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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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幕間 余韻は温泉で にっ!

 外はすっかり真っ黒に染まり、星の光が炯然けいぜんと輝く幽静ゆうせいな世界になっていた。

 浮遊したエンタクが掌の上に出した火の玉——それを光源に、シュウ達は温泉がある場所まで南下した。


 因みに、ミレナ曰く火の玉を常時発動させるそれは、離れ業であるらしい。

「どうやってるのそれ!?」と、ミレナは目を白黒させていた。


「ここが温泉だ、直ぐ近くだろ?」


 移動時間にすれば、約三分ほど。

 異世界で遂に、念願の湧き出る温水こと、温泉に巡り合えた。


「わぁ、すごい白い! 底が見えないわよ!」


「入ると肌がトゥルトゥルになって、すごく気持ちいぞ」


 しゃがみ込み、水面を眺めて快心を喋るミレナ。その彼女に、エンタクは両手で頬をムニュムニュさせて、トゥルトゥルの度合いを表現してみせる。


「お肌トゥルトゥル! お肌トゥルトゥル! トゥルトゥルトゥルリーン!」


 ミレナは楽しみ過ぎて、お肌トゥルトゥルの歌を踊りながら歌い始める。

 さて、今すぐにでも裸になって温泉に飛び込みたいのだが。


「もう聞こえていると思うが、温泉に入る前に身体を、そこにある河で洗ってから入るんだぞ。河の傍にある、あの茅葺かやぶき四阿あずまやで脱いでから、身体を洗ってくれ……」


 エンタクは楽しそうにそわそわしている二人に、河の方角を指さして指摘する。

 そうその通り。入浴前には、身を清めなければならない。


「りょうかいぃ~」「分かりました」


 ミレナとシュウは軽く返事。エンタクと共に四阿の方へ。と、そこでシュウは足を止めた。何故なら、自分は男で二人は女だからだ。


「それじゃあシュウ、私とエンタクは先に河で身体を洗ってくるわね……」


「おう、待っとくよ」


 シュウは振り返って、温泉を覗きながらミレナに返答する。

 自然体過ぎて、気付くのが遅れてしまった。女慣れをせざるを得なかった自分は自分で。二人は二人で長寿故に人擦ひとずれしていて、隔たりが薄いのだ。

 危ない危ない。


「あ、言っておくけど、覗いちゃダメだからね……」


 その時、ミレナが言い忘れていたと足を止めて、両掌を反対の腕に——身震いのポーズをとって、あらぬことを言ってくる。

 シュウは『今丁度、それに準ずることを考えてましたよ』と心中でぼやき、


「分かってます」


 振り向かずに手を振った。


「抜くなら、陰に隠れて抜くんだぞ……こっそり下着で、とか。考えちゃダメだからな」


 今度はエンタクがミレナと同じ身震いのポーズをとって、思っても見なさすぎることを言って来る。流石のシュウもそこまで言われてしまっては「誰が抜くか!!」と、振り返ってツッコミを返さざるを得ない。


「「ふふ」」


 エンタクとミレナは楽しそうに笑い合いながら、四阿の方へ歩いて行った。

 エンタクもミレナと同じで、人をからかうのが好きな人だ。


 そうして五分後。


「交代だシュウ!」


「先に温泉に入ってまぁぁす!!」


 温泉と河が見えない大木の後ろ。そこで待機していたシュウに、エンタクとミレナはそう告げる。

 シュウは「はい、お先にどうぞ」と報答ほうとうし、二人が温泉に入ったのを音で確認。四阿の方へ移動した。


 ミレナとエンタクが脱ぎ捨てた場所とは反対の椅子に服を置き、シュウは河に足を突っ込む。


「冷たッ! こりゃ、ますます温泉に入りたくなるな……」


 そうぼやきながら、濡らしたタオルで全身を清めた。

 流石に恥部を晒して行くわけにはいかないので、タオルは腰に巻く。


 ここは異世界なので、タオルはお湯に付けないという面倒なルールは合切ない。


「さて、俺も行きますか……」


 気分よく、早足で温泉に向かう。


「ふふふふーん、お肌トゥルトゥルきもち~なぁ~」


「最高だろ? 修行帰りに、時々入るんだ」


「ねぇ! 私も修行帰りに、温泉に入っていい?」


「うん! 好きな時に入っていいぞ!」


 先に温泉に入っていたエンタクとミレナは、怡怡いいたる会話をしていた。

 二人ともシュウと同様に、タオルを胸から腰まで巻いて恥部を隠している。


「やったぁ! 楽しみがッ、あ! シュウ! 温泉きもちぃよぉ~入って入って!」


「抜いてないだろうな」


 シュウに気付いたミレナが、泳ぎながら手を振る。彼女に続いて、エンタクがニヤ付きながら、一度終わった会話を掘り返して来る。

 シュウは反射的に「だから、抜きませんって!!」と、反言した。


——それにしても、タオルで隠しているとはいえ、流石に混浴は来るものがあるな……いや、意識すれば我慢は出来る……大丈夫だ、心頭滅却しろ……


「意識してるぞ、あれ……」


「理性が強くても、やっぱりシュウも男の子ね……」


 エンタクとミレナが聞こえる程度の声で嘲戯ちょうぎしてくるが、シュウは反言するのが面倒になって、


「おれはここで……」


 二人から離れたところに入浴した。


「「あ、逃げた」」


——はいはい、逃げでいいですよ逃げで……


「「よいしょ、よいしょ」」


「ん?」


——今一瞬、エンタクとミレナの距離が、妙に縮まったような気が……


「「よいしょ、よいしょ、よいしょ」」


 いや、気がするではない。完全に縮まっている。よいしょと言うたびに、こちらへとにじり寄ってきている。


「あの、何故にじり寄って……?」


「離れてたら、会話できないだろ?」


「そうそう、できないできない」


 シュウの質問に、エンタクはニヤつきながら返す。それにミレナもニヤついて乗じる。

 シュウは「いや、できますよ……」と、呆れながら返す。


「えぇ、聞こえ辛いじゃん」


「聞こえ辛い聞こえ辛い」


「一日一緒に過ごすっていうのに、これじゃあ何も話せないぞ」


「話せない話せない」


 エンタクがからかい、それにミレナが乗じ、調子に乗ったエンタクがまたからかい、またミレナがそれに乗じる。

 この二人、長寿同士で気が合ったのかもう慣れ親しんでやがる。傾蓋けいがいにも程があるだろう。


「もう好きにしてください」


 シュウは諦めて二人に挟まれた。


「で、何を話すんですか?」


「そうだな……その前に、シュウは僕にタメ口で話すのに慣れてくれないか?」


 早く終わらせようと急き立てると、エンタクが唐突にハードルが高いことを言って来る。シュウは「タメ口っすかぁ……」と、ぼやくように零す。


「うん。だって、生涯の内に五人しか選べない、昵懇の誓いをこれから結ぶんだぞ……その相手から敬語は、ちょっとこそばゆくないか?」


「まぁ、確かに……」


 エンタクの言うことはごもっともだ。昵懇なのに敬語というのは違和感がある。

 何より、


「シュウの敬語ってへたっぴでぎこちないから、余計よね……」


 ミレナの言う通り、自分は敬語が下手である。


「シュウ。ちょっと僕のこと、敬称無しで呼んでくれないか?」


 エンタクは三角座りして水面から膝を出し、その上に両腕と顔を乗せてこちらを覗いて来る。


 神人であり領主であるエンタクにタメ口。彼女の従者やアンコウエンの民衆に、顰蹙されてしまうかもしれない。だが、ここは素直にしたがっておこう。


——個人的にも、仲間に敬語を使うのは変な気分だしな……


「じゃあ、分かりました……エンタクさ、じゃなくて、エン、タク」


 最初は敬称が抜けきらず、また抜けたとしても、ぎこちない呼び方になってしまう。エンタクは両手を固めて「もっとはきはきと!」と、シュウを急かす。


「エンタク」


 今度はぎこちなさは抜けたが、何だか地味な呼び方になってしまう。

 エンタクは右手の人差し指を立てて「もう一度!!」と、シュウにお願いする。


「エンタク!」


 シュウはいきいきとエンタクの名を呼んだ。


「うん! なんだシュウ?」


「温泉きもちいな。それと、これからよろしく頼む」


 にっこりと笑って返事をしてくれたエンタクに、シュウは取るに足らない日常会話をした。少し気恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。


「よし! それでいい! 違和は無いな!」


 エンタクは足を延ばして両手を腰に——胸を張ってそう言う。


「む……えい!」


「わぁ!? 何するんだミレナ!?」


 いちゃつく二人に嫉妬したミレナは、エンタクの顔に手の水鉄砲でお湯を掛ける。掛けられたエンタクは驚いて倒れ、顔を温泉の中に入水。瞬時に起き上がり、ぷんぷん怒りながらミレナに近づく。


「なんかムカつく!」


「なんだとミレナ!」


 もう一度、手の水鉄砲でエンタクにお湯を掛けるミレナ。やられたエンタクは、またやったなと手の水鉄砲でやり返す。

 それから二、三度お湯をかけ合った後、


「勝負だ! シュウも!」


 なぜかミレナが、矛先をこちらに変更してきた。

 「え、俺もか!?」と、驚くシュウを無視して、ミレナは「つべこべ言わず、勝負よ!!」と、彼の顔にお湯を掛ける。シュウはこいつめと、ミレナに反撃。

 突如として、三人のお湯の掛け合いが勃発した。


 途中からはお湯の掛け合いではなくなり、どれだけお湯を遠くまで飛ばせるかにシフト。結果はエンタクの圧勝だった。

 手の水鉄砲で石に穴をあける彼女に、勝てるわけがなかったのだ。


 それを目にした時、ミレナと一緒に顔面を蒼白にさせた。重ねて、やってのけた本人が笑っていたのが、恐怖に拍車をかけていた。


 そうして三人で、年甲斐もなく子供の様にはしゃいでしまった。


「はぁ、楽しかった……」


「そうだな。久方ぶりに、子供の様にはしゃいでしまった」


 ミレナとエンタクはお湯から顔だけを出して、遊びの余情よじょうを言葉にする。

 客観視してみると、ちょっと漢として恥ずかしくなってきた。


「というか、途中から、俺ばっかり狙ってなかったか?」


 それにしてもと、シュウはエンタクとミレナを問い詰める。

 というか問い詰めるまでもなく、確実に狙われていた。何故なら、ミレナとエンタクは一緒に逃げながら、こちらにお湯をかけてきたからだ。


 こいつらゆるせん。


 二人はわざとらしく「さぁ」と、お手上げのポーズをとってシュウから視線を外す。


「うぜぇ……」


 そう低くぼやいたシュウに、二人は「ごめんごめん」と、手を添えて謝罪した。

 反省の色が全く見られないのは、一体全体どうしたものか。


「そういえばさ、昵懇の誓いの結び方は聞いたけど、鴛鴦の契りはどうやって結ぶの?」


 会話に切りが付くと、ミレナがエンタクに尋ねた。瞬間「え?」と、エンタクの表情が強張る。ミレナはおかしな反応をとったエンタクに「え?」と、オウム返し。


 シュウは『またエンタクの何かに触れちまったんじゃねぇか?』と推知する。


「ん、んん……結び方は、だな……」


 案の如く、エンタクの顔が赤い絵の具のように真っ赤に染まった。

 ミレナに「結び方は……?」と詰め寄られたエンタクは、下を向いて「え……」と、一言だけ声を漏らす。


 ミレナは「え?」と言って、エンタクにもう一接近した。


 エンタクは一歩後退。それから明後日の方向を見て「じゅ、じゅ……」と、目をクルクルとさせながら口ごもる。


「えじゅじゅ?」


 エンタクが言ったことを復唱するミレナ。


 その時、エンタクは水飛沫みずしぶきを飛び散らせながら立ち上がった。


 その表情と双眸は、普段目立たない者が目立とうと、空回りしてしまったソレだった。まるで学校の一大行事で、或いは同窓会で、やれ面白くしよう、やれ盛り上げようとして、醜態を晒してしまうアレだった。


「え、えええッ!? エッチを!! じゅ、じゅじゅじゅっ!? じゅんけちゅを!! ボン!!」


 果たして、エンタクは恥ずかしさの余り、頭から湯気を上げて爆沈。顔から湯船に突っ込んだ。


「わぁ!? エンタクが爆発したァァァ!?!?!?」


 甲高い破裂音と共に倒れ込んだエンタク。狼狽したミレナは思わず両手を後ろに付いて、上体を反らしてしまう。


「ぅグゥ……さ、さげ、るゥ……グポポポポ」


「爆沈しちゃった……てか、大丈ぶ——ッ」


 爆沈したエンタクの息——気泡が、湯船にぽこぽこと浮かび上がって来る。そこに、このままでは不味いと思ったミレナが、エンタクを担ぎ上げようと近づいたのだが、


「ウガァァァァァ!!!」


 大声を上げながら、卒然そつぜんとエンタクは立ち上がった。

 「うわァァァ!?!?!?」と驚くミレナ。水飛沫がシュウとミレナの顔にふきかかる。


「シュウに、僕の初めてを捧げることだァァァ!!!」


 エンタクは勢いに乗って、とんでもないこと——鴛鴦の契りの結び方を口述した。

 その彼女の頬には、若干の赤みが。


「あ、ッ——」


 その瞬間、思っても見ないことがシュウの目の前で起きてしまった。

 その思っても見ないこととは、


「シュウは見ちゃダメェェェ!!」


「ブゥヘェ!!!!」


 エンタクの身体に巻いてあったタオルがぺろりと剥がれ、湯船に落ちてしまったことだった。

 即座にミレナのアクア——サッカーボールほどの水の球が、シュウの顔面にクリティカルヒット。シュウは吹き飛んで大地に打ち付けられた。


 これが俗にいう、不可抗力というやつなのだろう。ぶつけられたのが、水の球で良かった。他よりも増しなだけだが。


「……て!? あぁごめん!! やりすぎた!!」


「すっごい勢いで飛んでったぞ」


 ミレナは吹き飛んでいったシュウの元に、慌てて走り出す。遅れて、タオルを身体に巻き直したエンタクもシュウの元に。


「大丈夫! シュウ……」


 ミレナの声に、シュウはのっそりと上体を起こす。それから、顔に垂れている水を首を振って振り払い、


「流石に、魔法をぶつけるのはやりすぎだろ……もう少し——ッ」


「「おォッ!?」」


 駆け寄って来たミレナとエンタクに、過慮かりょだと伝えようとしたのだが。

 唐突に変な声を上げた二人に、それどころではなくなった。


——視点は釐毫りごうだけミレナとエンタクに移り変わる。


———お! お! おっきい!!


 エンタクは口を小さく開けて、そう心の中で驚いた。


——二回目だけど、衰えない迫力!!


 じっくり見た後、唇を引き結んでミレナはそんなことを思う。


「……ん? ど、どうした?」


「い、いや……別に」「何でも、ないわよ」


 何かあったのかと疑問符を顔に出すシュウに、エンタクとミレナは頬を赤らめ挙動不審に目を逸らした。

 二人が見たモノとは——、


——視点はシュウの元に帰る。


 二人の挙動不審な反応にシュウは「お、おう……」と、呆気にとられた。

 それにしても、何故エンタクとミレナは下の方を見て変な声を——、


「あ……ん、んん!」


——流石に、直で見られちまったのは、ハズイな……てか、凄くハジィ……


 咳ばらいをしたシュウは気付いてしまった。

 二人に見られたモノとは、ご察しの通り恥部であった。


「「「…………」」」


 三人は頬を赤く染めながら、静かに温泉へと戻る。

 それから数分は、沈黙という気まずい雰囲気が続いた。


「なぁ、気になるんだけど、シュウとミレナにも、大事な人はいるのか? やっぱり両親だったり?」


「エンタク、実はミレナは……ミレナ……」


 そう言って沈黙を砕いたのはエンタクだ。

 彼女の意図せず切り込んでしまった発言に、シュウはミレナの顔を窺った後、事情を話そうとした。のだが、ミレナは弱く首を振って「気を使ってくれてありがと。でも大丈夫……」と微笑み、


「エンタク、私は子供の頃の記憶が無くてね……だから父親と母親のことは、覚えてないの。でも、とっても大切な人だと思う……」


 自分自身で過去について口伝した。

 いち早く、ミレナがその過去について思い出せる日が来て欲しいと思う。


「そう、だったのか……卒爾だったミレナ、ごめん」


「いいって……これが許せなきゃ、何が昵懇よって話……」


 謝るエンタクに、ミレナは顔の前で両手を振る。寛大な彼女の正論に、エンタクは「そうだな、ありがと」と感謝した。


 風によって断たれた木の葉が温泉の水面に落ち、ふわふわと漂う。


「シュウはどうなんだ?」


「あ、それ私も気になる!」


 エンタクがそう言うと、ミレナは前のめりになってシュウを見る。

 『俺の大事な人かぁ……』と、シュウは胸懐で呟いた。


——いや、何を考えているんだ……


 シュウは母親のツグハと師匠以外に、大事と言える人はいないかと思考を巡らせたが、即刻それを止めた。

 自分にとって大事な人は今も昔も、


「俺は、母親と師匠かな……」


 この二人に決まっている。

 自分を育ててくれた人と、自分を善導ぜんどうしてくれた人だ。

 シュウは空を仰ぎながら言った。


 自分にとって掛買いの無い存在以外に、大事な存在などいようか。いるとしたら、それは大事を履き違えている。


「父親じゃなく、師匠なのか?」


「うん。父親は、俺が物心つく前に亡くなったって、母親から聞いた……まぁ、そういう意味では、師匠が父親みたいなもんだな」


 訊いて来るエンタクにシュウは淡々と答える。


 父親のことは顔も名前も知らない。唯一知っているのは、自分と父親が似ていたという事だけだ。

 ツグハが子供の自分に、父親がいないというコンプレックスを抱かせないよう、みし仁愛じんあいした結果。それが、父親のことを一切話さないということだったのだろう。


 当時の自分は純粋に育ち、父親が居ない環境を——父親という概念すら知らずに生きていたものだ。


 頬杖を付きながら「ふーん」と、相槌あいづちを打つエンタク。続いて、ミレナは「シュウの師匠……なんだか偏屈そうな子の気がするわ」と、口にした。


 デジャヴ、ではない。


——そういや、ミレナに話したのは前回の世界線だったもんな……


「ところが、その真逆さ……豪胆で、情に厚くも冷静な人だ」


 シュウは前回と同じことを、ミレナに言ってやった。


 話したのに、話したことになっていないという現象には何度かあったが、頭がおかしくなりそうだ。慣れないし、慣れることはないだろう。


「ちょっとだけ、あってみたいな……」


 今回、そのセリフを言ったのはクレイシアではなくエンタクだ。


「俺も、会えるなら会いたい。師匠とも、母さんとも」


 だから今度も、前回と同じセリフをエンタクに言ってやった。


「——ごめん、また僕は……」「私もごめん」


「大丈夫だよ。会えるなら会いたいけど、最高の別れ方が出来たから、会えなくても平気だ」


 しょんぼりして謝って来る二人に、シュウは破顔はがんしながら返す。


「そうか。シュウもミレナも、強いんだな……」


 三角座りをしたエンタクは視線を下ろして、水面を眺めた。彼女の煢然けいぜんとした顔が、髪の毛から垂れ落ちる水滴で撓り歪みする。まるで、僕は惨めだなと言わんばかりに。


「ねね! シュウの母親と師匠の話、聞かせてくれない?」


「それ! 僕も気になる!」


 だが、そのエンタクは余情を残すことなくすぐに居なくなり、ミレナの意見に顔を愉色ゆしょくに染める彼女となった。


 煢然としたエンタクを意識から擯斥ひんせきし、シュウは「了解……」と返事。


「俺の家は貧乏でな。学校に通えないから、よく家で中古の教科書使って、母さんから算数とか、国語とかを教わってたんだ。でも、母さんは教師っていうほど頭が良くなかったから、間違ったことを教わったりして、恥ずかしい思いをしたりすることが、よくあったな。間違ってるって指摘を受けた時は、すっげぇ恥ずかしくて、それで……」


 エンタクとミレナが楽しそうに顔を輝かせる中、大事な人の話を始めた。

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。


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