幕間 余韻は温泉で にっ!
外はすっかり真っ黒に染まり、星の光が炯然と輝く幽静な世界になっていた。
浮遊したエンタクが掌の上に出した火の玉——それを光源に、シュウ達は温泉がある場所まで南下した。
因みに、ミレナ曰く火の玉を常時発動させるそれは、離れ業であるらしい。
「どうやってるのそれ!?」と、ミレナは目を白黒させていた。
「ここが温泉だ、直ぐ近くだろ?」
移動時間にすれば、約三分ほど。
異世界で遂に、念願の湧き出る温水こと、温泉に巡り合えた。
「わぁ、すごい白い! 底が見えないわよ!」
「入ると肌がトゥルトゥルになって、すごく気持ちいぞ」
しゃがみ込み、水面を眺めて快心を喋るミレナ。その彼女に、エンタクは両手で頬をムニュムニュさせて、トゥルトゥルの度合いを表現してみせる。
「お肌トゥルトゥル! お肌トゥルトゥル! トゥルトゥルトゥルリーン!」
ミレナは楽しみ過ぎて、お肌トゥルトゥルの歌を踊りながら歌い始める。
さて、今すぐにでも裸になって温泉に飛び込みたいのだが。
「もう聞こえていると思うが、温泉に入る前に身体を、そこにある河で洗ってから入るんだぞ。河の傍にある、あの茅葺の四阿で脱いでから、身体を洗ってくれ……」
エンタクは楽しそうにそわそわしている二人に、河の方角を指さして指摘する。
そうその通り。入浴前には、身を清めなければならない。
「りょうかいぃ~」「分かりました」
ミレナとシュウは軽く返事。エンタクと共に四阿の方へ。と、そこでシュウは足を止めた。何故なら、自分は男で二人は女だからだ。
「それじゃあシュウ、私とエンタクは先に河で身体を洗ってくるわね……」
「おう、待っとくよ」
シュウは振り返って、温泉を覗きながらミレナに返答する。
自然体過ぎて、気付くのが遅れてしまった。女慣れをせざるを得なかった自分は自分で。二人は二人で長寿故に人擦れしていて、隔たりが薄いのだ。
危ない危ない。
「あ、言っておくけど、覗いちゃダメだからね……」
その時、ミレナが言い忘れていたと足を止めて、両掌を反対の腕に——身震いのポーズをとって、あらぬことを言ってくる。
シュウは『今丁度、それに準ずることを考えてましたよ』と心中でぼやき、
「分かってます」
振り向かずに手を振った。
「抜くなら、陰に隠れて抜くんだぞ……こっそり下着で、とか。考えちゃダメだからな」
今度はエンタクがミレナと同じ身震いのポーズをとって、思っても見なさすぎることを言って来る。流石のシュウもそこまで言われてしまっては「誰が抜くか!!」と、振り返ってツッコミを返さざるを得ない。
「「ふふ」」
エンタクとミレナは楽しそうに笑い合いながら、四阿の方へ歩いて行った。
エンタクもミレナと同じで、人をからかうのが好きな人だ。
そうして五分後。
「交代だシュウ!」
「先に温泉に入ってまぁぁす!!」
温泉と河が見えない大木の後ろ。そこで待機していたシュウに、エンタクとミレナはそう告げる。
シュウは「はい、お先にどうぞ」と報答し、二人が温泉に入ったのを音で確認。四阿の方へ移動した。
ミレナとエンタクが脱ぎ捨てた場所とは反対の椅子に服を置き、シュウは河に足を突っ込む。
「冷たッ! こりゃ、ますます温泉に入りたくなるな……」
そうぼやきながら、濡らしたタオルで全身を清めた。
流石に恥部を晒して行くわけにはいかないので、タオルは腰に巻く。
ここは異世界なので、タオルはお湯に付けないという面倒なルールは合切ない。
「さて、俺も行きますか……」
気分よく、早足で温泉に向かう。
「ふふふふーん、お肌トゥルトゥルきもち~なぁ~」
「最高だろ? 修行帰りに、時々入るんだ」
「ねぇ! 私も修行帰りに、温泉に入っていい?」
「うん! 好きな時に入っていいぞ!」
先に温泉に入っていたエンタクとミレナは、怡怡たる会話をしていた。
二人ともシュウと同様に、タオルを胸から腰まで巻いて恥部を隠している。
「やったぁ! 楽しみがッ、あ! シュウ! 温泉きもちぃよぉ~入って入って!」
「抜いてないだろうな」
シュウに気付いたミレナが、泳ぎながら手を振る。彼女に続いて、エンタクがニヤ付きながら、一度終わった会話を掘り返して来る。
シュウは反射的に「だから、抜きませんって!!」と、反言した。
——それにしても、タオルで隠しているとはいえ、流石に混浴は来るものがあるな……いや、意識すれば我慢は出来る……大丈夫だ、心頭滅却しろ……
「意識してるぞ、あれ……」
「理性が強くても、やっぱりシュウも男の子ね……」
エンタクとミレナが聞こえる程度の声で嘲戯してくるが、シュウは反言するのが面倒になって、
「おれはここで……」
二人から離れたところに入浴した。
「「あ、逃げた」」
——はいはい、逃げでいいですよ逃げで……
「「よいしょ、よいしょ」」
「ん?」
——今一瞬、エンタクとミレナの距離が、妙に縮まったような気が……
「「よいしょ、よいしょ、よいしょ」」
いや、気がするではない。完全に縮まっている。よいしょと言うたびに、こちらへとにじり寄ってきている。
「あの、何故にじり寄って……?」
「離れてたら、会話できないだろ?」
「そうそう、できないできない」
シュウの質問に、エンタクはニヤつきながら返す。それにミレナもニヤついて乗じる。
シュウは「いや、できますよ……」と、呆れながら返す。
「えぇ、聞こえ辛いじゃん」
「聞こえ辛い聞こえ辛い」
「一日一緒に過ごすっていうのに、これじゃあ何も話せないぞ」
「話せない話せない」
エンタクがからかい、それにミレナが乗じ、調子に乗ったエンタクがまたからかい、またミレナがそれに乗じる。
この二人、長寿同士で気が合ったのかもう慣れ親しんでやがる。傾蓋にも程があるだろう。
「もう好きにしてください」
シュウは諦めて二人に挟まれた。
「で、何を話すんですか?」
「そうだな……その前に、シュウは僕にタメ口で話すのに慣れてくれないか?」
早く終わらせようと急き立てると、エンタクが唐突にハードルが高いことを言って来る。シュウは「タメ口っすかぁ……」と、ぼやくように零す。
「うん。だって、生涯の内に五人しか選べない、昵懇の誓いをこれから結ぶんだぞ……その相手から敬語は、ちょっとこそばゆくないか?」
「まぁ、確かに……」
エンタクの言うことはごもっともだ。昵懇なのに敬語というのは違和感がある。
何より、
「シュウの敬語ってへたっぴでぎこちないから、余計よね……」
ミレナの言う通り、自分は敬語が下手である。
「シュウ。ちょっと僕のこと、敬称無しで呼んでくれないか?」
エンタクは三角座りして水面から膝を出し、その上に両腕と顔を乗せてこちらを覗いて来る。
神人であり領主であるエンタクにタメ口。彼女の従者やアンコウエンの民衆に、顰蹙されてしまうかもしれない。だが、ここは素直にしたがっておこう。
——個人的にも、仲間に敬語を使うのは変な気分だしな……
「じゃあ、分かりました……エンタクさ、じゃなくて、エン、タク」
最初は敬称が抜けきらず、また抜けたとしても、ぎこちない呼び方になってしまう。エンタクは両手を固めて「もっとはきはきと!」と、シュウを急かす。
「エンタク」
今度はぎこちなさは抜けたが、何だか地味な呼び方になってしまう。
エンタクは右手の人差し指を立てて「もう一度!!」と、シュウにお願いする。
「エンタク!」
シュウはいきいきとエンタクの名を呼んだ。
「うん! なんだシュウ?」
「温泉きもちいな。それと、これからよろしく頼む」
にっこりと笑って返事をしてくれたエンタクに、シュウは取るに足らない日常会話をした。少し気恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。
「よし! それでいい! 違和は無いな!」
エンタクは足を延ばして両手を腰に——胸を張ってそう言う。
「む……えい!」
「わぁ!? 何するんだミレナ!?」
いちゃつく二人に嫉妬したミレナは、エンタクの顔に手の水鉄砲でお湯を掛ける。掛けられたエンタクは驚いて倒れ、顔を温泉の中に入水。瞬時に起き上がり、ぷんぷん怒りながらミレナに近づく。
「なんかムカつく!」
「なんだとミレナ!」
もう一度、手の水鉄砲でエンタクにお湯を掛けるミレナ。やられたエンタクは、またやったなと手の水鉄砲でやり返す。
それから二、三度お湯をかけ合った後、
「勝負だ! シュウも!」
なぜかミレナが、矛先をこちらに変更してきた。
「え、俺もか!?」と、驚くシュウを無視して、ミレナは「つべこべ言わず、勝負よ!!」と、彼の顔にお湯を掛ける。シュウはこいつめと、ミレナに反撃。
突如として、三人のお湯の掛け合いが勃発した。
途中からはお湯の掛け合いではなくなり、どれだけお湯を遠くまで飛ばせるかにシフト。結果はエンタクの圧勝だった。
手の水鉄砲で石に穴をあける彼女に、勝てるわけがなかったのだ。
それを目にした時、ミレナと一緒に顔面を蒼白にさせた。重ねて、やってのけた本人が笑っていたのが、恐怖に拍車をかけていた。
そうして三人で、年甲斐もなく子供の様にはしゃいでしまった。
「はぁ、楽しかった……」
「そうだな。久方ぶりに、子供の様にはしゃいでしまった」
ミレナとエンタクはお湯から顔だけを出して、遊びの余情を言葉にする。
客観視してみると、ちょっと漢として恥ずかしくなってきた。
「というか、途中から、俺ばっかり狙ってなかったか?」
それにしてもと、シュウはエンタクとミレナを問い詰める。
というか問い詰めるまでもなく、確実に狙われていた。何故なら、ミレナとエンタクは一緒に逃げながら、こちらにお湯をかけてきたからだ。
こいつらゆるせん。
二人はわざとらしく「さぁ」と、お手上げのポーズをとってシュウから視線を外す。
「うぜぇ……」
そう低くぼやいたシュウに、二人は「ごめんごめん」と、手を添えて謝罪した。
反省の色が全く見られないのは、一体全体どうしたものか。
「そういえばさ、昵懇の誓いの結び方は聞いたけど、鴛鴦の契りはどうやって結ぶの?」
会話に切りが付くと、ミレナがエンタクに尋ねた。瞬間「え?」と、エンタクの表情が強張る。ミレナはおかしな反応をとったエンタクに「え?」と、オウム返し。
シュウは『またエンタクの何かに触れちまったんじゃねぇか?』と推知する。
「ん、んん……結び方は、だな……」
案の如く、エンタクの顔が赤い絵の具のように真っ赤に染まった。
ミレナに「結び方は……?」と詰め寄られたエンタクは、下を向いて「え……」と、一言だけ声を漏らす。
ミレナは「え?」と言って、エンタクにもう一接近した。
エンタクは一歩後退。それから明後日の方向を見て「じゅ、じゅ……」と、目をクルクルとさせながら口ごもる。
「えじゅじゅ?」
エンタクが言ったことを復唱するミレナ。
その時、エンタクは水飛沫を飛び散らせながら立ち上がった。
その表情と双眸は、普段目立たない者が目立とうと、空回りしてしまったソレだった。まるで学校の一大行事で、或いは同窓会で、やれ面白くしよう、やれ盛り上げようとして、醜態を晒してしまうアレだった。
「え、えええッ!? エッチを!! じゅ、じゅじゅじゅっ!? じゅんけちゅを!! ボン!!」
果たして、エンタクは恥ずかしさの余り、頭から湯気を上げて爆沈。顔から湯船に突っ込んだ。
「わぁ!? エンタクが爆発したァァァ!?!?!?」
甲高い破裂音と共に倒れ込んだエンタク。狼狽したミレナは思わず両手を後ろに付いて、上体を反らしてしまう。
「ぅグゥ……さ、さげ、るゥ……グポポポポ」
「爆沈しちゃった……てか、大丈ぶ——ッ」
爆沈したエンタクの息——気泡が、湯船にぽこぽこと浮かび上がって来る。そこに、このままでは不味いと思ったミレナが、エンタクを担ぎ上げようと近づいたのだが、
「ウガァァァァァ!!!」
大声を上げながら、卒然とエンタクは立ち上がった。
「うわァァァ!?!?!?」と驚くミレナ。水飛沫がシュウとミレナの顔にふきかかる。
「シュウに、僕の初めてを捧げることだァァァ!!!」
エンタクは勢いに乗って、とんでもないこと——鴛鴦の契りの結び方を口述した。
その彼女の頬には、若干の赤みが。
「あ、ッ——」
その瞬間、思っても見ないことがシュウの目の前で起きてしまった。
その思っても見ないこととは、
「シュウは見ちゃダメェェェ!!」
「ブゥヘェ!!!!」
エンタクの身体に巻いてあったタオルがぺろりと剥がれ、湯船に落ちてしまったことだった。
即座にミレナのアクア——サッカーボールほどの水の球が、シュウの顔面にクリティカルヒット。シュウは吹き飛んで大地に打ち付けられた。
これが俗にいう、不可抗力というやつなのだろう。ぶつけられたのが、水の球で良かった。他よりも増しなだけだが。
「……て!? あぁごめん!! やりすぎた!!」
「すっごい勢いで飛んでったぞ」
ミレナは吹き飛んでいったシュウの元に、慌てて走り出す。遅れて、タオルを身体に巻き直したエンタクもシュウの元に。
「大丈夫! シュウ……」
ミレナの声に、シュウはのっそりと上体を起こす。それから、顔に垂れている水を首を振って振り払い、
「流石に、魔法をぶつけるのはやりすぎだろ……もう少し——ッ」
「「おォッ!?」」
駆け寄って来たミレナとエンタクに、過慮だと伝えようとしたのだが。
唐突に変な声を上げた二人に、それどころではなくなった。
——視点は釐毫だけミレナとエンタクに移り変わる。
———お! お! おっきい!!
エンタクは口を小さく開けて、そう心の中で驚いた。
——二回目だけど、衰えない迫力!!
じっくり見た後、唇を引き結んでミレナはそんなことを思う。
「……ん? ど、どうした?」
「い、いや……別に」「何でも、ないわよ」
何かあったのかと疑問符を顔に出すシュウに、エンタクとミレナは頬を赤らめ挙動不審に目を逸らした。
二人が見たモノとは——、
——視点はシュウの元に帰る。
二人の挙動不審な反応にシュウは「お、おう……」と、呆気にとられた。
それにしても、何故エンタクとミレナは下の方を見て変な声を——、
「あ……ん、んん!」
——流石に、直で見られちまったのは、ハズイな……てか、凄くハジィ……
咳ばらいをしたシュウは気付いてしまった。
二人に見られたモノとは、ご察しの通り恥部であった。
「「「…………」」」
三人は頬を赤く染めながら、静かに温泉へと戻る。
それから数分は、沈黙という気まずい雰囲気が続いた。
「なぁ、気になるんだけど、シュウとミレナにも、大事な人はいるのか? やっぱり両親だったり?」
「エンタク、実はミレナは……ミレナ……」
そう言って沈黙を砕いたのはエンタクだ。
彼女の意図せず切り込んでしまった発言に、シュウはミレナの顔を窺った後、事情を話そうとした。のだが、ミレナは弱く首を振って「気を使ってくれてありがと。でも大丈夫……」と微笑み、
「エンタク、私は子供の頃の記憶が無くてね……だから父親と母親のことは、覚えてないの。でも、とっても大切な人だと思う……」
自分自身で過去について口伝した。
いち早く、ミレナがその過去について思い出せる日が来て欲しいと思う。
「そう、だったのか……卒爾だったミレナ、ごめん」
「いいって……これが許せなきゃ、何が昵懇よって話……」
謝るエンタクに、ミレナは顔の前で両手を振る。寛大な彼女の正論に、エンタクは「そうだな、ありがと」と感謝した。
風によって断たれた木の葉が温泉の水面に落ち、ふわふわと漂う。
「シュウはどうなんだ?」
「あ、それ私も気になる!」
エンタクがそう言うと、ミレナは前のめりになってシュウを見る。
『俺の大事な人かぁ……』と、シュウは胸懐で呟いた。
——いや、何を考えているんだ……
シュウは母親のツグハと師匠以外に、大事と言える人はいないかと思考を巡らせたが、即刻それを止めた。
自分にとって大事な人は今も昔も、
「俺は、母親と師匠かな……」
この二人に決まっている。
自分を育ててくれた人と、自分を善導してくれた人だ。
シュウは空を仰ぎながら言った。
自分にとって掛買いの無い存在以外に、大事な存在などいようか。いるとしたら、それは大事を履き違えている。
「父親じゃなく、師匠なのか?」
「うん。父親は、俺が物心つく前に亡くなったって、母親から聞いた……まぁ、そういう意味では、師匠が父親みたいなもんだな」
訊いて来るエンタクにシュウは淡々と答える。
父親のことは顔も名前も知らない。唯一知っているのは、自分と父親が似ていたという事だけだ。
ツグハが子供の自分に、父親がいないというコンプレックスを抱かせないよう、緊と仁愛した結果。それが、父親のことを一切話さないということだったのだろう。
当時の自分は純粋に育ち、父親が居ない環境を——父親という概念すら知らずに生きていたものだ。
頬杖を付きながら「ふーん」と、相槌を打つエンタク。続いて、ミレナは「シュウの師匠……なんだか偏屈そうな子の気がするわ」と、口にした。
デジャヴ、ではない。
——そういや、ミレナに話したのは前回の世界線だったもんな……
「ところが、その真逆さ……豪胆で、情に厚くも冷静な人だ」
シュウは前回と同じことを、ミレナに言ってやった。
話したのに、話したことになっていないという現象には何度かあったが、頭がおかしくなりそうだ。慣れないし、慣れることはないだろう。
「ちょっとだけ、あってみたいな……」
今回、そのセリフを言ったのはクレイシアではなくエンタクだ。
「俺も、会えるなら会いたい。師匠とも、母さんとも」
だから今度も、前回と同じセリフをエンタクに言ってやった。
「——ごめん、また僕は……」「私もごめん」
「大丈夫だよ。会えるなら会いたいけど、最高の別れ方が出来たから、会えなくても平気だ」
しょんぼりして謝って来る二人に、シュウは破顔しながら返す。
「そうか。シュウもミレナも、強いんだな……」
三角座りをしたエンタクは視線を下ろして、水面を眺めた。彼女の煢然とした顔が、髪の毛から垂れ落ちる水滴で撓り歪みする。まるで、僕は惨めだなと言わんばかりに。
「ねね! シュウの母親と師匠の話、聞かせてくれない?」
「それ! 僕も気になる!」
だが、そのエンタクは余情を残すことなくすぐに居なくなり、ミレナの意見に顔を愉色に染める彼女となった。
煢然としたエンタクを意識から擯斥し、シュウは「了解……」と返事。
「俺の家は貧乏でな。学校に通えないから、よく家で中古の教科書使って、母さんから算数とか、国語とかを教わってたんだ。でも、母さんは教師っていうほど頭が良くなかったから、間違ったことを教わったりして、恥ずかしい思いをしたりすることが、よくあったな。間違ってるって指摘を受けた時は、すっげぇ恥ずかしくて、それで……」
エンタクとミレナが楽しそうに顔を輝かせる中、大事な人の話を始めた。
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