第25話 熟慮と断行
「——フッ!!」
田畑が広がる平野に、金切り音が鳴り響く。変幻自在の蛇腹剣が、地を這う人型の魔獣に近づき、
「「ゴギ!? ガガギィァァァ!!!?!?」」
「先ず二体!」
臓物を抉るように、魔獣二体の横っ腹を割いて行った。
血を吐いて崩れ落ちる魔獣の右斜め前——フィアンが火魔法を纏わせた大鎌を大きく振って、
「ニギガ!?」「ゴギガ!?」
「これで四体だ!!」
飛ばした火魔法で、別の魔獣二体の首を裂いて焼き払った。
「「今だ」」
本命である、宙に浮いている二体の魔獣は攻撃の後隙を狙って、急降下——リフ達に急接近する。対抗のリフ達は、その急接近を止められず、懐までの侵入を許してしまう。
攻撃の後隙を狙う為に、眷属の魔獣を先行させたのだ。
「「隙あり」」
リフとフィアン共に大振りだ。二体の魔獣の鉤爪が、二人の首元に接触しようと——、
「「なんの!!」」
「ゴッ!」「ガァッ!?」
だが、そうはならなかった。
リフは光魔法を放って、魔獣の胴体を。フィアンは大鎌を宙に投げ、ベルトバックから小さい鎌を取り出す。そして、魔獣の腕を下に弾きながら、その勢いで腕を回転させて頭部に。
都合、本命である二体の魔獣の命を抉った。
頭から小さい鎌を引き抜き、フィアンは赤黒い血が滴る鎌を振って血を飛ばす。それから右手を翳して、宙に投げた大鎌をキャッチした。
「浅慮に踏み込んだな……」
フィアンは目線を降ろし、人形のように崩れ落ちた骸に向かって呟く。それから、小さい鎌をベルトバックに仕舞い、リフの方を見て、
「ゲッケイジ、そっちは?」
「間一髪だね……才能に恵まれたよ」
安否の確認をしてくるフィアンに、リフは蛇腹剣を腰の鞘に納めながら復答する。
事前に対策を練っていたフィアンとは違い、リフは完全なる即興だ。彼の胸中はというと『危なかった。自分が光魔法師でよかった……』である。
「光魔法の発動は早いからな……」
フィアンがそう言う通り、光魔法は風魔法と同様に初速が早い。故に、懐まで侵入されたとしても、魔法さえ放てれば機転が利くのだ。
グレイとの闘を経てからというもの、蛇腹剣の弱点をどのようにして補填するか苦慮していた。その答えが、厳たる戦いの中で生まれるとは。不幸中の幸いである。いや、厳たる戦いの中だからこそか。
「他の所へ助勢しに行くぞ」
「うん。行こう」
六つの骸を見ながら玄趣を感じ入っていたリフに、フィアンは冷然と移動を催促する。
味わいたいのは山々だが、事態は急を要する。
『俺たちが陸の奴らを! お二人は空を飛んでいる奴らを!!』そういって、多くの魔獣を誘導してくれた警備隊の精鋭達。
全てではないが、相手の情報を知っている自分達に、本命を信託してくれた訳だ。
精鋭とはいえ、多勢に無勢なのは間違いない。信託に応えられた今、本命ではない魔獣達と闘っている警備隊に助勢しなければ。
振り返って、助勢に向おうとした時、リフは『待てよ』と違和を感じた。骸が六つ。主が死んで何故、眷属の骸が残っているのか。
見間違いではないかと、思った時だった。
「カカカカ……相手方は、なかなかやりますね。兄者」
「アア、ソウだな。弟者」
斃した筈の魔獣が、胴体に風穴がある骸が、脳を抉られた死体が、起き上がって来たのだ。それも、身体に深手を残しながら。まるで、幻覚でも見せられているかのようだ。
「馬鹿なッ!? 確実に頭蓋を砕いて、視床までいったはずだ!! 生きている訳が!?」
「それガ、生きテンだワ。眼鏡ノネぇやン……のぉ弟者。ヒヒ」
「ハい、兄者。こレデ、相手ノ手札の一枚ガ何か分かリまシタ。ヒヒ」
恟然とした表情を怒りで覆い、ぼやきながら大鎌を構えるフィアン。その恐れを振り払うかのような言動をとった彼女を、二体の魔獣は見下すように嘲笑した。
そして、次の瞬間。リフとフィアンは更に驚くこととなる。
「頭に、胴体が……治って、いくだと……?」
治っていく。胴体に空いた風穴が、抉られた脳が、みるみるうちに塞がっていくのだ。
傷口を塞ぐ——再生できるのなら、また斃しても起き上がって来るのではないか。もしかすると、この魔獣は不死身なのではなかろうか。そうなら、こちらに勝ち目は——、
「…………ッ」
リフは横目で、両足を顫動させながらも大鎌を構えるフィアンを見た。自分の足も震えている。
——勝ち目はない? いや、それはない。
リフは恐怖で震えている足を、胆勇で平静に戻した。
最悪な邪推。この状況で、不死身という結論に至ってしまう脳に辟易する。恐らく、フィアンも同じ結論に至っている。
このままではまずい。彼女の精神を、どうにかして回復させなくては。
だからといって、ただの鼓舞ではだめだ。恐怖は理解しなければ克服できない。
「——ッ!」
「おぉっと、あぶねぇ……」
白熱した脳で思惟しながら蛇腹剣を鞘から引き抜き、リフは足に力を入れて攻撃する。だが、魔獣は熟知していると言わんばかりに攻撃を軽々と避けた。
両者、視線で牽制し合うように一定の距離を保つ。
立ちどころに、そういえば、と疑念が湧いてくる。敵は何故、自分の光魔法は食らって、ホウキュの攻撃は食らわなかったのか。
至近距離だったから。自分の光魔法の方が優秀だから。
否。
恐らく、この疑念は単純な答えで取り除ける。
——その答えは、
『ホウキュの攻撃を食らって、無傷でいられた本当の理由は再生か!!』
——再生だ。
魔獣は頑強だから無傷なのではなく、攻撃を食らった箇所を再生したからこそ無傷になった。
身近な存在に、欠損部位を完全に修復できるミレナがいる。彼女のように、高度の治癒魔法が扱えたから、再生できたのだろうか。
だが、考える時間を与えてくれる程、敵は甘くない。二体の魔獣は燃え盛る火球を、最小の予備動作でリフとフィアンに向けて放った。
「——ラッテン!!」
「ナッ!? ゲッケイジ!!」
フィアンの名を叫び、彼女の体を押す。近づいてくる火球。
リフは蛇腹剣をしならせ、近づいてくる二つの火球を両断した。だが、火球は完全に四散しない。
身体を右に逸らしたが、全てを避けるには遅い。
「クッ!?」
火球を左手で受け、言葉にし難い激痛に耐える最中、リフは『治癒魔法が扱えるのか』という疑問に対して『恐らく違う』と、仮定した。
リフは態勢を元に戻し、燃える服に皮袋の水を掛けて消化。追い打ちを仕掛けてくる二体の魔獣に、蛇腹剣で対応する。
「馬鹿め! 同じ技は食らわッ——!?」
二体の魔獣に向かって、再び蛇腹剣をしならせるという、一見、至愚が過ぎる攻撃。事実、二体の魔獣の顔は嗤っていた。だが、リフの狙いはそこにあった。
相手に手札を読まれてしまった所為で、粗雑には動けない。故に、リフは予め、蛇腹剣にオドを流し込んでいた。そして、
「「ッ!? ぬぐゥ!!」」
詰めてくる二体の魔獣に向かって、得物から光の針を放った。
不慮を突いた攻撃だったが、二体の魔獣は腕を前に出して頭部を守った。
無数の光柱を放ったつもりなのだが、やはり弱い。腕を貫き、頭部を抉るまではいかない。蛇腹剣の長さ故に、流したオドがマナに変わってしまったのだろう。
「ぬゥゥゥ!!!」
「「グゥアがァ!!」」
フィアンはすかさず、ひるんでいる二体の魔獣に向かって、大鎌から火魔法を無数に放つ。二体の魔獣は咄嗟の反応で攻撃を避けたが、全てとはいかない。
片方の魔獣は腕ごと首を。もう片方は、胴体を両断していった。
「ラッテン! 一度逃げるぞ!! 作戦を考える!!」
「ああ!! 分かった!!」
即席とは思えないコンビネーションで二体の魔獣を斃し、リフとフィアンはその場から離脱した。魔獣の再生が済む前に隠れ、作戦を練るのだ。
蛇腹剣での攻撃は見切られている為に、当てるのは困難。フィアンの火魔法も言うまでもない。
先程の技も、二度目は引っ掛からないだろう
後隙を狙った攻撃。それを防ぐための手札が読まれてしまった今、敵の手札を読むか、新たな手札を用意しなければ確実に敗北する。特に後者は必須。
走っている最中、リフ達の目に隠れるのに適した竹藪と、背の高い草むらが目に映る。リフは「ラッテン」と、フィアンを手招きして呼び、左腕を右手で抑えながら、鬱蒼と生い茂る草むらに向かって走った。
背の高い草を掻き分けながら入り、死角として便宜な岩の横に屈む。フィアンも遅れて草の中に入り、リフと同様に屈んだ。
これなら真上から見られない限り、見つかることは無いだろう。
「すまん。私が呆然としていた所為で……」
暗鬱とした顔で謝って来るフィアン。自分の愚行の所為で、仲間が傷ついてしまったことに慚愧しているのだ。騎士であり、プライドの高い彼女なら尚更だろう。
リフは火傷の痛みを堪えながら微笑すると、
「気にすることは無いよ。クッ! 致命傷を与え、殺した筈の相手が起き上がって来て、身体が再生するなんて、普通は、あり得ない。思考停止に陥るのは、仕方のない事だ……」
なるべく彼女が落ち込まずに、犀利な頭で作戦を練れるようにと思い、答えた。
「それでも、私の所為でお前の左腕が……すまない」
「いいんだよ。ミレナ様がいるから、ガぁ! 治せる……それよりも、作戦を練ろう」
それでも慚愧の感情を見せるフィアンに、リフは優先事項を何なのかを諭す。
やせ我慢ではない。ミレナがいるお陰で、深手でも精神的ダメージは皆無だ。
「……分かった。ありがとうゲッケイジ。それよりも、隠れる場所は竹藪でなくてよかったのか? 真上から見られれば瞭然だぞ」
一度だけ大きく深呼吸して、フィアンは毅然とした表情で問うてくる。リフは更に酷くなる痛みを堪えながら、
「隠れるだけならね……敵は火魔法を行使できる。ウグッ! もし、足を取られやすい竹藪に火を放たれれば、ひとたまりもない。仮に草むらなら、例え火を放たれても、竹藪よりも逃げやすいし、多分……ぅッ! 敵は草むらより、隠れるのに適した竹藪を先に狙うはずだ……」
克明に答えた。
敢えて、見つかりやすい可能性が高い草むらを選んだ理由がこれだ。隠れるのなら、隠れやすい場所に隠れる。
その論理的思考の裏をかいて、作戦を立てる時間を少しでも稼ぐのだ。
「確かにそうだな。しかし、どうするんだ? 不甲斐ないが、今の私には作戦を練れる余裕がない」
そう言って、お手上げを表明するフィアン。何の考えもなく、作戦を立てると言ったわけではない。相手の手札を探り、こちらの手札を増やせる理由が、違和があるから言ったのだ。
リフは少し前の状況を、鮮明に振り返った。
まず一つ目の違和は、
「まず、敵の再生能力。あれは、恐らく治癒魔法による再生ではない」
治癒魔法ではない何かで身体を再生させた。
「何故そう思う?」
「胴体や脳を抉られて、生きていられるはずがないからだよ。死んだら治癒魔法もクソもないし、それに治癒魔法が使えるのなら、僕たちが斃した魔獣を治癒して、戦闘に参加させるはずだ」
根拠を訊いてくるフィアンに、リフは違和という感情を論理的な根拠へと昇華させた。
敵が馬鹿ならこの意見は圧潰するが、それは敵の言行から否定できる。邪魔で放置しておくというのなら、そもそも魔獣を召喚した意味がない。
治癒魔法が使えないという仮説は、正解しているだろう。
「確かにそうだな。では、どうして身体が再生したのだ?」
二つ目の違和は、フィアンが今言った身体が何故再生したのかだ。この違和は、
「魂で出来ているからだよ。それも複数のね」
レイキの発言と、再生できずに起き上がらなかった魔獣が根拠だ。
「どういうことだ?」
「再生して起き上がって来る魔獣と、そうでない魔獣がいたよね……」
リフはフィアンにも分かり易いように、順を追って話を続ける。身体が魂で出来ている根拠は事前に言っている為、言うまでもない。
「そういえば、起き上がったのは空を飛ぶ魔獣だけだったな……」
「うん。そして、その二つの違いは多分、魂の数だ。質とも言っていい。起き上がった魔獣は複数、質が良く、そうでない魔獣は単数、質が悪い。魂が複数、質が良いから、一度死んでも身体が再生し、生き返って、起き上がることが出来た」
何らかの外的要素から、治癒魔法を施されているという線もないだろう。死ねば身体が治っても死体のままだからだ。
魂で出来ていて、かつ複数の魂が体内にあるから再生できた。とはいえ、この根拠は『それ以外に考えられない』という弱いものだが。
「確かに、辻褄は合うな」
一つ、魔獣は治癒魔法を扱えない。二つ、身体の中には複数の魂がある。三つ、身体全身が魂で出来ている。四つ、身体が魂で出来ているかつ、複数の魂が身体の中にある為、再生できる。
——これらの仮説を真実とした場合、
一つ目の仮説と、治癒魔法を味方に施さなかった理由。二つ目の仮説と、体内から黒のゼーレを取り出し、眷属が召喚出来た理由。三つ目、四つ目の仮説と、死しても再生して生き返れる理由。
——背き離れていたものが見事に合致するのだ。
そして仮説を真実とした場合、一つ見えてくるものがある。
「仮に、上述した仮説がすべて真実だとしたら、身体を再生させて生き返るのに魂が必要という事だ。故に……」
「殺し続ければ魂が無くなり、最終的に再生できず、生き返れなくなる……か?」
不死身ではないという結論に至ってくれたフィアンに、リフは「うん」と小さく頷いた。
仮ではあるが、先ずは敵の手札を探るのに成功だ。
次は自分達の手札を増やす。本題はここからだ。
「ならば、敵が再生できなくなるまで斃し続けるのだろ? 少し荷は軽くなったが、まだ障害は多いぞ」
「そうだね。再生できる敵は、学習の為に死すらも辞さない覚悟があるだろう」
「私の小さい鎌による攻撃は、もう警戒されているだろうな」
ギャンブルで勝ち続けられることは、決してない。逆に負け続けることもない。試行回数を増やせば、誰でも勝つことができ、誰でも負けることが出来る。
試行回数を増やす。それを敵は可能にしているのだ。
死んでも再生して生き返れる。これほど煩累なものはない。
「加えて、敵は空を飛べる。故に、攻めも守りも、敵が圧倒的に有利だ。相手の手の内を探った今、こちらが手の内を増やさない限り、押し切られる」
「だがどうする? 即興で手の内を増やすなど無理に等しいぞ」
「そうだね。即興なら……」
無理難題に嘆くフィアンに、リフは誇らかに言った。まだ諦観するには早いと示唆する彼に、フィアンは疑問符を浮かべる。
この状況を逆転させる手札が一枚だけある。その一つとは、
「ラッテン、実は、僕にはもう一つ行使できる魔法があるんだ……思念体と言う、上位の光魔法のフォトンを四、五回行使することで、自分と瓜二つの思念体を作り上げることが出来る」
思念体だ。
「そ、それは! あ……本当か……?」
「本当だ。この場で嘘は吐かないよ」
怪顛に思わず大声を出してしまうフィアン。その彼女に、リフは口の前で人差し指を立て、自信たっぷりに言った。
「あちらで声がしましたぞ! 兄者!!」
「馬鹿め! 自ら場所を悟らせるとは!!」
フィアンの声に、逃げた二人を追って来た二体の魔獣が、周囲を探し回りに来る。
やはり、再生の速度は早いようだ。草むらの奥にある森まで走っていたら、見つかっていただろう。
大丈夫だ。まだ見つかっていない。結論を述べ、準備をする時間はある。
「すまん……しかし、何故黙っていたんだ?」
「使っても、疲労困憊で動けなくなってしまって、使い物にならないからなんだ……だから黙っていた」
「どういうことだ? 光の魔刻石を使ってフォトンを行使すれば、疲労困憊にならずに済むだろ?」
「それが、思念体は、自分のみで造らなければならないんだ。他の代替が利かない」
当然の疑問に、リフは流れる汗を拭いながら淡々と答える。
理屈は分からない。だが、他の代替が利かないのは、レイキの元で修行をした過去が厳然とさせている。
「そうなのか。なら何故わざわざ吐露した? 使い物にならないのだろ?」
「そうだね。でも、このままでは、いずれ相手に軍配が上がってしまう。だから、玉砕覚悟で行使する。思念体を使えれば、三対二になって、多勢による有利で勝率があがるからね」
「捨て鉢が過ぎるぞ」
最後だと思える疑問に、リフは杜撰な根性論でしか答えられなかった。
多勢による有利と言っても、本体の自分が動けなくては意味を為さない。フィアンが罵るのも当たり前のことだ。
——でも、だからといって、
「何もしなければ、敗北を喫するだけだ。自分でも、捨て鉢なのは分かっている……でも、やるしかない」
——何もしない訳にはいかない。
握り拳を作って、リフは敢然たる気概で答えた。駄目押しのタケの実もある。
「僕を信じてくれるかい? ラッテン?」
リフは追い打ちで、優しく澄んでいながらも、堅固たる双眸でフィアンと目を合わせ、手を差し出した。
信じてくれ、ラッテン。
——それを見たフィアンの心へ。
克明なリフを見て、フィアンは胸裏で『全く、取らない訳にはいかないじゃないか』と、ため息交じりに呟き、
「————、分かった……信じよう。というか、信じるしかないしな……」
その手を取った。
「はは、君らしい返しだ」
二人の意思が合致する。
「……では、奴らが来ないか、少しだけ周囲の警戒を頼む」
そう言って手を離し、目を瞑って深呼吸をするリフに、フィアンは「任せろ」と即答した。
空を仰ぎ、敵が近寄ってこないかを四顧して逐一確認。もし、敵が近寄って来た場合、リフに伝えて死角に隠れる寸法だ。
「フォトン。フォトン……」
「クソ……分かってはいたが、なんて奴らだ」
横でリフの詠唱を聞きながら、フィアンは敵を目視した。ぼやいたのは、敵が草むらから北側にある竹藪を燃やしているからだ。
竹が密集している為に、竹藪は瞬く間に火の海になる。もし、竹藪の方に隠れていたら、すぐに炙り出されていただろう。
リフの言った通り、敵は隠れやすい竹藪を先に狙った。読み勝ちだ。
敵は自分達が竹藪の中から出てくるのを、確認する為の時間が必要だ。となれば、準備するまでの時間は充分ある。
そう思索し、フィアンはフォトンを行使しているリフに、身体ごと向けて属目していた。
「クッ、フォトン……ふぉと、んゥゥッ!」
悄然と呼吸を荒くするリフの前——四つの光の塊が合わさって、人の形へと変化した。人の形へと変化した光の塊の中心から、次第に光度が失われ、光度が失われるにつれて着色されていく。
「なッ? これが、思念体なのか……ゲッケイジが、二人いる……」
果たして、光の塊はリフへと変貌した。
『顔』『服』『髪』『傷跡』『体毛』『血管』『質感』どれもがリフそのもの。先ほど、左手に負った火傷でさえも遜色がない。
全く同じ存在が、もう一人のリフが造られたのだ。
「うん……四、回か……ハァ、ッ、ハァ……」
身の丈に合わない魔法を行使した所為で、倦怠感を訴えるリフ。彼はベルトバックから乾物——タケの実を取り出すと、フィアンに向かって、
「ラッテン。水をくれないか」
水を要求されたフィアンは、ベルトバックから皮袋を取り出した。それを「分かった」と言ってリフに渡し「焦らずに飲めよ」と言葉を挟む。
フィアンから、皮袋を受け取ったリフは「うん、ありがとう」と言いながら、乾物を口の中へ入れて、水で無理矢理、胃に流し込んだ。
焦らずにと言ったのに、焦って飲んだように見えたのはどうしたものか。
「これで、本体の僕も多少は動ける……」
口元に付いた水を腕で拭き取り、リフはフィアンに皮袋を返す。受け取り、フィアンは地面に置いた大鎌を掴んで、再び敵が来ないか警戒を始めた。
「まずい。こっちに来たぞ」
めらめらと燃え盛る竹藪から離れ、自分達が隠れている草むらに、敵が向かってくるのをフィアンは目視した。横で呼吸を整えているリフの肩を叩いて、猶予が無いのを伝える。
肝心の戦術が、まだ決まっていないのだ。
すると、
「思念体の僕が、手短に作戦を言うよ。ラッテン、先ず、本体の僕と君で、敵の視界に映るように森の中へ逃げ込むんだ。敵は僕たちを見失わない為に、低空で森の中を追ってくるはずだ。そこで、思念体の僕が二体の敵を後ろから仕留める。そこからは、多勢の有利を活かして、敵を追い詰めていく……」
思念体のリフが、疲労困憊である本体のリフに代わって説明した。
喋るのは疎か、意思の疎通までできてしまうとは、感嘆する半面、恐ろしくもある。
「思念体の僕も魔法を使えるから、できるはずだ。これで不満はないかい?」
「あるものか……よくも、この状況下で頭が回ったものだ」
これなら敗色濃厚だった戦いが、五分にまで持っていける。後は手札の切り次第と言えるだろう。
「随喜だよ……ラッテン、行くぞ」
何が随喜だ。それはこちらのセリフである。フィアンは「ああ」と頷き、大鎌を持って森に走り出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
声が聴こえた方角にあった隠れやすい場所は、竹藪と草むらだ。特に隠れやすい竹藪から、火を放って炙り出すつもりだったのだが。
「ちッ! ここにはいないか! 次はあの草むらだ! 二度もやられたからな! 確実に仕留める!!」
勘が外れた。
「兄者! いました、あの草むらから奴らが!!」
草むら。背が高い竹が密集している竹藪とは違い、上から見れば直ぐにわかる隠れ場所だ。
隠れやすい方から、という論理的思考が、却って敵を逃がす結果を招いてしまった訳だ。
「チッ! 森の中に逃げるか……考えたな」
味な真似をしてくれる。
魔獣は風魔法を後方に放ち、森に逃げていく敵を急追する。
弟も、兄を追って敵を急追した。
「これでは、見失ってしまう……火を放ちましょうか!?」
「いや……俺たちも、森に入って追うぞ」
広大な森だ。火魔法は放てない。
放てば、自分達が森に入れなくなるうえ、敵に逃げられてしまうだろう。会敵して数分だけの見聞だが、敵は森が炎に飲まれても、逃げ切る技量は待ち合わせているはずだ。
「なぁに! 敵の手札はもうないはずだ! 隠れ、逃げているのが良い証拠だ! 恐れることは無いぞ弟者!!」
「そうですね! 行きましょう!!」
二体の魔獣は急降下して森に入った。
「いたぞ! 隠れた次は逃げか!? 怯懦だな!! ハハハハハ!!」
速度はこちらの方が早い。直ぐに追いつき、鉤爪でその首を掻き切ってやろう。
「予想通り……」
「ナニ!?」
——思念体のリフが、後ろから奇襲をかける。




