幕間 昵懇の誓いを三人で にっ!
場所は現在のアンコウエンにはないキーシュンの精舎。
アンコウエン宗教の開祖であるアンタク。その彼女の教えを聞いたアンハットが、居住とする場所である。また、新たに加わった沙門や教えを聞きに来た民衆が、アンハットから教えを聞く場所でもある。
アンハットとは、アンタクから教えを聞き解脱した者達の尊称だ。
アンタクとコウタクだけでは、多くの者に教えを説くのが不可能である為、各地に精舎が建立させられた。
そこに『二人の姉から離れて、魔獣と接すること』を旨として、エンタクは預けられていた。
これは、エンタクが化生してから十週齢ほどの話である。
「きっとアンタクお姉ちゃんと! コウタクお姉ちゃんだ!」
幼いエンタクは、アンタクとコウタクの独特の気配を感じ取り、教えを聞く民衆が居る中、無邪気に走り出した。
「あぁエンタク様! そのように走られては、教えを聞きに来た方々のお邪魔に!」
アンハットの男が無邪気に走り出した彼女を諫止するが、それを諸ともせずエンタクは走り続ける。
果然、諫止を聞かなかったエンタクは、
「わぁ!?」
「ぅ…………!」
防暑用に積まれていた氷を桶ごと倒してしまった。桶の中に入っていた水は、教えを聞いていた沙門の顔に降り注いでしまう。
エンタクは沙門に「ごめんなさい!」と頭を下げて謝った後、倒れた氷を適当に戻し「よし!」と言って、再び走り出した。
「アンタクお姉ちゃん! コウタクお姉ちゃん!」
「まぁエンタク。私とコウタクが来るのが分かったのですね……素晴らしい第六感です」
「うちらが使ってる、俯瞰視の片鱗かな?」
月白の髪の少女——アンタクと、砥粉髪の女性——コウタクの元にエンタクが駆け寄る。彼女の表情はつい先ほど、アンハットや沙門達に迷惑をかけたことを、毫も覚えていない笑顔だ。
年相応の天真爛漫さで、おっちょこちょいな部分があるのが幼いエンタクの性格である。
間違ったことや、迷惑をかけてしまったらしっかり謝るが、おっちょこちょいな部分がある所為で、よく誰かを困らせていた。
とはいえそれが、
「そうだったら、凄いですエンタク!」
アンタクやコウタクにとっては愛くるしい部分なのであった。
アンタクは屈んでエンタクと視線を合わせ、その両肩に両手を乗せる。幼さ故に矮躯であるエンタクと、少女の体躯であるアンタク。
その様は、近所の子供と遊んであげる優しいお姉ちゃんである。
エンタクは嬉々としてアンタクから離れ「見て! 見て!」と、空に向かって掌を翳す。そして、
「最上位の魔法! 使えるようになったよ!! ほら、フレイムッ——!?」
「まままま待ってェェェ! エンタク!! こんな場所で最高位の魔法なんて撃ったら、精舎が焼けちゃうでしょうが!!」
最上位魔法フレイムライエを射出しようとした時、コウタクが惶遽——飛び込みダイブしながらエンタクに抱き着いた。
「え!? そうだよね! ごめん!」
「もう……うちが居なきゃ、アンタのオドをオドで覆えなくて、大惨事になってたよ。ほんと……」
エンタクは目をぱちぱちさせながら、コウタクに謝る。コウタクは危なかったとため息をついて、エンタクから離れた。
何が起こったのか。いや、何も起こらなかったのだが、どういった経緯で何も起こらないに帰着したのか。
それはコウタクが上述したように、エンタクのオドをオドで覆って、魔法へと昇華させないようにしたからである。
コウタクは魔法の天才。氷山の一角の中の、更に一角に位置する絶世独立。当然、美人という意味でもそうだ。
彼女が居なければ、危うく木造の精舎が火の海になるところだった。
「エンタク……」
「はい! アンタクお姉ちゃん!!」
アンタクの瞳を閉じた笑顔は、妙な威圧感がある。
名前だけを呼ばれたエンタクは、彼女の怖さに背筋を伸ばして恐れ畏まった。
「強さとは、誇示する為にあるのではありません……」
笑顔を解き、真剣な表情で諭して来るアンタクに、エンタクは「うん」と大きく首肯する。
「貴方は今後、私達と一緒に、このアンコウに住む民たちを導く、木鐸となるのです。もし、その木鐸が、私が、力に酔いしれる傲岸不遜な輩だったら、どう思いますか?」
「ついて行きたくないって、思う……」
優しく質問してくるアンタクに、エンタクは心で思ったことをそのまま言葉にした。
「そうでしょう。貴方の才能を、私とコウタクは通暁しています。ですから、証明せずとも信じますよ」
「うん、誇示しようとして、ごめんなさい」
エンタクはアンタクに頭を撫でられ、少し嬉しさを感じながら再度謝る。
アンタクはそんな素直なエンタクがまた可愛らしくて、
「いいえ! いいのですよ! 私のかわいいエンタク! 貴方はまだ幼い身、間違いなんて沢山ある歳です! 差し詰め、アンハットや沙門たちに言っても、信じてもらえなかったのでしょう……」
ぎゅっと抱きしめて嬉笑する。
アンタクの瞳は嬉笑でも、開かれることは無い。
アンタクの瞳はエンタクが化生した時から、もっと言えば、世界を学んでいる時から殆ど閉じたままだった。
彼女が瞳を開ける時はそう、親しい白髪の男の前だけであった。色が灰桜であることは、曖昧だが心の奥底でしっかり覚えている。
幼いながら、エンタクは彼女が瞳を開けない理由を、大変なことなのだと重々理解していた。
「また始まったよ、アンタクの溺愛劇場が……」
コウタクはお手上げのポーズで嘆息。
彼女が言うように、アンタクがエンタクを溺愛するのは、ため息が出るほど見飽きた光景であった。
「酷いですね、でも許してあげてください。爾等が馬鹿なだけなんです……ん?」
アンタクが抱きしめたエンタクを離す。するとどうしてか、エンタクは諸目に薄い涙を浮かべながら、必至に泣かないように堪えていた。
エンタクが薄い涙を浮かべていたのは、
「うぅ、アンタクお姉ちゃんが、間違い沢山あるって言った……いった! うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
アンタクが言った、さりげない言葉の綾が原因であった。
「あぁ、ごめんなさいエンタク! そんなつもりで言ったのではないんですよ! そう! 間違っても仕方ないという意味で言ったのです! お姉ちゃんが悪かったので、機嫌を直してくれませんか?」
「うぅ……うぅぅ……そうなの? なら、分かった。きげん、なおす……」
泣きべそをかくエンタクに、アンタクは必死に釈明しながら謝る。エンタクは大粒の涙を両手で拭いながら、涙を溢れさせまいと頷いた。
「いい子ですね、エンタクは」
その彼女の頭を撫でて最後にニコッと笑い、アンタクは立ち上がった。
「で、それよりも、ウチはエンタクが最高位の魔法で、何か燃やしてないかの方が気になるんだけど……」
むすっとした顔で、コウタクに一睨されたエンタク。心の中でギクっという音が鳴った。図星である。
最高位の魔法が撃てると自慢したということは、最高位の魔法を撃ったということだ。
それをコウタクは理解していた。エンタクがおっちょこちょいだと知っているのなら、なおのことだ。
——はてさて、エンタクは何を燃やしてしまったのか。
「エンタク、コウタクがそう言ってますよ。何か燃やしたりしてませんか?」
アンタクはもう一度、屈んで視線を合わせて推問してくる。
「え、えっと……燃やしてない、よ」
エンタクは嘘だと分かり易い表情と反応を取ってしまった。
「絶対燃やしてんじゃん! 何を燃やしたの!?」
「燃やしてないってば!」
屈んで一睨してくるコウタク。彼女にそう言われたエンタクは、反射的に更なる嘘を吐いてしまう。
こうなってしまっては、もう引き返せない。
『やってませんよね?』と信頼を寄せて来たアンタクに、嘘を吐いてしまったことが、今更ながらエンタクの胸裏で後悔となる。
「エンタク、嘘はよくないですよ?」
瞳を瞑ったまま、威圧的なニッコリ笑顔で鞠問してくるアンタク。いつもは優しい彼女も、間違った事には厳しく、怖くなる。
「うぅ————石壁に向かって撃ったら、火の粉が飛び散っちゃって、茅屋を、燃やしちゃいました……」
しょんぼりした顔で、エンタクは赤裸々に吐露した。
——果たして、エンタクが燃やしたのは茅屋であった。
「マジですかいな」
「ふぅん、誰の家でした?」
「廃屋だった……中、ぐちゃぐちゃだったし」
驚き慌てるではなく、呆れ果てるコウタクとアンタク。
エンタクは二人の反応と雰囲気が妙に嫌で、謝るように正直に答えた。
「そうですか、まぁそこは信じます。では、スイリュウの背中に乗って、その場所まで案内してください。いいですか……?」
今度は威圧的ではなく、優しく微笑みかけて来るアンタクに、エンタクは「はい、アンタクお姉ちゃん」と素直に従った。
「それじゃあ、うちが呼んでくるね……清光纏」
コウタクは浮遊すると、なにやら呟いた。刹那、コウタクの全身が、纏っていた被服ごと光で覆われていく。否、清らかな光へと変化していく。
その体のところどころから、彼女の後ろにある光景が透けて見えるのだ。
コウタクは『すぐ行って、すぐ戻るから』と光の魔法文字を出現させ、空高く飛びあがって引き返していった。
しばらく——数分して、コウタクはスイリュウの背中に乗って戻ってきた。
往路は光となって素早く。復路はスイリュウで、ということだ。
アンタクやコウタクだけでなく、スイリュウの登場に、精舎の中や近くに居た者達は周章狼狽していた。
そして、それぞれが息を整えると、少しだけ頭を下げ、目を瞑って彼彼女らに合掌した。
合掌を向けられた二人と一匹は、向けて来た全員に合掌を返す。エンタクも遅れて瞑目し、合掌した。
アンタクは跳躍してスイリュウの背中に、コウタクは浮遊してスイリュウの背中に乗る。
エンタクはコウタクから授与された神器を使い、ふわっと身体を浮かせてスイリュウの背中に乗った。
三人が背中に乗ると、たちまちスイリュウは宙へ浮かび、エンタクが燃やしてしまった茅屋へと向かった。
「お馬鹿……」
「ごめんなさい」
コウタクに叱られ、エンタクは頭を下げた。
移動は数分ほどだった。
移動中、スイリュウが「コウタク様が、一人で確認しに行けばよかったのでは?」とコウタクに問うたのだが。その彼をアンタクは、
「確認するだけなら、そうですね。ですが、それではエンタクの為にはなりません……」
と、あしらった。
スイリュウはそれ以降、口を挟まずに目的地まで運んでくれた。
実際アンタクの言う通りで、エンタクは烏有に帰した茅屋を見て、悪いことをしたと猛省していた。
ことの発端を話すと、二人の姉やアンハット達に褒められたかったからである。
「研鑽はよい事だが、これからは撃つなら、もう少し離れたところからにしろ」
「はい、スイリュウ」
「まぁ、やってしまったものは仕方ありません。廃屋でよかったと、今は思いましょう」
スイリュウからも叱られ、しょんぼりしているエンタクの頭を、アンタクは優しく撫でた。
暖かかった。心が幸せで包まれていた。
今でも覚えている。あの頃の優しく大好きだった、二人の姉の温もりを。
※ ※ ※ ※ ※ ※
エンタクは枕を抱きしめながら、子供の頃の話をゆるりと話してくれた。
「子供の頃から最高位の魔法が使えたなんて、凄すぎない?」
「そうでもないよ。コウタクお姉ちゃんは生まれ落ちたその日から、神位魔法を扱えたって言ってたから、僕は二番煎じもいいところさ」
「なんか、自分が惨めに思えてくるわ」
むすっとした顔でそう言うミレナ。
エンタクは「大丈夫」と、ミレナの言葉を否定し、
「ミレナにはミレナにしか出来ない傑出能力があるんだ。それは僕にない才能だ」
含みのあることを言った。
シュウのお腹の上に、顎を乗せたままでいたミレナは「私にしか出来ない傑出能力……?」と、小首を傾げる。そして、
「え、でも、私にしか出来ないんだから、筋肉操作じゃないもんね。どういうこと?」
少し考え込むように「うーむ」と唸った後、エンタクに分からないと縋りつく。
「君には筋肉操作以外に、恐らく再生の傑出能力がある……」
「再生……そういえば、レイキもそんなこと言ってたのよねぇ」
質問の答えは、忌まわしきレイキも言っていた『再生』であった。
全く関係のないレイキとエンタクが全く同じことを言うなど、偶然とは思えない。呟くように喋ったミレナも、同じ思いだろう。
「小紫の空気が体に侵入した時、治癒魔法を使って外に出しただろ? あれは、君の傑出能力によるものだ。通常、淫魔の魅了は、治癒魔法でどうこうできるものではない。それは、君も重々理解しているだろ?」
「うん、私の治癒魔法が特別だから、できるのかなって思ってたけど……特別だったのは治癒魔法じゃなくて、エンタクの言う、傑出能力だったってことなのね」
「うむ。魅了で浸食された精神を、再生の傑出能力で治癒して元に戻した、と、いったところだろうな。無自覚にやっていたことだから、真意は分からないけどね」
——ほんの一瞬だけ、ミレナに視点が移る。
自分でもよく分かっていなかった、特殊な能力。
ミレナの胸の中にある小さな頸木がいま、取り除かれた。
それは、朝方の薄暗い大地が、射しこんだ旭光によって明るくなるような、晴れ方であった。
『特別っていっても、いろいろ違うだろ? 何も悪いことだけじゃない。少なくとも、俺はいい意味で特別だって言ったし、そう思ってる……』
シュウの言葉によって頸木が小さくなり、エンタクの縷説で全てが取り除かれた。
——ありがとう二人とも。なんだかとっても晴れやかな気分だわ……
——視点はシュウに戻る。
「なんか俺だけ、どんどん惨めになっていくんだけど……」
二人の世界から完全に隔絶されていたシュウは、自分の無能さに辟易していた。だが、
「そんなことはないさ」「そんなことはないわよ」
エンタクとミレナはその考えを同時に否定してくれた。シュウは息が緊切な二人に、思わず「ハモった」と、感懐を述べてしまう。
「君は筋肉操作といった傑出能力抜きで、その強さなんだ。伸び代は、限りなく果てしないぞ」
「そうそう、シュウは充分強くて、その上ちゃんと伸び代もあるんだから、気にすることは無いわよ……」
「なんか……慰めてくれて、ありがとな」
二人からの慮りに、心が温かくなったシュウは謝意を伝える。二人は見合って「ふふ」と、嫣然と微笑んだ。
「ねぇエンタク。もっと子供の頃の話を聞かせてくれない?」
「いいぞ、じゃあ今度は、ミューオウの背中に乗って、三人で旅をした時の話をしようかな? 凄かったんだぞ。初めてアンコウエンの外に出てな、クェンサが、共和制から帝政に変わったくらいの頃だった時だ。当時は、執政官だったか独裁官だったかが暗殺されて、いろいろ困迫してたらしい」
エンタクの話を聞いて、その日の夜は終わりを迎えた。
朝が訪れると、氷室に保存されていた食べ物を使って、エンタクが手料理を振舞ってくれた。というか、昼も夜もエンタクのおいしい手料理を食べた。
エンタクは普通に料理が上手で、その腕前は舌鼓を打ってしまう程だった。
特に夕食に出た、昨日の親睦会では見なかった高級品——熊掌なる食べ物は、新たな道が豁然と開かれる程の美味しさだった。
修行やらなんやらをしている時、気付いたら日が暮れたりしていることが偶にあるらしく、一人で料理をしている内、上手になってしまったらしい。
本人談である。
そんな料理が上手なエンタクに少し嫉妬して「私も料理上手くならなくちゃ」と、ミレナがぼやいていた。
是非、頑張って欲しいものだ。甘い具が入ったおにぎりを食べさせられる被害者には、もうなりたくない。
「さて、これで二十四時間が経ったわね!」
二日目の朝になり、シュウ達三人は母屋に帰る為、布団をタンスの中に仕舞った。
それから洗って乾いた服を手に持ち、離れから母屋に繋がる扉の前に立つ。
「俺達が帰った後、みんながどういう反応するかだな……」
「意識はしてそうよね。セイとフクの二人は特に……」
エンタクが前に出て南京錠の鍵を開ける間、シュウとミレナはグレイやセイ達と会うことについて、会話を始める。
グレイやグーダ、ローガなどは色々聞いてきそうだ。リフやリメア、フィアン達は気を聞かせて、普段通りに接してくれるだろう。
そして、件のセイとフクは、
「俺がエンタクのこと呼び捨てして、タメ口きいてること知ったら、あいつら絶対詰め寄って来るよな……」
絶対に変な言いがかりをつけて来たり、面倒な嫌がらせをしてきそうだ。
ああいった性格の者は根に持つタイプだろうし、長期にわたって陰湿なことをしてきそうだ。蛇蝎は御免蒙りたい。
「安心しろ。その時は僕が追い払う」
「じゃあ、その時は任せた。俺の話、どうせ聞かないだろうし……」
南京錠を開け終わり『ニッ』と、胸を張って笑ってくるエンタク。シュウは居ないセイとフクに嘆息して、エンタクに頼ることにした。
彼女がいてくれるなら、多少は増しになるはずだ。
セイとフクは分かり易く言うと、エンタクの厄介オタク。彼ら絡みのことは、全面的にエンタクに任せるのが賢い選択だろう。
「エンタク様から離れろ! この卑劣漢! とか言ってきそうよね……」
ミレナは左手を腰に据え、右手でシュウに指差しして、セイとフクのモノマネをする。その彼女のモノマネが思った以上に上手で、一瞬だけだが、シュウの中でミレナと二人の姿が重なった。
シュウは鳥肌を立たせながら「確かに……」と、苦笑い。
先が思いやられる。
「よし、じゃあ最終確認だ。離れを出る前に、千里の通いが出来るか試すぞ」
さて、ようやく離れから出ようとした時。
エンタクが昵懇の誓いが本当に結べているのか、確認の提案をしてくる。
誰も介入してこなかった為、結べているだろうが念のため、ということだろう。
「念じるぞ、先ずはミレナ」
エンタクは先にミレナの方を見て、目を瞑る。
——視点はもう一度、ミレナへと移動する。
『ミレナはシュウのこと、好きか?』
「え!? な!? なに急に!? ななッ! なんでそんなこと訊くの!?」
だしぬけもだしぬけ。にわかもにわか。
エンタクの唐突過ぎる質問に、ミレナは一歩退いて驚倒を露に。
その彼女をエンタクは「おい馬鹿、声に出したら意味ないだろ」と、前のめりになって窘める。それから体勢を元に戻して、
「ミレナからも僕に向かって念じてもらわないと……」
人並みより豊かに実っている胸に、右掌を当てる。最後に、ほんの少しだけ時間を置いて、
「さ、答えは?」
ミレナを見つめて、ニタリといやらしく笑う。
——こいつめぇ……
ミレナの胸襟は、大袈裟に嘲弄してくるエンタクへの怒りで溢れかえる。
見返してやろうと、一度深呼吸をして沈思。
シュウのことを好きかどうか。そんなの好きに——、
『今なんて?』
——あ、そうだ、今は千里の通いで会話しているのだった。
『もしかして、好きって言ったか?』
『え!? す、すす! 好きだなんて一言も!!』
『えぇ! 僕は言ったように聞こえたんだけど!』
千里の通いを使いながら——声を出さず、嘲弄するように『えぇ! えぇ! えぇ!!』と、一歩ずつにじり寄って来るエンタク。
——こいつ!! すっごいムカつくんだけど!! ムキィ!!
お猿さんのようにじたばたして、腹の中を煮えくり返らせるミレナ。そんな彼女に、エンタクは、
『聞かせろ、聞かせろよぉ……』
同じことをやって火に油を注ぐ。
もうキスしてもおかしくない至近距離だ。
ミレナはエンタクを押し退け、
『好きよ! 大好き! でも、恋愛とか、そんなんじゃ、ない!! そう! 人として好きなだけで! 断じて恋じゃないんだから!!』
ツンデレワールド全開のセリフを道破してみせた。
「はぁ……ダメダメだな、ミレナ」
エンタクは千里の通いではなく、言葉に出しながら首を横に振った。振らざるを得なかったが、正しいか。
「なによ! 悪いの!!」
ミレナは即座にそう言い返す。
「いや、別に……絵にかいたようなツンデレだと思っただけ」
エンタクがそう言ってしまうのも仕方がないくらい、ミレナのツンデレはクオリティが高かった
それをミレナは素でやっているのだから、直しようもない。
「すげぇ赤面してるが、何の話をしてたんだ?」
と、そこに、今まで会話に入れないでいたシュウが割り込んでくる。
当然、ツンデレのお嬢様ことツンデレラが真相など話す訳もなく、
「いわない! シュウには言わないったら言わない!!」
割り込んできたシュウを赤面しながら突っぱねてしまう。
「シュウ、ミレナと話してたのはなぁ……」
面白過ぎるツンデレラを、更に困らせて面白くしてやろうと、エンタクは戯笑しながらシュウに真相を話そうとする。その瞬間、ツンデレラの顔が更に赤く染まった。
「やめろぉぉ! 絶対言うなァァ!!」
ツンデレラ——ミレナは真相を聞かせまいと大声で遮り、
「もう我慢ならないわ!! エンタク!!」
エンタクを捕まえようと走り出した。
「へへ! 捕まらないよぉだ!!」
「このぉぉぉ!! 逃げるなァァ!!」
左に避け、部屋の奥の方へ走って逃げるエンタク。ミレナは怒り顔で彼女を追い、捕まえようと猛追する。
二階には逃げない。エンタクは部屋の角に逃げて、ミレナが飛び込もうとしてくるところを『さささっ!』と、颯然たる動きで回避してみせる。
そしてそれを、二人は二、三度繰り返し、
「さぁ、どうする?」
また同じ状況になっていた。
流石のミレナも、猪突猛進でエンタクを捕まえようとするほど、馬鹿正直ではない。ミレナは左手にオドを貯めていき、
「こうするわ!!」
敢えて左側に逃げやすいように、右側に飛び込んだ。
エンタクは術中に嵌るように、左側に逃げ込む。
狙い通り。ミレナは事前に貯めていた左手からオドをひり出し、
「うわぁッ!!」
「やりィ!」
エンタクの足元に氷の床を出現させる。狙い通り足を滑らせ、体勢を崩したエンタクに、ミレナは踵を返し、
「貰ったわ——ッ!?」
飛び込んだ。のだが、
「よッ」
「ふぎゅ!?」
直前でエンタクの身体が宙に浮き、飛び込んだミレナの顔面が壁にぶつかった。
一部始終を説明すると、エンタクは分かったうえでミレナの術中に嵌り、自在に飛べる力で回避した、ということだ。
意地悪というか、性格の悪いことである。
「シシシ! 僕は宙に浮かべるんだぞ? それじゃ捕まらないな」
「卑怯よ! 卑怯だわ!!」
宙に浮かびながら嘲笑してくるエンタクに、ミレナは顔を上げて述懐する。だが、エンタクは「ルールなんてないぞ、これには……」と、理路整然たる正論で論破してみせた。
「ムキィィィィ!!」
ミレナは赫然と叫んだ。
「お前等、すげぇ仲良しだな……」
「どこがよ!!」
顎が食い違うことを言って来るシュウに、ミレナはネコのように長耳を逆立たせて激怒する。
エンタクはエンタクでずる賢いし、シュウはシュウで勘違いしているし。
ミレナは「はぁ……」と、長嘆息した。
——エンタクに突っかかった、自分を呪うわ……
ミレナは潔く負けを認めた。
最初から、相手にするべきではなかったのだ。
だがしかし、凄く悔しい。何かしらで、意趣返しできないだろうか。
「因みにミレナ……」
「なによ……」
ムカつく相手から話しかけられ、ミレナは不貞腐れながら返事をする。
——視点はエンタクにバトンタッチされる。
エンタクは不貞腐れたミレナに向かって、唇の前で人差し指を立てて片目を瞑り、
『僕はシュウのことを、これから好きになっていくつもりだぞ……当然、異性として、いずれパートナーになる、恋醒めすることのない大好きな人としてな』
千里の通いで最後の追い打ちを掛けた。
「な!? ななな!?」
ミレナは赧然たる顔になる。
エンタクはそんなミレナを無視して、疑問符を浮かべているシュウの方に、宙に浮いたまま移動。地面に足を付いて、彼を見る。
「それじゃあシュウ、今度は君とだ」
握手しながら話そうと、右手を差し出した。
シュウは「分かった」と答える。
二人は同時に目を閉じた。
『これから、お姉ちゃんが見つかるまで、いや、お姉ちゃんが見つかっても、僕のことを支えてくれるか……?』
エンタクは少し不安げに話した。
きっとシュウは、いいよと言ってくれる。それも、静かで冷然たる雰囲気から発せられるとは思えない、熱く仲間を思いやる、豪放な言葉でだ。暖かい慈しみある瞳でだ。
『当然だ! 俺とエンタクはもう、仲間だからな!!』
案の如く、シュウは熱く仲間を思いやる言葉と、
「そうか! ありがと! 頼りにしているぞ! シュウ!!」
——二人は閉じた両目を開ける。
「おう!!」
暖かい瞳で答えてくれた。頼らせてくれた。
シュウのことを、好きになろう。ずっとずっと、好きになっていこう。
「ねぇ、シュウ……?」
ミレナのことなど忘れて、シュウに思いを募らせていた、そんな時。ミレナがもじもじしながらシュウに近寄った。
エンタクは何をするのかと静観する。
「ん、なんだ?」
「わたし、しょ、処女だから……」
ミレナは嬌羞しながら、シュウの耳元でえげつないことを言った。
——ぐぅお!? な!? なんだってェェェェェェ!?
聞こえてしまった。聞きたくなかった。
エンタクはしっかり、ミレナに分からされましたとさ。
エンタク完全敗北。
これで二章完全完結!!
次回から三章開始します!!
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では改めて、ここまで読んで下さり、ありがとうございました!!




