幕間 余韻は温泉で いち!
長くなったので二話に別けました。
後日、同じ時間に次話を投稿します。
何とも言えない気まずい雰囲気の中、エンタクはシュウとミレナの手を掴んだ。それから「つ、付いてこい……」と、二人を強く引っ張って広間から出ようとする。
「え!? あの!?」「うわぁ!?」
驚く二人の反応を無視して、エンタクは引っ張り続ける。
と、そこに、
「「冗談ですよね!? エンタク様!?」」
邪魔者のセイとフクが立ちはだかる。
「ミレナ様はともかく、その非モテ男と昵懇の誓いを結ぶのは、考え直した方がいいですよ!! イエギクだけはマジでないですって!!」
「そうですよエンタク様! 僕らが必ず、エンタク様を幸せにできる良い男を、見繕ってきます!!」
セイとフクは両親であるかのようにエンタクにそう言って、昵懇の誓いを結ぶことに反対する。
どちらかと言えば、エンタクがセイとフクの両親になる側であるのだが。
エンタクからすれば、煩わしいの一言に尽きるだろう。
「「ですから——へブッ!?」」
「うるさい!! 相手は僕自身で決める!!」
案の如くだ。
エンタクは空中から頓に出現させた乾坤炎輪で、前に立ったセイとフクを退けと弾き飛ばす。さらに、二人が邪魔できないように床に抑えつけた。
どういった原理かは分からないが、槍を頓に出現させた傑出能力と似たような能力なのだろう。
因みに、シュウはエンタクに引っ張られながら思考している。
「ちょっと、エンタク! どういうことか説明してよ!!」
エンタクは説明を求めて来るミレナに「後で!!」と、振り向かずに一言だけ言い放つ。そして、セイとフクが「ああぁぁぁぁ!!! エンタク様ァァァ!!」と叫声を上げる中、シュウとミレナを引っ張って広間を後にした。
——視点は一時だけ、広間に残った者達へ移る。
急転直下に終わった盤上遊戯に、広間に残った者達は呆気に取られていた。ただ一人、
「これは確かに、面白い奴じゃな……カカカ!」
ローガだけは周囲の者とは違った反応——愉快痛快を示顕していた。
彼の呵呵大笑を岐路に、広間の静まり返っていた空気は賑やかなものへと変遷し始める。
「エンタク様って、イエギク君のことが好きだったの!?」
「うん! そうだと思う! リザベートちゃん!!」
「恋だね! 愛だね! キュンってしちゃった!!」
そう喧喧と話し始めたのはリザベートとローコ、フロリナの少女三人組だ。三人は顔を見合わせながら、目を輝かせている。
年頃の少女となれば、恋愛話は尽きることのない話題。それに加え、三人とも恋愛未経験だ。仲良く頭の中で、恋愛の妄想を膨らませている真っ最中である。
「これは、祝宴を催さなくては!!」
一方、逆立ちして、コウエンタク内を一周する準備をしていたフェンが、握り拳を固めて言う。すると、
「おじさん、熊掌食べたいな……」
「なんと、ではまた、お酒がのめるという事ですね」
「「さけ……さけ……さけ!?」」
すると、彼の祝宴という言葉にギンジとケインが反応。二人とも顎に手を当てて、少女三人組とは違う妄想を膨らませる。
続いて、爆睡して見にくい酔態を晒していたグレイとマサムネが、ケインの酒という言葉に反応。訓練を受けた軍人が如くの速さで、飛び起きた。
いや、実際は軍人である為、如くというよりかはまさにその通り、と言った方が語弊はないか。
「おぉ。やっと目を覚ましましたか……おはようございます」
グレイとマサムネの同時の起床に、ケインは口を小さく開けて驚いた。
酒に目がない三人である。
「では俺は、逆立ちでコウエンタク内を一周してきます!!」
フェンはそれはさておきと、フィアンから言われた罰ゲームを孜々たる態度で実行した。
孜々たる態度で実行するのもそうだが、嫌がる素振りもなく、それどころか嬉しそうに罰ゲームを受けるのは、熱血を具現化したような人だ。
安心した半面、頑張り過ぎてしまうのではないのかという不安も半面ある。
申し訳ない気持ちになるフィアンだ。
「イエギク君、すごい人に好かれてしまったね……」
「だな……どこか、逸出した部分がある人だと思っていたが、ここまでだったとは……」
苦笑いしながら話しかけて来るリフに、フィアンは腕を組み、相槌を打って返す。
リフが今ここにいられる機縁は、シュウのお陰だと聞いているし、ともかく秀でている人だ。
——場面は広間から出て行ったエンタク達を、無言で見ていたシノ達に変わる。
「エンタク様、案外男を選ぶ目あるじゃん……」
「どこが!!」
廊下に出たシノは、エンタク達が歩いて行った方向を見てぽつりと呟いた。そこに聞き捨てられないと、乾坤炎輪に抑えつけられたままでいるセイとフクが反論。
シノは嘆息し、
「どこがって……フクにぃとセイねぇはほんと、何もわかってないね。イエギクとエンタク様の相性、どう見てもピッタリじゃん。家事とかも、一緒にやってくれそうだし」
呆れたと首を振って、セイとフクの反論を論破する。
それから広間に戻り、飲み残していた水を飲み干した。そういえば残していたと、思い出した故の行動である。
「大丈夫ネ! セイねぇ! フクにぃ! シュウは強い男だし、物静かだし、顔もいいし、当たりだと思うネ!」
抑えつけられているセイとフクにラウラは親指を立て、舌をチロっと出してウィンク。二人を策励する。
「「お前の好みは聞いてない!!」」
見当違いなことを言って来るラウラに、セイとフクは目を血走らせながら排撃する。
セイとフクの所念を分かりやすく纏めると、『それはそうかもしれないが、そうではない』である。
「しかし、あの男がこのことを言い当てられた理由が、ますます気になるな」
なんやかんやあって、場面は最初のローガに戻った。
「あの男、というのは白髪の男か?」
蓄えた顎髭を、右手で弄りながら喋った彼に、ハクロウが腕を組みながら問う。
ローガは「うむ、そうじゃ」と、軽く答えた。
あの男とは、十年前にアンコウエンに訪れ、含蓄のある助言と様々な神器を納めていった、白髪の男のことだ。
見た目は青年でありながら、超然と世の中を俯瞰視しているような、垢抜けして世俗から逸脱したような、そんな只ならぬ何かがあった。エンタクと出くわした時のように、己の矮小さを思い知らされるような感覚が訪れたのだ。
「魔女と関りでもあるのかのぉ?」
青年が十年前に言った、予言とも言える言葉。
予言。そこから連想されるものは魔女だ。魔女と関りがあるから、青年は予言することができたのかもしれない。
神人なのか、長寿の人種なのか、集合魂なのか。はたまた、単純に年若い傑出した青年なのか。謎が多い。
「さぁな……だが少なくとも、傑物であるのは間違いないだろう」
ぽつりと雑感を述べたローガに、ハクロウはとりとめのない言葉で返す。
傑物。たしかに、それは確固たる事実である。でなければ、予言など出来るはずもない。
「じゃな……また会ってみたいものじゃ……」
ローガはそう言いながら外を見た。もう夜の帳が落ち、外はすっかり暗闇に包まれている。
空には雲がなく、大小二つの三日月が見え、枯山水と砂利敷きを隔てる垣根からは、虫たちの声が聴こえてくる。
「お……」
明かりに釣られ、無双窓から入って来た羽虫が、外を眺めていたローガの鼻にひっ付く。
ローガは鼻にひっ付いてきた羽虫を、口からフッと息を吐いて引き離した。
「しかしお前、凄い顔じゃな……」
ローガは振り返ると、丸バツを落書きされたハクロウの顔を改めて見た。元の肌の色の面積より、墨で真っ黒に塗られた面積の方が多い。
形容するなら無様、余りにも無残といったところだろう。呆れた感情が湧き上がって来ると同時に、ローガはため息を吐く。
ハクロウは少し困った顔で「それは言わんでくれ、親父」と目を細めた。
「カカカ! ワシと違って、お前はこういったものが苦手じゃからな!!」
ローガは細密なことが苦手で、いつも力任せなハクロウを呵々する。少しは年を食って成長はしたと思ったが、やはりまだ熟してはいない。
年を食えば身体は衰えるもの。力だけではダメだと、いつか気付く日が来るだろう。
「あの、ハンカチいります? アタシが拭きますよ?」
そんなところに、シノがハクロウにハンカチを持ってきた。
現在、ハクロウに伴侶はいない。強くクールで頼れる彼に恋する、二十五歳の乙女である。
「いや、いい……気持ちだけ貰っておこう。朝までこの顔でいることも含めて、罰だからな」
だが、ハクロウは首を振って誠実に断った。
断られてしまったシノは、少し落ち込んだように「そうですか」と、声を落とす。
というか落ち込んでいる。拭いてあげたかったシノだ。
「軽い、出来る女アピールネ……」
「俺は妻からあれをされて、惚れちまったな……」
そのシノを見ていたラウラとボトーは口元に手を当てて、聞こえるか聞こえないか程度の小声でからかう。当然、聞こえていたシノは赤面して、
「うるさい! 聞こえてるそこ!!」
二人のからかいにツッコミを入れた。
愉快な笑い声が喧々囂々と広間に響く。
※ ※ ※ ※
「ここが離れだ」
ミレナとシュウの腕を掴んで離れまで連れて来たエンタクは、扉の南京錠を開ける。そして、三人で一緒に中に入った。
エンタクが電球ならぬ、光の魔刻石にオドを込めると、室内が照らされる。
中は必要最低限の家具しか置いていない閑散な部屋だ。中心には座卓があり、そこで食事をとるのだろう。扉から入って左奥には太くて頑丈な木製階段があり、その右には扉がある。
二階は寝室で、扉は外に出る用のものだろう。
外観は幽雅な仏塔という感じだ。最上階は上から望見できるように、折れ戸があった。
「他の奴が、特にセイとフクが入って来れないように、錠は閉めておくぞ」
本気で蹴り飛ばせば鍵など関係なく扉を蹴破れるが、流石にそこまで粗野なことをする二人ではない。こっそり侵入されないように、錠は閉めておく。
「エンタク、そろそろ説明してくれない?」
中に入り、一息ついたところでミレナがエンタクに説明を求める。
同じく説明が欲しいシュウである。
「分かった、えっとだな……昵懇の誓いというのは、神人が生涯の内に選べる、親友のようなものだ。選べる人数は決まっていて、最大五人までだ」
「じゃあ、私とシュウを、その昵懇の誓いの相手に選んだのは、なんでなの?」
息を整えて落ち着きを取り戻したエンタクは、昵懇の誓いについて略述。その彼女に、ミレナはまた質問をする。
「シュウが、僕のお姉ちゃんのことを知っているからだ……僕にとって、お姉ちゃんは掛買いの無い存在だ。今でも、会いたくて仕方がない大好きな人だ。そのお姉ちゃんを知っているシュウと、仲の良いミレナ……君達と、結びたいと思ったんだ」
返って来た答えは、シュウが姉のことを知っているから、であった。
——なら、もっと熟考して、お姉さんの情報を詳しく知っている相手と、昵懇の誓いを結んだ方が……いや。
そう思考しながら、シュウは自分の考えを否定した。
エンタクの姉のことを知っている者は、恐らくもう出てこない。
神人であるエンタクは長寿。その彼女の姉も同じく神人で、長寿であるはずだ。会いたいと言っていることから、間違いない。
いつ、エンタクの姉が姿を晦ましたのかは知らない。だが、数えるのが億劫になるほど前のことなのだと思う。
エンタクの性格を知悉している訳ではないが、少なくとも大好きな姉を探しに出ない程、行動力の無い人だとは思えない。
故に探しに行くことはあった。でも、探し出すことは出来なかった。
そして今に至るのだろう。
アンコウエンにはかつて、神獣である四獣がいたとエンタクから聞いている。その四獣にアンコウエンを任せて、姉を探しに旅に出たのだと思う。
でも今は、探しに出ることさえ儘ならない。
そして時間が経てば経つほど、劫﨟が過ぎれば過ぎるほど、エンタクの姉のことを知る者は少なくなる。
だから、彼女の姉のことを知っている者は、これ以降現れないだろう。
——だってそうだろ……
エンタクは姉のことをただ知っているだけの自分と、その仲の良いミレナを、昵懇の誓いを結ぶ相手に選んだのだから。薄弱と光る最後の希望に、いままで募らせた望みを嘱するかのように。
「昵懇の誓いを結ぶと、エンタク様のお姉さんを見つけるのに、何かいいことでもあるんですか?」
「見つけるのに、何かいいことがある訳じゃない。神人は、昵懇の誓いを結んだ相手と、魔力核と魔力核、心と心を通して会話が出来るようになる、千里の通いというのがある。それがあれば、君達と離れていても会話ができるんだ……」
エンタクはシュウの質問をバッサリと切り伏せ、昵懇の誓いについて詳悉していった。
「魔話の上位互換ね」
「他にも、オドを譲渡出来たり、触れていたら感覚を共有出来たりするな」
「便利過ぎない! それ!」
便利過ぎるメリットに、ミレナは瞿然とエンタクを見る。
オドを譲渡してもらえるのなら、あまり魔法が使えないというデメリットを、彼女が相殺してくれるということだ。いや、寧ろ連発できるまで引き上げてくれるかもしれない。
凄すぎないか、という小並感がシュウの胸間を去来する。
「まぁ、便利といえば、かなり便利だな……言っておくが、君達が僕のお姉ちゃんのことを知っているってだけで、選んだんじゃないぞ! 君達のことを好きになったから選んだんだ! だから……」
「大丈夫です」
「そうよ、そんなことぐらい分かってるわ。仲間だもんね」
ツンデレっぽい言い方で、デレデレなセリフを言い募らせるエンタク。彼女の軽蔑しないでくれと訴えかける表情を見て、シュウとミレナは微笑みながら優しく返す。
姉のことを知っている以上に、好かれて選ばれたのは分かっている。
それに仲間の言うことを信じられなくて、何が仲間だ。
「それで、昵懇の誓いの結び方は、どうやって?」
「一日中、他の介入なしで、昵懇の誓いを結ぶ相手と、決められた結界内で過ごすこと……それが、昵懇の誓いの結び方だ」
「だから私達に、内緒で離れに来てって耳打ちしたのね」
エンタクの返答に、ミレナはふぅんと顎に手を当てる。
なるほど。昵懇の誓いを結ぶ時、万が一でも他者から邪魔されないように顧慮した結果が、耳打ちだった訳だ。
「そういうことだ。セイやフク以外の奴にも、聞かれたくなかったんだ」
「それをシュウが、偶然罰でお願いしちゃったと……」
事情を把握したミレナは「あららぁ」と、言いたげに腰に手を当てた。
シュウはエンタクに向かって「ほんと申し訳ない」と、頭を下げる。
その節は本当に申し訳ございませんでした。もう少し頭が回れば良いのだが。
「いや、過ぎたことだ……それに、いずれ露見することは見越していた」
エンタクは頭を下げたシュウに、首と右手を横に振って「別にいい」と、気を利かせてくれる。
そんな無駄な気遣いをエンタクにさせてしまったことで、シュウは再度忸怩した。
「ま、とりあえず座るか」
エンタクにそう言われて、シュウとミレナも座卓の周りにある座布団に座る。
「それで、もう一つ気になることがあるんだけど、シュウをパートナーにするっていうのは、なに……?」
会話に一段落がついたところで、ミレナが対面して座っているエンタクに質問。エンタクは「それはッ!?」と、身体をびくりとさせる。その後「ん……ん」と、少しだけそわそわした後、
「神人は生涯に一度だけ、昵懇の誓いを結んだ異性とパートナー、鴛鴦の契りを結ぶことが出来る。神人と鴛鴦の契りを結んだ相手は、その神人から寿命の半分を授かり、同じ神人となって生涯を共に過ごすことになるんだ」
座卓に目を向けながら答弁した。
ワックスが塗られたような綺麗な机に、エンタクの顔がうっすらと映る。
——マジか、それ……
「なにそれ!? 神人って、そんなことが出来るの!?」
「うん、できる」
一驚して身を乗り出したミレナに、エンタクは小さく答えた。
寿命を分け与え、剰え同じ神人に昇華させるとは。神の所業と言えるであろう。
——というか、エンタク神だったわ。
目の前にいるのが当たり前すぎて、神という事実をつい忘れてしまう。
「果然! 無理矢理ではないぞ! 昵懇の誓いを結んだからといって、鴛鴦の契りを結ぶ必要はない! 果然! 昵懇の誓いを結ぶ必要だってないからな!!」
それから彼女は両手を顔の横に——シュウとミレナに両掌を見せて、強制ではないと主張する。
「考えた上で、決めてくれ……僕は、二人がどの選択肢を選んでも、割り切るつもりだ」
エンタクは両手を下ろしてそう言った。
真剣な顔だ。だが、どこか寂しさが感じられるような声だった。
シュウとミレナは息を吸い、ゆっくり小さく息を吐きながら考え込んだ。
本当に彼女なら割り切れるだろう。それは間違いない。だがもし断ったら——、
『嫌だよ、行っちゃやだよ!!』
『おね、がい。いかな、いで……』
夢で見た、幼いエンタクの言葉を思い出す。
その顔は、大好きな姉と別れたくないという離愁に溢れていた。ずっと一緒に居たいと、心から懇望する激情があった。
葬式の後、姉の話をした時の彼女の顔を思い出す。
驚きに目を丸くする様。潤んだ双眸。哀痛した表情。
それらが、幼い頃から風化しない彼女の強い思いを如実にしていた。
今の今まで、大好きな姉を見つけられないという無念。積怒。愁殺。
万感が今も、幼い頃からずっとエンタクを苛んでいるのだ。
シュウはエンタクの顔を見た。
その顔は断られることを覚悟している、真剣な顔のままだ。
断ったら、きっとエンタクは——いや、
——断りたくない。
仲間だとか義理だとか、報恩など関係なく答えたい。
ただ純粋に、彼女の思いを少しでも軽くしてあげたい。
それがシュウの本音であった。
「——エンタク様、俺は、昵懇の誓いなら結べます」
「シュウ……」
信実に答えたシュウを、エンタクは見つめる。
「私も昵懇の誓い、結べるわ!」
「ミレナ……」
元気よく仁慈に答えたミレナを、エンタクは見つめる。
「あぁ、ありがとう……とっても嬉しい」
エンタクは唇を引き結び、必至に涙を堪えるように目を細めた。
だが涙は零れてしまった。それを境に防波堤が崩れたように、彼女の瞳からとめどなく涙があふれていく。
シュウとミレナは泫然と涙を流す彼女を見て、微笑んだ。
二人で見合って、もう一度微笑む。
断らなくてよかった。こうやってエンタクが嬉し涙を浮かべる様を見れて、今は心地が良い。
そう思ったと同時、シュウは胸中で笑った。
全く、自分という奴は相変わらず同情だけは上手い偽善馬鹿だ。
「それじゃあ今日から一日、昵懇の誓いを結ぶために三人だけで過ごすわよ!!」
「おう! エンタク様、今日から一日、よろしくお願いします」
「うん! 二人ともよろしく頼む!」
右手で握り拳を作り、勢いよく立ち上がったミレナに、シュウも右手で握り拳を作って便乗する。
エンタクはその二人を見て朗笑し、
「やっぱり、君達を選んでよかった……」
溢れて来る涙を、指で拭いながら呟いた。
シュウとミレナはまた見合って微笑む。
少しだけ寧静な時間が流れる。
「そういえば、一日過ごすって言ってたけど、食べ物とかはちゃんとあるわよね? あと、お風呂も入りたいんだけど……」
少しだけ時間が経つと、ミレナが寧静な空気にメスを入れた。
「そこに関しては問題ない。事前に冷凍した食べ物を、離れの横にある氷室に用意している。風呂に関しては、離れから少し南に下山したところに温泉があるから、そこで済ませてくれ」
流石、セイやフクたちに内緒で、昵懇の誓いを結ぼうとしていただけはある。用意周到だ。
食事の心配はしなくてよさそうだ。そして風呂は、南下したところに温泉——、
「温泉!? ほんとっすか!?」
「う、うん。本当だぞ」
立ちどころに、座卓へと身を乗り出して叫んだシュウに、エンタクは狐につままれたような顔になった。ミレナは突然過ぎて、身体をビクッと跳ねさせる。
一人だけ感興して、勝手に興奮しているシュウに戸惑う二人である。
「仙境の中にある温泉……壮麗な景色の中、涼気を肌で感じながら温泉を嗜む。すげぇ楽しみっすね」
シュウは言葉の一区切りごとに、劇団員顔負けのポーズをとって感情を表現。最後に目を瞑り、情趣を「くぅー」と噛み締めるように握り拳を作った。
「というか、今から行くか? 陰刻の三時過ぎだし、丁度時間的にも風呂に入るような時間だしな」
心境を美辞で語ったシュウに、エンタクは恬然と提案する。そうすると座卓に身を乗り出したミレナが「行きたい入りたい!!」と、右手を上げて賛成を露わに。
「よし、それじゃあ行くか!」
そうと決まると、三人は外に繋がる扉から離れを出た。




