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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
62/113

第29話 ハッタリか、裏切りか

「は……?」


「大人しくしてなさい……楽に殺してあげるから」


「「ウキキキ!!」」


 オカマの魔獣の後方から飛んできた配下の魔獣達が、風を切りながらハオに向かう。その数五体。ハオは背中に掛けたトンファーを手に持ち、


「———ッ!!!」


 そこから風を生み出して、配下の魔獣を次々と葬っていく。ハオの傑出能力は、生み出した風魔法を維持させ、トンファーまたは身体に纏って自由自在に操る妙技である。

 ただ、ハオはまだ十四歳。育ち盛りで修行の真直中まっただなか。まだ完全に風魔法を操れるわけではない。故に、風魔法を身体に纏えば、風の刃によって皮膚を切り裂かれてしまうのだ。


 ハオの両手が傷ついている理由がこれだ。


「あら……なかなかやるわね、坊や。いいかも。今の、傑出能力でしょ? 誰に教わったの?」


 配下の魔獣が葬られたのを見て、オカマの魔獣は大地に向かって急降下。興味を示しながら、ハオに向かって指摘をする。


『なんで傑出能力のことを!?』


 と、ハオは周章しゅうしょうして一歩後退する。


——傑出能力を知ってるってことは、昔のエンザン警備隊隊長ってのは、はったりじゃない!?

 

 顔色を変えて睨むハオを見て、オカマの魔獣はしてやったりと笑った。


——気持ちが悪い。言葉巧みに、こっちの腹の中を探ってきやがる……


 いや、まだ昔のエンザン警備隊隊長と決めつけるのは早計だ。絶対に違うはずだ。

 ハオはオカマの魔獣に意趣返いしゅがえしするように、心の中でそう断定した。


「ハオ! 俺も戦うぜ!!」


「馬鹿野郎! 無理すんじゃねぇ! グーダは魔獣を守ってろ!!」


 重い体を起こして、助太刀しようとするグーダに、ハオは振り向いて大声で制止させる。その、ハオの振り向くという致命的な寸隙すんげきを、オカマの魔獣は有効活用し、


「ハイ余所見!」


「グッ!?」


 両腕を抑えて背中に回った。

 しまった。何と言うお粗末。ハオはすぐさま、拘束から抜け出そうとした。しかし、


——こいつ、力がつえぇ!!


 筋肉操作を用いても、オカマの魔獣の拘束からは逃れられない。


「才能はあるけど、強さもおつむもまだ子供ね……」


「ハオ!!」


 ハオの窮地にグーダが猪突猛進。それを、オカマの魔獣は心底面倒くさそうに、


「空気の読めないお馬鹿さんは黙ってなさい!!」


「ウブッ!!?!?!?!?」


 グーダを蹴り飛ばした。顎に蹴りを食らったグーダは数回転しながら、樹木に激突。白目をむいて気を失った。


「グーダ!? てめぇ!!」


 ハオはどうにかして抜け出そうと、身体を遮二無二しゃにむにに動かす。が、締め付ける力がさらに強まり、徒労に終わってしまう。

 馬鹿力に俊敏な身のこなし。他の人型の魔獣とは、レベルの桁が違う。しかし、どうにかして抜け出さなくては。このままだと、やられてしまう。


「ねぇ坊や。アタシ、子供を無駄に殺すのは趣味じゃないの……」


 チャンス。ハオは焦慮しながらも、頭をフル回転。


「何が言いたい? 言っとくが、俺は仲間を売る気はねぇぞ……」


 ハオは相手が油断するよう、話の主導権を握らせる。なるべく、相手がこちらの企みに気付かないように、話をスムーズに動かすのだ。

 子供だと慢心しているのなら、必ず隙が生まれるはずだ。


 ——虚を突いて、斃してやる。


「あら、察しが良くて助かるわ……子供の割には冴えるのね、坊や」


「ざっけんな!」


 そうだ、これでいい。こちらが仲間思いであり、子供という弱者であるのを、演じ続けるのだ。

 恐らく、次あたりにオカマの魔獣が殺さず、こちらを拘束した本命を明かして来るはずだ。


「ふふふふ……まぁ聞きなさい。私からの提案は二つ。一つ目は、坊やの命を保証してあげるから、アタシ達をコウエンタクに連れてきなさい」


——来た! 交渉の持ちかけ! 相手が隙を見せるチャンスだ!!


 だが早まるな。オカマの魔獣は、子供を無駄に殺すのは好きではないと言った。もう一つ、グーダの命を保証する為、もう一度交渉を持ちかけてくるはずだ。

 それに、まだオカマの魔獣の警戒は解けていない。食いつくのは、次の交渉を持ちかけて来た時。


 ハオはじたばたと身体を動かし、


「離しやがれ! 誰が何言おうと、俺は仲間を売る気はねぇ!!」


 いかにも意固地な子供を演じてみせる。


「あらまぁ!! 威勢がよい子は好きよ! じゃあ二つ目の提案……そこの坊やの命を保証してあげるから、邪魔な四獣とエンタクの従者を殺すのを手伝う……」


「…………」


 ハオはあたかも驚いたかのように、じたばたさせていた身体を止めた。

 

 それを見たオカマの魔獣の感懐かんかいは、


『やっぱり子供って単純ね。仲間を裏切らないだのなんだの言っても、自分の命が惜しいんだわ。それに、友達の命も救える。これで罪悪感がなくなり、首肯しやすくなる。さぁ、はい、と答えるのよ……』


 完全に、ハオの策略にはまっていた。


「どう、悪くない提案でしょ? 坊やだけでなく、お友達の命も救われるんだもの……仲間思いで察しのいい坊やなら、理解できるでしょ?」


 窃笑するオカマの魔獣。ハオは、


「ぁ……そうだな……悪くない」


 俯いて、表情を見せないように答えた。不承不承ふしょうぶしょう、交渉を受けたように。子供がわが身可愛さに、裏切りを受け入れたかのように。


「でしょ! 順良な子は好きよ……」


 オカマの魔獣は『単純ね』と、胸懐でハオを嘲罵ちょうばしながら、拘束を解いた。ハオの足が地面に着く。


「これで、神だのなんだの崇められているあの女と、盲従する奴らを殺せるわ……さ、行きましょう坊や。悪弊あくへい蔓延まんえんさせている、クズどもを殺しに……ん?」


 ハオは、やっとこさ警戒を解いたオカマの魔獣に身体を向ける。まるで『本当に命を保証してくれるのか』と問うかのように、彼の胴体に触れ、


「あぁ、悪くはない……机上の空論っていう部分に目を瞑ればな……」


 その微笑する表情を見せてやった。同時にハオの両手から、疾風が迸る。


「あ……?」


 オカマの魔獣がハオの殺気に気付き飛び退こうとしたが、それよりも早く、疾風が胴体へと抉り込んだ。

 疾風はハオの指示に従い、オカマの魔獣の胴体から首へと遡上そじょうしていき、


「グェウッ!!」


 オカマの魔獣は首元を抑えた。だが、その行動も虚しく。首が破裂した。


「アンタに命を保証される必要なんて、ないってことだよ……子供だからって、油断しちゃ駄目だぜ」


 放り出された頭を見て、ハオはニッコリ顔で決め台詞を言った。

 強かった。だが、その強さ故の慢心、油断。有無を言わせない機械であったのなら、負けていただろう。


「あとは、他の奴の始末だな……」


 独り言ちりながら、ハオは空を見る。無数の配下の魔獣達が、得物を見るかのような眼でこちらを見下ろしている。

 強敵を屠ったとはいえ、まだ有象無象が残っている。気絶したグーダと魔獣を守りつつ、残った有象無象を始末しなければならない。


「ちょっと、きついか……ッ!?」


 正面から気配。ハオはトンファーを構え、疾風を纏わせて臨戦態勢になる。

 しかし、どうして気配は頓に感じられたのだろうか。気配の発生源はオカマの魔獣のむくろからだった。


 何かおかしい。


「骸が、ねぇ……」


「んふ!」


 右後ろから殺気と気配。ハオは後顧こうこし、腕をクロスさせて防御した。直後、オカマの魔獣の右拳がハオの腕に接触。


「ッ————!?」


——首を飛ばした筈だ! なんで元に戻ってやがる!?


 身体が十数メートル程飛ぶ威力。とはいっても、程の威力というだけで、実際に十数メートル身体が吹き飛んだわけではない。

 ハオが吹き飛ばされる前に居た場所は、気絶したグーダと魔獣が居る。突き放されては、彼らが殺されてしまう。


「させるか!」


 ハオは疾風を身に纏い、それを後方に射出して飛ぶ力を相殺。足から風を放ち、勢いを乗せてオカマの魔獣に踵落とし。触れた箇所に、疾風を食い込ませる。


 ——もう一度だ! ぜやがれ!!


 だが、


「んん! あら出来た……」


「クッ!? バケモンかよ、だが」


 オカマの魔獣は疾風が首まで遡上しないように、筋肉操作でそれを外へ弾き出した。対するハオはその離れ業にぼやきながらも、寸隙の間にグーダと魔獣の元へ帰着。前に立つ。


「帰ったぜ……」


 ハオは身体を正面から斜めに。隙の少ない構えだ。


「子供だから、捷径には持って来いだと思ったけど、見た目ほど未熟じゃないのね、坊や。油断したわ……」


 厳戒しながら、距離を徐々に詰めてくるオカマの魔獣。

 疾風が筋肉操作で弾き出されると知った今、このままグーダ達を背に戦うか、否か。二者択一。選ぶは、


「ゲイルライエ!」


「効かないわよ! って……」


——グーダ達を背負って安全な場所まで避難する。


「逃げ足が早いこと……」


 オカマの魔獣が風の刃を避ける瞬刻の時間を使い、ハオはグーダ達を背負って逃げ出した。


 勿怪もっけの幸い、敵はコウエンタクの場所を知らない。となれば、探索するのには時間が掛かるはずだ。

 グーダ達を安全な場所に隠し、戻って再び相見える。今の自分ができる、最善の策だ。


 疾風を駆使して、ハオは森然しんぜんたる樹々を縫いながら離脱していく。ただ、


「でも、そんなに抱えて逃げられるかしら!?」


 自分よりも重い物を四つも背負っている所為か、速度はやや遅い。これでは、追い付かれてしまう。


「アンタ達、半分に別れるのよ!! 半分はあの子を!! もう半分はコウエンタクを探しなさい!! 南の方角のどこかにある筈だわ!!」


 オカマの魔獣の指示に従い、配下の魔獣達は半々に分裂する。件のオカマの魔獣は、ハオを追う。


「是が非でも、俺たちを殺す気か!?」


 恐らく、群集の長であろうオカマの魔獣が、本命のコウエンタクを探しに行かず、こちらを狙ってくるとは。相当、お冠という事か。それとも、明確に狙う理由があるのか。


「多分前者も混じった後者だな……」


 子供を無駄に殺すのは趣味ではない、と言っていたが、逆に必要があれば殺すという事だ。脅威と見做された今、殺す必要があると判断したのだ。


「ウッキッキィィィィ!!」


「そんな速度で、逃げ切れると思ってんの!?」


「来たか……なら」


 思惟しゆいしていると、眼下には急追するオカマの魔獣とその配下たちが見える。


「……疾風・虎狼ころう


 疾風を凝縮——虎と狼の形に変形させ、敵に向かわせた。虎と狼はその体から疾風を放ち、


「ブベェツ!?」「ケイブェツゥ!?!?」


 眼前に見える配下の魔獣達を次々と斃していく。その間、身体が地面に落ちるまでの数秒。地面に降りた虎と狼は、オカマの魔獣を左右に別れて挟み込み、ハオの「いけ」という合図で迫った。


 虎と狼の身体は、その形を崩しながら疾風へと変貌し、オカマの魔獣に突貫した。


「でもアタシの敵じゃありませぇぇん!!」


 対し、オカマの魔獣は自身の周囲に火球を展開。そして、前後左右と上空に展開させた火球から極小の火球を放ち、疾風を防ぎ切った。

 しかし、ハオの狙いはオカマの魔獣を斃す事ではない。狙いは、


「なッ!」


 最初から逃亡の一手である。


 ハオが足から放った疾風——それが樹木に食い込み、幹まで下って破裂。それを、オカマの魔獣と配下の魔獣の前方にある樹々に行い、大木を障害物のように落下させた。

 オカマの魔獣達は煩雑だと言いたげに、落下してくる大木たちを後方に退いて避ける。舞う土煙。それが晴れる頃には、彼らの目からは、


「やられたわ……すばしっこいわね」


 ハオ達の姿は完全に消え去っていた。


「ばぁぁか。そいつらは囮だよ」


 視界からいなくなった魔獣達に、ハオは舌を出して罵倒した。

 一人と二匹を背負い、そのまま疾風で森を駆け抜けていくと、視界がけた湖沼しょうこに出る。


 ハオは『ここは! 確か!』と胸懐で閃きの声を上げた。逃げることに必死であった為、逃げ場など念頭に置いていなかった。

 しかし、どうだ。今行きついた湖沼には、洞穴ほらあながあるのだ。それも、草木で隠れた洞穴だ。十歳の時、エンタクの修行で『水に落ちないように疾風で飛び、湖沼を渡ってみせろ』と言われ、ここを修行の場所にしていたのだ。


「僥倖。便宜だぜ……」


 グーダ達を安置に隠すという目的に、とても便宜な場所である。

 ハオは水に落ちず、疾風で湖沼を横断。草木で隠れている洞穴に足を踏み入れた。


「取り敢えず、こいつらはここに……ん?」


 とみに、ハオは洞穴の奥から大きな気配を感じ取った。洞穴にむはぐれの魔獣だろう。ハオは視界が悪い中、気配だけを頼りに厳戒する。魔獣が、岩の影から、


——光?


「いや……白ワニ!? 白ワニか!!」


「き、君はハオ君ですか!? どうしてこんなところに!」


 そこに姿を現したのは、ランタンを携えた白いワニの魔獣だった。

 人類が扱う道具や機械、そして人語を覚え話すことが出来る、稀有けうも稀有な魔獣である。


 ハオと白ワニともに、邂逅に吃驚きっきょうする。

 ハオからすれば、何故白ワニが操られていないのか。白ワニからすれば、何故ここにハオが来たのか。互いに当然の反応である。


「賊から、気絶したこいつらを隠す為に、ここへ来たんだ……」


「賊!? それは真ですか!?」


「え? エンタク様から聞いてないのか……? 併発へいはつによる急襲って」


 互いが互いの発言に、もう一度吃驚する。

 ハオからすれば、何故白ワニはエンタクの声を聞いていないのか。白ワニからすれば、賊が攻めて来たとは剣呑けんのんな。

 どうにも噛み合わなく、どうにも含意がんいがありそうな悪感。賊が魔獣達を操ることが出来た根拠。掴めそうで掴めない焦慮。


「あの実は、今日は体調がすこぶる悪くて、ここで休憩を取っていたのです。朝食は水だけで、昼食も少ししか……多分、エンタク様が声を伝播させた時間と、私の就寝の時間が重なったのでしょう……」


「そうだったのか……」


 ハオは言葉を吐きながら、グーダ達をその場に降ろした。

 ともかく、白ワニが操られていないこの状況は不幸中の幸いだ。これでグーダ達の安泰は確保された。後は、自分が残るかどうかだが。


「それより、エンタク様は……? 併発による急襲ならば、貴女も出張っているのでは……それとも、貴女が賊にお手を煩わせていると?」

 

 思惟していると、白ワニがハオを現実に戻す。

 自分もエンタクのように、アンコウエンの状況を把握できればいいのだが、


「それは俺もわかんねぇ」


 それは無理な話。とはいえ、考えることは出来る。

 エンタクが賊の長を抑えたのなら、恐らく自分や他の警備隊にその勝報を知らせる為、魔獣達に声を送るはずだ。だのに、そうなっていないということは、


「……でも、白ワニが何も聞いてないってことは、そういうことだろ……」


「——では、賊はそれほど手強いということなのですね……」


 エンタクが賊にてこずる姿は想像できない。だが、現状を説明するには、そうとしか言いようがないのだ。もしかすれと、ローガがホウキュではなく、ピヨミ達に乗って移動していた原因は、エンタクに何かあったからなのかもしれない。


「ハオ君はここに残るのですか?」


 白ワニの疑問に一瞬、残るか残るまいか迷ったが、応えは「いや、俺は出るつもりだ」と、すぐに出てきた。


「……連中、悪弊だのなんだの言って、コウエンタクを狙ってやがった……俺がこのままここに隠れてたら、奴らは俺からコウエンタクに舵を切るはずだ。それだけはさせない……」


 このまま隠れることになれば、確実にそうなるだろう。それは、ホウキュの代わりにコウエンタク北を任された者として、無責任が過ぎる。それに、プライドも許さない。何より、エンタクとその仲間、そしてローコにまで危険が被ることになる。


 コウエンタク北の防衛の任は貫徹する。


「待って下さい! ハオ君だけで行くのですか!? それは、余りにも」


「大丈夫! 俺、結構強いから……じゃあな白ワニ! グーダ達を任せたぜ!!」


「ハオ君!!」


 白ワニの引き止める声を無視して、ハオは洞穴を抜ける。疾風を纏繞てんじょうさせ、態勢を低くして跳躍。元の道に引き返す。


 見えて来た。


「引き返して……あぁ、そういうことね……」


 オカマの魔獣とその配下たちも、ハオを視認する。


 一対多。多勢に無勢だが、逃げる理由にはならない。ここで全力を出して奴らを斃し、コウエンタクに向かってローコを守る。


「真っ向勝負で、全部ぶっ斃してやる」


 見ててくれ、親父、じっちゃん、エンタク様。今まで習ってきたこと、ここで俺なりに全てぶつけてやる。


「真っ向勝負ってことね……半分は坊やとの闘いに! 半分は坊やが隠した魔獣ともう一人の坊やを捜しなさい!!」


「クソ! 考えたか!」


 急所を突いてやったと、オカマの魔獣は莞然かんぜんと笑う。

 ハオは散開していく配下の魔獣を屠ろうと、疾風を伸ばす。だが、そこにオカマの魔獣が「させないわよ!!」と、火球を使って疾風を弾き飛ばし、邪魔に入った。


 もし見つかることがあれば、グーダ達の生存は望めない。引き返す。無理だ。引き返したところで、洞穴の場所が露呈ろていするだけである。


「チッ!!」


「ハハハ! 怒ってる怒ってる! 殺気がだだれよッ!!」


 ハオは憤慨ふんがいしながら、疾風で速度を上げた右蹴りを繰り出す。対し、オカマの魔獣は筋肉操作で強化した左腕を防御に使い、弾き返した。

 強化された左腕に、疾風は侵入することができない。


「ヒィヤオ!!」


「ッ——!!」


 弾き返され、態勢を整えようとしているハオの顔面に、オカマの魔獣が拳を振るう。対し、ハオは身体をのけ反りつつ、疾風を使って後退。流れで、移動に使った疾風を、オカマの魔獣の胸部に食い込ませる。


——もう一度、心臓、弾き飛びやがれ!!


「フッ!!」


 しかし、またもや疾風は筋肉操作によって弾き出されてしまった。後退する前にではなく、後退した後に攻撃を加える。盲点であったはずなのだが、それでも届き得ない。


熟熟つくづく器用ね! でも、対応出来ちゃいました! もうその傑出能力は、怖くないわ!!」


 真っ向からだけでなく、不意打ちでさえも対応されてしまう。格上相手には、この技は効かない。


「このままアタシにてこずってると、んふ。お友達の命は、ない、かもね……」


 そう言って卑しく笑い、嘲弄ちょうろうしてくるオカマの魔獣に、ハオは「てめぇ……」と言って、額に青筋を浮かべる。

 

 筋肉操作で両足を強化。地面に足を食い込ませる。

 相対するオカマの魔獣は、周囲に中程度の火球を展開させた。


——殺す。


 激情に身を任せ、飛び込もうとした時だった。


「そうはさせません」


 その温柔おんじゅうな声に、頭に上った血が元に戻った。

 仮に、ハオが先程の場面で突っ込んでいた場合、敗北していただろう。


「うそ! 援軍!?」


——助勢しにきたその人物は、


「ハッ!!」


 薙刀がオカマの魔獣の眼前に落ちてくる。


——エンザン警備隊副隊長のケインだ。


 望外の喜び。援軍が助勢しにきたのだ。


 上から槍が落ちてきた。なら上から来ると、上空を仰ぎ見るオカマの魔獣。その僅僅きんきんたる隙を狙って、ケインは背後の樹木から身を出す。そして、オカマの魔獣の首に薙刀を振った。


「ッ!?」


「あはぁ!!」


 並々ならぬ反射神経。オカマの魔獣は右手を使って、薙刀を上へ弾く。

 上がる右腕。ケインは態勢を崩しながらも、次の攻撃に備えて左腕を前に出す。ただ、オカマの魔獣の左拳はその左腕を掻い潜り、みぞおちに食い込んだ。

 そのままケインは殴り飛ばされる。


「ガァッ!?!? だが……」


「うそ!?」


 嘔吐えずくケイン。しかし、彼は殴打の痛みを堪え、薙刀をオカマの魔獣の心臓に目掛けて撃った。

 右手に持った薙刀ではない。頓に、空中で生成した薙刀を飛ばしたのだ。ケインの傑出能力である。


 オカマの魔獣は心臓に目掛けて飛んできた途轍とてつもない速さの薙刀を、真剣白刃取りの要領で受け止めた。しかし、勢いを殺すことが出来ず、オカマの魔獣の身体が浮かぶ。


「今だ」


 ケインは好機という表情で、開いた左掌ひだりてのひらを閉じた。すると、


「ぬッ!?」


 薙刀が爆発した。当然、オカマの魔獣が爆発を予期するなど出来るはずもなく。黒い煙に包まれながら、吹き飛んでいった。

 合図をとることで、薙刀を爆発させることができる、ケインのもう一つの傑出能力だ。


「今のでやれたか……私はここに残り、奴と闘います! 皆さんは、ハオ君のお友達を襲いに向かった、賊の方をお願いします!!」


 遅れて現場に着いた警備隊の精鋭達に、ケインは指示を出す。指示を受けた警備隊の面々は「承知!」と、配下の魔獣達を追って行った。


 激情が冷め、我に返ったハオはケインの横に立ち、


「ケインさん! 奴は死んでも生き返って来る。気を抜くなよ。それと、賊の半分がコウエンタクの方へ……すまねぇ、俺が迎撃しねぇといかねぇのに」


 敵の荒唐無稽こうとうむけいな性質と、賊の侵入を許してしまったことを忸怩じくじしながら伝えた。


「過ぎてしまったことは仕方がありません。それに、コウエンタクにはコウエンタクを護る者がいます。今日も、コウエンタクに居たんですよね?」 


 こくりと頷くハオ。


「では彼らが、打ち漏らしを想定して動いていることも、知っていますね……?」


 もう一度、ハオはこくりと頷いた。

 忸怩して落ち込んでいるハオの肩に、ケインは手を乗せて、


「なら、君が落ち込む必要はないですよ、ハオ君……」


 はげました。

 才能があるとはいえ、ハオはまだ十四歳の子供。ケインは警備隊の先輩としてだけでなく、人生の先輩として道しるべになろうと、彼を諭したわけだ。


「分かった。グーダのことといい、ありがと、ケインさん。マジ助かったよ……」


 ハオは心から嬉しそうに、深甚しんじんとした謝意をケインに向けた。


「いえ、それが我々の仕事ですから……それよりハオ君、先程の奴が、群集の長ですか?」


「あぁ、多分ね。他の奴ら、あいつの指示に従ってた……それより、ケインさん! あいつ、昔のエンザンの警備隊隊長なんてぬかしやがったんだ!」


「それは!? 詐称さしょうではないのですか」


 ハオの信じ難い発言に、ケインはイメージとは似つかない大声を上げて怪顛けでんした。それも当然のこと。

 エンザン警備隊の隊長であることへの驚きは言うまでもなく、重ねて昔という意味不明な言葉。荒唐無稽の存在が、更に錯雑さくざつとなる。


「耳を疑うだろ? でもあいつ、傑出能力のことも、エンタク様が女なのも知ってやがった……それに、あいつがエンタク様と俺たち従者のことを、悪弊を蔓延させているクズどもって……如何にも知ってるような口ぶりだった」


「……ハオ君、奴は、いつの隊長か言っていましたか?」


「いや、詳細までは……」


 ハオは不甲斐ないと首を左右に振る。そこが分かれば、ある程度真偽をはっきりできると思うのだが。

 ケインは思索するように「そうですか……」と、顎に手を当てる。それから、思索の着地点を見つけたのか、手を降ろし、


「仮に、奴の言ったことが真実だとすると、かなりの強敵となるでしょう……恐らく、私よりも強い」


「ケインさんよりも強いって……なんで、そう思うの……?」


 どうしてそう言い切れるのだろうか。ハオはその理由が何なのか問う。


「私が知る限りでは、近年で反逆を起こすような者に心当たりがないからです。故に、数百年以上も昔の隊長と考えられます。ハオ君は、昔、アンコウエンが一領地ではなく、一国だったことを知っていますか?」


「まぁ……少しは」


 アンコウエンの過去は、フクやセイ、コウエンタクで働くエンタクの従者達などから概略がいりゃくは聞いたりする。例えば、昔は民主制だったとかだ。


「更に大きな連邦国として興隆こうりゅうした現在のアルヒストでも、豪族や匪賊ひぞくなどの侵略問題は絶えません……アンコウエンもそうです。ですが、昔のアンコウエンは、一国。豪族や匪賊だけでなく、他国からの侵略もある……その時代のエンザン警備隊の隊長となれば、強者であるのは必至でしょう」


 ケインの否定しようがない正論。現在の安泰な時代の隊長ではなく、疾風怒濤しっぷうどとうな時代の隊長。もしかすれば、現代最強のハクロウより強いのだろうか。


「もしかして、俺の親父より……?」


 ハオは無意識に言葉にしていた。


 自分が信頼している父親が、あの奸悪かんあくな賊に負けてほしくない、負けるわけがないというプライドがハオを焦らせる。

 ハオの愁然しゅうぜんたる顔に、ケインは決然とした顔になり、


比肩ひけんするのは確かかと……私の不意打ちに対応する勘の鋭さ。そして、練り上げられた闘気から、そうだと」


 反論せずに真実を述べた。彼の純然とした双眸。それを見たハオは、口惜しげに「マジかよ……」と、呟いた。

 例えそうだったとしても、あの奸悪な賊がハクロウに比肩するとは認めたくない。強いとは思いたくない。何かの間違いだ。


 そう思い込む。


「…………ハオ君。警戒を、戻ってきたようです」


 悔しそうに顔をしかめるハオに、気配を察知したケインが闘いに集中するのを催促する。

 悔やむのは後でもできる。いつまでも、感情に揺さぶられる子供ではない。ハオはトンファーを強く握り、決然と構えた。ハオが前を、ケインが後ろを厳戒する。


「さっきの、貴方の傑出能力よね。型に炎を注ぎ込んで武器を作った……それも宙で」


 前方、葉が揺れた。樹木の上に居る。


「そこか!」


 ハオは疾風を樹木に侵入させ、樹冠まで遡上。オカマの魔獣が居るであろう枝まで移動させ、放つ。

 オカマの魔獣は両腕に筋肉操作を用いて、ハオの疾風を防ぐ体制に。接触する寸前、ハオが右手の人差し指と中指をVの字に別けると、一本だった疾風が二本に。そして左右に別れる。

 要するに、二か所から疾風を体内に穿孔させようとした訳だ。だが、オカマの魔獣は、


「いやん! 喋ってる途中に攻撃してくるなんて! 容赦ないわぁ! でも効きません!」


 瞬時に筋肉操作で全身を強靭きょうじんにさせ、疾風の侵入をこばんだ。更に、


「ッ!!」


 筋肉操作で身体を強靭にさせたまま、跳躍した。


「早い! 環境を利用するとは」


 颯然さつぜんと樹木から樹木へ、枝から枝へ。前後左右と上方。縦横無尽、環境を駆使しながらハオ達に攻撃を仕掛けていく。


「チッ! 数が多い!」


「これでは、攻撃に転ずることが……」


 ハオは体に纏った疾風を動かして、ケインは宙に浮かせた薙刀を高速回転させ、火球の猛攻を防ぐ。


 火球の一撃の強度は然程ではない。しかし、脱兎の速さから繰り出される火球の群を避けるのは、物理的に無理だ。よって、逃げだすこともままならない。

 被弾を覚悟で動くのは論外。被弾した直後、数の暴力でハチの巣にされるだろう。


 防御にてっせざるを得ない。


 どうやって、切り抜けるか。相手のオドが尽きるまで耐えるか。どうする。


「緑髪の貴方の傑出能力は、火魔法から薙刀を鋳造ちゅうぞうするってところかしら? そして、それを動かし、爆発させる」


「…………」


「坊やの傑出能力は、風魔法を維持させ、それを変幻自在に操るってとこ?」


 颯然と残像を生みながら、オカマの魔獣はハオ達に語り掛ける。実のところ、彼の推察は的を射ている。ただ、そうだからといって、その推察を相手に告げる必要などない。

 オカマの魔獣がこちらを侮り、見下している証拠だ。


——舐めやがって。


「チゲェよ!!」


「あはぁ! 図星だった!? エンタクの能力開発って、昔から変わらないのねぇ! シンプルで応用の利く傑出能力にしろって! アタシもよく扱かれたわぁ!!」


 頓に、縦横無尽に樹木同士を移動していた、オカマの魔獣の動きが止まった。足を止めた場所は、


「———ッ!!」「前からだ!」


 前方から、オカマの魔獣がハオ達に向かって複数の火柱を撃つ。ハオとケインはその火柱を左右に分かれて躱し、飛び込んだ。

 大きな後隙、ここで命を刈り取る。


「こんな風に……」


 その瞬間、背後からケインに向かって新たな敵が——否、


「後ろ!?」


 容姿はオカマの魔獣とうり二つ。


——もしや!


「グッ——!?」


 後方から現れたオカマの魔獣の拳が、ケインのみぞおちに食い込む。


「ケインさん!? のやろぉ!」


「こっちにもいるわよ!!」


「ゥッ!!」


 ケインは血を吐きながら、樹木に激突。ハオは負けじと、後方にいるオカマの魔獣に攻撃を試みるが、前方にいるオカマの魔獣がそれを許さない。 

 ハオは顔面に拳打けんだを食らい、ケインとは真逆の方向へと飛ばされた。


 受け身を取って立ち上がり、赤くにじむ視界の中、ハオは現実を視認した。


「二体!?」


——分身!


「分身する」「傑出能力か!」


 ケインとハオは息を整えて、オカマの魔獣の傑出能力を道破どうはした。

 明らかになったオカマの魔獣の傑出能力は、自身の周りに火球を展開する能力と、分身する能力だ。分身も本体と同じ能力なら、厄介極まりない。


「ご名答。さて、恐怖を教えて、あ、げ、る♡」


 見下し嗤うオカマの魔獣に、ハオは「舐めやがって」と、内心焦りながらぼやいた。

 

——こいつ、馬鹿みたいにつえぇ……

ハオが去った後の、白ワニの胸中


『ハオ君から彼らを任されたんだ! 絶対に守ってみせる!! 守り抜くんだ!!』


一人と三匹を背中に乗せて、洞穴の奥へてくてく歩いて行く。

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