第26話 再生の力
「オラァァァァァ!!!」
地面が抉れ、叫喚とともに、ボトーが血気盛んな戦士の魔獣に突進する。ラグビー選手も脱帽の突進は、一秒も満たずに十メートル程ある距離を縮め、人型の魔獣に接触した。いや、衝突したといった方が、表現としては適切かもしれない。
だが、
「中々、いい力してんじゃねぇか!」
「こいつッ!」
その衝突を受けても、魔獣は吹き飛ばされることなく、ボトーを抑え留めた。
数秒間、互いに押し合い、睨み合ってピクリとも動かない両者。その互いの膂力を試し合うやり取りに、切りをつけたのは、
「オラァッ!」
「ッ!!」
魔獣の方だ。
魔獣は快哉と言いたげな表情で、ボトーの顎に蹴り上げをお見舞いした。
「どうした、どうしたァァァ!!」
更に、魔獣は怯むボトーの顔面に右ストレート、左フック、ボディブロー、アッパー、殴り殴りまくって、ラッシュを叩き込んでいく。
本来なら、意識を失ってもおかしくはない程のダメージ。だが、ボトーは目を見開いて、
「調子に乗んじゃねぇ!!」
魔獣の拳を避けて、その胴体にカウンターパンチを食い込ませた。
相手の力と自分の力を乗せたカウンターだ。今度こそは魔獣の身体が吹き飛んだ。
「ゴぇ!?」
吹き飛んだ魔獣は樹木にぶつかって、舞い散る木の葉と共に落下。力なく項垂れた。
手応えありだ。食い込ませた拳は、魔獣の胸に陥没跡を残している。このまま、首の骨を折り、始末して仲間の元へ助勢しなければ。
「いいねぇ、効いたぜ」
「なにッ!」
ボトーが歩いて近づこうとすると、項垂れていた魔獣が徐に立ち上がった。首の骨を鳴らし、身体を検める魔獣。
強打であったのは、胸の陥没跡が証明している。だのに、この魔獣。あの攻撃を受けて尚、快然と立ち上がる気力があるとは。
ただの賊ではない。見た目は他の人型の魔獣と同じだが、それ以外は違うものと考えていいだろう。
「プロテクションを貫いてきやがった……ハハハハ……」
魔獣はそう言って笑いながら、胸の陥没跡に触れる。ボトーは何か仕掛けてくるのかと考え、歩みを止めたがそれが逆に仇となった。
唐突、魔獣の身体が水色の光に覆われ、胸部の陥没した部分が、元に戻っていくのだ。
こいつ、多属性魔法師か。
多属性魔法師——水魔法と土魔法の才能を併せ持つ存在だ。とはいっても、プロテクションという言葉が本当かどうかは分からない。ブラフの可能性も——、
「ハッ!!」
「グゥオッ!?」
忽然と眼前に現れる氷柱。沈思に意識を割いてしまった所為で、ボトーの反応が一瞬だけ遅れてしまう。
辛うじて防ぐことが出来たが、防御に使った両腕に凍傷を負ってしまった。
多属性魔法師であり治癒魔法を扱えるのなら、
「出し惜しみは出来ねぇな……」
出し惜しみなしで、ここからは全力で挑もう。
「岩石纏繞」
ボトーが何かを呟くと、彼の周りの地面が隆起——浮遊し、身体に纏わりついていく。
岩石纏繞。その名の通り、岩石を身体に纏わせる力——傑出能力である。
「なんだぁ? 岩が体に纏わりついていきやがる……だが、おいおい」
——ボトーを見た魔獣の心境は『お頭が悪い』だ。
岩を身体に纏ったことへの驚きはあるが、身体は岩で完全に覆われている。守りは硬くなったが、その所為で動きが鈍くなってしまっている。それに岩の鱗程度では、氷魔法は防げない。
魔獣は敵の行動が無様過ぎて、
「ハハ、関節まで固く覆っちまったら、まともに動け——」
「岩石操作」
魔獣が嘲笑おうとしたとき、ボトーの身体が消えた。居場所は、
「下!? ゴベェ!?」
気付いた時には、魔獣の意識は遠のいていた。
「今度は確実に首の骨を折ったぜ……」
戻り、魔獣を斃したボトーへ。
魔獣が嘲笑おうとした転瞬、岩を纏ったボトーが動き、魔獣の首をへし折ったのだ。固く機動性が低いはずの岩石の塊が、俊敏な動きで相手を屠ったということである。
それを可能にしたのが岩石操作。こちらもその名の通り、自身が魔法で作った岩を自由自在に操作する力——ボトーが持つ、もう一つの傑出能力である。
岩石を纏ったまま、ボトーは魔獣から村民を守る警備隊の元へ走った。
——人型の魔獣と、
場面は変わり、冷厳な戦士の魔獣と闘うラウラへ。
「なッ!? ベジュベット!! 避けろ!!」
「目下の敵を余所見とは、感心しませんね」
村へ向かった警備隊の精鋭。その彼らに奇襲を仕掛ける配下の魔獣達。助けに向おうとしたラウラを、違う魔獣達が囲って立ちはだかる。
冷厳な戦士の魔獣が指で合図を送ると、ラウラに向かって配下の魔獣達が一斉に飛び掛かった。
徒手であるラウラにとって、囲まれ一斉に攻撃されるのは痛手である。冷厳な戦士の魔獣は、彼女と警備隊の精鋭達との情誼を見て、もしやと悟った。そして、そのもしやを狙った結果が現在である。
魔法では捌ききれない。徒手で相手をすれば後ろが疎かになる。配下の魔獣が一人でも攻撃できれば、致命傷を与えられる。
仮に一点突破、或いは全てが捌かれたとしても自分がいる。隙などない。
「邪魔ァァァ!!」
「なッ!?」
それは、転瞬だった。
突然、ラウラの手元から槍が出現。一斉に飛び掛かった配下の魔獣達が、転瞬にして全て切り裂かれたのだ。
「槍が、俄に!」
「誰が、感心しませんだって?」
ラウラに向かって火魔法を放つ、冷厳な戦士の魔獣。だが、ラウラは身を低くして火魔法を避け、
「フンッ!!」
「ガァバァ!?!?」
次のコマでは、槍が魔獣の胸部まで接近。心臓ごと胸を貫き、更にオドの放出で胸に大きな穴をあけてみせた。
「ハッ! クズ野郎の終りとしては、中々良い散りざまネ」
ラウラは赤黒い血の付いた槍を軽く振って、血を飛ばす。彼女が右手から槍を手放すと、またもや、槍が何の前触れもなく消え去る。
槍を俄に出現させ、俄に消すことが出来るラウラの傑出能力である。
ラウラは警備隊の精鋭の助勢に向かった。
——相対する者達全てが、
移り変わった場面は、老戦士の魔獣二体と対抗するフェンとギンジだ。
「これは中々、イキのいい奴がおりますなぁ。リクじいさんや」
「そうですなぁ……こういった若者の芽を、根っこから抜くのは、いつまで経ってもやめられませんなぁ。サツじいさんや……」
配下の魔獣達をなぎ倒しながら、老戦士の魔獣へ近づいていく二人。力量と知能共に低い配下の魔獣では、足止め程度にしかならない。
「そいや!」
「チェストォォ!!!」
ギンジは氷魔法を放って、フェンは蹴り飛ばして魔獣を斃し、老戦士の魔獣がいる木の下まで近寄った。
見上げる二人。フェンだけが睨み付け、
「エンタク様の魔獣達を操ったその罪、贖ってもらうぞ賊!! 覚悟しろ!!」
握り拳を前に出し、老戦士の魔獣に向かって征伐を宣言した。
「おぉ、怖いのぉ」
「怖い怖い。勢いだけが、若者の取柄じゃからな」
フェンの暑苦しい様に、片方の老戦士の魔獣は皮肉げに顔を顰めて、もう片方は侮蔑するような嫌味を喋る。性格の悪いじじいだ。
年高は敬うべき、とは都合のいい馬鹿げた話である。敬われるべき者を、敬うべきでいいだろう。
「あれ、僕も若者扱い?」
「会話している場合かァ!」
真面目な返答をするギンジに、フェンが至極真っ当なツッコミを入れた。
こちらを殺そうとしてくる賊に、会話など不要だ。その時間を、賊の征伐に向けるべきである。
「やはり、勢いだけですなぁ。サツじいさんや」
「そうですなぁ。全く気付く素振りが無いとは……ククク」
フェンとギンジは侮蔑してくる老戦士の魔獣を無視して、周囲の気配を探った。
間抜けだった。
「いつの間に! 囲まれてしまっている!」
悪しき状況にぼやくフェン。いつの間にか、配下の魔獣達に囲まれていたのだ。
中心にいる大将に向かって攻めやすくして、相手を誘って包囲し殲滅する。鶴の陣形である。
「正面がやけに薄いと思ったら、そういうことですか。なら」
ギンジは杖を翳して、その先端にオドを収束させる。杖の先端からオドが放たれ、氷魔法として昇華。前後左右と上方に向かって、氷柱が放たれる。
囲まれたのなら、囲って来た相手全てを打ち倒すのみだ。
「ウギャベェ!?」「ミボォウェ!?」「キボォウェ!?」
力量と知能共に低い配下の魔獣達は、魔法を防ぐ手段がなく斃されていく。だが、老戦士の魔獣は、
「いかんいかん!」
「粗忽じゃのぉ!」
樹木から左右に別れて降り、攻撃を防ぎながら、その手にオドを集中させた。
ギンジの攻撃は一見隙の無いものに見えるが、一発一発の氷柱の威力は弱い。故に、力量と知能共に高い老戦士の魔獣にとっては、児戯にも等しかった。
動きを見せないフェンが攻撃を行ったとしても、老戦士の魔獣二体は容易に避けられる距離にいる。フェンが攻撃を仕掛けてくれば、片方でギンジを。フェンが攻撃せずギンジを庇っても、同時に二方向を防ぐことは出来ない。
老戦士の魔獣が『先ずは一人』と、勝利の快味に笑った時、
「それは」「貴方方ですよ」
フェンとギンジは老戦士の魔獣に言い返した。
「烈火集積」
フェンの掌から炎が放出され、それが頭の上に集積。半径二メートル程の火球が生成される。
「「なんだ!?」」
老戦士の魔獣が吃驚したのは、フェンが火球を生成させたことにではない。彼らが吃驚したのは、火球が形を保ち続けている事に対してだ。
元来、土魔法や水、氷魔法と違って火や風魔法などは形を保ち続けられない。だが、目の前では矛盾が起こっている。
「「ゲイルライエ!!」」
老戦士の魔獣は驚きつつも、フェンとギンジに向かって風魔法を連続で放った。
解明よりも殺生であると判断したのだ。
「発射!」
「防がれ——」
だが、風魔法はフェンが生成した巨大な火球——そこから放たれた無数の火球によって、悉く相殺されてしまう。
それだけでは止まらない。更に、少しだけ小さくなった火球からもう一度、無数の火球が老戦士の魔獣の命を刈り取らんと放たれたのだ。
「水球っと」
上空に飛び退けることで、老戦士の魔獣は攻撃を避けた。しかし、今度はギンジの掌から水が放出され、それが頭上へと集約。フェンと同じく、半径二メートル程の水球が生成される。
「発射!」「伸縮、撓」
「ゲバァ!?」「ウベェ!?」
そして、巨大な火球から放たれる無数の火球と、巨大な水球から自在に伸びる氷の触手——圧倒的な密度、手数で老戦士の魔獣の命を刈り取った。
肉塊と化し、老戦士の魔獣だったものが地に落ちていく。
フェンが使った力の一つ目は、烈火集積。放出した火魔法を貯めこむ傑出能力だ。もう一つは発射。集積した烈火を恣意的に、貯めた分だけ放てる傑出能力。この二つである。
ギンジが使った力の一つ目は水球。フェンと類似する、放出した水魔法を貯めこむ傑出能力だ。二つ目は伸縮、撓。貯めた水を自由自在に動かし、動かした部分を凍らせることができる傑出能力である。
凍らせた部分は水球から切り離され、水球が無くなるまで凍らせることが可能だ。
フェンとギンジは火球と水球を解除して、
「ローガ殿の元へ向かうぞ! ギンジ!」
「了解」
ローガとハクロウの元へ向かう。
——ほぼ同時に、
「やるじゃねぇか……」
首が折れたはずの血気盛んな戦士の魔獣が、
「やはり余所見は、感心しませんね」
心臓ごと胴体を穿たれた冷厳な戦士の魔獣が、
「攻防一体とは……」
「いやはや、手ごわい若者ですなぁ……」
「「引き抜き甲斐がある、引き抜き甲斐がある」」
命を刈り取られた老戦士の魔獣が、
「「「なッ!? 生きて!?」」」
身体を再生させて立ち上がった。
——魔獣の再生能力に気付いた。
「反撃開始だぜぇ!」
振り返ろうとしたボトーに、血気盛んな戦士が氷魔法を。
「ッ!!」
槍を取り出し、構えようとしたラウラに冷厳な戦士の魔獣が火魔法を。
「「より強大な魔法を!! トルネードライエ!!」」
火球と水球を生成し、防御しようとしたフェンとギンジに、老戦士の魔獣が風魔法を。
四人全員が、敵の魔法を諸に食らってしまう。
※ ※ ※ ※ ※
「大人しくしてろッ!!」
「キャウン!」
坂の下に集まり、コウエンタクを襲おうとしていた最後の魔獣を、グーダが樹木に投げ飛ばして昏倒させた。
坂の上——地の利を活かし、ハオに助太刀を受けながら苦節、全ての魔獣を気絶させた。
「よっしゃ! これで気絶させた数は十! 神器さまさまだな! こりゃあよぉ!!」
達成感に浸りたくなったグーダは、大の字で地面に倒れ込む。
今まで味わう事の無かった魔獣との戦闘。それを、ハオから助太刀を受けたとはいえ、無傷で乗り越えられた事実。
リメアを狙うスラム街のチンピラ程度なら、幾度となくねじ伏せてきたが。獰猛、巨大。チンピラなど陳腐に思える程に、魔獣を気絶させるのは骨が折れた。
今は、今だけは、この興趣を味わっていたい。
「神器から力を貰ってるとはいえ、魔獣を調伏したことないのによくやるじゃん。グーダ……」
見下げながら、労いの言葉を掛けてくるハオに、グーダは「おうよ!」と言ってサムズアップする。その手で懐から皮袋を取り出し、水を頭から被るように飲んだ。
体温と昼の温度に晒されて、水はとっくにお湯になっている。だが、まずくはない。
もう一度大の字になって、空にあるふわふわな積雲を見た。
「伊達に若頭の護衛は名乗ってねぇってことよ!! それで、ハオは何体気絶させたんだ?」
「十八」
首だけを動かして質問するグーダに、ハオはトンファーを腰に掛けながら答える。その衝撃の事実を聞いて、グーダは上半身を起こし、
「俺より八体も多いのかよ! やっぱハオはすげぇな!!」
ハオに笑いながらツッコんだ。
同時に、三十体近くの魔獣を気絶させた事実にも、内心では驚いていた。
魔獣を気絶させることだけに奔走していたのだが、それでも八体という厳然たる差異。年上である自分が惨めに思えてくる。
「まぁ! 当然といえば当然の結果かな」
気取った口調であるが、鼻の下に人差し指を置く仕草は子供らしい倒錯だ。因みにグーダはその倒錯に気付いていない。彼にあるのは純粋な尊敬だ。
年上らしさを魅せたかったが、今後はただ一人の対等な友達として、邪な感情無く接しよう。グーダはそう思惟する。
「さて……今のところ魔獣は見えないし、グーダ! こいつら運ぶぞ!」
「わかった! で、何処に運ぶんだ?」
催促され、グーダは勢いよく立ち上がると、一番近くに倒れていたゴリラの魔獣を背負う。それを見て、ハオも、
「こいつらの棲み処までだ。起きた時、知らない場所に居たら嫌だろ? 先ずは、ゴリラの魔獣だ。俺が二匹背負うから、グーダはその一匹を背負ったまま付いて来てくれ」
ゴリラの魔獣を両肩に一体ずつ乗せた。
「合点承知! 地元民、案内頼んます!」
「ういうい……」
軽く返事をして、ハオはゴリラの魔獣の棲み処に移動開始。棚田状の坂を、飛び降りていく。その彼を見て、グーダも同じように飛び降りようとしたが、かなりの重さに断念してしまった。
一匹だけでも重いというのに、ハオは二匹背負ってだ。自分よりも小さい筈のハオがだ。邪な感情無く接したいという意思が、早くも折れそうである。
頭を悩ませつつ、移動してから十数分程。
棲み処らしき森然とした森に入ると、ハオが足を止めた。
「確かここらへんだったかな?」
「凄いな、ハオ。二匹背負って、汗かいてねぇじゃねぇか」
額に汗を掻き、呼吸を荒くするグーダとは対照的な、汗を掻いていないハオ。
グーダが胸裏で『もう折れていいかな』と、自棄になってしまうのも仕方がない差である。
「鍛えてんの……」
グーダの心慮を知る由もないハオは、彼から褒められると、ゴリラの魔獣を地面に降ろしてサムズアップした。
グーダも同じ場所にゴリラの魔獣を降ろし、背筋を伸ばそうとすると、
「よし、戻るぞ。次は熊の魔獣だ」
一息つく間もなく、ハオが移動の催促をした。
護衛であるのを格好つけて誇称した手前、少し休みたいとは口が滑っても言えない。罪のない被害者でもある魔獣のことを考えれば、なお断れない。
「が、合点承知!」
言葉を詰まらせながら、グーダは表面上だけ快諾。ハオに続いた。
「よし、次はカメレオンの魔獣な」
「合点承知」
二度目はまだいけた。
「よし、次行くぞ」
「合点、承知……」
三度目から、徐々にやせ我慢が切れ始め、
「はい、次行くぞ」
「がってん、しょう、ち……」
四度目の移動で、心身共に限界が来てしまった。
「ここだ。っておい……へばってんじゃねぇか。流石に休んどく?」
魔獣を背中から降ろしたハオが、後ろで息切れして崩れ落ちそうになっているグーダを見て傍に近寄る。
グーダは魔獣を降ろすと日陰に座り、ハオの提言に言葉ではなく、勢いよく首を縦に振って意思表明。その場に大の字で倒れ込み、皮袋に残っていた少量の水を絞るように飲み干した。
才能があり優秀であるハオだが、事後でしか他者を慮れないのが、才能があり優秀な警備隊の者達との違いである。
「自分より、重い魔獣を背負って、山道ん中を持ち運ぶのって、きついぜ。マジで……」
「俺と違って、筋肉操作できないグーダには流石にきつかったか?」
息を整えているグーダが耳にしたことのない抽象概念を、ハオが口にする。
これで本日二度目だ。
「きんにく、そうさ?」
復唱して問い返してくるグーダに、ハオは「そう、筋肉操作。見ててみ」と、自身の袖をまくって腕を見せた。自然とグーダの注目が腕に行く。
ハオが「んッ!」と力むと、彼の腕の筋肉が少し膨れ上がり、血管が浮き上がった。
「こうやって筋肉を操作することで、身体を頑強にして、身体能力を向上させるんだ。身体全身を筋肉操作で強化すれば、重い物を軽々と持ち上げれるし、鉄より硬い体になる……」
「すっげぇ……血管が浮き上がってやがるぜ」
グーダはその様を珍重に見まわしながら、所懐を呟いた。
筋肉操作。重い物を軽々と持ち上げることができて、鉄より硬い体になる。
魔獣を気絶させた数に、自身より重い魔獣を運んでも汗一つ掻かない体力。ハオとの厳然たる身体能力の差異がこれだったわけだ。
グーダの溜飲が下がった。ついでに、折れかけていた意思も元に戻った。
「警備隊の上位層は大体扱えるぜ……筋肉操作は、魔法師としての才能が高ければ高い程、より高性能になる。逆に才能がなければ、陳腐なものになっちまうけどな。因みに、俺の親父とじっちゃんは、ピカイチだぜ」
「マジかよ。俺、土魔法師としての才能は中の中だぞ」
ボディブローとアッパー。驚きの二連続攻撃だ。
修練を怠ったつもりなど微塵もなかったが、上には上がいたようだ。自身の管見を自覚しつつ、より一層修練を積まなくては、とやる気が湧いてくる。
「因みに言っとくが、才能があっても修練しなきゃ扱えないぜ。才能があっても、その才能にかまけてちゃ、ただの豚だ」
「怠惰は豚……頑張れってことっすか」
その点に関しては問題ない。何故ならやる気に満ちているからだ。
そのグーダを見たハオの心境に移り変わる。
「そういうこと。さ、戻るぜ。まだ、棲み処に返せてない魔獣がいるから——ッ!?」
ハオが親指を立てて、グーダを背負って帰ろうとしたその時。
——ッボ!?!?!?!?
上空から巨大な火球が落ちて来た。
瞬息の出来事にハオだけが気付き、グーダの首根っこを掴んでその場から離脱。気絶している魔獣の前に立つ。
「なんだぁ!? 空からでっけぇ火球が落ちてきやがったぞ!?」
「敵だ! 上空からこっちを狙ってきやがった!!」
突拍子もない事に、何が起こったのか状況がのみ込めていないグーダ。余燼が舞う中、ハオは上空からこちらを狙って来た敵を睨んだ。
その先には、
「あら、子供だから苦しめずに殺してあげようと思ったけど……貴方、なかなかやるわね♡」
赤黒い人型の魔獣が、自分達を見下げていた。アンコウエン全土に急襲を仕掛けて来た賊の一人だ。
先程の攻撃で森に火が付き始めている。幸い岩肌に囲まれた森である為、火が山全体に広がることは無いが。
「誰だ!! てめぇ!!」
ハオは苛立ちながら叫んでいた。
火に囲まれ、気絶した魔獣とグーダを守りながら戦わなければならない。煩雑もいい状況に、ハオは「ちッ! クソ!」と舌打ちをした。
「え? アタシ? そうね……」
答えてもらうつもりで叫んだわけではない。半ば感情的に発した言葉だった。だが、魔獣は、
「昔のエンザン警備隊の長ってとこかしら?」
律儀にもその素性を明かした。
その窃笑する面貌と頬に手を当てる仕草は、まるで相手が悩み苦しむのを知っているかのようだ。事実、魔獣にハオは「は……?」と、煩悶の声を出していた。
昔のエンザン警備隊の長。仲間である者が何故、アンコウエンを襲うのだ。
決まっている。はったりだ。謀によって急襲を仕掛けて来たのなら、こちらが煩悶するような情報を知っていてもおかしくはない。
「大人しくしてなさい……楽に殺してあげるから」
魔獣の後方から、黒い点——無数の人型の魔獣達が見えてくる。




