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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
61/113

第28話 禍福は糾える縄の如し

サブタイトル名の読みは「かふくはあざなえるなわのごとし」です。


意味は自分で調べてね!

「予想通り……」


「ナニ!? うしッ」


 後ろから奇襲をかける思念体のリフに、二体の魔獣は足音と殺気で気付く。だが既に、思念体のリフはその掌から、二体の魔獣に向かって光柱を放っていた。


「「ギャベァ!!」」


 抉り穿たれた魔獣の心臓。気付かれようとも、先に手を打てば避ける間などない。

 血反吐を吐き、二体の魔獣は地面に墜落した。


 思念体のリフは近くにあった樹木に隠れ、


「よし、これで三回だ」


 前方を走っていたリフとフィアンは走るのを止め、振り返ってその場に留まった。


 三度目の死だ。あと何度再生して蘇るのか。唯一、それだけが煩雑の要素である。片方から十体ずつ——計二十体の配下の魔獣を出したのだ。こればかりは、少ないと思いたい。


「ゲッケイジ。思い付いたのだが、奴らが再生を終える前に、身体を粉微塵にするのはどうだ?」


 リフはフィアンの正鵠を射るような提言に「それは!」と、声を出す。だが、一歩踏み込んで考えを翻した。翻しの材料となったのは、敵が弱点の克服を怠っている筈がない、である。


「いや、やめておこう。敵がその対策を練っていないとは、考えられない」


 リフは踏み込んだ足を元に戻し、フィアンを見て首を横に振った。


 根拠はいくつかある。

 先ず、再生して蘇ってくるまでの時間は限られている。その限られた時間の間で、死体を粉微塵に出来るかどうかというと、頷き難い。また、粉微塵にする中途で、魔法によって自爆などされたものなら、敗北するのはこちら側だ。


「それに、粉微塵に出来たとして、再生して蘇らないという根拠がない……」


 敵は死して尚、再生して蘇る魂の塊だ。粉微塵になれば、再生できずに蘇らない、という常識が当てはまるかは不明瞭である。仮に成功したとしても、蘇られては徒労に終わる。


「分かった。確かに、言われてみればそうだな……」


 フィアンは口に手を当てて、短慮だったと頷く。

 案を捻出できるのはいい事だが、その案の賢愚けんぐを考えなくては、ただの浅浅しい自惚れと同じだ。一回の判断ミスが、死に繋がる戦闘なら尚更である。


「それより、木の死角に隠れよう……次の一手を読まれ辛くする」


「分かった。今回は、お前に頼るぞ」


 『今回は』もっと分かり易く言うと『今回だけは』だ。フィアンのささやかなる意思表明である。次は私も役に立つよう、精進するということだ。


 そのことに気付かないリフに続き、フィアンも樹木の死角に隠れる。それも、二体の魔獣を中心に三角形——前方を、リフとフィアンの二人で。後方を、思念体のリフで囲う。


 敵が隠れた自分達を、捜しに出たところを狙う算段だ。敵が二手に分かれて捜しに出れば、なおよし。


 そして、二体の魔獣が起き上がった。


「シねんたイ、ですか……」


「だガ、オとじゃ。じょウほウどオりなら、ホんたイの方は、オドが枯渇しているはずだ」


 樹木の死角から、完全復活した敵の様子を窺うリフ達三人。

 レイキを通してか、それ以外の者を通してかは分からないが、やはり自分の情報は敵に筒抜けている。

 重ねて、裏切った時以来、突出して成長した訳でもない。故に、全て把握されていると考えた方がいいだろう。


 下手な出し惜しみは逆効果だ。手抜かりなく、全身全霊で、かつ機転を利かせる。


 ——過労での昏倒を恐れるな。


「そうですね。敵は、隠れたか逃げたか……そう遠くへは行っていないはず。兄者、奴らを見つけに行きましょう」


「いや、待て弟者。特大の火魔法を放つぞ……それも、周囲360度にだ」


 兄の魔獣の言葉を聞いて、リフの額から冷汗が流れた。いや、リフだけではない。左側の樹木に隠れているフィアンもだ。

 今まで上手くいっていたが故に、事が思い通りに動くと勘ぐっていた万能感。それ故の盲点。浅かった。禍福かふくあざなえる縄の如し。敵に追い風が吹き始めている。


「あぁ、近くに潜んでいるのですね……」


 危急な事態に『早急に、どうにかしなくては』と苛れ、右足が一歩前に出る。だが、リフは二歩目を『いや、早まるな』と、理性で留めた。

 杜漏ずろうに前へ出るのは、一番リスキーだ。自分が前に出て斃されては、フィアンにも危険が被ってしまう。ここで危険を被るべきは、思念体の自分だ。


「そうだ。奴らが痺れを切らして出て来たら、そこを狙う。そうならなければ、予定通り、周囲360度に火魔法を放つ……弟者、お前は後ろを。俺は前を」


「承知……」


 二体の魔獣は両手を前に出して、背中合わせになった。


 リフは様子を窺うのを止め、フィアンに目配せ。彼女が目配せに気付くと、ホウキュの魔法文字を見様見真似で作り上げた。

 魔法文字の内容は『先ず、思念体の僕が出る。その後、僕とラッテンが出て、敵に攻撃を仕掛ける』だ。ホウキュとは比較にならない練度だが、読める程度にはできた。


 思念体の自分にメッセージを送る必要はない。 


「「…………」」


 二体の魔獣の掌に、オドが収束していく。

 そこに思念体のリフが先行して、右手側に飛び出した。


「後ろか!」


 裏を見ている弟の魔獣の掌が、樹々から思念体のリフに移る。同時に、掌から出現した火球が膨張していく。

 前を見る兄の魔獣の注意までは引けない。


 リフとフィアンが息を合わせて、左右に分かれて飛び出した。


「前からもだ!!」


 兄の魔獣の右掌がフィアンに、左掌がリフへと向けられ、両掌から火球が構築されていく。

 

——そうはさせない!


 リフは二体の魔獣に向かって、蛇腹剣をしならせる。二体の魔獣はそれを避けた所為で、態勢を崩した。

 構築された火球を、維持することは出来ない。火球は無理矢理に射出され、リフ達に当たることなく樹木にぶつかった。


「ラッテン!」


 リフの掛け声にフィアンが「あぁ!」と、答える。

 人数有利、トライアングルの形での包囲。上空には樹々がある為に、上に飛んで逃げることは罷り通らない。

 思念体のリフが光柱を、フィアンが大鎌を振って炎の斬撃を放とうとした、次の瞬間、


「「先ずは……」」


 二体の魔獣は本体のリフに向かって突撃した。

 包囲されたのなら、一箇所を攻撃して突破するということだ。本体のリフが狙われた理由は、その手に持っていた蛇腹剣。そこから、本体だと見抜かれてしまったのだ。


 蛇腹剣の切っ先は、まだ手元に戻っていない。


「ゲッケイジ!!」


「させるか!」


 フィアンが叫ぶ中、思念体のリフは、傍に落ちていた木の棒にフラッシュウェアを行使。光の斬撃を飛ばして、本体のリフを援護する。

 本体のリフから見て、左側から攻める兄の魔獣は、右側から攻める弟の魔獣によって死角になっている。その所為で、必然的に弟の魔獣を狙わざるを得ない。だが、角度的に一網打尽にできる位置でもある。


 右側から迫る魔獣に、光の斬撃が近づく。


「「温い温い!」」


 弟の魔獣は翼を羽撃かせて身体を捻り、光の斬撃を避ける。兄の魔獣は、そのままリフに詰め寄ることで回避した。


「ッ!!」


「ガァエ!!」


 本体のリフは手から蛇腹剣を離し、両手から光柱を放って反撃。弟の魔獣は、頭を吹き飛ばされて斃れる。しかし、斃せたのは弟だけ。兄の魔獣は容易いと、羽で速度を上げて反撃を避けた。

 弟の魔獣は光の斬撃を避けた後隙があった為、斃せたが、兄の魔獣は完全にフリー。やはり、二度目は効かない。


「——ッ!!」


 そして、無防備となったリフの喉元に、兄の魔獣の鉤爪が振られた。


「させぬ!」


 リフの窮地に、フィアンが炎を纏わせた大鎌を振って、二つの炎の斬撃を飛ばす。一つ目はリフの首に向かって振られた腕に、二つ目は首に向かってだ。

 一つ目が魔獣の腕を引き裂き、リフへの攻撃は寸前で頓挫とんざする。続いて、二つ目が首を切り落とした。

 そのまま、追撃の余地無く、事なきを得た、


「アハァ!」


「なッ!?」


 かに、思われた。

 切り落とされた魔獣の顔が、歪に、不気味に、哄笑こうしょうしていたのだ。殺されておいて、どうして哄笑するのか。それは、殺されてもよい理由があるからだ。


 鋭敏えいびんな頭で悟ったリフは、両腕で顔を覆いながら、全力で後方に飛んだ。


 魔獣の無くなった腕の先端から、オドが、火魔法が、周囲に放たれた。


 それは、危惧していた自爆だった。死して尚、再生して蘇れる。なら、いついかなる時でも、敵が死なばもろとも、という思考に至るのを、顧慮こりょしておくべきだった。


 不覚。


 爆発に巻き込まれ、リフの身体が、意識が吹き飛ぶ。


「ゲッケイジ!!」


 飛び散った魔獣の体には目もくれず、フィアンは焦燥を浮かべながら、リフの元へ走った。



※ ※ ※



「ここは……」


 暗い、凄然せいぜんな空間。数メートル先が灰色の何かでかすみがかり、遮られているかのような、凄凄切切せいせいせつせつな世界。


「お前、都に突っ込む前にちびんなよ」


「馬鹿いえ、ガキじゃあるめぇし。てか、ちびるのはどっちかっていうと、お前の方だ!」


「んだと! こないだ婚約を断られて、泣きべそかいてた奴がよく言うぜ!!」


「うるせぇな! 彼女がいねぇお前にだけは言われたくねぇ!!」


 凄凄切切な世界とは、対比されたような若さを孕んだ精彩せいさいな会話。

 下を見ると、馬に乗っている、青と白が基調の騎士服を着た自分が見える。後ろを見ると、自分に随従ずいじゅうしている騎士達が見える。


「まさか、ここは!」


 少し若い自分。それと、死んだはずのニックと、若い騎士達で街道を移動する映像。これは、この記憶は、彼らと共に、豪族が根城にしている廃都に向かう——、



※ ※ ※



「ゲ——イジ———夫———ケイジ! 聴こえるか!?」


——リフは途絶えた意識の中、一弾指いちだんしだけ夢を見た。


「ゲホッ! ラッテンか……」


「よかったゲッケイジ! 目を覚ましたか!」


 リフは『誰かに呼ばれている』と、せながら目を覚ました。煩憂はんゆうを露わにして、見守ってくれているフィアン。火が付き始めている森。飛び散った魔獣の身体。その体にラグを生みつつも、厳戒しながら近寄って来る思念体の自分。


 どうやら一瞬だけだが、気を失っていたようだ。何か大事なものを見ていたような気がするが、目下、戦場である。リフの頭から、その気がかりは一切なくなった。


「すまない……僕の判断ミスだ。もっと早く、離脱するべきだった」


「何が判断ミスだ! あの状況で、敵が自爆を考えていたなんて、誰が考えるというのだ」


 フィアンの左腕から頭を離し、上体を起こして謝罪するリフ。その彼に、フィアンは肩を貸し、まだ火の回っていない樹木の裏に歩いて行く。


「そうかもしれないね。でも、敵が一枚上手で、こちらが不覚を取ったのは揺るぎない事実だ……」


 半ば運ばれながら、リフは胸を摩ってオドの貯蓄を確認。樹木の裏に隠れ、オドがわずかしかないことに気づき、


「それより、水をくれないか? フォトンを使う為に、タケの実を食べたいんだ……」


 右手を出して水を催促した。

 フィアンはベルトバッグから皮袋を取り出しつつ「分かったが、どうしてフォトンを?」と、その旨が何なのかを問う。 


「本体の僕が受けた火傷や傷を、思念体の僕にも反映させるんだ」


「待て、何故わざわざ、敵に塩を送るような行為をするんだ?」


「ごめん。言葉不足だった。思念体に反映されるのは見た目だけだ。実際に傷を負う訳じゃない」


 思念体に対して、寡聞かぶんなフィアンに説明しながら、リフはベルトバッグからタケの実を二つ取り出す。彼女は「そうか。分かった……」と、渋々納得すると、


「食べさせてやる……」


 肩からリフを降した。更に、リフの手からタケの実を取り上げ、それを彼の口に当てる。


 けが人なのだから、黙って従えということである。

 リフは『こうなった彼女に抵抗はできないな』と胸中で笑いながら、タケの実二つを口に含み、水と共に嚥下した。


「ッ…………ありがとう」


 解顔かいがんするフィアンに、リフも解顔しながら謝意を伝える。

 再び、僅少ではあるが魔力核にオドが貯蓄された。


「一つ分かったことがある。どうやら、身体の損所そんしょが多ければ多い程、再生には時間が掛かるらしい……本体の僕、敵が蘇る前に、フォトンで反映させてくれ」


 リフとフィアンの元に、死んだ魔獣を観察していた思念体のリフが合流する。


 僥倖だ。

 思念体の弱点は、本体と思念体の区別がついてしまったら、対処が容易になってしまうことだ。だが、損所が多くなるように攻撃すれば、偽装するための時間を稼げる。弱点を無かったことにできる訳だ。


 こちらにも追い風が吹き始めている。


 立ち上がったリフは思念体の自分にフォトンを行使し、焼けただれた肌を再現。完全な偽装を施す。


「よし、後は武器だね……」


「どちらも、木の棒でいこう。敵を混乱させる」


「だが、本体の僕、木の棒は……」


「分かっている。つばがない分、自分の光魔法で手を負傷する可能性は高い。だが、逆に言えばその程度のリスクだ」


 他にも、耐久性が乏しいというのもあるが、自傷してしまうのが、やはり一番大きい。最悪、二度とその手で武器を握れなくなる可能性もある。

 故に、短剣やレイピアなどの武器でも、ウェア系の魔法を使う事は基本的に無い。


 とはいっても、今は例外中の例外だ。背に腹は代えられない。


「分かった……そろそろ蘇って来るようだよ」


「ここからが本番だな……蛇腹剣は私が持とう。いざという時に、渡す」


 使わない蛇腹剣をどうしようかと思った矢先、フィアンが右手を差し出して来る。

 彼女が持てば、外面的なもので見抜かれる可能性も薄れる。何より信用できる。


「分かった。任せたよラッテン」


「あぁ、任せろ」


 リフはフィアンに蛇腹剣を信託しんたくする。フィアンはそれを、決然と受け取った。

 先程、魔獣が放った火魔法が森を覆い始めている。樹木を背に隠れるのは難しい。

 小細工は使えない。フィアンの言う通り、ここからが本番だ。


「離れすぎない、互助できる距離の陣形で突っ込む」


「「了解」」


 本体のリフの提案に、フィアンと思念体のリフが頷く。


——視点は移り、二体の魔獣へ。


「フォトン、カ、シネんたイと、ほんタい、全く同じだ」


「デスが、アにうえ、ネらうノハ、変わらず男の方からですね」


 身体を再生させながら、二体の魔獣は情報の整理をする。


 本体か思念体かは然程さほどの問題ではない。本体なら言うまでもない。思念体なら、思念体が消えて二対二となる。

 森に火が回り始めていることで、戦況もよい方向へと傾きつつある。残る魂の数は、弟と自分共に三つずつ。何の問題もない。


 意見の相違が無ければ実行だ。


「ッ!!」


 二体の魔獣は、先頭を走るリフの斬撃を跳躍して避け、空中で構える。

 リフは本体と思念体ともに、フラッシュを纏わせた木の棒を武器にしている。容姿だけでは、見分けがつかない。だが、見分ける材料がないわけではない。


「馬鹿が! そこが本体だろ!?」


 狙ったのは、前方ではなく、右後方にいるリフだ。


 死んでもいい思念体が一番危険な前を走り、そうではない本体が安全な後ろを走る。

 何と分かり易いことか。


 弟の魔獣が、前方に居るリフと左側に居るフィアンを突き放すように、火の壁を展開。フィアンが「しまッ!? ゲッケイジ!!」と叫び、火の壁を越えようとしたが、熱波がそれを許さない。

 前方のリフの攻撃も、二体の魔獣には届かない。


「行かせるか!」


「ィヒ!」


 弟の魔獣が前方に居るリフとフィアンに火魔法を撃ち、足止めを図る。

 その隙に、兄の魔獣が右にいるリフに接近。リフの足元に火球を放出し、地面を抉って土煙を舞い上がらせた。


『互助できる距離に居ても、突き放されちゃ意味ねぇだろ!!』


 兄の魔獣は、土煙の中に乗じてリフの左側に回り込んだ。だが、リフは目をやられていても、殺気と気配で魔獣の居場所を気取り、


「そこか!」


 光柱を放った。だが、兄の魔獣はそれすらも予期して、羽を抉られつつだがかわした。

 そして、土煙に目をやられているリフの顔に向かって、鋭い火魔法を放つ。


 最小限の火魔法で、脳みそを貫くのだ。


——リフの眉間に鋭い火魔法が直撃する。


 だが、


「——ッ!!」


「チッ!」


 リフは首を右に振ることで、火球が脳みそに到達するのを防いだ。

 とはいえ、無傷ではない。右目は潰れ、もう使い物にはならない。


 兄の魔獣は羽を使って、身体を回転。肩から地面に激突するのを防ぎ、リフの右側——死角から首を狙った。


 その時、


「ムベェ!?!?」


 火の壁を無数の光柱が貫通。兄の魔獣の胴体、腰、首、肩、頭——手足以外を消し飛ばした。

 フラッシュライエ。前方にいたリフが兄の魔獣に向かって、正確に放ったのだ。


「兄者! ッ! ウェべ!!」


 低空飛行で宙を舞っている弟の魔獣に、フィアン、前方に居るリフ、右に居るリフの順で魔法を発動。避けきれず、被弾して落ちたところをフィアンが、


「フレイム!」


 火柱で、上半身を灰にさせた。


——二体の魔獣の魂、それぞれ残り二つずつとなる。


 やられはしたが、布石は打った。


 身体を再生させる時間。その時間内に兄の魔獣は、魂の中で思索し始めた。

 やはり、右後方を走っていたリフ——男が本体だ。オドが枯渇した状態で、立て続けに、フォトンとフラッシュライエを行使できるとは思えない。


 フォトンを行使できたのは、タケの実を食べオドを補充したからだ。

 だが、例えタケの実でオドを補充しようと、疲労は累積るいせきしていく。故に、長くは続かない。もう、フォトンは行使できないと考えていい。恐らく、フラッシュなども使えて一、二回。


『右目が潰れた方を徹底的に狙い、畳み掛ける』


 二体の魔獣の死体から、小さい黒い液体が漏れ出る。その液体はリフ達に気付かれないように、遠回りしながら、互いの死体の元へと徐々に近づいていく。そして、同時に死体の中へと入り込んだ。

 互いの意思を疎通するために、残り二つの魂から一つの魂を切り離したのだ。


 会話をすることなく、本体のリフへ演習していたかのように突っ込む事ができたのは、互いに意思の疎通をしていたからである。


 兄から弟へは、


『右目が潰れた方を狙うぞ、そちらが本体だ』


 という旨を。


 弟から兄へは、


『残りの魂を切り離し、顕現させ、扶助させましょう』


 という旨を。


 二体の魔獣は、魂の中で哄笑した。

 そこから互いの意見を攪て、出来上がったのは、


——俺たち二人で本体を狙い、配下の魔獣を思念体と眼鏡の女に当てる!!


 これならば、邪魔立てもなくなり、確実にほふれる。


『さて、締めくくりだ』


 もう一度、二体の魔獣から黒い液体が漏れ出す。その液体は今度、火が回っていない岩の後ろに隠れた。

 二体の魔獣は魂の中で、


『出でよ我が眷属よ。その力、我々の為に死ぬまで使い果たせ』


 と、詠唱。岩陰から、黒い液体から、人型の魔獣がい出てくる。


 身体の再生中、一度も浅薄せんぱくに攻めて来なかったことだけは褒めてやろう。

 

 そう兄の魔獣は嘲笑いながら、身体が完全に再生するのを待ち、


「行くぞ、弟者」


「ですね。兄者」


 再生した瞬時、右目が潰れたリフに向かって飛び出した。岩陰に隠れていた魔獣も、ほぼ同時に飛び出す。


「なッ!? まだいたのか!?」


——いたじゃねぇ! 生み出したんだよ!!


 二体の魔獣の再生が終わったと同時、魔法を撃ったリフ達。だが、知性もあり学習もする二体の魔獣にとって、避けながら間合いを詰めるのは容易かった。


「ゲッケイジ!!」


「クソ! まずい!!」


 フィアンが腰に番えていた鞘から剣を引き抜き、蛇腹剣をリフに投げる。受け取ったリフは、焦った表情でそれを展開させた。


「分断しろ!!」


「シシィィ!」「ニニドキィィ!!」


 しかし、弟の魔獣の指示に従った配下の魔獣一体が、蛇腹剣での邪魔立てを阻止する。もう一体はフィアンの方に向かって、火魔法での邪魔立てを阻止しに。


「本体はこっちだ!!」


 蛇腹剣を持ったリフが、そう大声を出す。


『本体はこっちだなんて叫ぶ方が本体だって!?』


 死に際に出た苦し紛れ、一時しのぎの嘘。命乞いにも等しい、醜い瞞着まんちゃく。 

 浅慮、浅薄、浅短、浅劣。


「それを糊塗ことっつぅんだよぉ!!」


 寧ろ、本体がどちらであるのかを指し示している。


 兄の魔獣が叫ぶと、弟の魔獣がリフ達三人を分断するように、炎の壁をクロスに展開させた。

 二体の魔獣は地に降り、右目を潰されたリフとの間合いを、火魔法で牽制けんせいしながら更に詰めていく。


「クソ! こんな所で!!」


「そんな! 邪魔をするな! クソ! やめろぉぉ!! ゲッケイジィィ!!!」


 配下の魔獣に邪魔され、蛇腹剣を持ったリフとフィアンは助太刀できない。


 まずい、このままでは、邪魔だ、こんな奴に。


——だとか思ってんだろぉぉぉぉ!! ハハハハハハ!!!


 瞬刻で間合いはなくなった。


「よくやった方ですよ! 一度きりの命にしては!!」


「誇りに思って、死ね」


 兄の魔獣は左手を左脇腹に、弟の魔獣は右手を右脇腹に添える。


「ウギャ!?」「へビィ!?」


 蛇腹剣を持ったリフとフィアンは、配下の魔獣を難なく斃すが、


——惜敗せきはいを喫しろ。騙され踏み躙られた、哀れな傀儡よ……


「「フレイム!」」


 一歩及ばず。孤立したリフの胴体を、二つの火柱が焼夷した。

 頭、足、そして血が地面に飛び散る。


「ゲッケイ……」


 火の壁の奥で、フィアンが言葉尻を濁した。

 それは、惨憺たる現実への愁嘆しゅうたんからか。それとも、憎き敵への内憤ないふんの発露か。


——或いは……


「さて、後は一人だけッ——」


「ハ、ハハ……ゲェホ! 二度、あることは、三度ある、ってね……」


 死んだはずの頭が、本体であるはずの頭が、チリ紙のように消散しながら、勝ち誇ったような顔をして喋った。まるで、こちらがかすを、つまらないものを掴んだと言わんばかりに。


「何故、喋れ……」


 兄の魔獣は狼狽うろたえた顔で、ぼやいた。


——或いはではない。


 そう、フィアンが言葉尻を濁したのは、負の感情が主因なのではなく、


「ゲッケイジ……全く凄い奴だよ! お前は!!」


 正の感情が主因であった。


——それは、賭けに勝ったリフへの惜しみない賞嘆しょうたんだった。


「フラッシュライエ」


 無数の光柱が火の壁を貫いて、二体の魔獣に迫る。



※ ※ ※



——視点が戻り、時間は遡行する。


「本体の僕が、前に行くよ」


 互助できる陣形を組む直前、本体のリフが放った言葉だ。当然、その言葉を聞いたフィアンは理解不能という表情で、彼に詰め寄り、


「どうしてだ? 前に出れば危険が増すんだぞ。普通は後ろ……いや、まさか賭けか?」


 そして、疑念を確信へと翻意させた。

 二体の魔獣から逃げ、作戦を練る為、隠れ場所としたのは竹藪ではなく、見つかりやすい草むらだった。その時と同じ、敢えて前に出る。敢えてリスクの高い方を選ぶ。


「うん。容姿で見分けがつかなくなった今、敵はどちらが本体の僕か、容姿以外で判断してくるはずだ。ラッテンの方は狙って来ない」


「どうして、そう思う?」


「一石で一鳥か、一石で二鳥か。選ぶなら、後者だろ?」


 敵が後ろを本体だと思い、一石二鳥を狙ってくる。間違っていたとしても、それはそれで思念体を斃せる。だから、その裏を突く。

 乾坤一擲けんこんいってきの大博打。それを自信満々に。


 だがフィアンはそう二度も旨くいくかと、深憂しんゆうを抱いてしまう。過剰すぎる自信ではないか、と。


「前の僕を狙ってきた場合は、先ほど通り、思念体に被弾部位を反映させて惑わす。だが、後ろの僕を狙ってきた場合は……後ろの僕が、本体かのように振舞う。慢心を誘い、慢心から命を奪う。ラッテン、君にも協力してほしい……」


 だが、その深憂すらも薙ぎ払う、次善の策をリフは提示してみせた。そして、もし賭けに勝った場合の次なる策をも提示する。


 何という賢慮けんりょ。何という狡知こうち

 フィアンは元とはいえ、清廉潔白せいれんけっぱくの騎士から出る言葉ではないと思い、


「お前……本当に元騎士か?」


 リフを無意識に罵った。


「ハハ。そうだよ……それも元副団長さ……でも今はただの傭兵。傭兵墜ちした僕の名誉なら、いくらでも汚してやるが、君は騎士だからね……」


 だがリフは、この男は、嫌味すらも受け入れ、自分だけが身を切ると言ってみせる。フィアンはその仲間を慮る故の仲間はずれが、彼よりも騎士らしくない自分が、憤懣ふんまんやるかたなく、


「先程の言葉は聞かなかった——」


「あぁもう、分かった! 私もやる! ここまで来たんだ、勝利の為に意地は捨ててやる……」


 翻然ほんぜんと、共謀きょうぼうを受け入れた。そう共謀だ。

 敵とはいえ、嘘を吐き、騙すために演じるとは。これを共謀と言わず何と言う。


「そうか、ありがとう……ラッテン」


 騎士失格の二人が、握手を交わす。



※ ※ ※



——そして、今へと戻る。


 飛び込み、リフは空中で無数の光柱を放つ。光柱はリフの身体が地面に着くよりも早く、二体の魔獣へと接触——、


「兄者ァァ!!」


「なにッ!!」


 する寸前で、弟の魔獣が兄の魔獣を後方へと押し退け、かばった。光柱は弟の魔獣だけを貫く。死体が塵と化して霧散した。

 兄の魔獣は、


「弟者! おお弟者!! 俺も直ぐ行くぞ!!!」


 晴れた火の壁から、衰憊すいはいしたリフに突貫した。リフは受け身を取って地面に着地。蛇腹剣を展開して反撃を試みる。が、


「クソ!」


 リフの蛇腹剣は、容易く避けられてしまう。兄の魔獣は切っ先を縫うように、リフの懐へと侵入し、


「お前を殺した奴を、ザフバルへと道連れにした後、必ず迎えに行こう!!」


 リフの身体を掴んで抑えつけた。右手の鉤爪がリフの肩の肉を、左手の鉤爪が腹部の肉に食い込む。


——クソ! 身体が言う事を聞かない!!


 身に余った魔法の酷使に続く酷使。リフの魔力核は、身体は、起き上がることさえままならない程に、限界を迎えていた。


 魔獣が卑しく冷笑すると、その身体全身からオドが放出されていく。


 まずい、自爆だ。二対一となり、勝ち目が無くなったから道連れにするつもりなのだ。


「フラッ——!?」


 リフは激痛に耐えながら咄嗟に、兄の魔獣の頭に向かって光柱を撃とうとした。

しかし、枯渇しきったオドから出たのは、攻撃というには余りにも劣弱な光の糸だった。


 額の骨を貫き、脳を抉るまでには至らない。


「ハハ!」


 リフの見る世界が遅く、緩やかになっていく。凝縮された時間感覚。死の達観(たっかん)


 ここまでか。 


『お帰りリフ!』『お帰りっす、リフさん』


 皆の言葉が浮かび上がって来る。

 裏切った自分を、モワティ村の皆に受け入れてもらう為、催してもらった親睦会。その夜の食事会で、ミレナとシュウが掛けてくれた言葉。


 ごめんミレナ様、イエギク君。せっかく僕の為に色々考えてくれたのに。


『そうだリフ。今度、故郷に帰らないか? 傷心しょうしんを癒やし、改心するために……どうだ?』


 食事会を終えた後、グレイが自分の気持ちを気色取って、掛けてくれた言葉。


 ごめんグレイ。故郷にはもう、帰れそうにない。


『私には妹がいてな。名前はケイニャ。この旅の目的を果たした時、妹に、ニックの事を聞かせてやってくれないか?』


 リフレッシウの宿で、フィアンと約束した時の言葉。


 ごめんラッテン。約束をたがえてしまった。

 

『皆で生きて帰ること……はい! 誓います!』


 豪族を鎮圧する為に、待機していた拠点でニックが言った言葉。


 ごめんニック君。

 僕は、君の道しるべには相応しくなかった。謝れなくて、ごめん。もし死後の世界があるのなら、地獄に落ちる前に、君に謝りたい。


奸物かんぶつ死すべし!! 貴様はジャハンムへと送られるだろう!!」


 兄の魔獣が、次の言葉を発するまでの瞬刻の間に、リフは走馬灯を見た。


「ごめん……」


——後は、任せたよ、みんな。


「させるかぁぁぁ!!!」


 爆発する寸前、大鎌が兄の魔獣の首に突き刺さり、その体がリフから離れた。


「ゲッケイジ!!!」


 目をつむり意識を失う前、リフはフィアンが名前を呼んでくれたのを、確かに聞いた。


——ラッテン?


 後悔。まだ、生きた——兄の魔獣の身体から赤い火が溢れ出すと同時、熱を含んだ爆風が、燃え盛る森を蚕食さんしょくしていった。

 爆風に巻き込まれたリフとフィアンが、吹き飛ばされる。

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