第32話 形勢逆転2
場面はアンコウエン北。トクチーとソーシュウの境界線。ローガとハクロウVSペテロ。二人は悪魔の肉体の中心——心臓部に隠れ潜んでいる賊を、引きずり出すことに時間を食われていた。
「ハハッ!!」
ローガが両手を前に突き出すと、偉躯の風の狼の体から凄風が離れ、赤黒い巨躯の悪魔——ペテロに向かって突き進んでいく。
そのまま、凄風はペテロを取り囲み、前後左右と上方から一気に畳み掛かった。
「効かねぇって言ってんだろ!!」
ペテロは体の肉を両腕まで移動させ、更に巨大になった両腕で凄風を弾き返し四散させる。その横から、ハクロウが「フン!!」と、ペテロの右脇腹に拳を叩き込む。
凄風を後方に放ち、勢いを付けたパンチだ。
巨躯であるペテロの身体が、軽く横に飛ぶ。更に、ハクロウは身体に纏った凄風を拳から射出して、ペテロの肉を引き裂く。
そのまま、倒れるかと思いきや、
「ッ——!!」
ペテロは左腕を地面に着けて、倒れそうになる身体を固定。右腕をハクロウに向け、先端の肉と肉の間からオドを放出した。
「ッ!?」
ハクロウは六属性の魔法が来ると達観し、纏っている凄風を前方に放って瞬時に後退。次の瞬間、ハクロウの居た場所が六属性の魔法によって覆い尽くされた。
「カカ!」
後退したハクロウと代わるように、ローガは緩急なく風の狼に凄風を放つよう、指示を出す。対局のペテロは、
「先ずはじじぃ!! てめぇからだ!!」
ローガに向かって猛突進した。
「来るか!!」
ローガは身を低くして構える。
先ずは遠距離攻撃を仕掛けてくる老い耄れから、殺すという判断なのだろう。
遠距離攻撃を仕掛けてくる。即ち、近距離で叩き潰せば即圧潰。
「笑わせる……」
過去、ローガはエンタクと会った時のことを思い出す。
『読めた』
羊質虎皮。所詮は噂が独り歩きしただけ。そう高をくくっていた。だが、
『はぁ、分かりやす……』
相手の癖を読み、その癖を逆手に取ったと行動に出た時、それがブラフで誘われていたと悟った。
ローガは自分が強者を反掌にねじ伏せられる、限られた存在だと思っていた。実際、ローガは強かった。全盛期は一切負けなし。百の手下を従え、その手下も兵揃いだった。
だが、
『ガァッ!?』
それは過去の栄光——池の主のつまらない称号に過ぎなかった。
今までとは違って、予備動作なし。そして、不可視の方向——後方上空からの攻撃。それを予期できず、ローガは——池の主は断末魔を吐いて気絶した。
『はい、僕の勝。相手の癖読もうとし過ぎ……』
憮然とそう言って、大蛇は気絶した池の主を摘まみ上げた。
『まぁ、年高が相手の癖だったり心情だったりを読みたくなるのは、仕方のない事なのかもしれないけど』
『親父!?』『じいちゃん!』
呆気ない敗北。自分の尻拭いであるはずなのに、老い先短いと格好つけて前に出た結果がこれだ。
落ちに落ちたものよ。若い頃、自身の強さに溺れ恣意的に生きた結果、恨みを買い、回り回って自分と愛する家族にその禍が振りかかった。
『おい、デカいお前! 何か事情があるんだろ? 話を聞いてやる』
『とおちゃん……』
『……行くぞ、ハオ』
だが、どうしたことか。大蛇は自分を殺しに来た池の主と、その家族を丸呑みせず、かといって罰を与える訳でもなく、厚情を持って話を聞き、親身になって助けてくれた。
池の主——ローガは人生で初めて、誰かに対し畏敬の念を抱いた。
『ローガ、ブラフは張れるだけ張れ。僕がお前にやったように、誘ってみるんだ。思わず疑っちゃうくらい、相手が引っ掛かるから、案外結構楽しいぞ』
彼女に言われた通り、ローガはブラフを張って相手を誘い出すことに成功した。
確かに、これは愉快痛快快哉だ。
心臓部に隠れている敵を、引きずり出すチャンスである。
ローガは全身を筋肉操作で強化。突進してくるペテロの腕を両腕で受け止め、そのまま巨躯の身体を掴んで宙に浮かせる。
「マジかよ!?」
そして、
「——ッ!!」
巨躯の身体を地面に叩きつけた。
「だが!!」
しかし、
「親父!!」
ハクロウの呼ぶ声が耳に入る。巨躯の胴体が縮小したと同時、掴んだ腕が伸び、ローガに向かって襲い掛かってきた。
ローガは風魔法を用いて、すぐさま身体を左後方へと退くが、
「逃がさねぇぜ!!」
「グッ!?」
「捕らえた!!」
退くローガを伸びた腕が急追。右腕を掴まれ、今度はローガが地面に叩きつけられてしまう。
砕ける地面と痛楚。明滅する視界と、飛びかける意識。
「死ね!! じじぃ!!」
ペテロの全身——肉と肉の間からオドが放出される。腕を掴み、叩きつけた後に六属性の爆発で、ローガを仕留めるつもりなのだ。
ペテロはローガとハクロウの二人が、何かを狙っていることに気付いていた。
彼の心境は『遠距離攻撃ばかりで、力が無いと思っていたジジイに持ち上げられたことには驚いたが、逆に侮ったな!!』である。
してやったら、やり返された訳だ。
しかし、こんな所で潔く死ぬローガではない。ローガは左掌から凄風の球体を作り出すと、
「年寄りを、舐めるんじゃねぇぜ!!」
「なにッ!?」
それを、掴んできたペテロの腕に差し込んだ。
凄風はペテロの腕の中で膨張し、破裂。周囲の肉を抉りながら弾ける。
そして、爆発するよりも前にローガは離脱。六色の光が、何もないペテロの周りを覆い尽くす。
——ここじゃ!!
「ヒュウ……」
カウンターを食らったが、当初の狙いであった、爆発の直後に心臓部を狙うという作戦。ローガはそれを実行するために、風の狼を爆発の中に先行させた。
風の狼は爆発によって身体を削られながらも、押し負けまいと爆発の中を突き進んでいく。
次第に、その体躯は見る見るうちに小さくなっていくが、
「ヒュウ、ヒュルル……」
風の狼は爆発の中心部——安置まで到達した。
「なに!? こいつッぁ! ガァァァ!?」
ペテロは風の狼の侵入に気付きはしたが、焼け石に水だ。潰されるよりも前に、やせ細った風の狼の牙が、僅かな凄風が、ペテロの四肢を操作不能になるまで切り裂いた。
心臓部ではなく、四肢をだ。
「ハハ!!」
手応えあり。
爆発の中を潜り抜けることが出来たとしても、凄風の大半は削られ、その威力はガタ落ちする。そんな状態で心臓部を攻撃したとしても、即刻、他の部位から肉を伸張されて、徒労に終わっていただろう。
実際、ローガの考えは当たっていた。だからこそ四肢。だからこそサポート。
「追い打ちじゃ! 行け!!」
ローガの合図に、ハクロウがその体に纏っていた凄風を手元に一点集中。彼はそれを、
「フン!!」
肉を伸張し、立ち上がろうとしていたペテロの心臓に目掛けて放った。
ハクロウの傑出能力は、ローガの傑出能力に比べて火力特化。技で殺すより、破壊で殺すことに長けている。故に、ハクロウの傑出能力は避けやすい。とはいっても、敵から離れざるを得ない今回に限ってだが。
「クソ! 動かッ!?」
その技、風魔法上位のトルネードの規模で、瞬間火力は最高位のタイフーンと遜色ない。
ペテロの場合は、肉を防壁として転用すれば辛うじて防ぐことも出来る。が、四肢が操作不能になった今、ペテロは避けることも防ぐこともままならない。
「クソォォォォガァァァ!!」
——直撃だ。
肉が切り刻まれ、ペテロを守っていた肉壁が削られていく。心臓部に潜んでいたペテロは、風の刃に切り刻まれながら体外へ投げ出された。
爆発が完全に晴れる。そこにはペテロ——血にまみれた赤髪の男が、地面にぐったりと倒れていた。
「やっと、姿を現しよったの……」
やっとこさ、ペテロを外に引きずり出すことができ、ローガは首の骨をポキっと鳴らして一息。ペテロはぐったり倒れたまま、ピクリとも動かない。
止めを刺す前に、ローガは激痛が走る——紅く染まった右手の状態を確認する。
爆発から逃れる時、掴まれた腕を引きはがす為に無理矢理、凄風で自身の腕ごと相手の腕を引き裂いたのだ。
痛覚はある。出血はほどほど。力は入りにくいが、動かすことは出来る。
「親父、まだいけるか」
「笑わせるな。年寄りを舐めるなと言ったじゃろ? 筋肉操作を使えば動かせる」
憂えるハクロウに、ローガは杞憂だと右腕を大きく振る。
痛みは増すが、筋肉操作で出血も止められる。何の問題もない。
それを見てハクロウは「了解」と、憂いを一切なくしてペテロを見やった。
先程から、ペテロは動いていない。見た目や言動通り、ただ怪力だけが自慢の敵だったのかもしれない。
とはいえ、未知数な相手には変わりない。ここは迂闊に前に出ず、風の狼を先行させて仕留める。
そうローガが思い、掌から風の球を出現させたと同時。ペテロが「だがな、だがなぁ! 姉さんよぉ!!」と、誰かへ反発するようなことを喋りながら、唐突に立ち上がった。
——一分程前のペテロへと、視点は遷移する。
「クソ。ジジイと中年の野郎、考えやがった……」
ローガとハクロウの息の合ったコンビネーションに、ペテロは窮地に立たされていた。
体中血塗れで、傑出能力で集めたデッドスピリットも酷使してしまった。
後先考えず勢いに任せた結果、不利な状況になってしまった訳だ。舐めていた。たかが老人と中年だと。痛恨のミスである。
それは、ペテロの人生で二度目の慚愧であった。
『ペテロ、少し能力を使い過ぎです。私と変わりなさい』
矢庭に、肉体の中で眠っている魂——女性の魂がペテロに声を掛けた。ペテロが姉さんと呼ぶ、彼よりも強く冷静沈着な女性である。
ペテロは女性の『変われ』という命令に、
『あ? 今いい所なんだ! 例え姉さんであろうと、俺の邪魔は許さないぜ!!』
やり返したい気持ちを抑えきれず、彼女に反発した。
どうして今なのだ。まだやり残したことも多いし、やらなければならないことも多い。例え姉さんであろうとも、今だけは邪魔されたくはない。
ペテロの胸中は、苛立ちと否定の感情で犇めく。
『あの方に言われた事を忘れたのですか……? 能力の無駄遣いは厳禁と。そして、魂同士で紛糾があった場合は、多数決で肉体の主導権を誰が握るのか決める、と……』
だが、女性は過去に交わした誓約をペテロに持ちかけ、自己中心的な行動に出ていると彼を窘める。重ねて、彼らは集合魂。やり残したことも、やらなければならないことも、他の魂で肩代わりができる。
完全に非があるのはペテロだ。身勝手な感情のみで、誓約したことを反故にしようとした訳だ。
そして、それをペテロは知悉していた。
「だがな、だがなぁ! 姉さんよぉ!!」
だが、それでもペテロは子供のような癇癪で女性に反発し、情動的に立ち上がった。
「急に起き上がったぞ。しかし、どこか様子がおかしい」
「あぁ、親父。嫌な予感がする。直ぐにケリをつけるぞ」
矢庭に起き上がったペテロに、ローガとハクロウの動きが止まった。
身体を守っていた肉を引き裂かれ、地面に投げ出されてから今まで、ペテロが動かなかった理由はご存知の通りである。
ハクロウの言葉にローガは「分かっとる」と一言返し、その容貌を険阻なものにした。嫌な予感。その言葉の意味を直感的に理解したのだ。
「行け」
「終わりだ」
頭を抱え、ふらふらしているペテロに、ローガは生成した風の狼を。ハクロウは両手から凄風を出現、それを一切の容赦なく放つ。
直撃すれば、肉体は原型を留めず吹き飛ぶだろう。
だのに、ペテロはその攻撃を目の前にしても、ピクリとも動かない。その理由は、
『いいから黙って私に主導権を渡しなさい。貴方が私に一度も勝ったことが無いのを、忘れたのですか……?』
ペテロに向かって、女性が止めの言葉を吐いたからだ。
人生二度目の慚愧。長生きとはいえ、女に一度も勝てなかった。
なら一度目は、推して知るべし。
果然、ペテロと女性が魂同士で会話をする中でも、ローガとハクロウの攻撃はとまらず、ペテロに向かって直進している。
遅く緩やかになっていく世界で、ローガとハクロウは「入る」と、勝利を確信した。
——だがしかし!
「分かりました、姉さん」
『それでよろしい』
——攻撃は直撃することなく、手元から忽然とあらわれた戦斧に弾かれた。
視点はローガ達へ回帰する。
「なにッ!?」
「弾かれた……」
自分達の攻撃が弾かれたことに、ローガとハクロウは驚きを隠せないでいた。
二人はペテロが自分達の攻撃を弾けるほどの技量が無いことを、鑑識眼から見抜いている。しかし、現実は反転している。
自分達の鑑識眼がザルだったのか。
否、相手が変わったのだ。嫌な予感と、様子がおかしかった理由の説明もつく。外見は変わらず、中身が変わったのだろう。
「誰じゃ、お主」
ローガは、俯き顔を見せないペテロにそう言った。
待て、何かおかしい。
「ッ!? 髪が……」
髪が俄に伸びている。
肉の中から出て来たペテロは多少、俯いた程度で顔を隠せるほど髪は長くなかった。それだけではない。
「貴方は、この戦いでは力不足です」
ペテロの身体が一回り小さくなり、筋肉質だった体系は華奢なものに。時間を超加速させたかのように、一瞬で髪が腰まで伸び、髪の色も赤から濡羽色へと変化する。
顎にあった無精髭もなくなり、艶のある整った容貌に。
都合、
「なんじゃ。俄に姿が……」
「女に変わった……」
赤髪の男が、濡羽色の髪の女性に変わった。
ローガの鑑識眼は言っている。この女ならば、自分達の攻撃を弾いても不思議ではないと。
忽然、姿が変わる現象。それを、ローガとハクロウは知っていた。
エンタクと会ってから間もない時に、彼女から聞いた話だ。
『集合魂ってやつかな? 複数の魂を集合させて、肉体を持つ存在として蘇らせる。北洋の妖術だとか何だとか、言われてるね』
それは、ふと問いかけた時に帰って来た言葉だった。コウエンタクの庭で、パウカメの背中に乗って遊ぶハオと、生まれて数か月のローコの泣き声が、印象的であった。
「「まさか、集合魂」」
「ほう、集合魂をご存知なのですね……エンタクの入れ知恵ですか?」
一瞬で見抜かれた。
ご存知、そう言葉にするという事は、本来は知られるはずのないものなのだろう。しかし、ローガ達は集合魂を知っている。なら、長寿であり領主であるエンタクが何かしらの形で知っていて、彼らに教えたに違いない。
そうやって、答えに辿り着いたのだ。
何という頭の回転の速さ。犀利と言わざるを得ない。
ローガは「まぁな……」と、悔し気に応える。
「では、ここからは、私がお相手をします……お覚悟を」
そう言い、戦斧を軽く振って肩慣らしをする女性。集合魂であるなら、ペテロと同じく肉を身に纏う事が出来るはずだ。だのに、そうすることなく戦斧のみで戦いを挑んでくる。
それ即ち、
「クソ……強いな」
肉を纏う必要がない程の強者である証左。二対一でも勝てるかどうか。
「あぁ、これはかなり、骨が折れそうじゃな」
ローガは凄風で狼を作り、ハクロウは凄風を纏って構えた。
——彼らが、
次の場面は、ボトーVS血気盛んな戦士の魔獣。ボトーは血気盛んな戦士の魔獣の土魔法と水魔法の合わせ技に苦戦。
「案外、呆気なかったな……」
その次は、ラウラVS冷厳とした戦士の魔獣。ラウラは冷厳とした戦士の魔獣の卓越した技量に苦戦。
「隊長、副隊長といっても、結局このレベルですか」
更にその次は、フェンとギンジVS老戦士の魔獣二体。フェンとギンジは、老戦士の魔獣の息の合ったコンビネーションに苦戦。
「殺しましょうか、サツじいさんや」「そうですなぁ、リクじいさんや」
彼らは賊相手に最初は善戦していたが、死しても再生して蘇って来る能力——戦いが長引くにつれ、後手に回ってしまったのだ。
互いが互いの手札を把握している状態で、片方は死ねず片方は死ねる。後手に回ってしまうのは、必然的と言えた。
——悪戦苦闘を強いられる中、
当然、ガオエンと闘うマサムネとホウキュも。
「ギガァオォォォォォン!!」
「畜生! なにもできねぇ!!」「キュウ!」
空中でガオエンの攻撃を避けながら、一人と一匹はぼやく。
メルルと闘うシノも。
「キャハハハハ! 当たんなきゃ意味ないわよ!!」
「チッ、器用ね」
爆発で眷属のウサギが破壊される度、シノは大型のウサギから小型のウサギを作り、それを突貫させる。
マルティナと闘うハオとケインも。
「どうしたの? どうしたの!? アタシを止めるんじゃなかったの!?」
「調子に乗りやがって!」「まだだ!!」
二人は間に割り込もうと、必死にマルティナのラッシュを耐える。
濡羽色の髪の女性と闘うローガとハクロウも。
「…………」
「捌かれた!?」「クッ!? 攻め切れん!!」
二対一で常時、凄風で攻めているのに反撃を許してしまう。
賊と対峙している味方側の全員が、苦汁を嘗める結果となっていた。このまま押されれば、敗色濃厚。
だからといって諦める、負けられる理由にはならない。
——その衝撃は、来た!!
樹木で羽休めしていた鳥たちが、大地を揺らす程の衝撃に逃げ出した。
「「「なッ!?!?!?」」」
突然きた大地を揺らす程の衝撃——マナの揺らぎに、賊達は戦慄する。
「なんだ……? 今のは」
血気盛んな戦士の魔獣は、空を見上げてマナの揺らぎに動揺する。
「マナが揺らいでいる?」
冷厳とした戦士の魔獣は、目を細め困惑しながら周囲を見回す。
「森が」「ざわめいていますぞ」
老戦士の魔獣は、生唾をごくりと飲み下して狼狽する。
「ガァオ……ギギ、ガァ、オ……」
ガオエンは顔から恟然と冷汗を垂れ流し、余燼の勢いが弱まっていく。
「一体、何が起こってるの!?」
メルルは驚愕して、その尻尾と羽を忙しなく動かす。
——一方、味方側——アンコウエンに住む全ての者はどうしてか、
「おお!! これはエンタク様の合図だ!!」「俺たちは助かるんだ!!」
各地の公共施設に避難していた民衆が、歓喜の声を上げ出す。
「この、マナの揺らぎ……」
ボトーはマナの揺らぎに、口元の血を拭いながら欣然と立ち上がる。
「最高の鼓舞ネ。エンタク様……」
ラウラは火傷の跡を摩り、槍を構え直して解顔する。
——賊とは相反した反応——喜びの表情になっていた。
「確か、エンタク様が、緊急事態に使うって言っていた!!」「信号、だね……」
風魔法で切り裂かれ、血に染まるフェンとギンジは、互いに背を合わせて莞爾する。フェンは右手を掲げて頭上に巨大な火球を、ギンジは杖を掲げて巨大な水球を作り上げる。
彼らが笑っている理由は、エンタクがこのマナの揺らぎを起こしているからである。
マナの揺らぎ——信号を発信できるということは、
「まさか!」「キュウ!」
それ即ち、彼女が健在——復活したということ。
ホウキュとその背に乗っているマサムネは、エンタクが復活したのだと、衰えかけていた気力を奮激させる。そして、恟然と汗を垂れ流して固まるガオエンに向って滑空した。
「そう、エンタク様……じゃあ、アタシは」
シノは嫣然と笑い、自身が纏っている大型ウサギをさらに大きくする。
今の自分に操作可能な呪いの上限。そこまで呪いを出し、操作してメルルにぶつけるのだ。
メルルの爆発する能力を掻い潜って、数が増えたウサギたちが彼女に襲い掛かる。
「これって、ケインさん!!」「はい! エンタク様が健在という事です!!」
ハオとケインは互いに確認し合うと、殴打跡の残る顔で笑った。
マルティナのラッシュを避けて反撃したとき、瞬刻だけだが自分を除いて世界が遅く緩やかになったのだ。
その時よりもラッシュの速さは上がっているが、かの時のように時間感覚を凝縮して、その世界で動けるようになれば、勝ち目はある。
ハオとケインは、両手を前に出して握り拳を作った。
「連れ去られたと聞いた時は、耳を疑ったが」
「やはり、エンタク様じゃな……おぉ、イテテ」
強力な戦斧での攻撃。二対一でも、攻め切れない体術と膂力。一撃で死ぬことはないものの、強力な攻撃を食らえば気を失いそうになる。
勝たなければという感情とは裏腹に、ローガの鑑識眼は勝ち目が薄いと結論付けていた。
だが、マナの揺らぎを感じてローガの鑑識眼は——感情だけではなく理性までもが、勝てるという確信に変わった。
エンタクが連れ去られた事を目の当たりにした後に、復活したという知らせ。奮激した。この年になって、若い時のように興奮するとは。
「まだまだ、ワシも若いな!!」
ローガは風の狼を十五体出現させる。
「全力で行く」
ハクロウは身体に纏う凄風を、更に切れ味のあるものに変える。
「この感じ、エンタク……ふ、相変わらず化物ね」
「失敗したのですね……アスラン」
エンタクの事を知っているマルティナと、犀利である濡羽色の髪の女性は、このマナの揺らぎが彼女の仕業であることを洞見した。
今まで、凋みかけていた敵情が勃興する状況。そして、土地全体のマナを揺れ動かせる逸材など、エンタクの他にない。
神人の少年——アスランが、エンタクを御することが出来なかった今、退くか攻めるか。
「逃げちゃお!」「ここは退かせてもらいます」
マルティナと濡羽色の髪の女性は、戦線離脱を決意した。
逃げるなら、逃げられるのは今しかない。
「待て! 逃げんな!!」「ハオ君! 追いますよ!!」
脇目もせず、自分達の根拠へと逃げ出す敵に、ハオとケインは足で追い、
「そうはさせるか」「逃がさぬよ!」
ローガとハクロウは凄風で邪魔に入る。
「あらやだ……しつこいのは嫌いじゃないけど、今日はそういう気分じゃないの。ごめんなさいねぇ!」
「てめぇ!!」
マルティナは熱烈に猛追してくるハオとケインに、展開した火球を一気に放つ。そして、彼らが防御している間に、体内に仕込んでいた光の魔充石で転移魔法を行使。逃げ果せた。
ケインはマルティナが居た場所にまで走って、屈みこんだ後、
「転移、ですね……」
手に取った土を握りしめ、そう零した。
敵を逃がしてしまった。その自責の念と、クソ野郎に勝てなかった事実への悔しさが募る。
「それでは……ッ!! ご機嫌よう」
濡羽色の髪の女性は、戦斧を振り回して六属性の斬撃を四方八方に放ち、ローガとハクロウの凄風を四散させる。そのまま、勢い余った斬撃はローガとハクロウに向かって降りかかるが、二人はそれを凄風で簡捷に防ぐ。
「クソッ! 転移か!」
だが、防いだ後の視界には濡羽色の髪の女性は映らなかった。
ハクロウがぼやいた通り、転移で逃げ果せたのだ。彼女が居た場所には、マナの残滓がある。簡捷に防いだのだが、それでも間に合わなかった。
不覚、その一言に尽きた。
——マルティナと濡羽色の髪の女性、無事に出奔。




