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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
55/113

第22話 迎撃開始

「来いよ! 俺が躾けてやるよぉ!!」


 ソーシュウの宗教施設に、甲高い声が木霊こだまする。

 鳥の容貌、筋肉質な身体にオレンジ色の体毛を生やし、頭のとさかのように逆立った体毛は快男児さながら。名はボトー。ソーシュウ警備隊隊長である。


「ガル、ルギャギャルルガガ!!」


 ボトーの挑発に、牛の魔獣がよだれを垂らしながら猛然と吠える。

 民衆が宗教施設に避難している中途、錯乱状態の魔獣が襲い掛かって来たのだ。

 数は三体で巨躯。一人でそれらを相手にするには、いささか無謀に見えてしまう。


「ボトーさん! 流石に一人で三体は!!」


「馬鹿野郎! お前は民衆を護りやがれ!! 死なせちまったら、エンタク様に玉潰されるぞ!!」


 宗教施設に避難している民衆を、二列で挟んで誘導している警備隊——青年が、列から離れて加勢しようとする。が、ボトーは余計だと一蹴した。


 民衆を護り、悪事を働く者を鎮圧するのが警備隊の仕事だ。

 そして、優先すべきは前者。負傷者、況してや死傷者を出しては、警備隊の沽券こけんが汚れてしまう。

 ともかく、任せておけということだ。


 隊長の名は伊達ではない。


「ゴモ、ルルギャァァァ!!」


 挑発に乗った魔獣の一匹が、ボトーに向かって猛突進する。おびえる民衆を後ろに、ボトーは筋肉が膨れ上がった。


「ウッピョォォォ!!」


 豪然と声を上げ、ボトーは自身の三倍ほどある魔獣の突進を、真正面から受け止めた。互いに歯を食いしばり、鼻息を荒く拭き、両者一歩たりとも動かない。

 数秒後、ボトーが魔獣を押し始め、


「やんちゃな奴だ! いい子にして寝てろ!!」


 そのまま、魔獣の身体を持ち上げ、頭から地面に叩きつけた。

 叩きつけられた魔獣は、目を丸くして気絶。エンタクの指示通り、殺さず無力化させた。


 湧き上がる歓声。それにボトーは興奮し、


「さぁ、兄弟の一人がやられたぞ! お前らも来い! 躾けてやる!!」」


 ヒーローのように、魔獣へ二度目の挑発をした。

 今度は二匹同時で猛突進する魔獣。その激昂する姿は、兄弟を思った為か。それとも、利己的な感情か。魔獣はボトーに体当たりする。


 一度目は抑えつけられたが、二度目は二匹同時に相手だ。受け止めたボトーの身体が、地面に足跡を残しながら徐々に押し負けていく。

 ニタリと嗤う二体の魔獣。しかし、ボトーは笑った。


「いい突進だ! 気に入ったぜ! 今度、お前ら三体を調伏してやる!! だから今は、大人しく待ってやがれ!!」


 魔獣の足元がたちどころに隆起。果たして、魔獣が対応できるわけもなく。そのまま魔獣はボトーに持ち上げられ、一体目の魔獣同様に気絶させられた。


「さて、さっさと民衆避難させて、魔獣達を無力化させるぞ!!」


——場所は変わって、ソーシュウ警備隊支部。


 三体のトカゲの魔獣が、荒れ狂いながら警備隊の支部に向かう。

 地をっている為、背の高さは人より低いが、体長はやはり魔獣だ。襲われれば一溜りもない巨躯である。


 先頭を走るトカゲの魔獣が、壁を越えて民衆の前へと近づく。

 慄く民衆を護ろうと、警備隊の者達が駆け寄った。魔獣は唸りながら跳躍し、警備隊の者へと噛みつこうとした時、


「ハイヤァァ!!」


 横から飛んできた何者かが、魔獣を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた魔獣は、建物の壁にぶつかって撃沈する。仲間がやられたことに憤怒した二体の魔獣が、何者——ネズミ顔の獣人女性に飛びついた。


「ホ! ハイヤァァ! 大人しくしなさいッネ!」


 獣人女性は飛びついてきた魔獣の口を掴み、それを振り回してもう一体の魔獣に衝突させる。

 二体の魔獣は地面に放り出され、獣人女性によって気絶させられた。


「ふぅ……危ないとこだったネ」


「ラウラさん! 助かりましたが、建物が!! この壊れ方は、エンタク様にどやされますよ!!」


「エ! ヤバ!? 黙っとくネ」


「駄目ですよ!? この前、それで痛烈に怒られたの、覚えてないんですか!!」


 顔色を変えて、内緒のジェスチャーをする獣人女性——白色の体毛が特徴的なラウラに、亜人の女性が鳥肌を立たせながら過去を語る。


『この修繕費用、誰が払うか分かってるのか? 給料から差し引いてやってもいいんだぞ、お?』


 恐怖の余り、その言葉を境にして記憶が無いのを思い出す。因みにその時、ラウラの顔は絶望で青ざめていた。


 公共施設故に、修復に掛かる費用を誰が負担するかは言わずもがな。二度目ともなれば、怒髪衝天どはつしょうてん間違いなしだ。


 この快活なラウラは、ソーシュウ警備隊の副隊長だ。街を飛び回り、魔獣達を無力化して現在に至る。

 まずいことをしてしまった時に、責任から逃ようとするのが偶に瑕だ。当然ではあるが、その都度エンタクに怒られている。


「ラウラさん! また来ました!!」


「ハッ!? またお出ましネ! お姉ちゃんが厳しく躾けてやるから、とっととかかって来いネ!!」


 トクチーにある宗教施設には、トクチー警備隊副隊長のギンジ。

 茶髪の髪に、パッとしない見た目の中年男だ。


「流石に、ちょっと数多いな……まぁ、給料もらってるんだし、働かなくちゃね……」


 無数の蛙の魔獣に囲まれ、気だるげに杖を構えるギンジ。

 言葉から察せられるとおり、面倒くさがりなおじさんである。


 同じく、トクチーにある陶磁器に関する施設には、トクチー警備隊隊長のフェン。

 その瞳に、爛然らんぜんとした炎を滾らせる赤髪の熱血漢だ。


「エンタク様の可愛い魔獣達をこんな目に合わせるなんて! 許せん! 許せんぞ賊ゥゥゥゥ!!!」


 フェンは走りながら魔獣達を殴り飛ばし、蹴り飛ばして行く。気絶させた魔獣達はそのまま放置している為に、他の警備隊の者が拘束し、後始末している。

 暴れる魔獣を見つけては無力化し、見つけては無力化するという放逸な守り方だ。


「ウォォォォォ!!」


 またも、目の前に魔獣が現れ、フェンはそれに向かってひた走る。

 強者と闘いが好きで、よく魔獣達と戯れている男だ。


 エンザンの労働組合の施設には、エンザン警備隊の副隊長ケインが。

 目から涙を流し、哀切な表情、緑髪を長く伸ばした青年だ。


「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。やりたくもないことを強制されて……」


 ケインは気絶させた魔獣を縛り上げ、汪然おうぜんと泣きながら薙刀の石突を地面に着けた。

 その彼の周りに、縛り上げられた魔獣を助けようと、同種の魔獣が集まってくる。

 前後左右四体だ。前方の魔獣が猛々しく唸り、ケインに飛びつく。対抗するケインは構え、薙刀の柄の部分で魔獣を地面に叩きつけた。


「大人しくしなさい。怖がることは無い。エンタク様が必ずや、賊を排斥してくれるはずです」


 そう言って教諭きょうゆするケインの言葉を無視して、残り三体の魔獣が一斉に飛び掛かった。

 ケインを中心に、長い柄が円を描いて空気を裂く。飛び掛かった魔獣達はケインを無視して明後日の方向へ。白目をむいて、地面に崩れ落ちた。

 ケインが一瞬のうちに、石突で魔獣を気絶させたのだ。


 そうやって各都市の公共施設で、己がやり方で民衆達を護っている隊長、副隊長たち。


 そして、エンザンの宗教施設を護るエンザン警備隊隊長のハクロウ。警備隊の中で、彼は最強である。

 エンザンはアンコウエンの中心都市で、一番危険な魔獣が数多く生息している場所だ。故に、ハクロウがエンザンの警備隊長を務めている。


 容姿は、ひと際長い青髪につり目で、並外れた体躯。ハオとローコの父であり、ローガの息子である。


「お前か……行け、ガウ達。他をサポートするんだ……」


 狼の魔獣を散開させ、眼前に現れたサイの魔獣と対峙するハクロウ。

 背の高さは五メートル程だ。魔獣は前片足を上げ、その足を地面に擦っては上げ、擦っては上げて威嚇する。


「来い。躾けの時間だ」


「ギャギィィ!!」


 両腕を横に広げ、泰然と立っているハクロウに魔獣が突進する。

 巨体に車並みの速度。後方には宗教施設がある。二本の角があれば、壁を打ち砕いた後でも、魔獣は施設内を走り続けられるであろう。


 魔獣の接近に、ハクロウの腕が膨張し、血管が浮き上がる。彼は接触寸前で、右側に避け、


「フンッ!!」


 横から魔獣を叩いた。

 唾を吐き出し、魔獣の身体が宙に浮く。突進は止まり、魔獣はのたうち回ることもなく、土煙をあげながら轟沈した。

 巨体顔負けの膂力である。


「まだいるな……他の奴じゃ、少し荷が重いか」


 呟き、ハクロウが睥睨へいげいする方向——カメの魔獣とライオンの魔獣が、家屋の影から顔を出した。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 少し時間が経ち、上空。ピヨゴとピヨジに乗って、エンザンの公共施設へ向かうローガとアリス。動物とは思えない速さで、滑空していた。


「そうじゃ。憂いは無くしておいた方がええの」


「どうかしましたか!? ローガ殿!」


 ピヨゴの背に掴まり、ローガは唐突に呟いた。ピヨゴ達に乗って数十分間、一言も話さず空を飛んでいた為に、本当に唐突だった。

 唐突、そして突風。聞き逃してしまったであろうアリスが、訊き返す。


「おぬし、確か自己紹介の時、ワシに治癒魔法が得意だなんだの言っておったの!?」


 遡ること、一日前の話だ。シュウが昏睡している時に、ローレンを含め二人は会った。


「はい! 三傑の一人と、巷で言われる程度には! あ、いや! 私は、そう評される程に、研鑽した覚えはないのですが……」


「カカカ! 相分かった! それほどの自負と評判があれば十分じゃ!」


 思わず本音を出してしまったと言わんばかりに、アリスは畏まりながら両手を振って否定。ローガは、その彼女の態度が可笑しくて哄笑した。


「いや! だから決して、そんなことは!?」


「いやぁ、すまんすまん! 嘲弄するのが癖での……」


 再度、強調して否定するアリスに、ローガは悪い癖が出たと、笑みを残しながら謝った。


 咄嗟に口に出せるということは、自負があるということ。自負があるということは、自信がつくまで人の怪我や病気を治してきたということだ。

 故に憂いなく、アリスに負傷者の治癒を任せられる。


「ぬしよ! 治癒魔法が得意なら、負傷者の治癒と守護に当たってくれぬか! ぬしがいれば、死傷者も減るだろう! 公共施設に着いたら、負傷者の治癒と守護に当たる旨を伝えるんじゃ! そうすれば、警備隊の者が的確に割り当ててくれるじゃろう!」


「分かりました! 見事な采配、感謝します!」


 アリスはピヨジに掴まりながらも、恭しく謝意を述べ、それをローガは「うむ」と返す。


 そうして、やり取りしていると、ローガの目に街並みが映った。エンザンの北側にある都市だ。

 既に民衆達は避難を終え、街中は人影が一つも無い寂然とした街へと変わり果てていた。

 

 更に前を見ると、視界に公共施設が映る。加えて、民衆達の種々雑多な頭髪もだ。


「さて、そろそろじゃな……」


 距離的に、数分程度で着くと見たローガはアリスに目をやり、


「あれを見よ! おぬしが護るのは、あの建物じゃ!」


「あの宗教施設ですね! 既に人が……」


 ローガが指を差した宗教施設——民衆達が雑踏している様を見て、アリスは所感を囁く。

 建物の中から外まで、民衆で込み入っている状態だ。


 アンコウエン中心都市のエンザンにある宗教施設は、他の都市にある宗教施設よりも大きい。エンタクが住む山の周辺都市はさることながら、地理的にエンザンは人々が行き交う場所でもある。

 故に大きく、多くの人を避難させる施設としては、最適解な場所なのだ。


「おぉ、おるの……ぬしよ!」


 その外に、狼の魔獣を引き連れる巨躯の男が立っているのを、ローガは目視で確認。顔を向けずにアリスに声を掛ける。


 顔を少し上げ「はい!」と、整然とした声でアリスは返事。聴こえているのを確認したローガは、宗教施設の外で立っている男に指を差し、


「あそこにはワシの息子がおっての! あれじゃ! 外に立っておる、体躯の良い男じゃ! 名はハクロウ! 容姿は青髪で長髪じゃ! 息子には、エンタク様の事を伝えてくれ! 何か問題が起こった時はワシの息子を頼るんじゃ!」


 指を差した方向にいる男——ローガの息子であるハクロウを、アリスは目を凝らしながら見つけ「分かりました!」と、頷いた。


 言うべきことは言った。それでは、別れるか。


「ワシはこのまま北に行く! おぬしはそのまま、ピヨジの背中に乗っておるんじゃ!」


「はい! ローガ殿!」


 別れの言葉を告げ、離れようとしたローガをアリスが引き止めた。

 眉に皺を寄せ「なんじゃ!?」と、訝しむローガに彼女は「お気をつけて!!」と武運を祈った言葉を掛ける。


 ローガは、そんなことで引き止めたのかと「カカ!」と、哄笑し、


「まだ、若いもんに心配されるほど落ちぶれてはおらんし、無駄死になど御免じゃわ!」


 舌鋒ぜっぽう鋭く、年の功を見せつけてやった。

 騎士として、戦友に武勲を祈る言葉を掛けるのは、普通の事かもしれない。だが、それでも二十代かそこらの、年端の行かない娘に心配されてしまった以上、答えるしかない。


「ではの……」


 留意しておこう。死なずに戻ってみせよう。

 ローガは、一言だけ残してアリスと別れた。無言で頷く彼女から目をそらし、


「さて……飛ばすぞ、ピヨゴ!」


「ピヨ!!」


 更に速度を上げて、北へと向かった。


 ——ローガと別れたアリスへ。


 宗教施設の正門前に降り立ったアリスは、ピヨジに「運んでくれて感謝するよ」と告げてハクロウの元へと走る。ローガの詳述の通り、体躯が良く、青色で長い髪の男だ。

 近くで見た瞬間に、アリスは理解した。練り上げられた闘気。彼の力量は、騎士のそれを軽く凌駕していると。


「お初にお目にかかります……私は上級騎士のアリス・ヒーリッグ。ローガ殿に頼まれ、コウエンタクからこの宗教施設に馳せ参じました。貴方がハクロウ殿でしょうか?」


 止まり、お辞儀して自己紹介と事の経緯を話すアリスに、群れを成している狼の魔獣達が、低い唸り声をあげて警戒する。

 青髪の男——ハクロウは警戒する魔獣達をなだめながら、


「コウエンタク、ピヨと親父……分かった。名前はハクロウで合っている。加勢に感謝するヒーリッグ。エンタク様は、どうなされた? やはり、敵の首魁と闘っておられるのか?」


 エンタクについて話そうとする前に、ハクロウから話題を振られた。

 会話の流れで切り出そうとしたのだが、その手間が省ける。コウエンタクから、その一言で理解したのだろう。


 鋭敏えいびんであり沈勇ちんゆうである彼に、尊敬の念を抱きつつ、アリスは顔を上げ、


「その……エンタク様は、敵の首魁に連れ去られてしまいました……」


「なに!?」


 第一印象で朴直ぼくちょくを漂わせていたハクロウの表情が、瞿然と変わった。

 彼らにとって、エンタクという存在がどれほど強大なものであるのか。それが、達観できてしまう。


「今は、私と共に、コウエンタクへ訪れた仲間が、エンタク様とその首魁を追っている状況です」


 ハクロウの気を落ち着かせようと、アリスは毅然と続ける。

 アリスの言葉から状況を把握したハクロウは、驚きの表情を元の朴直としたものへと戻し、


「親父から指示を受けたのだろ? 親父は何処に行った?」


「はい。私のローガ殿がコウエンタクから北、私の仲間が西と東に向かいました。ローガ殿は、先程まで一緒にいたのですが、北へ行くとだけ仰って、別れました」


「そうか……親父が決めた事なら、エンタク様のことは、任せてもよさそうだな」


 溜飲が下がったようにハクロウは頷く。


 口で言ったように、彼は父親であるローガを信頼しているのだろう。老人ではあるが、ローガの闘気はハクロウの闘気と遜色はない。

 そして、ローガの指示は機転が利いていた。親であり、まだまだ現役である彼を、ハクロウが信頼している理由が垣間見える。


「ハクロウ殿、私は治癒魔法が得意なので、負傷者の治癒に当たります……負傷者の場所を」


「分かった。付いて来てくれ……」


 ハクロウはそう言うと、魔獣達を待機させて施設内の方へと歩き出した。数歩遅れて、アリスも歩いて続く。


 正門を潜り、地べたに座って待機している民衆達の視線を越え、並べられたそれを見た。


「……あの魔獣達は、誰が?」


 それは縛られ、気絶している巨大な魔獣達だった。サイの魔獣にライオンとカメの魔獣。そして、親玉の下に付くその他諸々。

 驚愕したアリスは思わず、ハクロウに質問した。


「あれは、俺が気絶させた。ここいらの森を縄張りにしている、はぐれ魔獣の親玉だ」


「まさか、一人で、ですか?」


「まぁな。この程度を鎮圧できなければ、ここの隊長など務まらんからな」


 振り返ることもせず、平然と日常であるかのように答えたハクロウに、アリスは更に驚愕した。


 アリスは治癒魔法師の為に基本前線には出ないが、それでも魔獣を数多く見て来た。だが、目の前で縛られている魔獣は分隊で対処する規模だ。それも一体につきである。

 複数の魔獣をハクロウは一人で対処し、殺さず気絶させたのだ。鋭敏、沈勇、剛強。


 格が違う。


 上級騎士であることに誇りを持ち、最上級騎士への昇進を日ごろから庶幾していた。やっと教えを乞う側ではなく、教えを乞われる側になれると。

 だが、


敬慕けいぼしますハクロウ殿。私は思い上がっていたようです」


 まだまだ自分は未熟であった。今はいちただの騎士として、純粋に教えを乞いたい気持ちが大きい。


 アリスはお辞儀をして、胸中にある思いを吐露した。

 当然、ハクロウに彼女が何を言いたかったのか理解できるわけもなく、首と肩だけを向けて、彼は疑問符を浮かべる。

 アリスは「あ、いえ」と、否定から入り、


「……あれほどの魔獣が、人類社会に馴染んでいることもですが、魔獣を調伏するハクロウ殿やローガ殿、アンコウエン全域に生息する魔獣達を、調伏しているエンタク様は、本当に素晴らしいですね……」


「エンタク様はそうだが、俺や親父は、素晴らしくなどないさ……」


「ご謙遜を……」


「いや、謙遜ではない。事実だ……」


 前を向いて振り返らず、階段を登って屋内に入っていくハクロウ。表情は見えないが、アリスにはその弁に第一印象の朴直とは違う何かがあったように聞こえた。

 その何かについて考える暇なく、


「ここが、負傷者が集められた場所だ……」


 負傷者たちが集められる場所に到着してしまった。

 アリスは切り替えを挟み、臥床がしょうしている負傷者を見て、凝然ぎょうぜんと固まった。


「これは……」


 かつての初陣——豪族の鎮圧戦。その時に見た病室を思い出す。

 テント内、血の匂いと、痛みに呻吟する負傷者達の声。死者が後を絶たない光景。嫌な記憶だ。

 アリスの顔が、暗然と引きつった。


 その彼女の胸中を推量したのか、そうでないのか。ハクロウは、鬱屈としている彼女の肩を軽く叩き、


「今のところは、死人は出ていないが、深手を負った者は少なくない……治癒は、傷が深い負傷者から当たってくれ。任せたぞ」


 目を見て、泰然と鼓舞してみせた。


「は、はい! 承知しました!」


 敬慕する相手から『任せたぞ』と言われたアリスは、塞ぎかけていた感情を振り払って奮興ふんこうする。たどたどしい敬礼で答えた。

 ハクロウはそのたどたどしい敬礼を見て微笑すると、アリスの肩から手を退け、


「大方、魔獣は気絶させた。故に、施設内から負傷者が出ることは無いに等しいだろう。とはいえ、森の中に住む一部の村民達が、まだ施設に避難しきれていないのが現状だ。大勢の負傷者が一気に運ばれてくる可能性はある……その上で、頼んだぞ。ヒーリッグ」


「はい! お任せを! 何せ、私は治癒魔法師三傑の一人と呼ばれるくらいですから!!」


 頼りなさを払拭して、今度は整然と騎士らしく敬礼した。


 幼い頃は水魔法師ではなく、柔和にゅうわでありながら峻烈しゅんれつたる風魔法師になりたいと思っていた。だが、戦場に出て治癒魔法で人々を救っていくにつれて、その考えはなくなっていった。

 オドを捻出して治癒魔法を施し、辛労しんろうで気を失いかけても小憩を取って、立ち上がって治癒魔法を再開。その対価が笑顔と感謝の言葉だった。


 命を救った相手から、笑顔と感謝の言葉を貰った時の感慨は、何物にも代えがたい。今では、水魔法師であることを誇りに思っている。


 誰一人死なせず、救った相手から感謝されたい。為すことが等価交換という、騎士の沽券を汚す行為だが、それでも救って感謝されたいのが本音。


 ——私は騎士失格だな……


「そうか。だから親父は、お前をここに向かわせた訳か……」


 アリスの瞳の奥を見据えて、ハクロウは悟ったように呟いた。


「……それは、どういう?」


「エンザンは、特に強力な魔獣が多くてな。コウエンタクに訪れた時、見ただろ?」


 言葉の含意が分からず、アリスは反射的に問いかける。問われたハクロウは、外にいた魔獣達を手招きしながら復答ふくとう。アリスは彼が手招いている方向に目を向けた。

 

「負傷者が多く出るから、ここに向かわせた、ということですか?」


「大方な……とにかく、治癒の方は任せた」


 二人が会話を続ける中、動き出したのは、行儀よく鎮座している群れの中でも一番背丈のある魔獣だ。

 群れの主なのだろうか。魔獣は尻尾を犬のように振りながら、ハクロウの元へと近づいてくる。


 魔獣が階段前で止まり、騎乗しやすいように背中を降ろすと、ハクロウはその背に乗った。


「あの! ハクロウ殿。何処に向われるのですか?」


「俺は、親父を追う……賊の元に向かったはずだ。施設防衛の方は、残っている警備隊と、俺の魔獣達に任せる……」


 ハクロウが向かう先は賊の元——アンコウエン北に現れたペテロである。果たして、その闘いの結末は、いかに。


「ヒーリッグ。助けられない命があったとしても、落ち込みすぎるなよ」


「はい! ハクロウ殿、お気をつけて!」


 ハクロウは言い忘れていたと、魔獣の足を止めてアリスを励ます。彼女はその仁慈じんじに、感謝を込めた敬礼で見送った。

 き、負傷者の治癒へと取り掛かる。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




 ホウキュに乗り、コウエンタクから西——キーシュンに向かうリフとフィアン。速度はかなり早いが、風で振り落とされないように、ホウキュが二人を庇いながら飛んでいた。


「そうだ、ラッテン。念のため、移動中に作戦を練っておこう」


「そうだな。分かった」


 その証拠に、背中の上に乗っている二人に掛かる風は少ない。


「先ずは、行使できる魔法からだ。僕は上位のルーメンまでなら、数回使える。応用はフラッシュウェアが数回、フラッシュライエも同じ程度は行使できる。使用する武器は蛇腹剣だ」


 提案したリフから、身体の調子とオドの量を鑑みて、行使できる最高位の魔法と、その使用回数を詳述していく。


 行使できる最高位の魔法より下位の魔法について伝えないのは、伝えるまでもないことだからだ。

 行為できる最高位の魔法と、その使用回数を伝えれば、それより下位の魔法は、騎士であれば容易に把握できる。


 互いに行使できる魔法や、使用する武器を詳述するのは騎士では普通の事だ。

 とはいっても、今は騎士ではなく傭兵だが。

 

——思念体の話は、戦闘中に使えるわけではない。だから、今は胸の内に仕舞っておいた方が良いな……


 隠し事をしていることがバレないように、リフは毅然とした面持ちでフィアンにバトンタッチした。


「私は上位のフレイムなら、数回。応用はフラマウェアが十数回、フレアライエは数回だな。武器はもう分かると思うが、メインが大鎌。そして、サブで小さい鎌だ」


 フィアンは微笑しながら、背中に掛かる布で包んだ大鎌を右手で触れ、左手でベルトバックから小さな鎌を取り出す。


「魔法の方は及第点。武器は蛇腹剣と大鎌か。互いに、接近されたら危うい武器構成だな。互いが背中を合わせて防衛、互助というのはどうだい?」


「何を言う、ゲッケイジ。サブに小さい鎌があると言っただろ? 大鎌と魔法で遠、中距離、間合いの中に入られたら、小さい鎌で応戦する。それが私流でね……それに大鎌で遠距離攻撃をする際、魔法の威力を出すために、大振りするんだ。悪いが、その提案は飲めない……」


 どうやら勘違いしていたらしい。そうなると、


「そうか……じゃあ、自己完結していないのは僕だけか」


 少し伸びてきた無精髭を摩り、リフは独り言ちる。

 蛇腹剣は攻撃後の後隙が大きい武器だ。一対一ならまだしも、魔獣達が惑乱している状況なら一対多数は大いにあり得る。自分も、フィアンのようにサブの武器を使用するべきか。


「キュ、キュキュキュ」


 どうすればいいかと懊悩おうのうしていたところに突然、第三者が介入してきた。ホウキュだ。


「ん……? ホウキュだったな。どうしたんだ?」


「キュキュキュ、キュッキュキュ、キュウ」


 フィアンが対応し、リフもホウキュに耳を傾ける。

 しかし、どうしたものか。


「何か言いたげなのは分かるんだが……」


「僕たちに魔獣の言葉を理解する術は……」


 リフとフィアンは後ろ首を触り、難しい顔になって煩慮はんりょする。

 ローガやエンタクなら分かるのかもしれないが、自分とフィアンでは魔獣の言葉は理解できない。

 せめて、何かしら意思疎通ができる媒体があれば会話が可能になるのだが。


「キュウゥ」


 そう思った矢先、ホウキュの背中から光の文字が浮かび上がって来た。


「なッ!? これは文字か!?」


「というか、私達の言葉が分かるのか!?」


「キュキュウ」


 目を見開いて確認するフィアンに、ホウキュは大きな頭を上下に振って肯定する。

 驚愕した。


 ホウキュがやってのけた魔法文字という高等技術は然り、それ以上にローガやエンタクではない、余所者の自分達でも言葉が通じることに驚愕した。

 人語を理解し、文字を介して意思疎通ができる慧眼けいがんなホウキュ。


 その驚きの強さに、二人は転瞬、魔法文字の内容の確認を忘れてしまう。


 リフは頭を手で摩りながら「これは恐れ入ったな……」と、魔法文字を読み始めた。


「ええっと、僕が君のサポートをするよ……蛇腹剣の後隙を僕が光魔法でカバーするんだ……本当かい!? あ、いや! 本当かいと問うのは間違いだね……助かるよ。それと、僕はリフ・ゲッケイジ。よろしく頼む。ホウキュ」


「キュッキュキュッキュ」


 魔法文字を音読し終わり、リフは握手の意を込めて、ホウキュの背中に手を置く。返事に、ホウキュは作り上げた魔法文字を浮かべ、リフの周りに飛び回らせた。

 リフは自身の周りを飛び回る魔法文字に「おぉ! すごいね!」と、歓笑かんしょうする。

 その光景を不服そうな顔で見ていたフィアンが咳払い。胸に手を当てると、


「私はフィアン・ラッテンだ。その、ゲッケイジだけでなく、私のサポートもしてくれないか?」


「キュキュウ」


「基本はリフで、フィアンが危ない時はフィアンをサポートする。これでいいかい? あ、その、すまない……」


 自分で言っておいて、魔法文字で承諾を受けたフィアンは顔を紅潮させ、俯いた。

 割って入ったのは少し大人げなかったと、自省したのだろう。


「ハハ。じゃあ、決まりだね。それで頼むよホウキュ」


 仲が深まった二人と一匹は、警備隊のキーシュン支部へと向かう。

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