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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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第26話 再生の力

「オラァァァァァ!!!」


 地面が抉れ、叫喚とともに、ボトーが血気盛んな戦士の魔獣に突進する。ラグビー選手も脱帽の突進は、一秒も満たずに十メートル程ある距離を縮め、人型の魔獣に接触した。いや、衝突したといった方が、表現としては適切かもしれない。

 だが、


「中々、いい力してんじゃねぇか!」


「こいつッ!」


 その衝突を受けても、魔獣は吹き飛ばされることなく、ボトーを抑えとどめた。

 数秒間、互いに押し合い、睨み合ってピクリとも動かない両者。その互いの膂力りょりょくを試し合うやり取りに、切りをつけたのは、


「オラァッ!」


「ッ!!」


 魔獣の方だ。

 魔獣は快哉と言いたげな表情で、ボトーの顎に蹴り上げをお見舞いした。


「どうした、どうしたァァァ!!」


 更に、魔獣は怯むボトーの顔面に右ストレート、左フック、ボディブロー、アッパー、殴り殴りまくって、ラッシュを叩き込んでいく。

 本来なら、意識を失ってもおかしくはない程のダメージ。だが、ボトーは目を見開いて、


「調子に乗んじゃねぇ!!」


 魔獣の拳を避けて、その胴体にカウンターパンチを食い込ませた。

 相手の力と自分の力を乗せたカウンターだ。今度こそは魔獣の身体が吹き飛んだ。


「ゴぇ!?」


 吹き飛んだ魔獣は樹木にぶつかって、舞い散る木の葉と共に落下。力なく項垂れた。


 手応えありだ。食い込ませた拳は、魔獣の胸に陥没跡を残している。このまま、首の骨を折り、始末して仲間の元へ助勢しなければ。


「いいねぇ、効いたぜ」


「なにッ!」


 ボトーが歩いて近づこうとすると、項垂れていた魔獣がおもむろに立ち上がった。首の骨を鳴らし、身体を検める魔獣。

 強打であったのは、胸の陥没跡が証明している。だのに、この魔獣。あの攻撃を受けて尚、快然と立ち上がる気力があるとは。

 ただの賊ではない。見た目は他の人型の魔獣と同じだが、それ以外は違うものと考えていいだろう。


「プロテクションを貫いてきやがった……ハハハハ……」


 魔獣はそう言って笑いながら、胸の陥没跡に触れる。ボトーは何か仕掛けてくるのかと考え、歩みを止めたがそれが逆に仇となった。

 唐突、魔獣の身体が水色の光に覆われ、胸部の陥没した部分が、元に戻っていくのだ。

 

 こいつ、多属性魔法師か。


 多属性魔法師——水魔法と土魔法の才能を併せ持つ存在だ。とはいっても、プロテクションという言葉が本当かどうかは分からない。ブラフの可能性も——、


「ハッ!!」


「グゥオッ!?」


 忽然と眼前に現れる氷柱。沈思ちんしに意識を割いてしまった所為で、ボトーの反応が一瞬だけ遅れてしまう。

 辛うじて防ぐことが出来たが、防御に使った両腕に凍傷を負ってしまった。


 多属性魔法師であり治癒魔法を扱えるのなら、


「出し惜しみは出来ねぇな……」


 出し惜しみなしで、ここからは全力で挑もう。


「岩石纏繞(てんじょう)


 ボトーが何かを呟くと、彼の周りの地面が隆起——浮遊し、身体に纏わりついていく。

 岩石纏繞。その名の通り、岩石を身体に纏わせる力——傑出能力である。


「なんだぁ? 岩が体に纏わりついていきやがる……だが、おいおい」


 ——ボトーを見た魔獣の心境は『おつむが悪い』だ。


 岩を身体に纏ったことへの驚きはあるが、身体は岩で完全に覆われている。守りは硬くなったが、その所為で動きが鈍くなってしまっている。それに岩の鱗程度では、氷魔法は防げない。

 魔獣は敵の行動が無様過ぎて、


「ハハ、関節まで固く覆っちまったら、まともに動け——」


「岩石操作」


 魔獣が嘲笑あざわらおうとしたとき、ボトーの身体が消えた。居場所は、


「下!? ゴベェ!?」


 気付いた時には、魔獣の意識は遠のいていた。


「今度は確実に首の骨を折ったぜ……」


 戻り、魔獣を斃したボトーへ。


 魔獣が嘲笑おうとした転瞬、岩を纏ったボトーが動き、魔獣の首をへし折ったのだ。固く機動性が低いはずの岩石の塊が、俊敏な動きで相手をほふったということである。


 それを可能にしたのが岩石操作。こちらもその名の通り、自身が魔法で作った岩を自由自在に操作する力——ボトーが持つ、もう一つの傑出能力である。


 岩石を纏ったまま、ボトーは魔獣から村民を守る警備隊の元へ走った。


——人型の魔獣と、


 場面は変わり、冷厳な戦士の魔獣と闘うラウラへ。


「なッ!? ベジュベット!! 避けろ!!」


「目下の敵を余所見とは、感心しませんね」


 村へ向かった警備隊の精鋭。その彼らに奇襲を仕掛ける配下の魔獣達。助けに向おうとしたラウラを、違う魔獣達が囲って立ちはだかる。


 冷厳な戦士の魔獣が指で合図を送ると、ラウラに向かって配下の魔獣達が一斉に飛び掛かった。


 徒手としゅであるラウラにとって、囲まれ一斉に攻撃されるのは痛手である。冷厳な戦士の魔獣は、彼女と警備隊の精鋭達との情誼を見て、もしやと悟った。そして、そのもしやを狙った結果が現在である。


 魔法では捌ききれない。徒手で相手をすれば後ろがおろそかになる。配下の魔獣が一人でも攻撃できれば、致命傷を与えられる。

 仮に一点突破、或いは全てが捌かれたとしても自分がいる。隙などない。


「邪魔ァァァ!!」


「なッ!?」


 それは、転瞬だった。

 突然、ラウラの手元から槍が出現。一斉に飛び掛かった配下の魔獣達が、転瞬にして全て切り裂かれたのだ。


「槍が、いわかに!」


「誰が、感心しませんだって?」


 ラウラに向かって火魔法を放つ、冷厳な戦士の魔獣。だが、ラウラは身を低くして火魔法を避け、


「フンッ!!」


「ガァバァ!?!?」


 次のコマでは、槍が魔獣の胸部まで接近。心臓ごと胸を貫き、更にオドの放出で胸に大きな穴をあけてみせた。

 

「ハッ! クズ野郎の終りとしては、中々良い散りざまネ」


 ラウラは赤黒い血の付いた槍を軽く振って、血を飛ばす。彼女が右手から槍を手放すと、またもや、槍が何の前触れもなく消え去る。

 槍を俄に出現させ、俄に消すことが出来るラウラの傑出能力である。


 ラウラは警備隊の精鋭の助勢に向かった。


——相対する者達全てが、


 移り変わった場面は、老戦士の魔獣二体と対抗するフェンとギンジだ。


「これは中々、イキのいい奴がおりますなぁ。リクじいさんや」


「そうですなぁ……こういった若者の芽を、根っこから抜くのは、いつまで経ってもやめられませんなぁ。サツじいさんや……」


 配下の魔獣達をなぎ倒しながら、老戦士の魔獣へ近づいていく二人。力量と知能共に低い配下の魔獣では、足止め程度にしかならない。


「そいや!」


「チェストォォ!!!」


 ギンジは氷魔法を放って、フェンは蹴り飛ばして魔獣を斃し、老戦士の魔獣がいる木の下まで近寄った。

 見上げる二人。フェンだけが睨み付け、


「エンタク様の魔獣達を操ったその罪、あがなってもらうぞ賊!! 覚悟しろ!!」


 握り拳を前に出し、老戦士の魔獣に向かって征伐せいばつを宣言した。


「おぉ、怖いのぉ」


「怖い怖い。勢いだけが、若者の取柄じゃからな」


 フェンの暑苦しい様に、片方の老戦士の魔獣は皮肉げに顔をしかめて、もう片方は侮蔑するような嫌味を喋る。性格の悪いじじいだ。

 年高は敬うべき、とは都合のいい馬鹿げた話である。敬われるべき者を、敬うべきでいいだろう。


「あれ、僕も若者扱い?」


「会話している場合かァ!」


 真面目な返答をするギンジに、フェンが至極真っ当なツッコミを入れた。

 こちらを殺そうとしてくる賊に、会話など不要だ。その時間を、賊の征伐に向けるべきである。


「やはり、勢いだけですなぁ。サツじいさんや」


「そうですなぁ。全く気付く素振りが無いとは……ククク」


 フェンとギンジは侮蔑してくる老戦士の魔獣を無視して、周囲の気配を探った。

 間抜けだった。


「いつの間に! 囲まれてしまっている!」


 悪しき状況にぼやくフェン。いつの間にか、配下の魔獣達に囲まれていたのだ。

 中心にいる大将に向かって攻めやすくして、相手を誘って包囲し殲滅せんめつする。つるの陣形である。


「正面がやけに薄いと思ったら、そういうことですか。なら」


 ギンジは杖を翳して、その先端にオドを収束させる。杖の先端からオドが放たれ、氷魔法として昇華。前後左右と上方に向かって、氷柱が放たれる。

 囲まれたのなら、囲って来た相手全てを打ち倒すのみだ。


「ウギャベェ!?」「ミボォウェ!?」「キボォウェ!?」


 力量と知能共に低い配下の魔獣達は、魔法を防ぐ手段がなく斃されていく。だが、老戦士の魔獣は、


「いかんいかん!」


粗忽そこつじゃのぉ!」


 樹木から左右に別れて降り、攻撃を防ぎながら、その手にオドを集中させた。


 ギンジの攻撃は一見隙の無いものに見えるが、一発一発の氷柱の威力は弱い。故に、力量と知能共に高い老戦士の魔獣にとっては、児戯じぎにも等しかった。


 動きを見せないフェンが攻撃を行ったとしても、老戦士の魔獣二体は容易に避けられる距離にいる。フェンが攻撃を仕掛けてくれば、片方でギンジを。フェンが攻撃せずギンジをかばっても、同時に二方向を防ぐことは出来ない。


 老戦士の魔獣が『先ずは一人』と、勝利の快味かいみに笑った時、


「それは」「貴方方ですよ」


 フェンとギンジは老戦士の魔獣に言い返した。


「烈火集積」


 フェンの掌から炎が放出され、それが頭の上に集積。半径二メートル程の火球が生成される。


「「なんだ!?」」


 老戦士の魔獣が吃驚したのは、フェンが火球を生成させたことにではない。彼らが吃驚したのは、火球が形を保ち続けている事に対してだ。

 元来、土魔法や水、氷魔法と違って火や風魔法などは形を保ち続けられない。だが、目の前では矛盾が起こっている。


「「ゲイルライエ!!」」


 老戦士の魔獣は驚きつつも、フェンとギンジに向かって風魔法を連続で放った。

 解明よりも殺生であると判断したのだ。


「発射!」


「防がれ——」


 だが、風魔法はフェンが生成した巨大な火球——そこから放たれた無数の火球によって、ことごとく相殺されてしまう。

 それだけでは止まらない。更に、少しだけ小さくなった火球からもう一度、無数の火球が老戦士の魔獣の命を刈り取らんと放たれたのだ。


「水球っと」


 上空に飛び退けることで、老戦士の魔獣は攻撃を避けた。しかし、今度はギンジの掌から水が放出され、それが頭上へと集約。フェンと同じく、半径二メートル程の水球が生成される。


「発射!」「伸縮、とう


「ゲバァ!?」「ウベェ!?」


 そして、巨大な火球から放たれる無数の火球と、巨大な水球から自在に伸びる氷の触手——圧倒的な密度、手数で老戦士の魔獣の命を刈り取った。


 肉塊と化し、老戦士の魔獣だったものが地に落ちていく。


 フェンが使った力の一つ目は、烈火集積。放出した火魔法を貯めこむ傑出能力だ。もう一つは発射。集積した烈火を恣意的に、貯めた分だけ放てる傑出能力。この二つである。


 ギンジが使った力の一つ目は水球。フェンと類似する、放出した水魔法を貯めこむ傑出能力だ。二つ目は伸縮、撓。貯めた水を自由自在に動かし、動かした部分を凍らせることができる傑出能力である。

 凍らせた部分は水球から切り離され、水球が無くなるまで凍らせることが可能だ。


 フェンとギンジは火球と水球を解除して、


「ローガ殿の元へ向かうぞ! ギンジ!」


「了解」


 ローガとハクロウの元へ向かう。 


——ほぼ同時に、


「やるじゃねぇか……」


 首が折れたはずの血気盛んな戦士の魔獣が、


「やはり余所見は、感心しませんね」


 心臓ごと胴体を穿うがたれた冷厳な戦士の魔獣が、


「攻防一体とは……」


「いやはや、手ごわい若者ですなぁ……」


「「引き抜き甲斐がある、引き抜き甲斐がある」」


 命を刈り取られた老戦士の魔獣が、


「「「なッ!? 生きて!?」」」


 身体を再生させて立ち上がった。


——魔獣の再生能力に気付いた。


「反撃開始だぜぇ!」


 振り返ろうとしたボトーに、血気盛んな戦士が氷魔法を。


「ッ!!」


 槍を取り出し、構えようとしたラウラに冷厳な戦士の魔獣が火魔法を。


「「より強大な魔法を!! トルネードライエ!!」」


 火球と水球を生成し、防御しようとしたフェンとギンジに、老戦士の魔獣が風魔法を。


 四人全員が、敵の魔法をもろに食らってしまう。



  ※ ※ ※ ※ ※ 



「大人しくしてろッ!!」


「キャウン!」


 坂の下に集まり、コウエンタクを襲おうとしていた最後の魔獣を、グーダが樹木に投げ飛ばして昏倒させた。


 坂の上——地の利を活かし、ハオに助太刀を受けながら苦節くせつ、全ての魔獣を気絶させた。


「よっしゃ! これで気絶させた数は十! 神器さまさまだな! こりゃあよぉ!!」


 達成感に浸りたくなったグーダは、大の字で地面に倒れ込む。


 今まで味わう事の無かった魔獣との戦闘。それを、ハオから助太刀を受けたとはいえ、無傷で乗り越えられた事実。

 リメアを狙うスラム街のチンピラ程度なら、幾度となくねじ伏せてきたが。獰猛、巨大。チンピラなど陳腐ちんぷに思える程に、魔獣を気絶させるのは骨が折れた。


 今は、今だけは、この興趣きょうしゅを味わっていたい。


「神器から力を貰ってるとはいえ、魔獣を調伏したことないのによくやるじゃん。グーダ……」


 見下げながら、ねぎらいの言葉を掛けてくるハオに、グーダは「おうよ!」と言ってサムズアップする。その手でふところから皮袋を取り出し、水を頭から被るように飲んだ。

 体温と昼の温度に晒されて、水はとっくにお湯になっている。だが、まずくはない。


 もう一度大の字になって、空にあるふわふわな積雲を見た。


「伊達に若頭の護衛は名乗ってねぇってことよ!! それで、ハオは何体気絶させたんだ?」


「十八」


 首だけを動かして質問するグーダに、ハオはトンファーを腰に掛けながら答える。その衝撃の事実を聞いて、グーダは上半身を起こし、


「俺より八体も多いのかよ! やっぱハオはすげぇな!!」


 ハオに笑いながらツッコんだ。


 同時に、三十体近くの魔獣を気絶させた事実にも、内心では驚いていた。

 魔獣を気絶させることだけに奔走していたのだが、それでも八体という厳然たる差異。年上である自分がみじめに思えてくる。


「まぁ! 当然といえば当然の結果かな」


 気取った口調であるが、鼻の下に人差し指を置く仕草は子供らしい倒錯とうさくだ。因みにグーダはその倒錯に気付いていない。彼にあるのは純粋な尊敬だ。


 年上らしさを魅せたかったが、今後はただ一人の対等な友達として、よこしまな感情無く接しよう。グーダはそう思惟する。


「さて……今のところ魔獣は見えないし、グーダ! こいつら運ぶぞ!」


「わかった! で、何処に運ぶんだ?」


 催促され、グーダは勢いよく立ち上がると、一番近くに倒れていたゴリラの魔獣を背負う。それを見て、ハオも、


「こいつらのまでだ。起きた時、知らない場所に居たら嫌だろ? 先ずは、ゴリラの魔獣だ。俺が二匹背負うから、グーダはその一匹を背負ったまま付いて来てくれ」


 ゴリラの魔獣を両肩に一体ずつ乗せた。


「合点承知! 地元民、案内頼んます!」


「ういうい……」


 軽く返事をして、ハオはゴリラの魔獣の棲み処に移動開始。棚田たなでん状の坂を、飛び降りていく。その彼を見て、グーダも同じように飛び降りようとしたが、かなりの重さに断念してしまった。

 一匹だけでも重いというのに、ハオは二匹背負ってだ。自分よりも小さい筈のハオがだ。邪な感情無く接したいという意思が、早くも折れそうである。


 頭を悩ませつつ、移動してから十数分程。

 棲み処らしき森然とした森に入ると、ハオが足を止めた。


「確かここらへんだったかな?」


「凄いな、ハオ。二匹背負って、汗かいてねぇじゃねぇか」


 額に汗を掻き、呼吸を荒くするグーダとは対照的な、汗を掻いていないハオ。

 グーダが胸裏で『もう折れていいかな』と、自棄になってしまうのも仕方がない差である。


「鍛えてんの……」


 グーダの心慮しんりょを知る由もないハオは、彼から褒められると、ゴリラの魔獣を地面に降ろしてサムズアップした。

 グーダも同じ場所にゴリラの魔獣を降ろし、背筋を伸ばそうとすると、


「よし、戻るぞ。次は熊の魔獣だ」


 一息つく間もなく、ハオが移動の催促をした。

 護衛であるのを格好つけて誇称こしょうした手前、少し休みたいとは口が滑っても言えない。罪のない被害者でもある魔獣のことを考えれば、なお断れない。


「が、合点承知!」


 言葉を詰まらせながら、グーダは表面上だけ快諾。ハオに続いた。


「よし、次はカメレオンの魔獣な」


「合点承知」


 二度目はまだいけた。


「よし、次行くぞ」


「合点、承知……」


 三度目から、徐々にやせ我慢が切れ始め、


「はい、次行くぞ」


「がってん、しょう、ち……」


 四度目の移動で、心身共に限界が来てしまった。


「ここだ。っておい……へばってんじゃねぇか。流石に休んどく?」


 魔獣を背中から降ろしたハオが、後ろで息切れして崩れ落ちそうになっているグーダを見て傍に近寄る。

 グーダは魔獣を降ろすと日陰に座り、ハオの提言に言葉ではなく、勢いよく首を縦に振って意思表明。その場に大の字で倒れ込み、皮袋に残っていた少量の水を絞るように飲み干した。


 才能があり優秀であるハオだが、事後でしか他者をおもんぱかれないのが、才能があり優秀な警備隊の者達との違いである。


「自分より、重い魔獣を背負って、山道やまみちん中を持ち運ぶのって、きついぜ。マジで……」


「俺と違って、筋肉操作できないグーダには流石にきつかったか?」


 息を整えているグーダが耳にしたことのない抽象概念を、ハオが口にする。

 これで本日二度目だ。


「きんにく、そうさ?」


 復唱して問い返してくるグーダに、ハオは「そう、筋肉操作。見ててみ」と、自身の袖をまくって腕を見せた。自然とグーダの注目が腕に行く。

 ハオが「んッ!」と力むと、彼の腕の筋肉が少し膨れ上がり、血管が浮き上がった。


「こうやって筋肉を操作することで、身体を頑強にして、身体能力を向上させるんだ。身体全身を筋肉操作で強化すれば、重い物を軽々と持ち上げれるし、鉄より硬い体になる……」


「すっげぇ……血管が浮き上がってやがるぜ」


 グーダはその様を珍重に見まわしながら、所懐を呟いた。


 筋肉操作。重い物を軽々と持ち上げることができて、鉄より硬い体になる。

 魔獣を気絶させた数に、自身より重い魔獣を運んでも汗一つ掻かない体力。ハオとの厳然たる身体能力の差異がこれだったわけだ。


 グーダの溜飲が下がった。ついでに、折れかけていた意思も元に戻った。


「警備隊の上位層は大体扱えるぜ……筋肉操作は、魔法師としての才能が高ければ高い程、より高性能になる。逆に才能がなければ、陳腐なものになっちまうけどな。因みに、俺の親父とじっちゃんは、ピカイチだぜ」


「マジかよ。俺、土魔法師としての才能は中の中だぞ」


 ボディブローとアッパー。驚きの二連続攻撃だ。

 修練を怠ったつもりなど微塵もなかったが、上には上がいたようだ。自身の管見かんけんを自覚しつつ、より一層修練を積まなくては、とやる気が湧いてくる。


「因みに言っとくが、才能があっても修練しなきゃ扱えないぜ。才能があっても、その才能にかまけてちゃ、ただの豚だ」


怠惰たいだは豚……頑張れってことっすか」


 その点に関しては問題ない。何故ならやる気に満ちているからだ。


 そのグーダを見たハオの心境に移り変わる。


「そういうこと。さ、戻るぜ。まだ、棲み処に返せてない魔獣がいるから——ッ!?」


 ハオが親指を立てて、グーダを背負って帰ろうとしたその時。


——ッボ!?!?!?!?


 上空から巨大な火球が落ちて来た。

 瞬息しゅんそくの出来事にハオだけが気付き、グーダの首根っこを掴んでその場から離脱。気絶している魔獣の前に立つ。


「なんだぁ!? 空からでっけぇ火球が落ちてきやがったぞ!?」


「敵だ! 上空からこっちを狙ってきやがった!!」


 突拍子もない事に、何が起こったのか状況がのみ込めていないグーダ。余燼よじんが舞う中、ハオは上空からこちらを狙って来た敵を睨んだ。

 その先には、


「あら、子供だから苦しめずに殺してあげようと思ったけど……貴方、なかなかやるわね♡」


 赤黒い人型の魔獣が、自分達を見下げていた。アンコウエン全土に急襲を仕掛けて来た賊の一人だ。

 先程の攻撃で森に火が付き始めている。幸い岩肌に囲まれた森である為、火が山全体に広がることは無いが。


「誰だ!! てめぇ!!」


 ハオは苛立ちながら叫んでいた。

 火に囲まれ、気絶した魔獣とグーダを守りながら戦わなければならない。煩雑はんざつもいい状況に、ハオは「ちッ! クソ!」と舌打ちをした。


「え? アタシ? そうね……」


 答えてもらうつもりで叫んだわけではない。半ば感情的に発した言葉だった。だが、魔獣は、


「昔のエンザン警備隊の長ってとこかしら?」


 律儀にもその素性を明かした。

 その窃笑せっしょうする面貌と頬に手を当てる仕草は、まるで相手が悩み苦しむのを知っているかのようだ。事実、魔獣にハオは「は……?」と、煩悶はんもんの声を出していた。


 昔のエンザン警備隊の長。仲間である者が何故、アンコウエンを襲うのだ。

 決まっている。はったりだ。謀によって急襲を仕掛けて来たのなら、こちらが煩悶するような情報を知っていてもおかしくはない。


「大人しくしてなさい……楽に殺してあげるから」


 魔獣の後方から、黒い点——無数の人型の魔獣達が見えてくる。

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