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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
72/113

第39話 狼藉の真相

 会議室の扉が開き、中からぞろぞろと人が出てくる。

 重要な会議だったのだろうか。会議室から出てくる老若男女は足取りが早く、引き締まった緊張感がある顔をしている。


 その中、ミレナとシュウは廊下の端で立って、エンタクの退室を待っていた。


 途中、二人は面識のあるローガに手を上げて挨拶。ローガは目を合わせた後、背中越しに手を上げて挨拶し返した。

 ミレナがシュウを見て微笑する。シュウも微笑して返し、無言のまま数十秒待機した。


 ずずっと、椅子を押して立ち上がる音が室内から鳴り、ミレナの長耳がピクリと反応する。


 そして最後、エンタクと、空になった容器を盆に乗せ、跟随こんずいするフクとセイが、会議室から出て来た。

 ミレナは壁から背中を離し、肩程まで手を上げ、


「あ、エンタク! 会議終ったんだね」


 エンタクに近づいた。シュウも彼女に続く。


「うん、つつがなくな。リメアとローレンは、目を覚ましたようだな」


「はい。さっき会って、事情を話しました」


「リフとグーダは、大丈夫なんだな?」


「大丈夫だと思うわ。まだ寝たきりだけど……」


 リメアとローレンのことについては、シュウから。リフとグーダについては、ミレナからエンタクに告げる。

 エンタクは「そうか」と、腰に手を置き、


「守ると盟約しておいて、死なせてしまってはどうしようかと、思っていたんだ。お前たちは恩人だ。ここでしっかりと、療養してくれ」


 言われなくとも、そうさせてもらおう。完全復活を果たすまで、このコウエンタクに居座らせてもらうつもりだ。

 何故なら、ここには温泉があるから。前回の世界線で、グレイが北西の仙境に湧き出る温水がなんちゃらと言ってた。


 ミレナに病床で寝ていろと言われ、暇すぎて色々思考を巡らせているうちに、思い出したのだ。


「分かった、ありがとうエンタク。そうさせてもらうわ……それより、何の会議をしていたの?」


「賊の動きが妙だったから、情報整理と、あと今後の動きを決める為の会議かな……賊が、アンコウエンに運ばれてくる物に、何かを仕掛けたと思われるんだ。ん、まさか手伝うつもりか……?」


 リフとグーダが目を覚ますまですることがなく、何か出来ないかと考えていたのだが。バレてしまった。まぁ、仕方ないと言えば仕方がない。

 会議室の横の廊下で待機して、何の会議をしていたのかと訊く。その時点で、こちらが何か出来ることはないかと、考えているのは察しが付いてしまうだろう。


「うん! 何か手伝えることはないかなって!」


 詰め寄るミレナ。だが、エンタクは首を横に振って、


「流石に、そこまでは頼めない。これは僕たちの問題だ……領主として、神人として、民衆の目もある。社会問題の解決を、余所に頼むわけにはいかない」


 拒否した。それもドが付く正論でだ。


 確かに、領内で起きた問題の解決に余所者であり、かつ神子のミレナが手伝うというのは、領主の沽券こけんに関わる。

 この領主は、領内で起きた社会問題を余所者に任せるのか、という世論が出てしまうのは、充分あり得る未来だろう。

 

 ミレナを引かせたいところだが、


「じゃあ、私達はこれから仲間! これなら問題ないでしょ?」


 それは無理なようだ。屁理屈もいいとこ——否、牢乎ろうこたる理屈だ。仲間なら、困っている仲間を助けるのは不自然ではない。

 決然とした双眸と表情。こうなっては、ミレナは止まることを知らない。意地でも押し通そうとするだろう。


「だが、だがなぁ……」


 苦慮くりょするエンタク。シュウはその彼女の顔を見て、小さく笑い、


「エンタク様、ミレナはこうなったら、頑として譲りませんから……俺達にも手伝わせてください。それに、敵にしているのは共通の相手です。俺達としても、敵の痕跡は調べておきたいんです……お願いします」


 そうやって、ミレナと同じ理屈、同じ表情で押し通す。

 エンタクは静黙せいもくを選んだ。そこに、


「エンタク様!! 私にも、扶助ふじょさせてください!! イエギクさんから聞きました! 敵の中に神人のレイキがいたと!!」


 後ろ。廊下の奥から走ってくる音——息を切らしたリメアが、五人の元に現れた。


「リメアさん……」「リメア」


 リメアの登場に、シュウとミレナは少し驚きながら振り返った。

 彼が現れるのは、シュウとミレナ共に予想外だったのだ。


 遡行そこうすること十分前。


『心して、聞いてください』


 真剣な顔のシュウに、リメアは『はい……』と、一言だけ小さく返した。

 精彩と温柔な空気を破ってまで始めたこと。リメアは何か、尋常ならざる話を切り出されるのだと、唾を飲んだ。


『急襲を仕掛けて来た賊の中に、レイキがいました』


 『それは!?』と怪顛けでんするリメアに、ミレナがこくりと頷く。シュウも『はい』と言葉を続け、


『捕まえることは、前にも無理って言いましたよね? だから、せめて死体だけでもと、リメアさんの所へ運ぼうとしたんです。ですがレイキの死体が、立ちどころに消えたんです』


『死体が消えた……? 転移という事ですか?』


『だと思います……何故、レイキの死体を転移させたのかは分かりません。多分、敵に何か考えがあるんでしょうが、憶測の域を逸しませんから何とも……』


 勝利してから、病床の上で沈思黙考ちんしもっこうして、レイキの死体が転移した理由を考えていたのだが。結局、憶測の域から逸することは出来なかった。

 ミレナやローガ、エンタクにも意見を求めたが、三人とも自分と同じ結論——敵に何か考えがある、というものであった。


『そう、ですね……』


 垂らした右手で握り拳を作って、リメアは視線を落とした。


『ただ、これだけは言えます。敵は、まだ奥深くに息を潜めている。そして、亜人迫害の発端となった、エドリックの事件は、レイキを斃しただけでは終わらない。もっと、根っこが深い問題だと』


『根っこが深い問題……』


 眉間にしわを寄せ、ゆっくり小さく息を吸い、冷静を無理矢理に纏繞てんじょうさせたような声で、リメアは言った。


 感情をかみ殺そうとしても、理性という堤防から溢流いつりゅうしてしまう激情。

 その一挙手一投足に、彼の感情の全てが詰まっていた。


 瞬刻で理解できたシュウ。だがそれでも、これから向かう場所は、リメアが付いて来るには危険すぎる領域だ。

 シュウは真剣な表情を崩さずに、リメアの目を見て、


『だから、恐ろしく強い敵が潜んでいる可能性もあります。でも、リメアさんは非戦闘要員。アンタを守れる保証はない。だから、リメアさん……』


 その細い左肩に右手を乗せる。

 落ちていたリメアの視線が、シュウの視線と合わさる。


『ここで引くのも、賢明な判断だと……』


 シュウは降りることを勧告した。


 そして、時間は現在まで進む。


 五人の元に現れたリメアは膝に両手を突き、息を整え、


「そいつは、私の高祖父の仇なんです!! でも、そいつの後ろに、まだ息を潜めた敵が、高祖父の仇がいる!! 私は、高祖父の無念を、この憤懣ふんまんを晴らしたいんです!! どうか、お願いします!!」


 頭を下げて、エンタクに懇請こんせいした。

 降りろと勧告されても、怯えずひるむことなく、初志貫徹し続ける。意地でも敢行かんこうしようとする決意が、そこにはあった。


 ここまで覚悟を決めているのなら、こちらがどうこう言うのは筋違いだろう。


 となれば、あとはエンタクが首を縦に振るかどうか。

 エンタクは「ん……」と、沈思を始めた。数秒、しかして長い間。そして、


「そこまで頼まれたら、断る訳にもいかないな」


「本当ですか!?」「本当!?」


 承認してくれたエンタクに、リメアとミレナが鼻息を荒くして詰め寄った。その二人の興奮に当てられたエンタクは、一歩後ろに後退して、


「手伝う側が言うセリフと、表情じゃないでしょそれ……」


 呆気にとられながらツッコんだ。

 本当にその通りだ。


 リメアとミレナの表情は、純乎じゅんこたる喜びそのもの。

 本来なら、手伝ってもらう側のエンタクが、その表情で礼を言う側なのだが。おかしなことだ。それほど承認してもらったのが、嬉しかったということなのだろう。


「でも、嬉しいもんね、リメア!」


「はい! とても嬉しいです! 最高です!」


 両手を上げてハイタッチを催促するミレナ。リメアは彼女の催促に応え、両手でガッツポーズ。

 その馬鹿が付くほど嬉しがっている二人を見て、エンタクは「ハハ!」と、腰に手を当てて呵呵かかし、


「そうか、気に入った! だが、そうと決まれば、とことんまで付き合ってもらうからな!」


 シュウ達と仲間になると、言外に承認した。エンタクの後ろで、フクとセイが暖かく微笑する。

 エンタクに、リメアが「はい!」と敬礼。ミレナは「うん!」と返事をして、


「シュウ! 準備して、さっそく調査をしに行くわよ!」


 シュウの袖を引っ張った。引っ張られたシュウは、そう急ぐなと言うように「はいよ」と、ゆるく返事をして、


「エンタク様、ありがとうございます」


 振り返って、エンタクに謝意を伝えた。エンタクは首を左右に振り、


「礼を言うのはこっちだ。ありがとう、シュウ、ミレナ、リメア」


 領主とは思えない愛嬌ある笑顔で、感謝を返した。


「あ、そういえば三人とも、呼び方は下の名前でいいか?」


 ミレナは「全然おけ!」と、サムズアップ。リメアは「はい!」と、大きく返事。シュウは「大丈夫です」と、苦笑い。

 二人のテンションに、ついて行けないシュウだ。


「分かった! それじゃあ行くぞ、先ずは魔獣達に聞き込み調査だ!!」


 エンタクは颯然さつぜんと右手を前に出し、今度は領主然とした立ち振る舞いで廊下を歩きだした。

 その背中に、五人の仲間が続く。



※ ※ ※ ※



 フクとセイはコウエンタクに残り、残った四人で下山し、調査を開始した。

 今はエンタクが魔獣達に聞き込み調査中。シュウとミレナ、リメアはエンザンの麓で、エンタクの帰りを待っていた。


「…………」


「暇ね」


 両腕を空に。身体を伸ばし、筋肉を弛緩しかんして喋るミレナ。

 言う通り暇だ。


 十分間ほど何もせず、ぼーっと立っている。やる気十分で手伝うと外に出て、この現状。出鼻をくじかれたような気分だ。


「待たせたな! 訊いてきたぞ!!」


 と、噂をすればだ。エンタクが戻ってきた。彼女は周辺の樹々を揺らしながら飛来、颯爽と地面に降りる。


 四人は歩き出した。


「お帰り! どうだった!?」


「予想通りと、言ったところだな……全員が口を揃えて、二日前の朝ご飯を食べてから、妙にふわふわしたと言っていた」


「ふわふわ……? 朝ご飯の中に、何かを仕掛けたってこと?」


「だと思う。アンコウエンに定期的に運ばれてきて、かつ人類の元に届かないものは、魔獣用の食料と、外注した手入れの為の道具だからな」


——食料、ふわふわ。


 ミレナとエンタクの会話を聞いたシュウは、妙な既視感を得ていた。


 確かそう、あの時、前回の世界線だ。モワティ村を救おうと、尽瘁じんすいいとわず賊と闘い、敗北して捕まってしまったあの時。サキュバスにタケの実のような乾物を食わされた、あの時だ。


 誤嚥ごえんした途端、耐え難い浮遊感と、脳が甘い蜜のようなもので溶かされる感覚に襲われたのだ。

 似ている。魔獣達が感じた感覚と、乾物を誤嚥してしまった時の感覚が、示し合わしたように酷似こくじしている。


「確かに理論上、食料に仕掛ければ、魔獣達を一斉に操れそうですが……」


「というか、食べ物に仕掛けたとして、どうやって操るの? 私、全く見当がつかないんだけど」


 顎に手を当て呟くリメア。その彼に続いて、ミレナは根本的な部分に焦点を当てる。エンタクは腕を組み、首を傾げて煩悶はんもんしている。

 そうやって、三人ともに悩み苦しんでいる中、シュウは、


「タケの実、じゃないか? オドの補填ほてんに使う……」


 問題の出題者であるかのように、ヒントを提示した。三人の視線が彼へと遷移せんいする。


「なんでタケの実?」


「いや、昔、タケの実かどうだったかは分からないが……それらしい乾物をサキュバスに食わされてな。その時、浮遊感と、脳が甘い蜜みたいな何かで、溶かされる感覚に襲われたんだ……」


「それは本当か!? シュウ!?」


 何故かと訊いて来るミレナに、シュウは回顧かいこしながら答える。

 すると、一番大きい反応を見せたのは、問うたミレナではなくエンタクだった。彼女はシュウを掴んで離さないように、両腕で彼の肩を掴んだ。


「え!? はい。本当っすね……」


 シュウは呆気にとられながら、そう答える。エンタクはシュウの肩から両腕を離し「タケの実……サキュバス……」と、勘考かんこうを始めた。


「タケの実って、相手を操るような力ってあったっけ?」


「私が知る限りで、聞いたことは……」


 ミレナの疑問に、リメアが分からないと回答。当然、当事者であったシュウも分からない。タケの実に相手を操作する異能があるのか、それともサキュバスにあるのか。


——分別はつか——いや、待てよ。


 シュウの中に偶感が浮かんだ。

 そういえば、小紫色の空気が体内に侵入した時も、乾物を誤嚥した時と同じ感覚に襲われた。


 まさか、


「多分、タケの実自体に、相手を操る力は無いと思う」


 そのシュウの偶感を後押しするように、エンタクが肯綮こうけいを見つけ出した。


「それは、一体どういう……?」


「シュウがサキュバスに、タケの実を食わされた時に感じた感覚は、淫魔が異性を魅了した時に感じさせる感覚と同じだ……」


 話が見えないと主張するリメアに、エンタクが懇篤こんとくに説明する。

 やはりそうだった。淫魔の魅了。それが、魔獣達が一斉に狼藉を働きだした主因だ。


「じゃあまさか!?」


「うん、タケの実、或いはオドの補填に使う食べ物に、何かしらの方法で、食した相手を魅了できるように改造。それを使い、魔獣達を操った……ということだろうな……」


 驚くミレナにエンタクはコクっと頷き、見つけ出した肯綮を徹底解剖してみせた。それから、溜飲が下がったように溜息を吐き、


「どおりで、民衆を操れなかった訳だ。全世帯の食卓に仕掛けるなんて、無理だからな」


 あっけらかんと言った。

 正しくその通りだ。


 エンタクが言ったように、魔獣達を操るのは、外から運ばれてくる魔獣用の食料に、タケの実を仕掛けるだけでよい。

 だが民衆は、世帯ごとに食べる物が違う。それら全てにタケの実を仕掛けるというのは、物理的に不可能だろう。そもそも、食べないという者もいる。

 

「では、今すぐこの情報を、他の方たちにも! 手紙を書き、転移魔法で——」


「いや、大丈夫だ。僕が魔獣達に声を聞かせる……そこから、魔獣を調伏してる奴を介して、情報を広める」


 エンタクの徹底解剖に、リメアが早速手紙で情報を広めることを提案。が、エンタクは彼の言葉尻を、心配ないと捕らえた。


「声を聞かせるって、まさか……大声で!?」


「違う」「違うだろ」


 シュウとリメアの疑問をミレナが代弁。したかに思えたが、それは多分ない——というか絶対ないと、シュウはエンタクと一緒に否定した。


「なんでシュウまで違うって言うのよ!」


「それは、エンタク様が魔獣達に声が届かない、みたいなことを言ってたからだよ」


 当然、情報を広める張本人ではないシュウの否定に、ミレナが納得する訳がない。指を差して勘問かんもんしてくる彼女に、シュウはエンタクが話し合いの時に言っていた言葉を持ち出した。

 正論を返されたミレナは「そういえば、そんなこと言ってた、かも……?」と、疑問符を浮かべつつも、納得したようだ。


「僕の傑出能力だ。調伏した魔獣に、僕の声を聞かせることが出来る」


「すごい便利な能力ですね……」


——傑出能力。


 そういえば、エンタクは前にもそんなことを言っていた。果たして、どういったものなのか概要すら分からない。

 リメアがざっくばらんと所感を述べたように、自分も凄いということしか分らない。


「そうでもないさ。声を聞かせるためには、魔獣を調伏して、承認してもらわなきゃいけないし、あと魔獣の声は僕に届かないし……割と煩雑はんざつだよ」


 と、エンタクは謙遜してみせるが、それはそれとして凄いことに変わりはない。

 何故ならば、大前提である魔獣調伏の難易度が高いから。あと、魔獣と意思の疎通をするのも、普通に難しそうだ。


「因みに傑出能力という抽象概念について、お聞きしても……?」


「あ、そういえば、前訊こうと思って以来、聞いてなかったわよね」


「そうだったな……」


 リメアの言葉にミレナとシュウが賛同。更にミレナが右手を上げて「聞かせて! エンタク!」と、エンタクに説明を求める。

 四人は止まって一時停止。


 エンタクは「分かった、いいよ……」と、前置きして、


「でもその前に、魔獣達に僕の声を聞かせるから、待ってて……」


 大きく息を吸って目を瞑り、集中を始めた。

 挺然ていぜんとした集中力。落ち葉がエンタクの頭の上に乗るが、彼女は構わず目を瞑り続ける。弱く拭く風に、エンタクの髪が小さくなびいた。


 その端麗たんれいな佇まいに、シュウ達三人は息を呑んで待った。

 一分ほど、環境音が感じられる沈黙が続いた。エンタクは目を開けると、


「おっけい。聞かせたよ……これで全員、氷室のところを探してくれるだろう」


 ふぅと息を吐いて集中を解き、そう言った。

 本当に今ので伝わったのだろうか。エンタクの言葉を疑っている訳ではないが、常識はずれが過ぎて、にわかには信じ難い。


「信じられないって、顔だな……」


「すいません。あり得るみたいに言っておいて……何か、常識外れすぎて……」


「ハハ! シュウは正直だな! でも仕方ないさ、一見何も変わってないからな」


 掌返ししてしまったことに自責の念を抱きつつ、シュウは頭に手を当てて謝罪。その彼の愚直な態度に、エンタクは何処か嬉しそうに微笑した。

 社交辞令——嘘偽りなく、そして、自然と申し訳なさそうに、頭に手を当てた態度にだ。


「お願いしていい?」


 ミレナに頼まれたエンタクは「任せて……」と、報答ほうとう。シュウ達三人は彼女に視線を遷移させた。


「傑出能力とは、その名の通り、傑出した者が使える能力のことだ。体得できる能力は、基本的に自分を強化するものだけ。能力を体得する為には、長期間の修行を要する。一番基本の筋肉操作を体得するだけでも、遅くて一年、早くて一か月ってとこかな……」


 抑揚よくようのない淡々とした口調で、エンタクは傑出能力について詳悉しょうしつした。そして最後、これだけは重要だと言いたげに、


「地道な努力、研鑽けんさん精励せいれい……それが体得するのに一番大事なことで、一番の近道だ」


 と、抑揚をつけて説明を締めくくった。

 学校のスローガンにでも使われそうな言葉だ。


 ——学校。教育。ん……?


 リメアの次の言葉は、もしや——、


「地道な努力、研鑽、精励、至言しげんですね!」


 やはりそうだった。

 リメアは双眸を爛然らんぜんと輝かせて、エンタクを見つめる。


 教育者である彼にとって、学校で使えそうな朴直ぼくちょくな言葉は大好物そのもの。更に神人であり、領主であり、名傑列伝に間違って老父として載っている程、超然としているエンタクが言った言葉なら尚の事。


——ん、そういえば、ミレナも同じような事を——、


「うんうん! いい言葉だわ!!」


 言っていたようだ。ミレナの表情が欣欣きんきんとしている。

 というか言っていた。前回の世界線で、魔法の練習をしていた時に言われたはずだ。


「そうそう、大童おおわらわになって修行するんだぞ」


 エンタクは意気投合できる同士を見つけられて、嬉しそうだ。胸を張って、エッヘンとしている。


 振り返り、シュウは筋肉操作という、想像がつきそうでつかない単語が気になった。


「エンタク様、筋肉操作について、聞いても?」


「いいよ。筋肉操作は、オドの多寡によって才能が決まる……」


 自然と言葉にしていたシュウに、エンタクは右腕を前に出した。

 その右腕は、女性にしては筋肉質だが、男の腕と比べれば細い。


「ま、百聞は一見に如かずだ……見てて」


 エンタクはそう言って小さく息を吸うと「…………」と声を漏らし、右腕の筋肉を肥大化させた。


「…………す、すごい……」


「血管が浮かび上がって……」


 その変化に、ミレナは口に両手を当てて、リメアは顔を近づけて、感動に声を上げた。


 別段、腕が太いというわけではない。巨漢の男に比べれば、華奢も華奢だ。だがそれは、およそエンタクの容姿や体躯からは、想像もつかない筋肉の肥大であった。


 リメアが言った通り、筋肉の密度が高い為か、表面にある血管が浮かび上がっている。


「ちょっと、下がってリメア」


「は、はい……」


 エンタクの腕を間近で眺めていたリメアが、数歩後ろに下がる。何をするのかと、三人はまじまじと彼女の腕を見ていると、その右掌の中心から、炎——紅蓮の何かが構築されていく。


——都合、槍が生成——出現した。


 驚きにミレナが「矢庭やにわに、槍が!?」と、声を上げた。


「因みに、これも傑出能力だ。シュウ、これ持ってみて」


 エンタクは宙に浮いた槍を右手で掴むと、シュウに向かってそれを差し出す。シュウは下から、両手で受け取ろうと前に出た。そして、しっかり受け取ろうとしたのだが、


「はい、分かりッ!? 重!? え!!?!?」


 その槍の度肝を抜く重さに思わず上体が傾き、そのまま転がり落ちそうになってしまった。


「これ、何キロっすか!?」


 反射的に、生前の世界の単位で重さを聞いてしまったシュウ。

 当然、異世界人であるエンタクが、キロという重さの単位を知っているはずもなく。

 エンタクは「キロ?」と、いぶかし気に首を傾げた。


「いや、何貫っすか!?」


 シュウはミレナに教えてもらった重さの単位を即座に思い出し、修正してエンタクに聞き返す。

 そんなことより、おのれ創造主め。何故、重さの単位をわざわざ分かりにくい尺貫法にしたのか。そこはキロでいいだろう。まぁ、あのクソ野郎は変な理由で、尺貫法にしたのだろうが。


「あぁ……確か、約四十貫ほどだ」


 不思議な面持ちを元に戻して、エンタクは重さを答える。答えたのだが、いや、え。


「「四十貫!?」」


 リメアとミレナは目を見開き、愕然と大声を出した。シュウはすぐさま、四十貫という想像に難い単位をキロに戻し、


「え? てことは、百五十キロ!?」


 その驚愕の重さに、目を丸くした。

 これまた当然、キロという単位を知る筈がないエンタク達三人は「百五十キロ……?」と、意味不明な発言をしたシュウを、怪訝けげんな顔で見やる。

 シュウは咄嗟とっさにわざとらしく笑い、


「あ! いや! 四十貫かぁ……すごく重いなぁ!」


 と、下手過ぎる繕いで誤魔化した。

 許してほしい。だって生前、キロで慣れてしまっているのだ。いやまぁ、ここは異世界だと言われてしまえば、ぐうの音も出せないのだが。でも許してほしい。


「エンタク様、これ……」


 シュウは含羞がんしゅうを溢れさせた顔で、エンタクに槍を差し出す。エンタクは「う、うん」と、不思議な顔で槍を受け取った。それから、


「まぁともかく、僕はこれを……こんな風に……」


 逸れた話を軌道修正するように、重さが四十貫もある槍を片手で、容易に振り回していく。

 更に、その振り回しに単一ではない芸を混ぜてだ。


 右手で振り回していた槍を、背中から左手に持ち替えたり、掌の上で回したり。上空へ放り投げ、回転しながら落下してくる槍を華麗にキャッチしたり。


「嘘!? すごっ!!」


「ひぃ! 風圧が、凄いです!!」


 もう恒例になりつつあるミレナとリメアの驚愕。

 重さ四十貫の槍を振り回した所為か。周辺の草や木の枝が風圧で揺れ動く。


 とにかく、四十貫の槍を持っているとは到底思えない、明暢めいちょうな表情で槍を振り回してみせた。


——それは、凄いの一言に尽きた。


「シシシ! 僕、結構凄いだろ!」


 誇示するように胸を張り、出現させた槍を消すエンタク。その彼女のやってのけた離れ業に、


「本当に凄すぎでしょ……」


「凄すぎです……」


「ですね……フィクションにしか思えません……」


 ミレナ、シュウ、リメアの順に、三人は感懐かんかいを口にした。

 三人ともエンタクの離れ業が凄すぎて、呆然としてしまったのだ。そんな反応がエンタクは嬉しいのか「フフ、いい反応だ!!」と、笑顔になって、


「やっぱりこういった反応を見るのは、いつまで経っても面白い!!」


 過去にも、誰かを驚かしたと吐露した。

 四人は再び歩き出す。


 過去。はてさて、一体いつ頃のことなのだろうか。少し気になる。というか、エンタクは何歳なのだろうか。ミレナは千歳ぐらいと言っていたが。


「というか、イエギクさん、四十貫の物を持てるんですね」


 ふと思い出すように、リメアが言った。語尾に小さく「かっこい……」とリメアが言ったことは、彼以外知らない。

 会話の最中であったことと、エンタクが凄すぎる故に色()せていたが、シュウが四十貫の槍を持ったことも凄い事ではある。


 色褪せ方が顕著すぎるが。


「まぁ、エンタク様みたいに、振り回すのは無理ですけどね……」


 シュウは謙虚に返した。その彼にまた、リメアがカッコよさを見出したことを、他の三人は知る由もない。

 そのリメアの横でミレナが「私は驚かないわよ、もう……」と、腕を組んで首を縦に振る。


 ミレナはシュウの背中に乗って、一緒に戦ったことが何度もある。だから、シュウが四十貫の槍を持てた程度のことでは、彼女は驚かない。ただ、凄いとは思っている。


「ふふ……筋肉操作は、重い物も持てるようになるし、身体能力も上がったりするから、体得して損はしないよ……あと、奇襲対策になったりして便利。ついこないだ、金棒で頭を殴られたんだけど、僕の頭じゃなくて、金棒の方が砕けたからね……」


 そんなシュウの凄い所を、エンタクがまたも褪色たいしょくさせる。傷つくわけではないが、自分がちっぽけに思えてしまうシュウである。


 エンタクの卓絶した凄さに、ミレナが「それは、フィクションであってほしい……」と述懐じゅっかいする。

 確かに、鈍器、対、人の頭で、頭が勝つというのは嘘であってほしい。とはいえここまで来たら、この願いもほぼ叶わないだろう。冷静に考えれば、叶わなくてもいいが。


「因みに、僕の体は、鍛造たんぞうの剣、いや、快刀かいとうでも切れないぞ。今度見せてやる……」


 そしてエンタクのフィニッシュブローが、精神的にふらふらになったシュウ達に炸裂。おまけに今度見せるという徹底ぶりだ。

 こうなっては叶わないだろうではなく、叶わないだ。


「現実だと思えない……」


「シシ! いい反応いい反応!」


 呟くシュウに、エンタクがにっこりと笑う。

 どちらかというと、思いたくないが本音である。筋肉操作、恐るべし。


 強くなる為——自分達の尻拭いを、自分達で出来るようになる為、是非とも体得したい傑出能力だ。

 早くて一か月。奥に潜んでいる敵を追いたいが、今はアンコウエンに逗留とうりゅうしてでも、エンタクに教えを乞うべきだろう。でなければ、死にに行くようなものだ。

 停頓ていとんしてでも、優先するべきだろう。


 なるたけ早く体得する為にも、早くこの仕事を終え、敵の手がかりを見つけ出さなくては。


「てか、ミレナ、シュウ……お前達はもう、筋肉操作は使えてるぞ……?」


「「え……?」」


 シュウとミレナは呆然と口を開けた。


——え? それはどういう……


「だって周囲の人類よりも、力があるだろ?」


 エンタクは呆然としている二人に、正鵠を射った。

 シュウは過去を思い出す。


『エルフは見た目は華奢だけど、獣人の男の子にも負けないくらい力持ちなのよ!!』


 前回の世界線、中央都でミレナが言った言葉だ。もしミレナが筋肉操作を使えていたら、華奢でも力持ちという性質に説明が付く。


「そういえば、そうかも……少し前だけど、ごりごりマッチョの子に、腕相撲で勝ったことあるし……あと、シュウを一人で担いで、ベットまで運んだことも、あるわ……」


——確か、俺の体重は八十五、六くらいだった……え!? 


「え!? ミレナって、そんな力持ちだったのか!?」


「う、うん……実は結構力持ち、なのよね」


 自覚が無い。となれば、ミレナは常に筋肉操作を使っていたのではなかろうか。


「それは、元々から筋肉操作が使えたからだな……それにその様子だと、常時使えてるっぽいし……」


「そうだったんだ……実は私って、すごい?」


 エンタクにそう言われ、ミレナは長耳を上下させて驚喜を露にする。

 エンタクの意見に同意だ。


 もし筋肉操作にムラがあったのなら、長生きしている彼女は何らかの形で気付くはずだ。だのに、そうではない。


「あぁ! 生意気言えるくらいには凄いぞ」


 エンタクは嫣然と笑って、ミレナの凄さを賞揚しょうようした。ミレナは「イエェェェイ!! 私天才!!」と、目の横でピースして小悪魔っぽくウィンク。リメアからも「流石ですミレナ様!!」と賞揚され、今度は小さい胸を誇らかに張った。


 それから、


「私も四十貫の物を、ぶんぶん振り回せるかしら!?」


 エンタクが槍を振り回したのを真似するように、何度も決めポーズ。全力で快哉かいさいを表現した。


 全く、調子のよい事である。 


「先の話になるとは思うが、出来るようになるとは思うぞ」


「あの、エンタク様! 私もできるようになるのでしょうか!?」


「うん。リメアも修行をすれば、出来るようになるよ……」


「本当ですか!! やった!!! これなら、私もイエギクさんのように、かっこいい男に……よっしゃぁ……」


 リメアは下を向いてガッツポーズ。かっこいい男を目指す彼にとって、力持ちは一つの目標だ。それが叶うと分かり、嬉しいのだ。

 ミレナとリメアは、歓然かんぜんと手を繋ぎ合ってジャンプ。それをエンタクが愉快そうに見る。


 その中、シュウは一人だけ質実な表情で思惟しゆいしていた。

 エンタクは筋肉操作を使えると言ったが、自分の身体能力が高いのは、魔術で肉体を強化しているからだ。

 果たして、それを伝えるかどうかを悩んでいたのだが。


「エンタク様、俺が筋肉操作を使えるって話なんすけど……俺は違うんすよね」


 シュウは包み隠さず、エンタクに口伝した。

 シュウにとって彼女はもう仲間だ。隠す意味はない。


「ん? 違うのか? あの身体能力は、てっきりそうだと……」


「母親から受け継いだ力でして、魔法とは違う魔術っていう力なんすけど」


 エンタクは「そうなのか……」と、腕を組んで呟く。すると、ミレナがこちらに一歩近づいてきて、


「シュウそれ、私を背負いながら下山した時、言ってたよね……」


 途中までシュウと視線を合わせ、それからエンタクの方に視線を移動させると、


「確か、プロテクションを使った馬車よりも、全然早かったよ」


 感想を伝えた。

 言われた通り、シュウもプロテクションの馬車より早い自負はある。

 本気を出せば百キロは越えそうか。


「中々だな……シュウ、一連の問題を解決したら、付き合ってくれないか? 君の力を試してみたい」


「はい、全然いいっすよ」


「よし、決まりだ! 絶対だからな」


 シュウは嬉しそうにガッツポーズするエンタクに「承知しました」と、がえんじた。

 そしてようやっとかな。賑やかな人の声が聴こえてくる。街だ。


 やはり、アンコウエンの壁がない駘蕩たいとうたる街は新鮮だ。魔獣達が敵ではないだけで、これほどまで解放感が感じられるとは。

 それに生前の世界のように、高層ビルや無骨なコンクリートの建物はない。


 住むには持って来いの場所である。という偶感はさておき。


「それじゃあ街に着いたことだし、早速、氷室の中を徹底的に取り調べるぞ!」


 エンタクが一歩前に出て走り出す。ミレナは「うん!」と、シュウとリメアは「はい!」と返事をして、エンタクを追った。


 さて、真相を探るとしますか。



※ ※ ※ ※



 石造りの白く大きい分厚い建物——氷室の中に、シュウ達は足を踏み入れようとしていた。

 氷室を管理する管理人の男が鍵穴に鍵を刺し込み、重く分厚い扉をゆっくりと開ける。薄暗い室内が視界に入り、そこからひゅうっと吹いた肌寒い風が、シュウ達の肌をかすめる。


 氷室とは、所謂いわゆる食べ物などを冷蔵や冷凍保存する為の冷温施設だ。電化製品が普及した時代に生きていたシュウにとっては、歴史に触れるような感覚である。


「こちらです」


 管理人の男に招かれ、シュウ達は寒く薄暗い室内に入った。

 管理人の男は光の魔刻石にオドを込め、それをランタンにめて室内を照らす。


 シュウ達の目に入ったのは、積み上げ並べられた木箱と、その周りを囲む数多の氷だった。


「ここは暗いから、外に出して解凍するからな」


「はい、ご自由に」


 全員が仁王立ちする中、エンタクだけが氷室の奥に入り、上に積まれていた木箱を体を浮かせて持ち上げる。そして着地し、それを扉の所まで持ち運んだ。


「シュウ、ミレナ、一つだけでいいから、君らも運んでくれ」


「うん」「はい」


 ミレナとシュウはエンタクに返事をして、扉から左右に退く。名前を呼ばれなかったリメアが「あの私は……?」と、言外に運ぶ必要はないかと問うが、


「リメアは危ないからいい……床滑りやすいし」


 エンタクはそう言って、外に出た。

 四人の中で唯一力持ちではないリメアだ。氷が溶け、床に流れた水が凍った所為で、一般人のリメアが重い木箱を運ぶのは危ない。


 滑ってしまった場合、大怪我だ。


 「分かりました!」と、リメアだけが外に出て、シュウとミレナは指示された通り木箱を持ち上げる。

 これは確かに、リメアが持つには危ないだろう。


 シュウは大丈夫かとミレナに視線を送る。彼女はシュウの視線にウィンクをして、大丈夫だと示唆した。

 二人は滑らないように外まで木箱を運び、


「ちょっとだけ、滑りそうで怖かったわ」「だな」


 置かれた木箱の横に並べた。

 そして、もう一度氷室の中に入ったエンタクが外に出てくるのを待ち、


「よし、それじゃあ調査だ」


 四人一箱ずつ、冷凍保存された食肉の中身を調べ始めた。

 

 それから、解凍。調べ始めてから五分も経たないうちに、


「あった、これだな、タケの実の断片」


 エンタクが食肉の中に混入された異物を見つけ出した。彼女は目を向けて来た三人にその異物——タケの実の断片を見せると「そっちは?」と、有無を問う。


 すると、


「私もあったよ!」「俺のところも!」「私の所もです!」


 エンタクに続いて、三人全員が食肉の中からタケの実の断片を見つけ出した。

 こんなにあっさりと、タケの実を見つけ出すことが出来た理由は、


「ふむ。バレないように細かく切り刻んて、なるべく多くの魔獣を魅了する為に、所かまわず食肉の中に紛れ込ませた、といったところだろう。ふたを開けてみればだな……」


 エンタクが腕を組んで代弁した。

 ふたを開けてみればとは、古典的なやり方に対してだろう。飲食物に何かを仕込む。手っ取り早く、見つかりにくい楽な手段だ。


「おい、魔獣達用の食肉を外注している場所は、フェアラードの何処だった?」


「はい、トライゾという場所です。フェアラード領の北西にある都市ですね。店名はプロドス……国営の店です」


 管理人の男は胸ポケットから紙を取り出す。領収書か何かだろう。

 そこに書かれていた店名を口伝した。


 国営。何とも裏がありそうな、きな臭い雰囲気が漂う。


「助かる。これで証拠は確保した。中にある食料は全て破棄しておけ……」


 エンタクに指示された管理人の男は「はい」と頷く。そして、


「まさかこんなものを紛れ込ませていたとは……許せぬ、プロドスめ。何の目的の為に、こんなことを……」


 その胸中にある激情をさらけ出すかのように、手に持った紙をくしゃくしゃに握りつぶした。

 どういった関係だったのかは分からないが、信頼はあったのだろう。それ故、裏切られたことに対する怒りが溢れた訳だ。

 彼らにとって、魔獣達は家族と同然。許せないと思うのは、理解できる。


「そこは洗いざらい吐かせるつもりだから、後に分かることだ」


 そうエンタクは淡々と言う。だが、その言葉の中に混じっていた怒り、れいげん厳な双眸から、シュウは決して奸曲かんきょくゆるさないという堅固な意志を感じた。


「これを証拠に、プロドスって店を訴えるんだよね?」


 ミレナもその堅固な意志を感じ取ったのだろう。彼女の双眸にも、赦せないという感情がはらんでいた。

 ミレナの中では既に、エンタク達は名実ともに仲間なのだ。


「そうなるな。でもこれだけでは、一部地域だけ、誤って紛れ込んでしまった、と言い訳される可能性もある。だから、全地域から証拠を確保する必要があるな」


 推理系の話に出てくる犯人が、如何にもいいそうな言い訳だ。

 その言い訳すらも腹案ふくあんし、容赦なく叩き潰そうとするエンタクの姿勢。嫌いではない。

 上に立つ者として、彼女がいかに優秀なのかが推知できるというものだ。


「あと、タケの実に魅了を補助する力があることは、周知ではない。これに、本当に魅了の力が付与されているのか、確かめなくてはならない……訴えるなら、証拠を厳然たるものにしてからだ……」


「あのエンタク様、訴えるなら、法曹協会ほうそうきょうかいの方を雇いましょう。相手は国営の店。現地の裁判官だと、買収されている可能性もあります」


「分かってる。今朝、アンコウエンにある支部に手紙を送っておいた。最初から、そのつもりだよ」


 エンタクにリメアが提言する。が、彼女はタケの実を探す前から、魔獣達が狼藉を働いた原因について、目星がついていたと返した。

 全くもって無駄のない行動に、リメアはうやうやしくお辞儀をして、


「流石神人兼、領主様。すばらしい達見に感服しました」


 恐々謹言きょうきょうきんげんと返した。


 全くだ。

 だが、エンタクの達見以上に、傑出能力というものの凄さにもシュウは感服した。強くなる為にも、これは益々(ますます)体得しなければ。


「ありがと。素直に受け取っとく」


 エンタクはお辞儀をするリメアに嫣然と笑い、崩すようにと手を振った。

 リメアは『分かりました』という意として、下げた頭を更に下げ、お辞儀を崩した。


「それじゃあ、他の街に行くぞ。喧嘩を売る相手を間違えたってこと、思い知らせてやらないとな」


「うん!」「「はい!」」


 ——舌戦ぜっせんが待ち受ける。

明らかに刑事裁判なのに、検察官じゃなく裁判官が出てくるのは何でだ?

と思った方もいると思います。


なので、講釈します!


この異世界は糾問主義なので、検察官と裁判官の役割が分かれていません。

因みに、中世の時代は殆どが糾問主義だったそうです。

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