第6話 準備は整った
コウエンタクに続く石造りの長い階段。その上空に、ローレンを掴んで空を飛ぶエンタクがいた。
目的地は当然コウエンタク。
——何故、エンタクがローレンを掴んで、コウエンタクに向かっているのかと言うと、
「エンタク様、私をコウエンタク内に連れて、何を……?」
広場から移動する間、緘口していたローレンがエンタクに呼ばれた理由を問う。
ざっと四千段ほどの高さまでは来たか。
「そうだな、そろそろ話していいか」
「…………?」
「ローレン、お前は授かりの才能がある」
頃合だと思ったエンタクは、コウエンタクに連れて行く理由をローレンに話し始めた。
「授かりの、才能?」
ローレンはエンタクの迂遠な返答に、オウム返しで聞き返す。
授かりの才能とは、即興でエンタクが名付けたものだ。これは恐らくと言うだけで確証はない。ただ根拠がない訳ではない。
「そう、授かりの才能……お前この間、武器庫に寄っただろ?」
コウエンタク内にある武器庫にローレンが寄っていたのを、偶然見かけたことが根拠だ。
珍貴の見学でもしていたのだろうか。とにかく、それを偶然見かけたのは僥倖だった。
「はい。それが授かりの才能と、どんな関係が?」
「武器庫には、神器が多く仕舞ってあってな……神器が、人を選ぶのは知ってるだろ?」
「はい、それは重々……」
ローレンは溜飲が下がらないと言いたげな顔で頷いた。
ここまで言って分からないなら、どうやらローレンに才能の自覚はないようだ。
「神器ってのは数が限られた稀有な作品だ。だから、神器に選ばれる者は稀有な存在だし、選ばれても大抵が一人一つまで。だけどローレン。お前が武器庫から出た後、中に入ってみたら、神器たちがお前を選びたいって、めちゃくちゃ反応してたんだよね」
エンタクは自覚のないローレンにも分かるように、順を追って懇切に説明した。
本当にめちゃくちゃだった。
普段、従者や官僚の者が武器庫に訪れても、なんの反応も示さないのに。あろうことか、ローレンには武器庫にある三割近くの神器が反応していたのだ。
皆が恋でもしたかのように、その身からマナを放っていた。
それもこれも、神剣に選ばれた男だからなのだろう。
話を戻そう。
——ローレンをコウエンタクに連れて来た目的、それは彼に神器を選んでもらう為だ。
「神器たちが、私を……?」
「そう。でもまぁ、急にそんなこと言われても、理解は出来ないよな……」
俄には信じられないと訝しむローレン。
エンタクは少し飛ぶ速さを速めた。
というか、握った両手をさわさわと動かして来るのが気色悪いから、早く手を離したい。きもい。
こいつ、マジで女に目がないのだ。顰蹙まったなし。
「よし、着いたぞ、さっさと手離せ。握り方がねちねちしてて、気持ち悪い」
「はい。アイタッ!?」
エンタクは厭忌を顔と言葉で流露。ローレンが握る手を離すと同時に、背中を強めに蹴り飛ばす。
突然、エンタクに蹴り飛ばされたローレンは、尻を突き出して顔面から地面に向かって転倒。が、直前で両手をついて、顔が泥まみれになるのを防いだ。
「って、え!? 蹴るのは酷くないですか!?」
流石に蹴り飛ばすことはないだろ、と訴えて来るローレンに——特に尻を突き出しているその無様な姿に、エンタクは噴飯した。
だって無様すぎる。妙な爽快感と達成感がある。
「知らん。キモいお前が、悪い……ぷふ」
エンタクは噴飯したのを隠そうとするが、隠し切れていない所為で、却って嘲弄しているようになってしまう。
ローレンは悲しげな顔で立ち上がり「胸が抉られる……」と、服に付いた埃を叩いて払った。
エンタクは無言でついてこいと、ローレンの前を歩いて正門を潜る。彼は騎士らしく、エンタクの右斜め後ろから随身した。
コウエンタク内に入り、長い廊下を歩いて武器庫前に到着。エンタクは慎ましい装飾が施された儼乎たる扉を開き、吊るされている光の魔刻石にオドを込め、武器庫内を照らした。
「さて、百聞は一見に如かずだ。ローレン、神器に手を近づけてみて」
邪魔にならない場所に避け、振り返ってそう言うエンタク。入室の許可を得たローレンは、重々しい一歩で武器庫内に入った。
壁に掛かった武具。箱の中に珍蔵されている武具——天井以外の室内全体をローレンは見渡す。
彼は膝を付き、足元にある刀掛け——そこに掛けられている、雅やかな花緑青色の剣に触れた。
すると、
「これは……私に反応している、のか?」
剣が蕩揺し、ローレンに向かってマナの風を吹かせた。
風で靡くローレンの髪。彼は剣の柄を握りしめると、そうするべきだというように自然と目を瞑った。
今、ローレンは声を聞いて神器と対話しているのだろう。
——ローレン視点へ。
『君の名前は?』
『名前? 私の名前は、確かローちゃん』
ローレンが意思を込めると、花緑青の剣——自称ローちゃんはどこか曖昧に名乗った。ローレンはその曖昧な名乗りに違和感を覚え『確か? 確かと言うのは?』と問うた。
『わたしが造られたのは、だいぶ前の話なの。だから、確かって言ったの』
『そうだったんだね。君を造った方は、どんな方なんだい?』
だいぶ前。漠然とした表現ゆえ、想像はつきにくいが、神が存在していた時代だろうか。気になったローレンは、コミュニケーションを捗らせようとローちゃんに再び問う。
『覚えてないの。覚えてるのは、造られ名付けられた瞬間と、白髪の男の人が、わたしとわたし以外の神器を持って、外に出てからなの』
『外に?』
『うん。突然、わたしとわたし以外の神器の意識が、一斉に覚醒し出したの。だから、外に出たって言ったの……』
ただの借問だったのに、慮外すぎる返答にローレンは戸惑ってしまった。
直接言葉にしてはいないが、彼女の見解通り偶然、一緒に居た神器たちの意識が、一斉に覚醒することなどあり得ない。
創造した者が意識を強制的に停止させる、プログラムでも組み込んでいたのだろうか。
推認するには情報が足りなさすぎる。
『少し話を変えようか……君は何故、僕を選ぼうとしたんだい?』
ローレンは心の中でも表情でも、ニッコリ笑って話題を変えた。
表情は釣られた感じだ。
『それはね、貴方が特別だからなの……』
そう答えたローちゃんの声色には、少しだけ熱がこもっていた。
ローレンはその変化に気付きつつも、何かの間違いだと思い『特別? どうして私が君にとって特別なんだい?』と問うてしまう。
『貴方は、誰に対しても献身的な人だと、そう直感したの。多分、ううん、わたしはきっと、この体が朽ちてなくなるまで、貴方以外を選ばない』
真剣な言葉の中に混じった『朽ちる』という言葉。
ローレンの思考が一瞬、神剣を朽ちさせてしまった失態に併呑されてしまう。
ローレンは思考を振り払い、
『それは流石に言いすぎなんじゃ——』
『言いすぎじゃないの。事実なの。今日、貴方を知ってしまったから、貴方以外なんて選べないの』
正義の自覚があるとはいっても、流石にそこまで言われる程ではない、と謙虚に返そうとした。
だがその言葉は、更に強くなった語気によって跳ね返されてしまう。
ローちゃんは『わたしに選ばれて』と言った後『うんうん』と否定の言葉を言って、
『わたしを、どうか選んで……ローレン』
全てを捧げるように頼んできた。
——エンタクに視点が回帰。
それからも、ローレンは盾や籠手、槍や眉刀、小太刀、斧、ハンマーといった武具全般に留まらず、指輪や髪飾りにピアスといった、ありとあらゆる神器に触れ、瞑目して声を聞いていった。
「言っただろ? 神器はお前を選びたがってる。選ばせて欲しいって気持ちが、伝わって来ただろ?」
ローレンが目を開けて立ち上がると同時、エンタクは微笑みながら言った。
予想通りだった。やはり、ローレンは授かりの才能がある。それも、複数の神器を扱っている自分よりも、桁違いのものをだ。
世界に、神に愛された存在と言える。
『まぁ、ウチは魔法の才も神器を作る才も、ピカイチだかんね! よゆーヨユー!』
ローレンの才能を見ると、何だか姉のコウタクを彷彿させられる。
「はい、彼彼女らから、暖かい気持ちが伝わってきました」
ローレンはエンタクの方に目を向けると、神器を触った右手を開閉させながら答えた。
エンタクは武器庫の扉の前に立ち、
「この中から一つ、直感で神器を選べ。欲張って複数選ぶのは駄目だぞ……神器たちに嫉妬されて、最悪全員から振られちゃうからな」
ローレンが何を選ぶのか属目した。
嫁がいるのに、他の女に鼻の下を伸ばす変態男なので、一応注意はしておく。
「分かりました……」
ローレンは謹厳実直に首肯した。
変なところは騎士らしく真摯なところが、この少年の憎めないところか。
「私は、これを選びます。彼女からは、特別強い気持ちが伝わってきました」
「ふぅーん。剣か、騎士らしいな」
ローレンは最初に手に取った花緑青の剣を選んだ。
鞘はない。そういう神器だ。鞘師に鞘を仕立てて貰わなければ。
「そうですね。思い入れが、ありますから……」
ローレンは少し後悔が混じった顔で、花緑青の剣を見つめた。
思い入れ、神剣のことだろう。
今まで歴代の神将が扱って来た、神が創ったとされる神器。
それを、本人に緩怠がないとはいえ、朽ちさせてしまった事実。歴代の先輩たちへの欠礼だけでなく、これから受け継いでいくであろう後輩たちへの悔やみ。
慚悔に堪えないのだろう。
「それにしても女を選ぶとは、お前は女たらしだな」
それは置いておいて、エンタクはローレンの「彼女」という発言を聞き逃さなかった。
神器でさえも女を選ぶとは。
「女たらしはやめてください!」
『どんだけ女好きなんだ?』と呆れ顔で訴えるエンタクに、ローレンは全力で反論。したのだが、エンタクに「いや、事実だろ」とツッコまれると、彼は「ギクッ!?」と全身を跳ねさせた。
「ギクて……」
言われたら何も言い返せなくなるほど、その自覚があるのだろう。
エンタクは呆れてため息を吐いた。
「それより、神器に性別ってあったんだな。僕はそういうのまでは分からないから、性別なんて無いと思ってたけど……」
「いや、私も神器に性別があるかどうかは分かりません。でも、口調と気持ちの伝え方が、女性らしいなと思って。だから彼女と呼んだんです」
流石、神に愛された男だと感賞しようとしたエンタク。だが、ローレンは即刻その感賞を否定してきた。
「うわっ」
変な否定をしやがった。
——性別があるか分からないが、口調と気持ちの伝え方から女性だと思った、だぁ?
エンタクは一歩後ずさって身震い。ガチ目に引いた。
感賞の気持ちが一気になくなってしまった。
これは本当に女好きで、女を誑かしてきた奴が言うセリフだ。端正な顔立ちも相まって、質が悪い。
こいつ、どれだけの女を落としてきたのだろうか。鳥肌が立つ。
「ガチめのうわはやめてください」
ローレンは涙目になって泣訴してくる。
『自業自得だろ……』と、エンタクは心の中で述懐し、
「ともかく、お前はその神器を選んだ。前のようにはならないようにしろよ……」
話を切り替えた。
——前のようには。
その先は言うまでもない。ローレンの表情が、その言葉で険阻なものになった。
「心得ています。使い潰すことなく、共に歩んでいくと、誓います」
「分かってるならいい。お前の神器も、お前にそう言われて嬉しがってるだろう」
エンタクはローレンの答えを聞いて嫣然と破顔。
ローレンの顔がパッと明るくなる。今の彼の心境を明かすなら『お美しい』だ。
どこまでいっても、女好きなのである。
「それでどうだ、身体の調子は?」
剣を握って佇むローレンに、エンタクは漠然と問う。
神器は選んだ相手に力を分け与える。神剣とはいかないまでも、ただならぬ力がローレンに譲渡されているはずだ。
「はい! 力が、漲って来るようです!」
ローレンは剣の握る強さを強め——両拳を強く固め、顕然と答える。
問題なく、神器から力を授かっているようだ。エンタクは「うむ」と頷き、
「これでもうお前も、身軽に動けるようになった訳だ……一人で降りて、オドの量を測定してこい」
ローレンに見送りの言葉を掛けた。
「はい! エンタク様! 感謝します!!」
ローレンは顔を喜びと期待の色に染め、急ぎ足でコウエンタクを後にした。
※ ※ ※ ※
収容施設に着いたシノ、ノノチヨ、プルウィアの三人は、気絶した四人の男を尋問室に入れ、椅子に座らせた。
三人がいる収容施設は、重罪を侵した犯罪者が収容されている施設だ。死刑囚は居ない。
名は梟悪収容所。
罪が重ければ重い程、地下の奥深くに幽閉されることとなる。
そして地下に行けば行く程、警備や拘束が厳重になっている。
一人を除いて、男達は終身刑だ。とはいえ、殺人や強盗ほどの重い罪ではない為、上層に幽閉されるだろう。
「四人が起きる前に、済ませられることは済ませましょう。まずは身体検査を。目視にて体外を、私の血にて、体内を調べます」
プルウィアは淡白に言って、真横に座らせていた男の服を雑に脱がせていく。
「見たくないですけど、仕方ないですね……」
シノも彼女に続いて、男の服を面倒くさそうに脱がせていく。そして脱がしながら、後ろで見学しているノノチヨに「ノノ、見たくなかったら見なくていいから」と、軽く提言した。
「大丈夫です! おねぇ様とプルウィア様の手捌き、目に焼き付けます!」
「焼き付ける必要はないから……」
真剣にならなくていいところまで真剣になろうとするノノチヨに、シノは苦笑い。尋問の手捌きを真似たところで、相手によって状況は変わるので『何を行ったか』よりも『何故行ったか』を意識してほしい。
「こっちの二人、体外に異常なし」
「私の方も、体外に異常はありません。では一人一人縛って、体内を見ていきましょう……ノノチヨさん、縄を」
下着一枚だけになった男達の体外には、特に不審な物はなかった。
となれば後は体内だけで、プルウィアが言ったように男達を縛っても問題ない。
名前を呼ばれたノノチヨは「はい!」と返事をして、棚の中に仕舞ってあった『魔法を中和する術式が編まれた縄』を取り出した。
これで縛れば、大抵の魔法を中和することが出来る。
「どうぞ」
「感謝します」「ありがと」
ノノチヨから縄を受け取ったプルウィアとシノは、男達を椅子に縛り付けた。
一応説明しておくが、縛り付けた椅子も縄と同じく、魔法を中和する術式が編まれた物である。
中和できるのは、飽くまで等しい量までだ。念には念をである。
「…………」
プルウィアが男の肩に触れ、目を閉じて体内を調べようとする。
これはプルウィアの傑出能力であり、血に造詣があるヴァンパイアであるからこそ、習得できた能力である。
同じくヴァンパイアである父親のアウリヌスと兄のペルニオ、そして弟のロジェオともに、全員が血に関する傑出能力を習得している。
これは短所よりも長所を伸ばせという、エンタクの教えから来ている。
「キキキ……ここだ!」
プルウィアが能力を行使しようと精神統一した時、触れた男の口の中から、何かが姿を現した。その何かは赤紫色で、まるで体毛が抜けたモグラの様な生き物であった。
「プルウィアさん!!」
「キシャァァァアア!!」
その謎の生物を、目の端で捉えたシノが叫ぶが盲の垣覗き。
謎の生物が細くなり、その太い前歯がプルウィアの首に抉り込まれ、そのまま体内に——、
「その体、もらッ!?」
「ッ!!!」
「な、なにぃぃぃぃぃい!!」
突如、プルウィアの首が硬化——血管が浮かぶと、謎の生物の侵入が止まる。間抜けに尻を突き出したままでいる謎の生物を、プルウィアは即座に掴み、引き抜いて、
「この程度の不意打ち、造作もありません」
暴れるそれを容赦なく握りつぶした。
傷口から血が垂れ流れるが、能力にて——垂れ流れる血で傷を塞いだ。
謎の生物の不意打ちに臆することなく、プルウィアは屈んで地面に手を付く。そう、地面に手を付いたのは、敵の不意打ちに臆したからではない。
——では、何の為に……
「シノさん!! ノノチヨさん!! まだキモイ生物が三匹潜んでいます!! 警戒を!!」
「了解!」「分かりました!」
何かしらの能力で、謎の生物を発見したプルウィア。彼女は屈んだまま、シノとノノチヨに警戒を勧告する。
勧告を受けたシノは懐から鏢を取り出し、ノノチヨは構えた。
三人が警戒する中、天井の四隅に身を隠していた謎の生物が、今度はシノに向かって飛びついた。
「居た! そこ!!」
「ウゲェ!」
だがシノは謎の生物を呆気なく鏢で穿ち、上下に一刀両断。
死滅させる。
「ならば一番、弱そうな奴を狙うぜ!」
仲間が二人もやられれば、敵も学ぶ。
謎の生物は地面の隙間から這い出て、ノノチヨに飛びついた。
「ノノ!!」
「ッ!!! 私だって、警備隊の一員! もう足手纏いではないです!!」
シノがノノチヨの足元を見て喚呼。シノの意図を汲み取ったノノチヨは、首に向かって突貫してくる謎の生き物を、手刀で弾き飛ばした。
「よく弾いた! でもまだ生きてるッ!!! 逃げられたらまずい!!」
弾いたまではいいが、謎の生物に再び地面の隙間の中に逃げ込まれてしまった。
外に逃亡を許し、民衆の誰かに寄生されてしまったら。或いは、施設内の誰かに寄生されてしまったら。
考えるだけで最悪の想像ができてしまう。
「クソ! こいつらを乗っ取るのは、厳しいか!」
「逃げるぞ!」
「あぁ! 先ずは逃げて他の奴を乗っ取って、そこから……」
生き残っている二匹の謎の生物は、隙間を縫って施設外へ逃げようとする。
シノの勘は当たっていた。もし、謎の生物がこのまま外に逃げてしまえば——、
「ッ——!!」
「シノさん、心配は無用です。既に、施設内に血の結界を張り巡らせました。キモい生物を逃すことは、決してありません」
シノが焦慮して外に出ようとすると、屈んでいたプルウィアが彼女を呼び留める。
後顧したシノは見た。
——あれは、血……
プルウィアの掌の下——地面に向かって伸びる赤い球体を。
——プルウィアが屈んで地面に手を付けた理由は、血の結界を張り巡らせる為だったのだ。
攻撃を食らった時点から、他にも謎の生物が潜んでいる可能性を考慮し、また謎の生物を室内から逃がさない為に、行動に出ていたわけだ。
素晴らしい判断力である。
「ば! 馬鹿な!!」「なんだこの血は!?」
案の内、生き残った謎の生物は、プルウィアの血の結界に行く手を阻まれてしまう。
血の結界から生体反応を感じ取ったプルウィアは、掌の下にある血液の球体を握りしめ、
「このまま引き裂かせてもらいます」
謎の生物を、硬変させた血液の針でくし刺しにして、
「ウベぇガァ!?」「グギャベェ!?」
粟散させた。
プルウィアは再び屈んで、地面に手を付く。
まだ謎の生物が、施設内に潜んでいる可能性もある。血の結界を室内から施設内に拡張して、異常がないか確認するということだ。
「今のところ、建物内に謎の生体反応はありません。念のため、血の警戒網は解かず、四人の体内に異常がないか調べます」
謎の生物は施設内に居なかった。
「お願いします」
その言葉を聞いて、小康状態になったとシノは軽く息を吐いた。
「……ノノ、怪我とか異常はない?」
「はい! 大丈夫です! おねぇ様の方こそ、大丈夫ですか?」
入隊して早々、嫌な目にあってしまったノノチヨを見て、シノはその体に触れる。触れられたノノチヨは元気よく答え、身体に触れ返す。
シノは「アタシは大丈夫……」と微笑み、ノノチヨの手を優しく握った。
「てか早速、エンタク様の勘が当たったね。まさか、あんな生物が寄生してたなんて」
エンタクの勘の鋭さには毎回驚嘆させられる。
恐らく、この男達は寄生生物に操られていた。あの悖乱な行動も、寄生されていたのが原因だろう。こればかりは可哀想としか言えない。
「アンコウエンに攻めて来た敵の、差し金でしょうか?」
「十中八九ね」
問うてくるノノチヨにシノは頷く。
「エンタク様、傑出能力の精度上げるために、人類とか、魔獣とかの危険生物以外は、引っ掛からないように制限してるからさ。人の体内に寄生された状態で侵入されたら、引っ掛からないんだよね」
あと、いちいち反応するのが面倒くさいという理由もあったか。
確かに、何でもかんでも反応するようにしてしまえば、傑出能力がのべつ幕無しに発動することになってしまう訳だ。
休憩できなくて、神経症になってしまうこと間違いなし。
「ともかく、何が狙いかは分からないけど、招集されたこいつらを狙って、寄生したのは事実」
「では、もしかすると、この四人以外にも寄生された人がいるのでは?」
「その可能性は大いにある、ね……」
ノノチヨの意見に、シノは双眸を鋭く細めた。
敵が目の前にいる男達だけに、謎の生物を寄生させたのだろうか。そんな都合の良い解釈をして、これで一件落着と楽観的になれる浅近であれば、どれだけよかったことか。
「私達の身体に寄生しようとしたところから、どうやら、寄生する身体を変えられるようだし……最悪の場合、招集された奴の体から抜けて、民衆に寄生されてるかもしれない」
「そんな……では、探しようがないじゃないですか!!」
「だね……面倒なことしてくれるよ、敵さんは……」
シノの意見に、ノノチヨは焦燥を顔に湛える。
全く探しようがない。もし、誰かの体から体へ寄生先を転々とされてしまったら。物理的に探し出すのは不可能と言える。
状況は芳しくない。迅雷風烈、厄介なことになった。
「四人の体内に異常はありませんでした。私はここに残ります。お二人は、エンタク様に報告を」
体内検査を終えたプルウィアが、血の結界を解いてシノとノノチヨにそう告げる。
頼まれた二人は「はい」と返事をして、エンタクの元へと向かった。
※ ※ ※ ※
「俺以外、全員やられるとは……女だからと見くびった」
謎の生物が一匹、地面の中に隠れていた。
目的を果たすために、収容施設内に入るよりも先に宿主から抜け出していたのだ。
——謎の生物の目的とは、敵の狙いの根幹を担うものである。
「申し訳ございません。警備隊の隊長副隊長ならまだしも、入隊したばかりの兵卒女の身体でさえも、奪えないとは……」
「いや、気にするな! 敵がそれだけ強かったというだけだ! お前は予定通りに動け!」
謎の生物は自身の創造主であるとある獣人に、コンタクトをとった。創造主の獣人は舌をチロチロと出して、謎の生物に指示を送る。
赤紫色の肌をした、つぶらな瞳が特徴的な爬虫類の獣人だ。
「当初の目的である、光の魔充石を刑務所の近くに仕掛けることと、乖乱の種を蒔くことは達成出来ました。後は、機が熟すのを待つだけです」
彼の横に居る、オイスターホワイトの髪を生やし、白と黒が織り交ざった服を着る黒肌の青年。その彼が部下の失敗に動じず、綽然とした佇まいと口調で独り言ちた。
話しかけたではなく、独り言ちたと描写した訳は、青年が獣人の男に見向きもせず発言したからだ。
それは他が眼中になく、自分以外を信用していないかのような印象を与えた。
「ウィジュヌス様、ご報告いたします。任務完了致しました……次のご指示を」
青年が右手で握り拳を作ると、その中心が赤色に淡く光る。遠方に居る主たるウィジュヌスに、連絡を取ったのだ。
ウィジュヌスは、彼が畏敬する数少ないうちの一人である。
彼らはウィジュヌスの配下。そして化身でもある。
化身であるからこそ、念じるだけで主であるウィジュヌスに連絡を取ることが出来る。
未来の話ではあるが、ヘレアスもウィジュヌスの化身である故、連絡が取れたのだ。
『そうか、助かるよ……指示についてだが、本筋であるアンコウエンの攻略と、ヴァンパイアの子供の確保は一旦保留にする。その代わり、神獣を探してくれないかい?』
「理由をお伺いしても?」
用件だけで理由を説明しないウィジュヌスに、化身の青年は表情を変えずに問うた。
主が何を目的に保留にするのか、配下として知っておきたいのだ。
『…………』
借問されたウィジュヌスはひそかに笑ったした。
『どうやら、テレボウ攻略が濡滞しているらしくてね。人手が欲しいそうなんだ。今、目ぼしい豪族はいないから、神獣を探してほしい。できれば、摩頂放踵のね』
「ご返答感謝します、ウィジュヌス様。芳命、謹んで承ります」
理由を承知した化身の青年は、瞬刻の間もなく承諾した。
『感謝するよ。本筋の指示は追って連絡する』
「承知しました。では」
会話が終わると同刻、謎の生物の身体が崩れ始め、中から光の魔充石が露わになる。
梟悪収容所の近くの地下に、光の魔充石——転移石が設置されてしまった。
——敵の狙いはいかに……




