第23話 両者出動
キーシュンの西側にある森の中。
パチパチと、薪が焼けるような音が鳴り、余燼が宙に散る。消えて生まれ、消えては生まれる余燼。その発生源は、焚火ではない。
偉躯、四足歩行、緋色の体毛に黒の線が入った模様。ただならぬ闘気を纏った虎の魔獣が、都市へと向かって森の中を歩いているだけだ。
そして、その魔獣の前を歩くサキュバスのメルル。彼女は木々が無い開けた場所に出ると、丸めていた翼の中から、二つの黒い球を取り出した。
「さぁ~て、えっと、確か……開門。出でよ我が眷属達よ。アンタの力、メルルちゃんに捧げなさい……で、よかったっけ?」
尻尾から落ちた二つの黒い球は、地面とぶつかった拍子に黒い水たまりとなる。そのまま、黒い水たまりは波を打ちながら広がり、都合、二体の赤黒い人型の魔獣が這い出て来た。
黒い翼に黒い尻尾。片方は右手に白い髑髏の紋様があり、もう片方には左手に白い髑髏の紋様がある。
かつて、シュウやグレイ、ローレン達が戦ったことのある妖異な悪魔だ。
「いちいち、長い詠唱って覚えられないのよねぇ」
左掌に右ひじを乗せて、面倒くさそうに尻尾を振っているメルルに、二体の魔獣は魔獣とは思えない、恭謹とした雰囲気で跪く。
それから「御意」と、俯いて答えた。
「キャハ! これよこれ! ペテロ様も分かってるじゃん! やっぱ、従順でも無口な眷属って気持ち悪いのよねぇ……あの奴隷ヴァンパイアみたいに、何考えてるか、わからないし……」
メルルは先程の面倒くさそうな雰囲気を、快然たる表情で払拭させ、尻尾を大きく左右に振った。
奴隷ヴァンパイア——丈夫故にレイキが嬲っていたリザベート。
視界に映っていないのに、緘黙な魔獣がいるだけで毎回、あの肉の塊が頭に過るのが気に食わなかった。
当然、その意味も含めて、
「貴方達は、前の眷属と同じ轍は踏まないでよね?」
忠告してやった。役立たずな物は不要だ。
「当然です」
「我々は、そこな粗悪品とは一線を画す、佳品の魂……」
「粗悪品のように逐一、指示を送る必要もいりません。我々は自分の意思で戦況を観て、臨機応変に対応することが出来ます」
即答。豪勇な答えが二体の魔獣から帰って来た。
これだ、これだこれだ。謙遜などいらない。従属させるなら、実力に自信のある強く逞しい益荒男でなければ。
もし、そうでなかったのなら、飽きて魅力がなくなった従者のように、気に入らず殺していたところだろう。
「キャハ♪ 頼もしい男の人好き!」
醜い見た目のはずなのに、どうしてか魅力的に思えてくる。美男もいいが、偶には頼りがいはある微妙な存在も、気分転換には悪くないかもしれない。気分転換には、だが。
だって、微妙だから直ぐに飽きそうだもん。
「主よ、風の魔刻石を……」
跪き、俯いたままだった魔獣が、顔を上げてメルルに乞う。風の魔刻石を体内に注入し、空を飛んで空中から敵を狙う為だ。
背中に生える翼は、飽くまで補助。風の魔刻石を用いることで、自由自在に空を飛べるようになるのだ。
「はぁ~い。そのままにしてて、せぇの、ちゅうにゅ~!」
メルルは服に吊るしていた魔刻石を取ると、それを魔獣の額にあてがった。すると、魔獣の額が液体のように波を打ち始め、魔刻石が体内へと入り込んでいく。仕上げに、メルルが魔獣の額にオドを流し込んだ。
それをもう一体の魔獣にも行って、準備は完了だ。
「「感謝いたします。主よ」」
二体の魔獣は再び俯いて、メルルに感謝を伝えた。
本当にこれだけで空を飛べるようになるのか。疑念が生まれてくるやり取りだ。
「しっかり働いてよね♪ 私は、この子に乗っていくから。民衆はなるべく殺さず、反乱分子だけを潰すのよ。潰し方は好きに、して……」
メルルは後方で待機させていた虎の魔獣に飛び乗り、歩き始めた。
二体の魔獣は、彼女から行動開始の許可を得ると「ィヒ、承知……」と、俯いたまま歪に笑う。立ち上がり、二体の魔獣は羽ばたきながら飛んだ。
「さぁ行くわよ、ガオエンちゃん! 抵抗する奴を食い殺せぇ!! キャハハ♪」
「ガァオ! ギガオォォン!!」
虎の魔獣はメルルに呼応し、口から火花をまき散らしながら咆哮。身体の周りからも火花が散った。
構え、跳躍してメルルと虎の魔獣は森を東に駆け抜ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「これで準備は完了だ」
巨大な赤黒い生物が海辺を一歩一歩、地を揺らしながら森に向って歩いて行く。その容姿は、生物とは形容しがたく、まるで血肉を集合させたかのような醜悪な見た目である。
証拠に、身体全体から手足らしき何かが何十本もはみ出ている。加えて、その口から発せられた声は、いくつもの音が重なり共鳴したような声であった。
見た目通り、魂を接いで出来上がった悪魔だ。
正体は、中央都でローレンが撃退した悪魔——デッドスピリットを纏ったペテロである。
その体は以前よりも、多くの魂が集合したことで大きくなっていた。
ペテロは両手から黒い液体を滴らせると、それを周辺にまき散らす。
「開門。さぁ、出て来いお前等! 楽しい殺しの時間だぞ!!」
彼が大声で叫ぶと、周辺の黒い水たまりが勢いよく波打ち始める。黒い水たまりの中心が隆起し、そこから人型の魔獣が這い出て来た。
更に、同じようにして一匹、また一匹と、散らばった水たまりの中から魔獣達が這い出てくる。
その数、ざっと数百。数百の魔獣が、ペテロの周りから出現した。
「さて、次はお前等だぜ」
ペテロは魔獣達が這い出てきたのを確認すると、その場で止まり、両手を地面に着けた。次の瞬間、赤黒い両手が蠢動。膨れ上がり、中から黒い液体が流れ出てくる。
その液体の規模は、先ほど有象無象の魔獣達が出てきた黒い水たまりよりも、かなり大きい。
「開門」
——そして、その黒い水たまりから這い出てくる存在は……
「生前は年老いた体じゃったが、この体は思うように動いて佳いのぉ」
「そうですな……故に死も悪くない。生前、死に怯えていた時代の己が、哀れに思えてきますな……」
左手側からは、熟練した老戦士のような見た目の魔獣が二体。
「ひさっしぶりの生の実感だ! 助かるぜペテロ様!!」
「こらこら、余り興奮するんじゃない……敵は手練れだ。考えなしで、勝てる相手じゃないよ……」
「わかぁってるよ。つっても、久しぶりの生の実感じゃん! この瞬間だけでも、悦に浸りたくなるのが心情じゃん!」
「分かってるよ。だから言ってるんじゃないか」
「どういうことだよ!?」
右手側からは、血気盛んな戦士のような見た目の魔獣が一体。冷厳とした戦士のような見た目の魔獣が一体。
「見た目は気持ち悪くなっちゃったけど、再び陽の光を味わえるなんて最高だわぁ! ありがとね、ペテロ様♡」
中心からは、男でありながら女のような言葉遣いと仕草をとる魔獣が一体。
計五体。
——有象無象の魔獣達とは一線を画した、人型の魔獣達だった。
五体とも言葉を用いて、感情豊かな表情や仕草を取っている様は、まるで魔獣ではなく、人類かのよう。
ただ、赤黒い肌と腰にある尻尾、背中から生える翼。そして肩や胸、背中など、それぞれ違う所に刻まれた白い髑髏の紋様は、人類とは程遠い容姿である。
何故、彼らが有象無象の魔獣達と違うのか。それを知るには、彼らの過去を詮索する他ないだろう。
「あぁ感謝しろ感謝しろ……因みに言っておくが、抵抗してくる奴は皆殺しだ。民衆は殺すなよ。兄貴に怒られちまうからよ……」
後ろ首に手を置いて忠告するペテロに、老戦士の魔獣は「承知」と答え、血気盛んな戦士の魔獣は「おう!」と万歳し、冷厳たる戦士の魔獣が「分かりました……」と頷く。
最後に、おかまの魔獣が「はぁ~い」と、両手を合わせた。
「行くぞ! お前等ァ!!」
出動の掛け声とともに、有象無象の魔獣達がちりじりに飛び立った。
ペテロが魔獣達を率いて、アンコウエンを南下する。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あれは、コウエンタクのホウキュだ! 加勢が来たぞ!」
風を放ちながら、キーシュンの警備隊支部に到着したホウキュとリフ達。彼らの元に、警備隊の者達が顔に希望を溢れさせて集まっていく。
ホウキュは背中を低くして、リフとフィアンが降りやすい体勢に。二人はホウキュから飛び降りると、彼の背中を撫でながら感謝を伝えた。
たった数時間足らずで、かなりの距離を移動できた。ホウキュがいなければ、まだエンザンすら抜けられていないだろう。
その嘆賞を無くして、リフとフィアンは集まって来た警備隊——一番前にいた、頭を白い布で覆った隻眼の男に近寄り、
「どうも、初めまして。私は教育副長官ヴァイス殿の近衛騎士、フィアン・ラッテンです」
「僕は、傭兵協会に所属するリフ・ゲッケイジです。ローガ殿に頼まれ、ここへ馳せ参じました」
自己紹介した順で、フィアンとリフは隻眼の男へお辞儀をする。隻眼の男は胡乱気な顔を隠さずに、後頭部を掻き、
「騎士と傭兵協会の奴が、なんで……いや、でもホウキュに乗って来たんだもんな。ローガじいさんの名前も知っているし、噓なわけねぇか……」
自分達を敵かどうかと、疑いたくなるのは心理として自然だ。だが、ホウキュに乗って来たという厳然たる事実は揺るがない。
そこに追い打ちで、ローガという固有名詞を出したのなら、事実の堅牢さは更に増す。
実際リフが考えていた通り、隻眼の男は踏ん切りをつけたように、怪訝な顔つきを慶色に変え、
「うぅん。分からんこと考えても、しゃあねぇか……俺はキーシュン警備隊副隊長のマサムネだ……加勢、感謝するぜ、御二方さんよ」
リフとフィアンの肩を叩いて笑った。
どうやら、受け入れてくれるようだ。
「いえ……早速ですが、私達は何を……?」
「そうだな。魔獣の無力化も、民衆の避難も粗方は終わったからな。どうするか……」
苦笑いで指示を仰ぐフィアンに、隻眼の男——マサムネは二人の肩から手を離し、考えを巡らせるように手を口元へ。上半身を左右に小さく振る。
その彼の仕草を見るや否や、フィアンは一歩前に出て、
「粗方ということは、まだ全てが済んでいない、ということですか?」
「まぁな。森の中に住んでいる村民が、まだ公共施設に避難出来ていない状況だ」
「では私達は、魔獣の無力化か、村民を避難させるかの、どちらかに参加します。割り当てを……」
「話が早いねぇ! 流石、騎士と傭兵さんだ!」
現在状況を要約し、直面している問題に率先して参加を乞うフィアン。彼女の催促に、マサムネは頼もしそうに嬉笑した。
解決できる問題はなるべく早く済ませたい。彼女の思惑通りと言ったところか。冷静であるようで、案外強引なところは彼女らしいと言えば彼女らしい。
「優先するのは避難の方だから、村民を公共施設へと避難させるのに協力してもらえるか?」
「分かりました……編成の方は、もう決まっていますか?」
「おう。丁度、アンタたちが到着する前、俺を隊長にして村に向かうつもりだったんだ。隊の編成は、こっちで選出した少数精鋭だ……」
ベストタイミングだ。となれば、後は移動手段。馬車はない。アンコウエンの一部だけではあるが、領地内だけでの移動は魔獣が主流だと見て取れた。
ならば魔獣での移動が最適だろう。そして、その役にピッタリの存在がいる。魔獣という言葉を口にするのに、忌避感を覚えるホウキュだ。
「分かりました。では、僭越ながらホウキュに乗って行きませんか? 我々が走って向うより、その方が早いと思いますし、移動による体力消耗を無くせるので……」
フィアンとマサムネだけで進んでいた会話に、リフが切り込んだ。
「だな、異論はない」
「ごめんね、ホウキュ。君の許可なく、背中に乗って行くなんて提案して」
承諾を得た後、リフは見上げ、ホウキュの羽を触りながら、遅すぎる謝罪を入れる。だが、ホウキュは人類らしく顔を左右に振って、
「キュキュキュウ、キュキュ!」
光りの魔法文字をリフの前に出現させた。
「気にしないで、お安いご用さ! だとさ……」
「ハハ! ありがとう。頼もしいよ、ホウキュ」
内容を確かめる前に、横からフィアンが覗いて声に出す。リフはもう一度見上げて、ホウキュの羽を触って感謝を伝えた。
「一つ気になるんだが、エンタク様は何をしておられるんだ? やっぱ、この騒動を起こした親玉を潰しに向かったのか? あの人は、敵には容赦ねぇからな……」
「それについてなんですが……」
精鋭の者達がホウキュの背中に乗っていく最中、マサムネがリフとフィアンに質問した。そのいきいきとした物言いに、リフは思わず言葉を濁してしまった。
マサムネは顔を、疑問の一色で染める。
信頼と安心を倒壊させる真実。それを伝えるのは少しばかり酷薄だと思えてしまう。だが、伝えなければならないことでもある。
「その、エンタク様は、敵の親玉らしき者に連れ去られて……」
リフは暗い表情で、マサムネの顔を見る。
「ま、マジかよ!? それ!!」
「はい、本当です。今は、僕達の仲間がエンタク様を追っている状況です」
「あの、エンタク様が、いとも簡単に」
険しい顔で、思いを吐き出すように呟くマサムネ。
思った通り。彼らにとって、エンタクの存在は絶大なものなのだ。シュウとミレナの二人が、エンタクを奪還してくれる未来を望むしかない。
望む。神将よりも強いと謳われているエンタクを、連れ去った親玉らしき少年と翠の龍。それを相手に、奪還してくれと望むのは、余りにも峻酷だが。
それでも、
——イエギク君、ミレナ様、頼む。どうにか、エンタク様を奪還してくれ……
そう望むことしか出来ない。
「諦念するには、まだはえぇな」
険しい顔を元に戻して、マサムネは頭を掻きながらホウキュに乗った。彼の言う通りだ。向こうに望むのなら、向こうの望みを叶えるのが筋だ。
「危険に晒されている村民を、助けに行くぞ!!」
「「「はい!!」」」
マサムネの掛け声を起点に、少数精鋭が西に向かって出動した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
ハクロウを乗せて、森の囲まれた街道を疾走するガウ。風に乗ってくる匂いを元に、ローガとピヨゴを追っている状態だ。
「見えた」
街に近づいたことで森が掃け、陰から一変して陽。一匹と一人の上空前方に、ピヨゴに乗ったローガが見えてくる。
前方にあるのは、トクチーの南にある都市だ。
正面を向いたまま移動していたピヨゴの軌道が変わり、都市に向かって下降していく。
「ガウ、親父は恐らく、警備隊の精鋭を募って賊と対峙するつもりだ。俺たちも参加するぞ」
ハクロウの指示にガウは「ガウ」とだけ答え、ローガを追って壁の無い街に入った。
——視点はローガへ。
宗教施設に降り立ったローガはピヨゴを羽休めさせると、颯爽と正門を潜って施設内へと入る。
施設内で座り込む民衆と、気を失い、縛り上げられている魔獣達。どこの公共施設でも、同じような光景が広がっているだろう。
そう思慮しながら、ローガは民衆達の点呼をとっていた警備隊の青年に近づいた。
「よ、働いとるとこ悪いの……フェンとギンジは、何処におるか知らぬか?」
「ローガさん!? どうしてここに!? 配属先のフイリンは……?」
右手の指を二本立てて陽気に挨拶をするローガに、獣人の青年と周辺の民衆が驚く。ローガは右手を腰の後ろに戻し、
「そっちは、他の奴に任せた。こっちへ来た理由は、精鋭を募り、賊と対峙するためじゃ……フェンとギンジの場所は?」
「隊長は中央都市に、副隊長は、西の都市にいるはずです」
ローガから答弁され、納得した顔になった青年はトクチーの警備隊隊長のフェンと副隊長のギンジの居場所を答える。
現在地はトクチーの南にある都市だ。ピヨゴから賊の位置は、トクチーとソーシュウの中心の真北だと知った。
ここから中央の都市は北、西の都市は北西にある。となると、先ず中央の都市に向かい、次に西の都市に向えば、賊の元へ向かうまでの時間短縮が図れる。
フェンとギンジの詳細な居場所は、その都市に赴いてからでいいだろう。
「相分かった。状況はどうなっておる? 芳しくないようなら、ピヨゴを貸すが……」
思索を終えたローガは、青年に現在いる宗教施設の状況を問う。
全地域がほぼ同時に、民衆の避難と魔獣の無力化を開始したのだ。現在いる宗教施設の状況が分かれば、他の公共施設の状況も大抵は想像できるというもの。
「いえ、そのご心配は……手紙に書かれていた通り、殆どの民衆を公共施設に避難させましたし、言う事を聞かない魔獣達も大方、無力化させました」
青年の良い報告を聞いて、ローガは胸を撫でおろす。なら次は、
「殆どということは、まだ避難できていない民衆がいるのじゃな?」
『殆ど』という言葉をピックアップして、再度青年に具体的な質問をした。
「はい、都市や、都市周辺に住む民衆の避難は完了したのですが、森の辺鄙な場所で暮らしている村民の方々はまだ……」
「そうか。分かってはいたが、やはり全ての民衆の避難は、まだ終わっていないか……」
青年は手に持っていた、名前が載っている紙束を観てローガに答える。所感を吐露したローガに、彼は「はい……」と痛ましい表情で返した。
ならば、決まりだ。
「辺鄙な村か。なら、多くても二、三百程度かの。あまり多くてもダメじゃな……十人、それも魔獣を五体以上調伏しておる精鋭の奴を集め、そやつらに、避難しきれていない村民を、現地の警備隊の者と共に、公共施設へと避難させるんじゃ。指揮を執るのは、一番魔獣を調伏しておる奴じゃ……」
今すぐその村民を助けに向かう。これを行わずして、何をする。痛ましく思うのなら、尚更である。
「ほれ、何を惚けておる……さっさと集めて来い」
「え!? あ、分かりました!!」
唖然としている青年に、ローガは催促する。青年は顔を廓然とさせ、施設の奥へと走り出した。
避難出来た民衆よりも、避難出来ていない民衆を優先しようとするのは、冷静に考えれば至れる思考である。だが、緊急事態につき、皆、自分の仕事を熟すので精一杯なのだ。
ならば先輩として、例外への対処の仕方を教えて、導かなければ。背中を押してやった訳だ。
「さて、急ぐかッ」
小さくなっていく青年の背中を見て微笑し、振り返って外に出る。よっこらせと口に出すように、息を吐きながらピヨゴの背に乗ると、唐突に影が目の前を通った。
次のコマには、後方に巨躯の魔獣と男が目に映っていた。
「待て、親父……俺も参加する」
「ガウ、それにハクロウ。お前達、何故ここに……?」
ガウを行儀よく座らせ、地に降りたハクロウ。彼らの登場に、ローガは目を丸くした。
「ヒーリッグから、親父が何処に向かったか訊いたんだ。民衆防衛の方は、俺の欠員をガウ達に補わせたし、大方の魔獣は気絶させた。だから大丈夫だ。賊と対峙するんだろ?」
ローガの胸中を察したかのように、ハクロウは憂いの種を取り除いた。
やるべきことを終え、賊の迎撃戦に参加する為に、後を追って来たということだ。
「カカ。相変わらず頼りになる奴じゃな、お前は……構わん、付いてこい。お前のガウで向かうぞ。今日はピヨゴを働かせすぎたからな……」
「分かった……それで親父、何人連れて行くつもりなんだ?」
施設から警備隊を募ろうとせず、直ぐにガウへと乗ろうとしたローガに、ハクロウは判然としない表情で問う。
ローガは『まぁ、そう思うわな』と胸中で述懐し、
「フェンとギンジ、それとお前で三人だけじゃよ」
「少ないな、理由は?」
「賊はアンコウエン全土を狙った急襲を仕掛けて来た。エンタク様が言った通り、この騒動は用意周到な謀による急襲じゃ。故に、賊は手練れ……中途半端な戦力はいらん。それに、無力化できていない魔獣もおるし、避難出来ていない村民もおるからの……だから少数じゃ」
蓄えた髭を指で弄りながら答弁するローガに、ハクロウはガウに飛び乗って「分かった」と、返す。ローガも続いて、ガウに飛び乗った。
「うむ。フェンとギンジには、北に現れた、賊の隊長の周りにおる奴らを。ワシとお前は賊の隊長を相手にする。よいか?」
フェンとギンジに、手練れである賊の隊長を任せるのは少し荷が勝っている。
二人よりも強者である自負はあるし、客観論でもそうだ。自分より強いハクロウは言うまでもない。
達観したのか、ローガが思索を言うまえに、ハクロウは迷いのない顔で「異論ない」と、一言だけ返した。
カカ。こやつを、丹精して育てた甲斐があったわ。
「エンタク様のこと、聞いておるな?」
「あぁ、親父がヒーリッグの仲間に任せたと聞いた」
「文句はないのか?」
「ない。それにあっても、言う意味がないしな」
「カカ! 確かにそうじゃな!」
互いに表情を窺うことなく、淡々と言葉を交わす。
前を見たまま、ハクロウは胸中で『親父が自分ではなく、そいつに任せたという事は、そいつが手練れということだ。文句などなく任せられる』だと思い、一方、ローガは胸中で『神人を退けたことがある小僧とエルフ様。そして、二人のピッタリ符合した息。ワシが敵を追うよりも、二人の方がよっぽど適任じゃ……』と、思った。
「よし、じゃあ行くぞ。なるべく早くな……」
「了解……」
都市から北上する。
※ ※ ※ ※ ※ ※
連れ去られたエンタクを追って、シュウ達は翠の龍に乗った少年を追っていた。ただひとつ、問題があるとすれば、
「何アイツ! 馬鹿みたいに早い!!」
ぼやくミレナの言う通り、少年の飛行速度がシュウ達の飛行速度より、早いと言う事だ。
膂力なのか、飛び方なのか、はたまたそれ以外の力が加わっているからなのか。兎にも角にも、このままでは振り切られてしまう。
そうなれば、託してくれたローガや、各地へ向かったリフやアリス達に面目が立たない。
「このままだとエンタクを見失っちまうぞ! ミレナ!!」
「分かってる! ピヨミ、もう少し飛ばせる!?」
どうにか追いつける方法が無いか。シュウは、ピヨミを操獣しているミレナを急き立てる。ミレナはそのシュウに、焦りと怒りを舌に乗せながら返答。ピヨミの背中を摩って、無理難題を押し付ける。
「ピヨピヨ!!」
「分かったわ! 頑張って!!」
「何だって!?」
「やってみるって!!」
それでも、応えてくれたピヨミ。
だが、敵は変わらずの速度で滑空している。
建物などの遮蔽が無い、空気抵抗が大きい空中。その中を全速力で走るとなれば、ピヨミの体力が次第になくなり、振り切られてしまうのは必至。
最悪と最悪の板挟み状態だ。掴まって飛び乗るか、それとも……
「丁度いいでしょう。目障りですし、悟らせてあげましょうか……」
そうやって、後方で艱苦しているシュウ達の心中を知ってか知らずか。翠の龍に乗っている少年はニタリと笑った。それから、シュウ達に向かってオドを収束させた掌を見せて、
「ブリザードメアハイト」
「ッ!?!?!? まずい!? ピヨミ避けて!!!」
——どうするか考える暇もなく、巨大な氷柱群がシュウ達に猛威を振るう。




