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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
60/113

第27話 能力の推考

「行けェェ! 殺せェェ!! キャハハ♪」


 投げられた皮袋。そこから出てくる血。


 マサムネは『こいつは何かまずい』と、直感的に血を避けた。

 マサムネの前に立っている男四人は、避けるまでもないと、顔にかからないように両腕で払った。


「ッ!? この程度では目つぶしにも——ッ」


「はい、魅了」


「? お前等……どうした!?」


 賊の女——メルルがささやくと同時、男四人の瞳から光が失われ、上体がだらんと垂れる。賊を前にして、男四人が突然、戦意を喪失したのだ。


「まさか」


 マサムネの直感は正しかった。

 警備隊の男が言った通り、少量の血程度では目つぶしにもならない。例え目つぶしになっても、視覚に頼らず相手の気配や殺気で動きが分かるのが、警備隊の精鋭だ。

 なら何故、敵は石にきゅうにも等しい行動をとったのか。邪推、勘ぐり、見誤っていたから。違う。


「血に何を仕込みやがった?」


「別に何も仕込んでないわよ……」


 剣を抜いて、メルルに問うマサムネ。

 こっちは核心をついてやったと、敵は図星を見抜かれたと。心理的に優位になると思っていたマサムネだが、メルルの慮外な答えに「は……?」と顔をしかめた。


 血に何かがあるのは確か。そうでなくては、戦意喪失した男四人の説明がつかない。

 マサムネはメルルを見る。黒い羽に黒い尻尾。


 もしやと、そう推考したマサムネが真実に至るよりも前に、メルルが、


「だから、何も仕込まずともいいって話!!」


「「「コロス! テキ!!」」」


 右手を横に振って、男四人を突撃させた。

 そう、突撃させたのだ。


 マサムネを掴んだ男四人は、彼を四人の力で押して、そのまま窓を割って外へ。そこから、マサムネの上に乗りかかり、一人は右手、一人は左手、一人は足——三人がマサムネを組み伏せる。残りの一人は彼の首を掴み、絞殺こうさつしようと締め上げた。


「ぁ…………ガっ」


 突然の奇行。ただ、寝返った訳ではない。

 男四人の瞳は虚ろでありながら、結膜けつまくが猛然と血走っている。


 ——まるで、この現象は、 


「うッ」「ガッ」「ムッ」「べッ」


 四人の体重と三人の抑える力をもろともせず、マサムネは自力で拘束から抜け出す。そして、剣の柄頭で四人の首の後ろを叩き、刹那の間に気絶させた。


「ちッ! 操られてるってか!」


 ——サキュバスによる魅了だ。

 

「お前等! その四人と村民を任せたぞ! 走って逃げろ!!」


 マサムネは気絶させた四人を掴み、外で村民達を護っている警備隊に向かって、彼らを投げ飛ばした。

 手前に居た警備隊の面々が、投げ飛ばされた四人をキャッチ。マサムネの指示に「は、はい!!」と答え、村民達を中心に——先導と殿を行いながら、村を出て行った。


「キュキュウ!」


 『僕も残るよ』という光の魔法文字を出して、ホウキュがマサムネの隣に立つ。頼もしい。ホウキュが居るなら十人力だ。


「助かるぜホウキュ!」


 マサムネとホウキュは、警戒しながら前方を見た。

 そこには、水でも掻き分けるかのように、会館の屋根を崩しながら外に出てくる魔獣とメルルが。


「たった一人と一匹で、メルルとガオエンちゃんに挑もうっていうの? ウケるわぁ……流石に」


「ガオエン……?」


 メルルの言ったガオエンという固有名詞を、マサムネは耳にしたことがある。

 確かそう。ガオエンはシュルナやホウキュ達が幼い頃から、或いはそれ以前から、コウエンタクを護っていた神獣の一匹だ。火、水、風、光の内、火をつかさどっていたとされる神獣の名前である。


「キュウ、キュキュ」


 ホウキュが『あれはかつて、僕たちの代わりにコウエンタクを護ってた、火の神獣、ガオエンだと思う。幼い頃に見た、ガオエンとそっくりだ』と、光の魔法文字でマサムネに語り掛ける。

 疑念が確信に変遷へんせん。魔法文字を即座に読むと、マサムネは「マジかよ」と煩累はんるいを声に出し、


「だが、なんで滅された筈のガオエンが生きてて、敵に調伏されてやがんだ……」


「キュウウ」


 ホウキュが『傑出能力なんじゃないかな?』という、光の魔法文字を浮かび上がらせる。マサムネも、それが一番妥当だと思案し、


「傑出能力、確かにそれならあり得る」


 忌々(いまいま)し気に返答した。


「だが、女の傑出能力じゃなさそうだな……」


 滅した神獣を操る傑出能力であるとするならば、それは賊が神獣以上の力を有していることになる。

 ただし、この能力は女の傑出能力ではないだろう。女がガオエンより格下なのは瞭然としている。故に、女を殺したとしてもガオエンは存在し続けるだろう。

 恐らく、この能力はエンタクを気絶させて連れ去った、親玉の傑出能力だ。


 ホウキュは「キュウ」と言って頷き、マサムネと同様に精悍せいかんな表情で、メルルとガオエンを睨む。


「何か作戦でも考えてるようだけど、無駄でぇぇす!」


 ぶつぶつと小声で話していたマサムネとホウキュに、メルルは見下すようにわらう。それから、彼女は勿体ぶるように「何故なら……」と、嬌笑きょうしょうしながら言葉を切り、


「アタシ達の方が断然強いから!!」


 そう断言した。それと同時に、ガオエンが会館の辺り一帯に炎をまき散らす。それも刹那の間にだ。瞬きの間に、周辺は火の地獄へと化した。

 

「チッ!」「キュウ!」


 マサムネは範囲外へ飛び退き、ホウキュは翼から突風を生み出しながら、炎を避ける。


 燃え盛る火の中心にいるガオエンを見て、マサムネは「なんつぅ火力だ」と、憤怨ふんえんを声に出した。

 真面に食らえば、最悪死だ。

 

「キュウキュ」


「だろうな、多分間違いない」


 ホウキュが出した『あの女はサキュバスなんじゃ?』という魔法文字を呼んで、マサムネは同意だと臨戦態勢になる。


 残ったのはマサムネとホウキュだけ。対するは、緋色の虎とメルル。二対二だ。とはいっても、戦力は雲泥うんでいの差と言ってもいい。

 先ず、サキュバスと男であるマサムネの相性は最悪だ。魅了されれば、一発KO。厳戒を解かずに戦い続ける必要がある。


 だがしかし、それ以上に差が大きいのは、緋色の虎——ガオエンとホウキュだ。

 ホウキュは神獣に近しい存在であって、神獣ではない。対し、ガオエンは神獣。それもコウエンタクを護っていた神獣の中の神獣だ。

 だからといって、自分がホウキュより善戦できるわけではない。


——要は、が悪すぎる。


 このまま二体二の戦闘が始まれば、先ず自分がガオエンとメルルのコンボで操られるだろう。そして、三対一となってホウキュを袋叩き。

 そうならない為には、別れて戦う必要がある。


 割り当ては、


「ホウキュ! サキュバスの方は俺が相手をする! お前はガオエンの方を止めてくれ!! すぐに方を付けて助太刀する!!」


「キュキュウ!!」


 羽ばたき、ガオエンに向って光柱を放つホウキュ。対するガオエンは、メルルを背に乗せたまま、跳躍して光柱を避ける。そこにマサムネが、


「カースウェア」


 中位の闇魔法カースの応用、カースウェア。カースは触れた生物を呪い、身体をむしばむ魔法だ。それを剣に纏わせて、効率よく相手に放つのがカースウェアである。


 戻り、光柱を避けたガオエン——その上に乗っているメルルに向かって、マサムネが呪いの斬撃を放った。

 メルルはガオエンの背中を蹴って飛び退き、呪いの斬撃を軽々と避ける。そして背中の羽を使って、悪くなった態勢を元に戻し、地面に颯然と降りた。


 ホウキュは光柱を跳躍して避けたガオエンに、渾身の蹴りをかまして吹き飛ばす。更に、吹き飛ばしたガオエンを地面に向かって蹴り落として、その場から離脱した。

 先ずは、一人と一匹を離すことに成功。ここからだ。


「てか、よくわかったわねアンタ。私がサキュバスだって」


「身近に居るからな」


 唇に手を当て、翼と尻尾をフリフリさせながら感賞するメルル。皮肉としか思えない彼女の感賞に、マサムネは再びカースウェアを使って答えた。

 身近に居るとは、フクとセイのことである。インキュバスとサキュバス。彼らが身近に居なければ、この達見たっけんは達見とならずに終わっていただろう。


 メルルがサキュバスであるなら、仕込んでいない血如きで、相手を魅了できてしまうのも説明できる。


「ふぅん。まぁ分かったところで、あんまり状況は変わらないけど……」


 図星を見抜かれる。

 サキュバスであるのは分かった為、厳戒して戦うという意識は出来る。だが、それはそれ、これはこれ。相手の力量は、傑出能力の有無と相性を加味したうえで、同等かそれ以上。相手が自分よりも格上なら、厳戒したところで後の祭りである。


「で、本当にアンタが私に挑むってわけ……」


「あぁそうだ! だからどうした!」


「キャハハ!! 反対の方が、まだ良かったんじゃない!!」


 蔑視べっしも甚だしいメルルの言葉に、マサムネは呪いの斬撃を放ちながら突貫。メルルは羽ばたきながら跳躍。上空に飛び退き、斬撃を避ける。更に宙で翼を広げ、身体の周りに火球を生成。それを腕の動きに合わせて射出させた。


「面白くねぇ冗談だな!!」


 マサムネはぼやくと同時に突貫を止め、バク転しながら火球をかわす。そして、躱す為に行ったバク転の中途で、残していた呪いを斬撃に変えてメルルに放った。


「わお! あぶなーい!」


 不慮を突いた攻撃だったが、斯様かような距離故に対応——火魔法で相殺されてしまう。

 マサムネはもう一度、剣に呪いを纏わせる。次は、メルルが地に降りる瞬間を狙う。相手の動きを予測し、そこに叩き込むのだ。それなら避けられない。


「んふ……そこ」


——地面がいきなり!?


 そう思って呪いの斬撃を飛ばそうとした矢先、マサムネの足元が爆発した。メルルがマサムネの足元を指さし、言葉にした瞬間だ。


「ッ——!?」


 両腕を前に出して、顔への直撃を避ける。爆発によって四散する破片が服を割くが、筋肉操作によって突き刺さるのを防いだ。


「そこ」


「ちッ!?」


「そこ、そこ」


 爆発を避け、避けた先でまた爆発。メルルは間髪入れずに、マサムネの足元を爆発させていく。そして、マサムネが避ける方向を予測して、血の入った皮袋を投げた。

 真っ二つになった皮袋から血が飛び散り、マサムネに振りかかる。だが、


「ぶねぇ!!」


 マサムネは自身の服を脱ぎ、それを盾にしながら後方に飛び退いた。血の付いた服を投げ捨て、


「唐突な爆発に、血による魅了……厄介だな畜生!」


 呪いの斬撃を一撃放ち、それを飛んで避けるメルルに追い打ちの一撃。しかし、それすらも避けられてしまう。だが、想定内だ。


「キャハハハハ! キレてるキレてる! そこ、そこ、そこぉ!!」


「ちッ!」


 調子に乗って愉色ゆしょくな表情で、地面を爆発させていくメルル。

 血を浴びることは許されない。かといって、二度目を防げる物はない。


 マサムネは回避による後隙を限りなく少なくするため、爆発を食らいながら、致命傷にならない程度に避ける。それも徐々に、後方へと逃げるようにだ。

 ある程度の距離があれば、回避の後隙を狙われても対処できる。

 

「隙が……へぇ、アンタ中々動けるじゃん。仲間を逃がして、一人で挑んでくるくらいの実力はあるのね……あ、もしかして、隊長か副隊長?」


 そのマサムネの行動を俯瞰ふかんしていたメルルが、また舐め腐った感賞を口にする。一瞬、反射で青筋が浮かんだが、その憤慨ふんがいが冷めるほどの事実に、マサムネは気付いた。


 それは、爆発ができる範囲だ。

 気付けた理由は、休む暇があることと、メルルが近寄って来ることだ。

 恐らく、自身から半径5.5けん——十メートル程の離れた距離まで爆発できるのだろう。そして、指さしと声に出す事が、爆発の発動条件だ。爆発できるのは、多分だが一回ずつ。


 それが敵の傑出能力である。


 爆発の能力がある為、浅近せんきんに突貫は出来ない。一度なら大丈夫だが、連続で爆発を諸に食らえば、致命は必至だ。

 だからといって、斯様な距離からの攻撃は飛ばれて避けられてしまう。


 この厚い壁を壊す為には、まず、


「さぁな!!」


 敵の翼を腐らせる。

 地面に陥没跡を残す程の膂力で、マサムネは前方に飛んだ。


「早い! それに消え」


 瞬目、飛んだはずのマサムネの身体が消える。シュバルツウェアだ。

 当然、メルルはマサムネの身体が消えた理由に気付く。そして、次の思考から繰り出される行動は、


『前方に攻撃をしてくる!』


 マサムネは地面を蹴って、軌道を前から横に切り替える。樹木に足を着け、更に軌道を斜め前に変え、メルルの翼に向かって突貫した。その間二秒にも満たない。

 しかし、


「間合いに入らせるかよ!!」


「ッ!?」


 メルルの周囲——360度を囲うように、地面が爆発。瞬目しゅんぼく、舞い上がった土砂を透明のマサムネが穿孔したと同時、空中で二度目の爆発が起こった。

 爆発に巻き込まれたマサムネは吹き飛び、村の家屋に衝突。倒れた。


「シュバルツウェアで消えて、突っ込んで来ようとしたのなら、周囲全てを爆発すればいい。それを考え実行できるなんて、メルルちゃんサイコぉ!! 言われた通り、ブラフで敵の思索を狂わすことが出来るメルルちゃん、てんさぁぁい!!」


 陶然とうぜんと頬を紅潮させ、メルルは自身の目敏い思考と行動を褒め称える。羽と尻尾を振るわせる様は、自画自賛極まれりである。

 シュウがメルルを自己愛者だと容易に看破できてしまったのも、納得ができてしまう程の自画自賛だ。


 嬌笑したメルルの目が、村から避難した村民達の方向へ向く。これから、最悪で胸糞悪いことが——、


「あぶな!?」


 矢庭に、メルルに向かって刃物——ひょうが飛んできた。メルルは鏢を群を抜いた反射神経で避け、飛んできた方向を睥睨へいげい。身体を向け、人影に向かって火魔法を放とうとした時、


「でも、こんな不意打ちじゃメルルちゃんはッ!?」


 壁に突き刺さっていた鏢が、時間遡行でもしたかのように壁から離れ、メルルの背中に突き刺さる。そして、爆発した。


「良かった。間に合って……」


 何もないはずの空中に、規則正しい延焼が起きる奇異。延焼が続く先、その影から顕現したのはシノ——キーシュン警備隊の隊長だった。


「なんで武器が! いきなり!! あぁあぁぁ! クソあちぃぃぃぃ!!」


「マサムネ! 生きてるでしょ! 寝てないで早く起きな!!」


 痛楚つうそにもんどりうつメルルを余所目に、シノは闇魔法で不可視にした糸を切り、倒壊した家屋で寝転んでいるマサムネに『気絶したふりしてないで起きろ』と、声を掛けた。


「って、シノ! お前!! どうしてここに!?」


 不意を突こうとしていたマサムネは、シノの声に瓦礫がれきを投げ飛ばして起き上がった。

 どうしてここに。そう驚くのは当然、シノは他の公共施設で魔獣から民衆達を守っているはずなのだ。


「村民を避難させてる途中だったんだけど、南の村に夫がいるって聞いてね……ここに向かって来たって訳」


 なるほど。こちらと同じで、シノも村民を避難させるために精鋭を集めて村に向っていたのだ。その村が、現在居る村の北にある村だったわけだ。

 事が良い方向へと傾きつつある。


「助かったぜ! サキュバスとタイマンするには分が悪いって思ってたんだ!!」 


「アンタは、あっちで暴れてるホウキュの方に向かいな。そのサキュバスはアタシが相手するから……」


「助かるシノ! そいつの傑出能力は爆発だ! 地面の中にある何かを使って、爆発させる感じだ! 一発一発の威力はさほどだが、連続爆発がある! 爆発できる距離は、恐らく半径5.5間程度だ! 任せたぜ!!」


「了解」


 マサムネは木に向かって飛び、それを足場にして斜め前の木へ。それを何度か繰り返し、崩れた会館の奥で闘っているホウキュの方へ、颯爽と向かった。

 シノはマサムネに目もくれず、消火を終え、怨恨えんこんの目で睨んでくるメルルに意識を集中させていた。


 半径5.5間の距離を、地面の中にある何かを使うことで爆発できる。加えて連続爆発。気を付けるべきはそれら。相手はサキュバスだが、女である自分には何の問題もない。


「おいてめぇ……よくもメルルちゃんの美貌と美肌と美髪に火傷を負わせてくれたな……」


「自分で美貌だのなんだの言うなんて、相当な自己愛者なんだね。高慢さん」


「はぁ? メルルちゃんカッチーン! アンタみたいなクソ女は火あぶり決定! その全身、醜い火傷まみれにして! 殺してやるから!!」


 ののしさげすみ合う女同士の闘い。その火蓋が切られる。





「さて……」


 ローガが手を下に向かって走らせると、その軌道上に風の塊が出現する。風の塊は揺らぎながら膨張し、四足獣——狼の形へと変貌。まるで生きているかのように、身体全身を動かし、ローガの左右に並んだ。


 都合、十体の風の四足獣が現れる。

 傑出能力。オドの消費を最小限に抑えつつ、より殺傷能力に長けた妙技——能力だ。

 ローガの傑出能力は風魔法を狼の形に変え、その形状を保ちながら、自由自在に操る妙技である。


「いけ、おぬしら……奴の首を掻き切ってやれ」


 ローガの指示を受けた風の狼達は、鱗の陣形でペテロ——巨大な悪魔に向かって突貫していく。


「あ? やっとおでましか! 気配だけがあって鬱陶うっとうしかッ!? 狼!?」


 対抗の悪魔は、殺気を消して気を窺っていたローガ達に煩労はんろうしていた。その中、やっとこさ敵が攻めて来たことで、悪魔は莞然かんぜんと笑ったのだが。

 ローガが突貫させたのは風の狼だ。それも十体。


 悪魔は面倒だと、風の狼に向かって右拳を振り下ろした。巨体から放たれる拳だ。地面はプリンのように砕き割られる。

 風の狼達は、その破壊の奔流ほんりゅうに巻き込まれたかと思ったが、先頭を走っていた風の狼三匹がペテロの首元に。その他の風の狼たちは、悪魔の周りにいた配下の魔獣達にみついた。


「ちッ! 小賢しいんだよ!!」


 悪魔は左手で首に噛みついてきた風の狼を、引き離そうと。配下の魔獣達は鉤爪で、引き離そうと攻撃した。が、その前に風の狼の身体が小さくうごめいた。


「ガボ!?」「ボボガッ!?」「イボガァァ!?」


「何だァァァァ!!?!?!?!?!?」


 瞬目、風の狼は噛みついた対象に吸い込まれるように消え、悪魔と魔獣達の攻撃が空を切る。そして、噛みついていた部位が破裂した。

 悪魔の首が吹き飛び、魔獣の身体に大きな穿孔跡が残る。


「案外呆気ないな……」


 森の奥で風の狼を操り、静観を決め込んでいたローガとハクロウが姿を現す。

ローガは『アンコウエン北を攻めて来た賊の割には、脆弱なことこの上ない』と胸裏で考えていた。

 しかし、その脆弱さ故に、


「死んだふりもある。確かめるぞ、親父……」


「分かっておる」


 結論に至る前に、ハクロウが答えを述べた。

 死んだふりをして、奇襲をかける。卑怯ではあるが、気付かずに負ければ相手のさとい作戦勝ち。なら、苦汁を喫しない為にも警戒は怠らない。


 ペテロの周りに居る残った人型の魔獣達は、ローガとハクロウの行動に下がる。


「あっはぁぁぁ!!!」


「「————ッ!?」」


 悪魔の腕が急に伸びて、生死の確認を取ろうとした二人に襲い掛かる。だが、警戒を怠らなかった二人は、二方向に跳躍して避けた。


「親父、大丈夫か?」


「無傷じゃよ……しかし、首を捥がれてなお、生きておるとはな……」


 伸びた腕の反対側に居るローガに、ハクロウが安否の確認を取る。その彼にローガは、まだまだ余裕であることを口調で示唆する。


「逃がすかよ!!」


 突如、伸びた腕が戻り、悪魔の身体が跳躍。右側にいるローガには右腕を、左側に居るハクロウには左腕を叩きつける。対格差は子供と小さな昆虫だ。まともに食らえば、圧死は免れない。


「チッ! じじいと中年の癖してすばっしこいな!」


 とはいっても、万が一程度しかその可能性は起きないが。

 土煙の中から飛び出てくるローガとハクロウ。ローガはもう一度、下方向に手を走らせて、その場に風の狼を出現させる。ハクロウは悪魔の左腕に乗って、腕を駆けあがっていく。


「首をがれても死なないという事は……」


 二人の狙いは、


「今度は心臓じゃ!!」


 心臓だ。狙った理由は直感。頭で駄目なら心臓という直感だ。


「させるかよ!!」


 その刹那、悪魔の身体が、黒い肉と肉の隙間が開き、中からオドが放出されるのをハクロウとローガは肌で感じた。

 その先に何が起こるのかは、考えるまでもない。


 ローガは風の狼を解いて、後方へ。ハクロウは、足から風魔法を放って上空に飛び退いた。

 次の瞬間、悪魔を中心にあらゆる属性の魔法が放たれた。


「仲間ごと巻き込もうとするとはな……」


 更地になった場所を見て、ローガはもう一度、風の狼を出現させる。

 他を顧みない、破壊と殺傷のみに富んだ攻撃だ。現に近くに居た配下の魔獣達は、悪魔の魔法に巻き込まれ、形影すらない。


「そう簡単にはいかせないということだろう。それより親父、見たか?」


 上空に飛び退いたハクロウが地上に降り、そう問いかけてくるが「阿保か、ちゃんと見とったわい」と、ローガは窃笑せっしょうしながら蓄えた髭を摩る。

 何を見たのか。それは当然、


「肉と肉の間から、オドが放出されとったの。それも、胴体。心臓の部位が一番多かった、じゃろ?」


 悪魔の肉と肉の間からオドが出ていたのを。更に、その源泉が何処なのかだ。


「あぁ、恐らく心臓部に弱点がある」


 腕の骨をポキっと鳴らし、ハクロウは爆心地を見やる。

 ローガは胸裏で『まだまだ、ワシの方が鑑識も技術も上じゃわ』と呟きながら、風の狼を待機させて爆発が収まるのを待った。


「手ごわいな! じじいと中年!!」


 爆心地の煙が晴れ、悪魔の姿が見えてくる。吹き飛んだ首は、時間が巻き戻されたかのように快癒かいゆしている。手を伸ばして攻撃してきたのだ。治癒魔法というよりかは、他の部位の肉を伸張させて元に戻した、の方が適切だろう。


 元に戻した理由は視界か、他に戻す理由があるのか。

 推究すいきゅうする意味も時間もない。


 悪魔が身を丸め込むように小さくすると、その背中の肉が膨れ上がる。膨れ上がった肉からは、黒い液体が溢れ出して来る。そして、


「行け! お前等!! 捕まえろ!!」


「「「ニボボ!! ニボシィィィィ!!!」」」


 二十は優に超える魔獣達が背中の中から出現。飛翔しながら、ローガ達に向かう。 

 飛び回る虫の如く鬱陶しいのなら、拘束したところを怪力で潰せばいい。ということだ。


「来い。ガウ」


「ガウゥゥゥン!!」


 小さく、弱々しすぎるハクロウの掛け声に、今まで姿を見せることの無かったガウが、先頭を飛翔する魔獣二体に噛みついた。


「ガウ! ギャルグルルル!! ギャウ!!」


「「ウギャベェ!!?」」


 ガウは噛みついた魔獣の胴体を、顎の力で噛みちぎる。次に、周りを飛翔しているその他の魔獣達を、全身から発した風魔法で引き裂いた。


「洗脳できてない魔獣か! めんどくせぇ!」


 嫌忌けんきしたように、悪魔は叫喚しながらガウに向かって突進する。対するガウは、噛みちぎった魔獣の胴体を吐き出し、四肢を横に伸ばして構えた。

 次にハクロウの「放て」という合図で口を開き、


「ガウ……ギャルグルオォォン!!」


 咆哮と共に、口から巨大な竜巻を発生させた。

 群れの長であるガウが、一度だけ使える風魔法の最高位タイフーンである。


「この程度!」


 しかし、悪魔は突進を止めることなく、身体の肉を伸張させてタイフーンを受ける場所——左腕を肥大化させた。

 衝突する竜巻と奇偉がぶつかる。互いに削り合いながらも、押し合いに勝ったのは悪魔の方だ。とはいっても、こちらは魔法であちらは体。削弱した割合は悪魔の方が大きい。


「カハハ! そのまま潰してやるぜ! ワンちゃん!!」


 勢いのままにガウへと右拳を振りかざす悪魔。その右腕を見て、ローガとハクロウは「ッ!?」と、瞿然と目を見開いた。


 立ちどころに、右腕が肥大したのだ。


——まだ大きくなるのか!?


 ローガとハクロウの心慮、どちらとも同じだ。

 それでも、


「フン!!!」


 ハクロウは凝然とすることなく、ガウの前まで出て、悪魔の右腕を両腕で弾いた。


「なぁにィ!?」


 右腕だけを肥大化させた所為で、悪魔の身体が無防備に浮く。


「ガウ!」


「ギャウゥゥゥン!!!」


 緩急をつけず、ハクロウはガウに攻撃の指示を送る。ガウはもう一度口を開き、悪魔の無防備になった心臓部へと竜巻を放つ。


「行け! カカカ!!」


 ローガも呵呵かかしながら風の狼を特攻させる。心臓部に接近する竜巻と風の狼達。その中心にある正体が、露わになるかと思った時、


酒落しゃらクセェェェェ!!!」


 もう一度、悪魔は周囲に魔法を放った。破壊の奔流に押し負け、消し飛ばされる竜巻と風の狼達。

 ローガ達は後方に飛んで攻撃を避けた。


 避けることは出来る。だが、攻撃は


「周辺に魔法を放たれては、攻撃が通らんの」


 悉く防がれてしまう。


「だが、そこまでして守ろうとするということは、やはり弱点は心臓部……」


「そうじゃな。奴の傑出能力は、自由自在に人型の魔獣を操り、自身の周りにその魔獣の肉を纏わせることが出来る。と、いったところかの……」


 魔獣を操り、自身の周りにその肉を纏わせるのは六属性の魔法にはない。故に、敵の未知なる力は傑出能力だ。悪魔の心臓部には、能力者がいる。


「あぁ。故に、纏わりついている肉を他の場所へ動かすことができ、離れて人型の魔獣にすることも可能。逆も然りだろうな」


 行使できる魔法の属性は全て。多属性魔法師は珍貴ちんきではあるが、行使できる属性が多いゆえに、一属性ごとの魔法の質は拙劣になってしまう。

 高位の魔法は扱えないものと考えたい。


「いやはや、攻防一体はシンプル故に厄介じゃな……あぁ、イテテ。肩凝った」


 ローガは敵の厄介な戦法に述懐した。


 敵はあと何回、周囲に同じ魔法を放てるのか。この場でその答えを導くのは、不可能に等しい。もし仮に何十、何百と放てるのなら、魔法を放った後隙を狙うのも厳しい。

 傑出能力は費用対効果が良いとはいえ、それでも際限なく行使できるわけではない。不毛は避けたいところ。

 となれば、結論は、

 

「親父、長期戦は面倒だ。敵が魔法を周囲に放った直後、そこで一気に決めに行くぞ」


 敵が爆発をした直後、爆発の魔法をも貫ける攻撃で、無防備となった心臓部を狙う。一点集中、出し惜しみなく全力でだ。


「は、言われんでも分かっとるわい……では、畳み掛けるかの」


「あぁ……」


 ローガの手元に一つの大きな風の玉が現れ、ハクロウの身体全身が疾風に包まれる。

フェンとギンジがローガから受けた、おっかない指導とは……


複数の風の狼を相手にローガと闘うこと。

そこで、フェンとギンジの心にとんでもないトラウマが刻まれたのだった。


「もう嫌ぁぁぁぁあ!!! 勘弁してェェェェ!!」

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