表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
73/116

第40話 後始末

『これだけ集まれば充分だろう。ありがとう、三人とも。助かったよ』


 各地から証拠を集め終えてから二日。

 教養の『き』の字も無いシュウは当然、法律に詳しくないミレナ、その他諸々の男女は、コウエンタクで首を長くして待っていた。


 フェアラードに赴いたのは、エンタクとリメアを含む、法の知識に長けた者達だ。


 タケの実に魅了を補助する力があるかどうかに関しての問題は、淫魔であるらしいフクとセイが『ある』と立証してくれた。彼らもエンタクと共に、フェアラードに赴いている。


 淫魔であるフクとセイに、バラ色の髪の女——メルルのように羽や尻尾が無いのは、ハーフだからとのこと。


 今は昼前。空き部屋にベットを置いてもらい、シュウ達はその部屋で寝泊まりしていた。空き部屋が一つしかなかったので、男女ともに同部屋だ。


「リフさんはまだ目を覚まさず、エンタク様が勝訴した連絡もまだ来ない、か……」


「何の音沙汰もなく、もう二日、暇すぎて、眠すぎる」


 ベットの上に仰臥ぎょうがしながら、ぼやくシュウの正面。ミレナも仰臥しながら、言葉に抑揚よくようと区切りを付けてぼやいた。


「なぜ、詩歌読むみたいに区切った」


 シュウは首だけを窓に向け、ミレナに暇すぎてツッコむ。シュウにツッコまれたミレナは鬱憤うっぷんを晴らすように、


「だって、暇すぎるんだもん。暇すぎるんだもん!!」


 足で布団をもみくちゃにして暴れ始めた。

 シュウは「おい! 埃立つからやめろ」と、暴れるミレナを窘める。窘められた彼女は「はーい」と、カラ返事ながらに暴れるのをめた。


 何度やっただろうかこのやり取り。まぁ確かに、暇すぎるのは分かる。


 シュウは上体を起こし、リメア用に置かれたベットを見た。

 

 二日前の朝。

 シュウはリメアが一人早起きしていたのを思い出す。プロテクションを使わない、客車用の馬車での移動となった為、早朝から書類の準備をしていたのだ。


 どうやらエンタクは、プロテクションを使った荷馬車でも何でもよい、と主張したらしいのだが。従者の黒髪長髪の男に「領主として訴えるのです、服のちゅうならざるは身の災いなり……馬車もそのうちの一つです。我慢してください」と忠諫ちゅうかんされ、いやいや「ん、分かった……」と、承諾したらしい。


 因みにエンタク本人談。別にいいじゃんと、不貞腐ふてくされた顔でこちらに愚痴ってきた。


 当初はエンタク抜きの、リメアを含む法の知識に長けた者達だけで、フェアラードに赴くつもりだったらしい。だが「僕も行く」と、エンタクが唐突に名乗り出たのだ。


 遡行時間は五十と数時間。

 寝室の前の廊下で話していた為、覚えている。


『ですが、エンタク様がアンコウエンから出られては、魔獣達が狼藉を働いてしまうのでは……?』


 果たして、皆が疑問に思ったことをリメアが彼女に聞いた。そこで返って来た答えは、


『数日なら大丈夫だ。昔、何回か外に出て、うざい奴を分からせたこともある。こういう時、僕は直接剔抉(てっけつ)して、とことんわからせてやりたい主義でな……それに、お前等の護衛にもなる。文句はないだろ?』


 という、意想外なものだった。


——あれ、意外と緩いんだな……


 そんな感想を、シュウ達はドア越しに聞きながら抱いた。


 エンタクがアンコウエンから長期間いなくなると、魔獣達が狼藉を働き出してしまう、ということなのだろう。

 魔獣達にとっても、アンコウエンに住む人類にとっても、彼女の存在は大きすぎる。


「移動で半日。領主様兼、神人のエンタク様が告訴した刑事裁判ですし、その日のうちに捜査、早ければ次の日に裁判が執り行われるはずです。というか、すぐさま執り行わなければ、フェアラードの領主の汚名になってしまいますからね……我々の土地を、長年守護してくださった神人様を待たせるとは、何事か!! と……」


 そうやって講釈しながら、フェアラードの民衆を演じてみせたのは、怪我人の治癒を終え、アンコウエンに帰って来たアリスだ。

 二日間ぐっすり休んだはずなのに、未だに彼女の目の下に残るくま。それが、どれほど治癒魔法を行ったのかを如実にょじつにしている。


 コウエンタクに帰って来た時の彼女の顔は、疲労でやつれていた。

 アンコウエン側が勝利したのを知った途端、彼女は力尽きるように入眠した。そこから、十時間近くは寝ていただろうか。


 ミレナが言った、治癒魔法は大変だという根拠を、アリスの疲労の具合が証明していた。


 彼女が居る場所は、シュウの右斜め前——ミレナの横のベット。そこに腰を落としている。

 一応だが男女、対面するようにベットが置かれてある。


「じゃあ、今日中に裁判が終われば、連絡は——」


「みなさん! エンタク様たちから、手紙が送られて来ました!!」


 シュウが言い切る直前、扉が開き、一人の獣人女性が現れる。


 え、今何と。

 その言葉に、室内にいた全員の視線が女性へと集まり、


「ほんと!?」


「手紙にはなんと!?」


 ミレナとアリスの二人がベットから降りて、女性に近づいた。

 女性は「はい!」と、嬉しそうに折り畳まれた手紙を広げ、


「ここに、大きく勝訴!! 幇助犯の人権の剥奪と、修繕費をゲット!! 二日後には、幇助犯を連れて帰る!! だそうです!!」


 そこに書かれてある内容を、部屋の奥にいるシュウ達にも聞こえるように告げた。重ねて裏返し、手紙がこちらに見えるように掲げてだ。

 勝訴——幇助犯に有罪判決が下り、その内容が人権の剥奪と修繕——、

 

「人権!?」


 強大な驚喜きょうきはいずこへ。シュウは恐ろしい内容が書かれてある手紙に周章しゅうしょうする。加えて、


「また一つの悪が潰えた、ということですね!! なんと素晴らしい事か!!」


「やったぁ!!」「やりましたね!!」


 その内容を聞いて、全く顔色を変えないミレナ達にも周章した。

 ローレンはベットから降り、その場に立って何故か決めポーズ。ミレナとアリスは喜びに両手を合わせている。


「人権の剥奪って、マジなのかミレナ……?」


 この流れで、嘘というのは高確率でないだろうが、シュウはミレナに本当のことなのか訊いた。


「あ、シュウは知らないのね……本当よ。テロ行為、又は甚だ悪質な犯罪に抵触した場合、人権を剥奪、告訴した人が所有できるわ。人権を剥奪した訳だから、即刻、処刑することもできるし、今回みたいに、殺さず強制的に連行することもできるわ」


 やはり嘘ではなく真実であった。


 異世界であり、時代的には中世後半から近世。罪人に人権が無かったとしても不思議ではないが。人権の剥奪とは。

 それ程までにこのアルヒスト、或いは異世界では悪質な犯罪者に容赦がないのか。逆に言えば、悪質な犯罪に手を染めない限り人権があるということでもある。


——でもまぁ、普通っちゃ普通なのか……


 生前の世界でも重罪は死刑になったりしていた。それに犯罪者であっても拷問などは出来ないとめいを打っていたが、真実かどうかは定かではない。


 そう考えれば、特筆すべき異常ではないともいえる。

 人権剥奪という、言葉の雰囲気に釣られ過ぎているのかもしれない。


「そんなことも知らないとは。連邦国憲法に、厳然と記されてあるというのに……これだから、君のような悪は……」


 そんな教養のないシュウに、右横に居たローレンが目を瞑り、右手を頭に当て首を左右に——呆れたと言いたげな仕草で罵倒する。

 妙に気取っている仕草が鼻につくが、シュウは言い返しては余計にみじめになると思い、


「田舎者なんだよ。管見かんけんで悪かったな」


 青筋を浮かべながら、謙虚に返答した。

 そのシュウの返答に、ローレンは肩透かしを食らったような表情——嫌厭けんえんした表情で彼を見て、指を差し、


「……何故悪であるのに、自身の非を認めるのだ。まさか、罪を軽くしてもらおうと、奸知かんちを巡らせているのではないだろうな」


 言いがかりも甚だしい指摘をしてくる。


 もうここまでくれば漫罵まんばだ。

 あぁもう、バカバカしくなってきた。一周回って怒りが蒸発した。


 シュウはもう、ツッコむのも面倒くさいと長嘆息ちょうたんそくして、


「もうそれでいい。てか、まさかお前、顔面を床に叩きつけられたこと、根に持ってんじゃないだろうな?」


 何時ぞやかのことについて、訊いてみた。

 もしかすれば、顔面を床に叩きつけられたことを根に持っているから、漫罵してくるのかもしれない。要するに、婉曲的えんきょくてきな意趣返しということだ。


 こいつならやりそう。


「あれは清々しくて、とても面白かったですよ! イエギク殿!! プ、ハハハハ!!」


 少し黙ったローレン。そこに、笑いを堪えきれなかったアリスが会話に割って入って来る。


 騎士然としたイメージを崩さない為、笑いを堪えようとしたのだろうが、かえってその努力がローレンを嘲謔ちょうぎゃくしたようになっている。

 というかもう、口に当てていた手を退けて笑っている様は、完全にローレンを馬鹿にしている。


 その彼女の嘲笑に、ローレンが赤面して「アリスさん!!」と、一言怒った。


——ざまぁないぜ。


 アリスは「いやぁ、すまんすまん!」と、目に浮かんだ笑い涙を拭きとって、一息ついた。


「やっぱ、お前が嫌いな悪にやられたから、憎いか?」


 シュウは話の機軸きじくを元に戻し、ローレンにもう一度問うた。

 先刻まで躍如やくじょとしていた空気は静まり返り、ローレンはシュウの目を見る。それから、大きく深呼吸して、合わせた視線を左斜め下に逸らし、


「いや、あの時は、止めてくれて感謝している……エンタク様に言ったことは、私が間違っていた……」


 頭を下げた。

 シュウは、案外融通の利く奴なのだと、ローレンの中身を知った。

 知ったのだが、そのプラスの感想を一気にマイナスにするが如くの勢いで、


「た、ただし! 感謝しているだけだからな!! 君のような悪を許すことなど、私にはできない!!」


 ローレンはシュウに指を差して、犬猿の仲は変わらないと宣言してきた。

 なんだこいつ。そんな感想がシュウの胸襟きょうきんを埋め尽くす。因みに、シュウの表情もなんだこいつと言いたげになっている。


「ツンデレか、お前……気持ち悪いぞ」


「違います! からかわないでくださいよ! アリスさん!!」


「ナンダ、チガウノカ……」


「アリスさん!!」


 先のやり取りを繰り返すように、アリスがローレンを嘲謔。嘲謔されたローレンがまた赤面で一言怒り、その彼をアリスが「プークスクス!」と、わざとらしく嘲笑する。

 ただ、今度のそれはアリスの殊更ことさらな仕草だったり、棒読みだったり。わざとであるのは間違いない。


 ミレナも興をえる二人を見て、面白おかしく笑った。


「ミレナ様とそのお連れの方々! 食事が用意出来たので、どうぞ、食堂の方へお越しください!」


 そうやって戯れていると、従者である亜人の男性が、シュウ達の部屋に礼儀正しく入って来る。

 シュウは壁に掛かっている、柘榴色ざくろいろの魔刻時計から浮かび上がった文字を見て「お、もうそんな時間か」と、呟いた。


 現在時刻は陽刻の六時——午後零時だ。勉強した甲斐があったからか、魔刻時計に浮かび上がっている文字——数字はなんとか読めるようになった。


——成長の実感が湧いてきもちいい……


 これからも勉強は必要だ。


「陽刻の六時、皆さん行きますか」


 アリスがベットから立ち上がり、扉に向かう。ローレンも「ですね」と、扉に向かって歩き始める。ミレナは、


「二人は、先に行ってて!」


 アリス達の方に向いて、先に行くように告げた。そして、シュウの横までとことこと歩いて行くと、


「シュウも一緒に、フィアンを呼びに行きましょ」


 口の横に手を当てて、そう耳打ちした。

 シュウは「おう」と承諾し、立ち止まるアリス達の方を見て、右手を上げ、


「俺とミレナは、フィアンさんを呼んできますんで! どうぞお先に!」


 軽く手を振った。すると、亜人の男性が恥じ入るようにシュウとミレナに頭を下げて、


「お願いできますか? 一応、呼びかけたのですが、お越しになる気配がなさそうだったので……」


 代わりにお願いしますと、頼んできた。


 ミレナは「任せて!」とサムズアップ。シュウも無言でサムズアップして、任せろとアピール。

 亜人の男性は「ありがとうございます! エルフ様方!」と、謹直きんちょくに頭を下げて感謝した。獣人の女性も謹直に頭を下げる。


「我々は、先に食堂へ向かっておきますね」


 アリスがシュウとミレナに会釈。ローレンも二人に会釈する。従者の男女も、二人に深く頭を下げた。

 ミレナが「うん!」と返すと、二人は従者の男女に連れられ、仮の寝室から出て行った。


「シュウ!」


「おう」


 シュウ達も仮の寝室から出て、食堂とは別方向の病室に向かった。

 廊下を走らず早めに歩き、リフが仰臥している病室の前で、


「フィアン! お昼ごはんだから、食堂に——」


「ゲッケイジ!!?!?!?」


 ミレナがドアノブに手をかけ、フィアンを呼ぼうとした、その瞬間だった。病室内から、フィアンの叫び声が聴こえて来たのだ。

 シュウは「なっ!?」と、狼狽うろたえながらミレナを見る。


——まさか、リフさんの身体に異常が!?


 ミレナは大きく頷き「フィアン!!」と、慌てて扉を開けた。


「フィアンさん!! 何か!? あ…………」


 シュウとミレナは、それを見て息を呑んだ。ミレナの長耳が、強い感情でピンっと逆立つ。

 病室内。シュウとミレナと目に映ったのは、


「イエギク君、ミレナ様……心配、かけました」


 ベットから上体を起こしたリフ。微笑むリフ。泣きつくフィアンの頭を撫でるリフ。


「リフ!!」「リフさん!!」


 ——リフ・ゲッケイジが目を覚ました。



※ ※ ※



 場所、トライゾを出た街道。馬車の中にはエンタク、リメア、黒髪長髪の男、プロドスの長がいた。

 トライゾでは誰が神人のエンタクで、誰が幇助犯なのかで話題が持ちきりだ。現在は、フェアラード領主の元へと向かっている中途である。


 プロドスの長は、魔法を中和する術式が編まれた鉄で、両手両足を縛られている。当然、両手は背中側でだ。

 服は薄い布で出来たものを、上下一枚ずつ。これは何かを仕込ませない為である。


 後ろにはフクとセイ、法の知識に長けた者が乗る馬車が続いている。

 プロドスの長以外にも幇助犯はいたが、フェアラード領主の元へ向かうには邪魔なため、その後——復路で回収する算段である。


 エンタク達が乗る馬車に、極悪な犯罪者が同席しているのは剔抉する為だが、これは大前提としてエンタクが居るからだ。


 確定で無理だが、仮にプロドスの長に逃亡する術があり、不意打ちであったとしても、エンタクがそれを許さない。実行しようとした瞬間、長の首が消し飛ぶことになる。


「さて、アンコウエンに帰る前に、いくつか訊いておきたい事がある……」


 沈黙の中、エンタクが切り出した。


『これは、貴様の店から外注した、魔獣用の食肉が入った木箱だ。当然開封前。木箱に、開封時に付く傷がないから瞭然だ』

『このタケの実に、魅了を補助する力があるのか、淫魔のハーフである我々二人が証明します』

『依然、プロドスの長は、自身が働く国営の店を買収し、自営へと切り替えるために、外部から多額の出資を受けた経歴があります』


 裁判はあっさりと終わった。


 用意した厳然たる証拠と、フクとセイによる魅了云々(うんぬん)の証明。そして、プロドスの長に出資をした第三者がいるという証拠。

 この三つの証拠から、裁判は急転直下きゅうてんちょっかで幕を閉じたのだ。


 幇助は教唆きょうさや正犯よりも減刑される。ただ、今回のようなテロ行為、又は甚だ悪質な犯罪の幇助であった場合、減刑など関係なく人権剥奪となる。

 

「急襲の幇助、魔獣用の食肉の中に、タケの実を混ぜろと言ったのは、誰だ? 貴様おまえに黙秘する権利はない。死ぬか答えるか、どちらかだ。早めに答えろ……」


「ひっ、た、大層、典麗てんれいな出で立ちの、男でした……確か、ひ、緋色ひいろの帽子を被り、緋色の服を、き、着ていました。せ、聖職者だったと思います。その男に、と、取引を……」


 エンタクに睨まれたプロドスの長の云為うんいは、挙動不審そのものだった。

 目は泳ぎ、体中から垂れ流れる汗の量は冷汗三斗れいかんさんと。呼吸は荒く、今にも動悸で倒れてしまいそうなほど悚然しょうぜんとしていた。


 今、プロドスの長は自身が置かれている状況を知悉ちしつしていた。目の前にいる女に逆らえば、命は無いと。


 その横に座る黒髪長髪の男は、彼を怨望えんぼうの目で見ていた。

 私利私欲のために、悪質な犯罪の幇助をした怨敵。エンタクがいなければ、彼は長を殺していただろう。

 抑えられたとはいえ、それでも多くの殉職者じゅんしょくしゃが出た。許せないのである。


「少しお聞きしても?」


 リメアが小さく手を上げ、プロドスの長を見た。


「はい! 何なりと!! だから命だけは!!」


「ひっ!」


 生存本能を丸出しにして食いついて来る長の声と動きに、リメアは驚き、ビクッと身体をねさせる。


「分かってる」


 そこにエンタクが、妙な動きはするなと、プロドスの長の顔を足で押して、壁にへばり付かせた。

 勢いが強い所為で、壁にへばり付かせた時に鈍い音が鳴るが、構いはしない。


「約束は守るつもりだ。貴様が何もしない限り、殺しはしない。リメア」


 その状態のまま、エンタクは質問を開始するよう催促した。

 リメアは少し戸惑いながらも、プロドスの長を再び見て、


「はい、ではお聞きします。その男の着ていた服の名前はキャソック。被っていた帽子の名前は、ズケットでしたか……?」


「え……どう、でしたか……え、えっと……確か、そうです! そんなことを、男が!」


 戸惑いながらも、必死に頭を回転させ思い出したのか。プロドスの長はイエスと答えた。


 何故、リメアが的を射るように、男が着ていた服の名前を的確に言い当てられたのか。それは『緋色の服』と『緋色の帽子』そして『聖職者』という言葉から、あるものを連想したからだ。


——そのあるものとは、


「緋色のキャソックにズケット……もしや?」


「ルマティアの、枢機卿すうききょうか?」


 勘づいたように、背凭せもたれから背を離す黒髪長髪の男。彼に続いて、エンタクが答えに辿り着いた。


——枢機卿だ。

 

 エンタクがルマティアと断定できた理由は、枢機卿という位階がルマティアにしかないからである。


「そうです! 枢機卿と、男は名乗っていました! 黒髪の男です!」


「自分からか?」


 エンタクの問いに、プロドスの長は壁にへばり付けられながら「は、はい!」と頷く。

 そしてようやく、エンタクはプロドスの長から足を離し、


「枢機卿、黒髪で男、僕には分かりかねるな」


 鬱悶うつもんするように腕を組んだ。

 解放されたプロドスの長は、ひぃひぃと呼吸を整える。


「私にも、枢機卿は人数も多いですから……」


 彼女と同様、黒髪長髪の男も首を横に振って、無理解を示した。


 ルマティアは身分制度が色濃く残る国。その身分制度の最高位——王族や貴族よりも高い身分の聖職者。その聖職者の中でも、更に高い位階の枢機卿。

 

 どおりで、国営の店を買収できる程の資金を出資できたわけだ。


 ——それにしても、引っ掛かるな……


 エンタクは、枢機卿の男が自ら正体を明かすような行動を取ったことに、引っ掛かりを覚えた。わざわざ正体を明かす必要は毛頭ない。何故なら、失敗した場合リスクしかないからだ。

 ただの間抜けか。或いは。


——それに他国か……


 エンタクは煩わしいと顔をしかめた。


 一番の問題は治外法権だ。アルヒストの法律で裁けないとなると、煩瑣はんさでしかない。

 とはいえ仕掛けて来たのは枢機卿側。戦争は国際的にとされていないが、はてさてどうするべきか。


「あの、名前とかは聞いていたりしませんか? 聞いていなくても、顔の特徴や年齢など、何でもいいので教えてください!」


 リメアはプロドスの長に詰め寄った。

 あと一歩のところ。掴めそうで掴み切れない敵の影。その現状に、焦りと慨嘆がいたんを彼は見せる。


 だが、プロドスの長は、


「分かりません! 私は知らないです! も、申し訳ございません! 嘘ではないので、命だけッ!?」


 馬車を揺れ動かす程に動揺——体ごと首を振って、知らないと主張する。その長の顔に、エンタクはイライラしながら、


「分かってる。忙しないから、黙ってろ」


 と、もう一度足を着けて、壁にへばり付かせた。

 そうして、話に一段落が付いたことで馬車内は静まり返った。


 恐怖の目でエンタク達を見るプロドスの長。腕を組み、長の顔に足を着けたまま鬱悶するエンタク。下を向いて、小さく息を吐く黒髪長髪の男。

 リメアは自身の太ももに両肘を突き、両手で口を覆い隠して、


「もっと情報があれば、絞り込めるのに……」


 そう零した。

 これ以上この場では、情報は得られそうにない。エンタクは「まぁ」と、プロドスの長から足を離し、沈黙にメスを入れて、


「アルヒストは他国が発祥の宗教も、港町なら寛容に受け入れるからな……ルマティアに一番近い領地の、西の街に行けば、情報を得られるかもしれない」


 そう悔やみ落ち込むことは無いと、陰鬱いんうつな空気を切り開いた。


 右前方にいる黒髪長髪の男は、微笑しながら頷く。右に居るリメアは「そうですね……そのはずです!」と、両肘を太ももから離し、天井に着きそうな勢いでガッツポーズをした。


 そうだそれでいい。落ち込んでいても仕方がない。


「とにかく、敵がルマティアにいるのは分かった。一歩前進と考えていいだろう」


 エンタクはリメアの目を見て言った。リメアは大きく頷き、大きく息を吸って顔を引き締める。

 まだ全ての情報を調べ尽くした訳ではない。なら、委悉いしつすることに希望を見出し、大童になってこそだ。


「少し前に攻めて来た匪賊ひぞくの背中に、白蛇の刺青が入れてありましたし、何か関連がありそうですね……」


「白蛇って、まさかあの!?」


 黒髪長髪の男はエンタクを見て、過去に捕らえた匪賊の長の話を振った。その卒然そつぜんたる話に、リメアが驚倒きょうとうする。

 エンタクは驚く彼に「あぁ、ルマティアの反社会組織の白蛇だ……」と、その疑いを晴れさせた。


 目利きによって、こちらに勝てないと品定めしておきながら、無謀にも一騎打ちを挑んできた雑魚のことだ。

 

 雑魚は目覚めてすぐ、自身の罪を潔く認め、真面目に牢屋生活を過ごしている。


 ひとつおかしかったのは、白蛇の刺青が雑魚にしかなかったことだ。

 他にも匪賊を牢屋に収監しているが、カス達は鉄格子の前で「出してくれ」と、我が身可愛さに懇願こんがんするのみだった。

 

 今回の枢機卿といい。匪賊の長に白蛇の雑魚が就いていたことといい。

 何かしら裏があると考えていいだろう。


「白蛇は攻めて来た相手を、略奪してきた相手だけを狙うと聞いています。その白蛇が、どうしてアンコウエンに……」


「分からん。とにかく、敵がルマティアに居るのは確かだ。今後の動きを、考えなくてはな」


 ぼやくリメアにエンタクはバッサリ言い切った。

 必ず、直接剔抉してやる。


——アンコウエンに居ることが、受け身であることが、ままならなくなってきた。




※ ※ ※ ※ ※



 場所、ルマティア北部。領地ポルテカにある首都——領都アストゥティカワン。その中心にある、ムガル建築のような聖堂の中。

 教皇や他の枢機卿、王族や貴族などを客として招き入れる客室だ。


 白を基調とする花柄の模様を施した絨毯じゅうたんに、大理石のような壁と柱。ワックスを塗ったようなマルーン色の机と、ふかふかなソファー。壁際にある丸い机の上には花瓶があり、そこにはカクレミノのような植物と、ヘメロカリスのような植物が植えられている。


 とにかく、どれもが一般とは程遠い典麗な部屋だった。


「よかったの? 直接赴いて。あの半引きこもり女は馬鹿じゃない……流石に、化身を行かせた方が良かったんじゃない?」


「いいさ。失敗した場合、感づかせるつもりだったからね……」


 室内には特徴的な二人の男がいた。

 金髪で長髪、赤い双眸に上下白い服を纏っている青年と、緋色のキャソックを纏い、緋色のズケットを被った黒髪の男だ。


 話しかけたのは金髪の青年。答えたのは黒髪の男だ。


「どういうこと?」


 金髪の青年が、右の眉毛をり上げて問う。

 黒髪の男は、ハチミツの入ったアーモンドミルクを一飲みし、


「いずれ彼女とは戦う事になる。ならば、彼女の力量を把握するのは、早い方がいいだろ……? それに、こちらが分かり易いかつ、迂遠うえんな痕跡を残せば、低いリスクで、彼女を簡単におびき寄せることもできる。そうなれば、こちらにとって有利な戦況も作りやすいからね」


 足を組みなおして、優然と報答した。


「ふぅん。て言って、痛い目見るなよ、ウィジュヌス……」


 現状、自分よりも遥かに格上である相手に対しての発言。机上の空論ではないかと、金髪の青年が黒髪の男を弄った。


「やめろ、君にその名前で呼ばれたくはない……これからは、本名の方で頼むよ」


 黒髪の男——ウィジュヌスと呼ばれる男は、手に持った容器を机に置き、金髪の青年を見た。

 金髪の青年は「はいはい」と言った後に舌を出し、お手上げのポーズをとる。それから、ソファーの手を乗せる部分に足と頭を乗せて、行儀悪く横になり、


「で、何か策はあるのかい?」


 圧をかけるように目を細くして、ウィジュヌスを見た。


「あるよ。だが詳細は話せない。というか話したくない……せつと君は、共闘関係なだけだ。すべてを話す義理は、ないからね……」


 ウィジュヌスは机の上に両肘を付いて、金髪の青年の圧に気圧されることなく返す。

 金髪の青年は「は、怖い怖い……」と言いながらも、どこか快然かいぜんたる表情で、アメルタッサ——乾燥したコーヒーの葉で作ったお茶を飲み干した。


「彼女の力量が把握でき次第、君に伝えるよ、オウキ……」


 アメルタッサが無くなった容器を、机の上に置いた金髪の青年。

 その彼に、ウィジュヌスはアーモンドミルクを飲み干した後、談話を終えるのを示唆する。


 その示唆を理解した金髪の青年——オウキと呼ばれる青年は、「助かるよ……」と謝意を言った後、横になっていたソファーから立ち上がり、


「それじゃあ、俺はテレボウに行って来る。レイキの神核、上手く使ってあげてくれよ。俺の弟だしさ……あと、代わりにヴァンパイアのガキの回収も」


 机を迂回して扉の方へと歩き出した。

 窓から差し込む太陽光。それに反射するクロムイエロー色の宝石——ではない。ウィジュヌスが手に持つ物は、神人が没後に変わる実相じっそう本態ほんたいである神核だ。


——レイキの神核は、彼らの元に転移していた。


 果たして、何に使うのかは彼らのみぞ知る。


「分かっているとも。そっちは任せたよ」


 ウィジュヌスはオウキを見ず、レイキの神核を見ながら別れの挨拶をする。オウキも「当然……じゃあね」と、手を振って別れの挨拶を済ませた。


 扉の隙間から覗き込んでくる、透徹とうてつとした赤い双眸。

 ゆっくりと、扉が閉まる。


「ふ、怖いのはお互い様さ……」


 起立して、ウィジュヌスは客室の横にある扉から執務室に移動。

 典麗なソファーに座り、


「さて、どの手札を切るか……悩むね」


 大きな机の上に乗る、蛇が砂漠を闊歩かっぽしている模型を見て、そこの無い笑みを零した。

取り敢えず、これで二章完結です!!


いやぁ、長かった……

頭の中にプロットはあるんですが、やっぱり長期連載って難しいですね!


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!!

ついでにブクマや星評価、いいねもしていって!! 応援して!!

お願いします! モチベに繋がるので!


幕間をちょこっと投稿して、過去話を加筆修正して、三章に入りたいと思います!

本当にありがとうございました!!

続きも読んでね!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ