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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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第20話 併発

「ッ!? 敵襲だ!?」


 唐突に、エンタクは天井を見てそう言った。彼女の言葉にセイが「え!? それって!?」と、驚く。シュウ達は発言者のエンタクを見ることなく、座布団から立ち上がった。


 リフと騎士の二人は左手に剣を持ち、シュウとミレナ、グーダは身構える。足元にある座布団を、邪魔にならないように足で退かし、周囲を厳戒する。


 そのシュウ達を見て、セイがあたかも演技だと言いたげに、


「まさかアンタらじゃないでしょうね!? あんな馬鹿を引き連れてるくらいだし!!」


 そう言って立ち上がり、指を差してきた。

 冤罪もいいところの疑いだ。彼女の言う通り、神人であり領主でもあるエンタクに国賊などと、死刑になってもおかしくない侮辱を馬鹿が吹っ掛けたが、事実無根だ。


「違う! こいつらとは関係ない奴だ!!」


 釈明するため、シュウはその旨を伝えようとすると、疑う側であるはずのエンタクが、セイの邪推を撃沈させた。更に彼女は、


「恐らく、スイリュウたちを滅した神人だと思う……かなり前、分からせてやったんだがな」


 まるで急襲を仕掛けて来た相手が分かっているような口ぶりで、言葉を続けてみせた。疑ったセイはというと、エンタクの説明に、どうしてか溜飲が下がったような顔をしている。


 見てもいないのに、なぜそう言い切れるのか。何かしらの力で、状況把握が出来たとでもいうのだろうか。

 疑問が残る。


「スイリュウって、シュルナ達の代わりに、コウエンタクの周りを護ってた神獣ですよね!?」


「そうだ! だから僕が出る!」


 エンタクの言葉を一切疑うことなく、フクは『スイリュウ』という固有名詞について語る。そのフクにエンタクは一言返し、客室から退室。


 再び疑問が残る。


 フクとセイはどうして疑わないのだろうか。敬慕けいぼしているから、エンタクの言葉全てを従順に信用できるというのか。

 恐らく、違うだろう。この推断を示唆しているのが、彼女の言葉を、全く疑わないセイとフク。昨日のローガの行動。そして、エンタクの気迫ある瞳だ。


 エンタクが何かしらの方法で、状況把握をしたと考えた方が、物事が綺麗に合致するのだ。


「お前たちはここで、た、いき……」


 エンタクが振り返り、客室に居るシュウ達に、何か指示を出そうとしたその時だ。

 シュウの推断と真実との答え合わせをするかのように、


——敷地内に轟音が鳴り響いた。


 転瞬の後、敷地内に大きな風が吹き荒れる。


「な、なんだ今の音は!?」

 

「どういうことだ!?」


 轟音に驚いたグーダとは少し違う、焦りと驚きの感情を顔に浮かべるエンタク。彼女の異変に「どうしたんですか! エンタク様!?」と、フクとセイが憂色を浮かべて、いち早く彼女に近づいた。


「魔獣達が僕の声を受け取らないんだ! それだけじゃない! 外からも! 中からも!? キーシュン、フイリン、トクチーとソーシュウにも!? クソ、併発だ!!」


 風が屋内を吹き抜ける中、エンタクは顔に手を当てて、煩労はんろうを訴える。


 キーシュン、フイリンというのは、シュウが知る限りはアンコウエンの都市名全てだ。要は、アンコウエンの都市一つ一つに、敵が同時に現れたことになる。


「併発!? じゃあ、もしかしてスイリュウ達を滅した神人が、仲間を連れて復讐しに来たってことですか!?」


「中からって、まさか転移なんじゃ!? それに魔獣に声が届かないってことは、内通者って可能性も……?」


 併発と言ったエンタクに、フクが敵の動機を。セイが敵の手口と、犯行の手助けをした内通者がいる可能性をほのめかす。


 敵が外側から攻めて来るというのは常だろう。だが、内側からというのは聞きなれない。この世界ならではの、転移という可能性は高いだろう。

 そして、内通者の可能性を高くしているのがエンタクだ。彼女が存在しているだけで、敵の影と形が明確になっていくのは感服しかない。


「分からん! だが間違いなく、はかりごとによった併発だ!!」


 状況を把握できる故か、危急な事態にエンタクの声は怒りを孕んでいる。


——謀による併発……


 動かなくては、と事を急く半面。下手に動くと事を悪化させてしまうかもしれない、と危惧してしまう状況。

 シュウ達は錯雑さくざつとした事態にどうすればいいかと、呆気にとられてしまう。


「エンタク様! 今の音は!? それにこの風は!」


「ローガとハオか! 敵襲だ! それも併発によった急襲だ!!」


 その場に走り込んできたのは、ローガと少年のハオだ。二人の登場に、エンタクは現状を簡潔に報告する。

 ローガは驚きつつも、老人らしく落ち着きを払った表情で、


「なんと!? では私はピヨミ達を連れて……」


「いや待て! 何故か大半の魔獣達に、僕の声が届かないんだ! 魔獣達が、狼藉を働いてしまうかもしれない!」


 すぐさま動こうとしたローガを、エンタクはそう言って引き止める。そして、彼女の言葉の主旨を理解したのか、ローガは「それは一体!?」と問うた。


「僕にも分からん! 今、僕の声が届くのはピヨミ達と、このコウエンタクを護っているシュルナ達……あとはシノ、ローガ、ハクロウが調伏している魔獣達だ! 何故かフイリンのルゴシ! トクチーのフェン達! ソーシュウのボトー達! キーシュンのマサムネ! エンザンのケインが調伏している魔獣には、僕の声が届かない!」


 シュウ達は知らないが、エンタクが挙げる人物名は、各地域に配属されている警備隊長と副隊長の名前だ。

 警備隊に所属している者は皆、須らく魔獣を調伏している。魔獣を調伏できた数が多い者は、昇進が許されているなど、アンコウエンにおいて魔獣の調伏は社会的にとされている。

 そして、エンタクは従者が調伏している魔獣とそうでない魔獣全てに、念話によって一方的に話しかけることが出来るのだ。


 魔獣を調伏することが是であり、自身の声がその魔獣達に届かない故に、彼女は危急な現状であると見抜いたのだ。


「なんでエンタク様の声が届く魔獣と、そうでない魔獣が!?」


「僕たちは何をすれば!? 手紙を書いて、各地に送り報告するべきでしょうか!?」


「もし、魔獣が狼藉を働いちまうんなら、まずいんじゃないか!? エンタク様!!」


 魔獣に声が届く届かないに対して言及するセイ。次なる行動の指示を要求するフク。魔獣が狼藉を働いてしまう事に憂慮するハオ。

 廊下の奥からは、エンタクの従者達が騒いでいる声や足音が聴こえてくる。


「静聴しろ! 今から、一度だけ各々に指示を出す! 各自、指示を受け次第、行動を開始するんだ!!」


 喧々囂々(けんけんごうごう)。エンタクはその雑然とした屋内を取り纏めるために、声高に言い放った。

 その強く鋭い声は屋内へと一気に伝播し、雑然が泰然たいぜんへと一気に切り替わった。慌てていた者も、今にも飛び出して加勢しようとしていた者も。その全てが片膝を付き、彼女を一斉に見つめる。


 従者たち全員の意識が、エンタクからの指示を待つことに注がれたということだ。

 

「先ず、フク!」


 名を呼ばれたフクは「はい!」と声を出し、毅然きぜんと背筋を伸ばした。


「お前は各地の警備隊に報告する為の手紙を書け! 内容は、民衆達は、魔獣に手を出すな。魔獣が狼藉を働き始めたのなら、大勢が集まれる公共施設に逃げ込め。加えて、警備隊は、もし魔獣が狼藉を働いたら、民衆が集まる公共施設を護りながら、魔獣を無力化するように専念しろ。最後に、手紙を受け取り報告を受けた者は、その手紙を他の都市にいる警備隊に送る。手紙の送り方は転移だ!」


 的確な指示と、エンタクの朗徹な声が室内に響き渡っていく。


 情報の伝達を手渡しにしてしまうとなると、危急である現状では後の祭りもいいところ。だが転移であれば、情報の伝達速度は電気のそれに引けを取らない。


「送り先は、順にトクチー! ソーシュウ! フイリン! エンザン! キーシュンだ! 内容は以上! 僕の声が届く場所には、僕から直接指示を送る! 各地全てに手紙を送るのは念のためだ!」


「はい!!」


 後の憂いや迷いを無くすために補足するエンタク。趣旨を判然とさせることで、とどこおりを無くさせる彼女の判断。

 この目敏さは、培われた経験の数がケタ違いである故だろう。


「次にローガ!」


 エンタクから呼ばれたローガは、険阻けんそな顔つきで「はい」と小さく頷いた。


「お前はホウキュに乗って、エンザンの民衆達を護れ! 今から配属先のフイリンに向うのは遅すぎる! もし、魔獣の無力化に成功したなら、警備隊の者を何人か残し、他の都市に加勢しろ! エンザン以外の都市には、敵が複数いる! 誰が残り、誰がどこの都市に向かうのかは、お前に任せる!」


 的確な指示だ。例え、エンタクに状況把握の才があったとしても、現地の状況を明確に理解しているのは、現地人であることに変わりはないだろう。


 任を受けたローガは「承りました」と返すと、疾風が如くの速さで廊下を駆け抜けていった。


「次にセイ! お前は気絶したローレンを病室に連れていけ! 次は、敷地内にいる従者達を病室前に集めろ! 加えて、病床に寝ている客人の二人と非戦闘員の者達を、戦闘の心得がある従者達と共に護るんだ!」


 リメアと馬鹿を護ると、高らかに宣誓するエンタク。見知って間もない相手であり、狼藉を働いてきた乱暴者さえ護ってくれる彼女のふところの深さ。

 感謝を尽くそうとしても、尽くし切れない。


「承知しました!!」


 セイは大声で返事をすると、気絶しているローレンを女性とは思えない膂力りょりょくで担ぎ上げ、廊下の奥へと走っていった。


「次にハオ! お前はシュルナ達と共に敷地外周辺を護れ! ホウキュの欠員を填補てんぽするんだ! シュルナ達には、空から来た敵とは戦わないように指示を出しておいた!」


「おっけい。エンタク様」


 ハオは立ち上がってローガのように、颯爽さっそうと敷地の奥の方へと走っていった。


 グーダよりも小さく、フーナやブーノよりも少し大きい少年のハオ。

 敷地外周辺にはシュルナ達がいるとはいえ、その役目は重大だ。傷だらけの手を初めて見た時は、何か分からず疑念を抱いていたが、やはり彼も戦闘要員の一人であったらしい。

 決意に満ちた双眸と、その静謐せいひつかつ敏捷びんしょうな足取りは戦闘の心得がある者のそれだ。


 そうして従者達への指示が終わっても、エンタクからの指示はこない。室内は吹き抜ける風の音のみが、寂寞せきばくと鳴り続ける。

 予想はしていた。エンタクはシュウ達を戦わせる気が無い。このまま何もしなければ、彼女はそのまま戦いに出るだろう。


 ならば、こちらから指示を仰ぐしかない。

 シュウは前に出た。


「エンタク様! 俺たちも参戦します! 指示をしてくれたら、すぐそこに!」


「そう! 手伝わせて! 多分、私達にも関係してる事だと思うの!!」


 シュウに続いて、ミレナも長耳を立たせて指示を仰ぐ。

 そうだ。ミレナの言う通り、急襲を仕掛けて来た相手は十中八九、レイキ達と関係しているはずだ。余りにもタイミングが良すぎる。


 『指示をしてくれ』と胸中でこいねがい、シュウは瞳に感情を乗せてエンタクを見つめた。

 だが、それでも、


「いや、お前たちはここに居ろ。断っておいて、扶助ふじょしてもらうなど戻道れいどうがすぎる。ここに居てくれたら、必ずお前らを、僕とその仲間が守ると盟約しよう……こんなことに巻き込んで、本当にすまない……」


 エンタクにシュウの庶幾は伝わらなかった。


「あ、待って! エンタク!!」


 引き止めようと手を伸ばしたミレナの行動も虚しく、彼女は後ろ髪が引かれるような目をしながら、客室から姿を消した。

 ただ、立ち尽くすだけの時間が過ぎていく。 


「どう、しましょうか……ここに居てくれ、と言われてしまいましたが」


 ぽつりと、リフがしびれを切らしたように全員へ投げかけた。

 エンタクの言い分は、平たく言えば『無関係な者の助けなどいらない』ということだ。

 領主であり神人でもある彼女は、こういった事態を幾多も解決してきたのだろう。実際、神人を退けたと彼女は口にしていたし、そうでなければ、長生き出来るはずがない。


——ただ……


 そういった事実を元に考えれば、統率拙い余所者の自分達が介入しても、邪魔になるだけだろう。むしろ、状況を悪化させる可能性も低くはない。


——それでも……


 このまま、何もせずにいることは、


「このまま、ここで座って待ってても意味はないっすよ」


——出来ねぇ……


「シュウ……」「イエギク君……」


 俯いたままだったミレナとリフが、顔を上げてシュウを見た。


——てめぇの正義を通すために、てめぇの勝手で、いろんな奴を救って来たじゃねぇか……


 シュウは胸裏で、悩んでいる自分を冷ややかに嘲った。


 ——今更だよな師匠……


 原点回帰である。余計なお節介だと、遠ざかろうとした奴をエゴで救って来た。エゴでもいい。偽善でもいいんだ。


 偽善者の善行が、善人の善行に劣るってか。

 笑わせるな。


「偽善上等だろ」


 シュウは決然と、左手に右拳をぶつけて言い放った。そのシュウを見て、ミレナとリフは頼もしい、いつもの彼だと笑う。

 そのことを知らないアリス達三人は、瞿然と彼を見た。


「ミレナ。俺たちがエンタク様を仲間に加えようとした目的は、レイキとその兄に対抗してもらう為だよな……?」


「そうね」


 シュウは自分の事を理解してくれているミレナに問う。彼女は齟齬そごは無いと、こくりと頷いた。


「なら、何故対抗しなくちゃいけないのか? リフさん、訊いていいっすか?」


 シュウは、今度はリフに問いかける。考える間もなく、リフは笑みを解いて、


「奴らから国や民衆を守る為……いや、あと、エンタク様が護りたい魔獣達も、だね」


 エンタクから差し伸べられた手を取って、シュウに答えた。


「そうっすよね」


 二人から助力を受け、勢いづいたシュウは関係値が薄いグーダとフィアン、アリスの方を見る。


「そして、ここアンコウエンは国の一領地。なら、俺たちはリフさんが言ったことを目的とし、それを掲げている以上、アンコウエンも護るのが道理なはず……だから、俺たちも参戦するべきです」


 自分の事を知らないアリス達にも理解してもらう為に、シュウは理屈を踏まえた。


「だよな、ミレナ。リフさん……」


「うん、そうだね」


 異論なし。首肯し、言行で表現するリフ。そして、


「うん! それに、エンタクにあんな顔されて、何もしないなんて無理だわ!」


 ミレナがその感情を躍如やくじょとして応えれば、百人を超えて千人力だ。


「仰る通りだと思います。イエギク殿」


「かっけぇこと言うじゃねぇか! イエギクのにぃ!」


 少し関係があるフィアンとグーダが、それぞれリアクションを取って——フィアンは手を組み、グーダは拳を上げて、シュウの意見に賛同する。


「これぞ呉越同舟ごえつどうしゅうってやつか!」


「それを言うなら、相身互あいみたがい身の方が適切ですよ」


「え、あぁ! それな! それそれ!」


 適切な表現とは少々差異があるグーダの表現に、フィアンがツッコミ役を買って出る。ツッコミされたグーダは、頭を掻いて苦笑い。

 もしこの場にリメアがいたなら、フィアンの代わりにツッコミを入れていただろう。


「フフ……困っている人達を、いえ、困っている人達や情誼じょうぎに厚い魔獣を助けなくては、騎士の沽券こけんに関わりますから! 私達も行きましょう!」


 最後に、一番関係の浅いアリスがシュウのやり口に則って賛同する。

 そうして、六人は一致団結した。


 早速、武器を手に持ち、シュウ達は客室から出る。


「あぁ! ちょ、ちょい待ち!」


 すると、タイミングよく——というよりかは、タイミングを見計らったかのように、ハオが廊下の奥から慌てて走って来た。


「君は、さっき……」

 

「戻ってきた説明と、自己紹介してる暇はないから省かせて……」


 言外に問うアリスに、ハオは両手を軽く振って質問に答えるのを拒否する。気にはなるが、そう言われた以上、彼の言葉に耳を傾けよう。


「あのさ、一人でもいいから、ここに残ってくれない? 加勢してくれんのは、ありがたいんだけど、ここにいる本格的な戦闘要員、実は、俺ぐらいしかいなくてさ……」


 思っても見ないラッキーだ。

 見計らったかのように登場をしたハオ。参戦しようと一致団結した直後、出鼻を挫かれるのかと思いきや、快く受け入れてくれるという僥倖ぎょうこうだ。

 誰が残るか。シュウ達六人は互いの顔を見合った。


「じゃあ、俺が残るぜ!」


 そこに勢いよく名乗り出たのはグーダだ。彼は力強く胸を一度だけ叩くと、前に出て、


「ここには若頭がいる。そんでもって俺は、若頭一番の護衛! イエギクのにぃ風に言うと……若頭一番の護衛なら、俺がここに残って、若頭ごとここを護るのが道理だろ!! ってな!」


「グーダ……」


「なに、大丈夫だよ。俺達よりも強い魔獣が、ここにはいるんだろ? ここわドンと任せんしゃい!」


 勢いに身を任せたグーダに、シュウは憂いを顔と言葉に乗せる。それでも彼は、弱音を一切吐かずに任せてくれと、もう一度、胸を叩いた。

 憂いはなくならず、積み重なっていく気持ちはある。


「……分かった! リメアさんとあの馬鹿を、任せたぜ!」


「おう、たりめぇよ!」


 だが、仲間が任せてくれと言ったのなら、任せてこその仲間というものだろう。

 シュウとグーダはハイタッチを交わした。


「頼みましたよ、グーダ君」


「無理しちゃ駄目だからね! グーダ!!」


「おうよ! そっちは任せたぜ!!」


 シュウを始めに、フィアンが。ミレナがグーダにハイタッチを交わす。そのまま流れるように、リフとアリスもハイタッチ。

 シュウ達は振り向かず、玄関に向かって廊下を走った。


 長い長い廊下を走り抜けていく。


「イエギク君に任せてよかったよ。やはり、君は機転が利くやつだ。これからも頼りにしているよ……」


「うっす。実はエンタク様に断られた時、錯乱しちゃって……ミレナとリフさんの言葉が、立ち直る時の助けになったんすよ」


 前を向いたままで、リフはシュウの行動を褒める。シュウも前を向いたまま、話し合いの時の心境を捏造せずに語る。

 仲間達のお陰で、自身への辟易が翻意の活力へと裏返ってくれたのだ。やはり、持つべきものは仲間だ。


 ミレナが「え! もしかしてあの言葉!?」と、長耳を立たせ、褒めてほしそうに話しかけてくるが、シュウは「おう、とにかく助かった」と、真顔で謝意を伝える。「あ! 適当!」と、顔をムッとさせるが華麗にスルー。


 内心、かなり感謝はしている。後で、懇々(こんこん)と感謝を伝えなくては。


 因みにミレナとリフだけでなく、ローガの言葉も役立ったが、ここには居ないため今は割愛する。


「ハハハハ! そうか、それはよかった! どうやら僕の狙いは、遠からず叶ったようだ!」


「え? まさか、プレッシャー掛けるつもりで言ったんすか?」


「まぁね。ハハハハ!」


 哄笑こうしょうするリフを見て、シュウは薄っぺらい笑いで返す。


——いや、笑えねぇよ! リフさん!


 本音はこうだ。奸知こうちの利く人だと評せてしまう。頼もしい半分、怖さが半分である。

 それから会話をすることなく、数秒。


「何だ? 風が、やんだ?」 


 そうささやいたのは、フィアンだ。

 シュウ達も、風がやんだのを無言で感じ取っていた。

 何かの予兆か。大まかな推測はできるが、逆に言えばそれだけしかできない。


 無心になって、出口の玄関に向かってひた走る。


「外、見えて来たわ!」 


 前方を指さすミレナを先頭にして、シュウ達は玄関まで辿り着く。


「あぁもう! 靴脱ぐ文化って面倒ね!!」


 数人並んでも余白がある土間で、シュウ達は律儀にも靴を履くのを強いられてしまう。

 ミレナがぼやくように、こういった危急では、やはり靴を履いたままの文化の方が適切と言えるだろう。


 靴を履いた順で、それぞれが玄関を飛び出し、


——それを見た。


「なッ! だ、ありゃあ……龍? あいつが、風を……」


 浮遊する翠の龍。その上には、顔を快哉かいさいとさせる少年が。背中には薙刀を背負い、右手には装飾が施されている丸い手鏡が握られていた。

 更に、


「エンタ! ぁ、ク……」


 少年が持っている手鏡を見て、悶え苦しんでいたエンタクを。


 視点はシュウ達から、空を飛んでいるエンタク達に。


「何を……」


「洗脳です……私が直接、貴方も一緒に新世界に残って欲しいと、我らの主に頼んだんです。大きな貴賤きせんを見せてはいけない。それを掲げながら、貴方の存続を許してもらえたのです。どうか、広量な我らの主に感謝を、エンタク……」


 胸を抑えつけ、憔悴しょうすいを露にするエンタク。その彼女に、少年は理解しがたい言葉を並べ立てる。

 新世界。我らの主。大きな貴賤を見せてはいけない。まるで、自分は謀の首魁しゅかいではないと言いたげな口調である。


「ざけん、な。意味が、わから、な……」


 暗い世界にむしばまれていくエンタクの視界。意識は朦朧とし、倦怠感けんたいかんを訴えながらも、体中から心地よさが湧き上がって来るという二律背反。

 その不快極まりない現象について考える暇もなく。エンタクは、


「意味など理解する必要はないですよ……」


 少年に身体を受け止められた。完全に意識を失ってしまったのだ。


「流石、北洋製。注文者の要求が明確に分かっている……ん?」


 そういいながら、少年はエンタクをお姫様抱っこ。それから、


「あれは、確かレイキくん達の……まぁいいでしょう。私の標的ではないゆえに、放っておきましょう」


 少年は見上げてくるシュウ達の登場に目もくれず、エンタクを連れたままアンコウエンから去ろうとする。


 視点は元のシュウ達へ。


 気を失ったエンタクを連れたまま、アンコウエンから去ろうとする少年と翠の龍。その光景を仰ぎ見て、シュウは疑念を抱いた。

 何故、刃を交えるのではなく、気絶させて連行するという奇異な行動にでたのか。

 もしや、敵の目的はエンタクを斃す事ではなく、何か他の狙いがあるのではなかろうか。

 瞬刻、達観した。


「エンタクと誰!? どういうこと!? 何で一緒に!?」


「何かまずそうですよ!!」


 達観したシュウの横で、急展開な事態にミレナとリフが焦る。

 迎撃して撃ち落とす。胸中でそう考えたのか、ミレナは「連れてかれる!!」と言って両手にオドを貯めこみ、リフも蛇腹剣を抜いてオドを流し込む。


「待て、リフさん! ミレナ! それじゃあ、エンタク様に当たっちまう!」


 シュウは二人の手を掴み、行動を途中で止めさせた。ここで、迎撃してはまずいことになってしまう。


「でも、明らかに様子がおかしいのに、このまま何もしないなんて!」


「だったら、尚更だ! エンタク様があいつに連れて行かれるってことは、今は大丈夫ってことだ! 下手に今動いて、あいつの癇癪に障りでもしたら、状況が悪化するかもしれねぇ!!」


 オドの流動を止めて、長耳を逆立たせて反論してくるミレナに、シュウは胸三寸を口早に伝えた。

 それでもなお、ミレナは「でも!」と憤懣ふんまんやるかたない顔だ。


「エルフ様、ここは小僧の言う通り、今は放逸ほういつにさせておくのが吉でしょうや!」


 周章狼狽。そこに、現れたのはローガと巨大な鳥——伝説の鳳凰を想起させる鳥だ。鳥は家屋の奥から姿を現し、砂塵さじんを巻き上げながら庭に降り立った。


「「ローガ殿!! その大きな鳥は?」」


「おう、ワシじゃよ。こやつはホウキュ。敷地外周辺を護っておる魔獣の一匹じゃ」


 リフとフィアンから名前を呼ばれたローガは、陽気に指を二本だけ立てて答えた。紹介された巨大な鳥——ホウキュは大きく胸を張り、敬礼してみせる。

 その魔獣とは思えない知性溢れるホウキュを見て、フィアンは「これが……」と感嘆符を浮かべる。


「何か佳くない方向に事が傾いておるようじゃな……おぬしらの加勢に感謝する」


「私達は、何処に!? エンタク様を追いましょうか!!」


「いや、全員で追うのは得策ではない……」


 近寄って事を急くアリスに、ローガは冷徹な声と表情で彼女を抑える。そして、シュウとミレナに鋭いまなじりで見やり、


「小僧。そしてエルフ様、おぬしらに任せてよいですかな?」


「俺と、ミレナっすか!?」


 吃驚に、シュウは思わずローガへと訊き返す。だが、


「……いや、分かりました!!」


 シュウは自身の意見を瞬時に翻して見せた。理由は単純。この場で言い争っている時間が、一番の無駄だからだ。

 それに、こういった状況に慣れているであろうローガからの指示だ。何か考えあってのことだと信じ、恭順きょうじゅんするのが妥当だろう。


「エルフ様も、よいですかな?」


 まだ意を固められていないミレナに、ローガは懇々と様子を窺う。


「……分かった。任せて、ローガ!」


 少しだけの間をおいて、ミレナは握り拳を作って決意を固めた。

 流石、年長者のミレナだ。その堅固けんごたる様には、いつも背筋を正されてばかりだ。

 感心してミレナを見つめていると、目が合う。互いに朗笑ろうしょうすれば、憂いは減衰だ。


「感謝します! では時間が無いゆえに、今から一度だけ、簡潔に、割り当ての指示を出します!」


「「「はい!」」」


「良い返事じゃ! 状況がかんばしくないゆえ、エンタク様から受けた指示を、ワシの独断で一部変更する!」


 ローガの大声に、リフとフィアン、アリスの三人が大声で返事をする。気持ちのいい返事を受け取ったローガは、砂利敷きを踏みならし、印象に残りやすいように右手を前に突き出した。


「小僧とエルフ様はピヨミの背中に乗ってエンタク様を追ってください! 小僧とエルフ様の技量なら、エンタク様の手助けになるやもしれません!」


「分かりました!」「分かったわ!」


 先程言われた通り、シュウとミレナはエンタク追跡の指示を受ける。少し気になることがあるが、指示の聞き逃しを防ぐために今はスルーだ。

 二人の応答を聞くと、ローガはアリスの方を見て、


「次に、ワシと青髪のぬしはピヨゴとピヨジの背中に乗って、エンザンの警備隊本部に赴く! 青髪のぬしは、ピヨジに乗って、そのままエンザンの公共施設を防衛じゃ! 施設の場所は、ピヨジが連れて行ってくれよる! ワシは公共施設に向かわず、ピヨゴに乗ったまま北上する!」


「承知しました!」


 握りこぶしを作り、アリスは報答する。こくっと頷いたローガは、最後にリフとフィアンを見て、


「次に、鈍髪のぬしと眼鏡のぬしはホウキュに乗って西、キーシュンに向かってくれ! キーシュンの公共施設を護るんじゃ!」


「とは、言いますが、ヒーリッグ君はともかく、僕やイエギク君は魔獣の操獣そうじゅうの仕方など分かりませんよ! ローガ殿!!」


 指示を受け終わると同時に、リフは皆が気になっていた『操獣の仕方』について代弁する。

 ローガは当たり前のように、ピヨミの背中に乗ってと言ったが、シュウ達は魔獣に乗って移動したことなどない。特に、シュウに関しては、身近な馬でさえ乗ったことが無いのだ。

 その管見かんけんな者達が、ぶっつけ本番で操獣するなど無理難題と言わざるを得ない。言う事を聞いてくれず、振り落とされるなど、あり得ない話ではない。


「大丈夫じゃ、安心せい! ぬしが乗るホウキュというのは、コウエンタクを護っておる魔獣の一匹じゃ! ワシが調伏しておるピヨミ達よりも、幾倍も利口でな! 故に身を委ねておれば、何も問題はない!」


 だが、ローガはリフの憂慮を轟沈させてみせる。ただ、一つだけ気になることが残っている。それは、


「ではミレナ様は!?」


 シュウとミレナが乗るピヨミのことだ。仮にホウキュが利口であっても、ピヨミとは別件だ。

 何か考えあってのことなのか。そう思案していると、ローガは「そっちは……」と呟き、目を瞑って深呼吸した。


「エルフ様や、貴方様がピヨミの背中に乗っている時、ピヨミは心地が良かったと申しておりました……」


 そして、その寂声から放たれた内容は信託であった。


「え!? まって! まさか、私が操獣するの!?」


 ここに来て、ミレナ頼りという事実。受けた本人は、当然だが聳動しょうどうしてしまう。


「はい、その通りです。エルフ様には操獣の才能があると、ワシは見ております」


「でも、もしミスっちゃったら!?」


「失敗時のことは考えても仕方ありますまい! ワシの目に狂いはない……どうか、そう信じていただきたい!」


 言い返すことが出来ないことを言われ、ミレナはぴくりと長耳を反応させた。

 忘れてはいけない。シュウ達は、自分達の意思でエンタクに加勢したのだ。それを、舌の根の乾かぬ内に無理と否定するのは道理にそぐわない。

 シュウは「ミレナ……」と名を小さく呼んで、彼女を憂いた顔で見た。


「任せてもよいですかな?」


 目を見開いて唇を引き結び、緊張を彷彿とさせるミレナ。ローガはその彼女の目を見て、もう一度信託の言葉を掛ける。

 彼の鋭い目の奥にある瞳には、会って二日とは思えない信頼が根を張っていた。


「ぅぅ、わかった! やってやるってのぉぉぉぉ!!」


 分かった。そこまで頼まれたのなら、やるしかない。そう言いたげに、ミレナは両手を上げて奮激ふんげきした。ローガは白い顎髭を弄り「流石ですエルフ様! その意気ですぞ!!」と、言って彼女を鼓舞する。

 リフ達三人も「お気を付け下さい、ミレナ様」と、ローガに続いた。ミレナは「うん! ありがとね」と、軽く頷く。


 少し蛮勇気味だが、それでもミレナならやってくれるだろう。ここは仲間として、彼女を信じなければ。


「では、少しお待ちを……しばらくすれば、ピヨミ達がやってきますゆえ」


 憂いが完全消滅したところで一致団結。ローガの言葉を契機に庭は静まり返り、シュウ達はピヨミ達の到着を待つ。

 皆が静黙せいもくする中、ローガはリフとフィアンを目配せで呼んだ。二人は疑問符を浮かべながら見合うと、ローガの元まで歩み寄る。


「確か、おぬしはリフ、おぬしはフィアンといったな?」


 はい、と頷く二人。


「ホウキュには、警備隊のキーシュン支所へと向かうように指示を出しておいた。支所に着き次第、警備隊長から防衛してほしい施設を任されると思うゆえ、そこを頼んだぞ」


「「分かりました!」」


「キーシュンには魔獣以外の敵もおる。気を付けるのじゃぞ……」


「「ご心配感謝します」」


「うむ。任せたぞ」


 伝えるべきことを伝え、ローガは頃合だと空を仰いだ。直後、風を切るような羽音が庭の中に響いてくる。そして、


「ピヨミ達が来たぞ! 各自、配置につけい!」


 ピヨっと声を出しながら、ピヨミ達が敷地内に入って来た。三匹とも横に並び、シュウ達はローガの掛け声でピヨミ達の背中に乗った。


「行ける、私なら行ける!」


「任せたぜ、ミレナ」


 自分に言い聞かせるように、独り言ちるミレナ。シュウは彼女の肩に手を乗せ、目を合わせた。その瞳に緊張はある。ただ、焦りはない。

 彼女が胸中で、頑張って操獣しようと奮い立っている証左だろう。もう大丈夫だ。ミレナは強い。


「うん! やってやるから、任せといて!」


 にッと笑って、ミレナはサムズアップ。シュウも笑い返して、そこからはもう喋ることは無い。集中だ。


「つきました!」


 全員が配置に付いたのを目視で確認して、フィアンが準備完了の合図を出す。


「よし、騎乗者を落とさない程度でなるべく速力を出せ、という指示を出しておる故、しっかり掴まっておるんじゃぞ!!」


 物理的にも精神的にも出立の準備が完了し、中心にいるローガが叫んだ。それを聞いて「承知!」とリフとフィアン、アリスが報答。シュウとミレナは頷いて返す。


「では、離陸じゃ!!」


 六人は西、北、東、三手に別れた。

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