第40話 後始末
『これだけ集まれば充分だろう。ありがとう、三人とも。助かったよ』
各地から証拠を集め終えてから二日。
教養の『き』の字も無いシュウは当然、法律に詳しくないミレナ、その他諸々の男女は、コウエンタクで首を長くして待っていた。
フェアラードに赴いたのは、エンタクとリメアを含む、法の知識に長けた者達だ。
タケの実に魅了を補助する力があるかどうかに関しての問題は、淫魔であるらしいフクとセイが『ある』と立証してくれた。彼らもエンタクと共に、フェアラードに赴いている。
淫魔であるフクとセイに、バラ色の髪の女——メルルのように羽や尻尾が無いのは、ハーフだからとのこと。
今は昼前。空き部屋にベットを置いてもらい、シュウ達はその部屋で寝泊まりしていた。空き部屋が一つしかなかったので、男女ともに同部屋だ。
「リフさんはまだ目を覚まさず、エンタク様が勝訴した連絡もまだ来ない、か……」
「何の音沙汰もなく、もう二日、暇すぎて、眠すぎる」
ベットの上に仰臥しながら、ぼやくシュウの正面。ミレナも仰臥しながら、言葉に抑揚と区切りを付けてぼやいた。
「なぜ、詩歌読むみたいに区切った」
シュウは首だけを窓に向け、ミレナに暇すぎてツッコむ。シュウにツッコまれたミレナは鬱憤を晴らすように、
「だって、暇すぎるんだもん。暇すぎるんだもん!!」
足で布団をもみくちゃにして暴れ始めた。
シュウは「おい! 埃立つからやめろ」と、暴れるミレナを窘める。窘められた彼女は「はーい」と、カラ返事ながらに暴れるのを止めた。
何度やっただろうかこのやり取り。まぁ確かに、暇すぎるのは分かる。
シュウは上体を起こし、リメア用に置かれたベットを見た。
二日前の朝。
シュウはリメアが一人早起きしていたのを思い出す。プロテクションを使わない、客車用の馬車での移動となった為、早朝から書類の準備をしていたのだ。
どうやらエンタクは、プロテクションを使った荷馬車でも何でもよい、と主張したらしいのだが。従者の黒髪長髪の男に「領主として訴えるのです、服の衷ならざるは身の災いなり……馬車もそのうちの一つです。我慢してください」と忠諫され、いやいや「ん、分かった……」と、承諾したらしい。
因みにエンタク本人談。別にいいじゃんと、不貞腐れた顔でこちらに愚痴ってきた。
当初はエンタク抜きの、リメアを含む法の知識に長けた者達だけで、フェアラードに赴くつもりだったらしい。だが「僕も行く」と、エンタクが唐突に名乗り出たのだ。
遡行時間は五十と数時間。
寝室の前の廊下で話していた為、覚えている。
『ですが、エンタク様がアンコウエンから出られては、魔獣達が狼藉を働いてしまうのでは……?』
果たして、皆が疑問に思ったことをリメアが彼女に聞いた。そこで返って来た答えは、
『数日なら大丈夫だ。昔、何回か外に出て、うざい奴を分からせたこともある。こういう時、僕は直接剔抉して、とことんわからせてやりたい主義でな……それに、お前等の護衛にもなる。文句はないだろ?』
という、意想外なものだった。
——あれ、意外と緩いんだな……
そんな感想を、シュウ達はドア越しに聞きながら抱いた。
エンタクがアンコウエンから長期間いなくなると、魔獣達が狼藉を働き出してしまう、ということなのだろう。
魔獣達にとっても、アンコウエンに住む人類にとっても、彼女の存在は大きすぎる。
「移動で半日。領主様兼、神人のエンタク様が告訴した刑事裁判ですし、その日のうちに捜査、早ければ次の日に裁判が執り行われるはずです。というか、すぐさま執り行わなければ、フェアラードの領主の汚名になってしまいますからね……我々の土地を、長年守護してくださった神人様を待たせるとは、何事か!! と……」
そうやって講釈しながら、フェアラードの民衆を演じてみせたのは、怪我人の治癒を終え、アンコウエンに帰って来たアリスだ。
二日間ぐっすり休んだはずなのに、未だに彼女の目の下に残る隈。それが、どれほど治癒魔法を行ったのかを如実にしている。
コウエンタクに帰って来た時の彼女の顔は、疲労でやつれていた。
アンコウエン側が勝利したのを知った途端、彼女は力尽きるように入眠した。そこから、十時間近くは寝ていただろうか。
ミレナが言った、治癒魔法は大変だという根拠を、アリスの疲労の具合が証明していた。
彼女が居る場所は、シュウの右斜め前——ミレナの横のベット。そこに腰を落としている。
一応だが男女、対面するようにベットが置かれてある。
「じゃあ、今日中に裁判が終われば、連絡は——」
「みなさん! エンタク様たちから、手紙が送られて来ました!!」
シュウが言い切る直前、扉が開き、一人の獣人女性が現れる。
え、今何と。
その言葉に、室内にいた全員の視線が女性へと集まり、
「ほんと!?」
「手紙にはなんと!?」
ミレナとアリスの二人がベットから降りて、女性に近づいた。
女性は「はい!」と、嬉しそうに折り畳まれた手紙を広げ、
「ここに、大きく勝訴!! 幇助犯の人権の剥奪と、修繕費をゲット!! 二日後には、幇助犯を連れて帰る!! だそうです!!」
そこに書かれてある内容を、部屋の奥にいるシュウ達にも聞こえるように告げた。重ねて裏返し、手紙がこちらに見えるように掲げてだ。
勝訴——幇助犯に有罪判決が下り、その内容が人権の剥奪と修繕——、
「人権!?」
強大な驚喜はいずこへ。シュウは恐ろしい内容が書かれてある手紙に周章する。加えて、
「また一つの悪が潰えた、ということですね!! なんと素晴らしい事か!!」
「やったぁ!!」「やりましたね!!」
その内容を聞いて、全く顔色を変えないミレナ達にも周章した。
ローレンはベットから降り、その場に立って何故か決めポーズ。ミレナとアリスは喜びに両手を合わせている。
「人権の剥奪って、マジなのかミレナ……?」
この流れで、嘘というのは高確率でないだろうが、シュウはミレナに本当のことなのか訊いた。
「あ、シュウは知らないのね……本当よ。テロ行為、又は甚だ悪質な犯罪に抵触した場合、人権を剥奪、告訴した人が所有できるわ。人権を剥奪した訳だから、即刻、処刑することもできるし、今回みたいに、殺さず強制的に連行することもできるわ」
やはり嘘ではなく真実であった。
異世界であり、時代的には中世後半から近世。罪人に人権が無かったとしても不思議ではないが。人権の剥奪とは。
それ程までにこのアルヒスト、或いは異世界では悪質な犯罪者に容赦がないのか。逆に言えば、悪質な犯罪に手を染めない限り人権があるということでもある。
——でもまぁ、普通っちゃ普通なのか……
生前の世界でも重罪は死刑になったりしていた。それに犯罪者であっても拷問などは出来ないと銘を打っていたが、真実かどうかは定かではない。
そう考えれば、特筆すべき異常ではないともいえる。
人権剥奪という、言葉の雰囲気に釣られ過ぎているのかもしれない。
「そんなことも知らないとは。連邦国憲法に、厳然と記されてあるというのに……これだから、君のような悪は……」
そんな教養のないシュウに、右横に居たローレンが目を瞑り、右手を頭に当て首を左右に——呆れたと言いたげな仕草で罵倒する。
妙に気取っている仕草が鼻につくが、シュウは言い返しては余計に惨めになると思い、
「田舎者なんだよ。管見で悪かったな」
青筋を浮かべながら、謙虚に返答した。
そのシュウの返答に、ローレンは肩透かしを食らったような表情——嫌厭した表情で彼を見て、指を差し、
「……何故悪であるのに、自身の非を認めるのだ。まさか、罪を軽くしてもらおうと、奸知を巡らせているのではないだろうな」
言いがかりも甚だしい指摘をしてくる。
もうここまでくれば漫罵だ。
あぁもう、バカバカしくなってきた。一周回って怒りが蒸発した。
シュウはもう、ツッコむのも面倒くさいと長嘆息して、
「もうそれでいい。てか、まさかお前、顔面を床に叩きつけられたこと、根に持ってんじゃないだろうな?」
何時ぞやかのことについて、訊いてみた。
もしかすれば、顔面を床に叩きつけられたことを根に持っているから、漫罵してくるのかもしれない。要するに、婉曲的な意趣返しということだ。
こいつならやりそう。
「あれは清々しくて、とても面白かったですよ! イエギク殿!! プ、ハハハハ!!」
少し黙ったローレン。そこに、笑いを堪えきれなかったアリスが会話に割って入って来る。
騎士然としたイメージを崩さない為、笑いを堪えようとしたのだろうが、却ってその努力がローレンを嘲謔したようになっている。
というかもう、口に当てていた手を退けて笑っている様は、完全にローレンを馬鹿にしている。
その彼女の嘲笑に、ローレンが赤面して「アリスさん!!」と、一言怒った。
——ざまぁないぜ。
アリスは「いやぁ、すまんすまん!」と、目に浮かんだ笑い涙を拭きとって、一息ついた。
「やっぱ、お前が嫌いな悪にやられたから、憎いか?」
シュウは話の機軸を元に戻し、ローレンにもう一度問うた。
先刻まで躍如としていた空気は静まり返り、ローレンはシュウの目を見る。それから、大きく深呼吸して、合わせた視線を左斜め下に逸らし、
「いや、あの時は、止めてくれて感謝している……エンタク様に言ったことは、私が間違っていた……」
頭を下げた。
シュウは、案外融通の利く奴なのだと、ローレンの中身を知った。
知ったのだが、そのプラスの感想を一気にマイナスにするが如くの勢いで、
「た、ただし! 感謝しているだけだからな!! 君のような悪を許すことなど、私にはできない!!」
ローレンはシュウに指を差して、犬猿の仲は変わらないと宣言してきた。
なんだこいつ。そんな感想がシュウの胸襟を埋め尽くす。因みに、シュウの表情もなんだこいつと言いたげになっている。
「ツンデレか、お前……気持ち悪いぞ」
「違います! からかわないでくださいよ! アリスさん!!」
「ナンダ、チガウノカ……」
「アリスさん!!」
先のやり取りを繰り返すように、アリスがローレンを嘲謔。嘲謔されたローレンがまた赤面で一言怒り、その彼をアリスが「プークスクス!」と、わざとらしく嘲笑する。
ただ、今度のそれはアリスの殊更な仕草だったり、棒読みだったり。わざとであるのは間違いない。
ミレナも興を添える二人を見て、面白おかしく笑った。
「ミレナ様とそのお連れの方々! 食事が用意出来たので、どうぞ、食堂の方へお越しください!」
そうやって戯れていると、従者である亜人の男性が、シュウ達の部屋に礼儀正しく入って来る。
シュウは壁に掛かっている、柘榴色の魔刻時計から浮かび上がった文字を見て「お、もうそんな時間か」と、呟いた。
現在時刻は陽刻の六時——午後零時だ。勉強した甲斐があったからか、魔刻時計に浮かび上がっている文字——数字はなんとか読めるようになった。
——成長の実感が湧いてきもちいい……
これからも勉強は必要だ。
「陽刻の六時、皆さん行きますか」
アリスがベットから立ち上がり、扉に向かう。ローレンも「ですね」と、扉に向かって歩き始める。ミレナは、
「二人は、先に行ってて!」
アリス達の方に向いて、先に行くように告げた。そして、シュウの横までとことこと歩いて行くと、
「シュウも一緒に、フィアンを呼びに行きましょ」
口の横に手を当てて、そう耳打ちした。
シュウは「おう」と承諾し、立ち止まるアリス達の方を見て、右手を上げ、
「俺とミレナは、フィアンさんを呼んできますんで! どうぞお先に!」
軽く手を振った。すると、亜人の男性が恥じ入るようにシュウとミレナに頭を下げて、
「お願いできますか? 一応、呼びかけたのですが、お越しになる気配がなさそうだったので……」
代わりにお願いしますと、頼んできた。
ミレナは「任せて!」とサムズアップ。シュウも無言でサムズアップして、任せろとアピール。
亜人の男性は「ありがとうございます! エルフ様方!」と、謹直に頭を下げて感謝した。獣人の女性も謹直に頭を下げる。
「我々は、先に食堂へ向かっておきますね」
アリスがシュウとミレナに会釈。ローレンも二人に会釈する。従者の男女も、二人に深く頭を下げた。
ミレナが「うん!」と返すと、二人は従者の男女に連れられ、仮の寝室から出て行った。
「シュウ!」
「おう」
シュウ達も仮の寝室から出て、食堂とは別方向の病室に向かった。
廊下を走らず早めに歩き、リフが仰臥している病室の前で、
「フィアン! お昼ごはんだから、食堂に——」
「ゲッケイジ!!?!?!?」
ミレナがドアノブに手をかけ、フィアンを呼ぼうとした、その瞬間だった。病室内から、フィアンの叫び声が聴こえて来たのだ。
シュウは「なっ!?」と、狼狽えながらミレナを見る。
——まさか、リフさんの身体に異常が!?
ミレナは大きく頷き「フィアン!!」と、慌てて扉を開けた。
「フィアンさん!! 何か!? あ…………」
シュウとミレナは、それを見て息を呑んだ。ミレナの長耳が、強い感情でピンっと逆立つ。
病室内。シュウとミレナと目に映ったのは、
「イエギク君、ミレナ様……心配、かけました」
ベットから上体を起こしたリフ。微笑むリフ。泣きつくフィアンの頭を撫でるリフ。
「リフ!!」「リフさん!!」
——リフ・ゲッケイジが目を覚ました。
※ ※ ※
場所、トライゾを出た街道。馬車の中にはエンタク、リメア、黒髪長髪の男、プロドスの長がいた。
トライゾでは誰が神人のエンタクで、誰が幇助犯なのかで話題が持ちきりだ。現在は、フェアラード領主の元へと向かっている中途である。
プロドスの長は、魔法を中和する術式が編まれた鉄で、両手両足を縛られている。当然、両手は背中側でだ。
服は薄い布で出来たものを、上下一枚ずつ。これは何かを仕込ませない為である。
後ろにはフクとセイ、法の知識に長けた者が乗る馬車が続いている。
プロドスの長以外にも幇助犯はいたが、フェアラード領主の元へ向かうには邪魔なため、その後——復路で回収する算段である。
エンタク達が乗る馬車に、極悪な犯罪者が同席しているのは剔抉する為だが、これは大前提としてエンタクが居るからだ。
確定で無理だが、仮にプロドスの長に逃亡する術があり、不意打ちであったとしても、エンタクがそれを許さない。実行しようとした瞬間、長の首が消し飛ぶことになる。
「さて、アンコウエンに帰る前に、いくつか訊いておきたい事がある……」
沈黙の中、エンタクが切り出した。
『これは、貴様の店から外注した、魔獣用の食肉が入った木箱だ。当然開封前。木箱に、開封時に付く傷がないから瞭然だ』
『このタケの実に、魅了を補助する力があるのか、淫魔のハーフである我々二人が証明します』
『依然、プロドスの長は、自身が働く国営の店を買収し、自営へと切り替えるために、外部から多額の出資を受けた経歴があります』
裁判はあっさりと終わった。
用意した厳然たる証拠と、フクとセイによる魅了云々の証明。そして、プロドスの長に出資をした第三者がいるという証拠。
この三つの証拠から、裁判は急転直下で幕を閉じたのだ。
幇助は教唆や正犯よりも減刑される。ただ、今回のようなテロ行為、又は甚だ悪質な犯罪の幇助であった場合、減刑など関係なく人権剥奪となる。
「急襲の幇助、魔獣用の食肉の中に、タケの実を混ぜろと言ったのは、誰だ? 貴様に黙秘する権利はない。死ぬか答えるか、どちらかだ。早めに答えろ……」
「ひっ、た、大層、典麗な出で立ちの、男でした……確か、ひ、緋色の帽子を被り、緋色の服を、き、着ていました。せ、聖職者だったと思います。その男に、と、取引を……」
エンタクに睨まれたプロドスの長の云為は、挙動不審そのものだった。
目は泳ぎ、体中から垂れ流れる汗の量は冷汗三斗。呼吸は荒く、今にも動悸で倒れてしまいそうなほど悚然としていた。
今、プロドスの長は自身が置かれている状況を知悉していた。目の前にいる女に逆らえば、命は無いと。
その横に座る黒髪長髪の男は、彼を怨望の目で見ていた。
私利私欲のために、悪質な犯罪の幇助をした怨敵。エンタクがいなければ、彼は長を殺していただろう。
抑えられたとはいえ、それでも多くの殉職者が出た。許せないのである。
「少しお聞きしても?」
リメアが小さく手を上げ、プロドスの長を見た。
「はい! 何なりと!! だから命だけは!!」
「ひっ!」
生存本能を丸出しにして食いついて来る長の声と動きに、リメアは驚き、ビクッと身体を跳ねさせる。
「分かってる」
そこにエンタクが、妙な動きはするなと、プロドスの長の顔を足で押して、壁にへばり付かせた。
勢いが強い所為で、壁にへばり付かせた時に鈍い音が鳴るが、構いはしない。
「約束は守るつもりだ。貴様が何もしない限り、殺しはしない。リメア」
その状態のまま、エンタクは質問を開始するよう催促した。
リメアは少し戸惑いながらも、プロドスの長を再び見て、
「はい、ではお聞きします。その男の着ていた服の名前はキャソック。被っていた帽子の名前は、ズケットでしたか……?」
「え……どう、でしたか……え、えっと……確か、そうです! そんなことを、男が!」
戸惑いながらも、必死に頭を回転させ思い出したのか。プロドスの長はイエスと答えた。
何故、リメアが的を射るように、男が着ていた服の名前を的確に言い当てられたのか。それは『緋色の服』と『緋色の帽子』そして『聖職者』という言葉から、あるものを連想したからだ。
——そのあるものとは、
「緋色のキャソックにズケット……もしや?」
「ルマティアの、枢機卿か?」
勘づいたように、背凭れから背を離す黒髪長髪の男。彼に続いて、エンタクが答えに辿り着いた。
——枢機卿だ。
エンタクがルマティアと断定できた理由は、枢機卿という位階がルマティアにしかないからである。
「そうです! 枢機卿と、男は名乗っていました! 黒髪の男です!」
「自分からか?」
エンタクの問いに、プロドスの長は壁にへばり付けられながら「は、はい!」と頷く。
そしてようやく、エンタクはプロドスの長から足を離し、
「枢機卿、黒髪で男、僕には分かりかねるな」
鬱悶するように腕を組んだ。
解放されたプロドスの長は、ひぃひぃと呼吸を整える。
「私にも、枢機卿は人数も多いですから……」
彼女と同様、黒髪長髪の男も首を横に振って、無理解を示した。
ルマティアは身分制度が色濃く残る国。その身分制度の最高位——王族や貴族よりも高い身分の聖職者。その聖職者の中でも、更に高い位階の枢機卿。
どおりで、国営の店を買収できる程の資金を出資できたわけだ。
——それにしても、引っ掛かるな……
エンタクは、枢機卿の男が自ら正体を明かすような行動を取ったことに、引っ掛かりを覚えた。わざわざ正体を明かす必要は毛頭ない。何故なら、失敗した場合リスクしかないからだ。
ただの間抜けか。或いは。
——それに他国か……
エンタクは煩わしいと顔を顰めた。
一番の問題は治外法権だ。アルヒストの法律で裁けないとなると、煩瑣でしかない。
とはいえ仕掛けて来たのは枢機卿側。戦争は国際的に是とされていないが、はてさてどうするべきか。
「あの、名前とかは聞いていたりしませんか? 聞いていなくても、顔の特徴や年齢など、何でもいいので教えてください!」
リメアはプロドスの長に詰め寄った。
あと一歩のところ。掴めそうで掴み切れない敵の影。その現状に、焦りと慨嘆を彼は見せる。
だが、プロドスの長は、
「分かりません! 私は知らないです! も、申し訳ございません! 嘘ではないので、命だけッ!?」
馬車を揺れ動かす程に動揺——体ごと首を振って、知らないと主張する。その長の顔に、エンタクはイライラしながら、
「分かってる。忙しないから、黙ってろ」
と、もう一度足を着けて、壁にへばり付かせた。
そうして、話に一段落が付いたことで馬車内は静まり返った。
恐怖の目でエンタク達を見るプロドスの長。腕を組み、長の顔に足を着けたまま鬱悶するエンタク。下を向いて、小さく息を吐く黒髪長髪の男。
リメアは自身の太ももに両肘を突き、両手で口を覆い隠して、
「もっと情報があれば、絞り込めるのに……」
そう零した。
これ以上この場では、情報は得られそうにない。エンタクは「まぁ」と、プロドスの長から足を離し、沈黙にメスを入れて、
「アルヒストは他国が発祥の宗教も、港町なら寛容に受け入れるからな……ルマティアに一番近い領地の、西の街に行けば、情報を得られるかもしれない」
そう悔やみ落ち込むことは無いと、陰鬱な空気を切り開いた。
右前方にいる黒髪長髪の男は、微笑しながら頷く。右に居るリメアは「そうですね……そのはずです!」と、両肘を太ももから離し、天井に着きそうな勢いでガッツポーズをした。
そうだそれでいい。落ち込んでいても仕方がない。
「とにかく、敵がルマティアにいるのは分かった。一歩前進と考えていいだろう」
エンタクはリメアの目を見て言った。リメアは大きく頷き、大きく息を吸って顔を引き締める。
まだ全ての情報を調べ尽くした訳ではない。なら、委悉することに希望を見出し、大童になってこそだ。
「少し前に攻めて来た匪賊の背中に、白蛇の刺青が入れてありましたし、何か関連がありそうですね……」
「白蛇って、まさかあの!?」
黒髪長髪の男はエンタクを見て、過去に捕らえた匪賊の長の話を振った。その卒然たる話に、リメアが驚倒する。
エンタクは驚く彼に「あぁ、ルマティアの反社会組織の白蛇だ……」と、その疑いを晴れさせた。
目利きによって、こちらに勝てないと品定めしておきながら、無謀にも一騎打ちを挑んできた雑魚のことだ。
雑魚は目覚めてすぐ、自身の罪を潔く認め、真面目に牢屋生活を過ごしている。
ひとつおかしかったのは、白蛇の刺青が雑魚にしかなかったことだ。
他にも匪賊を牢屋に収監しているが、カス達は鉄格子の前で「出してくれ」と、我が身可愛さに懇願するのみだった。
今回の枢機卿といい。匪賊の長に白蛇の雑魚が就いていたことといい。
何かしら裏があると考えていいだろう。
「白蛇は攻めて来た相手を、略奪してきた相手だけを狙うと聞いています。その白蛇が、どうしてアンコウエンに……」
「分からん。とにかく、敵がルマティアに居るのは確かだ。今後の動きを、考えなくてはな」
ぼやくリメアにエンタクはバッサリ言い切った。
必ず、直接剔抉してやる。
——アンコウエンに居ることが、受け身であることが、儘ならなくなってきた。
※ ※ ※ ※ ※
場所、ルマティア北部。領地ポルテカにある首都——領都アストゥティカワン。その中心にある、ムガル建築のような聖堂の中。
教皇や他の枢機卿、王族や貴族などを客として招き入れる客室だ。
白を基調とする花柄の模様を施した絨毯に、大理石のような壁と柱。ワックスを塗ったようなマルーン色の机と、ふかふかなソファー。壁際にある丸い机の上には花瓶があり、そこにはカクレミノのような植物と、ヘメロカリスのような植物が植えられている。
とにかく、どれもが一般とは程遠い典麗な部屋だった。
「よかったの? 直接赴いて。あの半引きこもり女は馬鹿じゃない……流石に、化身を行かせた方が良かったんじゃない?」
「いいさ。失敗した場合、感づかせるつもりだったからね……」
室内には特徴的な二人の男がいた。
金髪で長髪、赤い双眸に上下白い服を纏っている青年と、緋色のキャソックを纏い、緋色のズケットを被った黒髪の男だ。
話しかけたのは金髪の青年。答えたのは黒髪の男だ。
「どういうこと?」
金髪の青年が、右の眉毛を吊り上げて問う。
黒髪の男は、ハチミツの入ったアーモンドミルクを一飲みし、
「いずれ彼女とは戦う事になる。ならば、彼女の力量を把握するのは、早い方がいいだろ……? それに、こちらが分かり易いかつ、迂遠な痕跡を残せば、低いリスクで、彼女を簡単におびき寄せることもできる。そうなれば、こちらにとって有利な戦況も作りやすいからね」
足を組みなおして、優然と報答した。
「ふぅん。て言って、痛い目見るなよ、ウィジュヌス……」
現状、自分よりも遥かに格上である相手に対しての発言。机上の空論ではないかと、金髪の青年が黒髪の男を弄った。
「やめろ、君にその名前で呼ばれたくはない……これからは、本名の方で頼むよ」
黒髪の男——ウィジュヌスと呼ばれる男は、手に持った容器を机に置き、金髪の青年を見た。
金髪の青年は「はいはい」と言った後に舌を出し、お手上げのポーズをとる。それから、ソファーの手を乗せる部分に足と頭を乗せて、行儀悪く横になり、
「で、何か策はあるのかい?」
圧をかけるように目を細くして、ウィジュヌスを見た。
「あるよ。だが詳細は話せない。というか話したくない……拙と君は、共闘関係なだけだ。すべてを話す義理は、ないからね……」
ウィジュヌスは机の上に両肘を付いて、金髪の青年の圧に気圧されることなく返す。
金髪の青年は「は、怖い怖い……」と言いながらも、どこか快然たる表情で、アメルタッサ——乾燥したコーヒーの葉で作ったお茶を飲み干した。
「彼女の力量が把握でき次第、君に伝えるよ、オウキ……」
アメルタッサが無くなった容器を、机の上に置いた金髪の青年。
その彼に、ウィジュヌスはアーモンドミルクを飲み干した後、談話を終えるのを示唆する。
その示唆を理解した金髪の青年——オウキと呼ばれる青年は、「助かるよ……」と謝意を言った後、横になっていたソファーから立ち上がり、
「それじゃあ、俺はテレボウに行って来る。レイキの神核、上手く使ってあげてくれよ。俺の弟だしさ……あと、代わりにヴァンパイアのガキの回収も」
机を迂回して扉の方へと歩き出した。
窓から差し込む太陽光。それに反射するクロムイエロー色の宝石——ではない。ウィジュヌスが手に持つ物は、神人が没後に変わる実相、本態である神核だ。
——レイキの神核は、彼らの元に転移していた。
果たして、何に使うのかは彼らのみぞ知る。
「分かっているとも。そっちは任せたよ」
ウィジュヌスはオウキを見ず、レイキの神核を見ながら別れの挨拶をする。オウキも「当然……じゃあね」と、手を振って別れの挨拶を済ませた。
扉の隙間から覗き込んでくる、透徹とした赤い双眸。
ゆっくりと、扉が閉まる。
「ふ、怖いのはお互い様さ……」
起立して、ウィジュヌスは客室の横にある扉から執務室に移動。
典麗なソファーに座り、
「さて、どの手札を切るか……悩むね」
大きな机の上に乗る、蛇が砂漠を闊歩している模型を見て、そこの無い笑みを零した。
取り敢えず、これで二章完結です!!
いやぁ、長かった……
頭の中にプロットはあるんですが、やっぱり長期連載って難しいですね!
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!!
ついでにブクマや星評価、いいねもしていって!! 応援して!!
お願いします! モチベに繋がるので!
幕間をちょこっと投稿して、過去話を加筆修正して、三章に入りたいと思います!
本当にありがとうございました!!
続きも読んでね!!




