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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
52/113

第19話 話し合いの末に 2

「それじゃあ、始めようか。お前らが僕を仲間にしたい、その思いの丈を聞かしてもらおう……先ずは、自己紹介からだな」


 緊張の空気の中、エンタクは眼鏡男女に目をやった。

 合図を受けた二人——まず、眼鏡女性が「織工しょっこうのセイです」と言って手を上げた。次に、眼鏡青年が「仕立てのフクです」と手を上げ、二人の自己紹介が終わる。

 シュウ達は前に座っているミレナから始まり、最後はグーダで締めくくりだ。


「では先ずは私から、早速ですが、これを……神剣です」


 一拍の沈黙。我先にと乗り出したのはローレンだ。彼は袋から布で包んだ荷物を取り出すと、それをおもむろに開けた。包まれていたのは、朽ち果てた神剣だ。

 ローレンは包んでいた布と一緒に、朽ちた神剣を前へと差し出した。


「柄しか残ってませんが、刀身の部分は?」


 眼鏡青年——フクは、床に置かれた神剣をまじまじと見ながら言う。


「ジッケルの森で封印されていたソグームドに、何かをされて、こうなりました」


「何かをされたとは……?」


 ローレンの抽象的な言に眼鏡女性——セイが訊き返す。

 何をされたのか、シュウも気にはなる。相手から力を奪う、なんてことがあれば、その対策を練れるかもしれない。


「それが、斃したはずのソグームドの身体が粘膜状になって、刀身に纏わりついたんです。すると、刀身が徐々に朽ちていって、最終的に、効力を失い。こうなって……道連れだと、奴は言っていました」


 ローレンの弁には、沈鬱ちんうつ、自省といった感情が乗っていた。自分の所為だと悔いているのが、その顔から見て取れる。

 因みに、実態が物理的過ぎる故に、対策は単純なものになりそうだ。


 それにしても、斃したはずの相手の身体が粘膜状になった、とは奇怪な話だ。それにローレン本人でなく、神剣を道連れにするという迂遠な行動。

 奇々怪々と言えるだろう。


「ソグームドって……?」


「あぁ、僕のお姉ちゃんが封印した魔人だな」


 セイがエンタクの顔を窺うように訊くと、彼女は突拍子もないことを言ってみせた。


「ご令姉様がいらっしゃるのですか?」


 間を置かずして、アリスが身を前に乗り出しながらエンタクに投げかける。


 姉。神人の姉。ということは、シュウ達が想定していなかった戦力を、期待できるという事だ。神人と思われるレイキの兄。その存在を退け、更には敵対戦力の殲滅すらも可能になるかもしれない。


 だが、エンタクは、


「いや、今はいない。今はな……」


 シュウ達の期待を、容赦なく瓦解させた。

 ただ、エンタクが放った『今は』という、何処か含蓄のある言葉。シュウはその言葉が気になった。しかし、アリスの「失言でした!」という声に現実へと引き戻されてしまう。


「お気に障ることだと知らず、誠に申し訳ございません。エンタク様」


 深々と頭を下げるアリスに、エンタクは「気にするな」と表情を変えずに、髪を弄る。幾許かの寂寥せきりょうを見せるエンタクの双眸。

 シュウは彼女のその双眸を見て、下賤げせんが過ぎる考えをしてしまったと心を改めた。


 今は、エンタクを仲間にすることだけに集中しなければ。


「それよりも、話の続きだ。そう、ソグームドの封印が何故、解かれているのかだな」


 エンタクは寂寥の跡を無くして、ローレンに話の続きを催促する。ローレンは考えるように「それは……」と言葉を挟み、


「効力が弱まったことで、封印が解かれてしまったのだと思います」


「いや、それはないな……」


 そうやって否定から入ったエンタクに、ローレンは「と、言いますと……?」と、言外に問う。


「封印と言っても、やり方は脆弱なものから、強力なものまで様々だ。その中で、お姉ちゃんがソグームドに対して行った封印は、強力なもの……時間の経過如きで封印は解けないはずだ」


 淡々と、エンタクは否定の根拠を提示することで、ローレンの推測を完全否定した。

 その彼女を見て、ローレンは呆気にとられたような表情を浮かべたが、直ぐさま元に戻した。

 それから、


「そういえば、奴の身体は鎖に繋がれていた……なら、封印の効力が中途半端に弱まっていたということ……時間経過で封印の効果が弱まったのなら、効力が完全に消えるまで待ち、万全を期するはず……だのに、そうしなかった……」


 ローレンはぼそぼそと、自身が持ち合わせている情報と、エンタクが言った情報とを合致させていく。最後に「焦り、期を見誤ったのか? いや……」と、可能性を否定した。


「じゃあ、もしかして、誰かが封印を解いたってこと?」


 皆が行き着いたであろう結論を、ミレナは確認を取るようにエンタクを見る。その彼女にエンタクは「だろうな」と、賛成した。


 シュウは無意識のうちに、顎へ手を当てて考え込んだ。


 以外ではあったが、シュウ達全員、納得がいったような顔をしている。時間経過が封印の効力を徐々に弱め、そうすることで目覚めて魔霧が発生したのだと。

 だが、それは単なる思い込みともいえる。


 それに相手の立場になって考えてみれば、案外簡単なことだと言えるだろう。

 早く封印が解けて欲しいと焦ることはあれ、ソグームドにとっては千載一遇のチャンスだ。万全を期そうとするのは当然の思考である。ローレンが否定したように、焦りによるミスというのは考え難い。


 長寿であり、根拠もあり、何より肉親が封印を行ったというなら、エンタクを信じるしかない。


 いや、信じられる。


「もしかして……あいつらじゃない?」


「あぁ、タイミング的にも、おかしくない」


 袖を引っ張ってくるミレナに、シュウは顎に当てていた手を降ろすと、それしかないと頷いた。


「何か、心当たりがあるんだな?」


「恐らく、中央都を襲った奴らだと思います」


 その含蓄がある会話に、エンタクは無表情ながらも興味深げな双眸で、二人へと問いかける。シュウはその彼女の瞳を見て、飽くまで推測を述べた。


「ふむ。分かった。多分、そいつらで間違いないだろう。その様子だと、どうやって封印が解かれたのか、そっちも知らないようだし……」


 エンタクは理由を追求も、疑いも持たずして、シュウの意見を組み入れる。それから、彼女は「次だな」と人差し指を上げて、ローレンに目を移した。


「で、神将のローレン。神剣を扱えたのなら、お前は神剣から力を受け取っていたな……? なら、神剣が朽ちた今、お前はただ力の扱いがつたない、素人ということだ。当然だとは思うが、中央都を襲った奴とは一戦交えたんだろ? それで、お前の周りにいた人類では、勝てないと踏んだ」


 エンタクが質問する毎に、ローレンは「はい」と相槌を打って肯定。そして最後、彼はもう一度だけ深く相槌を打った。

 エンタクの目敏さには感嘆だ。


「……ご賢察の通りです。ですからエンタク様! どうか、お力添えいただけないでしょうか!?」


 ローレンは座布団から立ち上がると、エンタクを見据える。自身の胸元の服を掴むその拳は、胸懐きょうかいにある万感を抑えつけているようだ。


「待て、まだ決めるには尚早だ。元々、お前たちは一組ではなく、二組でアンコウエンに訪れたのは知っている。ローガもそう言っていた。なら、もう一組の言葉を聞いてから決めるのが道理だろう」


 だが、エンタクは表情を変えず、優然とした態度のまま話の続きを求める。ローレンは握り拳の力を緩め、口惜しそうに座りなおした。


 最もな意見だ。それに、シュウもそれは望んでいるところ。ローレンの神剣だけで足りないのなら、緊迫した事態であると理解してもらう為に、奮励しようではないか。


「では、俺が話します」


 毅然とした面持ちで名乗り出たシュウに、エンタクは相槌を打って返す。


「実は中央都を襲った奴らの中に、神人がいたんです」


 開幕。シュウは封印を解いた者繋がりで、本題を机上に乗せた。横に座るミレナも加勢するように「名前はレイキって奴よ。ちょーうざかったわ」と、机上に情報を重ねる。

 頼りがいのある加勢だ。ナイス、ミレナ。


「俺と左に居るミレナ。それと右に居るローレンが、そのレイキという神人と闘いました……」


 シュウはミレナとローレンに手を向け、二人を強調させながら話を続けていく。


「最初は、俺とミレナの二人で善戦していたんですが、追い詰めた直後、まるでレイキは逆境を乗り越えるかのように、神位に近い光魔法を行使してきたんです。それに俺が巻き込まれ、最終的には遅れて来たローレンの助力によって、退けることに成功しました」


 レイキが声高に叫んでいた『壁』という単語。奴はまるで、その障害を楽しむかのように反撃してきたのだ。

 前回の世界線で、レイキが神位に近い光魔法を使わず、自分が勝利を収めたことといい、奴はあの場面で確実に成長を遂げたはずだ。


 厄介すぎる才能の持ち主。シュウは遺漏いろうなく、更なる情報を机上へと乗せる。


「少しいいか?」


「はい」


「神位に近いという部分、詳しく説明してくれないか?」


 そうエンタクに説明を求められるが、シュウもレイキが『神位に近い』と表現をしていたから、そう説明しただけに過ぎない。

 仏作って魂入れず、だ。


「つっても、俺も詳しいことは……何か光の箱が出てきて、その箱に、俺は周囲の物ごと飲み込まれちゃった感じです。それ以外は……」


 シュウは気恥ずかしそうにしながら、知っている事を赤裸々に話した。


「ミレナ。お前は覚えているか?」


「うーん、私もシュウと知ってる事は変わらないかな。あの時は、私、色々とあり過ぎて、鮮明に覚えてないの」


 エンタクはミレナにも説明を求めた。が、ミレナもシュウと同じだと長耳を少し垂れさせて、首を横に振った。

 エンタク達にとっては、ぬか喜びもいい所だろう。実際、フクとセイは微妙な面持ちだ。


「そうか。分かった。シュウ、レイキは神位に近い魔法を行使する時、詠唱していたか? それと、もししていたなら、何と言っていた?」


「はい。詠唱はしていましたね。疑似神位魔法レクイエムって」


「神位に近いか。ふむ。色々気にはなるが、まぁいい……」


 そう言い残しながら、エンタクは再度追求をせず、思索に耽るように口を閉じた。彼女は少ない情報だけで、常人には辿り着けない答えを導き出そうとしているのか。

 少しだけ、肩透かしを食らった気分である。


「話の続きを頼む」


「レイキについてなんですが、リフさん……」


 答えに辿り着いたのか、話の進行を催促してくるエンタク。シュウは最後の情報を机上へ乗せようと、リフに加勢を頼む。

 呼ばれたリフは、二つ返事で頷き、


「——僕はレイキと接点がありました。頻繁に会っていたわけではないのですが、奴はよく兄なる存在を、敬愛するように呼んでいたのです」


「んで、レイキは神人。その神人の兄なら、そいつも神人なんじゃないか。俺たちはそう思ったんです。単純っすけど……」


 リフに続いて、シュウは単純頭でも分かる考えを机上に乗せた。


「ふむ、神人なら、神人ではない相手を敬ったりすることはないだろうな。なんせ自身の方が年高で、地位も高いんだからな。それに、頻繁に会わずして、リフの記憶に残る程に兄の名を呼んでいた。ということは、日常的に呼んでいたと考えられるな……その行動自体が欺瞞だった、というのはなさそうだ」


 シュウの短慮が過ぎる理屈を聞いても、エンタクは否定をせず、逆にその可能性について語る。

 謙遜したからといって、そんな単純な理屈など信じられるか。『否、信じれる』と、エンタクの淡然とした表情——双眸は語っている。


「そうです。で、もし神人なら、こっちには神人が一人もいないことになります」


 犀利さいりなことこの上ない。胸中でその感服を抑えながら、シュウは前へと出た。


「だから、僕を仲間にしたいと、そうか……リフだったな。何故、敵の情報をお前が知っているのか、そこは触れないでおこう」


「ご厚意、感謝いたします」


 見抜いたうえで、エンタクはリフの罪過を詮索しないと述べる。その彼女の広量さに、リフは唇を甘噛み。目を瞑ってうやうやしく頭を下げた。 


「とにかく事情は把握した。かなり危殆な状況そうだね」


「ですので、どうかお願いします! エンタク様!」


 エンタクの焦らしに、ローレンは獲物へと噛みつく餓狼のように答えを急かす。


 その狼狽っぷりに、シュウは事を急くなと心で叫んだ。ローレンの横に居るアリスも焦りが表情に出ている。

 懇情を向けられていることに、気付かないのか。他人事でないことは、彼女も理解しているはずだ。

 だから、エンタクは必ず首を縦に振ってくれるはずなのだ。


——だから、必ず……


 そうして、シュウは気付くことになる。


「気持ちは充分にわかる。だが、僕にも役割があるんだ」


 自分が思考放棄の状態に陥っている事に。


「それは分かっています、その上で頼んでいるのです!」


「知っている。それでも、僕は自分の役割を全うしなくてはいけない」


——シュウはエンタクの言葉を理解することが出来なかった。


「領主という役割をですか!?」


「違う。僕がいなければ、魔獣達が狼藉を働いてしまうんだ」


 立ち上がって、庶幾しょきの思いを綴るローレンと、座ったまま拒否を貫徹するエンタク。


——何が起こっているのか、状況把握が全くできない。


 二人が温度差の大きい会話を繰り広げる中、シュウは周囲の状況が見えなくなっていた。

 受け入れられない現実と承諾を得るための懊悩おうのうが加わり、困惑を極めてしまったのだ。


「なら、そんな魔獣など滅ぼしてしまえばいいんです!」


 先程からも感情を抑えきれてはいなかったが、到頭とうとうローレンが怒りを爆発させてしまった。


「ば!? お前何を!」


「だってそうではないですか! アリスさん! 私たちは悪逆非道の魔獣から、尊き民衆の命を守るのが仕事ですよ! 私欲の限りを尽くす魔獣は、斃されて然るべき存在! その魔獣がただの温情で、のうのうと生きている! おかしいとは思わないのですか!?」


 ローレンをアリスが抑えようとするが、彼はその叱咤を彼女へと返す。

 正論を言われたアリスは「そ、それは……」と、反論虚しく口を閉じてしまった。


 ——なんで! どうしてこんなことに! 何がいけなかったんだ!? 


 歯ぎしりをして、明らかに怒りを抑えているセイ。彼女はもう我慢できないと、立ち上がってローレンに指を差し、


「黙って聞いてれば、勝手なこと言ってくれるじゃないですか。アンタの口振りだと、魔獣が巨悪みたいな言い方ですけどね、魔獣にだって人並みに仲間を思う気持ちはあります! 中には人以上に仲間に厚い者だっているんですよ!」


「そうですよ! それを魔獣全てが斃されて然るべきだなんて、それは腐れ外道の人間がいたから、人類は滅びるべきって言ってるのと何も変わらない!」


 セイに続いて、フクが顔を怫然ふつぜんとさせてローレンに指を差す。仲間を馬鹿にされては引き下がれない。そう言いたげに、彼を激しく非難した。


——分からない! クソ! 考えるんだ! 


「そんなことは一言も言っていません!」


「言ってないじゃなくて、言ってるのと変わらないって言ってんの!」


 セイとフクの言葉を否定するローレン。その否定を、セイは否定で返す。


「言いがかりです! そもそも貴方達の言っていることは、矛盾している! 貴方達が言った魔獣の中にも、仲間思いの者がいるというのなら、エンタク様が居なくなるだけで、魔獣が狼藉を働いてしまう訳がない! そうならないということは、魔獣が我欲まみれの外道であるという証左です!」


 ローレンは騎士とは思えない情緒を露わにしながら、彼らの矛盾を狂言綺語きょうげんきごだと唾棄した。


 言い争いによって、収拾がつかなくなっていく話し合い。シュウ達の一番恐れていたことが、いま目の前で起こっている。


——早く打開する策を! カンガエロ!! 考えろかんがえろカンガエロ!!


 段々とエスカレートしていく言い争いに、ミレナが長耳を逆立たせながら立ちあがった。そして、


「もう! 皆喧嘩はダメだって!! 落ち着いて!!」


「——ッ!?」


 『おぬしが一番、話が分かりそうだと踏んだからじゃ』


 『君は機転が利くし、適切だと思う』


 浮かび上がってくるローガとリフの言葉。

 見るに堪えない無様な醜態。他人に認められておいて、このざま。


——こんなことで、なに馬鹿みたいに狼狽えてやがんだ俺は!!


 『説得……本当に、それだけで……?』


 自惚れ、不安を塗り潰し、考えずにいた杜撰さの末路。

 取るべき行動は、エンタクを仲間にしようと固執することではない。強い仲間を加えることではない。


 本当に取るべき行動は、必要なのは、

 

——本当に必要なのは、自分達の尻拭いを自分達で出来るようになる!!


——強くなることだろうが!!!


——強い奴に、強さの責任を押し付けることじゃねぇ!!


 シュウは自身の胸倉を掴み、胸裏で述懐じゅっかいした。

 分かっていた。その答えから逃げていた。逃げて、楽な道を選んでいたのだ。ならば、そのツケを払おう。


 フクとセイ、ローレンの間に割って入り、場を取り纏めようとするミレナ。彼女の言葉に叱咤激励され、錯乱状態だったシュウは冷静さを取り戻すことができた。


「「「…………すいま、せん」」」


 ミレナの言葉に、ローレン達は視線を落とし、ねるように口を噤んだ。

 少し感情的になり過ぎた。そう自省したのか、三人の顔は消沈としている。


 そうして、ミレナによって場の均衡きんこうは保たれた。


「一つ訊く、お前は動物の肉、野菜や果物といったものを食すとき、罪悪感を感じるか?」


 座ったままでいたエンタクは、沈黙を壊してローレンに問うた。「一体、どういう?」と、疑問符を浮かべるローレン。

 何が言いたいのか。自分を試しているのか。見当がつかない。そう反芻しているだろう彼に、エンタクは憮然と視線を落とし、


「分からないか? 命をいただくとき、お前は罪悪感を感じるか。感じないか訊いているんだ」


 ローレンの瞳を棘のある目で見た。

 今まで彼女が見せなかった、その強く確固たる意志を持った瞳。その瞳に射抜かれたローレンは、尻すぼみしたように目を逸らしてしまう。


「それは、感じない事の方がかなり多いですが……」


 ぽつりと呟かれた本音。


「そうか、口先だけではないらしい……」


 ローレンがどういった心の持ち主なのか。エンタクはまるで、その一言だけで達観したかのように、刺々しい双眸を元に戻した。


「どういった趣旨で、そんなことを?」


 質問の趣旨を問うローレンに、エンタクは「趣旨は、語るに足るかの見定めだ」と答える。が、より一層曖昧になったと、ローレンは煩労はんろうを顔に表す。


 彼女が何を言いたいのか分からない。ミレナが均衡を保たせた場を何故、意味の分からないことを言って乱すのか。

 ローレン以外にも、アリス、リフ、フィアン、グーダ。都合五人が、エンタクの言葉に疑念を払えていない顔をしている。


 エンタクは、そのシュウ達一人一人と目を合わせ「いいか」と、前置きして、


「僕らが命を奪い、それを食し、生きることに罪悪感を感じない、或いは忘れるように、魔獣も人の命を奪い、それを食し、罪悪感を感じずに生きている。腹が空けば殺して食す……魔獣とて、人と同じで愉快で殺している訳ではないんだ。生きるために殺し、食す。違いは殺され、食されるのが動物か、植物か、人か。それだけだ。僕たちと魔獣に、変わりなど何もないんだ。ないはずなんだ。だが、僕たち人類はそこを省いて、勝手に魔獣は悪だと決めつける。おかしいとは思わないか?」


 人類が抱く、魔獣という存在そのものへの見方に対し、異議を唱えてみせた。

 今なら、彼女の言わんとすることが理解できる。一度、翻すことが出来た今なら、理解しようと傾聴けいちょうできる。

 だが、


「どこもおかしくはないです! 魔獣は人々を脅かす、悪そのものなんですよ!!」


 その理屈をローレン達が呑める訳もなく。火に油を注ぐ結果となった。


「アメニア! 先刻、ミレナ様に注意されたばかりだろう!! もう少し慎め!!」


「止めないでくださいアリスさん! この人達は何も分かっていない! 魔獣に家族や仲間を殺された人だって、たくさんいるんですよ!! ここにいる皆さんも、魔獣を悪だと思っているはずです!!」


 ローレンは肩を掴んで抑止してくるアリスの手を振り払い、シュウ達を見てその思いを語った。

 分かってくれますよね。彼はそうやって内憤を打ち明かすように、訴えかけてくる。


 当然といえば、当然だ。ローレン達にとって、人類にとって魔獣とは悪だ。その悪に仲間や肉親を殺された者は、決して少なくないはずだろう。魔獣に積年の恨みを持つ者も多いだろう。


 不偏ふへんの目で見るなど、できないはずなのだ。


「どうして!? 何故、誰も反論しないんですか!?」


 だが、誰一人ローレンの意見に賛同する者は出なかった。


 それは恐らく、ローガがピヨミ達を呼んだ時——いや、更に遡行すれば、アンコウエンで人類と魔獣が共存している事を知った時だろう。


 シュウ達は、その事実を知ったうえでここに来ているのだ。


 郷に入っては郷に従え。


 ローレン以外は弁えているのだ。理解しようとしている。

 理解してほしいと手を差し伸べられて、手を取らないとなっては、人ではなくなってしまう。それは、自分達が忌み嫌っていた魔獣達と、何ら変わらない。ケダモノである。


「魔獣は僕にとって大切な仲間だ。それに、アンコウエンに住んでいる皆も、魔獣達を仲間だと思っている」


 エンタクは左——客室から外を見つめる。

 彼女の憂色に染まった瞳は、外に——アンコウエンにいる者達を見つめているようだった。


「人の命が掛かっているんですよ!? 貴方は人の命よりも魔獣の命を優先するのですか!?」


「勘違いするな、ガキ」


 エンタクが感情を表に出さないことが原因なのか、ローレンだけが未だに気付けない。その馬鹿を諭すように、彼女は棘のある言葉と瞳で射抜く。


「…………」


 ローレンは気圧された。


「優先しているのは、魔獣の命ではなく、ここに住んでいる人類と魔獣だ。僕を慕ってくれている者達、その全てだ」


「ふ、ふざけないでください!」


 エンタクに誤りを指摘され、それを苦し紛れの怒声で対抗するローレン。

 その彼に、エンタクから告げられた言葉は、


「ふざけてなどいない。僕は徹頭徹尾真面目だ。お前が、お前の救いたい命を、護りたい者を優先しているように、僕も自分が護りたい者を優先しているだけだ」


——勘違いも甚だしい、そう非難した。


 正論に真理。矛盾に暴戻ぼうれい。それでもなお、ローレンはまだ分からない。止まることを知らない。


「国賊だ……貴方は綺麗ごとを吐くだけの、アルヒストの領主にあるまじき国賊だ!!」


 諭されても、道理を弁えられないでいるローレン。剰え、暴戻を重ね続けるローレン。


「アンタ!!」


「お前! お前なァァ!! 自分が言ってること、分かって言ってんのかァァ!!」


 堪忍袋の緒が切れたと、セイとフクが立ち上がり、そのままフクだけが唾をまき散らしながら、ローレンの胸倉を掴んだ。


 拳を固めるフクに、それをやり返してやろうと睨むローレン。

 

 一時はエンタクへの麗句で意気投合しつつあった者同士が、一触即発の事態に陥っている。


「よせ、二人とも……」


 だが、エンタクは感情を表に出さなかった。


「だけど、こいつ! エンタク様を——ッ!!」


「いいから下がれ!」


「————ッ!?」


 尊敬している人を馬鹿にされた。だから許せないと、握り拳を顫動させて赫怒するフク。

 それでも、エンタクは感情を表には出さず、彼を叱責するだけだった。いや、彼女は激情など抱いてはいないのかもしれない。何故なら、


「そこで殴れば、お前が卑賎になるだけだぞ」


 淡然と話すエンタクの双眸には、感情の色が見えなかったのだ。それはまるで、この話し合いにて、軋轢が生じることを甘受していたようにも思えた。


 叱責されたフクは顔に余憤を残しながら、ローレンから手を離した。


 エンタクは目を瞑った。それから、息を小さく吸って、


「人類は、生物とは排他的だ。故に内には親しいが、外には疎い。それは僕たち生物が生きるために殺し、食すことに似ている」


 ——ローガの言っていた言葉……


『エンタク様はお優しい方じゃ。それ故に手厳しい』


——今なら、その言葉の意味が十二分に分かる……


「故に全ての者を護ることなど出来ない。だからこそ、僕たちは護りたい者の命だけを護る。仲間を、人々を、弱き者を護るというのは、己の周りにいる、己が護りたい者を、救いたい命を救うということだ。例え理不尽に殺された者がいたとしても、僕たちは遠方という理由だけで、悲嘆することが出来ない。それは利己的といえるだろう。でも、それが僕たちだ。生物の在り方なんだ……」


 優しいゆえに怒らない。優しいゆえに、手厳しく諭してくれる。


「分かるか? 今お前が言っていることは、その否定だ。人類が高尚な生き物であり、魔獣は卑しく下劣な生き物である。だから魔獣よりも、人類の命を優先すべきである。お前はそう言っているんだ」


「何を当たり前のことを!!」


 それにも関わらず、ローレンはエンタクの言い分を聞き入れずに、流言飛語だと排斥する。


「何故そう言い切れる? 人類が高尚である証拠は? 魔獣が下劣である証拠は?」


 そう問うて「そんなものはない」と、エンタクは小さく首を横に振る。


「僕たち人類は、人類であるが故に自分達の事しか見えていない。見ようとしない。他の者には、目もくれようともしない。自分達が最上であると信じ、功績だけを謳い、罪過には蓋をする。自分達の汚い物だけを見えなくして、他の者の汚い物は掘り起こそうとする。狂態の所業。卑賎だ……」


 だのに、それでもエンタクは、偏重へんちょうも甚だしい馬鹿を教化しようと、怒りの色を一切見せることなく、話し続けた。


 何も間違ったことは言っていない。その言葉は、エンタクが魔獣を見て知っているからこそ、言えることだ。魔獣との共存を実現しているが故に、妄言や虚言の類でもない。

 間違っているとすれば、それはシュウ達の方なのだ。


 勝手に自分達を高尚だと信じて止まず、それ以外を下劣だと勝手に見下し続ける。その偏重でしかない潜在意識にエンタクは気付き、罪過を背負って生きている。

 罪を自覚する彼女と、そうでない自分達。


——どちらが間違っているかなど、明々白々だ……


「ただ、人のように魔獣も命を奪い食す。魔獣も人も変わらないはずなのに、魔獣が人を殺すのが悪であり、人が魔獣を殺すのが善だというのか? そうではないはずだ。何故なら、あいつらは子の為に死ねるからだ。仲間の為に死ねるからだ。それをできない者もいるが、それは人と同じ。何も変わらないんだ……」


 優しいゆえに、懇情を向けてくれる。

 優しいゆえに、余所者であっても、真摯に話し合ってくれる。

 優しいゆえに、狼藉を働いても、最初から断るつもりであっても、向き合ってくれた。


「いいか、命の重さに優劣はない。僕たち、魔獣、その他含めた生物の全てが、悪なんだ……見せびらかすことは無かれ、隠してはいけない。履き違えてはいけない。背負い、刻み、そして、自覚して生きていかなくてはならないんだ」


 ——命の重さに優劣はない。


 彼女は魔獣と人類の命の重さを平等に、或いは仲間思いな生物全ての命の重さを、平等に見ているのかもしれない。

 よくある『困った人の為』や『人の命を救いたい』などが、霞んでしまう程の強く逞しい目的——人類の為だけではなく、魔獣の為にもあろうとするエンタク。


 ——俺たちは、愚かで矮小わいしょうだ。


 エンタクの正義——人類と魔獣の為と、シュウ達の正義——人類だけの為。


 互いの正義に齟齬があるにも関わらず、一方的に振りかざしたシュウ達。振りかざした自覚が無かったシュウ達。なのに、エンタクはただ、分かってほしいと手を差し伸べている。

 シュウだけでなく、エンタクと対面している全員が、悔悟を露わにしていた。


 ただ一人、ローレンだけを除いて。


「だから、僕はここから、アンコウエンから動けない……それが僕の役割……頼まれたから、僕はここをずっと、ここに居る者達を護りたい。護らなくちゃいけないんだ」


 シュウは、エンタクの無表情でありながらも瞳の奥にある愁色しゅうしょくを見た。


 『いや、今はいない。今はな……』


 瞬刻、浮かび、走り、そして悟る。


「頼まれた……」


 回視するように呟いた。それは薄い色であれど、シュウが夢の中で聞いた言葉を探し当てるには、十分な機微きびだった。


『————……私たちが帰って来るまで、————を、いえ、————エンを頼みましたよ』


 かの時、創造主によって見せられたエンタクの凄惨な過去。

 まだ小さなエンタクが『お姉ちゃん』と、心から慕っていた、月白の長い髪を持つ少女。彼女がエンタクに向けて、最後に残したであろう言葉。


 今はいない。頼まれたから。

 だから今も、必ず帰って来ると希い、風化することなく待っている。


 その揣摩は、エンタクが今まで語った言葉の数々よりも遥かに、納得としてシュウの心の奥底へと根付いた。


「…………それは、ただ自身の行動を肯定しているだけの、——ッ!?」


「おい。それ以上はやめろ。元も子もなくなるぞ」


 シュウは言ってはならないことを言おうとした、ローレンの首根っこを掴み、抑止する。


「離せ。こんなことを言われて、君は引き下がれというのか!?」


「そうだ。それ以上は、どっちにとっても惨過ぎる……」


「何が言いたいんだ!? 何故、誰も分かってくれない! どうして、ここには分からず屋しかいないんだ!!」


 身体を勢い良く振って、掴んできた手を邪魔だと振り払ったローレンは、シュウを睨み付ける。睨まれたシュウは、正義を振りかざすなと馬鹿を睨み返す。


「分からず屋はどっちだ……」


 いい加減に気付けよと、フクがぼやいた。


「は? どういうことですか?」


 その彼を、ローレンは挑発的な顔で睨み付ける。

 フクは自棄じきしたようにわらい、そして、


「ここまで言ったら流石に分かるだろって、思ってた自分が嗤えますよ」


 皮肉気に「感謝しますよホント」と、フクは一言付けたし、


「アンタが言った言葉をそのまま返してやる。アンタのその行動は、自分は正しい、間違っていないって、自身を肯定しているだけの、自慰行為でしかない!」


 真っ向から、決然とした顔でローレンに指を差した。


「なッ!? 私の行動が! 人の命を救いたいと思う事が! 救って欲しいと頼むことが! 自身を肯定する行為だというのか!?」


「そうだよ。アンタは自分が正しいと思ってるだけのバカ! 仲間から止められても翻さないバカ! 意見が食い違う相手の正義を見ようともせず、差し伸べられても否定だけしかしない! 大馬鹿野郎よ!!」


 謂われないことだと狼狽するローレンに向かって、セイが続く。彼女も決然とした顔でローレンに指を差し、


「「「国賊はエンタク様じゃなく!!」」


「お前の方だ!!」「アンタの方よ!!」


 痛罵つうばした。「なッ!?」と聳動しょうどうの声を上げ、ローレンは表情を暗くさせた。

 次の瞬間、シュウはローレンが握りこぶしを作るのを見た。


「貴様ら、そこまで、そこまで愚弄するか……ふざけるな……ふざけるなよ、貴様ら!!」


 瞬時に悟った。まずいと。


「——ッ!!!」


 フクに向かって飛び出したローレンの頭を、シュウは反射的に掴み、地面に叩きつけた。


「「「!?」」」


 驚愕の顔を見せるエンタク達三人。抉れる床と、巻き上がる木片と木屑きくず

 シュウは思わず「あ……」と、悔悟の声を漏らした。


 少しやり過ぎてしまった。止めるだけのつもりだったが、馬鹿を気絶させてしまったのだ。


「すみません。こいつが狼藉を働いて……あと、床の穴も」


 客室を荒らしてしまった事を含め、シュウはエンタクに深々と頭を下げた。

 横に居たミレナも、


「ごめん、エンタク。フクとセイも……話を聞いてくれて、ありがとう」


 申し訳ないと頭を下げた。残ったリフ達も、続いて頭を下げた。


「いや、いいんだ。僕も応えられなくて、すまなかった……」


 遅く、取り返しなどつかないが、せめてもの誠心誠意の謝罪。

 そのシュウ達の思いが届いたのか、エンタクもその双眸に悔悟の感情を乗せて謝った。


「「エンタク様」」


 頭を下げたその彼女を見て、フクとセイも頭を下げた。


 そうして終了した話し合い。崩れ落ちるまではいかなかったが、その寸前でどうにか立ち止まった。

 終わり良ければ総て良し。その言葉が、今は憎く思えてしまう。


 だが、これで終わりだ。受け入れろ。


「ん……? 上? 空からだ……」


 冷えたお茶と、飄々(ひょうひょう)と吹き抜けていく風。やにわに、エンタクが鬱屈とした空気の中、独り言ちた。

 その彼女にセイが「エンタク様、どうかなさいましたか?」と、声を掛ける。その時、


「ッ!? 敵襲だ!?」


「え!?」


 エンタクの言葉を示唆するかのように、轟音が鳴り響いた。

 音の発生源は外。敷地内からだ。


——視点は敷地内へ。


 敷地内に、竜巻が轟く。次第に竜巻は威力を失っていくと、中心から二つの影が姿を現した。大きく長い影と、小さい人影——荒れた庭に、翠の龍とアメジスト髪の少年が降り立った。


「さて、これで貴方は私のものです。エンタク。ふふ……」


 いや、敷地内だけではない。南東のフイリンにはレイキ。南西のキーシュンにはメルル。北側のトクチーとソーシュウには、ペテロと人型の魔獣達。


 アンコウエン各地に敵が出現した。

エンタクの普段着は中華風の服で、髪型はフクとセイの意向で割と変わる

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