第19話 話し合いの末に 2
「それじゃあ、始めようか。お前らが僕を仲間にしたい、その思いの丈を聞かしてもらおう……先ずは、自己紹介からだな」
緊張の空気の中、エンタクは眼鏡男女に目をやった。
合図を受けた二人——まず、眼鏡女性が「織工のセイです」と言って手を上げた。次に、眼鏡青年が「仕立てのフクです」と手を上げ、二人の自己紹介が終わる。
シュウ達は前に座っているミレナから始まり、最後はグーダで締めくくりだ。
「では先ずは私から、早速ですが、これを……神剣です」
一拍の沈黙。我先にと乗り出したのはローレンだ。彼は袋から布で包んだ荷物を取り出すと、それをおもむろに開けた。包まれていたのは、朽ち果てた神剣だ。
ローレンは包んでいた布と一緒に、朽ちた神剣を前へと差し出した。
「柄しか残ってませんが、刀身の部分は?」
眼鏡青年——フクは、床に置かれた神剣をまじまじと見ながら言う。
「ジッケルの森で封印されていたソグームドに、何かをされて、こうなりました」
「何かをされたとは……?」
ローレンの抽象的な言に眼鏡女性——セイが訊き返す。
何をされたのか、シュウも気にはなる。相手から力を奪う、なんてことがあれば、その対策を練れるかもしれない。
「それが、斃したはずのソグームドの身体が粘膜状になって、刀身に纏わりついたんです。すると、刀身が徐々に朽ちていって、最終的に、効力を失い。こうなって……道連れだと、奴は言っていました」
ローレンの弁には、沈鬱、自省といった感情が乗っていた。自分の所為だと悔いているのが、その顔から見て取れる。
因みに、実態が物理的過ぎる故に、対策は単純なものになりそうだ。
それにしても、斃したはずの相手の身体が粘膜状になった、とは奇怪な話だ。それにローレン本人でなく、神剣を道連れにするという迂遠な行動。
奇々怪々と言えるだろう。
「ソグームドって……?」
「あぁ、僕のお姉ちゃんが封印した魔人だな」
セイがエンタクの顔を窺うように訊くと、彼女は突拍子もないことを言ってみせた。
「ご令姉様がいらっしゃるのですか?」
間を置かずして、アリスが身を前に乗り出しながらエンタクに投げかける。
姉。神人の姉。ということは、シュウ達が想定していなかった戦力を、期待できるという事だ。神人と思われるレイキの兄。その存在を退け、更には敵対戦力の殲滅すらも可能になるかもしれない。
だが、エンタクは、
「いや、今はいない。今はな……」
シュウ達の期待を、容赦なく瓦解させた。
ただ、エンタクが放った『今は』という、何処か含蓄のある言葉。シュウはその言葉が気になった。しかし、アリスの「失言でした!」という声に現実へと引き戻されてしまう。
「お気に障ることだと知らず、誠に申し訳ございません。エンタク様」
深々と頭を下げるアリスに、エンタクは「気にするな」と表情を変えずに、髪を弄る。幾許かの寂寥を見せるエンタクの双眸。
シュウは彼女のその双眸を見て、下賤が過ぎる考えをしてしまったと心を改めた。
今は、エンタクを仲間にすることだけに集中しなければ。
「それよりも、話の続きだ。そう、ソグームドの封印が何故、解かれているのかだな」
エンタクは寂寥の跡を無くして、ローレンに話の続きを催促する。ローレンは考えるように「それは……」と言葉を挟み、
「効力が弱まったことで、封印が解かれてしまったのだと思います」
「いや、それはないな……」
そうやって否定から入ったエンタクに、ローレンは「と、言いますと……?」と、言外に問う。
「封印と言っても、やり方は脆弱なものから、強力なものまで様々だ。その中で、お姉ちゃんがソグームドに対して行った封印は、強力なもの……時間の経過如きで封印は解けないはずだ」
淡々と、エンタクは否定の根拠を提示することで、ローレンの推測を完全否定した。
その彼女を見て、ローレンは呆気にとられたような表情を浮かべたが、直ぐさま元に戻した。
それから、
「そういえば、奴の身体は鎖に繋がれていた……なら、封印の効力が中途半端に弱まっていたということ……時間経過で封印の効果が弱まったのなら、効力が完全に消えるまで待ち、万全を期するはず……だのに、そうしなかった……」
ローレンはぼそぼそと、自身が持ち合わせている情報と、エンタクが言った情報とを合致させていく。最後に「焦り、期を見誤ったのか? いや……」と、可能性を否定した。
「じゃあ、もしかして、誰かが封印を解いたってこと?」
皆が行き着いたであろう結論を、ミレナは確認を取るようにエンタクを見る。その彼女にエンタクは「だろうな」と、賛成した。
シュウは無意識のうちに、顎へ手を当てて考え込んだ。
以外ではあったが、シュウ達全員、納得がいったような顔をしている。時間経過が封印の効力を徐々に弱め、そうすることで目覚めて魔霧が発生したのだと。
だが、それは単なる思い込みともいえる。
それに相手の立場になって考えてみれば、案外簡単なことだと言えるだろう。
早く封印が解けて欲しいと焦ることはあれ、ソグームドにとっては千載一遇のチャンスだ。万全を期そうとするのは当然の思考である。ローレンが否定したように、焦りによるミスというのは考え難い。
長寿であり、根拠もあり、何より肉親が封印を行ったというなら、エンタクを信じるしかない。
いや、信じられる。
「もしかして……あいつらじゃない?」
「あぁ、タイミング的にも、おかしくない」
袖を引っ張ってくるミレナに、シュウは顎に当てていた手を降ろすと、それしかないと頷いた。
「何か、心当たりがあるんだな?」
「恐らく、中央都を襲った奴らだと思います」
その含蓄がある会話に、エンタクは無表情ながらも興味深げな双眸で、二人へと問いかける。シュウはその彼女の瞳を見て、飽くまで推測を述べた。
「ふむ。分かった。多分、そいつらで間違いないだろう。その様子だと、どうやって封印が解かれたのか、そっちも知らないようだし……」
エンタクは理由を追求も、疑いも持たずして、シュウの意見を組み入れる。それから、彼女は「次だな」と人差し指を上げて、ローレンに目を移した。
「で、神将のローレン。神剣を扱えたのなら、お前は神剣から力を受け取っていたな……? なら、神剣が朽ちた今、お前はただ力の扱いが拙い、素人ということだ。当然だとは思うが、中央都を襲った奴とは一戦交えたんだろ? それで、お前の周りにいた人類では、勝てないと踏んだ」
エンタクが質問する毎に、ローレンは「はい」と相槌を打って肯定。そして最後、彼はもう一度だけ深く相槌を打った。
エンタクの目敏さには感嘆だ。
「……ご賢察の通りです。ですからエンタク様! どうか、お力添えいただけないでしょうか!?」
ローレンは座布団から立ち上がると、エンタクを見据える。自身の胸元の服を掴むその拳は、胸懐にある万感を抑えつけているようだ。
「待て、まだ決めるには尚早だ。元々、お前たちは一組ではなく、二組でアンコウエンに訪れたのは知っている。ローガもそう言っていた。なら、もう一組の言葉を聞いてから決めるのが道理だろう」
だが、エンタクは表情を変えず、優然とした態度のまま話の続きを求める。ローレンは握り拳の力を緩め、口惜しそうに座りなおした。
最もな意見だ。それに、シュウもそれは望んでいるところ。ローレンの神剣だけで足りないのなら、緊迫した事態であると理解してもらう為に、奮励しようではないか。
「では、俺が話します」
毅然とした面持ちで名乗り出たシュウに、エンタクは相槌を打って返す。
「実は中央都を襲った奴らの中に、神人がいたんです」
開幕。シュウは封印を解いた者繋がりで、本題を机上に乗せた。横に座るミレナも加勢するように「名前はレイキって奴よ。ちょーうざかったわ」と、机上に情報を重ねる。
頼りがいのある加勢だ。ナイス、ミレナ。
「俺と左に居るミレナ。それと右に居るローレンが、そのレイキという神人と闘いました……」
シュウはミレナとローレンに手を向け、二人を強調させながら話を続けていく。
「最初は、俺とミレナの二人で善戦していたんですが、追い詰めた直後、まるでレイキは逆境を乗り越えるかのように、神位に近い光魔法を行使してきたんです。それに俺が巻き込まれ、最終的には遅れて来たローレンの助力によって、退けることに成功しました」
レイキが声高に叫んでいた『壁』という単語。奴はまるで、その障害を楽しむかのように反撃してきたのだ。
前回の世界線で、レイキが神位に近い光魔法を使わず、自分が勝利を収めたことといい、奴はあの場面で確実に成長を遂げたはずだ。
厄介すぎる才能の持ち主。シュウは遺漏なく、更なる情報を机上へと乗せる。
「少しいいか?」
「はい」
「神位に近いという部分、詳しく説明してくれないか?」
そうエンタクに説明を求められるが、シュウもレイキが『神位に近い』と表現をしていたから、そう説明しただけに過ぎない。
仏作って魂入れず、だ。
「つっても、俺も詳しいことは……何か光の箱が出てきて、その箱に、俺は周囲の物ごと飲み込まれちゃった感じです。それ以外は……」
シュウは気恥ずかしそうにしながら、知っている事を赤裸々に話した。
「ミレナ。お前は覚えているか?」
「うーん、私もシュウと知ってる事は変わらないかな。あの時は、私、色々とあり過ぎて、鮮明に覚えてないの」
エンタクはミレナにも説明を求めた。が、ミレナもシュウと同じだと長耳を少し垂れさせて、首を横に振った。
エンタク達にとっては、ぬか喜びもいい所だろう。実際、フクとセイは微妙な面持ちだ。
「そうか。分かった。シュウ、レイキは神位に近い魔法を行使する時、詠唱していたか? それと、もししていたなら、何と言っていた?」
「はい。詠唱はしていましたね。疑似神位魔法レクイエムって」
「神位に近いか。ふむ。色々気にはなるが、まぁいい……」
そう言い残しながら、エンタクは再度追求をせず、思索に耽るように口を閉じた。彼女は少ない情報だけで、常人には辿り着けない答えを導き出そうとしているのか。
少しだけ、肩透かしを食らった気分である。
「話の続きを頼む」
「レイキについてなんですが、リフさん……」
答えに辿り着いたのか、話の進行を催促してくるエンタク。シュウは最後の情報を机上へ乗せようと、リフに加勢を頼む。
呼ばれたリフは、二つ返事で頷き、
「——僕はレイキと接点がありました。頻繁に会っていたわけではないのですが、奴はよく兄なる存在を、敬愛するように呼んでいたのです」
「んで、レイキは神人。その神人の兄なら、そいつも神人なんじゃないか。俺たちはそう思ったんです。単純っすけど……」
リフに続いて、シュウは単純頭でも分かる考えを机上に乗せた。
「ふむ、神人なら、神人ではない相手を敬ったりすることはないだろうな。なんせ自身の方が年高で、地位も高いんだからな。それに、頻繁に会わずして、リフの記憶に残る程に兄の名を呼んでいた。ということは、日常的に呼んでいたと考えられるな……その行動自体が欺瞞だった、というのはなさそうだ」
シュウの短慮が過ぎる理屈を聞いても、エンタクは否定をせず、逆にその可能性について語る。
謙遜したからといって、そんな単純な理屈など信じられるか。『否、信じれる』と、エンタクの淡然とした表情——双眸は語っている。
「そうです。で、もし神人なら、こっちには神人が一人もいないことになります」
犀利なことこの上ない。胸中でその感服を抑えながら、シュウは前へと出た。
「だから、僕を仲間にしたいと、そうか……リフだったな。何故、敵の情報をお前が知っているのか、そこは触れないでおこう」
「ご厚意、感謝いたします」
見抜いたうえで、エンタクはリフの罪過を詮索しないと述べる。その彼女の広量さに、リフは唇を甘噛み。目を瞑って恭しく頭を下げた。
「とにかく事情は把握した。かなり危殆な状況そうだね」
「ですので、どうかお願いします! エンタク様!」
エンタクの焦らしに、ローレンは獲物へと噛みつく餓狼のように答えを急かす。
その狼狽っぷりに、シュウは事を急くなと心で叫んだ。ローレンの横に居るアリスも焦りが表情に出ている。
懇情を向けられていることに、気付かないのか。他人事でないことは、彼女も理解しているはずだ。
だから、エンタクは必ず首を縦に振ってくれるはずなのだ。
——だから、必ず……
そうして、シュウは気付くことになる。
「気持ちは充分にわかる。だが、僕にも役割があるんだ」
自分が思考放棄の状態に陥っている事に。
「それは分かっています、その上で頼んでいるのです!」
「知っている。それでも、僕は自分の役割を全うしなくてはいけない」
——シュウはエンタクの言葉を理解することが出来なかった。
「領主という役割をですか!?」
「違う。僕がいなければ、魔獣達が狼藉を働いてしまうんだ」
立ち上がって、庶幾の思いを綴るローレンと、座ったまま拒否を貫徹するエンタク。
——何が起こっているのか、状況把握が全くできない。
二人が温度差の大きい会話を繰り広げる中、シュウは周囲の状況が見えなくなっていた。
受け入れられない現実と承諾を得るための懊悩が加わり、困惑を極めてしまったのだ。
「なら、そんな魔獣など滅ぼしてしまえばいいんです!」
先程からも感情を抑えきれてはいなかったが、到頭ローレンが怒りを爆発させてしまった。
「ば!? お前何を!」
「だってそうではないですか! アリスさん! 私たちは悪逆非道の魔獣から、尊き民衆の命を守るのが仕事ですよ! 私欲の限りを尽くす魔獣は、斃されて然るべき存在! その魔獣がただの温情で、のうのうと生きている! おかしいとは思わないのですか!?」
ローレンをアリスが抑えようとするが、彼はその叱咤を彼女へと返す。
正論を言われたアリスは「そ、それは……」と、反論虚しく口を閉じてしまった。
——なんで! どうしてこんなことに! 何がいけなかったんだ!?
歯ぎしりをして、明らかに怒りを抑えているセイ。彼女はもう我慢できないと、立ち上がってローレンに指を差し、
「黙って聞いてれば、勝手なこと言ってくれるじゃないですか。アンタの口振りだと、魔獣が巨悪みたいな言い方ですけどね、魔獣にだって人並みに仲間を思う気持ちはあります! 中には人以上に仲間に厚い者だっているんですよ!」
「そうですよ! それを魔獣全てが斃されて然るべきだなんて、それは腐れ外道の人間がいたから、人類は滅びるべきって言ってるのと何も変わらない!」
セイに続いて、フクが顔を怫然とさせてローレンに指を差す。仲間を馬鹿にされては引き下がれない。そう言いたげに、彼を激しく非難した。
——分からない! クソ! 考えるんだ!
「そんなことは一言も言っていません!」
「言ってないじゃなくて、言ってるのと変わらないって言ってんの!」
セイとフクの言葉を否定するローレン。その否定を、セイは否定で返す。
「言いがかりです! そもそも貴方達の言っていることは、矛盾している! 貴方達が言った魔獣の中にも、仲間思いの者がいるというのなら、エンタク様が居なくなるだけで、魔獣が狼藉を働いてしまう訳がない! そうならないということは、魔獣が我欲まみれの外道であるという証左です!」
ローレンは騎士とは思えない情緒を露わにしながら、彼らの矛盾を狂言綺語だと唾棄した。
言い争いによって、収拾がつかなくなっていく話し合い。シュウ達の一番恐れていたことが、いま目の前で起こっている。
——早く打開する策を! カンガエロ!! 考えろかんがえろカンガエロ!!
段々とエスカレートしていく言い争いに、ミレナが長耳を逆立たせながら立ちあがった。そして、
「もう! 皆喧嘩はダメだって!! 落ち着いて!!」
「——ッ!?」
『おぬしが一番、話が分かりそうだと踏んだからじゃ』
『君は機転が利くし、適切だと思う』
浮かび上がってくるローガとリフの言葉。
見るに堪えない無様な醜態。他人に認められておいて、このざま。
——こんなことで、なに馬鹿みたいに狼狽えてやがんだ俺は!!
『説得……本当に、それだけで……?』
自惚れ、不安を塗り潰し、考えずにいた杜撰さの末路。
取るべき行動は、エンタクを仲間にしようと固執することではない。強い仲間を加えることではない。
本当に取るべき行動は、必要なのは、
——本当に必要なのは、自分達の尻拭いを自分達で出来るようになる!!
——強くなることだろうが!!!
——強い奴に、強さの責任を押し付けることじゃねぇ!!
シュウは自身の胸倉を掴み、胸裏で述懐した。
分かっていた。その答えから逃げていた。逃げて、楽な道を選んでいたのだ。ならば、そのツケを払おう。
フクとセイ、ローレンの間に割って入り、場を取り纏めようとするミレナ。彼女の言葉に叱咤激励され、錯乱状態だったシュウは冷静さを取り戻すことができた。
「「「…………すいま、せん」」」
ミレナの言葉に、ローレン達は視線を落とし、拗ねるように口を噤んだ。
少し感情的になり過ぎた。そう自省したのか、三人の顔は消沈としている。
そうして、ミレナによって場の均衡は保たれた。
「一つ訊く、お前は動物の肉、野菜や果物といったものを食すとき、罪悪感を感じるか?」
座ったままでいたエンタクは、沈黙を壊してローレンに問うた。「一体、どういう?」と、疑問符を浮かべるローレン。
何が言いたいのか。自分を試しているのか。見当がつかない。そう反芻しているだろう彼に、エンタクは憮然と視線を落とし、
「分からないか? 命をいただくとき、お前は罪悪感を感じるか。感じないか訊いているんだ」
ローレンの瞳を棘のある目で見た。
今まで彼女が見せなかった、その強く確固たる意志を持った瞳。その瞳に射抜かれたローレンは、尻すぼみしたように目を逸らしてしまう。
「それは、感じない事の方がかなり多いですが……」
ぽつりと呟かれた本音。
「そうか、口先だけではないらしい……」
ローレンがどういった心の持ち主なのか。エンタクはまるで、その一言だけで達観したかのように、刺々しい双眸を元に戻した。
「どういった趣旨で、そんなことを?」
質問の趣旨を問うローレンに、エンタクは「趣旨は、語るに足るかの見定めだ」と答える。が、より一層曖昧になったと、ローレンは煩労を顔に表す。
彼女が何を言いたいのか分からない。ミレナが均衡を保たせた場を何故、意味の分からないことを言って乱すのか。
ローレン以外にも、アリス、リフ、フィアン、グーダ。都合五人が、エンタクの言葉に疑念を払えていない顔をしている。
エンタクは、そのシュウ達一人一人と目を合わせ「いいか」と、前置きして、
「僕らが命を奪い、それを食し、生きることに罪悪感を感じない、或いは忘れるように、魔獣も人の命を奪い、それを食し、罪悪感を感じずに生きている。腹が空けば殺して食す……魔獣とて、人と同じで愉快で殺している訳ではないんだ。生きるために殺し、食す。違いは殺され、食されるのが動物か、植物か、人か。それだけだ。僕たちと魔獣に、変わりなど何もないんだ。ないはずなんだ。だが、僕たち人類はそこを省いて、勝手に魔獣は悪だと決めつける。おかしいとは思わないか?」
人類が抱く、魔獣という存在そのものへの見方に対し、異議を唱えてみせた。
今なら、彼女の言わんとすることが理解できる。一度、翻すことが出来た今なら、理解しようと傾聴できる。
だが、
「どこもおかしくはないです! 魔獣は人々を脅かす、悪そのものなんですよ!!」
その理屈をローレン達が呑める訳もなく。火に油を注ぐ結果となった。
「アメニア! 先刻、ミレナ様に注意されたばかりだろう!! もう少し慎め!!」
「止めないでくださいアリスさん! この人達は何も分かっていない! 魔獣に家族や仲間を殺された人だって、たくさんいるんですよ!! ここにいる皆さんも、魔獣を悪だと思っているはずです!!」
ローレンは肩を掴んで抑止してくるアリスの手を振り払い、シュウ達を見てその思いを語った。
分かってくれますよね。彼はそうやって内憤を打ち明かすように、訴えかけてくる。
当然といえば、当然だ。ローレン達にとって、人類にとって魔獣とは悪だ。その悪に仲間や肉親を殺された者は、決して少なくないはずだろう。魔獣に積年の恨みを持つ者も多いだろう。
不偏の目で見るなど、できないはずなのだ。
「どうして!? 何故、誰も反論しないんですか!?」
だが、誰一人ローレンの意見に賛同する者は出なかった。
それは恐らく、ローガがピヨミ達を呼んだ時——いや、更に遡行すれば、アンコウエンで人類と魔獣が共存している事を知った時だろう。
シュウ達は、その事実を知ったうえでここに来ているのだ。
郷に入っては郷に従え。
ローレン以外は弁えているのだ。理解しようとしている。
理解してほしいと手を差し伸べられて、手を取らないとなっては、人ではなくなってしまう。それは、自分達が忌み嫌っていた魔獣達と、何ら変わらない。ケダモノである。
「魔獣は僕にとって大切な仲間だ。それに、アンコウエンに住んでいる皆も、魔獣達を仲間だと思っている」
エンタクは左——客室から外を見つめる。
彼女の憂色に染まった瞳は、外に——アンコウエンにいる者達を見つめているようだった。
「人の命が掛かっているんですよ!? 貴方は人の命よりも魔獣の命を優先するのですか!?」
「勘違いするな、ガキ」
エンタクが感情を表に出さないことが原因なのか、ローレンだけが未だに気付けない。その馬鹿を諭すように、彼女は棘のある言葉と瞳で射抜く。
「…………」
ローレンは気圧された。
「優先しているのは、魔獣の命ではなく、ここに住んでいる人類と魔獣だ。僕を慕ってくれている者達、その全てだ」
「ふ、ふざけないでください!」
エンタクに誤りを指摘され、それを苦し紛れの怒声で対抗するローレン。
その彼に、エンタクから告げられた言葉は、
「ふざけてなどいない。僕は徹頭徹尾真面目だ。お前が、お前の救いたい命を、護りたい者を優先しているように、僕も自分が護りたい者を優先しているだけだ」
——勘違いも甚だしい、そう非難した。
正論に真理。矛盾に暴戻。それでもなお、ローレンはまだ分からない。止まることを知らない。
「国賊だ……貴方は綺麗ごとを吐くだけの、アルヒストの領主にあるまじき国賊だ!!」
諭されても、道理を弁えられないでいるローレン。剰え、暴戻を重ね続けるローレン。
「アンタ!!」
「お前! お前なァァ!! 自分が言ってること、分かって言ってんのかァァ!!」
堪忍袋の緒が切れたと、セイとフクが立ち上がり、そのままフクだけが唾をまき散らしながら、ローレンの胸倉を掴んだ。
拳を固めるフクに、それをやり返してやろうと睨むローレン。
一時はエンタクへの麗句で意気投合しつつあった者同士が、一触即発の事態に陥っている。
「よせ、二人とも……」
だが、エンタクは感情を表に出さなかった。
「だけど、こいつ! エンタク様を——ッ!!」
「いいから下がれ!」
「————ッ!?」
尊敬している人を馬鹿にされた。だから許せないと、握り拳を顫動させて赫怒するフク。
それでも、エンタクは感情を表には出さず、彼を叱責するだけだった。いや、彼女は激情など抱いてはいないのかもしれない。何故なら、
「そこで殴れば、お前が卑賎になるだけだぞ」
淡然と話すエンタクの双眸には、感情の色が見えなかったのだ。それはまるで、この話し合いにて、軋轢が生じることを甘受していたようにも思えた。
叱責されたフクは顔に余憤を残しながら、ローレンから手を離した。
エンタクは目を瞑った。それから、息を小さく吸って、
「人類は、生物とは排他的だ。故に内には親しいが、外には疎い。それは僕たち生物が生きるために殺し、食すことに似ている」
——ローガの言っていた言葉……
『エンタク様はお優しい方じゃ。それ故に手厳しい』
——今なら、その言葉の意味が十二分に分かる……
「故に全ての者を護ることなど出来ない。だからこそ、僕たちは護りたい者の命だけを護る。仲間を、人々を、弱き者を護るというのは、己の周りにいる、己が護りたい者を、救いたい命を救うということだ。例え理不尽に殺された者がいたとしても、僕たちは遠方という理由だけで、悲嘆することが出来ない。それは利己的といえるだろう。でも、それが僕たちだ。生物の在り方なんだ……」
優しいゆえに怒らない。優しいゆえに、手厳しく諭してくれる。
「分かるか? 今お前が言っていることは、その否定だ。人類が高尚な生き物であり、魔獣は卑しく下劣な生き物である。だから魔獣よりも、人類の命を優先すべきである。お前はそう言っているんだ」
「何を当たり前のことを!!」
それにも関わらず、ローレンはエンタクの言い分を聞き入れずに、流言飛語だと排斥する。
「何故そう言い切れる? 人類が高尚である証拠は? 魔獣が下劣である証拠は?」
そう問うて「そんなものはない」と、エンタクは小さく首を横に振る。
「僕たち人類は、人類であるが故に自分達の事しか見えていない。見ようとしない。他の者には、目もくれようともしない。自分達が最上であると信じ、功績だけを謳い、罪過には蓋をする。自分達の汚い物だけを見えなくして、他の者の汚い物は掘り起こそうとする。狂態の所業。卑賎だ……」
だのに、それでもエンタクは、偏重も甚だしい馬鹿を教化しようと、怒りの色を一切見せることなく、話し続けた。
何も間違ったことは言っていない。その言葉は、エンタクが魔獣を見て知っているからこそ、言えることだ。魔獣との共存を実現しているが故に、妄言や虚言の類でもない。
間違っているとすれば、それはシュウ達の方なのだ。
勝手に自分達を高尚だと信じて止まず、それ以外を下劣だと勝手に見下し続ける。その偏重でしかない潜在意識にエンタクは気付き、罪過を背負って生きている。
罪を自覚する彼女と、そうでない自分達。
——どちらが間違っているかなど、明々白々だ……
「ただ、人のように魔獣も命を奪い食す。魔獣も人も変わらないはずなのに、魔獣が人を殺すのが悪であり、人が魔獣を殺すのが善だというのか? そうではないはずだ。何故なら、あいつらは子の為に死ねるからだ。仲間の為に死ねるからだ。それをできない者もいるが、それは人と同じ。何も変わらないんだ……」
優しいゆえに、懇情を向けてくれる。
優しいゆえに、余所者であっても、真摯に話し合ってくれる。
優しいゆえに、狼藉を働いても、最初から断るつもりであっても、向き合ってくれた。
「いいか、命の重さに優劣はない。僕たち、魔獣、その他含めた生物の全てが、悪なんだ……見せびらかすことは無かれ、隠してはいけない。履き違えてはいけない。背負い、刻み、そして、自覚して生きていかなくてはならないんだ」
——命の重さに優劣はない。
彼女は魔獣と人類の命の重さを平等に、或いは仲間思いな生物全ての命の重さを、平等に見ているのかもしれない。
よくある『困った人の為』や『人の命を救いたい』などが、霞んでしまう程の強く逞しい目的——人類の為だけではなく、魔獣の為にもあろうとするエンタク。
——俺たちは、愚かで矮小だ。
エンタクの正義——人類と魔獣の為と、シュウ達の正義——人類だけの為。
互いの正義に齟齬があるにも関わらず、一方的に振りかざしたシュウ達。振りかざした自覚が無かったシュウ達。なのに、エンタクはただ、分かってほしいと手を差し伸べている。
シュウだけでなく、エンタクと対面している全員が、悔悟を露わにしていた。
ただ一人、ローレンだけを除いて。
「だから、僕はここから、アンコウエンから動けない……それが僕の役割……頼まれたから、僕はここをずっと、ここに居る者達を護りたい。護らなくちゃいけないんだ」
シュウは、エンタクの無表情でありながらも瞳の奥にある愁色を見た。
『いや、今はいない。今はな……』
瞬刻、浮かび、走り、そして悟る。
「頼まれた……」
回視するように呟いた。それは薄い色であれど、シュウが夢の中で聞いた言葉を探し当てるには、十分な機微だった。
『————……私たちが帰って来るまで、————を、いえ、————エンを頼みましたよ』
かの時、創造主によって見せられたエンタクの凄惨な過去。
まだ小さなエンタクが『お姉ちゃん』と、心から慕っていた、月白の長い髪を持つ少女。彼女がエンタクに向けて、最後に残したであろう言葉。
今はいない。頼まれたから。
だから今も、必ず帰って来ると希い、風化することなく待っている。
その揣摩は、エンタクが今まで語った言葉の数々よりも遥かに、納得としてシュウの心の奥底へと根付いた。
「…………それは、ただ自身の行動を肯定しているだけの、——ッ!?」
「おい。それ以上はやめろ。元も子もなくなるぞ」
シュウは言ってはならないことを言おうとした、ローレンの首根っこを掴み、抑止する。
「離せ。こんなことを言われて、君は引き下がれというのか!?」
「そうだ。それ以上は、どっちにとっても惨過ぎる……」
「何が言いたいんだ!? 何故、誰も分かってくれない! どうして、ここには分からず屋しかいないんだ!!」
身体を勢い良く振って、掴んできた手を邪魔だと振り払ったローレンは、シュウを睨み付ける。睨まれたシュウは、正義を振りかざすなと馬鹿を睨み返す。
「分からず屋はどっちだ……」
いい加減に気付けよと、フクがぼやいた。
「は? どういうことですか?」
その彼を、ローレンは挑発的な顔で睨み付ける。
フクは自棄したように嗤い、そして、
「ここまで言ったら流石に分かるだろって、思ってた自分が嗤えますよ」
皮肉気に「感謝しますよホント」と、フクは一言付けたし、
「アンタが言った言葉をそのまま返してやる。アンタのその行動は、自分は正しい、間違っていないって、自身を肯定しているだけの、自慰行為でしかない!」
真っ向から、決然とした顔でローレンに指を差した。
「なッ!? 私の行動が! 人の命を救いたいと思う事が! 救って欲しいと頼むことが! 自身を肯定する行為だというのか!?」
「そうだよ。アンタは自分が正しいと思ってるだけのバカ! 仲間から止められても翻さないバカ! 意見が食い違う相手の正義を見ようともせず、差し伸べられても否定だけしかしない! 大馬鹿野郎よ!!」
謂われないことだと狼狽するローレンに向かって、セイが続く。彼女も決然とした顔でローレンに指を差し、
「「「国賊はエンタク様じゃなく!!」」
「お前の方だ!!」「アンタの方よ!!」
痛罵した。「なッ!?」と聳動の声を上げ、ローレンは表情を暗くさせた。
次の瞬間、シュウはローレンが握りこぶしを作るのを見た。
「貴様ら、そこまで、そこまで愚弄するか……ふざけるな……ふざけるなよ、貴様ら!!」
瞬時に悟った。まずいと。
「——ッ!!!」
フクに向かって飛び出したローレンの頭を、シュウは反射的に掴み、地面に叩きつけた。
「「「!?」」」
驚愕の顔を見せるエンタク達三人。抉れる床と、巻き上がる木片と木屑。
シュウは思わず「あ……」と、悔悟の声を漏らした。
少しやり過ぎてしまった。止めるだけのつもりだったが、馬鹿を気絶させてしまったのだ。
「すみません。こいつが狼藉を働いて……あと、床の穴も」
客室を荒らしてしまった事を含め、シュウはエンタクに深々と頭を下げた。
横に居たミレナも、
「ごめん、エンタク。フクとセイも……話を聞いてくれて、ありがとう」
申し訳ないと頭を下げた。残ったリフ達も、続いて頭を下げた。
「いや、いいんだ。僕も応えられなくて、すまなかった……」
遅く、取り返しなどつかないが、せめてもの誠心誠意の謝罪。
そのシュウ達の思いが届いたのか、エンタクもその双眸に悔悟の感情を乗せて謝った。
「「エンタク様」」
頭を下げたその彼女を見て、フクとセイも頭を下げた。
そうして終了した話し合い。崩れ落ちるまではいかなかったが、その寸前でどうにか立ち止まった。
終わり良ければ総て良し。その言葉が、今は憎く思えてしまう。
だが、これで終わりだ。受け入れろ。
「ん……? 上? 空からだ……」
冷えたお茶と、飄々と吹き抜けていく風。やにわに、エンタクが鬱屈とした空気の中、独り言ちた。
その彼女にセイが「エンタク様、どうかなさいましたか?」と、声を掛ける。その時、
「ッ!? 敵襲だ!?」
「え!?」
エンタクの言葉を示唆するかのように、轟音が鳴り響いた。
音の発生源は外。敷地内からだ。
——視点は敷地内へ。
敷地内に、竜巻が轟く。次第に竜巻は威力を失っていくと、中心から二つの影が姿を現した。大きく長い影と、小さい人影——荒れた庭に、翠の龍とアメジスト髪の少年が降り立った。
「さて、これで貴方は私のものです。エンタク。ふふ……」
いや、敷地内だけではない。南東のフイリンにはレイキ。南西のキーシュンにはメルル。北側のトクチーとソーシュウには、ペテロと人型の魔獣達。
アンコウエン各地に敵が出現した。
エンタクの普段着は中華風の服で、髪型はフクとセイの意向で割と変わる




