第30話 卓抜
右上半身に向かって飛翔する光線を、身を低くして避ける。その動きを想定したであろう低空飛行する光線を、跳躍して回避。そして、跳躍の動きに合わせて飛んでくる光線を、氷の壁を発生させて防いだ。
氷の壁と共に地面に落ち、着地。それと同時、光線を撃って来る仇敵——レイキへと、両手で氷の壁を飛ばして反撃した。
樹木が氷の壁を隔てようとするが、威力が強すぎる故にそうはならない。樹木ごと氷の壁がレイキに迫る。
「チッ!」
レイキは煩わし気な表情で、氷の壁と樹木を避けようとする。そこにミレナが、
「ブリザード、メアハイト!」
逃げ所を無くすように、氷の壁の左右に巨大な氷柱群を放った。数と質量の暴力。防ぐのに困苦するはずだ。
——ここで叩く!
注意するのは、光の神位魔法だと思われるレクイエム。ベストはフェイントで撃たせて、消耗したところを畳み掛けること。
「シュウ!!」
突貫する前だった。ミレナが叫ぶ。
その意味を考える間もなく、ミレナとシュウはオドの席巻に慰撫された。
——ッバ! マズイ!?
その直感のみで、シュウは全力で飛び退いた。
「プルガシオン」
詠唱した瞬目、レイキの正面から十数メートルが、扇型の光に包まれた。光が分散するのも瞬目。光に包まれた場所が、
「何も、レクイエムだけが脅威という訳じゃないんだけどね」
消し飛んでいた。
氷の壁も、ミレナが射撃した氷柱も、周りにあった樹木も、そして地表もだ。当たっていたら、一体どうなっていただろうか。危惧すべきは、レクイエムだけではなかった。
突貫する前だった為、回避は容易かったが、突貫した直後であったなら、確実に魔法を食らっていただろう。
「シュウ! 大丈夫!?」
ミレナにそう言われて、シュウはジャンプをしながら、両手を振って身体に支障がないかを検める。大丈夫だ。見た所感、浅手などもない。
それよりも、レイキが使った、見たことも聞いたこともない光魔法。それがどういった魔法なのか理解しなければ。
「心配ねぇ! 今のは!?」
「プルガシオン! 光りの最上位魔法だわ!! 光で触れた物を消滅させる魔法!!」
光りで触れた物を消滅させる。なんとも危殆な魔法だ。レクイエムと違って回避は簡捷に行えるが、これではレイキに近づくことすらできない。
「レイキが何発ぐらい撃てるか、分かるか!?」
「分からない! でも消費するオドはグレイシアとか、イマージョンと大きな差異はないと思う!!」
当然、ミレナがシュウの無茶振りに答えられる訳がない。訊いた後、シュウは愚問であったと猛省する。
仮にミレナが回数を答えたとして、真偽は定かではない。推断の回数より下回っていた場合は、まだましだ。しかし、推断の回数を上回っていた場合、飛んで火にいる夏の虫が如く、無様に敗北するのは必至。
推断が寧ろ、逆効果に成り得る可能性もある。
「思う存分悩めばいいさ! 僕にとっては都合がいい!!」
「ッ——!」
シュウは走り、飛び退き、屈み、滑り込み、飛び。ミレナは防ぎ、弾き、いなし、相殺して、レイキが放つ光柱を無傷で乗り越えていく。
冷静に攻略法を考えるのだ。レクイエムやプルガシオンの所為で、近づくことすらままならない。となれば、レクイエムやプルガシオンを撃てない状況にするしか、近づく方法はない。そうしなければ、レイキを斃すことは、クソッたれた運命と完全に決別することは出来ない。
「ハハハハ! 攻め倦め攻め倦め!! 万策尽きた時がお前の最後だ!! 壁男!!」
そんな安い挑発に乗って錯乱するほど、落ちぶれていなければ、喫緊な状況でもない。頭の思考回路は、極めて泰然自若としている。考えるのだ、思索するのだ、捻出するのだ。
レイキの攻撃と扇動に、シュウの精神は左右されない。剛毅の精神で、頭をフル回転させる。
——レイキを斃し、クソッたれた運命と決別する。
——そうする為には、そういった状況に陥れるには、
「ミレナ、こっから賭けに出る。思いっきり跳躍したら、フィンブルを撃ってくれ。傷を負ったら、治癒魔法も頼む……」
「急に何を……」
「頼む。ミレナが頼りだ」
発言の趣意が分からず訝しむミレナに、シュウは温顔で言った。ミレナは「ん……」と、少し悩みつつも、
「分かったわ。でも無理はなし!」
シュウらしいと言いたげに、決然と承諾した。シュウは「おう!」と返しながら、ミレナらしい返答だと心の中で思う。
仲間同士、多言は不用という事だ。
「なに? 僕を斃す為のプランでも思い付いたのかな? まぁ全部、徒労に終わるけどね……」
その掛け合いを遠目で見ていたレイキが、嘲罵するように嘲笑う。その発言に対しシュウは「まぁな!」と、やせ我慢で煽り返すように突貫した。
それも、レクイエムやプルガシオンという危険な魔法を目の当たりにしているにも関わらず、愚直にだ。
「は……? まさか諦めて突っ込むのがプランだとでも言うのか!?」
「だったらどうした!!」
なりふり構わず突貫するシュウに、レイキは忌まわし気にぼやく。
レイキの胸中はこうだ。
『ただ突っ込む? それが作戦……?』
「それを無策って言うんだよ!! プルガシオン!!」
再び、レイキは前方に向かってプルガシオンを放つ。対抗するシュウは進行方向を、正面から左方向に変更。攻撃を避け、矢継ぎ早に突貫する。
「プルガシオン!! プルガシオン!!」
とはいえ、突貫するのに要する時間と、魔法を放つのに要する時間の差は、余りにも果てしない。シュウの身体能力を以てしても、その差を埋めるには艱険である。
突貫しようとすれば、プルガシオンで牽制される。その繰り返しだ。
既にレイキの周りの大地は森から一変、荒涼とした平坦な風景に代わっていた。
何度繰り返しても、懐に入ることが出来ない。しかし、
「まさか、ここまで馬鹿すか撃ってくれるとは思わなかったぜ……」
シュウの狙いは、最初から懐に入ることではなかった。
——シュウの狙いは、魔法が撃てなくなるまで魔法を使わせることだった。
付かず離れずのヒット&アウェイで、相手のオドを消耗させるという策だったのだ。独り言ちた通り、ここまで陥穽に嵌ってくれるとは僥倖だ。
「お前、嘘を吐いたな……?」
怒りを抑えつけるように睨み付けてくるレイキ。抑えつけてるようだが、殺気がダダ洩れだ。シュウはその怒りを爆発させてやろうと、鼻で笑い、
「だからどうした……? 敵の言葉に耳を傾ける馬鹿発見だな!」
自身の頭に指を差して、互いに殺し合う仇敵であるのを殊更に言ってやった。
怒れ。その感情の振れ幅を利用してやる。
「黙れ奸物が!! この僕に嘘を、高貴で潔白で純粋な僕に! ゴミ虫にも劣る醜悪な嘘を吐いたな!! よくも! 万死に値する!!」
「知るかよ!」
痛憤をまき散らすかのように、レイキはオドを迸らせる。シュウは千載一遇のチャンスだと、斜め後方に跳躍した。直後、
「プルガシオン!!!」
レイキを中心、半径十数メートルが光に覆い尽くされる。シュウは「ミレナ!」と彼女の名を呼んで、事前に練っていた策を示唆した。ミレナは「任せて!」と一言返し、両掌にオドを集積させていく。
背中越しに感じる、この上なく流麗なオドの流れ。
来る。
「併合魔法フィンブル!!」
レイキが波に飲まれ「プルガシ——ッ!!」という詠唱が、途中で途切れる。完全に飲み込まれたとともに、周辺の大地が氷の世界に飲み込まれた。
この世界線では、レイキに向かって初めて射出するフィンブルだ。前回とは、状況が違う。本体を確実に巻き込んでのフィンブルだ。
「やれていない前提で動くぞ……」
状況は好転している。しかし、慢心はしない。先ずは、
「ミレナ、オドの方は?」
「大丈夫。フィンブルは撃てないけど、ブリザードならまだまだいけるわ」
それなら問題ない。シュウはタケの実を仕舞っている左ポケットを、左手で叩き、
「わかった。俺は使わねぇから、タケの実食っとけ」
ミレナはシュウの言う通り、彼の左ポケットからタケの実を取り出す。個数は三つ。それを彼女は三つ一気に口に流し、軽く咀嚼して流し込んだ。
「出し惜しみは駄目だが、ミレナが生命線だ。使いすぎるなよ。それと……」
「分かってる。呼ばれたとき以外を除いて、魔法を撃つタイミングは私が適宜決める……でしょ?」
シュウは立案した案を忘れていないか、ミレナに聞こうとする。が、彼女はそれよりも前に『覚えてるわよ』と、シュウの言葉尻を捉えて答えた。
ミレナの方が水魔法と魔法の造詣共に深い。それを付け焼刃の自分が全て指示したとて、釈迦に説法。寧ろ邪魔になる訳だ。
「よし、問題なしだ」
留意しているのなら、言う事は何もない。
ミレナが背に乗って戦う形を、最大限活かす方法——デメリットで足を引っ張り合わず、メリットを伸ばす方法はないか。ピヨミに騎乗していた時、煩悶の末に立案した案だ。
シュウのデメリットは攻撃の手数。ミレナのデメリットは防御面。これを打ち消し合うのが、ミレナが背に乗って戦う形である。
ミレナを守りながら戦う為、彼女を背中に乗せたのがきっかけだが、今ではデメリットを補助し合う須要な形となっている。
「シュウ、早速試していい?」
「趣旨は訊かないぜ。ミレナに全部任せる」
早速、立案した案の行使だ。
シュウはミレナの提案に、異を唱えることなく即諾。やり方も訊かない。受け答えする時間が無駄だ。彼女に全てを信任する。
「当然。やってやるわ」
果断さが溢れる返しだ。
やる気に満ちているのが、背中越しに感じられる。頼もしい限りだ。
「ルーメン」
来た。巨大な光柱が凍土を下から貫通させる。
やはりフィンブルでは斃し切れなかった。ただ、レイキは凍土の中から這い上がって来なければならない。状況は依然、有利だ。
這い上がってくるところを、上方から叩き潰す。
「まさか、フィンブルを使えるとはね……でも、僕が既知の魔法を対策してないとでも思ったのか? 現実と妄想は違うんだよ! あ……?」
自分が助かった理由をいけしゃあしゃあと並べ立てながら、レイキは開けた穴から這い上がって来る。ふと、その彼の目に数多くの氷の管が映った。それも、そこから水が流れ出ている。何故、凍土の中に水が流れる氷の管があるのか。
「私ってば器用」
ミレナが勝ち誇ったような声で言う。
「ガァッ!?」
疑問に思った時には、レイキの心臓は氷柱に貫かれていた。
霧の中から現れた悪魔が行った、凍土の中に管を作るという高等技術を、ミレナは完全に模倣したのだ。
凍土の中に、蟻の巣が如く張り巡らされた管。凍土の上に立つ者、中に居る者は、ミレナの掌中にいる。意のまま、逃れることは出来ない。
「そんな分かり切ったこと、わざわざ言う必要はないわ! 食らいなさい!」
口から血を垂れ流すレイキに、ミレナは管から氷柱を更に出して追い打ちを掛ける。
「ァガバァッ!? クソ、女……」
レイキの身体は針山に突き刺さったように、氷柱によって貫かれた。
「完全に貫いた。シュウ、このまま私が止めを」
「待てミレナ……何か」
レイキに止めを刺そうと、ミレナが背中から降りようとする。が、シュウはその彼女を抑止。異変を察知する。
正面で氷柱に貫かれているレイキとは、違う場所から音が、
「下から聴こえ——」
「フラッシュライエ」
「ッ! ぶねぇ!」
突如、下方から噴出してくる無数の光柱。シュウはそれを、間一髪のところで避けた。反射で前方——氷柱に貫かれたレイキを見やり驚愕する。
既に、そこにはレイキの形影はなかった。
「まさか、さっきのは思念体!?」
ミレナも同じ結論へと至ったようだ。となれば、下から光柱を撃ってきた存在が本体か。違う。シュウは目の端で、凍土の中を動くレイキ達を見た。数が多い。
「まずいな。この距離じゃ、本体かどうか見分けがつかねぇ!」
「大丈夫シュウ。私に任せて……穴はいっぱい開けといたから!」
煩労するシュウに、ミレナが背中から降りて、凍土の表面にある管に手を付ける。そこへ魔法で作った水を流し、虎視眈々とこちらを狙っているレイキ達に向かって、氷柱を放った。
「よし、これで!」
急転直下。ミレナの卓抜たる技量によって、レイキ達全てが氷柱に貫かれた。しかし、
「ッ!? クソ!」
再び、凍土の中から、シュウの心臓を狙って光柱が噴出する。左に回避するが、刹那の気の緩みによって、シュウは右腹部に光柱を被弾してしまった。
慢心はしないと決めておきながら、刹那とはいえ気を緩めてしまうとは。不覚だ。
「シュウ!? 待って、直ぐ治すから!」
「頼む!」
シュウは右腹部の傷を抑えつつ、ミレナが背中に乗るまで攻撃が来ないか厳戒する。
「悪い、助かるミレナ」
「いいの、気にしないで!」
シュウはミレナを背中に乗せ、その場を移動。凍土の中から噴出する光柱を躱し、彼女に治癒魔法を施してもらいつつ、レイキがどうやって攻撃してきたのか、熟慮を始める。
何もないはずの凍土の中から、光柱が噴出してきた。何故、何もないはずの場所から。
予め、発動するようにしていた布石——否、思念体を本体だと見せかけ、本体の自分自身は透明となり、気を窺っていたのだ。
凍土の環境を逆に利用されてしまった。
「透明になって、凍土の中から私たちを狙って来た訳ね」
ミレナもすぐに理解したようだ。シュウは「だな……」と返し、今度はどのようにして、不可視となったレイキを看破するか熟慮を始める。
光屈折を操作し、透明となったレイキを見つけられたのは、足跡や足元から舞う土煙などの材料があったからだ。だが、今は凍土の中にレイキはいる。視覚から得られる情報だけでは、不可視の存在を捉えることは出来ない。
「それなら、開けた穴全部に流し込んでやるだけ!」
逃げるか、その言葉を出すよりも前に、ミレナはもう一度シュウの背中から降りる。そして、表面にある管に触れ、
「これなら、凍土の中でこそこそ隠れることもできないわ」
凍土の中全体に、氷柱を出現させた。氷柱に滴る赤い血。不可視になったレイキの身体を、貫いたのだ。
今度こそはやった。だが、二度目の慢心はしない。
「ミレナ。まだ斃せたか分からねぇ。背中に乗れ」
「うん。よいっしょ」
ミレナにも警戒を促しつつ、シュウも周囲を警戒する。
過慮ではない。備えあれば憂いなし。勝利に酔うことなど、いつでもできる。
思念体が不可視になる可能性を、留意するのだ。敵が生きていることを、考慮して動くのだ。
生きていたら、どう来る。凍土の中にはいない。来るなら、地上から——凍土の上か、上空か。
——耳を澄ませろ。
「凍土の上で足音、後ろからだ!」
報告しながら、シュウは振り返る。目視は出来ない。不可視の状態で、こちらへ突っ込んできたのだ。
場所は右側、少し遠い。
「馬鹿が!」
不可視のレイキが、シュウに向かって光線を放ってくる。しかし、足音の発生源から、凡その場所は分かっている。避けるのは容易だ。
浅短、光線を放ったことで場所が赤裸々にわかってしまう。不可視にした意味がない。
「まって、前からもしたわ! それに、尋常じゃない数の足音!」
シュウが飛び込もうとする直前に、ミレナの報告が彼を止めた。シュウは反射的に耳を澄ませて、足音を聞く。
ミレナの言葉通り、尋常ではない数の足音だ。それも、左右に展開するように足音が動いている。
「思念体を透明にして、先行させたのか!? このままだと囲まれる!」
囲まれれば、光魔法の一斉射撃によって確実に殺される。
抜け出すしかない。
まだ囲い切れていない、後ろから抜け出し——いや、後方は早瀬な川が流れる崖がある。追いやられる危険性を顧慮しろ。抜けるのなら、活路があるのは前方だ。
足音の数が少ないのは、
「左斜め前! 薄い場所を叩いて突き抜けるぞ!!」
「分かった。防御は任せて!!」
シュウはミレナに報告して、走り出した。ミレナはシュウの肩から手を離し、いかなる時でも対応できるように、両手を左右に出す。
防御面は考えるな。突き抜けることだけに心血を注げ。
「ヅッ!!」「ハッ!!」
「させない! コンジェラシオン!」
前後左右から、光柱がシュウ達に向かって飛来してくる。それと同時、ミレナは周囲に、前方だけ開いた氷の壁を展開させた。
左右と後方からの光柱は、氷の壁が防ぐ。前方は、ミレナが展開した氷の壁をシュウが抉り掴み「フッ!!」と、投げ飛ばすことで消散。氷の壁はそのまま、勢い衰えることなく、思念体へと飛んでいく。
「ゴッ!?」「ズッ!?」
シュウは防御に使った氷の壁を、力技で投げ飛ばすことで武器へと転じさせる。不可視となった思念体たちは、突拍子のない出来事に反応が遅れ、氷の壁に押し潰された。
「そこかッ!」
「メッ!?」「ズッ!?」
シュウは氷の壁から逃げた思念体の足音と、氷の壁の衝撃音を聞き分け接近。殴り飛ばして、包囲網から脱出していく。
「ッ!!」
逃がすまいと、接近してくる足跡の発生源——思念体に向かって、ミレナは巨大な氷柱群を射出。
「カァクッ!?」「ガァリィッ!?」
巨大な氷柱が思念体達を穿孔し、不可視の身体から鮮血が流れ落ちる。ミレナは仕留めたのを目で確かめ、シュウは「ナイスサポートだ!」と、前を見たまま走り抜けた。
「ふふん! やるでしょ! でしょでしょ!」
「あぁ! 最高だ!!」
果たして、完全脱出を敢行した。さて、ここからレイキをどうやって追い詰めていくのかだが。
「ミレナ! このまま凍土から抜けるぞ!! 奴を無視して、エンタク様を追う!!」
「了解!」
シュウは瘧が落ちたかのように翻意。東へ、エンタクを再び追い始めた。
当初の目的を忘れるなかれ。レイキを殺すことは、運命との決別でもある。しかし、それは個人の感情、個人の目標に過ぎない。
敵の、レイキの目的は何だ。考えるまでもない。ここで、自分達を足止めすることだ。裏をかいてやれ。虚を突くのだ。
エンタクを追い、助け、彼女と共にこの戦いを終わらせる。それがベスト。クソッ垂れた運命との決別は、その時でいい。
「ッ!! ゲイル!!」
「「「ッ!?」」」
シュウは風魔法を凍土に撃つことで、土煙ならぬ氷の粒を舞い上がらせて、足止めを図る。そのまま、ミレナの細い腰を両脇で抑えて、
「飛ばすぞ!!」
凍土の上を早らかに走り出した。
——視点はレイキへ。
「クソ! なんつぅ足の速さだ! チッ、追うのは厳しいか……」
早らかに逃げだしたシュウを見て、レイキは追うのを淡然と諦める。
それから、思念体達にも追うのを止めるように指示を出し、ポケットの中から魔声石を取り出して、
「あ、あ、聴こえる先輩?」
「どうしたんですかレイキ君。何か緊急事態でも?」
暢気にも魔声石のリンク先——エンタクを攫った神人の少年と魔話を始めた。暢気がすぎる所為か、まるで追わなくても心配ない、事前に策でも用意しているかのように見えてしまう。
「壁男とエルフの女がそっちに向かったっぽい。僕はタケの実でオドを回復するから、追い付かれたら連絡してくれない? そっちに転移する」
案の定といったところ。やはり、追わなくても心配ない策を、事前に用意していた。謀に遺漏はないということだ。
「分かりました。それでは後程……」
レイキは「はい」と一言だけ返し、魔声石を元ある場所に仕舞う。それから思念体を消し、マナを多く含有しているタケの実を食べた。
そして、少年からの連絡を待つ。
——視点はレイキから、神人の少年へと変わる。
「いやはや、レイキ君が手を焼く相手とは……壁男という謎の青年。侮りがたしですね」
そう淡々と喋る少年の両手の上に、エンタクはいない。少年と同じように、彼女も龍の背中に乗っていた。
目を覚ましたのだ。しかし、どこか——、
「仕方ない。丁度いい機会です……エンタク、旧世界はもう、取るに足らない存在なのだと、彼らに分からせてあげてください」
少年が彼女の手を掴み、そう告げるとエンタクは下げていた顔を上げ、
「うん。いいよ……」
否定、抵抗、抗言など一切なく頷いた。
彼女の瞳から光が失われていた。
※ ※ ※
凍土から抜け、シュウとミレナは森を駆け抜けていた。前方不注意で転倒しない為に後ろは振り向かず、シュウは気配のみでレイキを振り切れたか確認する。
樹木を避けながらも、気配察知に意識を割き、
「よし、振り切れたな……」
振り切ったのを確認した。
「ミレナ! オドの方はまだ大丈夫だな!?」
「うん! それより聞いてシュウ!」
念のためオドの残りを確認してくるシュウに、ミレナは大声で返す。その彼女にシュウは「あ!? なんだ!?」と言いながら、傾斜の激しい、落ちれば大怪我しかねない谷間を飛び越える。
「レイキが全然追いかけて来なかったんだけど!?」
「そりゃどういうことだ!?」
趣意が不明なミレナの発言。移動と樹木避けに集中しているシュウは、彼女の言いたいことが分からず、趣意を訊く。
「どうもこうも、普通は追いかけようとするでしょ!? だけどアイツ、最初から追いかける気がなさそうだったの!! おかしいと思わない!?」
「それは、確かに……」
指摘され、シュウは納得する。確かに、最初から追いかける気がないというのは、溜飲が下がらない。何か狙いがある、と考えた方がいいだろう。とはいえ、
「つっても! 俺たちがやることは変わらん! エンタクを追いかけて奪還する! それ以外にねぇ!!」
今から引き返し、その考えとやらを潰すというのはできない。今は留意して、レイキの考え——例外に対し冷静に、臨機応変に対処するしかない。
「…………そうね! 言う通りだと思うわ!」
シュウの正論に数秒沈黙しながらも、ミレナは双頬を叩いて渋々受け入れる。
二人の考えに齟齬はなくなる。
再び森に入り、小さい村を横切り、河を飛び越え、森が捌けた場所——街に繋がる街道にでた。このまま行けば、フイリンにある都市リュウリンに入る。
「街道! 直線だ!」
見た限り、直線。真東ではないが、障害物の多い森を抜けるよりも、街道を全速力で突っ切った方が幾許か早いだろう。
「もうちょっと飛ばすぞ!!」
「分かッ! え!? ぅぇええええええ!!」
シュウは飛ばす事だけをミレナに伝え、返答される前に走り出した。ミレナは、その速度の速さに泣き叫ぶ。
それも当然、高速道路を走る車と、遜色ない速さで走っているからである。
新たな世界線でミレナと会い、作戦を立案した後、彼女と別れ、魔女の切手を手に入れるために奔走した。あの時と同じ、全力疾走で駆け抜ける。
ミレナと情報整理をする為に、ゆっくり走った(一般道を走る車と同じ速さ)とはレベルが違う。
街道の石畳が抉れることを気にせず、シュウは瞬息にして都市の中に入った。瞬息にして中心地、市場を抜け、そして見つけた。
「見えた! 龍だ!!」
龍とその背中に乗る神人の少年を。シュウは龍ごと少年を轟沈——狙いを定めるために、速度を落とす。が、
「あ!? 一体!?」
「止まった!? なんで!?」
龍の動きが止まった。ミレナとシュウは、在り得ざる光景に驚倒した。
何故ここで、止まるのか。
「分かんねぇ!!」
シュウとミレナに考える余裕はない。そして、二人は更に驚倒する事となった。
「こっちに来てるわ!! まずい!!」
龍が踵を返し、突風を放ちながらシュウ達の方へと下降してきたのだ。
意味不明に重なる意味不明。
「クソ! 何だっていうんだ!!」
嘆かざるを得なかった。
「やぁ、玉響の別れだったね」
二度あることは三度あるとは、誰が言ったのだろうか。その光景は、シュウとミレナの三度目の驚倒となった。
凍土で振り切ったはずのレイキが、目の前に現れたのだ。
「転移か」
「正解……驚いた? 驚いたよねぇ? 正解した褒美に殺してあげるよ。壁男」
ぼやくシュウを、レイキはまるで勝ち誇ったかのように蔑視する。だが、こちらには、
「エンタク様! 目覚めたんですね!」
目を覚ましたエンタクがいる。リメアが言っていた『神将のローレンを超える』という言葉が真実なら、この意味不明な状況を切り開いてくれるはずだ。
「あの馬鹿神将より強いって噂をリメアさんから聞きました! 街中ですけど共闘しましょう!」
シュウは厚顔なレイキのおごり高ぶりを、胸中で唾棄しつつ、言葉を続ける。
強くなると心で決意しておいて、エンタクに頼るなど無恥も甚だしいが。今は彼女に頼るしかない。
その中、ミレナはエンタクを見て「エンタク。何か変だわ……」と、胡乱気に言葉をこぼした。
「俺とミレナがレイキを! エンタク様はその龍とそのガキをッ——!」
「何を言っても無駄ですよ。エルフの方は、もう気付いていらっしゃるようで……」
「どういうことだ!?」
言葉を遮り、不得要領な言葉を吐いてくる神人の少年に、シュウは理解できずに内憤を吐き出す。
ミレナだけが気付いている。何を、何処に、気付いていると——シュウは、焦心しながら洞見した。
——その答えは、
「分からないんですか……? もうエンタクは、貴方達旧世界の味方ではない。我々、新世界の傘下に加わったということですよ。私のこの、インキュバスとサキュバスの魔力核で作った、蠱惑之鏡によってね……」
そう言って、卑しく笑う神人の少年の首には、丸い手鏡が握られている。インキュバスとサキュバスの魔力核で作った、蠱惑之鏡。分かり易すぎる素材と名前。
——洗脳だった。
何故、エンタクを殺さずに連れ去ったのか。何故、今まで追手から逃げていたにも関わらず、その追手に向かって来たのか。何故、レイキと神人の少年が勝ち誇っているのか。何故、エンタクは目を覚ましても何もしないのか。
不可解だった点が、今の言葉で符合する。
「ほんと凄いよ先輩。恋した女を手に入れるために、洗脳の傑出能力を開発して、さらに遂行してみせるなんて……僕にはとても真似できないよ」
「愚公移山ですよ、レイキ君。傾注できない君には、言っても分からない事でしょうが……」
嫌味っぽいレイキの言葉に、神人の少年も嫌味っぽく返す。やり返されたレイキは「チッ」と、舌打ちをした。
さんざっぱら憎たらしい会話をする少年とレイキ。
殺すなど生ぬるく思えてしまう洗脳。神将のローレンを超えるというのなら、もう逃げるしかない。
「うそ、だろ……ミレナ、逃げるぞ」
シュウは逃げるなら今しかないと、背中で「エンタク……」と囁くミレナに提案した。
「待って! シュウ! エンタクが何か!」
だが、彼女は何かを言いたげにシュウの提案を拒否する。シュウは、何故エンタクの異変に気付いていながら、彼女が提案を拒否したのか理解できず、
「そんなこと言ってる場合か! ここは逃げるしかねぇ!! 死ぬぞ!!」
ミレナの話を聞かずに、元来た道を全力で引き返した。「シュウ!」と、ミレナが叫ぶがシュウの耳には届かない。
敗北者。逃げる敗兵に、レイキは「はっや」と呟き、神人の少年は、
「ハハハハハハハ!!! 我ら新世界の武威に敗走、出奔するのです!! さぁエンタク! 残兵と敗兵を悉く殺しなさい!!」
と、両手を広げ、恐れ戦けと啖呵を切った。
エンタクは何もない場所から、倏然と槍を出現させると、少年の指示に従うように一歩前に出た。出たのだが、
「エンタク……? 何をしているのですか?」
すぐさま止まったエンタクに、少年は胡乱気な顔で催促する。
シュウの全力疾走は目を見張るほどに早いが、浮遊し空を飛べるエンタクはその速度を以てしても追いついてしまう。とはいっても、それが慢心していい理由にはならない。
「いいよ。言葉通り残兵と敗兵、一人残らず殺してやるよ」
一コマ遅れて、エンタクがやっとこさ前に出る。少年は『性能が悪いのか』と、胸裏で苛立った。その時、
「ならば早く行きなさい。あの弱卒をッ!?」
横薙ぎ一線。
「ただし、貴様等が、その残兵と敗兵だがな……」
——血飛沫が舞う。
復活! エンタク復活!! エンタク復活!!!




