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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
79/114

幕間 余韻は温泉で いち!

長くなったので二話に別けました。

後日、同じ時間に次話を投稿します。

 何とも言えない気まずい雰囲気の中、エンタクはシュウとミレナの手を掴んだ。それから「つ、付いてこい……」と、二人を強く引っ張って広間から出ようとする。


「え!? あの!?」「うわぁ!?」


 驚く二人の反応を無視して、エンタクは引っ張り続ける。

 と、そこに、


「「冗談ですよね!? エンタク様!?」」


 邪魔者のセイとフクが立ちはだかる。


「ミレナ様はともかく、その非モテ男と昵懇の誓いを結ぶのは、考え直した方がいいですよ!! イエギクだけはマジでないですって!!」


「そうですよエンタク様! 僕らが必ず、エンタク様を幸せにできる良い男を、見繕ってきます!!」


 セイとフクは両親であるかのようにエンタクにそう言って、昵懇の誓いを結ぶことに反対する。

 どちらかと言えば、エンタクがセイとフクの両親になる側であるのだが。

 エンタクからすれば、煩わしいの一言に尽きるだろう。


「「ですから——へブッ!?」」


「うるさい!! 相手は僕自身で決める!!」


 案の如くだ。


 エンタクは空中からとみに出現させた乾坤炎輪けんこんえんりんで、前に立ったセイとフクを退けと弾き飛ばす。さらに、二人が邪魔できないように床に抑えつけた。

 どういった原理かは分からないが、槍を頓に出現させた傑出能力と似たような能力なのだろう。


 因みに、シュウはエンタクに引っ張られながら思考している。


「ちょっと、エンタク! どういうことか説明してよ!!」


 エンタクは説明を求めて来るミレナに「後で!!」と、振り向かずに一言だけ言い放つ。そして、セイとフクが「ああぁぁぁぁ!!! エンタク様ァァァ!!」と叫声を上げる中、シュウとミレナを引っ張って広間を後にした。


——視点は一時だけ、広間に残った者達へ移る。


 急転直下に終わった盤上遊戯に、広間に残った者達は呆気に取られていた。ただ一人、


「これは確かに、面白い奴じゃな……カカカ!」


 ローガだけは周囲の者とは違った反応——愉快痛快を示顕じげんしていた。

 彼の呵呵大笑かかたいしょうを岐路に、広間の静まり返っていた空気は賑やかなものへと変遷へんせんし始める。


「エンタク様って、イエギク君のことが好きだったの!?」


「うん! そうだと思う! リザベートちゃん!!」


「恋だね! 愛だね! キュンってしちゃった!!」


 そう喧喧けんけんと話し始めたのはリザベートとローコ、フロリナの少女三人組だ。三人は顔を見合わせながら、目を輝かせている。

 年頃の少女となれば、恋愛話は尽きることのない話題。それに加え、三人とも恋愛未経験だ。仲良く頭の中で、恋愛の妄想を膨らませている真っ最中である。


「これは、祝宴を催さなくては!!」


 一方、逆立ちして、コウエンタク内を一周する準備をしていたフェンが、握り拳を固めて言う。すると、


「おじさん、熊掌ゆうしょう食べたいな……」


「なんと、ではまた、お酒がのめるという事ですね」


「「さけ……さけ……さけ!?」」


 すると、彼の祝宴という言葉にギンジとケインが反応。二人とも顎に手を当てて、少女三人組とは違う妄想を膨らませる。

 続いて、爆睡して見にくい酔態を晒していたグレイとマサムネが、ケインの酒という言葉に反応。訓練を受けた軍人が如くの速さで、飛び起きた。

 

 いや、実際は軍人である為、如くというよりかはまさにその通り、と言った方が語弊はないか。


「おぉ。やっと目を覚ましましたか……おはようございます」


 グレイとマサムネの同時の起床に、ケインは口を小さく開けて驚いた。

 酒に目がない三人である。


「では俺は、逆立ちでコウエンタク内を一周してきます!!」


 フェンはそれはさておきと、フィアンから言われた罰ゲームを孜々(しし)たる態度で実行した。

 孜々たる態度で実行するのもそうだが、嫌がる素振りもなく、それどころか嬉しそうに罰ゲームを受けるのは、熱血を具現化したような人だ。

 安心した半面、頑張り過ぎてしまうのではないのかという不安も半面ある。


 申し訳ない気持ちになるフィアンだ。


「イエギク君、すごい人に好かれてしまったね……」


「だな……どこか、逸出いっしゅつした部分がある人だと思っていたが、ここまでだったとは……」


 苦笑いしながら話しかけて来るリフに、フィアンは腕を組み、相槌を打って返す。

 リフが今ここにいられる機縁きえんは、シュウのお陰だと聞いているし、ともかく秀でている人だ。


——場面は広間から出て行ったエンタク達を、無言で見ていたシノ達に変わる。


「エンタク様、案外男を選ぶ目あるじゃん……」


「どこが!!」


 廊下に出たシノは、エンタク達が歩いて行った方向を見てぽつりと呟いた。そこに聞き捨てられないと、乾坤炎輪に抑えつけられたままでいるセイとフクが反論。

 シノは嘆息し、

 

「どこがって……フクにぃとセイねぇはほんと、何もわかってないね。イエギクとエンタク様の相性、どう見てもピッタリじゃん。家事とかも、一緒にやってくれそうだし」


 呆れたと首を振って、セイとフクの反論を論破する。

 それから広間に戻り、飲み残していた水を飲み干した。そういえば残していたと、思い出した故の行動である。


「大丈夫ネ! セイねぇ! フクにぃ! シュウは強い男だし、物静かだし、顔もいいし、当たりだと思うネ!」


 抑えつけられているセイとフクにラウラは親指を立て、舌をチロっと出してウィンク。二人を策励さくれいする。


「「お前の好みは聞いてない!!」」


 見当違いなことを言って来るラウラに、セイとフクは目を血走らせながら排撃はいげきする。

 セイとフクの所念しょねんを分かりやすく纏めると、『それはそうかもしれないが、そうではない』である。


「しかし、あの男がこのことを言い当てられた理由が、ますます気になるな」


 なんやかんやあって、場面は最初のローガに戻った。


「あの男、というのは白髪の男か?」


 蓄えた顎髭を、右手で弄りながら喋った彼に、ハクロウが腕を組みながら問う。

ローガは「うむ、そうじゃ」と、軽く答えた。


 あの男とは、十年前にアンコウエンに訪れ、含蓄がんちくのある助言と様々な神器を納めていった、白髪の男のことだ。


 見た目は青年でありながら、超然と世の中を俯瞰視しているような、垢抜けして世俗から逸脱したような、そんなただならぬ何かがあった。エンタクと出くわした時のように、己の矮小わいしょうさを思い知らされるような感覚が訪れたのだ。


「魔女と関りでもあるのかのぉ?」


 青年が十年前に言った、予言とも言える言葉。

 予言。そこから連想されるものは魔女だ。魔女と関りがあるから、青年は予言することができたのかもしれない。


 神人なのか、長寿の人種なのか、集合魂なのか。はたまた、単純に年若い傑出した青年なのか。謎が多い。


「さぁな……だが少なくとも、傑物であるのは間違いないだろう」


 ぽつりと雑感を述べたローガに、ハクロウはとりとめのない言葉で返す。

 傑物。たしかに、それは確固たる事実である。でなければ、予言など出来るはずもない。


「じゃな……また会ってみたいものじゃ……」


 ローガはそう言いながら外を見た。もう夜の帳が落ち、外はすっかり暗闇に包まれている。

 空には雲がなく、大小二つの三日月が見え、枯山水と砂利敷きを隔てる垣根かきねからは、虫たちの声が聴こえてくる。


「お……」


 明かりに釣られ、無双窓から入って来た羽虫が、外を眺めていたローガの鼻にひっ付く。

 ローガは鼻にひっ付いてきた羽虫を、口からフッと息を吐いて引き離した。


「しかしお前、凄い顔じゃな……」


 ローガは振り返ると、丸バツを落書きされたハクロウの顔を改めて見た。元の肌の色の面積より、墨で真っ黒に塗られた面積の方が多い。

 形容するなら無様、余りにも無残といったところだろう。呆れた感情が湧き上がって来ると同時に、ローガはため息を吐く。


 ハクロウは少し困った顔で「それは言わんでくれ、親父」と目を細めた。


「カカカ! ワシと違って、お前はこういったものが苦手じゃからな!!」


 ローガは細密なことが苦手で、いつも力任せなハクロウを呵々する。少しは年を食って成長はしたと思ったが、やはりまだ熟してはいない。

 年を食えば身体は衰えるもの。力だけではダメだと、いつか気付く日が来るだろう。


「あの、ハンカチいります? アタシが拭きますよ?」


 そんなところに、シノがハクロウにハンカチを持ってきた。

 現在、ハクロウに伴侶はいない。強くクールで頼れる彼に恋する、二十五歳の乙女である。


「いや、いい……気持ちだけ貰っておこう。朝までこの顔でいることも含めて、罰だからな」


 だが、ハクロウは首を振って誠実に断った。

 断られてしまったシノは、少し落ち込んだように「そうですか」と、声を落とす。

 というか落ち込んでいる。拭いてあげたかったシノだ。


「軽い、出来る女アピールネ……」


「俺は妻からあれをされて、惚れちまったな……」


 そのシノを見ていたラウラとボトーは口元に手を当てて、聞こえるか聞こえないか程度の小声でからかう。当然、聞こえていたシノは赤面して、


「うるさい! 聞こえてるそこ!!」


 二人のからかいにツッコミを入れた。

 愉快な笑い声が喧々囂々(けんけんごうごう)と広間に響く。 



※ ※ ※ ※



「ここが離れだ」


 ミレナとシュウの腕を掴んで離れまで連れて来たエンタクは、扉の南京錠を開ける。そして、三人で一緒に中に入った。

 エンタクが電球ならぬ、光の魔刻石にオドを込めると、室内が照らされる。


 中は必要最低限の家具しか置いていない閑散かんさんな部屋だ。中心には座卓があり、そこで食事をとるのだろう。扉から入って左奥には太くて頑丈な木製階段があり、その右には扉がある。

 二階は寝室で、扉は外に出る用のものだろう。


 外観は幽雅ゆうがな仏塔という感じだ。最上階は上から望見ぼうけんできるように、折れ戸があった。


「他の奴が、特にセイとフクが入って来れないように、錠は閉めておくぞ」


 本気で蹴り飛ばせば鍵など関係なく扉を蹴破れるが、流石にそこまで粗野なことをする二人ではない。こっそり侵入されないように、錠は閉めておく。


「エンタク、そろそろ説明してくれない?」


 中に入り、一息ついたところでミレナがエンタクに説明を求める。

 同じく説明が欲しいシュウである。


「分かった、えっとだな……昵懇の誓いというのは、神人が生涯の内に選べる、親友のようなものだ。選べる人数は決まっていて、最大五人までだ」


「じゃあ、私とシュウを、その昵懇の誓いの相手に選んだのは、なんでなの?」


 息を整えて落ち着きを取り戻したエンタクは、昵懇の誓いについて略述りゃくじゅつ。その彼女に、ミレナはまた質問をする。


「シュウが、僕のお姉ちゃんのことを知っているからだ……僕にとって、お姉ちゃんは掛買いの無い存在だ。今でも、会いたくて仕方がない大好きな人だ。そのお姉ちゃんを知っているシュウと、仲の良いミレナ……君達と、結びたいと思ったんだ」


 返って来た答えは、シュウが姉のことを知っているから、であった。


——なら、もっと熟考して、お姉さんの情報を詳しく知っている相手と、昵懇の誓いを結んだ方が……いや。


 そう思考しながら、シュウは自分の考えを否定した。


 エンタクの姉のことを知っている者は、恐らくもう出てこない。


 神人であるエンタクは長寿。その彼女の姉も同じく神人で、長寿であるはずだ。会いたいと言っていることから、間違いない。

 いつ、エンタクの姉が姿をくらましたのかは知らない。だが、数えるのが億劫になるほど前のことなのだと思う。


 エンタクの性格を知悉ちしつしている訳ではないが、少なくとも大好きな姉を探しに出ない程、行動力の無い人だとは思えない。

 故に探しに行くことはあった。でも、探し出すことは出来なかった。


 そして今に至るのだろう。


 アンコウエンにはかつて、神獣である四獣がいたとエンタクから聞いている。その四獣にアンコウエンを任せて、姉を探しに旅に出たのだと思う。


 でも今は、探しに出ることさえ儘ならない。

 そして時間が経てば経つほど、劫﨟(こうろう)が過ぎれば過ぎるほど、エンタクの姉のことを知る者は少なくなる。

 

 だから、彼女の姉のことを知っている者は、これ以降現れないだろう。


 ——だってそうだろ……


 エンタクは姉のことをただ知っているだけの自分と、その仲の良いミレナを、昵懇の誓いを結ぶ相手に選んだのだから。薄弱と光る最後の希望に、いままで募らせた望みをぞくするかのように。


「昵懇の誓いを結ぶと、エンタク様のお姉さんを見つけるのに、何かいいことでもあるんですか?」


「見つけるのに、何かいいことがある訳じゃない。神人は、昵懇の誓いを結んだ相手と、魔力核と魔力核、心と心を通して会話が出来るようになる、千里のかよいというのがある。それがあれば、君達と離れていても会話ができるんだ……」


 エンタクはシュウの質問をバッサリと切り伏せ、昵懇の誓いについて詳悉しょうしつしていった。


「魔話の上位互換ね」


「他にも、オドを譲渡出来たり、触れていたら感覚を共有出来たりするな」


「便利過ぎない! それ!」


 便利過ぎるメリットに、ミレナは瞿然くぜんとエンタクを見る。

 オドを譲渡してもらえるのなら、あまり魔法が使えないというデメリットを、彼女が相殺してくれるということだ。いや、寧ろ連発できるまで引き上げてくれるかもしれない。


 凄すぎないか、という小並感がシュウの胸間きょうかん去来きょらいする。


「まぁ、便利といえば、かなり便利だな……言っておくが、君達が僕のお姉ちゃんのことを知っているってだけで、選んだんじゃないぞ! 君達のことを好きになったから選んだんだ! だから……」


「大丈夫です」


「そうよ、そんなことぐらい分かってるわ。仲間だもんね」


 ツンデレっぽい言い方で、デレデレなセリフを言い募らせるエンタク。彼女の軽蔑しないでくれと訴えかける表情を見て、シュウとミレナは微笑みながら優しく返す。

  

 姉のことを知っている以上に、好かれて選ばれたのは分かっている。

 それに仲間の言うことを信じられなくて、何が仲間だ。


「それで、昵懇の誓いの結び方は、どうやって?」


「一日中、他の介入なしで、昵懇の誓いを結ぶ相手と、決められた結界内で過ごすこと……それが、昵懇の誓いの結び方だ」


「だから私達に、内緒で離れに来てって耳打ちしたのね」


 エンタクの返答に、ミレナはふぅんと顎に手を当てる。

 なるほど。昵懇の誓いを結ぶ時、万が一でも他者から邪魔されないように顧慮こりょした結果が、耳打ちだった訳だ。


「そういうことだ。セイやフク以外の奴にも、聞かれたくなかったんだ」


「それをシュウが、偶然罰でお願いしちゃったと……」


 事情を把握したミレナは「あららぁ」と、言いたげに腰に手を当てた。


 シュウはエンタクに向かって「ほんと申し訳ない」と、頭を下げる。

 その節は本当に申し訳ございませんでした。もう少し頭が回れば良いのだが。


「いや、過ぎたことだ……それに、いずれ露見することは見越していた」


 エンタクは頭を下げたシュウに、首と右手を横に振って「別にいい」と、気を利かせてくれる。

 そんな無駄な気遣いをエンタクにさせてしまったことで、シュウは再度忸怩(じくじ)した。


「ま、とりあえず座るか」


 エンタクにそう言われて、シュウとミレナも座卓の周りにある座布団に座る。


「それで、もう一つ気になることがあるんだけど、シュウをパートナーにするっていうのは、なに……?」


 会話に一段落がついたところで、ミレナが対面して座っているエンタクに質問。エンタクは「それはッ!?」と、身体をびくりとさせる。その後「ん……ん」と、少しだけそわそわした後、


「神人は生涯に一度だけ、昵懇の誓いを結んだ異性とパートナー、鴛鴦の契りを結ぶことが出来る。神人と鴛鴦の契りを結んだ相手は、その神人から寿命の半分を授かり、同じ神人となって生涯を共に過ごすことになるんだ」


 座卓に目を向けながら答弁した。

 ワックスが塗られたような綺麗な机に、エンタクの顔がうっすらと映る。


——マジか、それ……


「なにそれ!? 神人って、そんなことが出来るの!?」


「うん、できる」


 一驚して身を乗り出したミレナに、エンタクは小さく答えた。

 寿命を分け与え、あまつさえ同じ神人に昇華させるとは。神の所業と言えるであろう。


——というか、エンタク神だったわ。


 目の前にいるのが当たり前すぎて、神という事実をつい忘れてしまう。


「果然! 無理矢理ではないぞ! 昵懇の誓いを結んだからといって、鴛鴦の契りを結ぶ必要はない! 果然! 昵懇の誓いを結ぶ必要だってないからな!!」


 それから彼女は両手を顔の横に——シュウとミレナに両掌りょうてのひらを見せて、強制ではないと主張する。


「考えた上で、決めてくれ……僕は、二人がどの選択肢を選んでも、割り切るつもりだ」


 エンタクは両手を下ろしてそう言った。

 真剣な顔だ。だが、どこか寂しさが感じられるような声だった。


 シュウとミレナは息を吸い、ゆっくり小さく息を吐きながら考え込んだ。


 本当に彼女なら割り切れるだろう。それは間違いない。だがもし断ったら——、


『嫌だよ、行っちゃやだよ!!』


『おね、がい。いかな、いで……』


 夢で見た、幼いエンタクの言葉を思い出す。

 その顔は、大好きな姉と別れたくないという離愁りしゅうに溢れていた。ずっと一緒に居たいと、心から懇望こんもうする激情があった。


 葬式の後、姉の話をした時の彼女の顔を思い出す。

 驚きに目を丸くする様。潤んだ双眸。哀痛した表情。

 それらが、幼い頃から風化しない彼女の強い思いを如実にしていた。


 今の今まで、大好きな姉を見つけられないという無念。積怒せきど愁殺しゅうさつ

 万感が今も、幼い頃からずっとエンタクを苛んでいるのだ。


 シュウはエンタクの顔を見た。

 その顔は断られることを覚悟している、真剣な顔のままだ。


 断ったら、きっとエンタクは——いや、

 

——断りたくない。


 仲間だとか義理だとか、報恩など関係なく答えたい。

 ただ純粋に、彼女の思いを少しでも軽くしてあげたい。

 それがシュウの本音であった。


「——エンタク様、俺は、昵懇の誓いなら結べます」


「シュウ……」


 信実に答えたシュウを、エンタクは見つめる。


「私も昵懇の誓い、結べるわ!」


「ミレナ……」


 元気よく仁慈じんじに答えたミレナを、エンタクは見つめる。


「あぁ、ありがとう……とっても嬉しい」


 エンタクは唇を引き結び、必至に涙を堪えるように目を細めた。

 だが涙は零れてしまった。それを境に防波堤が崩れたように、彼女の瞳からとめどなく涙があふれていく。


 シュウとミレナは泫然げんぜんと涙を流す彼女を見て、微笑んだ。

 二人で見合って、もう一度微笑む。


 断らなくてよかった。こうやってエンタクが嬉し涙を浮かべる様を見れて、今は心地が良い。


 そう思ったと同時、シュウは胸中で笑った。

 全く、自分という奴は相変わらず同情だけは上手い偽善馬鹿だ。


「それじゃあ今日から一日、昵懇の誓いを結ぶために三人だけで過ごすわよ!!」


「おう! エンタク様、今日から一日、よろしくお願いします」


「うん! 二人ともよろしく頼む!」


 右手で握り拳を作り、勢いよく立ち上がったミレナに、シュウも右手で握り拳を作って便乗する。

 エンタクはその二人を見て朗笑ろうしょうし、


「やっぱり、君達を選んでよかった……」


 溢れて来る涙を、指で拭いながら呟いた。

 シュウとミレナはまた見合って微笑む。


 少しだけ寧静ねいせいな時間が流れる。


「そういえば、一日過ごすって言ってたけど、食べ物とかはちゃんとあるわよね? あと、お風呂も入りたいんだけど……」


 少しだけ時間が経つと、ミレナが寧静な空気にメスを入れた。


「そこに関しては問題ない。事前に冷凍した食べ物を、離れの横にある氷室に用意している。風呂に関しては、離れから少し南に下山したところに温泉があるから、そこで済ませてくれ」


 流石、セイやフクたちに内緒で、昵懇の誓いを結ぼうとしていただけはある。用意周到だ。

 食事の心配はしなくてよさそうだ。そして風呂は、南下したところに温泉——、


「温泉!? ほんとっすか!?」


「う、うん。本当だぞ」


 立ちどころに、座卓へと身を乗り出して叫んだシュウに、エンタクは狐につままれたような顔になった。ミレナは突然過ぎて、身体をビクッと跳ねさせる。

 一人だけ感興かんきょうして、勝手に興奮しているシュウに戸惑う二人である。


「仙境の中にある温泉……壮麗そうれいな景色の中、涼気りょうきを肌で感じながら温泉を嗜む。すげぇ楽しみっすね」


 シュウは言葉の一区切りごとに、劇団員顔負けのポーズをとって感情を表現。最後に目を瞑り、情趣じょうしゅを「くぅー」と噛み締めるように握り拳を作った。


「というか、今から行くか? 陰刻の三時過ぎだし、丁度時間的にも風呂に入るような時間だしな」


 心境を美辞びじで語ったシュウに、エンタクは恬然てんぜんと提案する。そうすると座卓に身を乗り出したミレナが「行きたい入りたい!!」と、右手を上げて賛成を露わに。


「よし、それじゃあ行くか!」


 そうと決まると、三人は外に繋がる扉から離れを出た。

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