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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第三章 絶対ルマティ教社会主義国 ルマティア
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第6話 準備は整った

 コウエンタクに続く石造りの長い階段。その上空に、ローレンを掴んで空を飛ぶエンタクがいた。

 目的地は当然コウエンタク。


——何故、エンタクがローレンを掴んで、コウエンタクに向かっているのかと言うと、


「エンタク様、私をコウエンタク内に連れて、何を……?」


 広場から移動する間、緘口かんこうしていたローレンがエンタクに呼ばれた理由を問う。


 ざっと四千段ほどの高さまでは来たか。


「そうだな、そろそろ話していいか」


「…………?」


「ローレン、お前は授かりの才能がある」


 頃合だと思ったエンタクは、コウエンタクに連れて行く理由をローレンに話し始めた。


「授かりの、才能?」


 ローレンはエンタクの迂遠うえんな返答に、オウム返しで聞き返す。

 授かりの才能とは、即興でエンタクが名付けたものだ。これは恐らくと言うだけで確証はない。ただ根拠がない訳ではない。


「そう、授かりの才能……お前この間、武器庫に寄っただろ?」


 コウエンタク内にある武器庫にローレンが寄っていたのを、偶然見かけたことが根拠だ。

 珍貴ちんきの見学でもしていたのだろうか。とにかく、それを偶然見かけたのは僥倖ぎょうこうだった。


「はい。それが授かりの才能と、どんな関係が?」


「武器庫には、神器が多く仕舞ってあってな……神器が、人を選ぶのは知ってるだろ?」


「はい、それは重々……」


 ローレンは溜飲が下がらないと言いたげな顔で頷いた。

 ここまで言って分からないなら、どうやらローレンに才能の自覚はないようだ。


「神器ってのは数が限られた稀有けうな作品だ。だから、神器に選ばれる者は稀有な存在だし、選ばれても大抵が一人一つまで。だけどローレン。お前が武器庫から出た後、中に入ってみたら、神器たちがお前を選びたいって、めちゃくちゃ反応してたんだよね」


 エンタクは自覚のないローレンにも分かるように、順を追って懇切こんせつに説明した。

 本当にめちゃくちゃだった。


 普段、従者や官僚の者が武器庫に訪れても、なんの反応も示さないのに。あろうことか、ローレンには武器庫にある三割近くの神器が反応していたのだ。

 皆が恋でもしたかのように、その身からマナを放っていた。


 それもこれも、神剣に選ばれた男だからなのだろう。


 話を戻そう。


——ローレンをコウエンタクに連れて来た目的、それは彼に神器を選んでもらう為だ。


「神器たちが、私を……?」


「そう。でもまぁ、急にそんなこと言われても、理解は出来ないよな……」


 にわかには信じられないといぶかしむローレン。

 エンタクは少し飛ぶ速さを速めた。


 というか、握った両手をさわさわと動かして来るのが気色悪いから、早く手を離したい。きもい。

 こいつ、マジで女に目がないのだ。顰蹙ひんしゅくまったなし。


「よし、着いたぞ、さっさと手離せ。握り方がねちねちしてて、気持ち悪い」


「はい。アイタッ!?」


 エンタクは厭忌えんきを顔と言葉で流露。ローレンが握る手を離すと同時に、背中を強めに蹴り飛ばす。


 突然、エンタクに蹴り飛ばされたローレンは、尻を突き出して顔面から地面に向かって転倒。が、直前で両手をついて、顔が泥まみれになるのを防いだ。


「って、え!? 蹴るのは酷くないですか!?」


 流石に蹴り飛ばすことはないだろ、と訴えて来るローレンに——特に尻を突き出しているその無様な姿に、エンタクは噴飯ふんぱんした。

 だって無様すぎる。妙な爽快感と達成感がある。


「知らん。キモいお前が、悪い……ぷふ」


 エンタクは噴飯したのを隠そうとするが、隠し切れていない所為で、かえって嘲弄しているようになってしまう。

 ローレンは悲しげな顔で立ち上がり「胸が抉られる……」と、服に付いた埃を叩いて払った。


 エンタクは無言でついてこいと、ローレンの前を歩いて正門を潜る。彼は騎士らしく、エンタクの右斜め後ろから随身ずいしんした。


 コウエンタク内に入り、長い廊下を歩いて武器庫前に到着。エンタクは慎ましい装飾が施された儼乎げんこたる扉を開き、るされている光の魔刻石にオドを込め、武器庫内を照らした。


「さて、百聞は一見に如かずだ。ローレン、神器に手を近づけてみて」


 邪魔にならない場所に避け、振り返ってそう言うエンタク。入室の許可を得たローレンは、重々しい一歩で武器庫内に入った。

 壁に掛かった武具。箱の中に珍蔵ちんぞうされている武具——天井以外の室内全体をローレンは見渡す。

 彼は膝を付き、足元にある刀掛け——そこに掛けられている、雅やかな花緑青はなろくしょう色の剣に触れた。


 すると、


「これは……私に反応している、のか?」


 剣が蕩揺とうようし、ローレンに向かってマナの風を吹かせた。

 風で靡くローレンの髪。彼は剣の柄を握りしめると、そうするべきだというように自然と目を瞑った。


 今、ローレンは声を聞いて神器と対話しているのだろう。


——ローレン視点へ。


『君の名前は?』


『名前? 私の名前は、確かローちゃん』


 ローレンが意思を込めると、花緑青の剣——自称ローちゃんはどこか曖昧に名乗った。ローレンはその曖昧な名乗りに違和感を覚え『確か? 確かと言うのは?』と問うた。


『わたしが造られたのは、だいぶ前の話なの。だから、確かって言ったの』


『そうだったんだね。君を造った方は、どんな方なんだい?』


 だいぶ前。漠然とした表現ゆえ、想像はつきにくいが、神が存在していた時代だろうか。気になったローレンは、コミュニケーションをはかどらせようとローちゃんに再び問う。


『覚えてないの。覚えてるのは、造られ名付けられた瞬間と、白髪の男の人が、わたしとわたし以外の神器を持って、外に出てからなの』


『外に?』


『うん。突然、わたしとわたし以外の神器の意識が、一斉に覚醒し出したの。だから、外に出たって言ったの……』


 ただの借問だったのに、慮外りょがいすぎる返答にローレンは戸惑ってしまった。

 直接言葉にしてはいないが、彼女の見解通り偶然、一緒に居た神器たちの意識が、一斉に覚醒することなどあり得ない。


 創造した者が意識を強制的に停止させる、プログラムでも組み込んでいたのだろうか。

 推認するには情報が足りなさすぎる。


『少し話を変えようか……君は何故、僕を選ぼうとしたんだい?』


 ローレンは心の中でも表情でも、ニッコリ笑って話題を変えた。

 表情は釣られた感じだ。


『それはね、貴方が特別だからなの……』


 そう答えたローちゃんの声色には、少しだけ熱がこもっていた。

 ローレンはその変化に気付きつつも、何かの間違いだと思い『特別? どうして私が君にとって特別なんだい?』と問うてしまう。


『貴方は、誰に対しても献身的な人だと、そう直感したの。多分、ううん、わたしはきっと、この体が朽ちてなくなるまで、貴方以外を選ばない』


 真剣な言葉の中に混じった『朽ちる』という言葉。

 ローレンの思考が一瞬、神剣を朽ちさせてしまった失態に併呑へいどんされてしまう。


 ローレンは思考を振り払い、


『それは流石に言いすぎなんじゃ——』


『言いすぎじゃないの。事実なの。今日、貴方を知ってしまったから、貴方以外なんて選べないの』


 正義の自覚があるとはいっても、流石にそこまで言われる程ではない、と謙虚に返そうとした。

 だがその言葉は、更に強くなった語気によって跳ね返されてしまう。


 ローちゃんは『わたしに選ばれて』と言った後『うんうん』と否定の言葉を言って、


『わたしを、どうか選んで……ローレン』


 全てを捧げるように頼んできた。


——エンタクに視点が回帰。


 それからも、ローレンは盾や籠手こて、槍や眉刀びとう、小太刀、斧、ハンマーといった武具全般に留まらず、指輪や髪飾りにピアスといった、ありとあらゆる神器に触れ、瞑目して声を聞いていった。


「言っただろ? 神器はお前を選びたがってる。選ばせて欲しいって気持ちが、伝わって来ただろ?」


 ローレンが目を開けて立ち上がると同時、エンタクは微笑みながら言った。

 予想通りだった。やはり、ローレンは授かりの才能がある。それも、複数の神器を扱っている自分よりも、桁違いのものをだ。


 世界に、神に愛された存在と言える。


『まぁ、ウチは魔法の才も神器を作る才も、ピカイチだかんね! よゆーヨユー!』


 ローレンの才能を見ると、何だか姉のコウタクを彷彿させられる。


「はい、彼彼女らから、暖かい気持ちが伝わってきました」


 ローレンはエンタクの方に目を向けると、神器を触った右手を開閉させながら答えた。

 エンタクは武器庫の扉の前に立ち、


「この中から一つ、直感で神器を選べ。欲張って複数選ぶのは駄目だぞ……神器たちに嫉妬されて、最悪全員から振られちゃうからな」


 ローレンが何を選ぶのか属目しょくもくした。

 嫁がいるのに、他の女に鼻の下を伸ばす変態男なので、一応注意はしておく。


「分かりました……」


 ローレンは謹厳実直きんげんじっちょくに首肯した。

 変なところは騎士らしく真摯なところが、この少年の憎めないところか。


「私は、これを選びます。彼女からは、特別強い気持ちが伝わってきました」


「ふぅーん。剣か、騎士らしいな」


 ローレンは最初に手に取った花緑青の剣を選んだ。

 さやはない。そういう神器だ。鞘師に鞘を仕立てて貰わなければ。


「そうですね。思い入れが、ありますから……」


 ローレンは少し後悔が混じった顔で、花緑青の剣を見つめた。

 思い入れ、神剣のことだろう。


 今まで歴代の神将が扱って来た、神が創ったとされる神器。

 それを、本人に緩怠かんたいがないとはいえ、朽ちさせてしまった事実。歴代の先輩たちへの欠礼だけでなく、これから受け継いでいくであろう後輩たちへの悔やみ。


 慚悔ざんかいに堪えないのだろう。

 

「それにしても女を選ぶとは、お前は女たらしだな」


 それは置いておいて、エンタクはローレンの「彼女」という発言を聞き逃さなかった。

 神器でさえも女を選ぶとは。


「女たらしはやめてください!」


 『どんだけ女好きなんだ?』と呆れ顔で訴えるエンタクに、ローレンは全力で反論。したのだが、エンタクに「いや、事実だろ」とツッコまれると、彼は「ギクッ!?」と全身を跳ねさせた。


「ギクて……」


 言われたら何も言い返せなくなるほど、その自覚があるのだろう。

 エンタクは呆れてため息を吐いた。


「それより、神器に性別ってあったんだな。僕はそういうのまでは分からないから、性別なんて無いと思ってたけど……」


「いや、私も神器に性別があるかどうかは分かりません。でも、口調と気持ちの伝え方が、女性らしいなと思って。だから彼女と呼んだんです」


 流石、神に愛された男だと感賞しようとしたエンタク。だが、ローレンは即刻その感賞を否定してきた。


「うわっ」


 変な否定をしやがった。


——性別があるか分からないが、口調と気持ちの伝え方から女性だと思った、だぁ?


 エンタクは一歩後ずさって身震い。ガチ目に引いた。

 感賞の気持ちが一気になくなってしまった。


 これは本当に女好きで、女をたぶらかしてきた奴が言うセリフだ。端正な顔立ちも相まって、質が悪い。

 こいつ、どれだけの女を落としてきたのだろうか。鳥肌が立つ。


「ガチめのうわはやめてください」


 ローレンは涙目になって泣訴きゅうそしてくる。

 『自業自得だろ……』と、エンタクは心の中で述懐じゅっかいし、


「ともかく、お前はその神器を選んだ。前のようにはならないようにしろよ……」


 話を切り替えた。


——前のようには。


 その先は言うまでもない。ローレンの表情が、その言葉で険阻けんそなものになった。


「心得ています。使い潰すことなく、共に歩んでいくと、誓います」


「分かってるならいい。お前の神器も、お前にそう言われて嬉しがってるだろう」


 エンタクはローレンの答えを聞いて嫣然えんぜん破顔はがん

 ローレンの顔がパッと明るくなる。今の彼の心境を明かすなら『お美しい』だ。

 どこまでいっても、女好きなのである。


「それでどうだ、身体の調子は?」


 剣を握って佇むローレンに、エンタクは漠然と問う。

 神器は選んだ相手に力を分け与える。神剣とはいかないまでも、ただならぬ力がローレンに譲渡されているはずだ。


「はい! 力が、漲って来るようです!」


 ローレンは剣の握る強さを強め——両拳を強く固め、顕然けんぜんと答える。

 問題なく、神器から力を授かっているようだ。エンタクは「うむ」と頷き、


「これでもうお前も、身軽に動けるようになった訳だ……一人で降りて、オドの量を測定してこい」


 ローレンに見送りの言葉を掛けた。


「はい! エンタク様! 感謝します!!」


 ローレンは顔を喜びと期待の色に染め、急ぎ足でコウエンタクを後にした。




※ ※ ※ ※




 収容施設に着いたシノ、ノノチヨ、プルウィアの三人は、気絶した四人の男を尋問室に入れ、椅子に座らせた。

 三人がいる収容施設は、重罪を侵した犯罪者が収容されている施設だ。死刑囚は居ない。


 名は梟悪きょうあく収容所。


 罪が重ければ重い程、地下の奥深くに幽閉されることとなる。

 そして地下に行けば行く程、警備や拘束が厳重になっている。


 一人を除いて、男達は終身刑だ。とはいえ、殺人や強盗ほどの重い罪ではない為、上層に幽閉されるだろう。


「四人が起きる前に、済ませられることは済ませましょう。まずは身体検査を。目視にて体外を、私の血にて、体内を調べます」


 プルウィアは淡白に言って、真横に座らせていた男の服を雑に脱がせていく。


「見たくないですけど、仕方ないですね……」


 シノも彼女に続いて、男の服を面倒くさそうに脱がせていく。そして脱がしながら、後ろで見学しているノノチヨに「ノノ、見たくなかったら見なくていいから」と、軽く提言した。


「大丈夫です! おねぇ様とプルウィア様の手捌き、目に焼き付けます!」


「焼き付ける必要はないから……」


 真剣にならなくていいところまで真剣になろうとするノノチヨに、シノは苦笑い。尋問の手捌てさばきを真似たところで、相手によって状況は変わるので『何を行ったか』よりも『何故行ったか』を意識してほしい。


「こっちの二人、体外に異常なし」


「私の方も、体外に異常はありません。では一人一人縛って、体内を見ていきましょう……ノノチヨさん、縄を」


 下着一枚だけになった男達の体外には、特に不審な物はなかった。

 となれば後は体内だけで、プルウィアが言ったように男達を縛っても問題ない。


 名前を呼ばれたノノチヨは「はい!」と返事をして、棚の中に仕舞ってあった『魔法を中和する術式が編まれた縄』を取り出した。

 これで縛れば、大抵の魔法を中和することが出来る。


「どうぞ」


「感謝します」「ありがと」


 ノノチヨから縄を受け取ったプルウィアとシノは、男達を椅子に縛り付けた。

 一応説明しておくが、縛り付けた椅子も縄と同じく、魔法を中和する術式が編まれた物である。

 中和できるのは、飽くまで等しい量までだ。念には念をである。


「…………」


 プルウィアが男の肩に触れ、目を閉じて体内を調べようとする。

 これはプルウィアの傑出能力であり、血に造詣ぞうけいがあるヴァンパイアであるからこそ、習得できた能力である。


 同じくヴァンパイアである父親のアウリヌスと兄のペルニオ、そして弟のロジェオともに、全員が血に関する傑出能力を習得している。

 これは短所よりも長所を伸ばせという、エンタクの教えから来ている。


「キキキ……ここだ!」


 プルウィアが能力を行使しようと精神統一した時、触れた男の口の中から、何かが姿を現した。その何かは赤紫色で、まるで体毛が抜けたモグラの様な生き物であった。


「プルウィアさん!!」


「キシャァァァアア!!」


 その謎の生物を、目の端で捉えたシノが叫ぶがめくら垣覗かきのぞき。

 謎の生物が細くなり、その太い前歯がプルウィアの首に抉り込まれ、そのまま体内に——、


「その体、もらッ!?」


「ッ!!!」


「な、なにぃぃぃぃぃい!!」


 突如、プルウィアの首が硬化——血管が浮かぶと、謎の生物の侵入が止まる。間抜けに尻を突き出したままでいる謎の生物を、プルウィアは即座に掴み、引き抜いて、


「この程度の不意打ち、造作もありません」


 暴れるそれを容赦なく握りつぶした。

 傷口から血が垂れ流れるが、能力にて——垂れ流れる血で傷を塞いだ。


 謎の生物の不意打ちに臆することなく、プルウィアは屈んで地面に手を付く。そう、地面に手を付いたのは、敵の不意打ちに臆したからではない。


——では、何の為に……


「シノさん!!  ノノチヨさん!! まだキモイ生物が三匹潜んでいます!! 警戒を!!」


「了解!」「分かりました!」


 何かしらの能力で、謎の生物を発見したプルウィア。彼女は屈んだまま、シノとノノチヨに警戒を勧告する。

 勧告を受けたシノは懐からひょうを取り出し、ノノチヨは構えた。


 三人が警戒する中、天井の四隅に身を隠していた謎の生物が、今度はシノに向かって飛びついた。


「居た! そこ!!」


「ウゲェ!」


 だがシノは謎の生物を呆気なく鏢で穿うがち、上下に一刀両断。

 死滅させる。


「ならば一番、弱そうな奴を狙うぜ!」


 仲間が二人もやられれば、敵も学ぶ。

 謎の生物は地面の隙間からい出て、ノノチヨに飛びついた。


「ノノ!!」


「ッ!!! 私だって、警備隊の一員! もう足手纏いではないです!!」


 シノがノノチヨの足元を見て喚呼かんこ。シノの意図をみ取ったノノチヨは、首に向かって突貫してくる謎の生き物を、手刀で弾き飛ばした。


「よく弾いた! でもまだ生きてるッ!!! 逃げられたらまずい!!」


 弾いたまではいいが、謎の生物に再び地面の隙間の中に逃げ込まれてしまった。

 外に逃亡を許し、民衆の誰かに寄生されてしまったら。或いは、施設内の誰かに寄生されてしまったら。


 考えるだけで最悪の想像ができてしまう。


「クソ! こいつらを乗っ取るのは、厳しいか!」


「逃げるぞ!」


「あぁ! 先ずは逃げて他の奴を乗っ取って、そこから……」


 生き残っている二匹の謎の生物は、隙間を縫って施設外へ逃げようとする。

 シノの勘は当たっていた。もし、謎の生物がこのまま外に逃げてしまえば——、


「ッ——!!」


「シノさん、心配は無用です。既に、施設内に血の結界を張り巡らせました。キモい生物を逃すことは、決してありません」


 シノが焦慮して外に出ようとすると、屈んでいたプルウィアが彼女を呼び留める。

 後顧こうこしたシノは見た。


——あれは、血……


 プルウィアの掌の下——地面に向かって伸びる赤い球体を。


——プルウィアが屈んで地面に手を付けた理由は、血の結界を張り巡らせる為だったのだ。


 攻撃を食らった時点から、他にも謎の生物が潜んでいる可能性を考慮し、また謎の生物を室内から逃がさない為に、行動に出ていたわけだ。

 素晴らしい判断力である。


「ば! 馬鹿な!!」「なんだこの血は!?」


 案の内、生き残った謎の生物は、プルウィアの血の結界に行く手を阻まれてしまう。

 血の結界から生体反応を感じ取ったプルウィアは、掌の下にある血液の球体を握りしめ、


「このまま引き裂かせてもらいます」


 謎の生物を、硬変させた血液の針でくし刺しにして、


「ウベぇガァ!?」「グギャベェ!?」


 粟散ぞくさんさせた。


 プルウィアは再び屈んで、地面に手を付く。

 まだ謎の生物が、施設内に潜んでいる可能性もある。血の結界を室内から施設内に拡張して、異常がないか確認するということだ。


「今のところ、建物内に謎の生体反応はありません。念のため、血の警戒網は解かず、四人の体内に異常がないか調べます」


 謎の生物は施設内に居なかった。


「お願いします」


 その言葉を聞いて、小康しょうこう状態になったとシノは軽く息を吐いた。


「……ノノ、怪我とか異常はない?」


「はい! 大丈夫です! おねぇ様の方こそ、大丈夫ですか?」


 入隊して早々、嫌な目にあってしまったノノチヨを見て、シノはその体に触れる。触れられたノノチヨは元気よく答え、身体に触れ返す。

 シノは「アタシは大丈夫……」と微笑み、ノノチヨの手を優しく握った。


「てか早速、エンタク様の勘が当たったね。まさか、あんな生物が寄生してたなんて」


 エンタクの勘の鋭さには毎回驚嘆させられる。

 恐らく、この男達は寄生生物に操られていた。あの悖乱はいらんな行動も、寄生されていたのが原因だろう。こればかりは可哀想としか言えない。


「アンコウエンに攻めて来た敵の、差し金でしょうか?」


「十中八九ね」


 問うてくるノノチヨにシノは頷く。


「エンタク様、傑出能力の精度上げるために、人類とか、魔獣とかの危険生物以外は、引っ掛からないように制限してるからさ。人の体内に寄生された状態で侵入されたら、引っ掛からないんだよね」


 あと、いちいち反応するのが面倒くさいという理由もあったか。

 確かに、何でもかんでも反応するようにしてしまえば、傑出能力がのべつ幕無しに発動することになってしまう訳だ。


 休憩できなくて、神経症になってしまうこと間違いなし。


「ともかく、何が狙いかは分からないけど、招集されたこいつらを狙って、寄生したのは事実」


「では、もしかすると、この四人以外にも寄生された人がいるのでは?」


「その可能性は大いにある、ね……」


 ノノチヨの意見に、シノは双眸を鋭く細めた。

 敵が目の前にいる男達だけに、謎の生物を寄生させたのだろうか。そんな都合の良い解釈をして、これで一件落着と楽観的になれる浅近せんきんであれば、どれだけよかったことか。


「私達の身体に寄生しようとしたところから、どうやら、寄生する身体を変えられるようだし……最悪の場合、招集された奴の体から抜けて、民衆に寄生されてるかもしれない」


「そんな……では、探しようがないじゃないですか!!」


「だね……面倒なことしてくれるよ、敵さんは……」


 シノの意見に、ノノチヨは焦燥しょうそうを顔に湛える。

 全く探しようがない。もし、誰かの体から体へ寄生先を転々とされてしまったら。物理的に探し出すのは不可能と言える。


 状況はかんばしくない。迅雷風烈じんらいふうれつ、厄介なことになった。


「四人の体内に異常はありませんでした。私はここに残ります。お二人は、エンタク様に報告を」


 体内検査を終えたプルウィアが、血の結界を解いてシノとノノチヨにそう告げる。

 頼まれた二人は「はい」と返事をして、エンタクの元へと向かった。




※ ※ ※ ※




「俺以外、全員やられるとは……女だからと見くびった」


 謎の生物が一匹、地面の中に隠れていた。

 目的を果たすために、収容施設内に入るよりも先に宿主から抜け出していたのだ。


——謎の生物の目的とは、敵の狙いの根幹を担うものである。 


「申し訳ございません。警備隊の隊長副隊長ならまだしも、入隊したばかりの兵卒女の身体でさえも、奪えないとは……」


「いや、気にするな! 敵がそれだけ強かったというだけだ! お前は予定通りに動け!」


 謎の生物は自身の創造主であるとある獣人に、コンタクトをとった。創造主の獣人は舌をチロチロと出して、謎の生物に指示を送る。


 赤紫色の肌をした、つぶらな瞳が特徴的な爬虫類の獣人だ。


「当初の目的である、光の魔充石を刑務所の近くに仕掛けることと、乖乱かいらんの種をくことは達成出来ました。後は、機が熟すのを待つだけです」


 彼の横に居る、オイスターホワイトの髪を生やし、白と黒が織り交ざった服を着る黒肌の青年。その彼が部下の失敗に動じず、綽然しゃくぜんとした佇まいと口調で独り言ちた。

 話しかけたではなく、独り言ちたと描写した訳は、青年が獣人の男に見向きもせず発言したからだ。


 それは他が眼中になく、自分以外を信用していないかのような印象を与えた。


「ウィジュヌス様、ご報告いたします。任務完了致しました……次のご指示を」


 青年が右手で握り拳を作ると、その中心が赤色に淡く光る。遠方に居る主たるウィジュヌスに、連絡を取ったのだ。

 ウィジュヌスは、彼が畏敬いけいする数少ないうちの一人である。


 彼らはウィジュヌスの配下。そして化身でもある。

 化身であるからこそ、念じるだけで主であるウィジュヌスに連絡を取ることが出来る。


 未来の話ではあるが、ヘレアスもウィジュヌスの化身である故、連絡が取れたのだ。


『そうか、助かるよ……指示についてだが、本筋であるアンコウエンの攻略と、ヴァンパイアの子供の確保は一旦保留にする。その代わり、神獣を探してくれないかい?』


「理由をお伺いしても?」


 用件だけで理由を説明しないウィジュヌスに、化身の青年は表情を変えずに問うた。

 主が何を目的に保留にするのか、配下として知っておきたいのだ。


『…………』


 借問されたウィジュヌスはひそかに笑ったした。


『どうやら、テレボウ攻略が濡滞じゅたいしているらしくてね。人手が欲しいそうなんだ。今、目ぼしい豪族はいないから、神獣を探してほしい。できれば、摩頂放踵まちょうほうしょうのね』


「ご返答感謝します、ウィジュヌス様。芳命ほうめい、謹んで承ります」


 理由を承知した化身の青年は、瞬刻の間もなく承諾した。 


『感謝するよ。本筋の指示は追って連絡する』


「承知しました。では」


 会話が終わると同刻、謎の生物の身体が崩れ始め、中から光の魔充石が露わになる。

 梟悪収容所の近くの地下に、光の魔充石——転移石が設置されてしまった。

 

——敵の狙いはいかに……

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