幕間 みんなで仲良く親睦会 いち!!
夜に片足を踏み入れた程度の夕方。
シュウ達はモワティ村に帰っていた。
「ヴァンパイアの人が、その、アンコウエンという所に!?」
室内に金髪で紅眼の少女——リザベートの嬉しそうな声が響く。
秀麗な服を纏った老人——その模様が描かれた大皿や、中心に紋様がある羊皮紙の本が入った棚。壁に掛かる絵画。台所には、調理された食べ物が入っている様々な瓶詰と、酒樽が置いてある。
そう、ミレナの家のリビングだ。
「そう! リザベート、自分を知りたいって言ってたでしょ? だから、私達と一緒にアンコウエンへ行きましょ!!」
「はい! いきたい、です!!」
驚喜してぴょんぴょんと跳ねているリザベートの両手を、ミレナも嬉しそうに両手で包み込む。その後、ミレナがリザベートに「いぇーい!」と、ハグを示唆。リザベートも「い、いぇーい!」と言って、ミレナに抱き着いた。
それから二人はハグし合ったままクルクルと回り「やったやったやったぁ!!」と欣喜雀躍。最後にもう一度「いぇーい!」と言って、二人で決めポーズを取った。
ミレナに比べてたどたどしい決めポーズを取るリザベートは、どこか彼女らしい。
「わたしと同じ、人種の人と会えるのかぁ……楽しみだなぁ」
両目をお星さまのようにキラキラさせ、リザベートは快心を味わうように天井を仰ぐ。そんな彼女を見て微笑んだ後、シュウはグレイに視線を遷移させた。
「グレイさん達はどうする?」
アンコウエンに行くかどうかを問われたグレイは「そうだな……」と、腰に手を置いて考え込んだ。その彼に横からリフが、
「僕はアンコウエンに行くつもりだよ、グレイ。帰郷は、また先延ばしになってしまうけど、エンタク様が僕達に力添えをする為には、なるべく多くの人員が必要だからね」
同行を奨励する。
少し時間を遡り、シュウ達がアンコウエンから出る前。
『派遣するのは、魔獣達に対して忌避感のない者達にしてくれ……そっちの方が君達の仲間にとっても、魔獣達にとっても楽で安心だ』
エンタクが言ってくれたアドバイスだ。
「それにグレイなら、アンコウエンに住む魔獣達を受け入れてくれるだろ?」
リフの言う通り、そのアドバイスにグレイは合致している。グレイなら、アンコウエンの宗教観も受け入れてくれるだろう。
「分かったが、ユリアやクウェル、村民達はどうする? 俺とお前が出て行くだけで、村の防衛はかなり手薄になってしまうぞ」
グレイは腰に置いていた手を降ろし、一番の心配事であろう村の防衛について切り出す。だが、そこに関しては大丈夫だ。
「そこは神子兼エルフである私の権力と、エンタクの権力を使うつもりよ! モワティ村に騎士の派遣を要請するわ!」
右手を小さい胸に当ててムッと張り、ミレナが高らかに宣言する。
その通り。こちらにはミレナとエンタクという、最高の権力者が二人も居るのだ。村の防衛云々の話は、眇眇たる問題である。
「環境が変わるけど、そこは受け入れてもらうしかないな」
腕を組んでシュウは呟いた。
問題は村民と騎士の間に軋轢が生まれないかという一点。故に問題ないではなく、眇眇たる問題である。
「分かった! ただし、長期の駐留の間、ユリアとクウェルに会えないのは俺的には辛い。騎士の時とは違って、傭兵の今は安心できないんだ。二人を連れて行っていいなら、俺も同行しよう」
グレイはユリアとクウェルの後ろまで移動すると、二人の肩に手を乗せて言った。なんだそんなことかと、シュウ達は小さく息を吐いた後に破顔する。
ゆるゆるでガバガバな条件だ。それはもう、無条件で同行すると言っているのと変わらない。
「会えないのは辛い、なんだか照れますね」
「兄さまは、衷心の伝え方がストレートすぎます」
ストレートに気持ちを伝えられた妻のユリアは両手を顔に当てて、嬉し恥ずかしと頬を赤く染める。クウェルも嬉し恥ずかしと、視線を斜め下に逸らして、頬を人差し指でポリポリと掻いた。
このおっさんが、騎士団長に選ばれた理由が犇々と伝わって来る。
「そこは大丈夫だと思うわ。ということで、モワティ村からはリザベートにリフとグレイ、それとユリアとクウェルが、アンコウエンに向うってことで!」
そうして、アンコウエンに同行するメンバーが決まり、ミレナが協議を終わらせようと手を上げた時。
「待って下さいミレナ様!! 私も同行します!」
クレイシアが不服そうに名乗り出た。彼女の思わぬ名乗り出に、ミレナが「え!? クレイシアも!?」と驚く。
それもそうだ。彼女がアンコウエンに行かなくてはならない理由はない。
クレイシアは両手を机の上にボンッと置くと、
「ミレナ様だけでなく、リザベートも居なくなってしまえば、私はただ服を仕立てるだけの女になってしまいます!! というか、私は二人のお世話をするのが仕事です! それにどうせミレナ様、旅路では、イエギク様達に迷惑をお掛けしたのでしょう!? それは看過できません!! で、す、の、で、私も同行します!!」
一人だけ取り残されてしまうのは嫌だと主張した。
なんだかんだ言ってはいるが、一緒に行きたいというのが源だ。逆立った尻尾が、その感情を露わにしている。
確かに、彼女を連れて行かなくてはならない理由はない。が、連れて行ってはならない理由もない訳だ。
本人が行きたいというのなら、連れて行くのが情宜だろう。
「め、迷惑なんかかけてないわよ!!」
すると、ミレナが情動的に論点をどうでもいいものへと切り替える。お姉さんぶりたいミレナにとって、甘えるというのはプライドに傷がつく訳だ。
まぁ、人というのは口先だけで、割と言行が一致しない事は多々ある。
「いや、お前が酒に酔った時、俺、二度も歯磨き手伝わされたぞ」
シュウは何時ぞやに甘えて来たミレナの行動を、包み隠さず暴露した。
「え!? そうだったっけ!? てか、そうだったとしても言わないでよ!!」
「ほら見た事ですか!! ミレナ様はイエギク様に甘えすぎです! 赤ちゃんですか全く!!」
酒に酔っていた所為で、ミレナは甘えた行動を忘れてしまっているようだ。
そんな図星を突かれたバブちゃんミレナを、クレイシアは指を差して叱りつける。
「赤ちゃんって言われる程、甘えてないわよ!!」
「いいえ! 言い訳は聞きたくありません!!」
バブちゃんだと指摘されたミレナは、言いがかりだと長耳を逆立てて反言する。しかし、そんな反言もクレイシアを機軸に、全員が憮然と首を横に振ったことで虚しく爆沈。
「ん、ぷふッ!」
シュウは後ろを向いて笑いを噴き出した。
いつも小馬鹿にしてくるミレナが醜態を晒す様は、何とも滑稽であった。
ミレナの「違う! 違うってばぁ!! みんな聞いてェェ!!」という釈明はもう届かない。
バブちゃんミレナが満場一致で決定した。
「問答無用で、私も同行させていただきます!!」
クレイシアの同行が決まり、モワティ村から新たに五人が参加することとなった。
※ ※ ※ ※
夜。騎士が職務を行う本部に、ローレンとアリスは足を踏み入れていた。
「騎士の派遣をしてほしい、ですか?」
「あぁ、それも、なるべく魔獣に忌避感のない者達で頼む。敵には神人がいて、更にルマティアの枢機卿と白蛇が関わっていることが分かった……それらを征伐するには、エンタク様の力が不可欠。そして、そのエンタク様から力添えをしてもらう為には、アンコウエンの治安を維持する人員が必要だ。そうだな、最低でも五百はほしい」
アリスは冗多を一切省いて簡潔に説明した後、紙を卓上に叩きつけた。エンタクから、騎士を派遣してほしいという旨を記した紙である。
エンタクから頼まれた最低の派遣人数は千人。
となれば騎士と傭兵を五、五で分けて派遣させるのが、自然かもしれない。だが、国営——国の税収から俸給を受け取る騎士と違い、傭兵は民営——仕事の内容ごとに金を支払わなければならない。
また、騎士学校を卒業してから就いている騎士と、学や礼節の無いごろつきでも就ける傭兵とでは、練度は桁違い。トラブルなども起きにくい。
出費を倹約する為、エンタクがアンコウエン外に出られる可能性を高める為にも、騎士の割合は高くしなければならないのだ。
「五百!? 流石にその数は! 霧が晴れて、ただでさえ魔獣達が活発に暴れ出しているんですよ! その数の騎士を派遣しては、拮抗が……それに枢機卿って……もう戦争になるのでは」
とはいえ、いきなり五百以上の騎士を派遣するというのは難しい話である。況してや国防長官や副長官ではなく、たかが受付程度の男なら尚更。
彼が困惑して判断を決めかねてしまうのは、至極当然であった。
「では、強力な敵対勢力を放置し、中央都含む、我々東アルヒストは何もせず、エンタク様におんぶにだっこしてもらうと?」
ただここで退いては何も始まらない。
アリスは頭が固い保守一辺倒ではいけないと、受付の男を威圧する。
受付の男は、何とも言えない顔で俯いてしまった。
そんな剣呑な空気の中、
「派遣したれ。聞いた感じ、戦争ではなさそうだしな」
クザブ・ゼルブスキーが現れた。
「ゼルブスキー」
「それはどういう……」
「動いてるのが教皇じゃなく、枢機卿。それに加えて白蛇と来た……おかしいだろ、反社会勢力と、国のトップである聖職者が組んでるなんて」
困惑しているアリスとローレンに、クザブはポケットに手を突っ込んだまま近づいていく。そして、横にあった木製の椅子の上にドサッと座った。
「そもそも宣戦布告すらもせず、急襲を仕掛けて来たんだ。これは汚名に繋がる。教皇は、関わってないと考えるのが妥当だ。或いは、関わっていない体にしてるか。どちらにしろ、戦争まではいかない。枢機卿と白蛇を潰したら、話は終わる」
クザブは足を組み、受付の卓上で頬杖を突きながら、早らかに趣意を喋っていく。
ごもっともな意見だ。
教皇が件の急襲に一枚噛んでいたとしても、その立場上トカゲの尻尾切りをせざるを得ないのは間違いない。
仕掛けて来たのはルマティア側である為に、こちら側に責任転嫁するのも無理。クザブが言った通り、戦争まではいかないだろう。
枢機卿と白蛇を倒してしまえば、教皇側から謝意と謝礼が渡され、和睦となるだろう。
「急襲を仕掛けて来た卑劣な輩を征伐する為に、老人様に力添えをしてもらわなければならない。だがその為には、俺達騎士の力が必要。国の問題だってのに、騎士が一切動かず、老人様任せってのは、立場的に厳しい……」
言いたかったことを、クザブが分かり易く纏めて言ってくれる。
騎士が動かなければ、民衆から何のために税金を払っているのだと、動かないのは肥えるだけの臆病者ではないのか、という醜聞につながってしまう訳だ。
それは王や国防長官の沽券に関わる。動くしか選択肢はない。
「というか、王でさえも老人様の権力に逆らえないだろ。もともと、こっちから頼んで連邦に加入してもらったんだし、それにそもそも、この国は神を頂点にする宗教国家。その神の血を多く引く神人の、況してや懇請に首を縦に振らないのは、民衆からの反感、国の内部崩壊に関わるからな」
それもまた事実。
エンタクの立場は領主であるが故に、能動的に連邦へと加入したと思われがちだが、実際は受動的だ。故に形式上は王が一番上ではあるが、実際は神人のエンタクが最上となっている。
それにしても、頭の回る男だ。クザブの強さは、魔法の才能と聡い頭があるからこそだろう。
「俺から、ジジイに直接言っといてやる……そういやアリス。アンコウエンで、賊が出たんだろ?」
「もう知っているのか」
「国防長官の孫の情報網を、なめてもらったら困るな」
何とも狐仮虎威感が否めない言い方だ。
いやまぁ、クザブは狐ではなく虎の子なのだが。
「最悪のタイミングだったよ」
「最悪? 最高の間違いじゃねぇのか?」
苦衷を吐露するアリスに、クザブはまたも趣意が分からないことを言った。当然、アリスは「何が言いたい?」と聞き返す。
この男の場合、嫌味でないだろうことは分かる。
「老人様から征伐の謝礼品、貰ってるだろ?」
「ふん、頭が回る奴だ……お前が考えている通り、選挙で活かすつもりだよ」
ニタリと笑いながら答えたクザブに、アリスはそういうことかと、呆れたように腕を組んで視線を外した。
謝礼品を選挙に利用しないのかと、言外に問うてくるクザブも、それを理解し、問われる前から利用しようとしている自分にも、呆れの感情が湧いて来る。
騎士というには余りにも陋劣だ。
——罪ではないだけで、これでは傭兵落ちしたグレイさん達に、何かを言う資格はないな……
「よかったなぁ……老人様は、フェアラードの民衆にとって守護神だし、これで最上級騎士まっしぐらだなぁ。これも、俺が勧めたお陰だよな」
「まったく……お前の言う通り、アンコウエンに行って良かったよ」
「うっわ、全然感謝の気持ちがこもってねぇじゃん。ひっど」
わざとらしく言って来るクザブに、アリスは皮肉っぽく返す。その彼女にまたクザブは、お手上げのポーズをとってふざけて言い返す。
この男は。付き合っていられない。相変わらず人をからかい、調子を乱すのが得意な奴だ。
国防長官に直接派遣の要請をしてくれることだけは、感謝しておこう。
アリスは「黙れ、性格悪男」と吐き捨てながら、建物の外に足を運んでいった。その彼女の背中にクザブが「辛辣ぅ。恩人なのに辛いで、ほんと……」と、捨て台詞に捨て台詞で意趣返し。
「……ま、互いに選挙頑張ろうぜ」
そう言って手を振るクザブに、ローレンは会釈してアリスを追った。
※ ※ ※
「お、シュウ達が来たようだ……」
人一人がやっと乗れそうな程の峰の上で瞑目し、精神を研ぎ澄ませていたエンタク。彼女は目を開けて立ち上がると、背中から崖下へと飛び降りた。
重力に引かれるまま、エンタクの身体は垂直落下。彼女は露出した岩肌に接触する寸前で身体を翻し、風を切る速さで空を飛んでいった。
コウエンタクにて、シュウ達が到着するのを待つ。
一方シュウ達は、フイリンに付いていた。
アリスの選挙運動を途中で挟んだが、それでもジッケルの森で遅滞を食らってしまった前回よりかは、だいぶ早く到着できた。
「よ、一週間ぶりじゃな……ぬしらよ」
馬と御者と別れ、街中を歩いていたシュウ達に声を掛けた——出迎えたのは、前回と同じくローガだ。
ローガは正面に河が見える長椅子の上に座り、待ち合わせをしていたと言わんばかりに、茶を飲んで寛いでいた。
俯瞰的に状況を把握できる傑出能力、便利過ぎでは。
「あ! ローガ!! こんちわ!」
「こんにちはです、エルフ様」
ローガにミレナが手を振って挨拶する。ローガは目を瞑って会釈すると、横に容器を置いて手を叩いた。
すると、樹木の影から五羽の鳥の魔獣が姿を現し、ローガの後ろに整列。一匹ずつ返事をするように鳴いてみせた。
前回とは違って、ピヨミピヨジピヨゴの三羽だけでなく、新たに違う種族の鳥の魔獣が二羽増えている。三姉弟よりも少し体躯は大きく、頭頂部から生えた冠羽が特徴的な鳥だ。
「じいさん、また送ってくれるんですか?」
シュウがそう問うと、ローガは「まぁな……」と、茶を飲み干して答える。そして、よっこらせと立ち上がり、
「金もいらんし、陸路より空路の方が早いじゃろ? ほれ、乗ってけ」
顎をクイッと動かして、早速ピヨミ達の背中に乗るよう催促した。
そうして、エンザンの麓まで空の移動を楽しみ、そこからは全員が自身の足で階段を登っていく。
体の弱いクウェルをグレイと交互に背負いながら、コウエンタクの正門前に辿り着いた。
「ふぅ疲れた、お風呂入りたい……」
「だな、今日はコウエンタクで休ませてもらおう」
額の汗を拭い、登り切った達成感で胸を張るミレナ。シュウは両手を空に向かって伸ばし、全身を弛緩させながら他のメンバーを待つ。
「はぁ、きっつ、流石に五千は、きついな……ふぅ」
まず最初に着いたのはクウェルを背負ったグレイだ。
「申し訳ないです、兄上、イエギクさん」
「気にすんなクウェル」
グレイの背中から降りたクウェルが謝って来るが、シュウは仕方ないと励ます。
「そうだ、お前は身体が弱いんだから、はぁ、ぅ、こういう時は、甘えろ……」
グレイも横にあった椅子に腰を下ろすと、息を整えながらクウェルを励ました。
「やっと、着きました。もう、動け、ません……」
その次に着いたのはユリアだ。登る前に、彼女は体力には自信がありますと言っていたが、本当にその通りらしい。
「自分の体力の低さに、うぇ、辟易します……」
「前回は若頭、俺とイエギクのにぃに、背負ってもらってたしな。ふぅ、いい運動したぜ……」
その次はリメアとグーダ。
「やっと到着か、はぁ、はぁ……」「二回目だけど、これはきついね……」
「ですね……」
そのまた次はフィアンとリフ、そしてアリス。
「手を貸そうかい? クレイシア……?」
「いえ、あと少しですし、はぁ、アメニア様のお手を、煩わせるわけには……はぁ、リザベート、あと、少しです……頑張って、ください」
「は、はい……」
最後にローレンとクレイシア、リザベート、最後尾にいたローガでフィニッシュ。
そうして全員が階段を登り切ったところで、正門の屋根裏に隠れていたシュルナが姿を現した。
前回と同じく、息を切らさずに登れたのはシュウとミレナ、ローガだけだ。
「シュルル」
「やん。一週間ぶりね、シュルナ」
シュルナはちろちろと舌を出し、ミレナに頬ずりして挨拶。ミレナは照れくさそうにシュルナの頭を撫でて、挨拶し返す。
今度はシュウに頬ずりしようと、シュルナが這いずって来る。ミレナは舌を出してウィンクしながら、シュウに向かってサムズアップ。シュウは唾を嚥下し、シュルナを受け入れる為に少しだけ足を広げた。
「シュルシュリィ」
「…………」
冷たくつるつるした感触だ。
シュルナはシュウから離れると、顔面の前に風の魔法文字を出現させる。
「私より、ちょっと暖かいだって……ふふ」
ミレナが魔法文字を怡然と読み上げる。
そうか。蛇は熱を感知できる器官があるのであった。それも、ごくわずかな温度差を感知できるほどの、高性能な器官であったはずだ。
「よ、来たか」
そんなことを考えていると、コウエンタクから出て来たエンタクが、浮遊しながら声を掛けて来た。エンタクの後ろには、いつもの如く陪随するフクとセイが。
「どうも、エンタク様……一週間ぶりですね」
「よ!」と、右手を小さく上げて返事するミレナに続いて、シュウもエンタクに返事をする。
「うん、一週間ぶりだな。長旅おつかれさま」
「「お疲れ様です!」」
エンタクは浮遊したままシュウ達に近づき、スッと地面に降りると、陪随しているフクとセイの三人で出迎えてくれた。
「マジでエンタク様は女性なんだな……それも、若くて美しい人じゃねぇか」
「驚きだろ?」
「あぁ、有名な名傑列伝は詐欺だぜ」
水分補給を済ませ、息を整えたグレイが耳元で囁いて来る。
グレイとやり取りを終えた後、シュウは何とも中高生がしそうな会話だったなと客観視。
——というかこの人、奥さんがいるのによく言えたな。
いや、だから囁いてきたのだろうが。
「シュウ達の出迎え、助かったよローガ……」
右手を軽く上げて謝意を伝えるエンタクに、ローガは「いえ……」と、首を横に振って短く返す。
「そうだアリス、リフ、派遣の方はどうだ?」
エンタクは早速、派遣の話を持ち出した。
緊切なことは、最初に済ませておこうということなのだろう。吉凶の分からない知らせを、わざわざ後回しにする必要もない。
「ばっちりです!」
「こちらも滞りなく……騎士からは八百、傭兵からは四百人の人員が、アンコウエンに派遣される予定です」
エンタクの質問に、水を向けられたアリスとリフは吉報を告げた。重ねて、リフだけがエンタクの前に出て、その布袋の中から用箋挟——一枚の羊皮紙を取り出した。リフはエンタクが直ぐに内容を確認できるように、羊皮紙を180度回転させ、
「つきましてはエンタク様、この書類に魔刻印ではなく、エンタク様の直筆のサインと、領主の印章を押していただければ……サインと印象を押していただき次第、僕にお渡しください。転移魔法で、会長に渡します」
前に軽く突き出した。
「ふむ、よっぽど解約を恐れているのだな、傭兵の会長は……」
エンタクは羊皮紙を受け取ると、淡然と呟いた。
——視点は一掬だけリフに移る。
魔法師としての才能が高ければ高い程、印字は緻密になる。
故にエンタクが押印した刻印かどうかなど、火を見るよりも明らかだろう。だのに、エンタク本人だと確定させるために、99%を100%にする為に、直筆のサインと領主の印章での押印を頼み込む。
確かに、解約を恐れていると言われても仕方ない。金さえ払ってもらえれば、何でもする傭兵の性分——守銭奴の悪癖が出てしまっている。
——エンタク様に奸知は隠せないですね……
リフは煩わしそうな顔をした会長を思い出した。
報酬が弾むのかどうかと訊いてきた会長に対し、歩合制だと答えた時、その顔が煩瑣だと言いたげなものに変わったのだ。
——心中を見透かされてますよ、守銭奴会長……
リフはそう胸中で会長を嘲った。
——視点回帰。
「それじゃあ、新たなメンバーの自己紹介をしてもらおうかな……もう知っているだろうが、僕が領主のエンタクだ。よろしく頼む」
エンタクは羊皮紙をフクに手渡すと、腰に両手を置いてえっへんと上体をのけ反る。あの紅蓮の神仙とは僕のことだぞ、と誇負しているようだ。
「エンタク様、お目にかかれて光栄です。私の名はグレイ・フェイド。リフと同じく、傭兵の者です。エンタク様にお力添えしてもらう為、以後、このアンコウエンにて、魔獣を調伏する仕事をさせていただきます」
「私は兄グレイの弟、クウェル・フェイドです。兄のように働くことは出来ませんが、事務仕事なら得意です。仕事を斡旋していただきたく存じます」
「私はグレイ様の配偶者、ユリア・フェイドです。私は給仕の仕事が得意です。クウェル様と同じく、仕事を斡旋していただければ幸いです」
まず初めに、グレイ達三人が前に出て名乗っていく。
膝を付いて首を垂れる様は、王族に従属する者だ。
ただ、社会的地位が落ちてしまった今、貴族としての礼節など守る必要はない。貴族だったころの癖が残っているのか。
いいや。
彼らが恭しく跪くのは、神の血を多く引く神人であるエンタクを、推尊しているからに他ならない。
エンタクは「うん」と頷いた。その後、跪いているグレイの肩と腕に入っている刺青を見て、勘考するように「ふむ……」と呟き、
「なにとは言わんが、その刺青。そしてなっている礼節……何か事情があるのは理解した。仕事の斡旋は後程。顔を上げろ……ここでは肩の荷を下ろして、気兼ねなくいてくれていいぞ」
見た目相応の愛嬌あるニッコリとした笑顔で、グレイ達を受け入れた。
罪を償い、反省の色が見えるのなら誰であろうと受け入れる。寛大も寛大な心だ。
彼女が民衆から推尊されている訳だ。
グレイ達三人は「ご諒察、拝謝します」と感謝を告げ、立ち上がって後ろに下がる。三人の自己紹介が終わり、残りはクレイシアとリザベートだ。
「エンタク様、お初にお目にかかります。ミレナ様の家政婦を務めていた、クレイシアと申します。ユリア様と同じく、給仕の仕事を斡旋していただきたく存じます。それと蛇足ではありますが、私はシャツ程度の服なら、仕立てることが出来ます。よろしければ、そちらの仕事の方も……」
先ずはリザベートのお手本にと、クレイシアが前に出て跪く。彼女は一通り名乗ると、後ろで身体を固まらせて立っているリザベートに「ほらリザベートも、ご挨拶を」と、手招き。
リザベートは固まった状態のまま「は、はい!」と、選手が会場に入場するが如くの綺麗な姿勢で右手を上げ、前に出た。
それも手と足を同時に前に出しながらだ。
ぎこちなさすぎる。
「り、リザベートです!! ヴァンパイア、です!! お仕事は、クレイシアお姉ちゃんと同じく、給仕の仕事を、斡旋していただきます、存じ上げる!!」
リザベートは90度背中を曲げた後、両膝を地面に着けてそのまま土下座した。
いや、何故土下座。というか土下座知ってるのか。違う、知っている筈がない。リザベートは知らずに、土下座を習得したのである。
凄い。
「いただきますではなく、いただきたくです! それに存じ上げるでもないです!」
「違うんですか!? じゃあお存じ上げるます! ですか?」
「全然違います!!」
「ひぃ! ごめんなさいぃぃ!!」
低い姿勢のまま、クレイシアとリザベートは仲の良いやり取りをする。叱られ、身体をビクッとさせて怯えるリザベートの姿は、まるでネコだ。
差し詰め、クレイシアは吠えて威嚇する犬といったところか。耳と尻尾が、焦りと怒気を表現している。
「ぷッ、ハハハ! 中々面白いなクレイシア、リザベート」
——今度は、エンタクに視点が遷移。
その二人の姿を見ていたエンタクは、堪えていた笑いを噴き出した。
エンタクの所感は、まるで猫と犬——血のつながっていない姉妹みたいで面白いな、だ。
「申し訳ございませんエンタク様! 何せリザベートは記憶喪失の身、どうかご理解のほどを!!」
本来の意味の笑いと捉えられず、嘲笑という皮肉だと捉えてしまったのか。クレイシアは諒恕してほしいと、平身低頭でエンタクに謝罪した。
謝罪を受けたエンタクは「ん…………」と、少しだけ悲しい気持ちになりつつ、
「記憶喪失……」
クレイシアが述べた、気になる事柄を口にした。
「エンタク。リザベートはね、記憶が無いの。それで、自分を知りたいってこの子が言ったから、同じ人種のヴァンパイアが居る、アンコウエンに連れてこようってなったの」
そう言って注釈してくれたのはミレナだ。
「自分を知りたいか……」
あぁそういうことかと、エンタクは納得した。ミレナとシュウがヴァンパイアという単語に反応を示していたのは、リザベートが同じ人種だったからなのか。
同時に、エンタクの胸中に痛痒が走った。
「アンコウエンにも、ヴァンパイアが五人いてな……今、丁度席を外していて、五人ともいないんだ」
「そう、なんですか」
顔を上げたリザベートは、視線を落として表情を哀然とさせた。
エンタクの胸中に、もう一度痛痒が走る。
リザベートの希求を後回しにしてしまい、罪悪感に苛まれてしまったのだ。
今アゼル達——ロジェオとディーネは、スイリュウの息子とヴァンパイアの仲間を探しに遠出している。
血の匂いを誰なのか嗅ぎ分けられる二人に、件の仲間を連れ戻してくれと頼んだのだ。
悪い意味でタイミングが噛み合ってしまった。
「君たちは知らないだろうが、ヴァンパイアは元々、テレボウに住む人種だ。そのヴァンパイアがアンコウエンに流れ着いたのは、色々理由がある……」
「色々って……?」
「それは長くなるから、五人のヴァンパイアがコウエンタクに帰って来てから話そう」
エンタクの内含な言葉にミレナが『どういうこと』と問うが、彼女は今はその時機ではないと中断。その後腰を下ろし、リザベートと視線を合わせ「いいか、リザベート?」と、可否を訊いた。
「はい! 大丈夫です!!」
リザベートは哀然とした表情を、すぐさま笑顔に変えて快活に答える。
エンタクはリザベートの頭を撫でて「ごめんね……」と、謝った。
「さて、堅苦しいのはここまでだ。今日はフクとセイが立てた親睦会をするぞ! 当然無礼講! 大広間に集まってくれ!」
そうして紆余曲折、当初の予定であった『みんなで仲良く親睦会!!』が始まろうとしていた。
GWサボっちゃって投稿遅れました。
申し訳ない!!
あと二、三話幕間投稿するつもりです!!




