第36話 狂瀾を既倒に廻らす2
場面はキーシュン西部の僻村の北側。
「ガオ!? ギギャ!?」
突然、緋色の偉躯の虎——ガオエンは固まると、その体から魔霧を発生させる。
「なんだ!? 魔霧を放ってやがる」
ホウキュの背中に乗るマサムネは、また何かしらの技を振って来るのではと、ガオエンの動きに目を凝らして厳戒する。
魔霧が発生するほどのオドの放出か、或いは能力者が何かをしたのか。どちらにしろ——、
「いや……」
「キュキュウ」
胸中で思ったことをホウキュが『身体が溶けていってるよ!』と、光の魔法文字で代弁する。
マサムネは破顔しながら「あぁ!」と、喜びを声に出し、
「ってことは、ガオエンを操ってた奴が、死んだってことだよな!?」
ホウキュの背中を軽く叩いた。
身体が溶けていくということは、能力が解けたということ。能力が溶けたということは十中八九、能力者が斃されたということだ。
魔霧が発生したのは、ガオエンの身体からオドが抜けているからだ。
「キュウ! キュキュウ!」
ホウキュの『きっとやったのはエンタク様だ! 僕たちの勝だよ!!』という魔法文字を読んで、マサムネは「おっしゃ!」と、全力のガッツポーズ。
となれば、こちらも早々に処理しなければ。マサムネは南側——シノがいる方へ指を差し、
「なら、シノの元に向かうぞ!! ホウキュ!!」
「キュウ!」
直ちにシノの助勢に向かう。
場面はキーシュン西部の僻村の南側に切り替わる。
次々に呪いの子ウサギを投下するシノと、その子ウサギを爆発させて耐えるメルル。互いにオドを消耗し合う攻防が、繰り広げられていた。
「ちっ! いい加減しつこいわよ!!」
息を荒く、汗を流して、立ち向かってくる子ウサギたちを爆発四散させるメルル。
どれだけの間、呪いを放ち子ウサギを投下し続けたのか。それは、ボロボロになった辺の地面を見れば分かる。
ちょっときついかも。
両者共に、限界に近かった。
「ッ!!」
シノは巨大な親ウサギの身体を剥離させ、それを触手のように伸ばす。そしてそれを、四方を囲うようにしてメルルに攻撃。
「食らうかよ!」
メルルは周りの地面を爆発させ、触手を弾き飛ばす。弾き飛ばしたのだが、
「イっヅ!?」
弾き飛ばされた触手——その先端が形を変え、数匹の子ウサギへと変形。
上空から飛び降り、メルルの足、肩、腕、背——体の節々に噛みついていく。
途端、子ウサギの全身がメルルの身体に吸い込まれ、破裂。メルルは痛みに苦悶し、子ウサギが噛みついた部分には膿ができる。
シノは呪いをメルルの身体に侵入させ、攻撃したのだ。
身体をよろめかせるメルル。そこに、シノは間髪を容れずに、親ウサギの身体を剥離させて子ウサギを生成。第二波の子ウサギを投下する。
これがシノの膿痾纏りの真骨頂。呪いの子ウサギを相手に噛みつかせ、攻撃。怯んだところを、後続の子ウサギで畳み掛ける。
攻撃を防げず、食らい続けてしまった相手は全身、膿まみれのぐずぐず人類になる。
当然、ただ向かわせる訳ではない。投下した子ウサギの中に数匹、通常のものよりも身体が二倍ほど大きいウサギが居る。
それらは、シノが今までの経験で得た勘によって設定された、爆発に耐え得るであろう大きさ。爆発した後の油断に、付け入るのである。
「調子に乗んなァ!!」
メルルは第二波の子ウサギ達を、周辺360度、粗慢に爆発させて弾き飛ばす。
しかし舞う土煙の中には、シノの想定通り、爆発に耐えた子ウサギがちらほら。身体の大半は削られたが、シノはその子ウサギをメルルの身体に食らいつかせた。のだが、
「グッ!? マジ鬱陶しい!!」
「流石に全部は無理か」
食らいついたほとんどの子ウサギが、メルルの羽で湮滅させられる。
「何処にいやがんだ!?」
メルルは怯みながらも、続けざまに、第三波を用意していた親ウサギ——シノごと、苛立ちながら火魔法で周囲を焼き払う。
シノは火魔法を避ける為、親ウサギごと後方に飛び退いた。その時、
「ッ!!」
シノは直感的に、親ウサギの身体を左に動かした。
「分かったそこだな!」
メルルの手から鋭い火柱が射出。親ウサギの右脇腹を、シノの右脇腹を焼き貫いた。
「ぅグッ!?」
——まずい! 気付かれた!?
「あったりじゃん!! 死ねぇ!!」
親ウサギの動きが鈍くなり、メルルは両手両翼から火魔法を展開。それを一斉に、親ウサギに向かって飛ばす。
だが、そこに、
「キュウ!」
光柱が介入することで、シノは事なきを得た。
空にはホウキュと、
「シノ!!」
その背に乗るマサムネが。シノはチャンスだと上げた視線をメルルに向け直し、
「は? なんでお前らが!?」
彼女が見上げた瞬間に、
「はい、余所見」
「え?」
纏っていた親ウサギの呪いを剥離。それで逃げ道を無くすように前後左右、上方を囲い、開けた右掌を閉じる——呪いの塊で、一斉に襲い掛かった。
メルルの焼き払おうと射撃した火魔法も虚しく、彼女は呪いに飲み込まれた。
「ガァッ!?」
数秒後、メルルを飲み込んでいた呪いは破裂。
中から全身、膿まみれになったメルルが投げ出された。
「全身呪われて、膿まみれ。苦しんで死ぬんだね……」
シノは虫の息になったメルルを見下ろし、貫かれた右脇腹を右手で抑える。炎で焼き貫かれたため、出血は少ないが、
「最悪な気分……」
悪感情を吐き出すように述懐した。痛いし、肌は乾燥するし、疲労で全身がだるいし、気分は悪いし、最悪な状態だ。
シノは少しだけ歩き、家屋の段差に腰を落としてホウキュの着陸を待つ。
——まずいかも……
ホウキュが着陸しようと、羽撃いた時に発生する風圧で、意識が飛びそうになる。ダイ、ジョウ、ブ、じゃない。
「無事か!? シノ!!」
着陸したホウキュの背中から降り、問題ないか訊いてくるマサムネに、シノは右手でサムズアップ。無事であるとアピールする。
その彼女に、マサムネとホウキュは「ハハ」と破顔した。
見るからに満身創痍。だが、やせ我慢を言える程度には大丈夫なんだな、という笑いだ。
「そっちは!?」
「こっちも無事だ!」
「キュウ!」
訊き返してくるシノに、マサムネは彼女と同様に右手でサムズアップ。ホウキュは両翼を元気よく広げて無事のアピールだ。
二人の登場に助けられた。ふと、シノは疑問に思う。
「ガオエンは、アンタ達二人でやったの?」
肝心のガオエンをどうやって斃したのか、シノは気になり質問した。
「いや、俺たちじゃねぇ。急に魔霧を発生させて、消えちまったんだ」
どうやら斃したのではないらしい。では何故、ガオエンは消えたのか。それについては、
「キュキュキュウ! キュウ!」
ホウキュが魔法文字で『きっと、エンタク様が能力者を殺してくれたんだ! 僕たちの勝だよ!!』と、注釈を入れてくれた。
そうか。滅されたはずのガオエンが生きていることは、本来ならあり得ない。能力者がいたことで、ガオエンは生前の姿を保って顕現していた。
だが、エンタクが能力者——恐らく、今回の急襲による併発を起こした首魁を斃したことで、ガオエンは姿を保つことが出来ずに消えたのだ。
「そう。あぁ、疲れた……」
エンタクが首魁を斃し、自分達も役目を終えた。いやはや、心身共に休みたい。ここ一週間は家でごろごろしたい。訓練がてらに、ハクロウとデートでもしたいな。
シノは喟然とため息を零しながら、上体を倒して寝転んだ。
寝転がっているシノにマサムネは近づき「お疲れさん! シノ!」と、右手を軽く上げて労苦を労う。そして急に立ち止まると、シノの顔を覗き込んで「って、お前」と、顔を顰め、
「……すっげー肌パサパサになってんぞ……どんだけ能力使ったんだ?」
「限界まで……クソだるだよ、ほんと」
シノは目を瞑りながら長嘆息して、尽瘁を殊更にアピールした。
見なくても分かる。全身パサパサで、肌荒れ必至だ。掻きたいけど、もっと肌荒れが酷くなるのでやらない。我慢しよう。
「そうか……とにかく」
マサムネの何かを催促する言葉に、シノは「そうだね」と返す。
皆まで言わずとも、何をするのかは分かるとも。辛勝した後、勝った後にすることなど決まっている。
「勝ちだ!」「勝ち」
——快美のハイタッチだ!!
※ ※ ※ ※ ※ ※
場所、コウエンタク屋根上。
上空には、数十の人型の魔獣達。
負傷者数名。負傷者を守る者十数名。それを囲って人型の魔獣達を迎撃する者数十名。
「あぁもう! きつい! 無理! 運動不足!! 死ぬ!! 有り体に言って過労死する!! 一体何体いんのよこいつらァァァ!!」
屋根上の部隊を指揮する眼鏡を掛けた女性——セイが、上空から攻めて来る魔獣を盾でいなし、
「うるさいですセイさん!! 主戦力の貴方がふざけてどうするんですか!?」
事務室で引きこもっていた黒髪長髪の男が、小太刀で首を刺して刺殺。首から血を拭きだす魔獣をツッコミを入れながら退かし、上空に居る魔獣に魔法で攻撃を仕掛ける。
「ふざけてないわよ!! てか、怯えて引きこもって、その自分に嫌になって、途中参加したアンタにだけには言われたくない!!」
「なッ!? 正確に人の心情を分析しないでください!! というか褒めてくださいよ!! 他の年寄り共は屋内で守られてるんですから!!」
戦場であるにも関わらず、喧然と言い争いながら魔獣を迎撃する二人。場違い以上に、周りに居る者は、彼らの戦闘センスに内心、驚嘆した。
黒髪長髪の男は、かつて警備隊の隊長を志していたものだが、戦闘の才能より内政やら、財務やら、外交やらの才能があった為に転職した、面白い遍歴をもつ者だ。
他にもコウエンタクで事務仕事をしている者はいるが、男が言った通り皆、屋内で戦闘の心得がある者達に守られている。
彼らも、エンタクからある程度訓練は受けているのだが、
「知るか!! 殴られろ! 後でエンタク様に臆病者もろとも殴られろ!!」
セイにとっては今引きこもっていようがいまいが、臆病者であることには変わりない。同じエンタクの従者としてみっともなく、憤懣やるかたないことである。
「キキ……」
戦闘の真直中、前線をはっている魔獣の後ろ。後方にいる二体の魔獣の身体が重なり、混ざり合って一体の魔獣となる。外見上の変化はない。ただ中身は二つの魂が潜む魔獣だ。
「キシャァァァ!!」
その魔獣は前に出て、セイと長髪の男に向かって急降下。先ほどと同じ要領でセイがいなし、長髪の男が止めを刺して、死体を退かしたのだが。
魔獣の中身には魂が二つある。故に、首から血を拭きだして死んでも、
「「嘘!? やば!?」」
魔獣は消滅することなく、身体を再生して蘇り、二人に襲い掛かった。
今までにない出来事。当然、セイと長髪の男に、魔獣の不意打ちをいなすことなど出来ない。今、二人がやられれば、屋根上の部隊は潰敗する。
だがそこに、
「ギャオォォォォ!!」
死角から放たれた火柱が、不意打ちを仕掛けた魔獣に直撃した。
セイと長髪の男は、火柱が放たれた方向を瞬時に見る。
「エンコちゃん!?」「エンコ!?」
そこには、身体に傷を負いながらも、助勢する為に駆け付けた、ガオエンと瓜二つの魔獣——四獣のエンコが立っていた。
「ギャオ、ガギャオ!!」
エンコは軒先まで移動すると、背中から『こっちは殲滅した!! 俺達もここでコウエンタクを守る!!』という火の魔法文字を出現させる。
「マジ!?」
最高の吉報だ。最初は魔獣達の数にどうなることかと思っていたが。諦めず耐え続けてよかった。少し前に、エンタクのマナの揺らぎもあった。賊は、エンタクが始末してくれるだろう。
「シュルナとカメキョコは!?」
「ギャオ! ギャオ!」
長髪の男の問いに、エンコは『もうすぐ来るはずだ!!』と、火の魔法文字で答える。
何と頼もしい事か。エンコに続いて、シュルナやカメキョコまで助成してくるのなら、こちらに負けは決してない。
「了解!! よっしゃァァァ!! やる気出て来たァァァァ!!」
セイは湧き上がる感情を声に出した。
「このまま、コウエンタクを守り切りましょう!!」
セイの歓声に長髪の男が。その彼に続いて周囲の従者達も「おう!」と諸声を上げた。
当たり前だが慢心はしない。このまま、誰も死なせることなく、全力で乗り切ってみせる。
視点は屋内にいる眼鏡の青年——フクに移り変わる。
屋内も部隊から負傷者が多数出ている為、前線を庭から屋内まで後退させた。
「どうやら、狂瀾が既倒に廻りつつあるようですね!」
屋根上からセイの興奮した声が響き、フクもそれに釣られて感情が明るくなる。
「ッ!!」
「てやァァァァ!!」
フクは屋内に侵入してきた魔獣の鉤爪を受け止め、副隊長の少年——ジンが横から魔獣の頭をレイピアで貫いた。
少年は魔獣の頭からレイピアを引き抜き、フクは「ナイスカバーです!!」と言って、その死体を廊下の方へ転がす。
「いえ!! 他に、屋内に入った人型の魔獣は!?」
「報告で聞いたのは七体! やったのは三体です!! あと四体、どこかに潜んでいます!!」
少年の声を張り上げた質問に、フクも声を張り上げて返答。声を張り上げたのは、部隊の中に把握漏れがないかを改める為だ。
もし、誰かが把握漏れをしていた場合、部隊の動きがズレてしまうこともある。副隊長ジンの機転の利く判断だ。
「みんな! 周囲を厳戒してください!! 魔獣を見つけても、一人で追うのは禁物です! 必ず三人以上で!!」
「「「了解!!」」」
敵は三体に対して、こちらは数十名。この優勢が慢心に繋がらないように、フクは全員に注意喚起をする。
もしここで調子に乗り、前線が崩れることがあれば、命を失う者が出てしまう。それだけは決して迎えてはいけない結末だ。
全員の顔に、克己の表情が現れる。
「右前方!! 柱の陰に二体います!!」
「本当だ!! 二体の影、見えました!!」
一人の女性が、魔獣が潜んでいる場所を発見。女性の声に、魔獣は気付かれ、慌てて飛び出して来るが、
「キギャ!?」
飛び出してきたのは一体だけだ。柱の陰にもう一体潜み、もう一体は逃げ出した。
その柱から最も近いであろう男三人、女一人が魔獣を始末しに出る。
「キシシシシ!! キギャァァァ!!!」
魔獣は逃げるのを止め、近づいて来る四人に向かって飛び込んだ。
逃げきれないと思ったのかはわからないが、蛮勇だ。
「僕が防ぎます!!」
「ナイス! のやろぉぉぉぉぉ!!」
一人の男が盾を前に出して止まり、魔獣の鉤爪を防ぐ。その男の盾の横から、剣を持った男が魔獣の心臓を貫いた。剣を心臓に刺された魔獣は口から血を吐き、その場に倒れた。
「ぶっ倒してやる!!」
「隠れてないで出て来い!」
その間に、男と女が柱の後ろに隠れている筈の魔獣を、左右から挟み込む。だがそこには、
「誰もいない!?」
魔獣の姿がない。
前に出た四人は、柱の周りを探し回った。探し回っても、何処にもいない。
天井に掴まっている訳でもない。シュバルツウェアで、身体を不可視にしている訳でもない。正真正銘、魔獣の形影はなかった。
「シシ!」
「…………?」
どこからともなく聞こえた嘲笑。残りの魔獣が笑ったのだろうか。否、聞こえて来たのは、至近距離。それも先ほど男が、心臓を貫き斃した魔獣——その死体の方向から。
「まずい!? 後ろです!!」
「「「ッ!?!?!?」」」
フクが四人に向かって叫んだが、遅すぎる。死んだはずの魔獣が再生して蘇り、盾を持っている男の背中に向かって飛び掛かった。
「キキキキキ、バババ、カァァメェェェ!!」
それだけではない。隠れ潜んでいた魔獣の一匹が扉を破って、一番近くに居た女に掴みかかった。
「チッ!!」
彼らを助けに行こうと、フクとジンは隊形を崩して前に出た。魔法は撃てない。撃てば魔獣を撃殺することは出来るが、味方も巻き込むことになる。
フクとジンが助けに入るよりも前に、魔獣は男の肩に噛みついた。女は鉤爪で右腕を切り裂かれ、怯む隙に背中を取られる。
まずいまずいまずい。どうすればどうすればどうすれば。
フクの脳内は惑乱状態に陥ってしまった。
「「ウキャキャァァァ!!」」
肩に噛みついた魔獣は鉤爪を使って、男の背中から心臓を貫こうと。背中を取った魔獣は、その鉤爪で女の首を引き裂こうと大きく笑う。
殺される。
そう理性が超然と達観した。
その時だった。
「シュルルルリィィ!!」
「ウギャバァァ!?!?!?!」
静謐で流麗な風の刃が、あり得ない軌道を描きながら、二体の魔獣の首を切り落としたのだ。
フクは風の刃が向かって来た方向を見やる。風の刃で二体の魔獣を殺したのは、
「シュルルゥ……」
コウエンタクの正門にいた魔獣——大蛇のシュルナだ。
「シュルナ!? どうしてここに!!」
「シィルルリィ……」
シュルナは十字模様に彫られた折れ戸からするりと入ると、フクの言葉に『こっちの始末が終わってね! だから助けに来た!! 他の四獣も来てるよ!!』と、風の魔法文字で返した。
始末が終わり、前線を下げてこちらに来た。ということは、魔獣——敵の援軍が無くなったということだ。そして、屋根上から聴こえて来たセイの歓声。
どうやらこの攻防戦はこちらが取ったようだ。ただ、油断してはいけない。屋内に侵入した魔獣は、まだ二体いる。
魔獣に襲われた男女二人は、命拾いをして「た、たすかったの、か?」と呆気にとられる。前に出た四人は互いに見合うと、安堵に身体から力を抜いた。
油断してはいけない。そう思った矢先だ。
「まだ、侵入した魔獣は二体残っています!! 気を抜いては——ッ!?」
「ヒィィィィィギャァァァアアア!!!!」
飛び散る木屑と木片。フクの『まずい!』という直感は正しかった。
魔獣が天井を突き破って、四人に奇襲を仕掛ける。完全に厳戒を解いていた四人。魔獣の二つの鉤爪が、中心にいた二人の男の首に——、
「シィィィルルリィィィ!!」
「ニヌ!? ファブゥゥゥゥ!???」
刺さることなく、シュルナの尻尾が魔獣の胴体を抉り貫いた。魔獣の身体はそのまま壁を突き抜け、庭まで飛び出ていった。
「シュルルル……」
間一髪のところだった。シュルナはシュルルと舌を出しながら『油断は禁物だよ』と、魔法文字で四人を窘める。
文字を読んだ四人は申し訳ないと言いたげに「気を付ける、助かったよシュルナ」と、謝意を伝えた。
大きな頭をコクっと動かす様は『分かればよろしい』と、言っているようだ。
「みんな! まだ厳戒は解いちゃ駄目だ! 屋内にはあと一体、侵入した魔獣がッ——!」
「シュルリィ……リリシュルル」
フクは屋内の隊長として、気を引き締めさせる為に注意喚起をしようとした。しかし、シュルナは首を横に振って、彼の言葉尻を魔法文字で『いや、多分屋内に侵入した魔獣は全部斃したよ』と、捕らえた。
フクはシュルナの言っていることの意味を嚙み砕くことが出来ず、
「え? それはどういう……」
と、疑問符を浮かべながらその真意を問う。
『実は、私のところでも、一度斃した筈の魔獣が蘇ってきたんだ。しかもその魔獣、二体の魔獣が合体したやつだったんだよね』
「それって、まさか……」
『うん。合体した魔獣はどうしてか、再生して蘇れるってことだね』
「まずいですよ! 早くセイ達にも知らせなければ!!」
椿事だ。シュルナの言っていることが、浮かべた魔法文字の内容が真実なら、剣呑が過ぎる。もし、屋根上で闘っているセイ達がこのことを知らなければ、焦眉の急だ。
走り出そうとするフクの背中を、シュルナは『そうだね! フク、ここは任せて! 君はセイに伝えてきてくれ!』と、魔法文字で押した。
シュルナが屋内を護ってくれるのなら、仮に敵が侵入してきたとしても安心できる。
「分かりましたシュルナ! 他のみんなはここに!! 屋内は任せました!!」
「「「了解です!!」」」
フクは屋内を仲間達に任せて廊下を走る。
——セイに視点は戻る。
「目視できるので、あと十体!!」
こちらの攻撃を食らわないよう、空を旋回しながら攻めて来る魔獣達。前線を下げ、助勢してくれたカメキョコとエンコの甲斐あってか。敵の数は見える限り、十体まで減らすことが出来た。
「キョ! キョココ!!」
見える限り。その穴ぼこを埋めるように、カメキョコが『他に気配はない! 敵は、あと目視できる十体だけだ!!』と、氷の魔法文字を地面に描いた。
「分かった!! アンタ達! 最後まで気を抜くんじゃないわよ!!」
セイの掛け声に、屋根上の部隊は「了解!」と返す。
全く、四獣は頼りになり過ぎる。これも、エンタクや元四獣が彼らを懇懇と育てたからだろう。
——エンタク様最高! アンコウエン最高!
その時、コウエンタクの扉が鈍い音を立てながら開いた。果たして、中から出て来たのはフクだ。フクはセイの顔を見ると、片手をあげて、
「セイ! 伝えたいことがあります!」
「フク!? 屋内の魔獣は斃したの!? それに何! 伝えたいことって!?」
「屋内に侵入した魔獣は斃しました!! 伝えたいことは、合体した魔獣は再生して蘇ってくるということです!!」
「は!? 何よそれ!」
フクの率直かつ荒唐な話に、セイは彼の顔を見て、その廃忘を云為で表す。そこにエンコが魔法文字で『間違いないと思うぜ! 合体したところは見てねぇが、俺の所でも、斃した筈の魔獣が蘇ってきやがった!!』と、注釈を入れる。
セイは「マジ!?」と、もう一度廃忘を露わにした。
「セイさん! もしかして、さっき襲い掛かって来た魔獣! 撃ち漏らしたのではなく、再生して蘇ったのでは!?」
「そういうこと!? 確かに結構出血してたのに死んでないの、おかしいとは思ってたんだよね!」
横に居た長髪の男の言葉。
確かに、首からかなりの出血をしていた魔獣が生きていて、かつ何事もなかったかのように襲い掛かってきたのはおかしい。治癒魔法を使ったような気配もなかった。
では、本当に合体した魔獣は再生して蘇って来るということなのか。
否定ができない真実だとしても、信じ難い。
「ともかく、気を付けてください! まず魔獣を合体させないことに集中しましょう!!」
そうだ。フクの言う通りだ。
セイは信じ難いか否かではなく、真実としてそうなのだからと割り切り、
「おっけい! 仮に合体させちゃったら、奇襲を警戒してもう一度斃す! 敵はあとあの十体!! 最後まで気を抜かずに、コウエンタクを護り切るのよ!!!」
隊長として、凜凜と指揮を執った。部隊全員の意識が、魔獣の合体阻止に注がれる。
「キキャ! キキキキキキャキャキャ!!!」
そう言えばだ。気付かれたかと、早速、二体の魔獣が合体しようと胴体を密着させる。
「アイツよ! みんな魔法で一斉攻撃!! 構え!!」
セイはそうはさせまいと、合体しようとする魔獣に、魔法の一斉射撃の合図。そして数秒の後「てぇ!!!」と、射撃の指揮を執った。
六色の魔法は混ざり合いながら、一斉に魔獣へと飛翔していく。
周りに居た魔獣は一斉射撃の合図があった為、六色の魔法からは逃げられたのだが。合体しようとしていた二体の魔獣は動けずに、六色の魔法によって撃殺された。
よし。これなら、魔獣の合体を阻止することは容易だ。この調子で——、
「カッ!?」
短兵急。一体の魔獣がその顔を引きつらせ、全身から黒いオドを放ちながら身体を悶えさせる。否、
「キャカ!? カカッ!?」「クカッ!?」「ナカッ!?」「ニョカッ!?」
それ以外の周りに居る魔獣達もだ。
「なに……様子がおかしい?」
セイはそう声に出した。
一体、何が起こったのというのだろうか。何かの前兆。その可能性は大いにある。
未知なる行動。コウエンタク防衛の失敗。その未来を迎えない為には、即刻叩き伏せるのがベスト。
セイは右手を前に出し、もう一度一斉射撃の合図を——、
「「「キャキャキャキャ!! ウギャベェェェ!!!?!?!?!?」」」
「溶けた!? どうして急に!?」
セイが叫んだ通り、魔獣の身体が溶け始める。
本当になにが起こっているのだ。何かの前兆ではある。だがこれは、この光景は、魔獣達の滅尽だ。
どうしてと言う彼女の疑問を、解き明かせる者はこの場には居ない。長髪の男は「分かりません!!」と、セイと同じく魔獣達が溶ける光景を観察するのみ。
そして、
「完全にいなくなった!?」
魔獣達はその姿を消した。
「ガギャオ! ギャガ!!」
フクの言葉に続いて、エンコが魔法文字で『気配も完全に消えたぞ!!』と、全員に知らせる。
気配が完全に消えたのなら、実は姿が消えただけで存在しているという線もない。
「え? じゃあ、なんか分からないけど、そういうこと!?」
自分で推究しておいて、その事実に驚いてしまうセイ。
だってそうではないか。最後の最後という局面で、画竜点睛を欠かれる事態。いやまぁ、この場に於いては画竜点睛を欠かれても、問題ないのだが。
場違いな感情を抱いてしまいたくもなる。とはいっても、この驚きは情動でしかない。
「コウエンタクを護り切ったって、ことですか!?」
フクの言葉を起点に驚きの感情は即滅し、代わりに心の底から喜びの、随喜の感情が溢れ出てくる。
私達の手で、コウエンタクを敵から守り切った。コウエンタクの防衛成功。守り切った。勝利。私達の勝。
「やったァァァ やってやったわァァァ!! 私達だけの手で! コウエンタクを護ることが出来たのねぇ!!」
「って、屋根上でジャンプしないでください! 危ないですよ!」
セイは両手を掲げながら、空に向かってジャンプ。その彼女を冷静に注意しながらも、長髪の男は欣然と背中を受け止める。
「うう、ウオォォォォ!!」「よっしゃァァ!!」「やりましたわぁぁ!!」「守り切っていくぅぅぅぅ!!!」「アザス!! シャス!! ザス!!」
彼らに続いてフクが、副隊長のレイが、屋根上の部隊が、各々が欣幸に歓声を追上げていく。そして、互いに見合って頷くと、
「僕達の」「私達の」「我々の」
「「「勝利だァァァ!!」」」
勝利のガッツポーズ。
アンコウエンから残兵、敗兵、反する者全てがいなくなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ん? あれは何かしら……?」
ふと、一人の女性が空を見上げる。と、そこには人型の飛行物体が。
「こっちに人が飛んで向かってくるべ!」
女性と同様に空を見ていた農夫が、指を差して声を大にする。すると一斉に、民衆の視線がその方向に向かった。
その中で、男がハッとしたような顔で立ち上がり、
「エンタク様だ!! エンタク様がこっちに向かってきてるんだ!!」
そう言った。先程、轟然と鳴り響いた爆発音は、エンタクが賊を攻撃した音で間違いない。そして、飛行物体が避難場所の公共施設に向かってきている。
あれはエンタクだ。
「エンタク様だ!」「賊は撃退したってことか?」「さっきの蒼い炎で、賊を追い払ったんだ!!」「魔獣達はもう、暴れたりしないよな……?」
民衆は男の発言を境にざわつき始める。
風を切る音と揺れる樹々。その人型の飛行物体は、男が言った通りエンタクだった。
彼女は門の上空で急停止すると、
「静聴しろ!! 賊の首魁は、先ほど僕が斃した!! 暴れ出した魔獣達も、警備隊の者が無力化したことで大事無い!!」
開口一番、賊の征伐と安泰を宣言した。
民衆は「え、じゃあ?」と、知り合いと見合うと、
「「「ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」
一斉に歓喜を諸声にした。
立ち上がって抱きしめ合う者や、感動して涙を流す者、興奮してジャンプする者や、欣喜雀躍する者など。とにかく、民衆は総身を使って多様な喜びを表現した。
そして、矢継ぎ早に「本当ですかエンタク様!!」「これで、やっと家に帰れるのですねぇ!?」「俺達の命を救ってくれて、感謝します!!」と、エンタクに声を掛けていく。
だが、彼女は民衆の熱に当てられることなく、右手を前に出し、
「静粛にするんだ!! まだ報告は終わっていない!! 静聴しろ!!」
領主然とした云為で喧騒を——喧喧囂囂とした民衆を沈静させた。それも、ほぼ同時に、ごく自然と。
民衆はエンタクの気迫ある云為に、自然と沈静させられたのだ。彼女のカリスマが発揮された訳である。
エンタクの報告が始まる。民衆と警備隊の者は、静かに報告を待つ。
「警備隊の者に告ぐ! お前たちは先ず、一つの小隊と各班に別れ、代表者を何人か募れ!! 班に分かれた者は、地域ごとに民衆を集めるんだ!! そして、民衆を集め次第、二列に整列させ、民衆を護衛しながら、帰宅させるのだ!! 当然だが、混雑せず潤滑に動くために、準備ができた順番で移動しろ!! そして、私宅が倒壊し、居住地がなくなった者を再び集め、この公共施設に戻って来るんだ!!」
エンタクは先ず、民衆よりも率先して動かなければならない警備隊の者に、最初の動きを伝える。
安全はエンタクの傑出能力で確保できている。最初に民衆を私宅に戻せば、今後も動きやすいだろう。
「次に、小隊に分かれた者は、食料や生活必需品を集めろ!! 私宅が倒壊してしまった所為で、居住地が無くなった者を施設で保護するんだ!!」
次は公共施設に帰って来た民衆を、迎え入れる小隊の動きを伝えた。
民衆が戻って来ても、何もしなければ意味がない。
「次に、民衆は身勝手に動かず、集団行動を心掛けろ!! 私宅が倒壊していたなら、公共施設に戻るんだ!! 当然、戻る時も集団行動を忘れるな!! 公共施設に戻った者は、紙に住所を記すんだ!!」
その次は民衆の動きだ。
必要最低限。上空から見た公共施設が、種々雑多な髪色で染まるほど人が集まっているのだ。集団行動をとらせなければ、二次被害が生まれてしまう。
そして、住所を記させる。これは、そうだな。後始末といったところだ。皆まで言う必要はない。なに、後に分かることである。
「最後に代表者! お前たちは、僕が先ほど報告したことと、受け取った手紙を、他の公共施設に送ることを手紙に記し、その手紙を各公共施設へ転移魔法で送るんだ!! 送る順番は訓練通りだ!!」
最後は他の公共施設に、賊の征伐と安泰、そして今後の動きを報告する、代表者の動きだ。
これが一番重要である。当たり前だが、公共施設は数えるのが億劫になるほど多い。それをエンタクが、各公共施設ごとに逐一報告するのは至愚が過ぎる。
報告はこれで終了した。
「報告は以上だ!! 皆の者!! 狂瀾は既倒に廻った!! もう一度言う!! 狂瀾は既倒に廻った!! 我々アンコウエン側の勝利である!!!」
エンタクの勝利宣言で、この戦いは幕を引く。
——狂瀾が既倒に廻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
その中で一人、心中平穏、欣幸ではない者がいた。
「ゲッケイジ!」
フィアン。彼女は水色に染まる池に飛び込んだ。池の中には、全身が焦爛まみれになったリフが浮かんでいる。
フィアンはリフの元まで泳ぎ、彼を背負って岸まで戻っていく。
見た目以上に深い池である為、何度か溺れてしまいそうになる。それでも、フィアンは背中のリフに意識を割きながら必死に泳ぎ、岸まで辿り着いた。
一息つき、フィアンはリフに脈があるのか確かめる。
微かに感じる脈の動き。息もある。
「まだ、生きている!! 必ず、死なせはしないぞ!!」
——ゲッケイジは、まだ生きている!!
フィアンはリフを背負い直し、棚田状の湖沼を走り抜け、
「だから、お前も絶対死ぬんじゃないぞ!! ゲッケイジ!!!」
ホウキュの元へ——もといミレナの元へ、脇目も振らずに向かう。
飛んだセイの身体を受け止めた長髪の男は、無事、催淫させられましたとさ……
「あぁ、なんかドキドキする!!」




