第24話 両者激突
「見えた! あそこの村だ!!」
かなりの速力で空を飛んでいたホウキュが、マサムネの声を聴いて頷いた。先には小さな村が。中心には、村の集会などで使われるであろう会館が見える。
そして、その周りには、
「まずい、魔獣達が家屋を……早く行きましょう!!」
会館内に隠れている人々を、虎視眈々と狙う魔獣達がいた。
ただ見る限り、魔獣達の規模はそれほど大きくない。これなら少ない危険で、村民を救出できるだろう。
「「ヒヒ! 墜ちろ!」」
唐突、崖上の死角から飛び出してきた人型の魔獣が、ホウキュを撃墜させようと魔法で襲い掛かって来た。
リフ達の反応が、転瞬だけ遅れる。果たして、魔法に対応できず、
「キュウ!!」
だが、二つの魔法はあらぬ方向へ。墜落しなかった。
ホウキュごと墜落を余儀なくされると勘ぐったが、結果は反転——ホウキュが直前で、魔法を羽で弾いてみせたのだ。
「防がれたッ!? だとぉ!?」
「クソ!! ただの魔獣じゃねぇな、あの鳳!」
予想とは違った結果となったことに、悔しがる二体の魔獣。それを余所目に、マサムネが「賊か! 空中じゃあ、俺たち何もできねぇぞ!」と、怨嗟を口にする。その横ではフィアンが「ホウキュ! 私達を降ろすんだ!」と、ホウキュに指示を出す。
各々が敵に対処しようと思考を巡らせる中。ただその中で一人、リフだけが、敵の発言に対して思考を巡らせていた。より判然たる形で言うと、発言自体にである。
何故、二体の魔獣の発言自体に思考を割いたのか。それは二体の魔獣が、かつてリフが裏切りを働いた時に使った、人型の魔獣と酷似しているからだ。
リフの頭の中は『どうして、奴らは言葉が使えないはずだ』の一点張りだった。
「キュッキュウ!」
「クソ、目が!!」
再び撃墜させようと、二体の魔獣が魔法を行使しようとしたが、その前にホウキュがまばゆい光を放って目を眩ませた。
閃光によって時間を作ったホウキュは、二体の魔獣を鉤爪で蹴り飛ばして撃墜。それから追撃で光柱を放ち、フィアンに言われた通り降下した。
精鋭の者達がホウキュから降り、最後に溜飲が下がらずにいたリフが降りた。
とはいっても、悩んでいる時間は無い。魔獣に対応しつつ、村民を助け出す手段は——、
「今の内に、二手に半々ずつ別れましょう! 村民を護り避難させる隊と、賊を迎撃する隊です!! 僕は賊を迎撃する方に行きます!」
「分かった! 俺は村民を護り避難させる隊に行く! お前等! 行くぞ!! 村に向え!!」
「「「はい!!」」」
リフの柔軟な提言に、マサムネと精鋭部隊の半分がその場から離脱していく。
思索は魔獣を斃してからでもできる。ここで迎え撃ち、村民を逃がす。優先事項を履き違えるな。
「ゲッケイジ! 私も参戦するぞ!!」
「助かるよ、ラッテン」
「俺たちも、参戦します!」
「キュキュキュ!!」
残ったのは精鋭部隊の半分——五人とフィアン、魔法文字で『僕も!』と意思表明するホウキュだ。だが、リフは二体の魔獣に対し、戦力が過剰であると判断し、
「いや、ホウキュ。君は村民避難の方に当たってくれ……君がいれば、村民の人達は安泰だ。やつらは、僕達で相手をする」
現在、目視できるのは二体だけだが、目視できないだけで他にも魔獣がいる可能性はある。その可能性を踏まえると、ホウキュは村民を避難させる隊へと当てた方が賢明だろう。負傷者を運ぶ際にも役立つ。
ホウキュはリフの勧告に一度だけ頷き、マサムネ達の方へ飛んでいった。リフ達は、魔獣が落ちた場所へと向かう。
ホウキュ、君は魔獣であるのを疑いたくなるほど聡明だね。そちらは任せたよ。
「ラッテン。あの人型の魔獣を僕は、少し知っている」
リフの横で、大鎌に巻いていた布を外すフィアン。前方を見たまま、リフは彼女にそう言った。
その俄な告白に、怪顛したフィアンは「な!? 本当か!?」と、リフを見やる。だが、彼女はすぐさま「裏切った、時か……?」と言って、その驚きをかなぐり捨てた。
「うん。あれは、死人が蘇った姿だ」
「確か、ヌザンビか?」
「博識だね。だが、少し違う。あれは魂から造られている。魂の無い死体ではない」
ヌザンビ。死体を蘇らせ、魂を封印することで、傀儡として永遠に操ることが出来る。だが、目の前にいる魔獣は魂が宿った死人だ。
言葉を巧みに使い、感情豊かに変わる表情。魂が無い傀儡だとは、到底思えない。加えて、魂が宿った死人だと言える根拠がある。
『はいこれ。死人の魂から生成した黒のゼーレ。騎士団長を殺すのに、役立ってくれるよ』
証言者はレイキ。裏切る直前、レイキから黒い球——黒のゼーレという代物を渡された。
魂から生成した、ということは目の前にいる魔獣は、魂そのものと言っていい。故にヌザンビではないだろう。
「だが、何かおかしい……」
「どういうことだ?」
ぼやくリフを、見やるフィアン。
リフは魔獣について、説明してくれたレイキの言葉を回視する。特に、矛盾がある部分を回視した。
まず一つ目は、
「僕が知る限りは、魔獣を操獣する主が近くに居るはずなんだ……でも」
「見当たらないな」
リフの言葉を聞いて、フィアンは視線を右往左往させる。当然、彼女の言う通りリフも操獣する主を見つけていない。
二つ目は、
「それに、言葉も使えないはずだ」
「だが、奴らは言葉を使っていた……勘違いではないのか?」
勘違い。全くもってそうだ。
通常の魔獣と、そうでない良質な魔獣があるのか。或いは通常の魔獣と、そうでない劣悪な魔獣があるのか。ともかく、レイキに捨て駒として扱われたわけだ。
捨て駒などに、わざわざ懇到切至する必要などない。レイキは疑われない程度の、必要最低限の説明で済ませたということ。事実、黒のゼーレを使う際、その必要最低限の説明だけで支障は無かった。
「だろうね。駒が駒らしい扱いを受けた、ということか……」
手の上で踊らされていたわけだ。より一層、過去の自分を殴りたくなってきた。
「あそこだ。もう、考えている暇はないぞ。ゲッケイジ……」
「そのようだね」
魔獣の落下地点。フィアンが武器を構えてそう言うと同時、前方で傷一つすらついていない二体の魔獣が立ち上がった。リフも腰から蛇腹剣を取り出して構えた。
考えるのは後でもできる。今は賊の始末に集中しなければ。
「あの鳳め、小癪な真似を!」
「目が焼けたみてぇにいてぇ、クソ! 逃げんな!! 鳳!!」
「させるか!!」
癇癪を起し、ホウキュを追いかけようとする片方の魔獣に、リフは蛇腹剣をしならせ、もう片方にはフィアンが大鎌を大きく振って火魔法を放つ。
対して、片方の魔獣は身をのけ反らせて蛇腹剣を避け、もう片方は離陸して火魔法を避けた。
どうやら頑強さに加え、戦闘能力も自分が使った魔獣より高いらしい。
「クッ!! ウルーミィか、厄介な!!」
「兄者! 先に目障りなこの者達を仕留めましょう!」
蛇腹剣を引いて手元に戻し、フィアンはもう一度大鎌にオドを流す。後方では、武器を構える警備隊の精鋭達。
先ずは、敵の注意を引くことに成功だ。多勢の有利を活かして、ここで食い止めるのだ。
「そうだな! 結局すべて殺すんだ! なら、立ちはだかる敵からでも、問題ない!!」
「「出でよ、我が眷属達よ。その力、我々の為に死ぬまで使い果たせ」」
周章狼狽。
リフはその光景を見て、息を呑んでしまった。
その光景とは、二体の魔獣が体内から黒のゼーレを取り出したことだ。更に、二体の魔獣はそれを地面へと落とし、人型の魔獣を召喚してみせた。
「キキキ」と嬉笑しながら、魔獣達が姿を現す。
その数は二十体。敵の数は二十二体となり、多勢の状況が覆される。
「こいつは、まずいな……」
魔獣が地と空から、リフ達に襲い掛かる。
——他方、村へ到着したマサムネとホウキュ達。
会館の周りを囲む魔獣達を迅速に無力化して、マサムネは壊れた窓から入った。
そのまま村民達が密集している大広間まで走り、
「お前等! 全員無事か!? 助けに来たぞ!!」
「キュキュウ!」
「皆! 警備隊が助けに来てくれたぞ!!」
「本当だ! それに、コウエンタクのホウキュもいるぞ!! 良かった、これで助かる!!」
警備隊と窓から屋内を覗き込むホウキュ——彼らの登場に、怯えていた村民の顔が精彩なものへと一変する。
「全員、二列になって移動だ! 子供、老人、女、男の順だ! 列を乱さず、走らずだぞ!! 警備隊と、この中に、もし戦闘の心得がある奴がいたら、護衛を手伝ってくれ!!」
マサムネは、村民同士でドミノ倒しを起こさせない為に忠告を挟む。助かるという発奮の余り、走り出す者が出てもおかしくはない。
そうして、マサムネの忠告通り村民達は子供、老人、女性、男性の順で二列になって外に出て行く。
「我々三人、この村を警備している者です! 護衛に参加します!」
外に出ていく村民とは別で、警備隊の者が三人と村の者が一人、マサムネの元に集まった。
「あの、少しだけ待ってもらえませんか!?」
集まった四人——警備隊ではない村の男が、顔に焦燥を湛えてマサムネに物申した。
この状況で、警備隊の指揮を務めているマサムネを止めるのは、かなりの遅滞行為だ。避難の時間が長くなれば、それだけ危険が加算される。
「あ、急にどうした! 忘れ物ってんなら、却下だぞ!」
「違います! もう少し北に、小さな村があるのはご存知ですよね!? 僕はそこの村民で、妻と子供と一緒に暮らしています! 僕も護衛に参加します! ですからどうか! 北にある村民達も助けてくれませんか!?」
まさかと思い、怫然とした顔で返したマサムネに、男は邪推だと主張した。
「無理だ! ただでさえ、この人数を護りながら移動することが厳しいってのに、更に増えたら、俺たちだけじゃ護りきれねぇ!!」
しかし、マサムネは男の主張を聞いても却下した。
寧ろと言っていい。確かに北には小さな村がある。だが、村民を護衛するのは参加した警備隊の数を含めて九人と一匹だ。村民の人数は五十人程度だった。そこに北の村民が加われば、単純計算で百は下らない。警備隊の数は増えて三、四人程度。
賊が近くにいる中で、一人につき約九人護らなければならない。平たく言っても不可能だ。
「そこをどうか!?」
「はぁ~い、言い争ってるところにメルルちゃん登場!! そこには行かせませぇぇん!! 通せんぼ!! キャハ♪」
聚訟しているその時だった。大広間の屋上が崩れ落ちた。埃が舞う中、巨大な四足獣の影と人影が写る。埃が晴れ、完全に顕現したその姿は緋色の虎と、バラ色髪の女だった。
恐れていた事が起こってしまった。
「あ!? クソ! こっちにも賊かよ!?」
「村民の人は、投降するなら命は助けてあげる! でもぉ、そこの反乱分子はガオエンちゃんと私で即焼殺!! 行けェェ! 殺せェェ!! キャハハ♪」
女が投げた皮袋が両断され、中から血がまき散らされる。
※ ※ ※ ※ ※ ※
——他の場所でも、警備隊の者と賊が激突しようとしていた。
上空、大高木の頂から一匹の人影が、歩いている集団に向かって飛び降りた。
「ピョ……?」
僅かに木が揺れた音と殺気。集団の先頭を歩いていた獣人——ボトーは、虫の知らせを受けたかのように、目を見開いた。
上から何か来る。
「ヒィィィィィィギャァァァァ!!!」
間一髪での回避。乾いた地盤が抉れ、その中心に見たのは、赤黒い人型の魔獣——血気盛んな戦士の魔獣だ。ボトーは土が飛び散る中、魔獣の顔が愉色に染まっていたのを見た。
村民達は怯えて進行を止める。彼らを取り囲んで進行していた警備隊の面々が、村民を守る為に前に出てくる中、ボトーは「誰だてめぇは!?」と、反射的に問うた。
「自己紹介何て面倒なことはやめようぜ! 俺はお前の敵! お前は俺の敵!! 殺り合おうぜぇ!! アハハハハハハ!!!」
分かり易い程の戦闘狂が哄笑すると、街道の横にある樹々から人型の魔獣達が姿を現す。村民を避難させる中途で、賊が襲い掛かって来たのだ。
ボトーは拳に力を込めて、
「お前らは村民を護れ! 俺がなるべく多くの敵を斃す!!」
「イヤッホォォォォ!!」
賊に向かって突貫する。
——村民を避難させる為に、村に向かうラウラ一行。
灌漑——水路が敷かれたあぜ道を走り抜け、迂回せずにショートカットしたラウラ一行。森に入り、雑草が生えた道に出ると、数百メートル先に村が見えて来た。
「あそこネ! 群がってる魔獣を無力化して、村民を助kッ——」
喋るのを途中で止め、ラウラは数回バク転しながら、飛んできた刃物を避けた。避けられた理由は、ボトーと同様に音と殺気で気付けたからだ。
ラウラの動きと、地面に突き刺さった刃物を見て、警備隊の者達も止まった。
敵襲だ。だが一体どこから。
そう言いたげに厳戒する警備隊。左右、森に覆われていて、敵が何処に潜んでいるか分からない。
しかしながら、ラウラは刃物が飛んできた方向を目の端で捉えていた。右にある樹木の死角からだ。
「避けられたか。どうやら、当たりを引いたようだね」
ラウラが樹木を睨み付けると、賊は嬉々とした声で呟きながら姿を現した。
「なんネ。お前……」
姿を現したのは、冷厳とした戦士の魔獣だ。
第一印象は、何とも言えない陰湿な不快感。見た目から得た第一印象ではない。中身——腐った性根から得た第一印象だ。
ラウラは既視感がある感情に、顔を顰めた。
己の快楽の為に、人や魔獣に手を掛けるクソ野郎。快楽主義者を目にした時の感情である。
「私は、名もなき魔獣。貴方は警備隊の隊長か、副隊長ですね?」
「は! 敵なんかに教える義理はないネ!」
刹那の動作のみで、自分の立場を看破されたことに、ラウラは内心焦りながら拒否した。賊はそのラウラを見て「そうですか」と、ニタリと笑う。
答えても、答えなくてもこいつは理解しているだろう。いい獲物を見つけたと、その表情が語っている。
「ラウラさん! 私達も!!」
「アンタらは、さっさと村民の救助に向かうネ! ここはアタシに任せろ!!」
賊の登場に動揺していた警備隊の一人——亜人の女性が助勢しようとしたが、ラウラは右手を見せて遮った。
優先すべきは村民の避難であって、賊の退治ではない。誰かが賊を足止めし、その内に村民を避難させるのがベスト。
「ですが!?」
「いいから、行きやがれぇ! 心配無用ネ!!」
拒否しても助勢したいと乞う女性に、ラウラは怒火してもう一度断った。何のために副隊長である自分がいるのか。こういった場面で矢面に立ち、問題を迅速に解決するためにいるのだ。
「は、はい!!」
ラウラの意図を汲んだ女性は、警備隊の者達を引き連れて村の方へと走っていった。
胸間で『それでいい』と言って、ラウラは右半身を前に出して臨戦態勢を取る。
「素晴らしい情誼ですね」
「なんネお前。快楽主義者の癖して、わざわざ静観か? 気持ち悪いネ」
動かないのは疎か、そのやり取りを見て嘆美する魔獣に、ラウラは忌まわし気にぼやく。
今更、悔い改めたというのだろうか。例えそうだとしても、容赦も手加減もしないが。
「まさか! 待つことも、快楽を追い求める為には必要なことですよ……まぁ、今回に関しては、例外ですが」
魔獣がそう言うと、周囲の樹々が揺れて葉が落ちた。
「なッ!? ベジュベット!! 避けろ!!」
村に向かった警備隊とラウラに向かって、人型の魔獣が一斉に襲い掛かる。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ローガとハクロウは、フェンとギンジの二人を引き連れて、賊の元へ向かっていた。
賊の居場所はエンタクから、ガウやローガ伝手に知らされている。時間が経っている所為で正確な位置までは分からないが、そこは他で補えば問題ない。
「問答は少しだけ、諾否無し。なんで、僕まで……今月の給料増えないかな」
「何を言うギンジ! 隊長副隊長は、他の警備隊の者より多く俸給を貰っているんだぞ! 贅沢を言うな!!」
「等級が一番高いのは知ってますよ。賞与ですよ賞与……」
「うるさい! この守銭奴め!!」
頭の上に手を置いて長嘆息するギンジと、それを唾を飛ばしながら叱咤するフェン。片方は仕事第一で、片方は給料第一という食い合わせの悪い二人だ。
「静かにしてくれんかの……そろそろ賊と相まみえるぞ」
ローガは振り返って、二人を窘めた。
精神統一を図る最中に、後ろであれやこれやと言い争われると、気が散って仕方がない。俺、僕は隊長副隊長なんだと有頂天になっているのなら、少しばかり灸を据えてやらなければ。
精悍な顔で注意されたフェンとギンジは、身体をビクッとさせ「はい、すいません」と、頭を下げた。
我が強そうな二人だが、ローガの前では縮こまってしまう。
六年前。当時、警備隊の新人だった二人は、ローガから指導を受けていた。一声だけで、二人が縮こまってしまう主因は、過去の指導によるものだ。一言でいうと、おっかない。
二人がどういった指導を受けたのかは、当事者のみぞ知るところである。
「ハクロウ。賊の位置は、手前と奥であっとるか?」
後ろの二人が萎縮しているのを確認して、ローガは前に居るハクロウを見た。
他で補うと上述したが、今がその他を使う時である。
「あぁ、奥と手前だ。数が多いな。奥に十一、手前に二十二か」
「殺気が濃い奴がおるの。奥が一つ、手前が二つ、といったところか……」
「ん……気付かれたな。手前の奴らがこっちに向かってきている」
天から俯瞰したかのように、相手の位置を述べるハクロウ。ローガもローガで、その答えに対し驚きを一切見せないどころか、強敵の数を看破してみせる。
所謂、シックスセンスというやつだ。
相手の殺気から位置と数を把握し、その濃淡で強弱を見破ったのである。驚かないのは、彼らにとってはその手腕さえも日常であるから。ただそれだけだ。
エンタクのお陰で大まかな居場所が分かり、大まかな居場所が分かれば近づくことができ、近づくことができればシックスセンスで位置や数、強弱を把握できる。
——エンタク様々だ。
「本命か?」
「どうだ、ガウ」
ローガが質問したのはハクロウだが、間接であって直接ではない。質問したかったのは魔獣のガウだ。直接質問しない——というよりできないのは、ローガがガウを調伏していないからである。
「ガウ! ナルガルル! クルガウ!」
「目の前、少し怖い、更に奥、かなり怖い。奥が本命だな」
把握できるのは位置や数、強弱だけ。濃い殺気の発生源は三つで、どれも凄烈なものだ。人間のシックスセンスでは、本命を探り当てるのは聊か難儀である。
故に、更に鋭いシックスセンスを持つ魔獣に頼った訳だ。
「相分かった……フェン、ギンジ、目の前の奴は任せたぞ」
黙りこくっていたフェンとギンジは、ローガに託されたことで奮然と立ち上がる。身を震わせ、己の両頬を叩いて、大きく息を吸い、
「「委細承知!」」
手前の殺気に向かって飛び降りた。
対立する二つの殺気も、ローガ達——フェンとギンジの接近に気付いていた。
「見えましたぞ、リクじいさんや」
「殺しましょうぞ、サツじいさんや」
「耽りましょうや」
「耽りましょうか」
「「しばらくぶりの享楽に」」
敵も同じような力量の持ち主である。
そして、後方にある一つの殺気も、ローガ達の接近に気付いた。
壮烈たる戦いが、繰り広げられようとしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ブリザードメアハイト」
「ッ!?!?!? まずい!? ピヨミ避けて!!!」
巨大な氷柱が眼前で何本も形成。放たれたのを見て、シュウは惨憺な未来を悟った。そのシュウに対し、ミレナは倏忽の間にピヨミへと指示を送り、オドを集めた右手を前方へと翳した。
「コンジェラシオン!!」
ブリザードメアハイト——最上位魔法の攻撃を防ぐために、ミレナが行使した魔法は、上位の水魔法フラッドと最上位の氷魔法グレイシアを併せた、最上位の魔法コンジェラシオンだ。
一瞬にして、シュウ達の前に氷の壁が構築され、巨大な氷柱群を防いだ。だがしかし、
「ピヨォォォ!!!」
「ピヨミ!?」
防げたのはごくわずか。氷の壁は瞬く間に破壊され、軌道を変えたピヨミの左半身を削り取っていった。
翼を抉られ、揚力を得られなくなったピヨミは、紙飛行機のように墜落。地面へと真っ逆さまに落ちていく。
「まずい!」
このままでは、落ちて潰れるトマトそのもの。シュウは何時ぞやかに体験した出来事を思い出しつつ、ピヨミの下に回り込み、
「ゲイル!!」
風魔法を放って、潰れたトマトになるのを間一髪のところで防いだ。しかし、粗雑に放ったために、シュウ達は勢い余って塵尻に吹き飛んでしまった。
——同時刻。
氷柱に襲われるシュウ達を、フイリン警備隊副隊長のアゼルが村民の護衛中に見ていた。そして、その先には無防備に眠ったエンタクを両手で抱える少年と、二人を乗せる翠の龍が。
「あれは? エンタク様!? その後ろは、ピヨミとエルフ様達か!?」
アゼルは一目で悟った。エンタクが何かしらの理由で賊に敗北し、連れ去られた彼女をエルフと青年が追っていると。
まずいと思い、それを行動に起こした——逆方向へ走り出したアゼル。彼の周りには、大勢の村民達と十人程度の警備隊がいる。
警備隊の者達が、アゼルの突発的な行動に「副隊長!! 急に、どこに!?」と声を掛けたのは必然。
アゼルは歩みを止めずに後顧して、
「ピヨミとエルフ様達が、エンタク様を追っている中途で、賊に撃墜させられた!! エンタク様が賊に、何かしらの理由で負けて連れ去られたんだ!! 俺は降下地点に向かう!! お前たちは引き続き、村民の護衛を!!」
警備隊の者達は『撃墜』という言葉に上空を見る。彼らはアゼルと同じ光景を見て「え!? な!? あれは!!」と、驚愕を露わに。今度は、疾風のように走り去ったアゼルの背中を見て「はい! 承知しました!!」と、声高に返答した。
——戻り、シュウ達へ。
飛ばされたシュウは、木の枝につかまることで地面に尻もちをつくのを回避していた。すぐさま顔を上げ、逆方向へと飛ばされたミレナとピヨミを目視する。
シュウは飛び降り、受け身を取って、
「大丈夫か!? ミレナ! ピヨミ!」
「うん!! シュウのお陰でどっちも無事だわ!!」
「今すぐそっちに行く!! すぐに奴を追うぞ!!」
「分かった!! シュウが来るまで、ピヨミを治癒して待ってるわ!!」
彼女らの元へ走りながら、安否の確認を取った。
窪みをジャンプで飛び越え、小川を靴を濡らして渡る。段差の大きい壁を飛び越えて、地面で横向きに倒れるピヨミと、ピヨミの傷を診ているミレナの元へ走った。
「待たせた! 早く……」
「駄目……」
「どうしたんだ?」
ピヨミに治癒魔法を施すミレナが、首を横に振った。言外に何が駄目なのかと問うシュウに、ミレナは上体だけを彼に向けて、
「氷柱を食らった箇所は治せたの。でも、今の攻撃を食らって、体力の限界を迎えたんだわ。ピヨミはもう飛べない。少なくとも、今日一日は……」
「クソ! まずいな……ミレナ! 俺の背中に乗れ、陸から追いかける!」
握り拳を作り、愁然とした顔でピヨミを見つめるミレナ。シュウは愚痴り、焦りながら賊を追うのを提案する。
「ピヨミは!?」
「置いてくしかねぇ……」
「駄目よ! 周りには正気を失った魔獣達が居るのよ! ピヨミが狙われるかもしれないじゃない!!」
残酷な言葉を放ったシュウにミレナは立ち上がり、両手を外側に強く振って却下した。
当然、動けないピヨミを背負って追う事はできない。置き去りにすると明言したシュウの提案に、ミレナが首を縦に振る訳もなく。必然的に、言い争う結果となってしまった。
「だが、このままだとエンタク様が連れ去られちまうんだぞ!!」
「だからって!!」
シュウはエンタクを追う選択肢。ミレナはピヨミを護る選択肢。どちらかの選択肢が正解、或いは不正解という問題ではない。どちらの選択肢にも一理あり、その道理を否定できる理由がどちらにもある。
ともすれば、折れるのはシュウであり、ローガやリフ達の期待を蔑ろにする結果と——、
「その心配は無用です!!」
だが、そうならなかった。
矢庭にシュウ達のところへ現れたのは、昏倒したシュウを寝かせるために病床を用意し、剰え宿泊させてくれた、アゼルであった。
「あ、貴方はアゼル!? どうしてここに!?」
「丁度、村民を避難させていた所に、お二人が賊に撃墜させられたのを、目にしたんです……大体の事情は把握しています。ピヨミは俺が、村民と共に施設へ運びます」
予想できるはずがない登場にミレナが質問すると、アゼルはそう言ってジンテーゼを促す。
ミレナとシュウが選べなかった選択肢——ピヨミの身柄が守られ、かつ賊を追うというジンテーゼをだ。
これほどまでに、ありがたい僥倖はない。
「大丈夫なの? ピヨミを背負って行くってことでしょ? もしその時に、正気を失った魔獣に襲われたら、まずいんじゃ!」
消化し切らない憂思を口にするミレナ。
村民を避難させ、重ねてピヨミの身柄も守る。確かに、危惧されることだ。
取り除き難い、粘着質な憂思である。
「大丈夫です。どうしてか、正気を失った魔獣達は、同じ魔獣を狙わないようなのです。これは、魔獣達を無力化している最中に気付いた事です。ですので、引き続きエンタク様を追ってください……」
だがアゼルは理屈を以てして、その粘着質な憂思を払拭させた。
正気を失った魔獣達は、同じ魔獣を狙わない。頭を冷やして振り返ると、彼の言う通りだ。
賊の追跡中だけではあったが、目の端で街を見た時、魔獣は徒党を組んで人々を襲っていた。特に留意する程のことではないと、考えないようにしていたが、言われてみればそうだ。
エンタクが言った『あいつらは子の為に死ねるからだ。仲間の為に死ねるからだ』という言葉が、ここで疑いようのない真実へと変わった。
「ミレナ」
「うん」
シュウはミレナに背中へ乗るように合図。彼女が乗ったところで立ち上がり、
「助かる! アゼルさん! この恩はまた何処かで!!」
「礼には及びません! 俺も村民を施設へ避難させ次第、ローガ殿の魔獣に乗って、そちらに加勢します!」
「分かったわ! ピヨミと村民を頼んだわよアゼル!!」
大きく「はい!」と言って、アゼルは二人を見送った。
「土魔法師でもなく筋肉操作なしであの身体能力……彼は一体」
あっという間に小さくなったシュウを見て、アゼルはそう独り言ちた。
樹々を避けながら疾走し、岩肌が露出した急こう配な坂へと出る。上空には翠の龍に乗る少年と、エンタクが。
シュウは速力を抑えず、そのまま坂に入った。
「い、いぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!!」
当たり前ではあるが、速力を抑えず坂に入れば本来なら滑落不可避だ。
だが、シュウは丹田から漲る魔術の力と、仕立てて貰った服の力——土魔法のプロテクションを行使することで、滑落することなく坂を下っていく。
「早い! 早い! 怖い! 怖い! 事故る! 事故るぅぅぅぅ!!」
「大丈夫だ!! てか暴れんな!! そっちの方があぶねぇ!!」
とはいえ、早いことに変わりはない。
背中にくっついているミレナにも、プロテクションの効果は及んでいる為、転んだとしても大丈夫だ。だが彼女が暴れて落ちた場合、その効果はなくなってしまう。
シュウは暴れるミレナを窘めつつ、彼女の太ももを両手でしっかり固定した。
「で、でも、これは! 平静を保つのはぁぁぁぁ!! 無りぃぃぃぃぃ!!」
ミレナを抑えながら坂を下り切ると、今度は、下で早瀬な河が流れる崖に差し当たる。
シュウは崖前で足を止め、視線を右往左往させる。橋はない。左右見渡す限り、崖が続いている。迂回すれば、賊を見失うのは自明の理だ。
「崖だァァァァ!!」
「飛ぶぞ!! しっかり掴まってろ!!!」
シュウは迷わず叫んだ。距離は感覚で二十かそれ以上。常人なら無理だ。だが今なら、行ける。向こう岸に飛びつけなくても、壁を掴むことが出来れば渡れる。
シュウは「え!?」と驚倒するミレナを無視して、距離を取って飛んだ。
「ギャァァァァァァァ!!!」
風圧に髪の毛が逆立ち、服が後ろに靡く。背中では涙目で叫ぶミレナ。対岸に近づくにつれて、彼女の抱き着く力が強くなった。
シュウは両手を前に出し、
「よし!」
壁の中に手を食い込ませることで、落下を免れた。
「よしじゃない! てか、飛び越えられてない!!」
「もともと、崖下に掴まるつもりで飛んだからな!!」
片手を引き抜き、食い込ませ、もう片方の手を引き抜いては食い込ませて登っていくシュウに、ミレナが怒声を浴びせる。対し、シュウは謝る気配無く、酒然と復答した。
元々、飛び越えるのではなく、壁に掴まる——食い込ませることで崖を渡ろうとしたのだ。
そこは理解してもらうしかない。
「じゃあ事前に言って! おしっこ漏れそうになったんだから!!」
あ、
「え!? それはすまん! 気を付ける……」
衝撃の言葉を聞いて、シュウは事前に言うべきだったと悔悟した。
——マジごめんミレナ。次からは必ず言うから許して。
崖を登り切り、ミレナを背負い直す。
距離は少し離されたが、まだ追いつける。
「これなら、見失わず追え——ッ!?」
走り出そうとした、その時だった。無数の光の刃が、右方向からシュウに向かって飛んできた。
それを寸毫の殺気と、目の端で捉えたことで気付いたシュウは、身体をのけ反りながら回避する。
着地して、光の刃が飛んできた右方向を睨み付けた。そこに居たのは、
「避けたか。ムカつくけどやるね、壁男と壁女」
「クソ、てめぇかよ……」
——運命の分岐点。神人のレイキだった。
「君を殺し、エルフを奪って、僕は更に強くなる。そして、兄上に褒めてもらうんだ……」
勝てる見込みは薄い。だからといって、負けを認めるつもりは毛頭ない。
奴が厄介になるまでに潰し、ここで鬱陶しい運命にケリを付けてやる。




