第33話 形勢逆転3
卒然、その揺らぎは来た。
「「ッ!?!?!?!?」」
大地を揺らす程のマナの震撼は、アンコウエン内にいる全ての者へと伝わる。
このマナの震撼が誰によって行われたものなのか、何のために行われたのか。事情を知らない者達にとっての恐怖は底知れない。逆に、事情を知る者にとっては、暗闇の中に突如現れた、全てを赫焉と照らす太陽が如くの希望であった。
その感情の強さは、公共施設に避難していた一部の民衆が欣喜雀躍するほどの強さである。
「すごい、なんてマナの揺らぎなの……」
「何だよ!? 今のは!! 何かの前兆か!?」
事情をなんとなくではあるが達観したミレナと、何が起こったのか焦るシュウ。
本来なら、事情を知らないはずの二人はマナの震撼に周章狼狽するはずなのだが。ミレナの感情に驚きだけがあり、狼狽がなかったのは、彼女がエンタクの異変——操られていないことに気付いたからだ。
そして、ミレナは話を聞かずに逃げ出したシュウの肩を強く掴み、
「待ってシュウ! ストップ! ストォォォップ!!」
街から出る前に、大声で彼の足を停止させた。
街中に取り残された人でもいるのだろうか。いや、それはない。警備隊の者が、全て避難させている筈だ。わざわざ、外に出る馬鹿などもいない。
シュウはまたもや、どうして異変に気付きながらも逃げることを拒否するのか、怒りが湧き上がって来て、
「何言ってんだ! 逃げる以外の選択肢があるって——ッ」
「エンタクは操られてなんかいないわ!! だから、お願い止まって!!」
「え!? そりゃ一体どういう……」
シュウはミレナを問い詰めようとしたが、言葉尻を捕らえてきた彼女の言葉に思考が固まった。
操られていない。その言葉を自信たっぷりに言える根拠が、シュウには分らない。
ミレナは凝然と固まっているシュウの双頬を、両手でぶにゅっと抓み、
「そのままの意味! 私も最初はそうかなって思ったけど、感情を読んだらそうじゃないって分かったの! 今さっきのマナの震撼も、エンタクが何かをしたのよ! きっと!!」
懇篤に説明した。
ミレナのその説明に、シュウの中で意味不明が理解に切り変わる。彼女は共感覚を用いて、エンタクの異変——彼女が操られていないことを知ったのだ。
これほど信用に足る根拠は他にない。
「マジか! ごめん! 早とちりしちまった!」
ミレナに双頬を抓まれたまま、シュウは今までの走馬看花な愚行を謝った。ミレナは「分かってくれたらいいの!」と、シュウの頬から両手を離し、
「それより……」
元来た道を振り返った。シュウも振り返り、エンタクの元に向おうと足に力を入れた時、
「シュウ!! ミレナ!! レイキという男をそっちに吹っ飛ばした!! 発言通り、そいつを任せたぞ!!!」
その声が二人の元に届いた。
「——本当に復活して……」
そう零すシュウは理性だけでなく本能としても、エンタクが復活したのだと理解する。神将ローレンを超える紅蓮の神仙。その片鱗が心身ともに、深く刻み込まれていくのが分かる。
感情が、鳥肌が、感覚が、身体のありとあらゆる機能全てが、エンタクに作興されていく。
一時はどうなることかと思ったが、噂に違わないどころか、噂以上の強者であるらしい。ならば、こちらも発言通りレイキを斃して、形勢逆転の勝利を収める他ない。
「シュウ! レイキをやっつけるわよ!!」
「あぁ! モーマンタイ!!」
シュウとミレナの前方、道路の真ん中まで飛ばされてきたレイキに、二人は気焔たる気合と精神で向かう。
※ ※ ※
「ただし、貴様等が、その残兵と敗兵だがな……」
横薙ぎ一線。新人の少年——アスランの胸元から、血飛沫が舞う。
「馬鹿な!?」
——視線は一時的に、エンタクの横薙ぎを食らったアスランの心へ。
攻撃がほとんど見えなかった。殺気は瞬目だけで、それも攻撃が振られた後に来た。ただ、何かまずいという第六感だけで後ろへ退いていた。それがなければ、胴体を両断され死んでいただろう。
だが、そんなことよりも、
「なぜ私のk——ッ!?」
「フン!!」
「ガァ!!」
アスランが言葉を吐き切る前に、エンタクは彼の鳩尾に拳を叩き込んだ。
何かが破裂したかのような轟音が鳴り、背後に居る翠の龍共々、アスランは吹き飛んでいく。
「プルガ——ッ!?」
その一瞬の出来事——蚊帳の外に居たレイキが、エンタクの背中にプルガシオンを撃とうとしたが、
「ふッ!!」
彼女はレイキが掌にオドを貯めて放ち、魔法へと昇華させるよりも前に、その腹部へ蹴りを入れ、アスランを飛ばした方向とは真逆——シュウとミレナが逃げた方向へ吹き飛ばした。
エンタクがアスランとレイキを吹き飛ばすのに所用した時間は、たったの一呼吸。目にも止まらぬ速さで二人を引き離す。
「ッ!!」
エンタクは瞑目して深呼吸。その後、何かを念じるように目を開いて力んだ。次の瞬息、大地が揺れる程のマナの揺らぎが、アンコウエン全土へと広がっていく。
そして、アンコウエンに住む者達全てが、エンタクが健在であることに気付く。同時に、
「伝わったな。これでよし……待たせてごめん、皆……」
警備隊の者や民衆が、マナの揺らぎに鼓舞されたのを感じ取った。それから、大きく息を吸い、
「シュウ!! ミレナ!! レイキという男をそっちに吹っ飛ばした!! 発言通り、そいつを任せたぞ!!!」
意図して、シュウ達の方へ飛ばしたレイキ、その撃退を彼らに信託する。エンタクは振り返り、煩憂なくアスランの方へと飛んだ。
「貴様の相手は僕だ……ッ!!!」
数十メートル離れた距離は瞬く間に縮まり、アスランが起き上がると同時に、エンタクは彼に槍を振り下ろす。休む暇も与えない攻めだ。
「スイリュウ!!!」
接触寸前、アスランの背後に居る翠の龍が、その五本の指の鉤爪でエンタクの槍を弾き返す。激しい火花が散り、両者数メートル後退する。
スイリュウ。
かつてガオエン達と共に、コウエンタクを守っていた四獣であり、神獣でもある者の名前。偶々、名前が一致したわけではない。かといって、真似て名がつけられた訳でもない。
それに名前だけでなく、姿も、力も、その体の中心にある神核さえも全く同じ。
目の前に居る翠の龍が、神獣のスイリュウ——その亡骸であることに、エンタクは気付いた。
『生意気な小娘が。今の爾奴に、あの御二方の代わりなど、務まるものか……』
滅させて尚、傀儡として酷使される亡骸と魂。
エンタクは淡然とした表情とは裏腹な、瞋恚の炎を宿した双眸でアスランを睨んだ。
「スイリュウ……それに他の皆も、すぐに解放してやるからな、待ってろ」
エンタクに睨まれたアスランの表情が強張る。
エンタクはスイリュウだけでなく、ガオエンがいるのにも気付いている。となれば、他の滅された四獣の魂も——いや、理屈ではなく直感として、囚われているのが分かる。
——恐らく、指に付けているあの指輪、あれだ……
かつての師匠でもあり、長い時を共に過ごした仲間でもあるスイリュウ達。それを弄ぶかのような所業——傑出能力。
——今度は逃がさず、骨の髄まで焼き消してやる。
「……何故、私の、蠱惑之鏡が効かない……何を、した」
「ただの対策だけど……正道で無理なら、邪道で行こうとするのが普通だろ……」
理解力の乏しさ極まれりだ。納得がいかないと問うアスランに、エンタクは洒然とそう返した。
相手がこうしてくるだろうから、その対策をする。彼女のまるで、右と言ったら左と言う子供のような返しに、アスランは「ただの対策……?」と、怫然と顔を顰め、
「そんな、そんな理屈如きで、私の四百年の努力を対策できるものか!!」
体内にあるオドを一気に放出——周囲を席巻していく。
並大抵の者なら、そのオドの席巻で魔力酔いして動けなくなっていただろう。
だが、エンタクはそのオドの席巻に微動することなく、
「出来てるから、効いてねぇんだろうが! 頭悪ィのか!?」
寧ろ、その席巻を席巻し返すように侮蔑。槍を背中に回して、飛んでアスランに近づく。
「弾き返せ! スイリュウ!!」
アスランの前に出たスイリュウの鉤爪とエンタクの槍が接触し、その衝撃に火花が散る。たかが五尺五寸ほど——165センチ程の身体と、体長十四間ほど——25メートル程ある巨躯が、同じ距離だけ後ろに後退する。
体格差が大きいはずの両者が、同じ距離だ。
エンタクは後退する中途「蒼炎・繊」と、アスランに向かって蒼く細長い炎を射撃。スイリュウはその炎から、風を使って主であるアスランを守る。
「グッ……」
とはいえ、蒼い炎は赤い炎より殺傷力と熱——全てに於いて質が高い。防いだとしても、その余熱は肌を焼き、触れれば灰になる程だ。
現に、アスランとスイリュウは熱さに侵され、声を漏らしている。ならば何故、エンタクは太く長い蒼炎にせず、細長い蒼炎にしたのか。それは、
「都市を選んだのは正解だったな。それと、即刻、転移で拠点に逃げなかったことだけは褒めてやる……」
果たして、街を傷つけない為である。
都市内で派手に炎を放てば、家屋に火がついて大惨事になりかねない。当然、暴れて家屋を壊すのもダメだ。エンタクは、家屋を傷つけたくないというハンデを背負って戦っているのである。
『緊急事態なのに、そんなことを言っている場合ではない』などと指摘するのは、野暮天だ。
「そして、その上で断言しよう。貴様は僕に手も足も出ずに負ける。無様に醜態を晒してな……」
エンタクは右手でアスランに指を差し、そう啖呵を切った。
「クッ! 舐めた口を!! 私は彼の時とは違う!!」
「だからなんだよ! 昔と違うのが、僕よりも強いって根拠になんのか!?」
アスランは再度、皮肉と愚弄に激昂して、オドを席巻させて威嚇を図る。が、エンタクはまたも微動することなく、それどころかその威嚇を陳腐だと嘲笑うかのように、アスランを挑発した。
「黙れ! お前の弱点は分かっている! 来い! ミズカメ!!」
「ォォォォオオオオオオオ!!!」
アスランはエンタクの挑発にまんまと引っ掛かると、指に着けていた指輪——左右に一つずつある内の左側を取り外し、それを前方に軽く投げた。直後、その指輪から魔霧が発生。中から巨大な青いカメが現れる。
その威容は、神獣であるスイリュウと遜色ない。
「ミズカメ……」
彼も、スイリュウと同じくコウエンタクを守っていた神獣の一匹。水を司っている四獣だ。アスランの傑出能力によって、滅された筈のミズカメが顕現したのである。
エンタクの直感通り。
エンタクは、ミズカメを凄然たる瞳で見た。彼の瞳には、スイリュウと同様に光がない。
立ち尽くし、凄然たる瞳で見るエンタク。その胸の内にある感情など知る由もない、理解できないミズカメは、立ち尽くしている彼女にオドを放って近づいていく。
実は操られている仲間に意識があり、目を覚まして復活する。そんな夢物語など寸毫もない、酷悪にも程がある現実。
エンタクは、
「お前に、共に長い時を過ごした仲間は殺せ——ッ!?」
「フン!!」
ミズカメの首を切り落とし、葬った。
「は……?」
呆気にとられるアスラン。無理もない。
死んだミズカメの身体から魔霧が発生し、晴れた時、その中心には水色の魔力核——ミズカメの神核がぽつんと、地面に落ちていた。
「先ずは一つ……ミズカメ、守ってやれなくてごめん。至らなかった僕を恨んでくれ」
エンタクはミズカメの神核を手に取り、凄然たる瞳を壮烈なものへと変え、アスランを睨む。神核が回収できると分かった今、彼女の胸中は四獣全ての神核を回収するという使命で燃える。
「何故、何故殺せる!! 仲間思いのお前が!! 何故だ!!!」
予想とは真逆の行動——それも迷いが都にない動きで、ミズカメを葬った。アスランはエンタクの予想だにしない行動に、悩乱し発狂してしまう。
「答える意味無し……死して尚、スイリュウ達を弄んだんだ。理解も納得もクソもなく、殺してやる」
エンタクに迷いはない。あるのは二つ、かつて長い時を共に過ごした仲間を葬り、その神核を回収すること。もう一つは、クズをこの世から完全に葬り去ること。
「クソ! クソクソクソ!!! 来い! ミューオウ!!」
アスランはもう一度、エンタクの挑発に乗ってしまった。
「ミュウゥゥゥ!!」
彼は右手にある最後の指輪を取り外し、それを上空に。魔霧が発生し、今度その中から出て来たのは、ホウキュと瓜二つの梔子色の凰だ。
ミューオウ——彼女もコウエンタクを守っていた神獣の一匹。光を司っていた四獣である。
「行け!! 二体とも、奴を殺せ!!」
「ギュオォォォォォォン!!」「ミュゥゥゥゥゥゥ!!」
二対一を超えて三対一。エンタクは三位一体——無理矢理合わされた攻撃を、槍で受け止める。しかし、流石のエンタクであっても、一人と二体の攻撃を完全に抑えきれるわけではない。
エンタクの身体は若干後方に退き、家屋に激突する前に止まる。
「ブリザードメアハイト!!」
その離れた距離を好機と見たであろうアスランは、スイリュウとミューオウと一緒に斜め後ろに飛びながら、巨大な氷柱群をエンタクに射撃。すかさず、スイリュウとミューオウも、竜巻と光柱を飛ばしてエンタクを攻撃する。
「行け、炎尖鎗、乾坤炎輪」
エンタクは一人と二匹の攻撃を手に持った槍、そしてチャクラムのような武器を頓に出現させ、敵の攻撃にぶつけて相殺。
それから、既に空高くまで退避したアスランを見上げる。
「ん……大技か」
慰撫される肌。エンタクは両手を前に突き出して構えた。
「フィンブル!!」
詠唱と共に突如、街を飲み込むほどの水が現れ、都市へと降下していく。そして、接触しようとしたところで、
「蒼炎・熾」
都市が氷の世界に包まれることは無かった。
「なに!? 蒸発した……」
アスランが思わず零したように、都市を氷の世界にするはずだった水は、瞬きの間に蒸発した。
「街は破壊させないぞ……民衆が困るからな」
それを行った卓才は知っての通り、アスラン達を見上げているエンタク。
彼女は前に突き出した両手から蒼炎を奔出させ、その熱で水を蒸発させたのだ。カラっとしたような余熱が都市を覆う。
「まだだ!!」
だが、アスランもフィンブルを防がれただけでは意気消沈しない。それどころか、その表情はエンタクを負かしてやろうと憤怒に燃えていた。
彼は神人。そして、両手には神獣がいる。
「ミューオウ!! スイリュウ!! 神位を行使しろ!!!」
「ミュゥゥゥゥゥゥ!!」「ギュオォォォォォォン!!」
奥の手が、神位の魔法が彼らには残っていた。
アスランの指示に、スイリュウとミューオウが奥の手を切ろうと、その手元にオドを集積させていく。
神獣二体の神位魔法の行使。都市全体がオドの席巻によって慰撫される。そのオドの濃さは、近くに居た動物たちが魔力酔いで気絶するほどだ。
だが、
「ッ! させるか、炎尖鎗。獄炎・奔!」
「ミュッ!?」「ギュオッ!?」
エンタクはそのオドの席巻を自身のオドで席巻し返し、神位魔法を最小のオド消費と、殺傷力に富んだものへと昇華させた応用技——淡く光る紅蓮の炎を、スイリュウとミューオウに向かって迸らせた。
「ばか、な……」
紅蓮の炎によってスイリュウは両手を無くし、ミューオウは左翼から胴体半分を無くした。二体の神位魔法は、不発に終わる。
紅蓮の炎は玉響の時間が経つと、完全に消失。迸った場所には、何かしらの力が働いたかのように、周囲の空気が音を発しながら引き寄せられていく。
「お疲れ様。ミューオウ、あの旅はすごく楽しかったな」
エンタクは、左翼から胴体半分を失ったミューオウを見やる。
その体はもう、生命活動を維持できる状態ではない。彼女の身体から魔霧が発生し、晴れたと同時、中心にあった梔子色の神核が地面に落ちていく。
エンタクはそれを仁慈に受け止めた。
ミズカメに続き、ミューオウの魂を解放することに成功する。
「さて、ガオエンはホウキュの所に居るのは知っている。後はスイリュウだけだ」
エンタクはミューオウの神核を懐に仕舞うと、アスランと同じ高さまで浮遊。そして手に持った槍を、現実を受け止められず「どう……どうすれば」と、茫然自失としているアスランに向けた。
残るはスイリュウの神核だけだ。ガオエンは、ホウキュやマサムネ達が拾ってくれるだろう。
「どうもできねぇよ。覚悟は出来てるな……塗炭を味わわせてやるよ。文字通りな」
※ ※ ※
無事、出奔したマルティナと濡羽色の髪の女性以外の賊。彼らは、異変には気付きつつも何が起こったのか理解できず、指揮の上がった警備隊の者達と闘っていた。
「さっきは舐めた口利いてくれたなぁ!? どっちが呆気ないか、今すぐ教えてやるよ!!」
「チッ! しつこい野郎だぜ!!」
氷魔法で砕かれた部位を岩石で覆い、ボトーは再び血気盛んな戦士の魔獣に直進する。岩石で身体を覆っているとはいえ、魔法を真正面から食らえば無事ではすまない。
事実、ボトーの身体は氷柱で貫かれ、節々に穴が空いていた。だが、それでも立ち上がり、勝利に向かって邁進できるのは、エンタクの合図があったからだ。
ここで負けを認めれば、街の治安を維持する警備隊の隊長としての示しが付かない。
二度と闘えない身体になっても、否、死しても勝つのだ。
「石の塊如きに、俺の魔法は止められねぇんだよ!!」
馬鹿の一つ覚えのように、愚直に猛進するボトー。その彼に、血気盛んな戦士の魔獣は巨大な氷柱を隙間なく大量に生成させ、射出する。
ジャンプしてもダメ。左右に避けてもダメ。物理的に避けることなど出来ない攻撃である。
「そうかもな」
ただ、ボトーは避ける素振りを一切見せず、向かって来る氷柱に突貫した。致命傷を避ける為、両手を顔面と心臓を前に出して氷柱群を受ける。
「こいつ、クソッ」
稲妻が落ちたような衝撃が走り、瞬刻の後、全身から激痛が脳に迸る。だが、何が起こったのかは考えない。
ボトーは纏った岩石が砕かれ剝がれようとも、氷柱が刺さったままの身体で、血気盛んな戦士の魔獣に近寄り、
「クエイク!」
土魔法上位のクエイク——軽く地割れを起こす魔法で、血気盛んな戦士の魔獣の足を奪おうとする。
「甘いな! 俺が飛べるのを忘れたのか!」
対抗の血気盛んな戦士の魔獣は児戯だと言うように、地割れが起きる直前で飛んだ。しかし、ボトーの狙いは最初から、
「知ってるよ!!」
相手が飛んだところに、上空から土魔法上位のフェルスメアハイト——生み出した岩石群で潰す事だった。
敢えて魔法を詠唱することで、詠唱した魔法に注意を引かせ、本命の魔法へ意識が向かないようにしたわけだ。
魔法を詠唱して行使するメリットの一つである。
「最初から!? ガァッ!?」
岩石群が血気盛んな戦士の魔獣を地面に叩きつけ、その身体をずたずたに砕き割った。
「確か、こいつで十回目か、死ぬのは……」
全身から赤黒い血を流し、眼窩からは目が飛び出ている。
確固たる死だ。
最初は単純な殴り合いから始まり、戦いを重ねるにつれて、魔法で遠距離攻撃をするようになった。
正確には、ならざるを得ない程、近距離はボトーが有利だった。血気盛んな戦士の魔獣は、その命の半数以上を近距離で失ったのだ。
血気盛んな戦士の魔獣は「こんな奴に……」と、敗北を喫した悔しさを小さく口に出す。その口調は、最初から遠距離で闘っていればよかった、と言いたげだ。
「どうやら、命の数は十個までだったようだな……」
血気盛んな戦士の魔獣の言葉は、ボトーに届いてはいない。余りにも小さい声であったことと勝利の余韻、更に敵を何回斃したか思い返したことが原因である。
「クソ、こんな奴に……」
だが、今度はそのボトーにも聞こえる声で、血気盛んな戦士の魔獣はぼやいた。
「ッ!?」
『あ? なんだって?』と言う前に、ボトーは殺気を感じ取り、
「フロスト、メアハイト」
「ッ!? ぶねぇ!」
血気盛んな戦士の魔獣の置き土産——氷柱群を、斜め後ろに飛んで躱した。
「の野郎……クソみてぇな置き土産を渡しやがって、クソ……だが」
とかく、
※ ※ ※
槍を突き、引いて、振り下ろし、振り上げる。接近戦を挑んでくるラウラに、冷厳とした戦士の魔獣は飛んで距離を取り、火魔法を放って応戦。
「魔法が不得意なのは、さぞ不便でしょうね!」
冷厳とした戦士の魔獣は飛べるのに対し、ラウラは飛ぶことが出来ない。故に、冷厳とした戦士の魔獣は終始、飛びながらラウラに火魔法を放って攻撃しているのだが。
「ぬッ!! だから何ネ! 魔法の素養が低いのと、強弱は別ネッ!!」
彼女は飛んでくる全ての火魔法を、槍で見事に消し飛ばした。
確かにラウラは魔法の素養が低い。具体的な指標を言うと、中位の魔法を四、五回使えばオドが枯竭してしまう程だ。
だが、彼女は魔法の素養が低いにも関わらず——もっと言えば、体術と身体能力のみで、ソーシュウ警備隊副隊長まで上り詰めた逸材だ。
ラウラにとって、無数の火球を消し飛ばすなど朝飯前なのである。
「誰も、そんなことは言っていないでしょう……不便と言っただけです。会話のキャッチボールが出来ないのですか?」
その彼女に、冷厳とした戦士の魔獣は攻め倦んでいた。
火魔法の遠距離攻撃は、見ての通り消し飛ばされてしまう。かといって、高位の火魔法を行使しても簡単に避けられてしまう。
「あ? いちいち揚げ足を取ってきやがって……うぜぇな、クソ快楽主義者!」
「ハハハハハ!! 分かり易いですね!!」
冷厳とした戦士の魔獣は、賭けに出た。
先ず、ラウラの周りをフレイムライエ——複数の火柱で覆った。当然、ラウラは火柱に囲まれた際、そこから無理矢理逃げようとしたが、
「キキ!」
上空に現れた陰に気付き、足を止めて構えた。
火柱の死角で魂を乖離させ、それを囮として上空に移動。逃げ場が無くなったところに、上空から攻める。と思わせて、横から本体の自分がフレイムを放って仕留める。そういう賭けだ。
「そっちこそ!!」
狙い通り、ラウラは上空の囮に意識を向けた。
——視点はラウラへ。
逃げられないように火柱で周囲を囲い、接近戦で仕留めるつもりか。だが、結局火柱で囲んだところで近距離で闘うのなら、分があるのはこちら。前例通り魔法を放つ前に斃してやる。
というのが、ラウラの思考だ。
そこに、冷厳とした戦士の魔獣が、
「フレイム……ッ!?」
横から火柱越しに、ラウラに火柱を放った。のだが、
「見えてるネ!」
「コふッ!?」
どうしてか、額を、脳みそを、高圧なオドの放出によって貫かれていた。
「なぜ……」
冷厳とした戦士の魔獣は、反射的にそう零した。
今、起こった出来事を講釈しよう。
ラウラは囮に意識を向けていたが、横から火柱が向かって来た為、そこに向かって槍から高圧なオドを放出したのである。
要は、囮に騙されはしたが、反射神経で対応して勝ったということだ。
「どうネ。一点集中すれば、火柱にも押し勝てる、うちの一点鑿開は……」
ラウラが啖呵を切ると同時、彼女を囲んでいた火柱が捌けた。
囮であった人型の魔獣を見ると、全身の肉がグズグズに溶け始めていく。
ラウラは「ふぅ」とため息を吐いた。
全身を見ると火傷だらけ。治癒魔法を施してもらっても、跡が残りそうで心配である。
「なぜ、はんのう、できた……?」
手に持った槍を肩に乗せて、臨戦態勢を解こうとしたラウラに、冷厳とした戦士の魔獣はそう呟いた。
ラウラからすれば、反射で反応してカウンターを決めただけなのだが、冷厳とした戦士の魔獣にとっては理解不能な出来事なのだ。
というよりかは、理解したくないが正確である。敵を罠に嵌めたのに、気付けば自分が負けていた。事実とは、時に残酷なものになる。
「んなもん一目瞭然。反射ネ」
当然、そんな気持ちなど知る由もないラウラは、酷薄にも事実を述べた。
また当然、分かり切った事を告げられた、冷厳とした戦士の魔獣は、
「馬鹿な……」
そう吐き捨てた。吐き捨てざるを得なかった。
人生二度目の最後が、こんな理解不能で理不尽な終わり方であっていい訳がないと。
「馬鹿なことじゃないネ。だって実際——ッ」
「ハハ、ハハハハハ——ッ!!」
「こいつ!?」
ラウラはもう一度事実を述べようとしたが、彼女が言い切る前に冷厳とした戦士の魔獣は笑い声で遮った。
故意ではない。崖っぷちを掴んで耐え忍んでいた彼の精神を、ラウラが完全に破壊したのである。
既に冷厳が似合わなくなった魔獣は最後の力を捻出し、ラウラに向かって飛び掛かった。
不意も不意だ。だが、
「ぬん!」
不意を反射のみで凌いだラウラにとって、消えかけの灯から放たれた攻撃など、取るに足らないものだった。
槍を即座に構え、オドを放って魔獣の身体を吹き飛ばす。直後、魔獣の身体が爆発した。
「あぶねぇ……でも」
ともかく、
※ ※ ※
「ストリームライエ!!」
「伸縮・撓!」
「発射!」
連続で放たれる小さな竜巻を、フェンとギンジは傑出能力を用いて相殺する。
互いの攻撃が弾け飛び、視界が悪くなり、晴れる。
「もう一人は何処に!」
二人の視界には、空中で羽撃き大きく笑う一人の老戦士の魔獣のみ。もう一人は、
「イヒィ! タイフーン!!」
二人の右側——樹木の死角から飛び出て、風魔法最高位のタイフーン——竜巻をフェン達に向かって撃った。竜巻は周囲の樹々や地面を抉りながら、フェン達に襲い掛かる。
「「クッ!」」
「まだまだぁ!」
その風の刃に切り刻まれながらも、辛うじて致命傷を回避するフェン達に、空中に居た老戦士の魔獣が、挟むように左側からタイフーンを撃つ。
避ける中途であったフェン達に、軌道を変える手段はない。
火球と水球を盾にして相殺を試みるが、
「ガァッ!?」「ヅゥッ!?」
勢いが衰えはしたものの、二人は竜巻に巻き込まれてしまった。
服はズタボロに。体中から血が溢れ出し、立ち上がるのがやっとである。
「これで!」「しまいじゃ!」
そこへ、老戦士の魔獣の二人が再びタイフーンを行使——、
「ッ!?!?!?」
しようと手を前に出した時、彼らの心臓を火球が、氷の触手が貫いていた。
死角から、巨大な水球と火球を展開させる前触れもなく、老戦士の魔獣を襲ったのだ。
「何も、水球が一つしか出来ない訳じゃないんだけどね」
「巨大、そして空中にあれば、敵はそれに集中する! 況してや、それが攻撃手段の一つとなれば尚更!!」
ギンジはへらへらと後頭部を掻きながら、フェンは握り拳を作って、何をしたのか力説する。それも、二人とも血塗れの状態でだ。
平気というより、準ずる出来事に合わされた結果、幾許か慣れてしまったと言った方が正しい。
傑出能力で作れる水球と火球は一つだけではなく、小さくはあるがもう一つ展開することが出来る。
老戦士の魔獣は、先入観の所為であと一歩及ばず。敗北したのである。
「まぁ、作れるのは小さなものだけ。小さいからすぐなくなっちゃうし、威力は然程だから、使えるのは不意打ちの一度だけだけどね」
ギンジが言う通り、老戦士の魔獣の背後にある小さな火球と水球は、オドを消尽したことによってなくなった。
たかが劣弱、されど人の命を屠るには充分。フェン達が老獪を上回った。
「おのれ」「卑怯なり」
捨て台詞を吐きながら、崩れ落ちていく二人の老戦士の魔獣。
——彼らも、ラウラやボトーに敗北した魔獣のように、
「若者」「如きに」
「ッ!?」
老戦士の魔獣の身体が膨れ上がり、その体内から無数の風の刃が全方位に向かって放たれた。
——往生際が悪かった。
ただし、
「フェン! 大丈夫ですか!?」
「あぁ! 少し額に当たっただけだ! 問題ない!」
「ギンジは大丈夫か!?」
「はい! 腹部に食らいましたが、深くはないので大丈夫かと!!」
警備隊の隊長と副隊長を務める彼らを、その程度の代物でやれる訳が無かった。
フェンは炎で、ギンジは氷で向かってくる風の刃を防いだ。炎と氷を展開するのが暫し遅れた所為で傷は負ったが、それも浅手。治癒魔法を掛ければ癒合する程度の浅手だ。
傷まみれになりながらも、二人は歩み寄り、
「ならば!」「ええ!」
兎にも角にも、
「俺たち」「僕たちの」
「「勝ちだ!」」
「勝ったぜ!」「勝ったネ!」
フェンとギンジが握り拳を空に掲げた同時、ボトーとラウラも握り拳を空に掲げた。
紆余曲折あったが勝利を収める。努力の結実。彼らは、未だ戦っている警備隊の元へ走り出す。




