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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
82/116

幕間 昵懇の誓いを三人で にっ!

 場所は現在のアンコウエンにはないキーシュンの精舎しょうじゃ

 アンコウエン宗教の開祖であるアンタク。その彼女の教えを聞いたアンハットが、居住とする場所である。また、新たに加わった沙門しゃもんや教えを聞きに来た民衆が、アンハットから教えを聞く場所でもある。


 アンハットとは、アンタクから教えを聞き解脱げだつした者達の尊称だ。


 アンタクとコウタクだけでは、多くの者に教えを説くのが不可能である為、各地に精舎が建立こんりゅうさせられた。


 そこに『二人の姉から離れて、魔獣と接すること』を旨として、エンタクは預けられていた。

 これは、エンタクが化生してから十週(れい)ほどの話である。


「きっとアンタクお姉ちゃんと! コウタクお姉ちゃんだ!」


 幼いエンタクは、アンタクとコウタクの独特の気配を感じ取り、教えを聞く民衆が居る中、無邪気に走り出した。


「あぁエンタク様! そのように走られては、教えを聞きに来た方々のお邪魔に!」


 アンハットの男が無邪気に走り出した彼女を諫止かんしするが、それを諸ともせずエンタクは走り続ける。

 果然、諫止を聞かなかったエンタクは、


「わぁ!?」


「ぅ…………!」


 防暑用に積まれていた氷を桶ごと倒してしまった。桶の中に入っていた水は、教えを聞いていた沙門の顔に降り注いでしまう。

 エンタクは沙門に「ごめんなさい!」と頭を下げて謝った後、倒れた氷を適当に戻し「よし!」と言って、再び走り出した。


「アンタクお姉ちゃん! コウタクお姉ちゃん!」


「まぁエンタク。私とコウタクが来るのが分かったのですね……素晴らしい第六感です」


「うちらが使ってる、俯瞰視の片鱗へんりんかな?」


 月白げっぱくの髪の少女——アンタクと、砥粉髪とのこがみの女性——コウタクの元にエンタクが駆け寄る。彼女の表情はつい先ほど、アンハットや沙門達に迷惑をかけたことを、ごうも覚えていない笑顔だ。

 

 年相応の天真爛漫さで、おっちょこちょいな部分があるのが幼いエンタクの性格である。 

 間違ったことや、迷惑をかけてしまったらしっかり謝るが、おっちょこちょいな部分がある所為で、よく誰かを困らせていた。


 とはいえそれが、


「そうだったら、凄いですエンタク!」


 アンタクやコウタクにとっては愛くるしい部分なのであった。

 アンタクは屈んでエンタクと視線を合わせ、その両肩に両手を乗せる。幼さ故に矮躯わいくであるエンタクと、少女の体躯であるアンタク。

 その様は、近所の子供と遊んであげる優しいお姉ちゃんである。


 エンタクは嬉々としてアンタクから離れ「見て! 見て!」と、空に向かって掌を翳す。そして、


「最上位の魔法! 使えるようになったよ!! ほら、フレイムッ——!?」


「まままま待ってェェェ! エンタク!! こんな場所で最高位の魔法なんて撃ったら、精舎が焼けちゃうでしょうが!!」


 最上位魔法フレイムライエを射出しようとした時、コウタクが惶遽こうきょ——飛び込みダイブしながらエンタクに抱き着いた。


「え!? そうだよね! ごめん!」 


「もう……うちが居なきゃ、アンタのオドをオドで覆えなくて、大惨事になってたよ。ほんと……」


 エンタクは目をぱちぱちさせながら、コウタクに謝る。コウタクは危なかったとため息をついて、エンタクから離れた。


 何が起こったのか。いや、何も起こらなかったのだが、どういった経緯で何も起こらないに帰着したのか。

 それはコウタクが上述したように、エンタクのオドをオドで覆って、魔法へと昇華させないようにしたからである。


 コウタクは魔法の天才。氷山の一角の中の、更に一角に位置する絶世独立。当然、美人という意味でもそうだ。


 彼女が居なければ、危うく木造の精舎が火の海になるところだった。


「エンタク……」


「はい! アンタクお姉ちゃん!!」


 アンタクの瞳を閉じた笑顔は、妙な威圧感がある。

 名前だけを呼ばれたエンタクは、彼女の怖さに背筋を伸ばして恐れ畏まった。


「強さとは、誇示する為にあるのではありません……」


 笑顔を解き、真剣な表情で諭して来るアンタクに、エンタクは「うん」と大きく首肯する。


「貴方は今後、私達と一緒に、このアンコウに住む民たちを導く、木鐸となるのです。もし、その木鐸が、私が、力に酔いしれる傲岸不遜な輩だったら、どう思いますか?」


「ついて行きたくないって、思う……」


 優しく質問してくるアンタクに、エンタクは心で思ったことをそのまま言葉にした。

 

「そうでしょう。貴方の才能を、私とコウタクは通暁つうぎょうしています。ですから、証明せずとも信じますよ」


「うん、誇示しようとして、ごめんなさい」


 エンタクはアンタクに頭を撫でられ、少し嬉しさを感じながら再度謝る。

 アンタクはそんな素直なエンタクがまた可愛らしくて、


「いいえ! いいのですよ! 私のかわいいエンタク! 貴方はまだ幼い身、間違いなんて沢山ある歳です! 差し詰め、アンハットや沙門たちに言っても、信じてもらえなかったのでしょう……」


 ぎゅっと抱きしめて嬉笑きしょうする。

 アンタクの瞳は嬉笑でも、開かれることは無い。


 アンタクの瞳はエンタクが化生した時から、もっと言えば、世界を学んでいる時からほとんど閉じたままだった。

 彼女が瞳を開ける時はそう、親しい白髪の男の前だけであった。色が灰桜はいざくらであることは、曖昧だが心の奥底でしっかり覚えている。


 幼いながら、エンタクは彼女が瞳を開けない理由を、大変なことなのだと重々理解していた。


「また始まったよ、アンタクの溺愛劇場が……」


 コウタクはお手上げのポーズで嘆息。

 彼女が言うように、アンタクがエンタクを溺愛するのは、ため息が出るほど見飽きた光景であった。


「酷いですね、でも許してあげてください。爾等おれらが馬鹿なだけなんです……ん?」


 アンタクが抱きしめたエンタクを離す。するとどうしてか、エンタクは諸目に薄い涙を浮かべながら、必至に泣かないように堪えていた。

 エンタクが薄い涙を浮かべていたのは、


「うぅ、アンタクお姉ちゃんが、間違い沢山あるって言った……いった! うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 アンタクが言った、さりげない言葉のあやが原因であった。


「あぁ、ごめんなさいエンタク! そんなつもりで言ったのではないんですよ! そう! 間違っても仕方ないという意味で言ったのです! お姉ちゃんが悪かったので、機嫌を直してくれませんか?」


「うぅ……うぅぅ……そうなの? なら、分かった。きげん、なおす……」


 泣きべそをかくエンタクに、アンタクは必死に釈明しながら謝る。エンタクは大粒の涙を両手で拭いながら、涙を溢れさせまいと頷いた。 


「いい子ですね、エンタクは」


 その彼女の頭を撫でて最後にニコッと笑い、アンタクは立ち上がった。


「で、それよりも、ウチはエンタクが最高位の魔法で、何か燃やしてないかの方が気になるんだけど……」


 むすっとした顔で、コウタクに一睨いちげいされたエンタク。心の中でギクっという音が鳴った。図星である。


 最高位の魔法が撃てると自慢したということは、最高位の魔法を撃ったということだ。

 それをコウタクは理解していた。エンタクがおっちょこちょいだと知っているのなら、なおのことだ。


——はてさて、エンタクは何を燃やしてしまったのか。


「エンタク、コウタクがそう言ってますよ。何か燃やしたりしてませんか?」


 アンタクはもう一度、屈んで視線を合わせて推問してくる。


「え、えっと……燃やしてない、よ」


 エンタクは嘘だと分かり易い表情と反応を取ってしまった。


「絶対燃やしてんじゃん! 何を燃やしたの!?」


「燃やしてないってば!」

 

 屈んで一睨してくるコウタク。彼女にそう言われたエンタクは、反射的に更なる嘘を吐いてしまう。

 こうなってしまっては、もう引き返せない。


 『やってませんよね?』と信頼を寄せて来たアンタクに、嘘を吐いてしまったことが、今更ながらエンタクの胸裏きょうりで後悔となる。


「エンタク、嘘はよくないですよ?」


 瞳を瞑ったまま、威圧的なニッコリ笑顔で鞠問きくもんしてくるアンタク。いつもは優しい彼女も、間違った事には厳しく、怖くなる。


「うぅ————石壁に向かって撃ったら、火の粉が飛び散っちゃって、茅屋ぼうおくを、燃やしちゃいました……」


 しょんぼりした顔で、エンタクは赤裸々に吐露した。

 

——果たして、エンタクが燃やしたのは茅屋であった。


「マジですかいな」


「ふぅん、誰の家でした?」


「廃屋だった……中、ぐちゃぐちゃだったし」


 驚き慌てるではなく、呆れ果てるコウタクとアンタク。

 エンタクは二人の反応と雰囲気が妙に嫌で、謝るように正直に答えた。


「そうですか、まぁそこは信じます。では、スイリュウの背中に乗って、その場所まで案内してください。いいですか……?」


 今度は威圧的ではなく、優しく微笑みかけて来るアンタクに、エンタクは「はい、アンタクお姉ちゃん」と素直に従った。

 

「それじゃあ、うちが呼んでくるね……清光纏せいこうてん


 コウタクは浮遊すると、なにやら呟いた。刹那、コウタクの全身が、纏っていた被服ごと光で覆われていく。否、清らかな光へと変化していく。

 その体のところどころから、彼女の後ろにある光景が透けて見えるのだ。


 コウタクは『すぐ行って、すぐ戻るから』と光の魔法文字を出現させ、空高く飛びあがって引き返していった。


 しばらく——数分して、コウタクはスイリュウの背中に乗って戻ってきた。

 往路は光となって素早く。復路はスイリュウで、ということだ。

 

 アンタクやコウタクだけでなく、スイリュウの登場に、精舎の中や近くに居た者達は周章狼狽しゅうしょうろうばいしていた。

 そして、それぞれが息を整えると、少しだけ頭を下げ、目を瞑って彼彼女らに合掌がっしょうした。


 合掌を向けられた二人と一匹は、向けて来た全員に合掌を返す。エンタクも遅れて瞑目し、合掌した。


 アンタクは跳躍してスイリュウの背中に、コウタクは浮遊してスイリュウの背中に乗る。

 エンタクはコウタクから授与された神器を使い、ふわっと身体を浮かせてスイリュウの背中に乗った。


 三人が背中に乗ると、たちまちスイリュウは宙へ浮かび、エンタクが燃やしてしまった茅屋へと向かった。

 

「お馬鹿……」


「ごめんなさい」


 コウタクに叱られ、エンタクは頭を下げた。


 移動は数分ほどだった。


 移動中、スイリュウが「コウタク様が、一人で確認しに行けばよかったのでは?」とコウタクに問うたのだが。その彼をアンタクは、


「確認するだけなら、そうですね。ですが、それではエンタクの為にはなりません……」


 と、あしらった。


 スイリュウはそれ以降、口を挟まずに目的地まで運んでくれた。


 実際アンタクの言う通りで、エンタクは烏有うゆうに帰した茅屋を見て、悪いことをしたと猛省していた。

 

 ことの発端を話すと、二人の姉やアンハット達に褒められたかったからである。


研鑽けんさんはよい事だが、これからは撃つなら、もう少し離れたところからにしろ」


「はい、スイリュウ」


「まぁ、やってしまったものは仕方ありません。廃屋でよかったと、今は思いましょう」


 スイリュウからも叱られ、しょんぼりしているエンタクの頭を、アンタクは優しく撫でた。


 暖かかった。心が幸せで包まれていた。

 今でも覚えている。あの頃の優しく大好きだった、二人の姉の温もりを。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 エンタクは枕を抱きしめながら、子供の頃の話をゆるりと話してくれた。


「子供の頃から最高位の魔法が使えたなんて、凄すぎない?」


「そうでもないよ。コウタクお姉ちゃんは生まれ落ちたその日から、神位魔法を扱えたって言ってたから、僕は二番煎じもいいところさ」


「なんか、自分が惨めに思えてくるわ」


 むすっとした顔でそう言うミレナ。

 エンタクは「大丈夫」と、ミレナの言葉を否定し、


「ミレナにはミレナにしか出来ない傑出能力があるんだ。それは僕にない才能だ」


 含みのあることを言った。


 シュウのお腹の上に、顎を乗せたままでいたミレナは「私にしか出来ない傑出能力……?」と、小首を傾げる。そして、


「え、でも、私にしか出来ないんだから、筋肉操作じゃないもんね。どういうこと?」


 少し考え込むように「うーむ」とうなった後、エンタクに分からないとすがりつく。


「君には筋肉操作以外に、恐らく再生の傑出能力がある……」


「再生……そういえば、レイキもそんなこと言ってたのよねぇ」


 質問の答えは、忌まわしきレイキも言っていた『再生』であった。

 全く関係のないレイキとエンタクが全く同じことを言うなど、偶然とは思えない。呟くように喋ったミレナも、同じ思いだろう。


「小紫の空気が体に侵入した時、治癒魔法を使って外に出しただろ? あれは、君の傑出能力によるものだ。通常、淫魔の魅了は、治癒魔法でどうこうできるものではない。それは、君も重々理解しているだろ?」


「うん、私の治癒魔法が特別だから、できるのかなって思ってたけど……特別だったのは治癒魔法じゃなくて、エンタクの言う、傑出能力だったってことなのね」


「うむ。魅了で浸食された精神を、再生の傑出能力で治癒して元に戻した、と、いったところだろうな。無自覚にやっていたことだから、真意は分からないけどね」


——ほんの一瞬だけ、ミレナに視点が移る。


 自分でもよく分かっていなかった、特殊な能力。


 ミレナの胸の中にある小さな頸木くびきがいま、取り除かれた。

 それは、朝方の薄暗い大地が、射しこんだ旭光きょっこうによって明るくなるような、晴れ方であった。


『特別っていっても、いろいろ違うだろ? 何も悪いことだけじゃない。少なくとも、俺はいい意味で特別だって言ったし、そう思ってる……』


 シュウの言葉によって頸木が小さくなり、エンタクの縷説るせつで全てが取り除かれた。


——ありがとう二人とも。なんだかとっても晴れやかな気分だわ……


——視点はシュウに戻る。


「なんか俺だけ、どんどん惨めになっていくんだけど……」


 二人の世界から完全に隔絶されていたシュウは、自分の無能さに辟易していた。だが、


「そんなことはないさ」「そんなことはないわよ」


 エンタクとミレナはその考えを同時に否定してくれた。シュウは息が緊切な二人に、思わず「ハモった」と、感懐かんかいを述べてしまう。


「君は筋肉操作といった傑出能力抜きで、その強さなんだ。伸び代は、限りなく果てしないぞ」


「そうそう、シュウは充分強くて、その上ちゃんと伸び代もあるんだから、気にすることは無いわよ……」


「なんか……慰めてくれて、ありがとな」


 二人からのおもんぱかりに、心が温かくなったシュウは謝意を伝える。二人は見合って「ふふ」と、嫣然と微笑んだ。


「ねぇエンタク。もっと子供の頃の話を聞かせてくれない?」


「いいぞ、じゃあ今度は、ミューオウの背中に乗って、三人で旅をした時の話をしようかな? 凄かったんだぞ。初めてアンコウエンの外に出てな、クェンサが、共和制から帝政に変わったくらいの頃だった時だ。当時は、執政官だったか独裁官だったかが暗殺されて、いろいろ困迫こんぱくしてたらしい」


 エンタクの話を聞いて、その日の夜は終わりを迎えた。

 

 朝が訪れると、氷室に保存されていた食べ物を使って、エンタクが手料理を振舞ってくれた。というか、昼も夜もエンタクのおいしい手料理を食べた。

 エンタクは普通に料理が上手で、その腕前は舌鼓したつづみを打ってしまう程だった。


 特に夕食に出た、昨日の親睦会では見なかった高級品——熊掌なる食べ物は、新たな道が豁然かつぜんと開かれる程の美味しさだった。


 修行やらなんやらをしている時、気付いたら日が暮れたりしていることが偶にあるらしく、一人で料理をしている内、上手になってしまったらしい。

 本人談である。


 そんな料理が上手なエンタクに少し嫉妬して「私も料理上手くならなくちゃ」と、ミレナがぼやいていた。

 是非、頑張って欲しいものだ。甘い具が入ったおにぎりを食べさせられる被害者には、もうなりたくない。

 

「さて、これで二十四時間が経ったわね!」


 二日目の朝になり、シュウ達三人は母屋に帰る為、布団をタンスの中に仕舞った。

 それから洗って乾いた服を手に持ち、離れから母屋に繋がる扉の前に立つ。


「俺達が帰った後、みんながどういう反応するかだな……」


「意識はしてそうよね。セイとフクの二人は特に……」


 エンタクが前に出て南京錠の鍵を開ける間、シュウとミレナはグレイやセイ達と会うことについて、会話を始める。

 グレイやグーダ、ローガなどは色々聞いてきそうだ。リフやリメア、フィアン達は気を聞かせて、普段通りに接してくれるだろう。


 そして、件のセイとフクは、


「俺がエンタクのこと呼び捨てして、タメ口きいてること知ったら、あいつら絶対詰め寄って来るよな……」


 絶対に変な言いがかりをつけて来たり、面倒な嫌がらせをしてきそうだ。

 ああいった性格の者は根に持つタイプだろうし、長期にわたって陰湿なことをしてきそうだ。蛇蝎だかつ御免蒙ごめんこうむりたい。


「安心しろ。その時は僕が追い払う」


「じゃあ、その時は任せた。俺の話、どうせ聞かないだろうし……」


 南京錠を開け終わり『ニッ』と、胸を張って笑ってくるエンタク。シュウは居ないセイとフクに嘆息して、エンタクに頼ることにした。


 彼女がいてくれるなら、多少は増しになるはずだ。

 セイとフクは分かり易く言うと、エンタクの厄介オタク。彼ら絡みのことは、全面的にエンタクに任せるのが賢い選択だろう。


「エンタク様から離れろ! この卑劣漢! とか言ってきそうよね……」


 ミレナは左手を腰に据え、右手でシュウに指差しして、セイとフクのモノマネをする。その彼女のモノマネが思った以上に上手で、一瞬だけだが、シュウの中でミレナと二人の姿が重なった。

 

 シュウは鳥肌を立たせながら「確かに……」と、苦笑い。

 先が思いやられる。


「よし、じゃあ最終確認だ。離れを出る前に、千里の通いが出来るか試すぞ」


 さて、ようやく離れから出ようとした時。

 エンタクが昵懇の誓いが本当に結べているのか、確認の提案をしてくる。


 誰も介入してこなかった為、結べているだろうが念のため、ということだろう。


「念じるぞ、先ずはミレナ」


 エンタクは先にミレナの方を見て、目を瞑る。


 ——視点はもう一度、ミレナへと移動する。


『ミレナはシュウのこと、好きか?』


「え!? な!? なに急に!? ななッ! なんでそんなこと訊くの!?」


 だしぬけもだしぬけ。にわかもにわか。


 エンタクの唐突過ぎる質問に、ミレナは一歩退いて驚倒きょうとうを露に。

 その彼女をエンタクは「おい馬鹿、声に出したら意味ないだろ」と、前のめりになってたしなめる。それから体勢を元に戻して、


「ミレナからも僕に向かって念じてもらわないと……」


 人並みより豊かに実っている胸に、右掌を当てる。最後に、ほんの少しだけ時間を置いて、


「さ、答えは?」


 ミレナを見つめて、ニタリといやらしく笑う。

 

——こいつめぇ……


 ミレナの胸襟きょうきんは、大袈裟に嘲弄ちょうろうしてくるエンタクへの怒りで溢れかえる。

 見返してやろうと、一度深呼吸をして沈思ちんし


 シュウのことを好きかどうか。そんなの好きに——、


『今なんて?』


——あ、そうだ、今は千里の通いで会話しているのだった。


『もしかして、好きって言ったか?』


『え!? す、すす! 好きだなんて一言も!!』


『えぇ! 僕は言ったように聞こえたんだけど!』


 千里の通いを使いながら——声を出さず、嘲弄するように『えぇ! えぇ! えぇ!!』と、一歩ずつにじり寄って来るエンタク。


——こいつ!! すっごいムカつくんだけど!! ムキィ!!


 お猿さんのようにじたばたして、腹の中を煮えくり返らせるミレナ。そんな彼女に、エンタクは、


『聞かせろ、聞かせろよぉ……』

 

 同じことをやって火に油を注ぐ。

 もうキスしてもおかしくない至近距離だ。


 ミレナはエンタクを押し退け、


『好きよ! 大好き! でも、恋愛とか、そんなんじゃ、ない!! そう! 人として好きなだけで! 断じて恋じゃないんだから!!』


 ツンデレワールド全開のセリフを道破してみせた。


「はぁ……ダメダメだな、ミレナ」


 エンタクは千里の通いではなく、言葉に出しながら首を横に振った。振らざるを得なかったが、正しいか。


「なによ! 悪いの!!」


 ミレナは即座にそう言い返す。


「いや、別に……絵にかいたようなツンデレだと思っただけ」


 エンタクがそう言ってしまうのも仕方がないくらい、ミレナのツンデレはクオリティが高かった

 それをミレナは素でやっているのだから、直しようもない。


「すげぇ赤面してるが、何の話をしてたんだ?」


 と、そこに、今まで会話に入れないでいたシュウが割り込んでくる。

 当然、ツンデレのお嬢様ことツンデレラが真相など話す訳もなく、


「いわない! シュウには言わないったら言わない!!」


 割り込んできたシュウを赤面しながら突っぱねてしまう。


「シュウ、ミレナと話してたのはなぁ……」


 面白過ぎるツンデレラを、更に困らせて面白くしてやろうと、エンタクは戯笑ぎしょうしながらシュウに真相を話そうとする。その瞬間、ツンデレラの顔が更に赤く染まった。


「やめろぉぉ! 絶対言うなァァ!!」


 ツンデレラ——ミレナは真相を聞かせまいと大声で遮り、


「もう我慢ならないわ!! エンタク!!」


 エンタクを捕まえようと走り出した。


「へへ! 捕まらないよぉだ!!」


「このぉぉぉ!! 逃げるなァァ!!」


 左に避け、部屋の奥の方へ走って逃げるエンタク。ミレナは怒り顔で彼女を追い、捕まえようと猛追もうついする。


 二階には逃げない。エンタクは部屋の角に逃げて、ミレナが飛び込もうとしてくるところを『さささっ!』と、颯然たる動きで回避してみせる。

 そしてそれを、二人は二、三度繰り返し、


「さぁ、どうする?」


 また同じ状況になっていた。

 流石のミレナも、猪突猛進でエンタクを捕まえようとするほど、馬鹿正直ではない。ミレナは左手にオドを貯めていき、


「こうするわ!!」


 敢えて左側に逃げやすいように、右側に飛び込んだ。

 エンタクは術中にはまるように、左側に逃げ込む。

 狙い通り。ミレナは事前に貯めていた左手からオドをひり出し、


「うわぁッ!!」


「やりィ!」


 エンタクの足元に氷の床を出現させる。狙い通り足を滑らせ、体勢を崩したエンタクに、ミレナはきびすを返し、



「貰ったわ——ッ!?」


 飛び込んだ。のだが、


「よッ」


「ふぎゅ!?」


 直前でエンタクの身体が宙に浮き、飛び込んだミレナの顔面が壁にぶつかった。

 一部始終を説明すると、エンタクは分かったうえでミレナの術中に嵌り、自在に飛べる力で回避した、ということだ。


 意地悪というか、性格の悪いことである。


「シシシ! 僕は宙に浮かべるんだぞ? それじゃ捕まらないな」


「卑怯よ! 卑怯だわ!!」


 宙に浮かびながら嘲笑してくるエンタクに、ミレナは顔を上げて述懐じゅっかいする。だが、エンタクは「ルールなんてないぞ、これには……」と、理路整然りろせいぜんたる正論で論破してみせた。


 「ムキィィィィ!!」


 ミレナは赫然かくぜんと叫んだ。


「お前等、すげぇ仲良しだな……」


「どこがよ!!」


 顎が食い違うことを言って来るシュウに、ミレナはネコのように長耳を逆立たせて激怒する。


 エンタクはエンタクでずる賢いし、シュウはシュウで勘違いしているし。


 ミレナは「はぁ……」と、長嘆息ちょうたんそくした。


——エンタクに突っかかった、自分を呪うわ……


 ミレナは潔く負けを認めた。

 最初から、相手にするべきではなかったのだ。

 だがしかし、凄く悔しい。何かしらで、意趣返しできないだろうか。


「因みにミレナ……」


「なによ……」


 ムカつく相手から話しかけられ、ミレナは不貞腐れながら返事をする。

 

——視点はエンタクにバトンタッチされる。


 エンタクは不貞腐れたミレナに向かって、唇の前で人差し指を立てて片目を瞑り、


『僕はシュウのことを、これから好きになっていくつもりだぞ……当然、異性として、いずれパートナーになる、恋醒こいざめすることのない大好きな人としてな』


 千里の通いで最後の追い打ちを掛けた。


「な!? ななな!?」


 ミレナは赧然たんぜんたる顔になる。

 エンタクはそんなミレナを無視して、疑問符を浮かべているシュウの方に、宙に浮いたまま移動。地面に足を付いて、彼を見る。


「それじゃあシュウ、今度は君とだ」


 握手しながら話そうと、右手を差し出した。

 シュウは「分かった」と答える。


 二人は同時に目を閉じた。


『これから、お姉ちゃんが見つかるまで、いや、お姉ちゃんが見つかっても、僕のことを支えてくれるか……?』


 エンタクは少し不安げに話した。


 きっとシュウは、いいよと言ってくれる。それも、静かで冷然たる雰囲気から発せられるとは思えない、熱く仲間を思いやる、豪放ごうほうな言葉でだ。暖かい慈しみある瞳でだ。


『当然だ! 俺とエンタクはもう、仲間だからな!!』


 案の如く、シュウは熱く仲間を思いやる言葉と、


「そうか! ありがと! 頼りにしているぞ! シュウ!!」


——二人は閉じた両目を開ける。


「おう!!」


 暖かい瞳で答えてくれた。頼らせてくれた。

 シュウのことを、好きになろう。ずっとずっと、好きになっていこう。


「ねぇ、シュウ……?」


 ミレナのことなど忘れて、シュウに思いを募らせていた、そんな時。ミレナがもじもじしながらシュウに近寄った。

 エンタクは何をするのかと静観する。


「ん、なんだ?」


「わたし、しょ、処女だから……」


 ミレナは嬌羞きょうしゅうしながら、シュウの耳元でえげつないことを言った。


 ——ぐぅお!? な!? なんだってェェェェェェ!?


 聞こえてしまった。聞きたくなかった。 

 エンタクはしっかり、ミレナに分からされましたとさ。

 エンタク完全敗北。

これで二章完全完結!!

次回から三章開始します!!


そして、ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます!


よろしければ、ブクマやいいねをしてもらえると、とても嬉しいです!

面白いと思った方は、星評価もしてもらえると、めちゃくちゃ嬉しいです!!


では改めて、ここまで読んで下さり、ありがとうございました!!

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