第34話 決着
——エンタクが復活する少し前。
民衆が避難しているリュウリンの宗教施設。アンコウエンがアルヒストに加入する際に建てられた、主神アルヒの宗教施設だ。
アンコウエン特有の寺院のような建築様式とは別の、ゴシック建築のような聖堂である。
そこには、アゼルの子供であるディーネが、隣人の老夫婦と一緒に石造りの床に三角座りしていた。
木製の寺院とは違い聖堂は石造りである為、座るとお尻が冷たい。ディーネはその冷たさが妙に嫌だった。
「ディーネちゃん、離れないでね。アゼルさんに、君を頼まれたから」
そう喋り掛けてくるのは、横に座っているおばあちゃんだ。
石の冷たさとは真逆の、こちらを握ってくれる暖かい手。ディーネはそれが妙に嬉しかった。嫌な感情と嬉しい感情が混ざり合い、そこに関してはプラスマイナスゼロである。
ただ、
「うん……パパに、ローガおじいちゃんに、ミレナお姉ちゃんに、シュウお兄ちゃん。それとエンタク様……みんな大丈夫かな……」
総合的には、マイナスの感情が大きかった。
父親であるアゼルや、頼もしくて親しみやすいローガ。最近知り合ったミレナにシュウ。そして、みんなの希望でとっても強いエンタク。彼らが心配で心配で仕方がない。
みんなは大丈夫だろうか。心配で心臓が張り裂けそうだ。
「あぁ、なんだあのデカい翠の龍は!?」
そんな時だった。聖堂の外で待機していた一人の男が、立ち上がって空に指を差した。外に居た民衆は一斉に空を見上げ、聖堂内にいる民衆は一斉に入口へと目を向ける。
ディーネも民衆と同じように入り口に目を向けた。しかし、ディーネが居る位置は入り口から遠く、角度的に翠の龍が見えない。なら窓からはと視線を移すが、こちらもステンドグラスである為、全く見ることが出来ない。
翠の龍は気になるが、ディーネは仕方がないと諦めた。
「何か、見たことあるべ! あれは、四獣のスイリュウ様じゃねぇか!? そっくりだべ!!」
すると今度は、空に向かって指を差した男とは別の麦わら帽子を被った農夫が、立ち上がってそう言った。
農夫の言葉に、見上げていただけの民衆がざわつき始める。入り口付近に居た者は、続々と立ち上がって外に出て行く。聖堂の入り口に人集りができた。
スイリュウという名は、アンコウエンに住む民衆にとっては馴染み深い神獣の名だ。その名を知らない者は、僻村の教養がない子供ぐらいであろう。
だが、スイリュウはアンコウエン革命の時に滅され、この世にはいないはずだ。
何を馬鹿なことを、と呆れる者がちらほらいる一方、もしかして、と興味を示す者がちらほら見える。
「翠の龍に、スイリュウ様……?」
ディーネも農夫の発言におかしいとは思いつつも、真相を確かめたくなり、
「ディーネちゃん!? ちょっと! どこ行くの!? 待って!!」
おばあちゃんの手を離し、一人立ち上がって、座っている民衆の間をすり抜けながら聖堂の入り口に。
老夫婦はディーネの突然な行動に、慌てて彼女を捕まえようとする。が、民衆の間を流れるように掻き分け、細かく移動する彼女を、老夫婦の二人が捕まえられる訳もなく、
「ん、しょ……」
ディーネは人集りを抜け、聖堂の外に出てしまった。
「…………」
ディーネは目を瞑ると、嗅覚を研ぎ澄ませるかのように指で鼻先を抑え、匂いを嗅ぎ始める。
どうして、ディーネが匂いを嗅ぎ始めたのか。こればかりは彼女の直感と言わざるを得ない。ならば何故、直感で匂いを嗅ぎ始めたのか。それは、ディーネがヴァンパイアであり血の匂いに敏感だからである。
血の匂いに関して、ヴァンパイアは数多の種族を凌駕している。具体的に言えば、数キロ離れた先の血の匂いを嗅ぐことが出来る程だ。
そしてディーネは更に、その匂いが誰なのかを嗅ぎ分けることが出来る。
動物を殺したことがある人類。魔獣を殺したことがある人類。人類を殺したことがある人類。その内二種類、或いは全てを殺したことがある人類。その数。そして人類だけでなく、動物や魔獣までも。
要は血の種類と殺生の多寡——血の匂いの濃さによって、誰なのか嗅ぎ分けるのである。
当然ではあるが、事前に匂いを覚えておかなくてはならない。加えて、殺生を行ったことがない赤ん坊や、箱入りの貴族や王族などは、血の匂いが無い為に嗅ぐことすら不可能だ。
強烈な血の匂いに、薄い血の匂いが掻き消されることも、ままある。
ディーネ本人はご飯の支度を手伝う為、厨房で魚や家畜の肉などを捌いたことがある。
強く逞しい知り合いの血の匂いはないか。その直感で、ディーネは匂いを嗅ぎ始めたのである。
「あ! この匂いは、エンタク様!! それに、シュウお兄ちゃんとミレナお姉ちゃん!!」
先ず、ディーネの鼻に届いた血の匂いは、エンタクの匂いだ。彼女の場所は、民衆が今まさに話題にしている翠の龍と同じ場所である。
次に、届いた匂いはシュウとミレナの匂いだ。彼らの場所は、翠の龍を追うように移動している。
ディーネは、翠の龍に囚われたエンタクを、シュウとミレナが助けようと追っているのだ、と理解した。
そして、その次に届いたのは、
「ぅッ!?」
強烈な血の匂いを放つ、未知の存在。
ディーネは嘔吐きそうになり、そこで血の匂いを嗅ぐのを止めた。
——このままだと、シュウお兄ちゃんとミレナお姉ちゃんが危ない!
「スイリュウ様って、四百年前に神人に滅されたはずだろ!? 今いるわけがないだろ!」
「馬鹿! でもあの威容は石窟や宗教施設にあった木彫りのスイリュウ様と、瓜二つだべ!!」
「馬鹿はお前だろぉが! 絶対似てるだけだ!! でも、なんで翠の龍がこんなところに……」
「賊だべ! きっと賊がエンタク様に恐れをなして、翠の龍に乗って逃げてるんだべ!!」
「賊が!?」
周囲の民衆が立ち上がって討論する中、ディーネは一人よろめきながら、石畳の上を走り移動していく。
そして、宗教施設の入り口であり出口でもある門に辿り着いた。
外出は外の安全が確保され、許可が出るまでできない。外出が出来るのは警備隊の面々のみ。
少女がたった一人で外出など、何がどう転がっても無理だろう。
門前払いならぬ、門外不出である。
誰も分かっていない危険。だが、自分だけは危険なのが分かっている。
——伝えなくちゃ!
ディーネは罪悪感に苛まれながらも、使命感で外に出るのを決意する。
「なんか、民衆が騒いでるぞ」
「こんな時に、俺が注意してくる……」
「おう、頼むわ」
門の周りには、数名の警備隊。今丁度、男が一人離れたが、入り口故に人数は多い。ここから外に出るのは無理だ。
幸い、民衆が騒いでいることで、警備隊の意識は彼らに集まっている。ディーネは壁によじ登り、警備隊の数が少ない場所を外周して発見。壁から「よっしょ」と言って飛び降り、
「ごめんなさい!」
「なッ!? 足が!!」
「ってか、子供が!! 待て!!」
警備隊の足を魔法で凍らせた。
——シュウお兄ちゃんとミレナお姉ちゃんに、危険だって知らせなくちゃ!!
彼らが氷に足を取られている隙に、ディーネはシュウとミレナの元に向かって走り出す。
——マナの揺らぎが起きた後、アゼルがピヨミを背負って宗教施設に帰って来る。
彼が宗教施設に帰って来た時、民衆達の様子はマナの揺らぎによって精彩になっていた。その光景が、アゼルの心境を更に穏やかなものにする。
これなら恐慌状態に陥る者も出ないだろう。なら先ず確認すべきは、宗教施設に避難させた村民達の安否だ。
「今戻った!! 村民達は!?」
「副隊長! 村民は全員無事です! 今は、指定の場所で休んでおります!」
アゼルは近くに居た警備隊の青年に話しかけた。青年は背中をピンと伸ばし、粛然と敬礼して答える。
全員無事。なら次は、
「分かった。民衆や、警備隊から負傷者は出たか……?」
民衆と警備隊の者の安否だ。
「魔獣をある程度無力化してからは、誰一人として負傷者は出ていません……」
敬礼を解かぬまま、青年はもう一度答える。
これまた無事。幸運に次ぐ幸運だ。次には、不幸が振りかかって来そうなほどの幸運続きである。いや、自分から態々、気分を落としてどうする。
無事であると分かった今、そんな意味のないことを考えるより、直ちにピヨミを安全な場所に置いて、シュウ達の元へ向かうべきだ。
「副隊長。そういえば、その魔獣は……?」
「この子は、ローガ殿が調伏しているピヨミだ。この子を、魔獣用の寝床に頼む……」
青年のタイムリーな質問に、アゼルは背負っているピヨミを背中から降ろして答える。それから優しく背中を撫でた後、シュウ達の匂いがする方へ振り返った。
ディーネの父親であるアゼルも、彼女と同様にヴァンパイアであり、誰の血の匂いなのか嗅ぎ分けることが出来る。シュウとミレナは現在、強烈な血の匂いを放つ賊と対峙している。
二人に加勢すると言ったのだ。向かわない訳にはいかない。なにより、民衆や街の治安を守る警備隊として、彼らだけに賊を任せるわけにはいかない。
「承知しました! 副隊長はこれからどうなされるので……?」
今度は敬礼を解いて、青年はアゼルに問う。
「俺は今から、イエギク殿の元へ向かう。この騒動に助勢してくださっている人たちだ。エンタク様が健在だと分かった今、助勢に向かうべきは彼らだからな。お前達は、引き続き施設と民衆の防衛を……」
「承知しました! 副隊長! お気をつけて!!」
アゼルは振り返ることなく、顔だけを向けて復答。青年はその間にピヨミを一人で運ぼうとしたが、その重さに断念。口元に手を当て「おいお前等、ピヨミを運ぶの手伝ってくれ!」と、近くに居た数名の警備隊を呼ぶ。
自分達より二、三倍も大きい体躯だ。一人で持ち運べるアゼルが異常なのである。
「あ、あの! アゼルさん!?」
アゼルが「さて……」と、口笛を吹いて魔獣を呼ぼうとした時、一人の老人が彼を止めた。
娘のディーネを預けた隣人の老父が、焦って走って来たのだ。
「スーチーさん。そんなに慌てて、どうしたのですか?」
アゼルは何事かと振り返った。そして、老父は息を荒くしながら、
「ディーネちゃんが! ディーネちゃんが目を離した隙に、いなくなっちまったんだ!!」
「なッ!?」
衝撃の言葉を告白した。
アゼルの顔が、驚きと焦りで引きつる。
※ ※ ※
足に力を入れ、地面を抉り蹴って、己の丹田にある魔術中核で拳を強化させる。奴を、クソッ垂れた運命と決着を着ける絶好のチャンスだ。
飛ばされてきたレイキに、シュウは間髪入れず、
「ッ!」
「クソ!」
拳を叩き込む。割れる地面と破砕音。宙に舞う石の破片と、土煙。
避けられた。だが、
「逃がすかよ!」
シュウは飛んで後方に逃げるレイキに飛び込み、
「ブゥッ!?」
今度こそ、拳を叩き込む。レイキの身体が衝撃で更に、後方へ飛ぶ。
「ミレナ!」
「ブリザードメアハイト!!」
そこに、シュウの合図の声と同時にミレナが、巨大な氷柱群を射出させる。レイキは巨大な氷柱群を前に、複数の光柱を防御、攻撃としてシュウ達に向かって撃ち返す。
プルガシオンとは違い、光柱——フラッシュは前兆が少ない分予測はしにくい。だが、シュウにとってその程度を避けるのは朝飯前。
複数の光柱を巧みなステップで避け、引き下がる。
刹那の時間だけで、周りにあった二、三軒の家屋がボロボロになった。一定距離離れた場所で、両者が睨み合う。
レイキは逃亡を。シュウとミレナはレイキの征伐を狙う。
そして、両者は互いの狙いを理解していた。
レイキはシュウの並々ならぬ殺気から。シュウとミレナは、レイキの怯懦である逃げ目を見て。
転移魔法を使わせない為には、攻め続ける必要がある。だが、光魔法を警戒しなければカウンターで一発KOだ。
——何の問題もない!!
「ッ!!」
シュウは丁度、肩下の辺りに置いてあった、土だけが入った植木鉢を殴り砕き割って、レイキに向かって飛び散らせる。
魔法とは違い、予備動作が殆どない攻撃。レイキは、
「クッ!?」
反応できず、魔法で防御を図れない。
陶磁器の破片は、レイキの肉に突き刺さる。
「ヅ!!」
レイキが怯んでいる隙に、シュウは間合いを詰めに走った。光柱を掻い潜り、右拳をその左脇腹へと食い込ませる。
痛みに「ガァ!?」と、唾と共に声を吐き出すレイキ。シュウはレイキが衝撃で飛ばないように、その右腕を左腕で掴み、
「ッ!!!!!!」
顔面に、胸部に、腹部に、脇腹に、ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ!!
「ウベェ!?」
激痛にレイキは白目をむきそうになるが、それでも構わずラッシュを叩き込む。慈悲も容赦も不要だ。
「調子に、乗るなぁ!!」
突然、レイキが掴む手を振り払い、苦し紛れの反撃——手からではなく、鳩尾から光柱を放出させる。不意打ちのカウンターだ。
対抗のシュウは、
「…………」
持ち前のシックスセンスで回避してみせた。
シックスセンス以外にも、レイキの目線に、背中に乗っていたミレナの長耳がぴくっと動いたのも、回避できた近因の一つである。
不発に終わったレイキの顔が、焦燥で歪む。
「ッ! ふッ! ヅ!!」
「ぅ!? ガァ!? ゼェ!? バ!?」
シュウは光柱を回避した動きの軌道を殺さず、そのままレイキの周りを周回。周回する間、前後左右からレイキに拳を叩き込む。それはまさしく、速さで相手を翻弄するアウトボクサー。
シュウの快捷たる動きに、レイキは手も足も出せずに殴られ続けていく。
とはいえ、レイキも馬鹿ではない。四周目に入ったところで、シュウの動きを予測して光柱を放った。
「ッ!!!」
放ったのだが、その程度を予測できないシュウではない。
シュウは光柱を躱すと、隙だらけなレイキの背中を蹴って、彼を家屋の壁に叩きつける。それから地面を強く蹴り、ジャンプ。
「フッ!!」
レイキの後頭部にドロップキックをお見舞いした。
壁が砕けて、レイキは家屋の中に突っ込む。そこに、
「ブリザード!!」
今度は掛け声無しで、意思の疎通無くミレナが巨大な氷柱を射撃した。シュウとミレナの互いのデメリットを打ち消し合うその形は、完璧なものへと昇華しつつあった。
「プルガシオン!!」
背中を見せたまま、レイキはプルガシオンで氷柱を相殺しつつ攻撃に使う。シュウは、後方に飛び退けてレイキの攻撃を回避。光で半分消滅した家屋の屋根に乗り、転がっている石ころを手に取る。
鳩尾や背中から魔法を撃ってくることは、想定はしていた。というより想定できたのは過去、ミレナとの会話が主因である。
二度目の世界線。レイキ達を退け、モワティ村で魔法の鍛錬を積んでいた時だ。 場所は、村の外にある樹々に囲まれた土の広場。
「ウィンド!」
盛り上がった土の壁。そこに掛かっている最後の的に、シュウはウィンドを命中させた。
シュウは大きく息を吐いた後、垂れてくる汗を腕で拭い、ミレナから受け取った水を座って飲む。
残暑が無くなり、秋に入り始めた為か、風が気持ちよかった記憶だ。
『ミレナ。魔法って掌以外の場所からでも、撃てるのか?』
がっつりと水を飲み一息ついたシュウは、横にいるミレナに質問した。ミレナはその質問に、他に鍛錬していた騎士に向けていた目を『ん……?』と、シュウに向けて、
『うん、一応撃てるわよ。でも、掌から撃った方がお腹とかお尻とかより、飛距離も命中率も上がるし、オドの消費も抑えやすいわ』
ふふんと、誇らしげに小さい胸を張って答弁してくれた。それから、シュウに近づき、右手の人差し指を立てて、
『因みに足から撃つのは論外ね。魔法を撃つときに、反作用で倒れちゃうから。あと口から撃つのはもっとダメ! 脳が揺れるし、最悪首の骨が折れるわよ……』
子供を窘めるように、眉毛を吊り上げて注意する。特に「ダメ!」と言った時は、顔を近づけ、立てた指をシュウの鼻の先に当てて注意した。シュウが後ろに手をついて、上体を後退させるのに合わせて、ミレナもずりずりと前に出る。
——厳禁なんですね。重々、承知しましたエルフ様。
狐につままれたような顔で、シュウはそう思う。
『分かった留意する』
シュウはミレナの右手を掴んで降ろし、上体を元に戻して頷いた。
もっとダメ、ではなく絶対ダメということだ。
——掌以外で魔法を撃つデメリットは『飛距離と命中率が下がること』と『オドの消費が抑えやすいこと』そして『怪我などの危険がある』か。
シュウは胡坐をかいて、ミレナから返って来た答えを整理する。
——ならメリットは……
『デメリットは分かったが、逆にメリットはあるか?』
気になったシュウは、ミレナにもう一度質問した。ミレナは『うぅん。メリットねぇ』と、思惟するように口に手を当てる。そして、数秒沈黙の後に『……不意打ち、かしら?』と、小首を傾げて言った。
『相手が近い時、予備動作なく撃てるから、不意打ちにはなると思うわ……』
『不意打ちか……』
現在に戻り、そしてその時の知識が活かされた。
感覚は掴めた。レイキから食らう事はないだろう。
一方レイキの、その胸中は、
——このままじゃ負ける。このままじゃ、こいつらのコンビネーションに負ける! 逃げるしかない! 逃げるんだ!!
焦燥と恐怖が犇めいていた。その怯懦な逃げ目は、まさに蛇を目の前にした蛙。
そんなレイキに対して、シュウは、
——ここで仕留め切る!!
豪胆な精神でレイキを見下ろす。
正反対の精神状態。殺し合いは、狩りへと変遷する。
「クッ!」
ポケットをまさぐり、レイキが黄色の石——光の魔充石を取り出すと、ミレナが長耳を逆立たせて「まずい!」と叫ぶ。
転移魔法だ。この距離では、今から近づいても間に合わない。だが、シュウは先ほど取った石ころを持っている。
——阻止する手段はある!
「させるかよ!!」
「ッ!?!?!??」
シュウは小さく、そして素早く振りかぶり、石ころをレイキの手に投げる。
狙い通り、光の魔充石を持ったレイキの手に直撃。握られていた魔充石はレイキの手から離れ、明後日の方向へと飛んでいった。
「そんな……」
「終わりだな……レイキ」
逃げる手段は途絶えた。シュウは家屋の屋根から降り、レイキに止めを刺そうと拳を固める。一歩、近づ——、
「シュウお兄ちゃん! ミレナお姉ちゃん!! 大丈夫!?」
唐突に第三者が介入してきた。警備隊の者ではない。シュウ達の元に現れたのは、
「なッ!?」
「え!? ディーネ!! 何で!?」
アゼルの娘ディーネだった。非戦闘員の中で、最もここに居てはいけない恩人の娘。最悪な未来の達観。シュウとミレナの表情が焦慮で強張る。
「イヒィ……」
レイキの顔はシュウとミレナとは正反対——欣喜に染まっていた。
——まずい!!
レイキを殺しても間に合わない。シュウはディーネに向かって飛び込んだ。
レイキの鳩尾からオドが放出される。掌から出さないのは、軌道を変えさせない為だ。
「フラッシュ」
「させない!!」
「ライエ」
無数の光柱を放つレイキ。
ミレナはシュウの行動を信じて、薄くはあるがレイキとディーネの間に氷の壁を展開させた。展開させた理由は、ディーネに光柱が届くまでの時間を、少しでも遅らせる為である。
「え……?」
「ディーネ!」
無数の光柱を前に、氷の壁は一瞬で融ける。
稼げた時間は余りにも少ない。
——間に合わない。
「クソ」
飛び込んだシュウよりも早く、光柱がディーネの心臓へと——
「血塊・凝血」
到達することはなかった。突然、誰かの声がしたと同時、ディーネの前に赤色の壁が出現。ディーネを無数の光柱から守ったのだ。
更に、声を出した本人だろうか、ディーネの元に人影が飛び込み、彼女を掴んだ。そして、赤色の壁が消滅するよりも前に離脱した。
「クソ! 死ね!」
レイキが激昂して射撃してくる光柱を、シュウは簡単に避け、ミレナは氷柱で反撃。互いの魔法が衝突し合い、相殺。再び睨み合う。
ミレナはシュウに警戒を任せ、人影が向かった場所を見た。
「アゼル!」
そこに居たのは、ディーネの父アゼルだ。
ミレナの声で、シュウも誰がディーネを助けたのか理解する。娘の為に父親が登場する。中々熱いシチュエーションではないか。
「お二人は、その少年を!!」
その声を聞き、ミレナは視線をレイキに。シュウは走り出す。
「ごめんパパ。私……シュウお兄ちゃんと、ミレナお姉ちゃんが心配で……」
「分かった、後で説教だな。俺から離れるんじゃないぞ。ディーネ……」
ディーネはアゼルの胸に顔を埋める。アゼルは彼女の頭を優しく撫で、離さないように抱きかかえた。
無事でよかった。安泰がアゼルの心を覆い尽くしていく。
ディーネはアゼルの胸の中で、小さく密かに涙を流す。
説教。子供が嫌いそうなことで、ディーネも実際嫌いなのだが。どうしてか「うん、わかった」と、強く抱きしめ返すディーネの顔は嬉しそうだった。
視点はシュウとミレナと闘うレイキに遷移する。
「クソ!」
殴りかかって来るシュウを、レイキは激痛を堪えながら必死に避ける。
既に体中の骨が折れまくっているその体で、シュウの攻撃を諸に食らうのは死に直結してしまう。転移魔法も、小賢しい小石で邪魔されたことで不発に終わった。
——どう切り抜ける。どうやって、逃げ果せる。
「こんな所で、死んで、たまるかぁ!!」
胸中にある感情を吐き出し、光柱を乱発するレイキ。シュウは無作為に放たれる光柱を飛び退けることで避け、足元に瓦礫があるのを発見。それを蹴り飛ばし、壁に反射させてレイキの顔面に直撃させる。
レイキの身体がのけ反り、乱発される光柱は消滅。
——思い付いた! 逃げる必要は、無い!!
レイキはかの時のように、窮地にて閃く。
倒れるレイキの顔は、莞然と笑っていた。
「ッ!!」
シュウは走り出し、
「ゥ! バァ! ム! ギ!」
レイキに拳のラッシュを叩き込む。そして、レイキの身体が崩れ落ちたところに、
「ッ!!!!」
渾身の右ストレートを、その顔面に目掛けてぶち込んだ。
レイキは受け身を一度も取ることなく、数メートル転がって壁に衝突。背中を壁に預け、首をだらんと垂らした。
「シュウ……」
「俺がやる。ミレナは見てろ……」
気絶したと壁男は思っている。何故なら、一歩ずつゆっくりと歩いてきているからだ。とはいえ、慢心して殺気を放ってはいけない。今放てば、壁男は察知して退くだろう。
チャンスは一瞬。全てをそこで捧げる。刹那の雌伏だ。
——兄上、僕は今日壁を、逆境を乗り越えます!!
「ここで終わりだ、クソッ垂れた運命」
シュウは右手の拳を固め、レイキを見下ろす。そして、あげた拳を振り下ろそうとした時、
——ここだ!!
「神位魔法」
神位魔法の行使。オドの席巻。
シュウとミレナは愕然と目を見開き、瞬時に後方へ退いた。
「レクイエム」
小さな光の箱が両者の間に現れ、周囲の物を徐々に飲み込んでいく。
「だが!」
だが、シュウとミレナはオドの席巻によって危険を察知して、小さな光の箱が出て来るよりも前に後方へ退いていた。この距離では、光の箱の中にシュウを巻き込むことは出来ない。かの時とは状況が違う。
神位魔法は不発に終わった。
「違う! シュウ!!」
「なに……」
立ちどころに、両者の前にあった光の箱が消滅した。
そう、不発に終わらせたのだ。
シュウの胸裏は、
——こいつ!? 神位魔法を牽制に!?
出し抜かれたことへの猛省で、満ち満ちていく。
一方、レイキの胸裏は、
——引っ掛かったなぁ! 馬鹿が!!
出し抜いたことへの喜悦で、満ち満ちていく。
窮鼠猫を噛むとは、このこと。
レイキが神位魔法を敢えて不発に終わらせた、その意図とは、
「あはははは!! 死ね壁男!!」
反撃がなく、逃げられない距離まで詰めるという状況にて、
「プルガシオン!!!」
プルガシオンを撃つ為であった。
後ろに飛び退け、魔法を放って反撃したとて間に合う事はない。完全な無防備状態。遅く緩やかになった世界で、シュウは死を悟り、レイキは勝利を確信する。
「血塊・礙」
「グッ!」
突として、胴、両腕、両脚に赤い何かが突き刺さった。しかし、突き刺さっただけで致命傷にはならない。痛みも小さく浅手だ。
邪魔に入ろうとしたが、徒労に終わったのだ。
レイキは構わず、壁男に向かってプルガシオンを行使しようと、オドを掌から放な——、
「あ…………」
——魔法が行使できない。オドが体外に出せない。
何故か、触れた物を消滅させる光は、魔法が、行使できなかった。
「何故…………」
そう言って、レイキの脳が白の一色に染まったと同時に、
「ッ!!」
シュウの拳が彼の心臓を貫いた。
——レイキは完全敗北した。
拳を引き抜き、血の滴る腕を振って死体を見下ろす。がっぽりと空いた胸部からは血が垂れ流れ、その双眸からは光が消えていく。
反撃はない。完全な死。奴を、レイキを、クソッ垂れた運命と、決着を着けたのだ。
「ミレナ……」
「うん……」
シュウは屈んで、ミレナに背中から降りるように催促する。ミレナは背中から降り、背を向けた。
殺さなくてはいけない敵、殺すことを覚悟した敵とはいえ、人の死を目の前に、殺人に加担したことに、ミレナの精神は水底に落ち、揺らいでいた。
シュウは彼女の蕭然——長耳を垂らし、視線を落とす姿を見た後、返り血で汚れた上着を脱ぎ、レイキの上半身にそれを投げ被せた。
「…………」
ここに、死体を置いて行くわけにはいかない。
遠い家族の後悔を、リメアの思いを少しでも軽くするために、彼の所へ死体を運ぶのだ。これで、踏ん切りが付けられるかは分からないが。
上着を被せたのは、ミレナを慮った故だ。
彼女なら必ず乗り越えられるだろうが、態々見せつける意味はない。これが最善だ。
「こいつの死体は、リメアさんの所に……」
そう言って、レイキの死体を運ぼうとした時、
「なッ!? 死体が!?」
被せていた上着——盛り上がっていた部分がふわりと地面に落ちる。
——矢庭に、レイキの死体が消えた。
※ ※ ※
「安心しろ、レイキ。お前の意志は、まだ潰えてはいない……」
一人の青年が、レイキの死体——実相である琥珀色の神核を手に取り、その顔を愉色で染める。




