた。
「そ、そうか」
エンタクは髪先を人差し指で弄ると、頬を少しだけ赤く染めて満足げに嬉笑した。
「よし、上に投げるぞ! 離れるんだ!」
「おう!」「うん!」
エンタクが右手を空に向かって掲げると、シュウとミレナは後方に飛んで数メートル離れた。
全力をぶつけてやる。
——五つ目の乾坤炎輪が、空に向かって投げられた!
「…………」
シュウは即刻、特攻する為に右足に体重を掛ける。
——落下する乾坤炎輪が、
「…………」
ミレナは両手の先にオドを収束させた。
——地面に、
息を呑み、晏然と立つエンタクを精察する。
乾坤炎輪の動きに最大限注意して、先ずは間合いを詰める。
——突き刺さった!!
「ミレナ!」
「うん! 任せて!!」
シュウはミレナの名前を喚呼して、全力で突貫した。
彼が何を言いたいのか、呼ばれただけで分かってしまうミレナは、何かを問わず元気に返す。
ミレナの狙いは、シュウが攻めやすいようにエンタクの乾坤炎輪を止めること。シュウの狙いは、ミレナが乾坤炎輪を止めてくれている間に間合いを詰め、エンタクに攻撃を当てること。
果然、二人の心は言葉を介さずとも通っていた。
対抗のエンタクは、
「…………」
依然変わらず晏然と立ったまま、シュウに応戦しようと乾坤炎輪を走らせた。
ミレナはそれを妨害しようと左に回り、エンタクと、シュウに向かって走る乾坤炎輪に氷柱群を放つ。
当然、シュウに当たらないように潜考してのことだ。
エンタクは三つの乾坤炎輪を合わせ、それを高速回転させながら氷柱群の防御に使う。
「そんな、あんな簡単に……」
ミレナはその光景を見て、唖然とせざるを得なかった。
エンタクに向けて撃った十数の氷柱群が全て、かき氷のように粉々に砕かれてしまったのだ。
「なら!」
とはいえ、シュウに走った乾坤炎輪は弾くことが出来た。それだけで諦めるミレナではない。
エンタクの気を引けるように彼女の背後に回り込み、再び氷柱群を射撃してシュウをサポートする。
——シュウの方はというと。
「まじか?」
弾かれた筈の乾坤炎輪が、すぐさま軌道を変えてこっちに向かって来る。
まだエンタクまでの距離は遠い。そして、乾坤炎輪の速さはこちらが走る速さより早い。となれば、ミレナが三つ分の乾坤炎輪を相手にしてくれている間に、残り一つをどうにかしなければならない。
シュウは一旦立ち止まり、振り返って乾坤炎輪を見た。
——嘘だろ!?
右に避け距離を離した筈が、乾坤炎輪はすぐさま軌道を変え、再び襲い掛かって来たのだ。
避けたかと思えばそのまま旋回して背後に。下に振り下ろされた次の瞬間には、こちらを追って上へ右へ左へと。
避けても避けても、的確に素早くこちらを追って狙ってくる。
シュウは物理法則を無視したかのような乾坤炎輪の動きに翻弄され、エンタクに近づけない。
このままでは埒が明かない。
避けても直ぐに軌道を変えられてしまう以上、乾坤炎輪の動きを封じない限り、エンタクに接近する事すらも許されない。
——動きを封じない限り。
そうだ、やるべきことはハッキリしている。では、どうやって動きを封じるのかだが。
「ッ!!! ぬ、グゥゥゥ!!!」
頭の悪い自分に、火急で機略など思いつけるはずがない。
弁えているシュウは避けるのを止め、足を開いて乾坤炎輪を馬鹿正直に受け止めた。
思った通り、馬鹿みたいな重さだ。
「ッ!! いい判断と実力だ! シュウ!」
シュウの荒業にエンタクは嘆美する。
抉れる地面。吹き飛ぶ土塊と土煙。
——よし、このままエンタクにッ!!?
「だが! これは想定できなかっただろ!!」
「って!? うァァァァァ!!!」
乾坤炎輪を持ったままシュウが前に出ようとすると、エンタクはその乾坤炎輪ごと彼を空高く放り投げてみせた。
突拍子もない出来事。
唐突に世界が縦長の線に変貌し、ぐるんぐるんと回転する。
受け止めたはずなのに、何故か空高く放り投げられていた。
完全に虚を突かれたシュウ。咄嗟に乾坤炎輪を手放したのはいいものの、数十メートルの高さまで投げ飛ばされてしまった。
彼女が言った通り予想できなかった。というか、予想できるはずがない。
急に乾坤炎輪の押す力が強くなったのだ。要するに、乾坤炎輪の力は手加減されていたわけである。
「シュウ!!」
「人の心配をしてる場合じゃないぞ!!」
エンタクに投げ飛ばされたシュウを見て、愁眉で叫んだミレナ。一瞬だけ気のゆるみを見せた彼女に、エンタクが隙をついて乾坤炎輪を飛来させていく。
氷柱で弾くのは間に合わない。ミレナは飛んできた一つ目の乾坤炎輪を、ぎりぎりで跳躍して避けた。
避けたのだが、
「やばっ!」
追尾してきた二つ目の乾坤炎輪に鳩尾を攻撃され、壁まで飛ばされてしまった。
「一つ避けたからと言って、次なる攻撃がある! ただ避けるだけじゃなく、二撃三撃目を予測して動くんだ!!」
壁で項垂れるミレナにエンタクは指示をする。
彼女は落下してくるシュウの着地点に、ミレナの氷柱を防ぐのに使っていた残りの乾坤炎輪を待機させる。
シュウを受け止める訳だ。
——だがシュウは、
「ッ!!!!」
何時ぞやにもあった高所からの落下。地面との正面衝突を避ける為、シュウは掌にオドを込めてゲイルを放った。
——自力で解決した。
受け止められていたら、どうなっていたことやら。
少なくとも、ミレナのようにやられていただろう。
「自力で解決したか! いいぞシュウ!」
土煙をあげながら戦線復帰を果たしたシュウに、エンタクは感嘆する。シュウはゲイルを撃ったことで舞い上がった石ころを宙で掴み、身体を前方に一回転。地面に足を付いて、すぐさま走り出した。
「ッ!!」
シュウは拾った石ころをエンタクに投擲する。
エンタクは散弾かつ剛速球である石ころを最小限の動きで全て避け、直進してくるシュウに乾坤炎輪を飛ばした。
「ッ!?」
瞬目だけ、エンタクは目を見開いた。
シュウが地面に倒れる程に体勢を低くして、乾坤炎輪を回避したからだ。
エンタクはすかさず、シュウへと乾坤炎輪の軌道を反転させる。が、
——それよりも早くシュウに、懐へと侵入されてしまった!
この近距離では、エンタク自身にも乾坤炎輪の攻撃が被ってしまうはずだ。
シュウの思惑通り、エンタクは乾坤炎輪での攻撃を中止して、素手での応戦を図った。
「フッ! スッ! ハッ! ツ!」
ラッシュラッシュラッシュ。
反撃の余地を与えない、大振りが無い拳のラッシュ。それなのに、一撃一撃が地面を抉り陥没跡を残す程の威力だ。更に、翻弄しようと蹴りを不規則に刻む。
容赦ないシュウの猛攻である。
ただ、
「いい動きだ!」
全て寸前のところで回避、受け流し、防がれてしまっていた。それも嬉しそうな笑顔でだ。
「これはどうだ!」
倏然たるエンタクの反撃。それはまるで、彼女とこちらの世界が切り離されているような速さだった。
こちらが一撃入れようと拳を突き出し、接触するまでの間に反撃してきたのだ。
反撃の余地を与えないはずのラッシュは、シュウの思い過ごしだった訳だ。
完全に虚を突かれた。
背中を反って避けた所為で、シュウは体勢を崩してしまう。
シュウは重心を元に戻し、距離をとろうとするエンタクに食いつこうとした。それが、エンタクの狙いであるとも知らずに。
「甘い!!」
後方に飛ぶエンタク。だが、それは真後ろではなく、やや上向きの後方だ。
距離を取ろうとするなら、真後ろが一番いい。やや上向きに飛べば、それだけシュウが追い付きやすくなる。上に飛んで逃げるにしても、先ずは距離を取らなければ掴まれてしまう。
——即ち、
「なにッ!?!?!?」
——二度目の虚を突いた一撃である!!
エンタクの背後から、乾坤炎輪が姿を現す。
気付けたが、エンタクに食いつこうと前進してしまった状態では、回避も碌にできない。
「ウグゥガッ!?!?」
シュウは直前で腕を出し、乾坤炎輪の攻撃を防いだ。腕に鈍器を叩きつけられたかのような激痛が走る。
「よく防いだ!」
数メートル飛ばされ、着地をして自分の腕を確かめた。
力が入りにくい。乾坤炎輪を防いだ両腕が痺れている。離されてしまった。今度はどうやって距離を詰める。クソ、辛楚で思考が回りにくい。
「敵は待たないぞ!」
それでもエンタクは待ってくれない。数秒、自身の状態を確かめるため、立ち尽くしていたシュウに、彼女は苛烈にも乾坤炎輪を飛ばしていく。
シュウは辛楚を気力で抑え、飛んでくる乾坤炎輪を避けることに専念した。したつもりだったが、
「ガァ!?」
気力で抑えているとはいえ、反射神経が鈍っている状態では、自由自在に動く乾坤炎輪を避けることは叶わなかった。
数回避けたところで、シュウの腹部に乾坤炎輪が直撃。壁まで吹き飛ばされてしまった。
即刻立ち上がろうとしたが、痛みに膝を付いて轟沈。
勝負がついてしまった。
「うん、ぼちぼちってとこだな」
乾坤炎輪を自身の上空に移動させ、エンタクは感想を呟いた。
三分にも満たない攻防。本当に四つの乾坤炎輪だけで、シュウとミレナを無力化してしまった。
「ミレナ! 自分とシュウを傑出能力で治して、もう一度再戦だ!!」
息を整え休憩していたミレナに、エンタクは指示を送る。
頷く気力もないミレナは自身を再生の能力で治すと、無言で走り出した。そして、膝を付いて動けないでいたシュウの肩に右手を乗せる。
「助かる……」
彼女の右手から暖かいものが、全身へと流れ込んでくる。腹部と両腕の痛みは瞬く間になくなり、思考は正常になった。
再生の能力で治癒されたシュウは、全身に付いていた砂埃を払って立ち上がる。
「ミレナ、いつものやつだ……」
「おっけい、シュウ……」
シュウの提案を承諾したミレナは、彼の背中にぴょんとしがみ付いた。
ここに来て、強敵を斃してきた連携である。
それを見たエンタクは喜楽したように笑い、
「それが、神人を斃した連携のやつか」
隠然とした覇気と力感をその体から発した。
手加減も手加減。
——エンタクのやつ、今まで手ぇ抜きまくってたのかよ……
舐められたこと以上に、手を抜きまくった状態の彼女に負けてしまった自分に、むかっ腹が立つ。
シュウは苦笑いして「まぁな!」と、負け惜しみの感情を乗せてぼやいた。
「よし! 全力で来い!」
エンタクのその声を機縁に、二回戦が開始される。
そこからは一瞬だった。
最初はミレナの氷柱で乾坤炎輪をいなし、エンタクの懐に入って接近戦に持ち込めたのはいいものの、先ほどの鍔迫り合いと同様に攻撃は当たらず仕舞い。
更に早くなったエンタクの動きに付いて行けず、簡単に距離を離され、四つの乾坤炎輪に翻弄され攻撃を食らってしまう。
やられる度、ミレナに能力で治癒してもらい、負けじと同じように攻め続けた。
しかし、今度はミレナの氷柱でいなせていた筈の乾坤炎輪がいなせなくなり、攻めの機転を用意できずに防戦一方となってしまった。
そこからはより早く、そしてより強力になった乾坤炎輪に追い詰められ、被弾の嵐。
挙句の果てには、連携を崩され——ミレナを背中から剥離されてしまった。
「よし! 一先ずここまで!!」
「つ、強すぎる……」
「全く、歯が立たないなんて……」
二回戦終了の合図がエンタクから知らされる。
シュウとミレナは地面に両手をついて、息を切らしていた。
結局ミレナと連携を組んでも、エンタクに一撃も当てることが出来なかった。
ここまでの完全敗北は初めてかもしれない。
自信の喪失だ。
最初に調子が良かったのも、こちらが本気を出し、力量を見極めるために合わせていてくれたからだ。
倏然と動きが早くなったことや、乾坤炎輪の強度の変化などが、そうだと証明している。
氷が解けて水浸しになり、地面が抉れて荒れ果てた訓練所。
客観的にその光景を見れば、エンタクは当然、シュウとミレナも決して弱くはない事が精察できるだろう。
ただエンタクが嶄然としているだけだった。
「そうだな。ミレナは近距離戦闘全般がダメ、シュウは遠距離戦闘全般がダメって感じだな。連携をとってからは、はっきり言って悪くはない。まだ未熟だったとはいえ、神人を二人で斃しただけはある」
エンタクは肩で息をしている二人に近づくと、膝を曲げて座り込む。
「ただ、二人の弱点を補おうとする連携が、寧ろ弱点を際立たせてしまっているのが難点だな……正直攻略されやすい。自覚はあるんじゃないか?」
言う通り経験ありだ。魔霧に村を覆われた時に現れた、六足歩行の悪魔。奴に連携の弱点を見抜かれていた。
ぼんやりとだが、なんとなく理解していたこと。それをエンタクにハッキリと指摘されたことで、シュウの中でどこか腑に落ち、靄が晴れてすっきりした。
同時に、エンタクから練兵されることで弱点を克服できるのだと、希望が湧いて来る。
「となれば、やるべきことは単純明快だ」
エンタクがシュウの希望を引き上げるように、小気味よく指を鳴らして言う。
先ず彼女はミレナを指差し、
「ということでミレナ! 君はシュウに頼らなくてもいいくらいになるまで体力をつけて、筋肉操作を更に磨き、身体能力を上げること!」
今後どういった修行をするのか明言する。
やはりミレナは近距離を補う修行。遠距離は言うまでもない。やるべきことも体を鍛えるというシンプルなものだ。
ミレナが息を整えながら「わ、分かった……」と言えば、エンタクは今度、シュウを指差し、
「シュウ! 君は筋肉操作を習得し、より一層身体能力を磨き上げること!」
遠距離を補う修行を……あれ?
「……遠距離を補う修行じゃない、のか?」
思っていたこととは違う言辞に、シュウは片眉を上げて疑念を口にした。
ミレナと同じ修行なら、それは遠距離ではなく近距離の修行なのでは。
「ん? シュウが遠距離を短期間で補うのは、多分厳しいぞ?」
シュウの疑念に、エンタクは『どういう意味だ?』と目を丸っこくした。
「え?」
——どゆこと?
シュウもシュウで彼女の思っても見ない復答に、目を丸っこくして呆けた声を出してしまった。
疑問符をぶつけ合う二人。幾許かだけ時間が固まる。
「まさか、身体能力を上げまくって、それで遠距離の弱点を補う、的な?」
シュウは変なことを怖怖と質問した。
『近距離を極めれば遠距離にも通ずる』といった、それできるの貴方だけですよね?案件なのだろうか。そうだったら怖い。無いとは思いつつも、どこかありそうで恐怖しかない。
——いや、ないですよね? エンタクさん?
憂慮するシュウ。エンタクは目を丸っこくしたまま首を横に振って「的な話じゃない……」と、否定してくれた。
否定してくれてよかった。ありがとうエンタク。
「シュウ、オドの量測ったでしょ? どうだった?」
「八十六万だった……どういう訳かな」
信じられないと言いたげに、シュウは体を起こした。
見た時は何かの手違いかと思ったが、フクとセイ曰く魔算機は正常に動いていたらしい。
まさか自分が、才能があると言われているリフよりも、オドの量が多いとは思いもしなかった。
だがそうなれば新たな疑問が生まれて来る。
何故自分は下位魔法が二、三回、中位が一回しか使えないのか。これは矛盾ではなかろうか。どうしても、オドの量が間違っているのではないかと考えてしまう。
「ほうほう、思った通りだな……」
何故かエンタクの顔が、腑に落ちたようなスッキリしたものになった。
「ん? 何がだ?」
「言葉で説明するよりも、見た方が分かると思う。シュウ、右手前に出して」
訳が分からないシュウは起立し、分からないまま「こうか?」と右手を前に出し、エンタクの指示に従った。
「うん、じゃあちょっと、魔法をあの岩に向かって撃ってくれないか?」
「分かった、それくらいなら……」
右前方にある的が付いた岩に、指を差すエンタク。彼女は少し離れると、シュウの全身を目を細めて凝視する。
シュウはその岩に正確に魔法を当てる為、右手に力を入れた。
こうしないと、魔法が明後日の方向に飛んで行ってしまうのだ。
「ッ!!」
魔法は見事、岩の的に直撃した。
見事とは言ったが、何の変哲もない光景である。
「やっぱりな……あいつが言った通りだ」
「え? なんにも分かんなかったんだけど!?」
顎に手を当てて納得気のエンタク。反対から見ていたミレナが、今ので何が分かったのかと驚き慌てる。
ミレナと同意で、自分も何が分かったのか全く分からない。
三千歳の鑑識眼でしか分からない何かが、今の一部始終にあったというのか。
「ごめんごめん、こうすれば分かり易いかな」
エンタクは後頭部に手を当てて謝ると、ポケットからハンカチを取り出した。そして、そのハンカチをシュウの背中に近づけ「シュウ、悪いけどもう一度撃って」と、再度的当てを頼んだ。
「おう、分かった」
シュウは同じ要領で魔法を放ち、もう一度的へ当てた。
「あ! ハンカチが結構揺れた!!」
ミレナが一驚の声を上げる。
布が揺れたとは一体どういう。風でも吹いたのだろうか。でもここは屋上がないだけで、周囲は塀で囲繞されている。では何故。
——いや待てよ……
背中にあるハンカチが揺れたということは、単純に背中からオドが出ているのでは。
「そういうことだ」
エンタクはミレナにそう言うと、シュウの前に立って彼を見やった。
「結論から言おう。シュウ、君は放魔器官が未熟すぎる。それも、赤子レベルでね」
エンタクは真面目な顔で、何が悪いのか憚らずに明言した。
放魔器官という耳にしたことのない専門用語に、シュウは「と、言うと?」と聞き返す。
推し量るに、オドを放出する器官と言ったところだろうか。
「魔法は日常に於いても、戦闘に於いても便利なもの。だから、魔法をできるだけ多く行使するために、普通はオドを使う量、基、外に出す量を適切な量にしようとする。その為に、ほとんどの者が子供の頃から魔法の訓練を受けるんだ」
子供の頃から。果たしてそれは何歳から。否、比較する事すらおこがましい。
何故なら、異世界転生した自分は、魔法の訓練などまともに受けていないからだ。あっても両手で数えられる程度。
「ごくわずかな者を除いてだが、訓練を受ける前の子供は、総じて放魔器官が未熟だ。だから、手から魔法を撃とうとしても、手以外の箇所からオドが放出してしまうんだ。当然、それはオドの量が多い子供の方が顕著だ。だから、オドが多くても魔法を行使した子供は、すぐにオドが枯渇しちゃうんだ」
淡々と縷言していくエンタク。
彼女が言ったごくわずかな者。その枠に自分が当て嵌まっているかどうかなど、疑問の余地すらない。
「シュウ、君はその典型例なんだ。手から魔法を撃とうとしているのに、手以外の多くの箇所からオドが出ちゃってる。それもかなりの量のね……だからすぐにオドが枯渇しちゃうんだ」
シュウは、自分は、俺は、魔法の訓練を余りにも強制的に怠っていたのだ。
恐らく放魔器官は、神童であっても数年から十数年のスパンを掛けて鍛えるもの。
ごくわずかな存在どころか、神童ですらない自分が放魔器官を鍛えるには、少なくとも数年以上は訓練を受けなくてはならない。
だからエンタクは、ミレナと同じ修行をしろと言ったのだ。短期間で鍛えるのは無理と言ったのだ。
希望が蕩蕩とした暗闇に呑まれた。
嗚呼、悲しいかな。
自分に最強主人公のような才能があれば、どれだけ楽で快心だっただろうか。羨ましがったところで、何も変わらない。
弱馬道を急ぐ、だ。精励して一歩一歩成長していこう。
「この間、親睦会でラウラって鼠の女がいたの、覚えてるか?」
「あぁ、白くて美人なあの人か」
エンタクに言われて、シュウはネズミの獣人女性を思い出す。
酒は口にせず、ローガにデコピンされて悶絶していたのが印象的だ。
「美人だと!? シュウ、もしかして獣人趣味!?」
するとなぜか、びっくり仰天しながら変な解釈をするエンタク。シュウは彼女に「ちげぇよ馬鹿。ただそう思っただけだ」と、訂正を挟み込んだ。
訂正されたエンタクは安堵のため息を吐いた後、頬を赤らめながら「んん!」と、咳払いして、
「……ともかく、そのラウラはシュウと同じで、放魔器官が未熟でな、魔法を使うとすぐにオドが枯渇しちゃうんだ。だからあいつは、基本は筋肉操作で闘ってる」
会話の道筋を元に戻した。
そんなことより、どうしてだろうか。ミレナがいた方向から、安堵の溜息が聞こえた気がしたのだが。まぁ気のせいだろう。
「私てっきり、シュウに魔法の素養が無いのは、オドの量が少ないからって勘ぐっちゃってたわ」
「シュウはもう二十一。新年も近いからもう二十二だ。それに本来、手以外の箇所からオドが多く出ちゃったら、手がズレて、魔法が変な方向に飛んで行っちゃうんだよね。でもシュウは、それを持ち前の膂力で解決してる。ミレナが勘ぐっちゃうのも仕方ないさ……」
シュウはエンタクの鑑識眼に感服した。
魔法を撃つときの力みさえも見抜かれていたとは。彼女に隠し事をするのは難しいようだ。
一応言っておくが、この異世界は王侯貴族や領主といった特別な存在でない限り、一般の民衆は数え年である。
「じゃあ俺は、筋肉操作を習得しながら、ついでに放魔器官を鍛えていくってことか?」
ゲイル一回に続き、ウィンド二回。かなり疲れた。
シュウは予想したことをエンタクに質問する。
彼女は顔を近づけ、シュウの鼻に人差し指を付けると
「それもいいが、手っ取り早い方法があってな……」
『弱馬道を急ぐ』と諦めていたシュウに、廓然たる希望の光を示唆した。
「なんだよ、その方法って」
エンタクの手を退かして顔を近づけ、飢えた獣のように食らいつくシュウ。
元気よく食らいついてきた彼の反応に、エンタクはシュウの顔を押して、嬉しそうに微笑すると、
「シュウ、君には君専用の、特別な神器を扱ってもらう……十年前、とある白髪の男が奉納していった、神器をね……」
デジャヴにも思えるようなことを言った。




