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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
71/113

第38話 安堵、疑問

 昼前、空にはぷかぷかと浮かぶわた雲と、炯然けいぜんと光る太陽が。そこから降り注がれる暖かい日光が、中庭——枯山水かれさんすいを照らす。

 枯山水の中心には小さな緑と、センダンのような木があり、枝葉には小鳥たちが止まって羽休めをしていた。


 閑閑かんかんとした場所だ。


 場所はコウエンタク西側、病室。

 枯山水の横には、いくつかの病室がある。休ませる怪我人の心を落ち着かせる為、枯山水の横に病室が設けられたのである。


 そして、そのいくつかある病室の一つに、コウエンタクに戻ってきたミレナとフィアン、眠るリフがいた。


 寂寞せきばくとした時間が流れて、かれこれ数十分。

 リフが臥床がしょうするベットは窓側だ。寂しい雰囲気とは正反対の、暖かい日光が三人を包んでいた。

 

「ミレナ様、ゲッケイジは……生きて、いるんですよね……? 本当に、寝ているだけ、なんですよね……?」


 フィアンはベットの上で眠っているリフの右手を、両手で包むように握る。それから、ベットを挟んで反対側にいるミレナに、愁容しゅうようでそう問うた。

 憂いに沈む声からも、フィアンがどれだけ心配しているのかが分かる。


「うん、治癒魔法を施して、完全に傷は治したわ……もう少し遅かったら、危なかったかも。今は寝ているだけだから、安心して、フィアン」


 ミレナは間を少しだけおいて、閑静かんせいな声で返した。病室だから声を閑静にしたのではない。ミレナは、憂いに沈んでいるフィアンの心を落ち着かせるために、声を閑静にしたのだ。


『ミレナ様!!』


『フィアン……? どうしたの、そんなに慌てて』


 ミレナは、息を切らしたフィアンが、全身焦爛(しょうらん)まみれになったリフを背負って、コウエンタクに帰って来たのを思い出す。


『ゲッケイジが、ゲッケイジが!!』


『————ッ!? まずいわ! 早く寝かせて!! 直ぐに治癒魔法を施すから!!』


 あの時のリフの状態を目にした時は、衝撃の光景に思考が止まってしまった。もう手遅れなのではと、最悪の達観たっかんもしてしまった。

 あと数時間も遅ければ、リフは死んでいただろう。それ程までに、リフの傷は凄惨せいさんな状態だった。


『分かりました!!』


『なんて、ひどい火傷なの……』


 病室に運ぶことなく、その場でリフを床に仰臥ぎょうがさせ、息を吐く暇もなく治癒魔法を施した。


『ゲッケイジ、死ぬな! 死ぬんじゃない!!』


 フィアンはリフの名を、慨然がいぜんと読んだ。名を呼ぶだけしか出来ない自分への怒り、死んでほしくないという悲しみと嘆きが、その表情には詰まっていた。


 リフを救えて、良かったと思う。誰も死なずに、窮地を乗り越えられて本当によかった。


「わぁ!! 私は高所恐怖症なので、そんな、峰の上で逆立ちなんて、無理ですぅゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 立ちどころに、横の部屋から誰かの叫び声が——いや、もしかしてこの声は、


「今のって、リメアの声?」


「恐らく、そうだと……」


 ミレナの言葉に、フィアンは頷いて後押しする。その後すぐ「はッ!? 風魔法が全然使えない!! 地面に衝突ッ!!」という、これまた聞き覚えのある声が、横の部屋から聞こえてくる。


 急襲の直前、気絶したリメアとローレンが目を覚ましたようだ。

 それにしても、面白い目の覚まし方だ。リメアは高所で気絶した故、ローレンはシュウに、顔面を床に叩きつけられて気絶した故だろう。

  

「私はシュウを呼んで、目を覚ましたリメア達のところに行って来るわ。フィアン、貴方は、リフのそばに居てあげて」


 ミレナはそう言って、木製の椅子から立ち上がる。

 実際に見たわけではないが、リフは勝つためにタケの実を何度も食べて、オドを酷使したという。傷は完全に治ったが、体の中の枯渇したオドまでは治せない。

 目を覚ますのは、もう少し先だろう。


「はい、分かりました……このバカが目を覚ますまで、待ちます。ずっとここで……」


「ありがと。でもずっとは駄目よ、ちゃんと休まなきゃ……分かった? フィアン。体壊しちゃダメだからね!」


 俯いたままで返事をするフィアンの頬っぺたに触り、ミレナは子供をたしなめるように注意。それでも、俯いたままでいる彼女が心配になってしまうが、渋々、病室を後にした。


「——ゲッケイジ……」


 閑閑とした部屋に、フィアンの声が響く。




※ ※ ※ ※




 他方、横の病室。


「わぁ!! 私は高所恐怖症なので、そんな、峰の上で逆立ちなんて、無理ですぅゥゥゥゥゥゥ!!!! って、あれ……夢?」


「はッ!? 風魔法が全然使えない!! 地面に衝突ッ!! って、夢か。地面に顔面からダイブする、最悪の夢だった…………」


 同じタイミングでリメアとローレンが、迫真の顔と声で目を覚ました。

 ここも同じく、枯山水の横に設けられた病室だ。


「あ、起きた! 緑の二人が起きたよ!! ローコちゃん!!」


 そう言って、リメアとローレンの覚醒に声を上げたのは、銀髪で白目の少女だ。かなり稀有で、玉貌ぎょくぼう——目立つ容姿の少女である。その横では、黒髪で三白眼の女性が立っている。

 少女は先程まで、ベットの上で臥床していた怪我人達を、興味ありげな目で見ていた。彼女はリメアとローレンが目を覚ますと、二人の元に両手を上げて走っていく。


「本当!?」


 その少女の報告に、青髪を長く伸ばした少女——ハオの妹であるローコが椅子から立ち上がった。

 恐らく治癒魔法を掛けていたのだろう。ベットの上で寝ていた女性の顔が、安らかなものになったのをリメアは見た。


 ローコは銀髪の少女に続いて、リメアとローレンの元まで歩く。そして、その後ろから三白眼の女性が静かに淡々と続いた。

 銀髪の少女とローコは、リメアとローレンが臥床しているベットとベットの間に入り、三白眼の女性はベットの前で立ち止まった。


 三白眼の女性は、二人のお目付け役といったところだろうか。


 リメアと目が合うと、三白眼の女性はうやうやしく頭を下げる。

 リメアとローレンは、三白眼の女性に頭を下げ返した。

 

「気絶させたのは仲間の方だと聞いたので、無事と訊くのはおかしいかもしれませんが、どこか支障はありませんか? 一応、治癒魔法は掛けたので、大丈夫だとは思うんですが……」


「ありがとうございます。身体の方は特に……」


「私の方も、気分以外は……」


 ローコの言葉にリメアとローレンは頭を下げ、無事であると告げる。

 その二人の言葉に、銀髪の少女はぴょんとジャンプして、


「緑の二人とも、大丈夫。よかった、よかった」


 愛嬌あいきょうある顔で微笑んだ。

 それにしても、


「「緑……?」」


 ローレンも同じことを思ったのだろう。はて、緑とは何のことだろうか。

 自分とローレンに、緑と形容される要素はないのだが。


「お、グーダに護衛されてる人と、神将の人、起きたんだ……」


 などと、二人が首を傾げていると、無造作に病室の扉が開く。扉を開け中に入って来たのは、


「貴方は、ってグーダ!?」


 全身、目を逸らしたくなるような打撲跡を残すハオ。そして、その彼の肩に乗せられたグーダだった。

 リメアは恟然きょうぜんと口を開けて、舌風したぶりさせた。


「大丈夫、気絶してるだけだよ」


 声はさることながら、そのリメアの驚き怖れる様を見たハオは、彼を落ち着かせるために即答した。

 大丈夫。そう言われ、リメアは安堵に目を瞑り、溜息を小さく零す。そして、グーダが無事であると分かった彼の次の言葉は、


「何故、グーダが気絶しているんですか?」


 当然、グーダが気絶してしまった理由以外ない。

 ハオは「ん?」と疑問符を浮かべた後、直ぐに「あぁそうか」と呟き、


 「二人は、賊が急襲を仕掛けて来る前に気絶してたもんな……」


 なるほどといった顔で、グーダを空いたベットの上に乗せた。


「「賊が、急襲!?!?!?!?」」


 リメアとローレンは目を見開いて驚倒きょうとうした。

 今のリメアとローレンの胸裏きょうりは、賊が急襲を仕掛けて来たことへの驚きと、自分達が気絶している間に、闘いが終わったことへの驚き。その二つでいっぱいだ。

 驚きのワンツーパンチを顔面に食らった状態である。


 ハオは「そんなに驚くことか!?」と言った後、顎に手を当て、怪訝けげんな顔で考え込み、


「いや、驚くことか……」


 と、手を叩いて納得のジェスチャー。


「とにかく、無事だぜ、敵に顎蹴られたから、骨はイってるかもだけど。治癒魔法で完治できるっしょ」


 ハオはシシッと戯笑ぎしょうしながら、他人事のようにそう言う。

 その何とも軽すぎる言葉遣いに、ローコがハオの所へ駆け寄り、


「お兄ちゃん、そんな簡単に言わないでよ。治癒魔法って、結構難しいし、疲れるんんだからね……」


 人差し指でその胸を二、三回突っついた。

 治癒魔法の辛さは、主観的である為自分も分からないが、確かに発言が軽すぎるとは思う。ローコが怒る理由も理解できる。


「そんなこと言われたって、しらねぇよ……治癒魔法師は、治癒するのが仕事だ。  なら、治して当然だろ」


 ハオは両手を頭の後ろに置き、外方そっぽを向いてローコに辛辣な言葉を掛ける。


「お兄ちゃん! 私ならいいけど、他の人には謝って!」


「嫌だよぉだ。俺はやるべきことやれって、言ってるだけだもん」


「あ! ひどい! ヘタレでサボり魔の馬鹿お兄ちゃん!! その打撲跡、治してあげないからね!!」


 握りこぶしを作ってふつくむローコに、ハオは目だけを向けてちろっと舌を出す。その小馬鹿にした態度に、ローコは激憤したと言い返した。

 そして、小さな喧嘩は言い争いという大きな喧嘩へと発展し、


「誰がヘタレのサボり魔だ!! 俺が体張って、コウエンタクを護ってやったっていうのによ!! てか、お前以外にも治癒魔法師はいるから、別にお前に治してもらわなくても大丈夫だよぉだ!!」


「あぁ!? そんなこと言っちゃうんだ!! 最低おにいちゃん!! 馬鹿!! ヘタレ!! サボり魔!! そのまま傷に苦しめ!!」


「んだとぉ!!」


 互いに額と額をぶつけ、睨み合いながら「んん!!」と唸る。一触即発だ。


 だがその二人よりももっと怖い顔をした三白眼の女性を、リメアは目の端で見つけてしまった。その顔に青筋が一つ二つと増えていくのを見て、リメアは「ぁ……」と、声を漏らしてしまう。

 そう、ここは病室。療養のために、ぐっすり熟睡している者も多い。というか、病室と言うのは静粛にする場所であり、熟睡している者が居ようが居まいが——、


「んん!! ローコちゃん、ハオ君……ここは病室です。お、し、ず、か、に…………いいですね?」


 三白眼の女性は咳払いをした後、ローコとハオの元まで歩み寄り、笑顔で二人を窘めた。ただ笑顔の中に、抑制できていない余憤よふんが溢れ出ている。有体にいうと、おでこの青筋と、プルプルと震える唇が怖い。怖すぎる。背筋が凍った。


 ローコとハオは、三白眼の女性の恨みを飲む剣幕に「あぁ……ごめんなさい」と青ざめ、目を点にして謝った。


 二人が謝ると、三白眼の女性はニコッと莞爾かんじし、顔を離した。


「あはは……あの、そういえばミレナ様達は何処に?」


 苦笑いしたリメアは、ふと疑問に思ったことを口にしていた。

 賊が急襲を仕掛けて来た。そしてグーダは敵の討伐ないし、撃退を手伝った。ならミレナやシュウ達も、同じく手伝ったのではないか。彼らの身は、無事なのだろうか。


 ただ、その質問は、


「ここだよぉ! リメア! 目を覚ましたのね!」


「リメアさん!」


 誰も答える必要が無くなった。


 シュウを連れて来たミレナが、リメアとローレンが寝ていた病室に入って来たのだ。

 リメアは急いでスリッパを履き、二人の所へ走った。その顔が、安堵によって笑顔になる。

 グーダだけでなく、ミレナとシュウも無事であってよかったという安堵だ。


「はい! それよりミレナ様、イエギクさん! 賊が急襲を仕掛けて来たと、ハオ君から聞きました! お体の方は大丈夫なんですか!? それに他の方は?」


「俺は、一応大丈夫です」


「私も大丈夫だよ」


 駆け寄って来たリメアに、シュウとミレナはそう答える。

 外見からだけでなく、本人からも無事だと告げられ、リメアは胸をでおろした。となれば、二人と一緒に賊と闘った残りの三人——フィアンとアリス、リフの安否が気になる。


「フィアンさんにアリスさんも無事ですよ」


 だが、それは訊く前にシュウが先に応えた。


「グーダは同じ部屋にいるから、大丈夫だってのは知ってるよね?」


 それは分かっている。リメアはベットで寝ているグーダを寸見すんけんした後「はい」と首肯し、


「ではゲッケイジさんは?」


 最後、リフの安否について問うた。

 純粋な疑問。


 リメアには、シュウとミレナが何故リフについてだけ、触れなかったのか推知することが出来なかった。そして、二人の表情が糸毫しごうではあるが、陰ったのを見て、リメアは口を小さく開けた。


「リフさんは重症だったんですが、ミレナの治癒魔法で、何とか一命は取り止めました」


「でも、オドを酷使した所為で、今は寝たっきりなの……いつ目を覚ますかは、分からないわ……」


 シュウの言葉で安心が。首を横に振るミレナの言葉で心配が。リメアの中で二つの感情が去来きょらいする。

 でも、不思議と安心の感情がリメアの中で定着し始めた。


「そう、ですか……でも、リフさんも生きていて、良かったです」


 それは当然、全員が生きて闘いを切り抜けられたから。その闘いの最中、寝たきりだった自分がそう思うのは、図々しいかもしれないが。


「そうですね。リフさんは、今フィアンさんが傍で見てます。きっとその内、目を覚ましますよ」


 こくっと首を動かし、シュウは安心した表情で言う。

 ミレナも嫣然えんぜんと笑い、それから口の横に手を当て、


「往路で泊まった宿のこと、覚えてる?」


 宿とは、リフレッシウのことだろう。旅路の途中、往路で遅滞ちたいを余儀なくされ、リフレッシウで宿を取ったのだ。


「はい、お酒を無料でもらって、ミルクパスタを食べたあの宿ですよね?」


「うん。リフが目を覚ましたら、あの時みたいに、六人でご飯食べない? みんな無事でよかったの会ってことで!」


 ミレナは華麗かれいにウィンクし、勝利の祝いにと食事を企画する。

 リメアはそれはいいアイデアだと、両手を揃えて、


「そうですね! はい! 是非そうしましょう!!」


 二人で笑い合った。その横からシュウが、ミレナの頬を突っついて、


「本当は、自分が食べたいだけじゃないのか? ミレナ……」


「そ、そんなこと!?」


 指摘されたミレナはぷくっと頬を膨らませて、意地を張るが「あるかも……」と、空気を口から抜いてつくろうのを止めた。

 シュウは額に手を当て「やっぱりな……」と首を振るが、その表情は妙に嬉しそうで、


「でも賛成だ!」


 ハイタッチしようと、リメアとミレナの前に手を上げた。


「楽しみですね!」


「うん! 楽しみ!」


 リメアに続いてミレナが、シュウとハイタッチ。

 その様を、病室にいるローレンだけを除いた四人が見て、解顔かいがんする。ローレンは、少しだけ苦い顔だ。シュウがいつまで経っても嫌いなのである。


「リメアさん……あと一つ、少しだけ伝えたいことが……」


 精彩せいさいも精彩。温柔おんじゅうも温柔。その空気の中、シュウはリメアを真剣な表情で見た。はて、急にどうしたのだろうとリメアは小首を傾げる。

 シュウの横でミレナが「…………」と、唇を引き結び、落ち込んだ顔色になった。


「心して、聞いてください」



※ ※ ※ ※



 同刻、コウエンタク内会議室。アンコウエンの政治を担う者達が集まり、会議をする部屋だ。

 会議室にはエンタクや警備隊の隊長含む、男女総勢十二名。入室退室に使う扉から、一番遠い中央の席には、当然エンタクは座っていない。


 今回は入室してから、右側手前の席に座っている。これまた当然ではあるが、本来エンタクが座る場所には誰も座っていない。というか、座れるわけがない。

 全員が彼女のことを信敬しんけい敬事けいじしているかつ、怖いからである。

 

 皆口を閉じて座る沈黙の中、


「失礼いたします」


 紙を持った男が会議室に入って来た。

 今回起きた急襲で出た被害。それを記した報告書である。


「報告頼む……」


「承知しました。それでは、エンタク様、各隊長、各長官に申し上げます」


 エンタクが催促すると、男は端然たんぜんと背筋と両腕を伸ばした。


 ここでタイムストップ。ちょこっとエンタクちゃんが颯爽と登場。


 講釈しよう。


 アンコウエンはアルヒストの一領地ではあるが、中央政府の下部に属している訳ではないぞ。

 各領地は主権を有しており、また各領主の決定権はアルヒスト国王にはないからな。

 分かり易く言うと自治であり、行政的に独立してるってことだ。

 因みにアルヒストは社会主義を、立憲君主制で実現しようとする国だぞ。

 暴力革命を恐れてこうなった訳だな。


 講釈はここまで。それじゃあな。


 ちょこっとエンタクちゃん退場。

 タイムストップも解除。


「では先ず、現在分かっている死者数から報告いたします。死者数は全地域合わせて274名、その内の約八割が警備隊の者達です」


 死者数はかなり少ない。今後死亡が確認された死者数を合わせても、500はいかないだろう。

 警備隊の者が、命を張って民衆を守ったというのもあるだろうが。それ以上に敵の動きが妙だった。民衆を明らかに狙っていなかったのだ。

 当然この情報は、推測ではなく傑出能力にて確認したため炳然へいぜんとしている。


 宣戦布告をするわけでもなく、かといって民衆を人質にするわけでもない。

 なんとも、溜飲の下がらないことである。


「うむ、建物の被害は? 調査中でも構わん。それと各地域ごとにではなく、総数で頼む」


「はい、分かっている限り、全地域で約100万の建物に被害が出ています。その内、全壊が6万、半壊が14万、一部破損が80万です」


 エンタクに指示された男は、言われた通り建物の被害を啓告した。

 建物の被害は多すぎる。死者数と明らかに釣り合っていない。どうにもおかしい。


 エンタクは椅子にもたれ掛かり、思惟しゆいに耽る。


『私が直接、貴方も一緒に新世界に残って欲しいと、我らの主に頼んだんです。大きな貴賤きせんを見せてはいけない。それを掲げながら、貴方の存続を許してもらえたのです』


 神人アスランの言葉を思い出すエンタク。

 あの言葉——勝ち誇って言った発言に、エンタクはヒントがあると意識を集中させた。

 先ず、アスランには主が居ること。その次に、貴賤を無くして平衡にしようとしていること。新世界に関しては見当がつかない。こちらの存続を許したというのも、判然としない。


 分かっていることから整理しよう。


 一つ、主がいるという事は、今回の事件を引き起こした首魁はアスランではなくなる。もっと奥深くにいるということだ。

 二つ、貴賤を無くして平衡にしようとしているという事は、権力者を殄滅てんめつするということ。

 これは、繋がる要素がある。それは、死者数が少なく、建物の被害が多い事だ。もっと言えば、民衆以外の命を狙っていたこと。


 これらを符合すると、敵に通常とは異なる狙いがあったと考えられる。新世界と言うものに、関係があるのだろうか。


「うむ、ワカラン」


 断定はできない。抑々、断定する為の材料が不足している。

 追々、自分の目で確かめる他ないだろう。


「エンタク様、どうかなさいましたか?」


「いや、気にするな……」


 独り言を呟いたエンタクに、黒髪長髪の男が何かあるのかと質問。対するエンタクは、何でもないと右手を軽く振って、


「公共施設にも被害は出ているな?」


 報告書を持つ男に、続きを頼んだ。


「はい……多くの施設に、被害が出てますね」


「耕地の被害は、まだ分かっていないな?」


「はい。現在調査中です」


 事件が起きてから、まだ二日。死者数や建物の被害は手を打った為、把握は早かったが、耕地に関してはまだ時間が掛かりそうだ。

 一週間はかかりそうか。


 エンタクは衷心ちゅうしんでそう結論付けると、


「分かった。引き続き調査を頼む……」


 報告書を持つ男に下がるよう告げる。男は「承知しました!」と、端粛たんしゅくに敬礼すると、会議室から退室した。

 闃然げきぜんとした時間がほんのしばらく続くが、


「どうするんですかエンタク様!? これだけの被害!! 想定外の支出!!」


「アンコウエンに急襲を仕掛けて来た賊を、始末は出来ましたが!! 結果は我々が大損しただけです!!」


 会議室に居るイライラを湛えた老人——各行政の長官が、一人二人と机を叩いて慨嘆がいたんする。

 領主——エンタクの土地である公共施設や、道路、耕地は当たり前のこと。それに加えて、今回は戦禍せんかによって民衆の家屋が倒壊または焼尽しょうじんしている。

 民衆の落ち度によって家屋が倒壊または焼尽したのなら、領主が修繕費を支出する必要はない。

 だが、戦禍は災害と同じだ。修繕費は領主が支出しなければならない。

 

 アンコウエンの資金は、長寿であるエンタクがその人生で貯めていたことと、他の領地よりも緊縮していた甲斐があり、かなり富饒ふじょうではある。

 だが、


「アンコウエンは、国の中で一位二位を争う程の資金を誇っているとは——ッ」


「黙れ、うるさい、いちいち騒ぐな……そんなことは分かっている」


「「は、はひ!!」」


 表情は変えず、エンタクは舌鋒ぜっぽう鋭い言葉と声色で、長官たちを震撼しんかんさせた。長官たちの、だらしのない声が会議室に広がる。

 その様を、黒髪長髪の男は「ん…………」と目を細め、絶妙な顔色で見ていた。誰も彼女には逆らえないのだ。 


「よろしいですかな、エンタク様」


 そのギスギスした空気の中、フイリン警備隊の長であり、フイリンの伝令を務めるローガが手を上げて、エンタクを見た。エンタクは「うむ、いいぞ」と、啓沃けいよくを許可。

 ローガは手を降ろし、


「エンタク様は、このような状況下であるにも関わらず、どうにも、落ち着いておられるご様子。何か、お考えがあるのではないでしょうか? つきましては、その叡慮、お聞かせ願えますかな?」


 怜悧れいりな目でエンタクを見やった。

 エンタクは「まぁな」と、相槌あいづちを打つ。


「「真ですか!? エンタク様!」」


 黙らされた長官たちが、その顔を驚きに染めてエンタクを見る。


「でも、決まった訳じゃない。恐らくという段階だ」


 エンタクは肯定した。


 そのやり取りを見ていた、黒髪長髪の男に少しだけ視点が逸れる。


 黒髪長髪の男は啓沃したローガを見て、末恐ろしいじいさんだ、という小感を抱いていた。

 今後の行政の動きを憂いていた自分とは違い、エンタクの心中を気色取けしきどってみせるとは。

 彼が目指していた、警備隊の長の座に就く存在であるローガ。黒髪長髪の男は、ローガと自分の間には隔絶した壁があるのだと悟った。 


「「失礼しまぁぁぁぁす!! 黒茶をお持ちしました!! エンタク様!! ついでに他の奴にも!!」」


 どかんと大きな音を立てて会議室のドアが開くと、眼鏡の男女——フクとセイが大声を出して、お盆にお茶を乗せて入室してくる。

 流石エンタク一筋。彼女以外はおまけという考えを、隠す気が全くない。


 逸れた視点は元のエンタクへ。


 エンタクはやっと来たと言いたげな表情で「お」と声を漏らし、フクとセイを見た。


「フク! セイ! 今は会議中だと分からんのか!! 慎め!!」


 会議中、やかましく入室してきたフクとセイに、長官の一人が叱咤しったする。が、二人は気にすることなく淡然とした態度で、


「引きこもってたジジイの指示に、従う筋合いはありません!」


「そうですそうです! 黙って頭を使う仕事をしやがれ!! クソジジイ!!」


 長官たちを罵りながら、セイが得意げな顔でエンタクがいる右側に、フクが不満な顔で左側に歩きだす。

 黒茶を淹れる中途、どちらがエンタクに配るか虫拳で決めたのだ。果然かぜん、勝利したのはセイである。


「「「クソジジイッて!? てか隠す気ないよね!?」」」


 そう言って、ツッコミを入れる長官たちを、フクとセイは無視しつつ、


「助かる」「すまんのぉセイ、フク」


 手前から、左側に座っていたハクロウとローガに、


「ありがとうございます! 先輩方!」「ありがとうな! セイとフクの姉貴兄貴!」


 右側に座っていたフェンとボトーに黒茶を配る。


「姉貴兄貴やめい」


 二人は足を止め、変な呼び方をするボトーに、セイが指を差してそう返し、


「混ざってて、なんか変です」


 フクが続ける。それからまた歩き出し、


「ありがとう、セイねぇ、フクにぃ」


 セイはシノに黒茶を配り、フクは長官の老人に配った。そして四人目——エンタクの番になると、セイはフクを小馬鹿にするような顔で見やり、そっと黒茶を置いた。


 馬鹿にされたフクは『あ?』という顔で、勢いよく長官の前に黒茶を置く。勢いよく黒茶を置かれた長官は「ひっ」と、おびえた声を上げた。

 かわいそう。


「黒茶助かる。セイ、フク……」


 エンタクの謝意にフクが「いえいえ……」と、笑みと怒りが混在した表情で返し、セイは背筋を伸ばして右手を上げ、


「エンタク様の為なら、例え火の中水の底でも、ご奉仕させていただきます!!」


 感動した顔で声を大に。するとエンタクは、腕を組んでニタリと笑い、


「じゃあ今度、修行の時に黒茶を頼んでいいか?」


 意地悪が過ぎる無理難題を吹っ掛けてみせる。


「「それだけはご勘弁を!!」」


 当然、修行中のエンタクに、フクとセイが差し入れなど出来るわけがないので、断るしかない。何故ならエンタクは、修行中びゅんびゅんと飛び回っているからだ。


「ん…………」


 その様を、黒髪長髪の男がまた、目を細めた絶妙な顔で見ていた。それから溜息を吐き、


「二人とも、静かにしてください」


 黒茶を配り切ったフクとセイを注意する。

 二人は「はいはい」と、面倒くさがるように返事。席に座らず、お盆を持ったまま会議室に留まった。


「…………」


「エンタク様、お願いします」


 黒髪長髪の男は、エンタクに話の続きを頼む。頼まれた彼女は「うむ」と、返し、


「今回、これだけ被害が大きくなったのは、魔獣達が狼藉を働いたから、それも一斉にだ……」


 そう切り出した。すると、またもや長官の二人が立ち上がり、


「となれば、魔獣達に罪として、死ぬまで働かせるということでどうでしょうか!!」


「そうです! 魔獣達が犯した狼藉は、テロ行為、又ははなはだ悪質な犯罪に抵触します!! 今すぐに弾劾だんがいすべき——ッ」


 と慨嘆する。だが今度も、


はやるな、まだ話は終わっていないぞ。お前らの得意は、相手の会話を遮ることか? あ?」


「「申し訳ございませんでした!! お許しを!!」」


 エンタクが舌鋒鋭い言葉と声色で黙らせた。少しばかりか、表情もイライラしている。というかエンタクはいらいらしていた。

 長官たちはその怖さの余り、一瞬で座席に腰を降ろした。


 それを見て、またまた黒髪長髪の男が「ん…………」と、おなじみの顔になる。


「じゃあ、続きを話すぞ。先ず、魔獣達が一斉に狼藉を働いたのは、魔獣達の意志ではない。賊に身体を操られていたからだ。証拠に、魔獣達に僕の声が届かなかったこと、魔獣達が狼藉を働いた時の記憶が1日分、無かったことが挙げられる。他にも、人類側に、狼藉を働いた者がいず、また、全くの逆徒ぎゃくとが存在しなかったことも不可解だ……」


「確かに、それはおかしいですね。魔獣達は、よくも悪くもエンタク様や主に忠順ちゅうじゅん。魔獣を犯罪に使うのなら、普通、逆心ぎゃくしんを持った人類が魔獣を調伏し、その魔獣と共に実行するはずです。まぁ、ほぼ未遂に終わりますが……」


 黒髪長髪の男が言った通りだ。


 魔獣は良くも悪くも主に忠順である。そして、人類のように社会性が高い訳ではない。

 例え、命令されたことが犯罪であろうとも、基本、主を裏切ることはない。

 

 故に、何もしなければ犯罪に手を染めることは無く、逆に言えば、主にその意思があれば犯罪に手を染める訳だ。

 ただこの場合、主の行動が、アンコウエンを俯瞰的に把握できる傑出能力に引っ掛かる。しかし、今回は引っ掛かることは無かった。


「そして、人類側に狼藉を働いた者もいなかった。魔獣を調伏した者を操れば、魔獣達も間接的に操れますからね……だが、賊は魔獣だけを操った」

 

 ハクロウが呟く。


 その通り。賊は魔獣達だけを操っている。そしてハオとケインから、賊の中にマルティナと思わしき人物がいたと聞かされている。

 マルティナ。民主主義の時、アスランと協力し、神去るを企てた首謀者の一人だ。この手で首を飛ばしてやったのだが、蘇っていたとは。


 人類が魔獣を調伏している事実を、知らなかったというのはなさそうだ。


「逆徒は無し……かといって、人類側を操った訳でもない。では、賊はどうやって魔獣を操ったのでしょうか?」


 考え込むように天井を眺めて言ったフェンに、エンタクは「問題はそこだ」と、続ける。


「まさか、アンコウエンに入って一匹一匹を、調伏したとか?」


「それはない。絶対にない。そんなことしたら、僕の傑出能力に引っ掛かるに決まってるだろ」


 長官の的外れな具申ぐしんを、エンタクはばっさりと切り捨てる。切り捨てられた長官は「ですよね!!」と、便乗するように黒茶を飲んだ。


「では、外におびき寄せて……」


「それもないな。外側にいる魔獣はともかく、内側にいる魔獣はどうするんだ?」


 またも長官の的外れな具申を、エンタクは一刀両断。二人目の長官も「私もそれは無いと思ってました!! あはは!!」と、便乗して黒茶をがぶ飲みした。


 浅短せんたんを無様に晒す長官たち。その彼らを見て、フクとセイは口元に手を当てて嘲笑した。ざまぁみろということだ。


「人類を操らなかった、ではなく、操れなかったって線は……?」


「それは、確かにありそうだ」


 シノが右手を上げて具申。それに、エンタクは頷く。

 操らなかったというよりかは、操れなかったという線の方が自然ではある。


「確か魔獣達は、内側や外側など関係なく、何かを起点に、一斉に狼藉を働きだしたのですよね?」


「そうだ。それも全地域一斉に」


「ならば、魔獣達が一斉に何かをする時、またその場所に、何かを仕掛けた、と考えるのが妥当では……?」


 エンタクはハクロウの具申を、間違いないと肯定。一言付け加え、ローガの的を射ている疑問にも「そうだな」と言って、首肯する。

 それから一息つこうと、ふぅと黒茶に息を吹きかけ、ちびりとたしなんだ。


「おぉ……」


 うむ、渋くないからおいしい。すっきりしていて、何度でも飲めそうだ。やはり黒茶は渥堆あくたいをしっかり踏んだものに限る。

 因みに、エンタクは渋い茶が嫌いである。


「そういえば、シノっちにハクロウ君に、ローガさんの魔獣、あとシュルナ達も。狼藉を働きませんでしたよね?」


「そうだね……タマとかコンとか、アタシの所の魔獣達は、大体、大丈夫だったよ」


「俺のところのガウ達もだ」


「ワシのところは、ピヨ達だけじゃったかな……」


 セイが話を始めると、名前を呼ばれた順にシノ、ハクロウ、ローガが返答する。


「三人が調伏していた魔獣とシュルナ達に、何か、共通点はあるのでしょうか?」


「それも気になるところだな」


 フクに続いて、エンタクは話に落ちを付ける。

 共通点はあるはずだ。三人が調伏している魔獣と、シュルナ達にだけ何もしなかったというのは考え難い。


「みんな知ってることだけど、エンタク様には傑出能力がありますよね。賊がアンコウエンに侵入して、事前に何かしたってのは、なさそうじゃないですか?」


 シノは黒茶を飲むと、あでやかに横髪を耳に掛ける。その彼女の具申に、エンタクは、


「そうだ。だから賊は、外側から何かを仕掛けた。それも、外から来ても違和感がない、定期的にアンコウエンに入って来る物、且つ、民衆の元には届かない物にだ。ここ最近、不審なことは無かったからな」


 胸中にある考え——己の中で繋がりつつある情報を、吐露とろした。

 人類側に操られた者はいない。加えて、侵入して何かを仕掛けた訳でもない。となれば、外から魔獣の元にだけ届く何か。そこに何かを仕掛けたはずだ。


「入って来る、運ばれてくる物に何かを仕掛けた……運搬者が仕掛けたという線は、なさそうっすね」


「無いな。運搬者の逆心が、僕の傑出能力に引っ掛かる……」


「ということは、運搬元が怪しいのでは?」


 ボトーの具申をエンタク、そして黒髪長髪の男が後押しする。

 これでかなり絞り出すことが出来た。これ以上、会議をする必要もないだろう。後は、虱潰しらみつぶしで問題はない。


「うむ。となれば決まりだな……定期的に外から運ばれてくる物を、徹底的に調査するぞ! そこになければ、外から運ばれてくる物全てだ!!」


 エンタクはその場で立ち上がり、全員に命令を出す。そして、会議室に居た者が「承知!!」と、拝承に頭を下げた。


 裏切者、急襲の幇助ほうじょをした奴をあぶり出す。


用語ちょこっと解説

渥堆あくたい ※悪態の誤字じゃないよ

黒茶の製造工程の一つ。

お茶の渋みを和らげ、色が黒っぽくなる。


だから黒茶と呼ばれてる。

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