第3話 入隊式
時は二か月前に戻る。
渺漠とした青空と広がるすじ雲。岩肌が露出した崟崟たる峰に、初秋を感じさせる心地よい風。
それに揺らされ、壮大な音楽を奏でる蒼翠な森と鈴虫たち。麦藁色に染まった首を垂れる米は、視覚的に秋を感じさせてくれる。
そんな世界の中心——荒涼とした土の広場に、二千人近くの男女が集まっていた。
祭りではない。雑踏と言えど、全ての者が椅子に座って、ある方向を見ている。となればそれは厳粛な行事であり、彼らの視線の先には、美しい装飾が施された壇があった。
人種も民族も違う二千人近くの大衆は、壇上にどんな人物が上がるのか、まだかまだかと首を長くして待っている。
そして、その時は来た。
壇に歩みを進めるのは、百六十センチよりも少し高い女性だ。銀煤竹の長い髪に、紅桔梗の双眸と殊色の容姿。年齢は十八歳前後といったところ。
ここまで言えば分かるだろう。神仙のエンタクだ。
「来たわね……」
壇上に上がっていくエンタクを見て、ぼそりと呟いたミレナに、シュウは「あぁ」と相槌を打つ。
今から執り行われる厳粛な行事は、魔獣を調伏して街の警備をする、警備隊の入隊式である。
二千近くの人数が集まっているのは、来年から警備隊として働く者達の他に、騎士と傭兵が加わっているからだ。
エンタクがアンコウエンを長期間離れる必要があるということで、来年に執り行うはずだった入隊式を、異例で早めることにしたのだ。
エンタクはいつも通りの中華風の服の上に豪勢な上着を羽織り、長い髪は邪魔にならないようにと後ろで結んでいる。露出していた足は、領主と神人の神威を損なわないように、タイツで隠してある。
それ正しく、傾国の佳人と言うべきか。
「「「…………?」」」
シュウの周りに居る者達が、ざわざわと疑問を小声ではあるが口にし始める。
上述したとおり、エンタクは壇上に立つのに相応しい容姿をしている。ならなぜ、エンタクが壇上に上がることに、疑問を持つ物が多いのか。
それは、ここにいるその他大勢が、エンタクのことを男だと認知しているからだろう。エンタクを女性だと認知しているのは自分達と、アンコウエン出身の者達だけだ。
その他大勢が壇上に立つ女性に疑問を持ち、姿を現さず従者に演説を任せた虚像のエンタクを、軽蔑していることだろう。
さて、エンタクがこの状況をどうやって収めるのか。まぁ心配するまでもなく、綺麗に喧々囂々牛もうもうを納めてくれるだろう。
「騎士と傭兵の諸君! 今回の招請に応じてくれたこと、誠に感謝する!!」
エンタクの大声が、その他大勢の小声を掻き消して広場に響き渡る。
大衆の視線がエンタクに戻る。
当然だが、エンタクの声が聞こえなかった場合を考慮して、四方の高所に魔声石——金属管製のメガホンが設置されている。それはまるで、元の世界にあった町内スピーカーを彷彿とさせた。
魔声石が原因か、将又メガホンの方が原因か。やはり、元の世界と比べて音質はよくない。
「女の僕がこの壇上に立ち、諸君に向かって声を張り上げていることに、疑問を持つ物も多いだろうが、この僕こそが、これからお前等を練兵する領主のエンタクだ!」
「エンタク様が女性!?」「あの年若くて、ほっそりした女性がか!?」「流石に冗談だろ!?」
エンタクが喧々囂々を収めようと声を大にするが、今度は違う意味で広場が騒がしくなる。
その他大勢の気持ちは、今しがた聞こえて来た声が代弁しているだろう。
「静粛にしろ!!」
エンタクが肩まで上げた右手を横に一線。声が響くと同時に、大きな風が広場の中を吹き抜ける。エンタクはオドを掌から放ち、それで大きな風を生み出したのだ。
風で肌が慰撫される感覚が、それを証明している。
今度こそ広場が静まり返った。
「諸君に、遠路はるばるこのアンコウエンに赴いてもらったのは他でもない! この地に住む、はぐれの魔獣達を調伏してもらう為だ!!」
エンタクは「一つ忠告しよう!!」と言葉を間に挟み、
「諸君は力さえあれば魔獣を調伏できると思っているようだが、力だけでは魔獣を調伏することは出来ない!!」
壇上から広場を見た。彼女の視界には、雑駁な色と形をした頭と目——様々な人種や民族の男女が映る。
名声や多大な賞与、腕試しや興味本位など、多様な目的をもってアンコウエンに訪れたのだろう。そして全てが、自分自身を勇剛であると認識しているはずだ。
「魔獣を調伏する為には、まず、魔獣に対する恨みを無くし、魔獣と過ごす環境に慣れて貰わなければならない! 中には、魔獣に深い恨みを持っている者もいるだろう! だが! ここにいる魔獣達は、諸君の肉親や仲間を殺した魔獣ではない!! 言わせてもらおう!! その宿怨はお門違いであると!!!」
エンタクは大勢の前でそう言い切った。
冷静に物事を考えられるのなら、エンタクの言葉は至極真っ当な発言である。或いは、冷静に物事を考えられていると勘違いしていないなら。
とはいえ、そう簡単にいかないのが現実。その他大勢はエンタクの言葉に、またも喧々囂々になっていく。
そんな時だった。突然、広場に風が吹き始め、
「その通り!! 静まれ偏心な人類たちよ!!」
竜巻が空から降って来た。竜巻の勢いが収まっていくと、中心から長ぼそい影が見え始める。そこに居たのは、藍色の龍であった。
その容姿はかつてアンコウエンに住み、コウエンタクを護っていた四獣のスイリュウと酷似していた。
容姿だけではない。
まだ若いが、覇気のある精悍な容貌に、神威を感じさせる佇まいがある。違いと言えば皮膚の色くらいで、言ってしまえばその程度の違いしかない。
その通り。かの龍は、エンタクが言っていたスイリュウの息子の神獣である。
「私の名はリュウラン! エンタク様に調伏された神獣である!!」
「龍の神獣!?」「これがかの有名な!」「あんなに美しい魔獣がいるとは……」
藍色の龍——リュウランと自称した龍の言葉に対し、広場は更に喧々囂々となる。目立つ登場をしたのだ。こればかりは自業自得と言える。
——視点は僅かだけ、聞く側のグレイとリフに移る。
彼らは警備隊に入隊する傭兵たちと同じ、広場の右側にいた。
「俺達の知っている竜とは、かなり違うんだな」
「僕達の知っている竜と違う理由は、あの龍の原型が蛇だからだろうね」
思いを吐露するグレイに、横に座っているリフが答えた。
「詳しいなリフ……エンタク様から教わったのか?」
「まぁね。見てくれ、蛇のように身体が細くしなやかで、羽がなく、そして頭部から尻尾にかけて、背には鬣がある。蛇が原型と言われれば、納得がいくだろ?」
「言われてみればだな……蜥蜴が原型の竜と蛇が原型の龍、同じ竜でもここまで違うんだな」
話した順番の通り、リフは指を差しながら縷陳してくれる。その説明を聞いたグレイは、顎を扱きながら容姿の違いに納得した。
「うるさいぞ貴様ら!」
リュウランが喧騒を収めようとする中、グレイは思惟に耽る
グレイ達が知っている竜は蜥蜴がモチーフとされている。
見るからに固い鱗に、ずっしりとした図体。あらゆる物と者を吹き飛ばすかのような巨大な羽。
要は、見た者を畏怖させるような容姿なのだ。
二十代の頃に受けた、竜型の魔獣を中央都から撃退させる任務で、竜を一度見たことがあるが、書物から得た恐怖とは比にならなかった記憶である。
だが、目の前にいる龍は畏怖と言うよりも、端麗な印象を受ける。当然、精悍な顔や鋭い鉤爪など、部分的な畏怖はあるが、やはり端麗な部分が勝っているのだ。
実際、同じ龍を目の前にしているのに、恐怖が殆どない。
それも、リフが言ったモチーフが蜥蜴ではなく蛇だからなのだろう。
——視点は元に戻る。
「ええい! 静まれと言ったら静まれ!!」
リュウランは大きく口を開けて咆哮した。
流石のその他大勢も子供ではない。何度も言われれば、口を噤むというもの。ただ、口を噤んだだけで、彼らはまだ納得していない。
リュウランは目を閉じて小さく深呼吸をし、
「私は十年ほど前から、ヴァンパイアの者達を鍛える為に旅に出ていたが、神獣ゆえに、旅先で怖れられることが良くあった。畏怖の存在だと、討伐を試みる者が現れたほどだ……」
そう話し始めた。
「当然、討伐を試みて来た者は、多少力づくではあるが、殺し合うことなく和解している」
話すにつれて、リュウランの精悍な顔が落ち着いた表情になっていく。その表情の変わり方は、精悍な顔だからこそ、広場に居る者達の記憶に深く刻み込まれることとなった。
「さて、貴様等は今の私の言葉を聞いて、どう思った……少なくとも、ここにいる全ての者が理不尽な事だとは、思ってはいないだろう。何故なら、それは私が神獣であるから、人ではない怪物だからだ、と」
目を鋭くさせ、リュウランが呟く。
すると急に、広場が嫌な緊張感に包まれた。その他大勢が、リュウランの指摘に視線を落とす。
図星であったのだ。どう思ったと問われ『神獣だからだろ』と反射的に胸中で答え、それを当てられてしまった訳である。
当てられてしまった故に冷静になり、冷静になった故にいたたまれなくなり、視線を落としたのである。
「私は旅先で何もしていないのに、神獣という理由だけで、命を狙われてしまう……公明正大に考えれば、これが理不尽なことだと承知できるはずだ。ましてや、私は生まれてこの方、人類を食ったことは無い! それなのにこの仕打ち! 酷悪だと思えるはずだ!!」
リュウランの諤諤たる力説に、視線を落とした者達が顔を上げる。そして、リュウランの芯のある目と表情を見て、その気持ちが本物なのだと揣摩し、悔悟する。
証拠に反論する者達は誰一人とていなかった。
それは、面白半分でやった悪戯で相手を傷つけてしまい、返す返す後悔する頑童とそっくりだった。
「それもこれも神獣や魔獣と、僕達人類との感情の方向が、一方的であるからだ! 互いが互いの声を聞くことが、聞く機会がないから、今に至るのである!!」
リュウランが興したところに、エンタクが止めの言葉を刺した。
至言。まさにその通り。
人であるならば、思いやりの気持ちはあるはずだ。となれば、リュウランの顔と言葉の数々を直接目で見て、直接耳で聞けば、悔悟して当然であろう。悔悟したのなら、互いを知り合う環境がいかに不足しているのか、認識できてしまうというもの。
「流石エンタクね……演説慣れしてるわ」
ミレナがぽつりと感嘆を呟き、こちらを覗いて来る。シュウも「だな……」と、相槌を打って、
「詰まらずに堂々と、論理的に主張してる。これじゃ反論したくても、できねぇだろ」
エンタクの辣腕に感嘆した。
隙の無い主張。これに反論できるのならば、それはきっと主観的な偏見しかないだろう。そもそも、ここまで分からされて尚、反論するような者は招請に応じていないだろう。
断って、いつもの職務を全うしているはずだ。
「魔獣達も、リュウランと同じ気持ちなのだ! 故に大前提として、魔獣を調伏するには、彼らに寄り添い、知り合い、思いやり、共に生きていくことが必要不可欠なのである!! その上で魔獣よりも強くあらねばならない!! 自分達を見下し、嫌悪している者達の言うことなど聞けるか!? 自分よりも立場の低い者、或いは能力の低い者の命令を、真に受け止められるか!? 否!! 断じて否だ!!!」
エンタクは強調するように両手で机を叩き、今までにない声の大きさで主張する。その声の大きさは、メガホンがぶるぶると小刻みに震えるほどだ。
——今度は騎士達が集まっている広場の左側、ローレン達に視線が移る。
「見ただけで分かる、すげぇ覇気と力感。お前も初めて目にした時、そう思ったんじゃないのか? アリス……」
「まぁな。エンタク様を始めて目にした時、女性であることに驚かされたが、それと同時に、あれは間違いなくエンタク様だと確信させられたな」
堂々と腕を組み、得意そうな目付きでエンタクを眺めていた男——クザブが、横に座っているアリスに話しかける。
アリスはクザブ同様、真っすぐエンタクを見たまま返答した。
「ローレン、お前はどう思った?」
「私は、そうですね。どこか掴み切れない、瑰麗な女性という感想でした」
クザブは、更にその横に座っていたローレンに問う。ローレンは復答し、エンタクと初めて出会った時を思い出した。
初見は美しいだけではない、底が計り知れない瑰麗な女性という印象だった。
エッチな衣装を着ていたのは、特によか——おっと雑念が。
アリスが言ったように、女性であることに驚かされつつも、彼女がエンタクであると自然と納得してしまうような、ただならぬ逸気が漂っていたのだ。
当然だが、今も奥ゆかしく瑰麗な女性である。
「俺も似たような感想やな……ふん、王が跪いてまで、エンタク様を連邦に加えようとした理由が、良くわかるわ……超邁やぞ」
クザブはそう言いながら、椅子に大きく凭れ掛かって寛いだ。
——視点はシュウに移る。
何故、警備隊に入る訳でもなく、魔獣を調伏するつもりもないシュウとミレナが、広場にいるのかについて話しておこう。
二人が入隊式に参加するのは、傑出能力についての話を改めて聞くことと、入隊式後にあるオドの量を測定する為だ。
『あ、そうだ。二人も入隊式、見に来たらどうだ? 色々そこで話すつもりだし、二人にとって役に立つと思うよ』
エンタクにそう言って誘われたのが、きっかけである。
飽くまで入隊ではない為、シュウとミレナがいる場所は来賓席だ。シュウ達以外には、既に警備隊として働いているローガ達や領主達の使者に、騎士や傭兵協会の高官などが来賓席にいる。
その中に、格好は目立たないが、リザベートと全く同じの紅眼を持つ三人の男女が居た。
「諸君にはこれから魔獣達と共に暮らし、強くなるための訓練を受けてもらう!! 訓練内容はオドの手段の多様化!! 解釈を広げて、オドの量を増やすことだ!! この中には、オドは魔法を使う為にあると考えている者が多いようだから、言っておく! それはたかが一手段に過ぎない!!」
ようやっと本題に入った。
オドの手段の多様化。これが今回、入隊式を見に来た理由の一つである。日常でも使え、闘いに於いては必須級の能力である基本の筋肉操作。それに加え、応用的な——、
「とはいっても、言葉だけでは納得いかない者もいるだろう!」
考え至るよりも先に、エンタクの声がシュウの思考を遮った。エンタクは机から横に逸れ、右掌を前に突き出す。
何をするのかと、広場に居るその他大勢の者達は彼女を注視する。
——応用的とは、
「と言う訳で、諸君には実際に見てもらおう!!」
エンタクの右掌から左右に向かって紅蓮の炎が出現。勢いが増し、炎は鋳造するように人工的な形——槍のような形へと変わっていく。そして、紅蓮だった炎は同色の光沢を帯びた本物の槍へと変貌した。
——槍を自在に出し入れするとともに、操る傑出能力のことである。
「槍が空中から突然!?」「どういう原理だ!?」
エンタクが唐突にやってのけた離れ業に、その他大勢の者は驚愕に目を見開いた。再び、広場は喧騒に包まれていく。
当然の反応だ。何故なら本来、掌から唐突に出せるのは、自身が行使できる属性の魔法しかないからだ。だがエンタクは、炎を出現させ、その炎から槍を作ってみせた。
彼らにとって、理から外れるようなことをしたのである。
研鑽を積み重ねれば、彼女のような芸当も可能となるのだ。
当然、エンタクが見せたのは一例であり、能力は多岐にわたる。
例えば、毒が効かなかったり、催眠や洗脳を無効化どころか反射で反撃したり、炎で身体が燃えなかったり、近い距離に居る者を俯瞰的に把握したり、など。
因みに、いま例に挙げた全て、エンタクが体得している能力である。
——グレイ達とは違う傭兵の方に、視点が移る。
「おいおい、驚きすぎだぜ! ありゃあ闇魔法で見えなくしてただけだ!」
とある男が騒いでいる周りを鼻で笑い、偃蹇とした態度でエンタクを侮辱する。
その男の言葉で我に返る者もいれば『何を根拠に』と、怒りを表情に出す者もちらほら出て来る。
周りの奴らは馬鹿ばかり。
男は周りの反応に小さく笑い、椅子に大きく凭れ掛かって偃蹇とした態度を強めた。
横に座っていた男も仲間なのだろうか。男と同じように鼻で笑って、椅子にふんぞり返った。
だがそこに「違うな」という言葉が差し込まれた。発したのは頬と片目に、古傷を残した偉丈夫だった。
偃蹇とした態度をとっている訳でもないのに、彼は発言した男よりも一際目立っていた。驚かず、ただ粛々と座って演説を聞いていただけなのに、目立つような行動をとった男よりも目立ってしまう。
男にはそれほどまでに、他を萎縮させるような暴威があったのだ。
「それはどういう?」
何故否定したのかと問うてくる男に、偉丈夫は「ハハハ!」と笑止し、
「闇魔法で見えなくしてるだけなら、なぜ槍は宙に浮いているんだ?」
根拠の無い戯言だと問いを切り伏せる。
指摘され、顔を引きつらせる男。すると、男の仲間であろう男が「それは、あれですよ! 風魔法で浮かせて!」と割って入って来る。
しかしそこに、
「流石にそれは無理があるだろ!」
その彼の反論を拙劣だと嘲笑する言葉が差し込まれた。
発言したのは偉丈夫ではない。近くに座っていた、高身長でほっそりしたツンツン頭の男だ。
彼も偉丈夫と同様に、ただ演説を黙って聞いていただけなのに、偃蹇とした態度をとった男よりも目立っている。その彼に続き、
「仮に浮かせているとして、浮かせるための風が見えず、周囲に砂埃が一切舞わないのは、どう説明するんですか?」
組んだ足の上に両手を乗せ、優麗に座っていた美青年が、拙劣な点を丁寧に挙げた。美青年も同様に、有象無象立ちより目立っている。
見た目が他とは違うから? 否。
偉丈夫にツンツン頭の男、そして美青年。彼ら全員、名高い声価をもつ傭兵なのである。
「「そ、それは……」」
偃蹇とした態度をとった二人の男は、正論に何も言えないのだった。教養のない迂愚で、荒くれ者の集まりと言える傭兵が、格下に言い返さないなどあり得ない話だ。
「ふん! 愚物共はほんと愚かね! そんな分かり易い嘘を、エンタク様が吐くわけないじゃない!!」
「どういう原理かは知らないですけどぉ~、槍を突然空中に出してぇ~、風以外の力で浮かせてるのはぁ~、事実だと思いますよぉ~」
そこに耳がキーンとなりそうな程の高い声と、気だるげでおっとりとした声が響いて来る。声の主は、長い金髪に碧眼の少女と、片目を長い前髪で隠した白肌の少年だった。
そこは丁度、来年、警備隊に入隊する者達と傭兵との境目の場所だった。
少女と少年は傭兵たちの頭の悪い言葉を聞いて、一言言いたくなってしまったのである。彼らの周りに居た嫩草たちも、傭兵に何か言いたげな顔だ。
「あのクソガキども……」
まだ酒も飲めないガキに、上から目線にものを言われる。格上に言われるのは黙っていられるが、格下にごちゃごちゃ言われるのは黙っていられない。
やはり傭兵は一部を除いて、教養のない迂愚で荒くれ者の集まりだった。
偃蹇とした態度をとった二人の男を筆頭に、エンタクの離れ業を嘘だと思っている傭兵たちが、血管を浮かべて立ち上がる。
嫩草たちも立ち上がって彼らを睨む。
睨み合う両者。一触即発というそんな時、
「な、なんだぁ!? 凄い土煙が舞ったぞ!?」「どんだけ重いんだ!? あの槍!?」
彼らの周りに居た者達が急に騒ぎ出した。
話題になっているのは、やはり壇上にいるエンタクだ。睨み合っていた両者は周りの熱に流され、開戦ならず。互いに椅子に座って、壇上の方を見た。
——シュウに視点が戻る。
「この槍の重さは四十貫ほどだ!」
土煙が舞う中、エンタクは落とした槍を浮かべて右手で掴む。
「四十貫!?」「また槍が、浮かび上がったぞ!?」「やっぱ突然、槍を出したのか!?」
「僕はこの槍を、女の身一つで容易く振り回し、この槍を以て、巨岩を両断してみせよう!!」
その他大勢が驚愕する中、エンタクは槍を上空に放り投げ、落ちて来たところを掴み取り、芸でも披露するように右手左手と持ち替えていく。槍の重さと振り回す速さから、風圧が広場を駆け抜ける。
「なんつぅ速さで、回すんだ!?」「マジかよ!!」
エンタクが槍を止めると、来賓席で腕を組んでいた紅眼の男が小さく笑い、立ち上がった。座っている時から分かっていたが、体躯の良い男だ。
紅眼の男は、広場の端の地面にめり込んでいた岩の元まで歩くと「ふん!」と力を込めて、それを引き抜き持ち上げた。
めり込んでいた岩は、五メートル程ある巨岩。紅眼の男はそれを肩に乗せ、軽い足取りで壇上前まで持ち運ぶ。
「助かる、アウリヌス」
「いえ、この程度、何の苦でもありませんよ」
エンタクに礼を言われた紅眼の男は、笑みを浮かべながら謙虚に言って、元の来賓席の場所に戻った。
「もしかして、あの子達がヴァンパイアかな?」
「かもな……目の色がリザベートと全く同じだ」
服の裾を引っ張って耳元で囁いて来るミレナに、シュウはそう答酬する。
入隊式のごたつきにリュウラン達の帰還。それに今月末から来月初は年末年始で、六神集という元日に向けて色々動いているらしいのだ。その所為かここ数日、エンタク達と話せていない。
『忙殺すぎ、ふて寝したい。膝枕して、シュウ……』
いや、正確には愚痴は聞いている。その後、エンタクはフク達に引きずられていったが。
リュウラン達が帰還したのは昨日の夜らしく、忙殺だったこともあり、顔を見るのは今日が初めてだ。
「よっ」
そんなことを考えていると、エンタクは階段からではなく、そのまま直で壇上から降りて巨岩の前に立った。
エンタクと巨岩の大きさの比。見比べれば見比べる程、彼女が巨岩を両断できるとは想見できない。
喧騒だった広場は、いつの間にか静まり返っていた。
広場に居たその他大勢は、本当に巨岩を両断してみせるのかと、固唾をのんで見守っている。
その中、エンタクは「は、うぅ~ん」と声を漏らしながら背を伸ばし、構えた。すぅと広場に風が吹き、彼女の目が細くなる。その瞬間、彼女の右手と槍がピンボケしたように曖昧になった。瞬きした後には、右手と槍はエンタクの頭の上に。
そしてもう一度、彼女の右手と槍が曖昧になり、凄まじい風圧が広場へと吹き荒れる。
次の瞬き後には、エンタクの右手と槍は右肩から下がっていた。
来賓席にいたローガと紅眼の男が窃笑する。
巨岩が左右上下に。それも両断されたことを遅れて認識したように、同時に崩れ落ちた。
「「「…………」」」
その他大勢はエンタクのやったことを見て生唾を飲み、何も言えないで固まっているだけだった。驚倒に声を荒げるわけではなく、ただ信じられないと、凝然と固まるだけだ。
エンタクは手に持っていた槍を「帰れ」と言って、倉卒に消す。それから、四つに切り分けた巨岩を平然と持ち上げ、元の場所に「ほいっ」と言って、投げ飛ばした。 そして、またも階段を使わずに、身体を宙に浮かせて壇上に登った。
広場に居た者達が遅れて、彼女の常軌を逸した行動にざわざわと騒ぎ始めるが、
「このように、突然武器を出し入れしたり、重い物を容易に持ち上げ、巨岩さえも両断できてしまうのは、オドの手段の解釈を広げたからである!! 諸君にも、不可能ではない芸当だ! 僕はこれを、傑出能力と呼ぶ!!!」
エンタクの大きな声で掻き消される。
不可能ではないという言葉。傑出能力と言う響き。そして、エンタクの強さをようやっと認識することが出来て、広場はこれまでにないほど喧々囂々となった。
「うるさいぞ! 静まらないか!!」
だが、演説はまだ終わっていない。それも、あと少しのところで末尾というところでだ。
声を出したのはリュウランである。それでも、広場は静まらない。喧騒を収束させることが出来ない。
握り拳を作り、青筋を浮かべたリュウランは右前足から風を巻き起こし、
「ええい! 演説の邪魔だ! さっさと黙らないか!!」
力ずくで喧騒を収束させた。
「もう一度言う! 僕はこれを傑出能力と呼ぶ!! できるか否かは、オドの多寡によって決まる!! だからこそ、オドの量を増やす必要があるのだ!! 具体的な解釈の広げ方は本来、段階を踏んで訓練するのだが、訓練兵の飽和に伴って、教官の人員不足然り、時間がかかり過ぎてしまう!! これでは元も子もないわけだ!!」
エンタクは両手で机を叩き、演説を末尾へと運んでいく。
そして、彼女は左にある布が掛かっている何かを指差し、
「ということで、諸君にはこれから軽い試験を受けてもらう!!」
その何かで試験をすると言う。
入隊式が始まる前から置いてあった何かが、ここでやっと役目を果たすわけだ。
事前に打ち合わせでもしていたのか。フクとセイ、黒髪長髪の男が現れると、かけてあった布を取った。
布で隠れていた物は、台に固定された魔算機であった。
「アンコウエンの研究施設で開発した魔算機です! 今まで、オドの測り方は物を多く動かしたり、多く損傷を与えたりなど、対象に大きな影響を及ぼす形式で行われてきました! ですが、これを介せばそんな面倒な事をする必要はありません! 簡単に、そしてより正確に測ることが出来るんです!!」
「世の中には、オドの量が多いにもかかわらず、オドを一点から放出させる能力、正しくは、放魔器官が未熟な者が居ます! 魔法は放魔器官が未熟であると素養は低くなりますが! 傑出能力は、使い方によってはそうはならないんです!!」
「よって、オドの量が多い方は難易度が高い訓練を! 低い方は最初の訓練から受けてもらうことになります!!」
三人は魔算機を壇上前まで運び、フクが魔算機の説明を。セイは傑出能力の補足をして、最後に黒髪長髪の男が今後の流れを話す。
入隊式を見に来た理由の二つ目だ。
ここでオドの量を正確に測ることで、自分が最大限に使える力を知ると同時に、戦闘途中でオドの枯渇に陥らないように顧慮するのだ。
今の今まで、オドが枯渇することはよくあった。だのに切り抜けて来られたのは、偏に運が良かったからにすぎない。
これからの戦闘は、今までよりももっと厳酷になる。ならば、運が尽きることや、運が良くても負けることなど普通に起こり得る訳だ。
だからこそ、自分の上限を知らなければならないのだ。
「能力が高い者には、見合った俸給を払うつもりだ! 逆にそうでない者に関しては、最低限の俸給しか払わないつもりでいる! 最悪の場合、解雇されると知れ!! 以上!! 静聴感謝する!!」
エンタクの演説が末尾を迎え、広場は話声でうるさくなっていく。
シュウとミレナは互いに見合い「よし」と頷き合うと、立ち上がった。
その時だった。謎の男達が、壇上前まで歩いてきたのだ。
彼らはエンタクの前で跪き、
「憚り乍ら申し上げます!!」
「果せる哉、貴方は本当にエンタク様ですか!?」
彼女の存在自体を狐疑するような、聊爾なことを言った。




