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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
76/116

幕間 みんなで仲良く親睦会 にっ!!

 広間に集まったシュウ達は親睦を深める為、アンコウエン側と訪れた側が混ざるよう班に分かれていた。


 照明——光の六色鉱石が入った赤い提灯に、木で出来た床。四方を覆う白い壁に、十字模様が施された折れ戸。壁には異世界文字が彫られた木製の黒いふだが、いくつか張り付けられている。

 正面にはエンタクの等身大の木彫り像が見え、その上には天蓋てんがいが。


 華麗かれいさと優麗ゆうれいさを兼ね備えた部屋である。


「先ずは食事だ! アンコウエン特産の包子や五目うま煮から、アルヒストのピッツァやソーセージまで! 色々仕入れて来たから、みんなで食べるぞ!!」


 エンタクの開始の掛け声が広間に響き、老若男女が一斉に座布団に座っていく。

 シュウの班はアンコウエン側四人、訪れた側が三人で七人だ。アンコウエン側はエンタク、ハクロウ、ハオ、ローコ。訪れた側はシュウ、ミレナ、そしてリザベートである。


「私はここに座るぅ! シュウとリザベートは横ね!」


「勝手に決めるな。てか親睦会なのに、知り合い同士が横に座っても意味ねぇだろ。だから正面と横は、知らない人の方がいいんじゃないか?」


 真ん中に座って、こっちこっちと手招きしてくるミレナにシュウは指摘する。

 やはり親睦会なら、正面と横は親睦を深めたい者が座った方がいい。


「それもそうね、じゃあ正面と横は知らない人で!」


 ミレナは納得したと右手を上げ、誰か座ってと催促する。

 シュウはミレナから見て右斜め前に。リザベートは左斜め前に座った。


「それじゃあ、シュウの横は僕が座るぞ」


 そう言ってシュウの横に来たのはエンタクだ。彼女は長い髪をお尻で踏まないようにスッと退けると、座って胡坐あぐらをかいた。


「じゃあ俺は、ここに座らせてもらうぜ」


「エンタク様に、君は……?」


「俺はハオ・サルビア! ローガじっちゃんの孫だぜ! よろしくな!」


 次に、シュウの左斜め前に少年——ハオが座った。ハオは親指を自身の顔に向けて立て、きざっぽく自己紹介する。

 六人用に設計された座卓である為、一人だけ机の横部分に座らなくてはならないのだが、そこにハオが座ってくれた。


「ハオか。イエギク・シュウだ、よろしく頼む」


「よろしくハオ! 私はミレナ=アルヒよ! ご存知の通りエルフです!!」


「リ、リザベートです!!」


 ハオの自己紹介にシュウ達三人も自己紹介で返す。ハオはもう一度親指を自身に向かって立て「よろしくエルフ様!! リザベート!!」と、報答する。

 少年らしい明るくフレンドリーな感じだ。


「お兄ちゃん! ちゃんと敬語使わないといけないでしょ!!」


 その中、ハオに指を差して面折めんせつしたのは妹のローコだ。

 彼女の面折にハオは頭の後ろで手を組み「別にいいじゃねぇかローコ! これは無礼講だぜ!」と、頓智とんちを利かせて言い返した。


「はぁもう! またそんな調子の良いこと言って!!」


 そんな飄々(ひょうひょう)とした感じにイライラしたのか、ローコはぷんすかと頬を膨らませてハオの耳をつねった。ハオは「いぃいでぇ!!」と、大きな声で呻吟しんぎん痛刻つうこく藻掻もがいた後、立ち上がり、


「急になにすんだこのボケェ!!」


 怒鳴った。


「お兄ちゃんが勝手なこと言うからでしょ!!」


 だがローコもそこでは引かない。人差し指でハオの腹部を突っつき、睨み付ける。当然ハオも負けていられないと、


「んだと! じゃあエルフ様にタメ口でもいいか訊いてやるよ!」


 ローコの鼻を突っついて、ミレナの方を見た。急に、話の軸に置かれてしまったミレナは「え!?」と背筋を伸ばして、ばつが悪そうに慌てふためく。


「エルフ様! 敬語じゃなきゃダメ?」


「敬語じゃないと駄目ですよね?」


 どちらを選んでも、角が立ってしまう質問だ。

 ハオとローコの注視にミレナは「えっと……」と、視線を逸らして頬をポリポリと掻く。ミレナが可哀そうに思えて来た。何か助け舟を出してやりたいが——、


「ハオ、ローコ。エルフ様が困迫こんぱくなさっている。無礼講とはいえ、相手を困らせていいわけではないぞ。そこまでにしろ……」


 そんなところに、体躯の良い男——ハクロウがシュウの代わりにミレナへ助け船を出した。

 ハクロウはハオとローコに優しく拳骨すると、


「申し訳ないです。エルフ様」


 ミレナを見て頭を下げた。


 ハオとローコは頭を下げるハクロウに「ごめんなさい」と、反射的に謝る。

 そう、謝るべき相手のミレナではなく、ハクロウにだ。反射的にハクロウに謝ってしまったのは、彼が怖いからだろう。


 当然、ハクロウは「謝るのは俺ではなく、エルフ様にだ」と、もう一度二人を注意。

 ハオとローコは言われるがまま、ミレナに「ごめんなさい」と謝った。


「うんうん! 別にいいの! 気にしてないわ!」


「お気遣い感謝します。では俺は、エルフ様の横に座らせていただきます」


 苦笑いして、顔の前で両手を振って問題ないと主張するミレナに、ハクロウはもう一度頭を下げ、彼女の横に座った。

 ハオは元の場所に戻り、ローコは「私はこっちに座ります……」と言って、ミレナの横に座った。両者ともに俯いて元気をなくし、しょんぼりした状態だ。


 裏表のない子供らしい二人だ。


「二人の名前は?」


 閑話休題かんわきゅうだい。再び話の軸は振り出しに戻る。


「ハクロウ・サルビア、ローガの息子です。よろしくお願いします……」


「パパの娘のローコ・サルビアです! よろしくお願いします! シュウさん! ミレナ様! リザベートお姉ちゃん!」


 ミレナの質問にハクロウは閑静かんせいに。ローコは自己紹介はしっかりしなければと、表情を明るく朗らかなものに変えて名乗った。

 しっかりした子なんだな、という寸感がシュウの頭に浮かぶ。


「そういやさ。じっちゃんに、連れ去られたエンタク様を追いかけてほしいって頼まれたの、エルフ様とアンタでしょ?」


 机に身を乗り出して、興味津々と目をきらめかせるハオ。その彼に、シュウは顎に手を当てて「そういやそうだな」と、過去を思い起こしながら答える。

 続いて、


「でも、結局エンタクは操られてなかったから、私とシュウって、あんまり役に立ってないのよね……」


 ハオの興味には答えられないと、ミレナは微妙な顔でぼやく。

 追いかける役目を貰ったが、結局エンタクは自分自身の力で敵を斃し、問題を解決してみせた。助け出すは疎か、寧ろ助けられたと言った方が適切だ。


 エンタクが斃した神人の首魁は、レイキよりも格段に強かった。


「いや、シュウとミレナが居たから、僕は敵の頭目に意識を集中できたし、だからこそスイリュウ達の神核も取り返すことが出来た……感謝しているよ」


「なぁんだ! 私達ってば、役に立ってたのね。よかった……」


 謙遜けんそんと言うよりかは、罪悪感からきているミレナの発言を、エンタクは微笑しながら反駁はんばく。反駁されたミレナは息を深く吐いて、胸を撫でおろした。


「エンタク様の言う通り、中々見込みのある二人ですね。親父が頼んだ訳が分かります」


「だろ? ミレナは日常的に筋肉操作を使えてるし、オドの量はアンコウエン内で僕の次だ。シュウは特殊な力を持ってて、戦闘センスは光る部分がある。鍛え甲斐があるってものさ」


 はて、どこから判断したのか。ハクロウの唐突な寸評に、エンタクは便乗。ニヤリと歯を見せながら略叙りゃくじょする。

 今までのやり取りで、ハクロウによい寸評を抱かせるような行動があったのだろうか。どうも前評判や、ただの力感だけで判断したとは思えない。 


「私ってば天才です! えっへん!」


 そんなシュウの思慮は、ミレナの胸を張って誇称する声で掻き消されてしまった。

 見込みがあると言われ、鼻高になったのである。


 その彼女に、エンタクが嘲弄するような表情で「慢心はするなよぉ、ミレナ」と、用心を促した。

 ムッと頬を膨らませたミレナは、心配しなくても期待に答えてみせますよ、と背筋を伸ばして、


「大丈夫! ばっちり頑張るつもりです!!」


 敬礼してみせた。


 ミレナのことだ。飽きて荒怠こうたいという未来はあり得ないだろう。

 当然、彼女同様に自分も頑張るつもりだ。自分の尻を自分で拭けるようになるのは当たり前。それ以上に、仲間の尻拭いをできるまで強くなるつもりである。


「エンタク様ぁ! 全員席に着きました!!」


 そうやって親睦を深めていると、セイが右手を上げて開始を催促する。

 エンタクは相分かったと即座に立ち上がった。そして、


「よし! それじゃあ、みんな手を揃えてぇぇぇぇ!!」


「「「いただきます!!」」」


——食事が始まった。


「ブロスとサラダとポトフ、あとトマトピッツァ貰うわね!」


「パスタもーらお!」


「…………」


 早速、食べ物に手を付けていくミレナとハオ。遅れて、ローコとリザベートが手を付け始める。

 そんな中、シュウはまず机の上に置かれている食べ物を、改めて眺めていた。


 王道であるトマトピザ。豚肉を詰めたであろうソーセージと肉まん。香辛料で味付けされたミルクパスタ。ドレッシングの掛ったサラダに、五目うま煮。あと、餃子のような物が入ったスープや、クルトン?——細かく切り分けられたライ麦パンが入っているブロス。後は大体ブロスと一緒に居るポトフだ。


 色々とある。


「美味そう……これなんすか?」


 シュウは気になった水餃子のようなスープを手に取ると、横に居るエンタクに質問する。


「あぁ、それは羊羹ようかん餃子ちゃおずをいれたやつだ」


 エンタクは肉まんを頬張りながら、そう答えた。


——ん?


 知らない食べ物の名前を訊いたはずが、どうしてか聞きなれた食べ物の名前が返って来たことで、一瞬脳がバグってしまう。

 どう考えても聞き間違いではないが、シュウはきっと何かの間違いだと思い、


「羊羹? 羊羹って小豆をつかった甘いやつじゃ」


 両手で四角い羊羹の形を作って、恐懼きょうくしながら言葉を返した。

 するとエンタクとミレナが「ん?」と、小首を傾げながらこちらを見てくる。更にエンタクは、


「なんだシュウ。羊羹を知らないのか?」


 手に着いた小麦の生地をぺろりと嘗めて、シュウにそう言った。


「いや、知ってますよ。だって小豆を寒天で固めたお菓子ですよね?」


 顔が熱くなっているのが分かる。シュウは両手で羊羹の形を作り、それを前に出して彼らに見せつける。が、


「何か美味しそうだけど、羊羹じゃないわよそれ」


「羊羹は羊のあつものだぞ。そのまんまだ」


 またもや、ミレナとエンタクから不正解と唾棄だきされてしまった。それも、ミレナはマスタードが掛ったポトフを、フォークで食べながら。エンタクはソーセージをパキっと鳴らして食べながらだ。


「羊の羹」


 シュウは両手を下ろして、エンタクが教えてくれた単語を呟く。

 羹は分かり易く言うとスープだ。故に羊の羹とは、羊の肉が入ったスープということ。


——羊の羹、羊羹、羊の羹、羊羹……漢字が同じ、え、て!? えぇぇ!? 


「そういうことか!?」


 シュウはやっと理解したと叫んだ。


 そうだ。ここは異世界。元の世界と、物の呼び方や名前が違うのは不思議ではない。自分の知っている羊羹と、疑問符を浮かべたエンタクとミレナ——その二人を含めた全員が知っている羊羹とは、違う訳だ。


 そういえば、羊羹の起源は羊の羹だと記された本を、どこかで読んだことがあったか。

 創造主め。物知りなことだ。


「逆にどういうことだよ……」


「なにと勘違いしたかは知らないけど、羊羹は羊羹だぞ」


「知ったかはよくないわよ、シュウ。そういう時は恥ずかしくても、ちゃんと知らないって言わなくちゃ」


 ハオのボディブローで防御が下がり、エンタクのアッパーで意識が飛んで、ミレナの右ストレートで、シュウは精神的にKO。


「はい、すいません。羊羹とソーセージ、後サラダ貰います」


——視線が冷たい。もういや、恥ずかしい、お婿に行けない……


 シュウは恥ずかしさで轟沈した。


 子供の頃、母親経由で間違った言葉の使い方をしてしまい、恥ずかしい思いをしたことがあったか。嫌な思い出だ。その時の自分と、今の自分は同じような顔をしているだろう。


「ほい」


「ありがとうございます」


 エンタクから渡された食事を、シュウはちびちび齧って食べた。


「おいしい! ピッツァを考えた人って、天才よね! チーズびよーんってするの最高!!」


 ミレナはピザを口にくわえ、指で耳の部分を掴んでチーズをぴよーんと伸ばす。それから、伸ばしすぎて垂れ落ちそうになったチーズを「はむっ」と、咄嗟とっさに口で受け止める。そして、そのチーズを飲み込み「んふー!!」と、身体を振るわせながら舌鼓を打った。

 

——はぁ、すげぇ美味そうに食うじゃん。俺も食べよ……


 ミレナのその食べ方を見て、シュウもピザを一切れ手に取った。


「確か、貿易が盛んになったと同時、トマトが輸入、西アルヒストで栽培されるようになって、そこからピッツァが生まれたんだったか」


「小麦で作ったパン生地の上に、すり潰したトマトとチーズを乗せて焼くだけで、これだけおいしいものが出来るのは、目から鱗ですね」


 その中、ミレナの言葉を引き継いだエンタクが、ピザを食しながらピザの歴史の概略を話す。

 その彼女に続いて、ハクロウが雑感ざっかんを述べながらピザを食べる。


 当たり前のことではあるが、この異世界でも色々な事実が纏綿てんめんすることで歴史が堆積しているのだ。決して『こんな感じでしょ』という、突発的な情動だけで構築されている訳ではない。


 玄奥げんおうだ。


「クレイシアお姉ちゃんが言っていたんですが、最近はパスタに、トマトソースとチーズを掛けてみるのはどうかって言われているのは、本当なんですか?」


「本当だと思いますよ! シェフのお姉ちゃんが、確かそんなこと言ってました!」


 クレイシアから色々教わったのだろう。一旦口に入れた物を飲み込んで、リザベートはエンタク達の顔を見て答えを求める。

 その彼女の求めに答えたのはローコだ。彼女もリザベートのように、口の中に入れていた物を飲み込んでから答えた。


「これがトマト革命か……」


「必ずしも外来種が在来種に、悪影響を及ぼす訳じゃないってことだな」


 トマトって偉大だな。そんな感覚で、聞いたことのない言葉を呟くシュウ。その彼に続いて、エンタクは音を出さずにスープを飲んでそう言った。


「うめぇ!! ミルクパスタ最高だぜ!!」


 だしぬけに、違う班で食事をしているグーダの大声が聴こえて来た。たしか、リフレッシウでも、そんなことを言っていたか。


 ——視点は彼らの班へ。


 グーダが居る班はリメア、リフ、フィアン、シノ、フェン、ローガの七人だ。


「あぁ! もうグーダ!! すするのは下品だからやめなさいと言ったの、忘れたのですか!!」


「でもおいひいからよぉ! とまりゃねぇんだ!!」


「あぁおい! てめぇ!!」 


 シノの横に座っているリメアが、下品な食べ方をするグーダ——二つ横に居る彼をたしなめる。それでも、啜るのを止めないどころか、グーダは寧ろソースを軽く飛ばしてパスタを食べていく。

 そんな頑童がんどうも頑童なグーダに、リメアは立ちあがって近寄り、


「せめて、ミルクを飛ばすのはやめろゴラァァ!! クソガキがァ!!」


 ヤンキーのように胸倉むなぐらを掴んでブチギレた。

 グーダは余りの恐ろしさに身体を凝然——皿の上にフォークを落とし、完全停止。それ以降は目を点にして、借りてきた猫のように静かになった。


 頑童には恐怖で分からせる。教育者恐るべしだ。


 その二人のやり取りを、班にいる全員が苦笑いして見ていた。否、フェンだけはリメアの真面目さに「おぉ!」と、感賞かんしょうを示している。


「この包子の中に入っているのは、豚肉ですか?」


「はい! 牛肉とかジビエ系の肉は高いですし、鶏よりも豚の方が合うので、大体は豚肉の包子ですね!!」


 リフは目の前に置いてあった包子を手で掴むと、横に居るフェンに質問。フェンは、見た目通りデカい声で答弁する。


 そのデカい声にシノは五月蠅うるさいと、耳を塞ぎ、


「あと、食後の抹茶の包子も美味しいですよ」


 自身の好きな抹茶の包子をリフ達に教えた。

 すると抹茶と聞いたフィアンが手を上げ、シノの方を見て「抹茶って、緑茶の内の一種類ですよね?」と、問いかける。


「そうですね。作り方は知らないですけど……」


 シノは正解だと返答。そうすると今度は、作り方という言葉にローガが右の眉をり上げて反応。ふぅと息を吐き、どこか嬉しそうに髭を弄りながら、


「なら、ワシが教えてやろう。先ず、茶の渋みを少なくするためにな、入って来る日光を遮るわらを上に敷いてな、茶を栽培するんじゃ。それで……」


 会話に参加した。

 リフ達も親睦を深められているようだ。



——視点は彼らの横で食事をしている班へ。



「グレイさん! あんた酒はいける口か!?」


「まぁまぁいけるぞ。マサムネは飲めるのか?」


 マサムネが飲み干した木製ジョッキを机の上に置き、隣に座るグレイに話しかける。呼名こめいされたグレイはノリよく、自分の胸を叩いて返事をした。

 彼らの班は前述した二人と、ユリア、クウェル、ラウラ、ケイン、銀髪で白目の少女と、メイズ色の髪の三白眼の女性で八人だ。


「行けるぜ! 飲み比べしねぇか!?」


「よし、乗った!」


 今日会った間柄であるにも関わらず、グレイとマサムネはマブダチと言わんばかりに腕と腕を絡めて意気投合。二人で輾然てんぜんと笑い合う。


「兄さま。 流石にそれは……」


 グレイに、クウェルが少し青ざめながら言った。


——視点は僅かばかり、クウェルの胸中へ移動する。


 飲み比べなど泥酔しますと言っているようなもの。そして、泥酔となれば不祥事は付き物だ。

 貴人どころか、王すらも頤使いしできる神人のエンタクに、泥酔して恥ずかしい酔態すいたいを晒してしまっては、命がいくつあっても足らない。精神的に。

 寛大な心で許してもらう方が辛いまである。


「許してくれよ! クウェル!! ここ最近、仕事のせいで酒が飲めなかったんだ! こういう時くらい、がっつり酒飲ませてくれ!! な! 頼むぜ!!」


「はぁもう、兄さまったら……」


 だがグレイは両手を揃えて、クウェルにおねだりする。クウェルは額に手を当て、呆れたと首を横に振る。


「こういう時は、許してあげませんか? クウェル様」


「はぁ、分かりました。ただし、親睦会なので飲み過ぎては駄目ですよ!! 兄さま!!」


 普段なら許可は出さないのだが。ユリアからの提言と、モワティ村に滞在中、何も出来なかったことへの照顧しょうこが重なり、条件付きで許してしまった。


「分かってるよ! 安心しろ! 最高でも十杯で止める!!」


 グレイはクウェルに向かってサムズアップ。

 その不安を煽るような発言に、クウェルはまた呆れたと溜息を吐く。


 というかもう、飲む杯数を決めてしまっては飲み比べではないのでは。という疑問は、野暮なので胸の内に仕舞っておこう。


 ——視点は元に戻る。


 銀髪で白目の少女が「あーん」と口を開けると、メイズ色の髪の女性が食べ物を食べさせる。


「フロリナ様、どうですか?」


「美味しい! いつもありがとうバーバラ!」


「はぅ! 勿体なきお言葉です!! フロリナ様!」


 ポトフを食べきり、食べさせてくれたメイズ色の髪の女性——バーバラに、銀髪で白目の少女——フロリナが謝恩しゃおんする。

 謝恩を受けたバーバラは身体全身で喜びを表現。欣然きんぜんとパスタを盛り、またフロリナの口にゆっくりと入れた。


「よし、そんじゃあ始めるとしますか!」


 そんな二人の横では、酒の飲み比べを始めようとマサムネが酒樽を持ってきた。マサムネは座布団の上にドカッと座り、誰か他にも飲み比べに参加しないかと、班の者達の顔を窺う。

 そして、目が合ったラウラにマサムネは、


 「ラウラも飲み比べるか?」


 提案する。


「酒は筋肉に悪いから、アタシはパスネ」


 しかし、ラウラは首を横に振って断った。マサムネは「んだよ、のりワリィぜラウラ」と、不機嫌そうに言う。


「それ、アルハラネ。アタシは飲まないったら飲まないネ」


「へいへい。わるぅござんした」


 そんな反応を冷然とあしらうラウラ。

 マサムネは軽く謝って、ソーセージをかじった。


 班のメンバーで、飲み比べが出来そうな相手はもういない。マサムネは「はぁ」とため息を吐き、諦めて酒樽のダボ栓を道具で抜こうとした。その時、


「私もその飲み比べ、参加してもよろしいですか?」


 ケインが参加を申し出て来た。

 思わぬ角度からの挑戦者にマサムネは「げッ! ケイン、お前が参加すんのか!?」と、嫌そうに反応する。


「駄目ですか? 酒と言えば私の出番かと思ったんですが……」


「あからさまに嫌そうな顔すんじゃねぇよ!! 分かった!! だが加減はしろよ!!」


 俯いて両目からツーと涙を流すケインに、マサムネは悪かったと参加を承諾する。

 途端、ケインの両目から涙が消えた。そして、彼は俳優顔負けの豹変——ニコっと喜色満面きしょくまんめんの笑みで「感謝します」と、頭を下げた。


 マサムネは厄介なことになってしまったと、嘆息。道具で酒樽のダボ栓を抜いて、


「じゃ、最初は度数が低いペリー酒から行こうぜ!」


 グレイとケイン、それから自分の分の酒を木製ジョッキに注いだ。二人にそれを渡し、


「おう、分かった!」「望む所です」


 一大事になりかねない不安な飲み比べが始まった。


 ——視点は最後の班へ。


 最後の班はローレン、アリス、クレイシア、フク、セイ、ボトー、ギンジの七人だ。


「久しぶりだね、クレイシア」


「お久しぶりです。ローレン様」


 そう言ってクレイシアの手を握るローレン。クレイシアは彼の熱い視線と情熱的な手の握り方に、頬を赤く染めながら返す。

 人間が怖いとはいえ、夫であり顔の良いローレンに迫られては、普通の女性的価値観を内包するクレイシアでは抗えない。


「その、神剣が朽ちて恩恵を得られなくなったというのは、本当なんですか?」


 とはいえ、である。抗えないだけで、繕う事はできる。

 クレイシアは赤く染めた頬を軽く咳払いして元の状態に戻し、世間話を始めて誤魔化した。


「本当だよ。今では、私の力量は一般人と差異はない。だから、アンコウエンで鍛えてもらおうと思っているんだ」


 ローレンはクレイシアから手を離すと、少し間をおいて答弁した。クレイシアは憂色ゆうしょくを顔に宿し「そうですか」と、言葉を挟み、


「ありふれたことしか言えませんが、頑張ってください。応援しています」


 祈るように両手を揃えて、ローレンに鞭撻べんたつの言葉を送った。ローレンはクレイシアの言葉に目を見開く。その後すぐ、彼女の両手を自身の両手で覆って「ありがとうクレイシア」と、見つめた。


 再び注がれる熱い視線と情熱的な手にクレイシアは再度、頬を赤く染めてしまう。そんなクレイシアにローレンは微笑み、


「そうだ、君もここに住むのだろう? なら今度、初めてのデートでもしないかい?」


 周りに人がいる中、大胆にデートに誘い始めた。

 大胆で男らしい勇毅ゆうきな誘い方に、アリスとセイ、フクの三人の視線がローレンに集まる。

 アリス、セイ、フクの三人はこう思った。


——こいつ!? こういう場でデートに誘いやがった!?


「デートですか!? 私は、差し支えないですが……」


「それじゃあ、休みの日にデートに行こう」


 もう完全に二人きりの世界に入るローレンとクレイシア。クレイシアは目を逸らして「わ、分かりました……」と、誘いを受けた。


 相手の目を見て微笑みかけるそれは、女性客を相手にする男娼だんしょうがよくしそうな仕草だ。

 流石、美人や可愛い女性が好きなローレン。女性の扱いが上手い。顔が良いのも、それに拍車をかけているだろう。


——アリスに視点が動く。


「全く、正妻の前以外では、女に目が無いというのに……いや、だからこそ慣れているというのか。これだから、女好きの男というのは……」


 アリスには男運の無い貴族学校からの友達がいる。その友達は他の友達に誘われ、男娼に行ったらしいが、それ以降、定期的に通いはじめ、今では底なし沼に入っているらしい。


 男に積極的でなかった学校の友達が、男娼に沼っているという事実を知った時は、驚きで頭が真っ白になったか。

 仕事に明け暮れ、会えなかった時間が長かった分、その衝撃は大きくあった。


「そんな馬鹿男に引っ掛かってしまう馬鹿女には、なりたくないですね」


「ですね。貞操観念を守ってこそ、良い女。淑女しゅくじょですから」


 その通り。セイの言葉にうんうんと頷き、全力でアリスは乗っかった。

 友人とクレイシアを煽っているようにも思えるが、他意しかないので許してもらいたい。


「分かってるじゃないですか! 話が合いそうですねアリスちゃん!」


「ちゃんはむずがゆいです! セイさん!」


 同志を見つけたと、嬉しそうな顔で手を握って来るセイに、アリスはそう返す。

 ちゃん呼びなど幼いころ以降、呼ばれた事が無いうえ、二十五の年になっていきなりちゃん呼びされては、背筋がむず痒くなるというもの。


「女性に対し、あんなにべたべたぐいぐいと。僕は望まない催淫で、何度も傷付いているというのに……クソムカつく!」


 横に居るフクが、中身を飲み干した木製ジョッキを勃然ぼつぜんと座卓に叩きつける。

 恋は性欲と言われているし、実際そう思うが、それでも望まない催淫で恋を実らせるのは嫌なのだろう。


 アリスはフクを誠実な人だと思った。


 淫魔と人間のハーフであるセイとフクは、見た目は人間であるが故に純粋な淫魔よりも見分けがつきにくい。だから、異性を避ける傾向になってしまったのだ。

 現に、セイは横に居るアリスに距離を置いていないが、フクは僅かに距離を置いている。 


「アンタはまず、その童貞くさい挙動をどうにかしないとね」


「うっせぇ! おめぇも処女だろうがよ!!」


 酒で顔を赤く染めるフクに、セイが口元に手を当てて小馬鹿にする。小馬鹿にされたフクはセイに指を差し、青筋を浮かべて言い返す。

 言い返されたセイは「はぁ!?」と、同様に青筋を浮かべて、


「アンタみたいな、見た目がいい女に鼻の下伸ばしてる童貞と、運命の王子様が来るまでずっと待ってる私の処女は、全然違うわボケコラァ!!」


 口汚く罵った。

 アリスを挟んで喧嘩が勃発する。


「同じだわ!! てかなんだよ! 普段は気だるげだけど、やる時はやるイケメン高身長で守ってくれる王子さまって!! お前も明らかに見た目重視してるだろうが!! 性格も厳選しててより質が悪いわ!! てか、お前もイケメンに涎垂らしてただろうがよ!! ビッチが!!」


 そう言って、セイの異性に対する煩悩まみれの好みを罵り返すフク。


「はぁ!? そんなこと言うからモテないんだよ! 性欲だけ強い童貞猿!! というか、アンタだって好みは、身長は自分よりも三寸低くて、髪は長くて、清楚で控えめな可愛い子がいい!! とか、いかにもキショくてくっせぇ非モテ男が言いそうなこと言ってた癖によぉ!!」


 それに対し、倍返しで報復するセイ。

 性格は誠実ではあるが、異性の好みは誠実ではないらしい。というか下品まである。


「やんのかコラ!!」


「上等だゴラァ!!」


 二人は額をぶつけ、犬のようにグルルとうなり合う。


「五十歩百歩だな、これは……」


「あ、あはははは……見た目も精神年齢も、おじさんより年上には思えないなぁ……」


 そんな二人を見ていたボトーとギンジが、やれやれと言いたげに評する。

 間に挟まれたままでいたアリスは流石に止めなくてはと、セイとフクを引きはがし、


「お二人とも! 落ち着いてください!!」


 仲裁。

 セイとフクは腕を組み「ふん」と、互いに外方を向いて押し黙った。


 それにしても、これは確かに危険だ。好きでもないフクに触れただけで、胸の鼓動が早くなった。フクが望まない催淫を、よくない事だと思っている淫魔で良かった。

 アリスは安堵に息を吐いた。

 

——視点は最初のシュウ達まで一周する。


「ふふ、賑やかね! 楽しそう! 私も、お酒飲もうかしら」


 他の班の会話を耳をぴくぴくさせながら聞いていたミレナは、そう言った後に食べ物を口に入れる。


「ミレナは俺と同じで酒に弱いんだから、飲み過ぎは駄目だぞ」


 シュウはまた酔いつぶれてしまわないかと注意を促す。が、彼女は口の中に食べ物を含んだまま「ちひちひ飲むかりゃ、ひんぱいいりましぇん」と、微妙に聞き取れる活舌で返す。


 それから彼女は口をリスのようにもぐもぐさせ、酒を汲みに立ち上がって歩き出した。


「なんだ、二人とも弱いのか……」


「結構っすね。エンタク様は飲めるんですか?」


 頬杖を付いて訊いて来るエンタクに、シュウは聞き返す。

 見た目からすれば、弱そうではある。

 そんなシュウの主観マシマシな感想を、エンタクは「まぁな」と言って叩き伏せ、


「僕って毒が効かないんだよね。体質的にもだし、傑出能力で更に抗体をあげてるの……それで、アルコールは体に毒だろ? だから飲んでも飲んでも反射的に解毒しちゃって酔えないの……流石に腹が膨れちゃったら、物理的に飲めないけどね」


 頬杖を付いたままで答え、最後はこちらを向いて舌をペロッと出し、ウィンクした。

 反射的に解毒されてしまい酔えないなど、聞いたことがない。可愛く、それも艶冶えんやにウィンクしたが末恐ろしい人だ。


 エンタクはそんなシュウの胸襟きょうきんを見透かしたように、ニヤリと笑みを浮かべる。そしてその笑みをすぐに解いて、


「あそこに、緑色の長髪の男がいるだろ? 名前はケイン……あいつも、毒が効きにくい体だから、どれだけ酒を飲んでも、ほろ酔い程度で収まっちゃうんだよね。それで酒豪……」


 グレイ達がいる班の方向——ケインに指をさした。


「さっき飲み比べがなんたらって、言ってませんでした?」


 そのケインと飲み比べをするか、しないかという話をしていたグレイのことが心配になって来た。グレイは負けず嫌いな一面を持つ為、しまいには飲んだくれてしまうかもしれない。


「ケインの圧勝だな……マサムネも酒は強いけど、ケインには勝てない」


 エンタクは洒々落々(しゃしゃらくらく)と言って、皿の上に残っていたポトフを食べきった。


 マサムネがラウラには飲み比べを誘ったのに、ケインの自薦じせんには忌避してしまった理由がそれだ。

 アルコールが反射的に解毒されてしまっては、確かに飲み比べにはならない。体質であるため反則とは言えないが、なんだか不平等な気もする。気がするだけだが。


「グレイさん大丈夫かな」


 今まさに酒をぐびぐび飲んでいるグレイを見て、シュウはそう零す。すると、リンゴ酒が入った木製ジョッキを持って戻ってきたミレナが、座布団に戻り、


「ユリアとクウェルがいるし、大丈夫でしょ!」


 他人事のように流した。

 いやまぁ他人事ではあるんだが。


「そうだと思いたい」


 心の底から、そうだと思いたい。

 親睦会であるし、食事だけで終わりとはならないだろう。だのに、飲んだくれて参加できないというのは、純粋に親睦が深められない事への心配と、恥ずかしさが残る。


——主に恥ずかしさが!


 何故なら、モワティ村での歓迎兼、親睦会の時に飲んだくれたグレイの最悪な酔態を、シュウは知っているからだ。

 ダルがらみおじさんからの、爆睡おじさんだった。


——はてさて、この先どうなりますことやら。


 などと、不祥事が起きないことを願いながら食事をしているとあっという間。座卓の上に置いてあった食べ物が遂に無くなり、時間にして一時間半が経った。

 

「ふぅ食べた、食べた……みんなで駄弁りながら食べるのは最高だな」


「ピッツァにミルクパスタ、それにソーセージと豚肉の包子でしょ? 五目うま煮に、餃子を入れた羊羹でしょ? 後ドレッシングを掛けたサラダと、ポトフと、大体一緒にあるブロスに、小さく切ったパンを浸したやつ。全部美味しかったぁ……」


 食事を終え満悦まんえつを喋るエンタクに続いて、ミレナが皿に盛った最後の食べ物を口に入れる。そしてポッコリと膨れたお腹をさすりながら、長いため息を吐いた。


「俺も結構食っちまった……」


 シュウもミレナと同じく満腹になった腹を触り、手をついて体重を後ろに。

 この異世界にいて、最高の食事であった。


「よかったな。そうだシュウ、ミレナ、耳貸して……次のイベントが終わったら、離れに来てくれないか?」


 食事を終え暇になったのか。未成年達が広間の真ん中で、お手玉ならぬお手玉浮かせをする中、エンタクはさてと、とシュウとミレナを手招きする。

 二人は疑問符を浮かべながら、彼女に耳を貸した。


「離れ?」


「どこにあるんすか?」


「そこから出て左に行くだろ、次の十字を右に行って、突き当りを左に曲がって、橋が見えると思うから、扉を通って、そこを真っすぐ行ったら離れ」


 投げかけてくる二人に、エンタクは後ろを向いて扉を指さし——離れの場所を説明する。

 そういえばコウエンタクの正門を潜った時、右側に屋根のような物が見えたのを思い出す。あれは離れだったのか。


「そこから出て左、次の十字を右」


「突き当りまで行って左、んで橋を真っ直ぐ渡ったら離れ」


「うん、合ってる」


 イベントを挟んだ後ということで、シュウとミレナは忘れないようにエンタクの言ったことを復唱。エンタクは間違っていないと頷いた。


 疑義ぎぎ。どうしてエンタクは、自分とミレナの二人だけを離れに呼んだのだろうか。見当がつかない。


「わかった! ちゃんと行くわね!」


 ミレナは右手でオッケーのジェスチャー。

 変なことをされる訳でもないだろう。シュウの脳内に巣くっていた疑義は、次のイベントが何なのかという予想に席巻せっけんされた。

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