第38話 安堵、疑問
昼前、空にはぷかぷかと浮かぶわた雲と、炯然と光る太陽が。そこから降り注がれる暖かい日光が、中庭——枯山水を照らす。
枯山水の中心には小さな緑と、センダンのような木があり、枝葉には小鳥たちが止まって羽休めをしていた。
閑閑とした場所だ。
場所はコウエンタク西側、病室。
枯山水の横には、いくつかの病室がある。休ませる怪我人の心を落ち着かせる為、枯山水の横に病室が設けられたのである。
そして、そのいくつかある病室の一つに、コウエンタクに戻ってきたミレナとフィアン、眠るリフがいた。
寂寞とした時間が流れて、かれこれ数十分。
リフが臥床するベットは窓側だ。寂しい雰囲気とは正反対の、暖かい日光が三人を包んでいた。
「ミレナ様、ゲッケイジは……生きて、いるんですよね……? 本当に、寝ているだけ、なんですよね……?」
フィアンはベットの上で眠っているリフの右手を、両手で包むように握る。それから、ベットを挟んで反対側にいるミレナに、愁容でそう問うた。
憂いに沈む声からも、フィアンがどれだけ心配しているのかが分かる。
「うん、治癒魔法を施して、完全に傷は治したわ……もう少し遅かったら、危なかったかも。今は寝ているだけだから、安心して、フィアン」
ミレナは間を少しだけおいて、閑静な声で返した。病室だから声を閑静にしたのではない。ミレナは、憂いに沈んでいるフィアンの心を落ち着かせるために、声を閑静にしたのだ。
『ミレナ様!!』
『フィアン……? どうしたの、そんなに慌てて』
ミレナは、息を切らしたフィアンが、全身焦爛まみれになったリフを背負って、コウエンタクに帰って来たのを思い出す。
『ゲッケイジが、ゲッケイジが!!』
『————ッ!? まずいわ! 早く寝かせて!! 直ぐに治癒魔法を施すから!!』
あの時のリフの状態を目にした時は、衝撃の光景に思考が止まってしまった。もう手遅れなのではと、最悪の達観もしてしまった。
あと数時間も遅ければ、リフは死んでいただろう。それ程までに、リフの傷は凄惨な状態だった。
『分かりました!!』
『なんて、ひどい火傷なの……』
病室に運ぶことなく、その場でリフを床に仰臥させ、息を吐く暇もなく治癒魔法を施した。
『ゲッケイジ、死ぬな! 死ぬんじゃない!!』
フィアンはリフの名を、慨然と読んだ。名を呼ぶだけしか出来ない自分への怒り、死んでほしくないという悲しみと嘆きが、その表情には詰まっていた。
リフを救えて、良かったと思う。誰も死なずに、窮地を乗り越えられて本当によかった。
「わぁ!! 私は高所恐怖症なので、そんな、峰の上で逆立ちなんて、無理ですぅゥゥゥゥゥゥ!!!!」
立ちどころに、横の部屋から誰かの叫び声が——いや、もしかしてこの声は、
「今のって、リメアの声?」
「恐らく、そうだと……」
ミレナの言葉に、フィアンは頷いて後押しする。その後すぐ「はッ!? 風魔法が全然使えない!! 地面に衝突ッ!!」という、これまた聞き覚えのある声が、横の部屋から聞こえてくる。
急襲の直前、気絶したリメアとローレンが目を覚ましたようだ。
それにしても、面白い目の覚まし方だ。リメアは高所で気絶した故、ローレンはシュウに、顔面を床に叩きつけられて気絶した故だろう。
「私はシュウを呼んで、目を覚ましたリメア達のところに行って来るわ。フィアン、貴方は、リフの傍に居てあげて」
ミレナはそう言って、木製の椅子から立ち上がる。
実際に見たわけではないが、リフは勝つためにタケの実を何度も食べて、オドを酷使したという。傷は完全に治ったが、体の中の枯渇したオドまでは治せない。
目を覚ますのは、もう少し先だろう。
「はい、分かりました……このバカが目を覚ますまで、待ちます。ずっとここで……」
「ありがと。でもずっとは駄目よ、ちゃんと休まなきゃ……分かった? フィアン。体壊しちゃダメだからね!」
俯いたままで返事をするフィアンの頬っぺたに触り、ミレナは子供を窘めるように注意。それでも、俯いたままでいる彼女が心配になってしまうが、渋々、病室を後にした。
「——ゲッケイジ……」
閑閑とした部屋に、フィアンの声が響く。
※ ※ ※ ※
他方、横の病室。
「わぁ!! 私は高所恐怖症なので、そんな、峰の上で逆立ちなんて、無理ですぅゥゥゥゥゥゥ!!!! って、あれ……夢?」
「はッ!? 風魔法が全然使えない!! 地面に衝突ッ!! って、夢か。地面に顔面からダイブする、最悪の夢だった…………」
同じタイミングでリメアとローレンが、迫真の顔と声で目を覚ました。
ここも同じく、枯山水の横に設けられた病室だ。
「あ、起きた! 緑の二人が起きたよ!! ローコちゃん!!」
そう言って、リメアとローレンの覚醒に声を上げたのは、銀髪で白目の少女だ。かなり稀有で、玉貌——目立つ容姿の少女である。その横では、黒髪で三白眼の女性が立っている。
少女は先程まで、ベットの上で臥床していた怪我人達を、興味ありげな目で見ていた。彼女はリメアとローレンが目を覚ますと、二人の元に両手を上げて走っていく。
「本当!?」
その少女の報告に、青髪を長く伸ばした少女——ハオの妹であるローコが椅子から立ち上がった。
恐らく治癒魔法を掛けていたのだろう。ベットの上で寝ていた女性の顔が、安らかなものになったのをリメアは見た。
ローコは銀髪の少女に続いて、リメアとローレンの元まで歩く。そして、その後ろから三白眼の女性が静かに淡々と続いた。
銀髪の少女とローコは、リメアとローレンが臥床しているベットとベットの間に入り、三白眼の女性はベットの前で立ち止まった。
三白眼の女性は、二人のお目付け役といったところだろうか。
リメアと目が合うと、三白眼の女性は恭しく頭を下げる。
リメアとローレンは、三白眼の女性に頭を下げ返した。
「気絶させたのは仲間の方だと聞いたので、無事と訊くのはおかしいかもしれませんが、どこか支障はありませんか? 一応、治癒魔法は掛けたので、大丈夫だとは思うんですが……」
「ありがとうございます。身体の方は特に……」
「私の方も、気分以外は……」
ローコの言葉にリメアとローレンは頭を下げ、無事であると告げる。
その二人の言葉に、銀髪の少女はぴょんとジャンプして、
「緑の二人とも、大丈夫。よかった、よかった」
愛嬌ある顔で微笑んだ。
それにしても、
「「緑……?」」
ローレンも同じことを思ったのだろう。はて、緑とは何のことだろうか。
自分とローレンに、緑と形容される要素はないのだが。
「お、グーダに護衛されてる人と、神将の人、起きたんだ……」
などと、二人が首を傾げていると、無造作に病室の扉が開く。扉を開け中に入って来たのは、
「貴方は、ってグーダ!?」
全身、目を逸らしたくなるような打撲跡を残すハオ。そして、その彼の肩に乗せられたグーダだった。
リメアは恟然と口を開けて、舌風させた。
「大丈夫、気絶してるだけだよ」
声はさることながら、そのリメアの驚き怖れる様を見たハオは、彼を落ち着かせるために即答した。
大丈夫。そう言われ、リメアは安堵に目を瞑り、溜息を小さく零す。そして、グーダが無事であると分かった彼の次の言葉は、
「何故、グーダが気絶しているんですか?」
当然、グーダが気絶してしまった理由以外ない。
ハオは「ん?」と疑問符を浮かべた後、直ぐに「あぁそうか」と呟き、
「二人は、賊が急襲を仕掛けて来る前に気絶してたもんな……」
なるほどといった顔で、グーダを空いたベットの上に乗せた。
「「賊が、急襲!?!?!?!?」」
リメアとローレンは目を見開いて驚倒した。
今のリメアとローレンの胸裏は、賊が急襲を仕掛けて来たことへの驚きと、自分達が気絶している間に、闘いが終わったことへの驚き。その二つでいっぱいだ。
驚きのワンツーパンチを顔面に食らった状態である。
ハオは「そんなに驚くことか!?」と言った後、顎に手を当て、怪訝な顔で考え込み、
「いや、驚くことか……」
と、手を叩いて納得のジェスチャー。
「とにかく、無事だぜ、敵に顎蹴られたから、骨はイってるかもだけど。治癒魔法で完治できるっしょ」
ハオはシシッと戯笑しながら、他人事のようにそう言う。
その何とも軽すぎる言葉遣いに、ローコがハオの所へ駆け寄り、
「お兄ちゃん、そんな簡単に言わないでよ。治癒魔法って、結構難しいし、疲れるんんだからね……」
人差し指でその胸を二、三回突っついた。
治癒魔法の辛さは、主観的である為自分も分からないが、確かに発言が軽すぎるとは思う。ローコが怒る理由も理解できる。
「そんなこと言われたって、しらねぇよ……治癒魔法師は、治癒するのが仕事だ。 なら、治して当然だろ」
ハオは両手を頭の後ろに置き、外方を向いてローコに辛辣な言葉を掛ける。
「お兄ちゃん! 私ならいいけど、他の人には謝って!」
「嫌だよぉだ。俺はやるべきことやれって、言ってるだけだもん」
「あ! ひどい! ヘタレでサボり魔の馬鹿お兄ちゃん!! その打撲跡、治してあげないからね!!」
握りこぶしを作って恚むローコに、ハオは目だけを向けてちろっと舌を出す。その小馬鹿にした態度に、ローコは激憤したと言い返した。
そして、小さな喧嘩は言い争いという大きな喧嘩へと発展し、
「誰がヘタレのサボり魔だ!! 俺が体張って、コウエンタクを護ってやったっていうのによ!! てか、お前以外にも治癒魔法師はいるから、別にお前に治してもらわなくても大丈夫だよぉだ!!」
「あぁ!? そんなこと言っちゃうんだ!! 最低おにいちゃん!! 馬鹿!! ヘタレ!! サボり魔!! そのまま傷に苦しめ!!」
「んだとぉ!!」
互いに額と額をぶつけ、睨み合いながら「んん!!」と唸る。一触即発だ。
だがその二人よりももっと怖い顔をした三白眼の女性を、リメアは目の端で見つけてしまった。その顔に青筋が一つ二つと増えていくのを見て、リメアは「ぁ……」と、声を漏らしてしまう。
そう、ここは病室。療養のために、ぐっすり熟睡している者も多い。というか、病室と言うのは静粛にする場所であり、熟睡している者が居ようが居まいが——、
「んん!! ローコちゃん、ハオ君……ここは病室です。お、し、ず、か、に…………いいですね?」
三白眼の女性は咳払いをした後、ローコとハオの元まで歩み寄り、笑顔で二人を窘めた。ただ笑顔の中に、抑制できていない余憤が溢れ出ている。有体にいうと、おでこの青筋と、プルプルと震える唇が怖い。怖すぎる。背筋が凍った。
ローコとハオは、三白眼の女性の恨みを飲む剣幕に「あぁ……ごめんなさい」と青ざめ、目を点にして謝った。
二人が謝ると、三白眼の女性はニコッと莞爾し、顔を離した。
「あはは……あの、そういえばミレナ様達は何処に?」
苦笑いしたリメアは、ふと疑問に思ったことを口にしていた。
賊が急襲を仕掛けて来た。そしてグーダは敵の討伐ないし、撃退を手伝った。ならミレナやシュウ達も、同じく手伝ったのではないか。彼らの身は、無事なのだろうか。
ただ、その質問は、
「ここだよぉ! リメア! 目を覚ましたのね!」
「リメアさん!」
誰も答える必要が無くなった。
シュウを連れて来たミレナが、リメアとローレンが寝ていた病室に入って来たのだ。
リメアは急いでスリッパを履き、二人の所へ走った。その顔が、安堵によって笑顔になる。
グーダだけでなく、ミレナとシュウも無事であってよかったという安堵だ。
「はい! それよりミレナ様、イエギクさん! 賊が急襲を仕掛けて来たと、ハオ君から聞きました! お体の方は大丈夫なんですか!? それに他の方は?」
「俺は、一応大丈夫です」
「私も大丈夫だよ」
駆け寄って来たリメアに、シュウとミレナはそう答える。
外見からだけでなく、本人からも無事だと告げられ、リメアは胸を撫でおろした。となれば、二人と一緒に賊と闘った残りの三人——フィアンとアリス、リフの安否が気になる。
「フィアンさんにアリスさんも無事ですよ」
だが、それは訊く前にシュウが先に応えた。
「グーダは同じ部屋にいるから、大丈夫だってのは知ってるよね?」
それは分かっている。リメアはベットで寝ているグーダを寸見した後「はい」と首肯し、
「ではゲッケイジさんは?」
最後、リフの安否について問うた。
純粋な疑問。
リメアには、シュウとミレナが何故リフについてだけ、触れなかったのか推知することが出来なかった。そして、二人の表情が糸毫ではあるが、陰ったのを見て、リメアは口を小さく開けた。
「リフさんは重症だったんですが、ミレナの治癒魔法で、何とか一命は取り止めました」
「でも、オドを酷使した所為で、今は寝たっきりなの……いつ目を覚ますかは、分からないわ……」
シュウの言葉で安心が。首を横に振るミレナの言葉で心配が。リメアの中で二つの感情が去来する。
でも、不思議と安心の感情がリメアの中で定着し始めた。
「そう、ですか……でも、リフさんも生きていて、良かったです」
それは当然、全員が生きて闘いを切り抜けられたから。その闘いの最中、寝たきりだった自分がそう思うのは、図々しいかもしれないが。
「そうですね。リフさんは、今フィアンさんが傍で見てます。きっとその内、目を覚ましますよ」
こくっと首を動かし、シュウは安心した表情で言う。
ミレナも嫣然と笑い、それから口の横に手を当て、
「往路で泊まった宿のこと、覚えてる?」
宿とは、リフレッシウのことだろう。旅路の途中、往路で遅滞を余儀なくされ、リフレッシウで宿を取ったのだ。
「はい、お酒を無料でもらって、ミルクパスタを食べたあの宿ですよね?」
「うん。リフが目を覚ましたら、あの時みたいに、六人でご飯食べない? みんな無事でよかったの会ってことで!」
ミレナは華麗にウィンクし、勝利の祝いにと食事を企画する。
リメアはそれはいいアイデアだと、両手を揃えて、
「そうですね! はい! 是非そうしましょう!!」
二人で笑い合った。その横からシュウが、ミレナの頬を突っついて、
「本当は、自分が食べたいだけじゃないのか? ミレナ……」
「そ、そんなこと!?」
指摘されたミレナはぷくっと頬を膨らませて、意地を張るが「あるかも……」と、空気を口から抜いて繕うのを止めた。
シュウは額に手を当て「やっぱりな……」と首を振るが、その表情は妙に嬉しそうで、
「でも賛成だ!」
ハイタッチしようと、リメアとミレナの前に手を上げた。
「楽しみですね!」
「うん! 楽しみ!」
リメアに続いてミレナが、シュウとハイタッチ。
その様を、病室にいるローレンだけを除いた四人が見て、解顔する。ローレンは、少しだけ苦い顔だ。シュウがいつまで経っても嫌いなのである。
「リメアさん……あと一つ、少しだけ伝えたいことが……」
精彩も精彩。温柔も温柔。その空気の中、シュウはリメアを真剣な表情で見た。はて、急にどうしたのだろうとリメアは小首を傾げる。
シュウの横でミレナが「…………」と、唇を引き結び、落ち込んだ顔色になった。
「心して、聞いてください」
※ ※ ※ ※
同刻、コウエンタク内会議室。アンコウエンの政治を担う者達が集まり、会議をする部屋だ。
会議室にはエンタクや警備隊の隊長含む、男女総勢十二名。入室退室に使う扉から、一番遠い中央の席には、当然エンタクは座っていない。
今回は入室してから、右側手前の席に座っている。これまた当然ではあるが、本来エンタクが座る場所には誰も座っていない。というか、座れるわけがない。
全員が彼女のことを信敬、敬事しているかつ、怖いからである。
皆口を閉じて座る沈黙の中、
「失礼いたします」
紙を持った男が会議室に入って来た。
今回起きた急襲で出た被害。それを記した報告書である。
「報告頼む……」
「承知しました。それでは、エンタク様、各隊長、各長官に申し上げます」
エンタクが催促すると、男は端然と背筋と両腕を伸ばした。
ここでタイムストップ。ちょこっとエンタクちゃんが颯爽と登場。
講釈しよう。
アンコウエンはアルヒストの一領地ではあるが、中央政府の下部に属している訳ではないぞ。
各領地は主権を有しており、また各領主の決定権はアルヒスト国王にはないからな。
分かり易く言うと自治であり、行政的に独立してるってことだ。
因みにアルヒストは社会主義を、立憲君主制で実現しようとする国だぞ。
暴力革命を恐れてこうなった訳だな。
講釈はここまで。それじゃあな。
ちょこっとエンタクちゃん退場。
タイムストップも解除。
「では先ず、現在分かっている死者数から報告いたします。死者数は全地域合わせて274名、その内の約八割が警備隊の者達です」
死者数はかなり少ない。今後死亡が確認された死者数を合わせても、500はいかないだろう。
警備隊の者が、命を張って民衆を守ったというのもあるだろうが。それ以上に敵の動きが妙だった。民衆を明らかに狙っていなかったのだ。
当然この情報は、推測ではなく傑出能力にて確認したため炳然としている。
宣戦布告をするわけでもなく、かといって民衆を人質にするわけでもない。
なんとも、溜飲の下がらないことである。
「うむ、建物の被害は? 調査中でも構わん。それと各地域ごとにではなく、総数で頼む」
「はい、分かっている限り、全地域で約100万の建物に被害が出ています。その内、全壊が6万、半壊が14万、一部破損が80万です」
エンタクに指示された男は、言われた通り建物の被害を啓告した。
建物の被害は多すぎる。死者数と明らかに釣り合っていない。どうにもおかしい。
エンタクは椅子に凭れ掛かり、思惟に耽る。
『私が直接、貴方も一緒に新世界に残って欲しいと、我らの主に頼んだんです。大きな貴賤を見せてはいけない。それを掲げながら、貴方の存続を許してもらえたのです』
神人アスランの言葉を思い出すエンタク。
あの言葉——勝ち誇って言った発言に、エンタクはヒントがあると意識を集中させた。
先ず、アスランには主が居ること。その次に、貴賤を無くして平衡にしようとしていること。新世界に関しては見当がつかない。こちらの存続を許したというのも、判然としない。
分かっていることから整理しよう。
一つ、主がいるという事は、今回の事件を引き起こした首魁はアスランではなくなる。もっと奥深くにいるということだ。
二つ、貴賤を無くして平衡にしようとしているという事は、権力者を殄滅するということ。
これは、繋がる要素がある。それは、死者数が少なく、建物の被害が多い事だ。もっと言えば、民衆以外の命を狙っていたこと。
これらを符合すると、敵に通常とは異なる狙いがあったと考えられる。新世界と言うものに、関係があるのだろうか。
「うむ、ワカラン」
断定はできない。抑々、断定する為の材料が不足している。
追々、自分の目で確かめる他ないだろう。
「エンタク様、どうかなさいましたか?」
「いや、気にするな……」
独り言を呟いたエンタクに、黒髪長髪の男が何かあるのかと質問。対するエンタクは、何でもないと右手を軽く振って、
「公共施設にも被害は出ているな?」
報告書を持つ男に、続きを頼んだ。
「はい……多くの施設に、被害が出てますね」
「耕地の被害は、まだ分かっていないな?」
「はい。現在調査中です」
事件が起きてから、まだ二日。死者数や建物の被害は手を打った為、把握は早かったが、耕地に関してはまだ時間が掛かりそうだ。
一週間はかかりそうか。
エンタクは衷心でそう結論付けると、
「分かった。引き続き調査を頼む……」
報告書を持つ男に下がるよう告げる。男は「承知しました!」と、端粛に敬礼すると、会議室から退室した。
闃然とした時間がほんのしばらく続くが、
「どうするんですかエンタク様!? これだけの被害!! 想定外の支出!!」
「アンコウエンに急襲を仕掛けて来た賊を、始末は出来ましたが!! 結果は我々が大損しただけです!!」
会議室に居るイライラを湛えた老人——各行政の長官が、一人二人と机を叩いて慨嘆する。
領主——エンタクの土地である公共施設や、道路、耕地は当たり前のこと。それに加えて、今回は戦禍によって民衆の家屋が倒壊または焼尽している。
民衆の落ち度によって家屋が倒壊または焼尽したのなら、領主が修繕費を支出する必要はない。
だが、戦禍は災害と同じだ。修繕費は領主が支出しなければならない。
アンコウエンの資金は、長寿であるエンタクがその人生で貯めていたことと、他の領地よりも緊縮していた甲斐があり、かなり富饒ではある。
だが、
「アンコウエンは、国の中で一位二位を争う程の資金を誇っているとは——ッ」
「黙れ、うるさい、いちいち騒ぐな……そんなことは分かっている」
「「は、はひ!!」」
表情は変えず、エンタクは舌鋒鋭い言葉と声色で、長官たちを震撼させた。長官たちの、だらしのない声が会議室に広がる。
その様を、黒髪長髪の男は「ん…………」と目を細め、絶妙な顔色で見ていた。誰も彼女には逆らえないのだ。
「よろしいですかな、エンタク様」
そのギスギスした空気の中、フイリン警備隊の長であり、フイリンの伝令を務めるローガが手を上げて、エンタクを見た。エンタクは「うむ、いいぞ」と、啓沃を許可。
ローガは手を降ろし、
「エンタク様は、このような状況下であるにも関わらず、どうにも、落ち着いておられるご様子。何か、お考えがあるのではないでしょうか? つきましては、その叡慮、お聞かせ願えますかな?」
怜悧な目でエンタクを見やった。
エンタクは「まぁな」と、相槌を打つ。
「「真ですか!? エンタク様!」」
黙らされた長官たちが、その顔を驚きに染めてエンタクを見る。
「でも、決まった訳じゃない。恐らくという段階だ」
エンタクは肯定した。
そのやり取りを見ていた、黒髪長髪の男に少しだけ視点が逸れる。
黒髪長髪の男は啓沃したローガを見て、末恐ろしいじいさんだ、という小感を抱いていた。
今後の行政の動きを憂いていた自分とは違い、エンタクの心中を気色取ってみせるとは。
彼が目指していた、警備隊の長の座に就く存在であるローガ。黒髪長髪の男は、ローガと自分の間には隔絶した壁があるのだと悟った。
「「失礼しまぁぁぁぁす!! 黒茶をお持ちしました!! エンタク様!! ついでに他の奴にも!!」」
どかんと大きな音を立てて会議室のドアが開くと、眼鏡の男女——フクとセイが大声を出して、お盆にお茶を乗せて入室してくる。
流石エンタク一筋。彼女以外はおまけという考えを、隠す気が全くない。
逸れた視点は元のエンタクへ。
エンタクはやっと来たと言いたげな表情で「お」と声を漏らし、フクとセイを見た。
「フク! セイ! 今は会議中だと分からんのか!! 慎め!!」
会議中、やかましく入室してきたフクとセイに、長官の一人が叱咤する。が、二人は気にすることなく淡然とした態度で、
「引きこもってたジジイの指示に、従う筋合いはありません!」
「そうですそうです! 黙って頭を使う仕事をしやがれ!! クソジジイ!!」
長官たちを罵りながら、セイが得意げな顔でエンタクがいる右側に、フクが不満な顔で左側に歩きだす。
黒茶を淹れる中途、どちらがエンタクに配るか虫拳で決めたのだ。果然、勝利したのはセイである。
「「「クソジジイッて!? てか隠す気ないよね!?」」」
そう言って、ツッコミを入れる長官たちを、フクとセイは無視しつつ、
「助かる」「すまんのぉセイ、フク」
手前から、左側に座っていたハクロウとローガに、
「ありがとうございます! 先輩方!」「ありがとうな! セイとフクの姉貴兄貴!」
右側に座っていたフェンとボトーに黒茶を配る。
「姉貴兄貴やめい」
二人は足を止め、変な呼び方をするボトーに、セイが指を差してそう返し、
「混ざってて、なんか変です」
フクが続ける。それからまた歩き出し、
「ありがとう、セイねぇ、フクにぃ」
セイはシノに黒茶を配り、フクは長官の老人に配った。そして四人目——エンタクの番になると、セイはフクを小馬鹿にするような顔で見やり、そっと黒茶を置いた。
馬鹿にされたフクは『あ?』という顔で、勢いよく長官の前に黒茶を置く。勢いよく黒茶を置かれた長官は「ひっ」と、怯えた声を上げた。
かわいそう。
「黒茶助かる。セイ、フク……」
エンタクの謝意にフクが「いえいえ……」と、笑みと怒りが混在した表情で返し、セイは背筋を伸ばして右手を上げ、
「エンタク様の為なら、例え火の中水の底でも、ご奉仕させていただきます!!」
感動した顔で声を大に。するとエンタクは、腕を組んでニタリと笑い、
「じゃあ今度、修行の時に黒茶を頼んでいいか?」
意地悪が過ぎる無理難題を吹っ掛けてみせる。
「「それだけはご勘弁を!!」」
当然、修行中のエンタクに、フクとセイが差し入れなど出来るわけがないので、断るしかない。何故ならエンタクは、修行中びゅんびゅんと飛び回っているからだ。
「ん…………」
その様を、黒髪長髪の男がまた、目を細めた絶妙な顔で見ていた。それから溜息を吐き、
「二人とも、静かにしてください」
黒茶を配り切ったフクとセイを注意する。
二人は「はいはい」と、面倒くさがるように返事。席に座らず、お盆を持ったまま会議室に留まった。
「…………」
「エンタク様、お願いします」
黒髪長髪の男は、エンタクに話の続きを頼む。頼まれた彼女は「うむ」と、返し、
「今回、これだけ被害が大きくなったのは、魔獣達が狼藉を働いたから、それも一斉にだ……」
そう切り出した。すると、またもや長官の二人が立ち上がり、
「となれば、魔獣達に罪として、死ぬまで働かせるということでどうでしょうか!!」
「そうです! 魔獣達が犯した狼藉は、テロ行為、又は甚だ悪質な犯罪に抵触します!! 今すぐに弾劾すべき——ッ」
と慨嘆する。だが今度も、
「逸るな、まだ話は終わっていないぞ。お前らの得意は、相手の会話を遮ることか? あ?」
「「申し訳ございませんでした!! お許しを!!」」
エンタクが舌鋒鋭い言葉と声色で黙らせた。少しばかりか、表情もイライラしている。というかエンタクはいらいらしていた。
長官たちはその怖さの余り、一瞬で座席に腰を降ろした。
それを見て、またまた黒髪長髪の男が「ん…………」と、おなじみの顔になる。
「じゃあ、続きを話すぞ。先ず、魔獣達が一斉に狼藉を働いたのは、魔獣達の意志ではない。賊に身体を操られていたからだ。証拠に、魔獣達に僕の声が届かなかったこと、魔獣達が狼藉を働いた時の記憶が1日分、無かったことが挙げられる。他にも、人類側に、狼藉を働いた者がいず、また、全くの逆徒が存在しなかったことも不可解だ……」
「確かに、それはおかしいですね。魔獣達は、よくも悪くもエンタク様や主に忠順。魔獣を犯罪に使うのなら、普通、逆心を持った人類が魔獣を調伏し、その魔獣と共に実行するはずです。まぁ、ほぼ未遂に終わりますが……」
黒髪長髪の男が言った通りだ。
魔獣は良くも悪くも主に忠順である。そして、人類のように社会性が高い訳ではない。
例え、命令されたことが犯罪であろうとも、基本、主を裏切ることはない。
故に、何もしなければ犯罪に手を染めることは無く、逆に言えば、主にその意思があれば犯罪に手を染める訳だ。
ただこの場合、主の行動が、アンコウエンを俯瞰的に把握できる傑出能力に引っ掛かる。しかし、今回は引っ掛かることは無かった。
「そして、人類側に狼藉を働いた者もいなかった。魔獣を調伏した者を操れば、魔獣達も間接的に操れますからね……だが、賊は魔獣だけを操った」
ハクロウが呟く。
その通り。賊は魔獣達だけを操っている。そしてハオとケインから、賊の中にマルティナと思わしき人物がいたと聞かされている。
マルティナ。民主主義の時、アスランと協力し、神去るを企てた首謀者の一人だ。この手で首を飛ばしてやったのだが、蘇っていたとは。
人類が魔獣を調伏している事実を、知らなかったというのはなさそうだ。
「逆徒は無し……かといって、人類側を操った訳でもない。では、賊はどうやって魔獣を操ったのでしょうか?」
考え込むように天井を眺めて言ったフェンに、エンタクは「問題はそこだ」と、続ける。
「まさか、アンコウエンに入って一匹一匹を、調伏したとか?」
「それはない。絶対にない。そんなことしたら、僕の傑出能力に引っ掛かるに決まってるだろ」
長官の的外れな具申を、エンタクはばっさりと切り捨てる。切り捨てられた長官は「ですよね!!」と、便乗するように黒茶を飲んだ。
「では、外におびき寄せて……」
「それもないな。外側にいる魔獣はともかく、内側にいる魔獣はどうするんだ?」
またも長官の的外れな具申を、エンタクは一刀両断。二人目の長官も「私もそれは無いと思ってました!! あはは!!」と、便乗して黒茶をがぶ飲みした。
浅短を無様に晒す長官たち。その彼らを見て、フクとセイは口元に手を当てて嘲笑した。ざまぁみろということだ。
「人類を操らなかった、ではなく、操れなかったって線は……?」
「それは、確かにありそうだ」
シノが右手を上げて具申。それに、エンタクは頷く。
操らなかったというよりかは、操れなかったという線の方が自然ではある。
「確か魔獣達は、内側や外側など関係なく、何かを起点に、一斉に狼藉を働きだしたのですよね?」
「そうだ。それも全地域一斉に」
「ならば、魔獣達が一斉に何かをする時、またその場所に、何かを仕掛けた、と考えるのが妥当では……?」
エンタクはハクロウの具申を、間違いないと肯定。一言付け加え、ローガの的を射ている疑問にも「そうだな」と言って、首肯する。
それから一息つこうと、ふぅと黒茶に息を吹きかけ、ちびりと嗜んだ。
「おぉ……」
うむ、渋くないからおいしい。すっきりしていて、何度でも飲めそうだ。やはり黒茶は渥堆をしっかり踏んだものに限る。
因みに、エンタクは渋い茶が嫌いである。
「そういえば、シノっちにハクロウ君に、ローガさんの魔獣、あとシュルナ達も。狼藉を働きませんでしたよね?」
「そうだね……タマとかコンとか、アタシの所の魔獣達は、大体、大丈夫だったよ」
「俺のところのガウ達もだ」
「ワシのところは、ピヨ達だけじゃったかな……」
セイが話を始めると、名前を呼ばれた順にシノ、ハクロウ、ローガが返答する。
「三人が調伏していた魔獣とシュルナ達に、何か、共通点はあるのでしょうか?」
「それも気になるところだな」
フクに続いて、エンタクは話に落ちを付ける。
共通点はあるはずだ。三人が調伏している魔獣と、シュルナ達にだけ何もしなかったというのは考え難い。
「みんな知ってることだけど、エンタク様には傑出能力がありますよね。賊がアンコウエンに侵入して、事前に何かしたってのは、なさそうじゃないですか?」
シノは黒茶を飲むと、艶やかに横髪を耳に掛ける。その彼女の具申に、エンタクは、
「そうだ。だから賊は、外側から何かを仕掛けた。それも、外から来ても違和感がない、定期的にアンコウエンに入って来る物、且つ、民衆の元には届かない物にだ。ここ最近、不審なことは無かったからな」
胸中にある考え——己の中で繋がりつつある情報を、吐露した。
人類側に操られた者はいない。加えて、侵入して何かを仕掛けた訳でもない。となれば、外から魔獣の元にだけ届く何か。そこに何かを仕掛けたはずだ。
「入って来る、運ばれてくる物に何かを仕掛けた……運搬者が仕掛けたという線は、なさそうっすね」
「無いな。運搬者の逆心が、僕の傑出能力に引っ掛かる……」
「ということは、運搬元が怪しいのでは?」
ボトーの具申をエンタク、そして黒髪長髪の男が後押しする。
これでかなり絞り出すことが出来た。これ以上、会議をする必要もないだろう。後は、虱潰しで問題はない。
「うむ。となれば決まりだな……定期的に外から運ばれてくる物を、徹底的に調査するぞ! そこになければ、外から運ばれてくる物全てだ!!」
エンタクはその場で立ち上がり、全員に命令を出す。そして、会議室に居た者が「承知!!」と、拝承に頭を下げた。
裏切者、急襲の幇助をした奴を炙り出す。
用語ちょこっと解説
・渥堆 ※悪態の誤字じゃないよ
黒茶の製造工程の一つ。
お茶の渋みを和らげ、色が黒っぽくなる。
だから黒茶と呼ばれてる。




