第18話 話し合いの末に 1
一話が長すぎたので、二分割しました。
創造主の意図。創造主が少女——エンタクの凄惨な過去を見せた訳。
それは『自分が彼女と会うから』であろう。だが、そうなることによって気になることが一つ浮上してくる。
——エンタクが、過去に殺されたことについてだ……
ただ今は、それを確かめることはできない。初対面の相手に対して『過去に死んだことはあるか?』など、訊けるはずがないからだ。というか、初対面でなくても訊くことは出来ない。
そもそも、過去死んでいるなら、今生きているはずがないのだ。
厳然たる矛盾。投げやりだ。
創造主が嘘を見せたのか。嘘だったなら、何故嘘を見せたのか。
今、実際に自分が混乱しているように、かき乱すことが目的なのか。だが、創造主はそんな意味のない行為はしないはずだ。それは彼彼女のやり方に反している。
——わっかんねぇ!!
『あぁもう!』と言いたげに、シュウは自身の髪の毛を両手でわちゃわちゃとさせた。
情報が錯綜している所為で、脳がパンクしそうだ。自分がこうやって、副次的に懊悩することを創造主は想定しているだろう。
そして奴は今の自分を見て、こう述べるはずだ。『悩んでる。悩んでる。嗚呼、可哀想』だと。
「シュウ?」
「あ、いや、何でもない……」
長耳をピクリとさせ、上目づかいで窺ってくるミレナに、シュウは誤魔化すように目を逸らした。
とにかくエンタクの過去について、考えるのはやめておこう。腹の虫は収まらないが、先ずは目下の問題に傾注するべきだ。
シュウ達は今、紅炎卓の中——エンタクとその臣下の背を追って、廊下を歩いている。外見は寺院のように見えたが、実際はローガが言っていた通り、領主の住居といって差し支えない。
敷地内に手水舎や屋根の付いた線香立てが置かれていたのは、参拝者や巡礼者用に設けられたからだろう。
エンタクは領主ではあるが、神人だ。神聖な存在だと、崇め奉る者が存在するのは考えれば直ぐにわかる。
「まさか、エンタク様が女性だったとは」
「それも、見目麗しい方だね」
前方、フィアンの呟きに対してリフがエンタクの容姿について述べる。その二人に続いて、
「では、やはり名傑列伝に載っていた絵は、嘘だったんですね……」
シュウ達が男性だと勘違いしてしまった元凶について、アリスが肩を力なく下げた。
そうだ。紅蓮の神仙エンタクは、男性ではなく女性だったのだ。見た目の年齢は十八前後といったところ。長い銀煤竹の髪に、紅桔梗の双眸をもつ女性だ。
何より際立っているのが、エンタクが纏っている服である。
生脚を見せびらかすようになった短いスカート。胸元をはだけさせ、背中の肩甲骨がくっきりと見える程の布面積の少なさ。
何とも言えない製作者の趣味が搭載された給仕服だ。
そして、その服を仕立てたであろう存在は更に前を歩く、
「それは、白い髭の文人が本を書く際に脚色したからです。確か、文人がエンタク様から承諾を得るために言った言葉は『なんだろう。男性で老人の方が面白いし説得力あるんで、脚色していっすか?』でしたね」
眼鏡を掛けた二人の男女だろう。その二人の内の一人——青年が、訊いてもいないことを説明口調で語り始めた。
まるで自分の事のように、眼鏡を指でクイッとさせる仕草が鼻につく。
「それで、承諾してしまったと」
青年の言葉を聞いて、アリスは確認を取るようにエンタクの方へと向いた。目を向けられた彼女は、その確認に対し「まぁね」と淡白に答酬する。
淡白すぎる返答に、アリスは苦笑いだ。
「でも、それじゃあエンタクの地位とか名誉とかが全部、虚像のおじいちゃんのだって誤解されてるってことじゃん」
「別段、改正するような事じゃない」
代弁者としてミレナが疑念を投げかけたが、エンタクはそれでも機械のように淡白に答える。
当然ではあるが、その彼女の答えにミレナも「そう、なんだ……」と溜飲が下がらずにいた。
「まぁ、エンタク様は細かいことに興味がないので……そう! エンタク様にとっては、地位や名誉すらも細かいということなんです!」
またしても始まった臣下——眼鏡青年のエンタクに対する麗句。そして、次なる決まり文句は、
「エンタク様が真の姿で、世界に名を馳せるところは見てみたいですが、それでは酔狂の塊に、エンタク様のお美しい姿が知れ渡ってしまうことになります。そうなってはエンタク様に悪い虫が、あぁいえ、毒になってしまいますから」
眼鏡女性が言ってみせた。
男女共に眼鏡をクイッとさせた決めポーズは、やはり鼻につく。黒髪眼鏡という容姿から、口調や仕草といった性格まで似すぎている二人だ。
「お前ら二人とも、その時産まれてないだろ。自分も関わってます、みたいに言うんじゃない。うざい……」
「「ご褒美感謝します!!」」
エンタクの指摘に、二人は鼻息を荒くして喜悦の表情だ。対して、エンタクは眼鏡男女を見ることなく、前を向いたまま無反応である。
『あぁ、うん』と誰もが思っただろう。一人だけ、そうではない者がいるのだが。今は放っておく。
眼鏡男女がエンタクへの感情を麗句で表現し、それをエンタクが気だるげにあしらう。これでテンプレなのだろう。
純粋なミレナも「どこが、ご褒美なの……?」と、当惑の言葉を残してしまうほどだ。
「嗚呼。冷たい目、艶やかな唇、整ったまつ毛に眉毛、麗しい目、艶麗なスタイル! そして何より、内に秘めきれていない善なるオーラ。正しく麗姿! 何とお美しいことか!」
戻り、先ほど放っておいたのはローレンだ。彼は拳を固め、眼鏡男女と同様にエンタクへの思いを麗句で綴る。
良いか悪いか、片膝を付いて手を伸ばしているローレンに、眼鏡男女は熱い視線を向けた。そして、何故かその視線にローレンはもじもじとし始める。
その彼を見て、眼鏡女性は視線を逸らして、眼鏡青年とひそひそと話し始めた。
片耳に「大丈夫ですよ。多分」と聴こえてくるが、何をしたのだろうか。
全くもって理解不能だが、良い方向に動いたと信じたい。
「静かにしろ馬鹿! き、失礼なことはするなよ。アメニア……」
時機としては、もう遅すぎる忠告だ。半ば、アリスも辟易としている
言葉の合間に入った「き」という含みの内容は、想像に難くない。というか、キモいだ。
「あれ、でもよ。ここにある木彫り像は、女性の像なんすね?」
「それはですね、文人の方が後だからです」
他愛ない掛け合いをしながら歩いていると、リメアを背負ったグーダが正面に見えるエンタクの木彫り像を眺めて言った。
そのグーダの恣意的な疑問に、眼鏡青年は『待ってましたよ』と腕を組みながら、知識を衒ってみせた。
「ということは、これはかなりの年代物なのでは?」
眼鏡青年の言葉に、リフは大きな木彫り像を観察しながら質問。シュウ達も、リフに続いて像へと目をやる。
「まぁね。僕からすれば、まだ浅いけど……」
その木彫り像へと視線が集まるや否や、エンタクは淡々とした口調で返した。
しかし、何とも違和感ある光景だ。シュウの先入観では、神を模して彫られた木像は男性のイメージで統一されている。
だが実際、目の当たりにしているのは炎に包まれている女性の像だ。それも、まるで炎を、自由自在に操っているかのように彫られている。
伝統文化とサブカルチャー文化が混ざり合った感じの違和感である。
「ここには、関係がない者や、薄い者は殆ど招き入れることがないんだ。それに、アンコウエンは他領地とは違って閉鎖的だ。だから、お前らは僕のことを男だと勘違いしたままだったんだろう」
皆が木彫り像の前で足を止める中、エンタクは長髪を揺らしながら、一人で歩いていく。
物事の因果を理解しておきながら、その実、自身に関する事でも周章としない。俯瞰的と言えばいいのだろうか。
彼女の端倪は、シュウにとっては深すぎて計り知れない。
「嬉しいです! エンタク様の佳麗さを、傾国の美しさを、僕たちぐらいしか知らないってことですから!! エンタク様を独り占めです!!」
「いいこと言うじゃない眼鏡! エンタク様を独り占め! 最高の響きね!! うへへ!」
麗句を語りながら走り出す眼鏡青年に、眼鏡女性も便乗して走り出す。エンタクに追いついた二人は、そのまま彼女を随伴。その二人のしつこさに、エンタクは「そういうのいい、マジキモイ」と、今度はマジな嫌悪感を露わにした。
「「何言ってるんですかエンタク様!」」
声を荒くして、眼鏡男女は視線を落としながらエンタクへと近寄る。そして、
「僕たち」「私たち」
「「気持ち悪いのは平常運転ですよ!! 罵倒は寧ろご褒美です!!」」
歓然と目を輝かせて、気持ちが悪いことこの上ない発言をした。
とことんつまらない事を聞いたエンタクは、不意に立ち止まった。それから「へぇ」と力の抜けた声を出して振り返り、
「よし、じゃあ左遷だな」
「「誠に申し訳ございません!!」」
その冷酷無比な対処に、眼鏡男女は深々と腰を曲げて、丁寧な謝罪を入れた。
舌の根が乾かない内の翻しだ。余りのダサさには才能すら感じられる。
「あはは、凄くキャラが濃そうな二人ね……」
突起したキャラの濃さにミレナは引きつった笑みを浮かべて、こめかみをポリポリと掻く。シュウも「そう、だな……」と顔を引きつらせて笑った。
周りにいたリフとフィアン、グーダ、アリスも同意するように笑う。その中、ローレンだけは「お美しい」と、相も変わらずエンタクに見惚れていた。
全員を無視するように、エンタクはそそくさと一人で歩き始める。その背中を、眼鏡男女は喜びながら続いていく。シュウ達も歩き始める。
窓の外から入り込む陽光に、肌を焼かれながら歩いて数十秒。
エンタクは折り畳み式の両開きドアの前で止まった。瞬刻、眼鏡男女はエンタクに指示されてもいないのに、ドアを欣然と能動的に開けてみせた。
エンタクの役に立てることが、相当嬉しいのだろう。
「さて、着いたぞ。ここが客室だ。僕は上座下座の風習は好まなくてな。お前らが気に入らないなら変えるが、どうする?」
エンタクの可否に対し、シュウ達は互いの顔を見合った。特に反論する者もいなく、
「いいえ、大丈夫です。そのままで問題ありません」
と、フィアンが代表して答えた。
「そうか、ならそのままで頼むよ。それはそうと、お前の背で気絶しているそいつは、話に参加するのか?」
エンタクがそう言って指を差したのは、グーダの背中で気絶したリメアだ。
「若頭は話し合いに参加する予定だったんすけど、起きそうにないので……」
グーダはばつが悪そうに、エンタクを見る。
ここまで来て目を覚まさないのであれば、リメアの脱落は確定だ。彼の知識は必要不可欠なのだが、こればかりは仕方がない。
「そうなると、リメア殿はどうしましょうか?」
「なら、俺が運ぶぜ」
リメアの脱落が確定したことで、フィアンが彼をどうするか議論を求めようとすると、藪から棒に幼い声が聴こえてきた。
シュウ達は前方——曲がり角の奥を見やると、青髪でつり目が特徴的な少年が姿を現した。
「ハオガキじゃん。なにぃ? エンタク様に気に入られようとしてんの?」
「チゲェよ! ローコが手伝えってうるせぇから! 嫌々来たんだ!」
突如とした少年の登場に、眼鏡女性は目を細めながら彼を弄る。弄られる少年は顔を憤然とさせながら、眼鏡女性に指を差して反論する。
そうやって躍起になって否定する少年に、眼鏡青年は嘆息。首を振りながら、
「相変わらず分かり易いですね。ハオは……」
「うっせぇ! 希少できしょい童貞処女コンビ!!」
馬鹿にされた少年は、ポケットの中に入れていた手を出して眼鏡男女へと指を差した。
その刺々しい言葉に、眼鏡男女は怒りの表情で、
「「あ?」」
声と顔がマジの怒り方だ。少年は冷や汗をかきながら、
「あ、いや……かっこよくて美しい、お兄ちゃんお姉ちゃん。その人は、俺が隣の部屋で、寝かせて、おきます……」
眼鏡男女の機嫌がよくなる言葉を並べた。キレると怖いタイプである。
ふと、少年の手が傷だらけになっているのをシュウは目の端で捉えた。何か、あったのだろうか。
「その人、俺が運ぶんで……いい、ですか?」
「お、おう……」
横目で眼鏡男女を窺いながら二人の前を通り、少年はグーダの元まで歩く。それからグーダにリメアを渡してくれと催促した。
グーダはたどたどしくしながら、彼にリメアを渡した。
受け取ると、少年は眼鏡男女から逃げるように走り、横にある部屋の中へと入っていった。
それを見ていたシュウ達の心境は『二人のコンプレックスには、触れないでおこう。うん!』である。
「じゃあ、一先ず中で待っていてくれ。僕は、この服装が話し合いに不適切だと思うから、着替えてくる。適当に崩して待ってていいよ」
そう言う、エンタクの服装は確かに不適切だ。一言でいうと淫猥である。
真面目な話をする為に、布面積の多い服に着替えてもらえるなら、そうしてもらおう。
エンタクは廊下の奥まで歩き、曲がり角を曲がって姿を消した。
「エンタク様! この間新調したやつ、それにしましょう!!」
「うん、分かった。それにするか」
「僕はお茶を入れてきます!」
眼鏡男女もそうやって顔を明るくしながら、エンタクの後を追って曲がり角の奥へと消えていった。
エンタクは服の選定を男女に任せたのだろうか。或いは、男女が能動的にしているのか。十中八九、後者だとは思う。
姿を消したエンタク——廊下の奥を見て、ローレンは「凄くよかったのに……」と、ため息をこぼす。女性陣はその隠す気のない行動に、彼を忌避の目で見た。
こいつは面倒が過ぎる。出来るだけ、奇抜な被服でないことを希う。
「何か緊迫した感じになると思ってたけど、結構、その、なんていうか、柔和よね……」
「確かにな……」
共感を求めてくるミレナに、シュウは呆然と答えた。
姿が見えなくなった後も、曲がり角の奥から「ハァイ!」と、朗々とした声が聴こえてくる。シュウとミレナ以外の者も、想像していたイメージとの差異に困惑しているようだ。
表すなら『嵐が去った後の荒れ地に立っている』だろう。
エンタクと会うまでは、謹厳実直を体現した存在だと思っていたが、まさかここまで差異があったとは。先入観恐るべしだ。
「入りますか……」
リフのセリフに、シュウ達は用意された客室の中へ入った。
ミレナは「座布団だ!」と言って、一番前に出ると、四掛ける二列に敷かれた座布団——左前に敷かれた座布団に座った。
ミレナに続いて、シュウ達も座布団に座ろうとしたが、彼女以外の六人は座布団の前で足を止める。それは、
「前は四人、後ろを三人にしますか」
誰が何処に座るかだ。
リフの勧めに異議を唱える者はいず、最初にローレンが「では私は前へ」と言って前列右中央へ。
二番目にアリスが「それならば、私も前へ。こいつが暴走しないようにします」と、ローレンの右側に座った。
三番目にグーダが「俺は後ろだな!」と、ミレナの後ろに座った。
前三つに後ろ一つ。シュウは自身の適所は後ろだと踏むと、
「まぁ俺も、後ろかな」
「いや、僕はイエギク君が前でいいと思うよ」
グーダの横に座ろうとした時、リフがシュウを止めた。
シュウはリフに「え? 俺っすか?」と、惚けた声で訊き返してしまう。それでもリフは、自信を持った顔で頷き、
「君は機転が利くし、適切だと思う」
大役を任されてしまった。ただ、こっぱずかしいが嫌ではない。
そして、シュウの背中を後押しするようにミレナが「私もそう思う!」と言い、重ねて「異議なしです」とフィアンが続く。
ここまで言われては、辞退する訳にもいかない。
シュウは前に座ろうと座布団を踏むと、
「私は断固拒否します。悪がうつりそうですから……」
力を失った神将様が水を指してきた。
横に座っていたアリスが彼の耳を「お前は黙ってろ」と言って、力強く引っ張る。痛みに声を荒げるローレンは、そのままアリスに抑止させられた。
断固拒否などと発言する奴の横に座るのは、罰ゲームなのではなかろうか。
シュウはそう胸中で述懐しながら、座布団に座った。
「何か、暇ね」
ミレナの発言から手持無沙汰を解消する為に、座布団がらみで絹の話が始まった。
座布団の中綿が絹であるやら、中央都の方の中綿は綿であるやら、初代クェンサの皇帝は、絹が高すぎると絹製品の使用を固く禁じた、などなど。
丁度、絹についての話を終えると、廊下の奥から足音が聴こえてきた。
「待たせて悪かった」
「アンコウエン特産の白茶です」
「ついでに私達も同席しますね」
そう言って、中華風の被服に着替えたエンタク。盆の上に人数分のお茶——互いに五つずつ持った眼鏡男女が、客室に戻ってきた。
これが普段着なのだろうか。布面積は多くなったのだが、もう少しだけ慎ましさをアップしてほしい。
ローレンが暴走しそうだ。だが、シュウの憂慮は酷薄にも崩れ去ることになった。
瞑目して「そのお姿も、お美しい」と、感涙しているローレン。
嘆息だ。煩わしさが沸点に達しそうである。
そんなシュウの心境など、露ほども知らないであろうエンタクは一束に纏めあげた後ろ髪を、お尻で踏まないようにしながら座った。
眼鏡男女も各々へお茶を渡し、エンタクの左右へと座る。
「それじゃあ、始めようか。お前らが僕を仲間にしたい、その思いの丈を聞かしてもらおう……」
「「「…………」」」
厳かなエンタクの言葉。緩んでいた空気が、緊張の空気によって併呑された。
シュウは自身に言い聞かせることなく、自然と精神統一していた。どうやら、他も同じのようだ。
いよいよ、始まる。
『説得……本当に、それだけで……?』
今考えるべきは、そのことではない。必ず説得して、エンタクを仲間に加えてみせる。
——シュウはそうやって、かの日の夜に抱いた不安を塗り潰すように臨んだ。
エッチな給仕服を着て、シュウ達の前に出てしまったエンタクの心境
「あ、やべ……忘れてた」




