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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
50/113

第17話 夢で

 木々を揺らして飛んだ三つの影は、円を描きながら空を舞った。


「なんだ!? でけぇのが飛びやがったぞ!!」


 舞い上がっていく三つの影を見て、グーダが目を大きく開いておどおどする。他のメンバーも三つの影を見て大きく口を開けた。

 羽ばたく音は、通常の鳥類のそれではない。大きな翼を有し、並外れた身体は偉躯だ。その場にいたローガ以外の者達は、瞬時に魔獣だと理解して身構えた。


「安心せい。こやつらはワシが調伏しておる、鳥の魔獣じゃ」


 反射的に身構えた彼らを諭すように、ローガはグーダの肩に手を置いて言った。彼が手を叩くと、三つの影——鳥の魔獣はゆっくりと地面に降り、綺麗に横に並んだ。


「これほどのモノを調伏しているとは……」


「筆舌に尽くしがたし、ですね」


 一歩後ずさり、鳥の魔獣をフィアンとリフは恐怖の目で見る。


 体長六、七メートルはあるであろう巨大な鳥の魔獣だ。体毛は赤茶で風切の白い羽が、肩羽にかけて赤くなっている。くちばしと鉤爪は巨大で鋭く、瞳はつぶらだ。

 形容するなら、鳥類のアルゲンタヴィスといったところである。


——というか、それにしか見えねぇ……


「凄いじゃろ。名前は、ピヨミ。ピヨジ。ピヨゴの三姉弟じゃ」


 紹介された鳥の魔獣達は、呼ばれた順に「ピヨ」と声を出して反応する。

 ツッコミを入れて欲しいと言わんばかりの可愛らしい名前だ。事実、ミレナが「ぴ、ピヨ?」と、ローガへ言外に質問した。


「えぇ、右から長女のピヨミ。長男の——」


「そうじゃなくって、名前が……」


「あぁ、そういうことですか。こやつらの名前は、エンタク様が名付けられたのです。見た目が巨躯な故に、名は愛嬌あるものにするのだと。そうすることで、魔獣と人類の軋轢を少しでも無くすと仰っていました……因みにピヨというのは、こやつらの鳴き声からとったそうです」


 噛み合わなかった会話にミレナが指摘すると、ローガはどういった経緯で名が付けられたのか詳述する。

 巨大な体で名前までもが険しいとなると、来るもの寄せ付けないイメージが強くなるのは確かだ。

 ミレナが「だから、ピヨねぇ……」と、違和感満載な苦笑いで呟いたのも理解できる。

 いやまぁ、所詮名前と言われればそれで終わりなのだが。


「魔獣と人類の、軋轢あつれきか……」


 シュウはそう呟いて、引っ掛かりを覚えた。それは、元騎士のリフ含む、騎士四人を見て確証に昇華される。


 今まで、神人のエンタクばかりに目を向けていた所為で、人類にとって魔獣とは敵そのものであることを失念していた。

 そして、その敵から民衆を護るのが騎士だ。


 過去のミレナも、


『駆け出しの商人とか、若い狩猟者とか、旅慣れしてない人とか、新人の騎士とか……魔法に心得のある子でも、野宿中に魔吸虫にオドを吸われて、魔獣に食い荒らされるって事件は後を絶たないわ』


 と、魔獣によって殺された者の話をしていた。

 

 鬱屈うっくつとした空気が、少しだけ沈黙の空気を生む。髭を弄っているローガは、少しだけ楽しげだ。


「あの、空からではなく、陸地での移動はできないんですか? 私、実は高所が苦手で……」


 鬱屈とした空気を崩したのはリメアだ。彼はローガの前に不服そうな表情で出てくると、高所恐怖症であることを暴露した。

 どうやら、周りのことを憂いて行動した訳ではなさそうだ。が、


「他の魔獣は朝食をとっておっての。今空いているのがこやつらだけでな。すまんが、我慢してくれ」


 リメアの願い出は虚しく却下されてしまった。

 他に空いているのが居ないのであれば、我慢せざるを得ない。


「そうですか。はい……はい、分かりました」


 下を向いて、呪文のように呟いているリメアの表情は暗くなっている。「リメア可哀想」と憐れむミレナと同じく、シュウも同情することしかできない。

 

「では、誰がどやつに乗るか、三人三組になるように割り振ってくれ。ワシは余った二人に乗る」


 指示を送るローガに、ミレナとシュウ、グーダ、打ちひしがれているリメアがこくりと頷く。遅れてリフとフィアン、アリスが頷く。ローレンは黙ったままだ。


 シュウ達は互いに見合うと、自然に三人一組になるように別れた。

 無言で割り振りが決まると、打ちひしがれているリメアではなく代わりとしてフィアンがローガの元へ。


「決まりました。私とリメア殿にグーダ君の組。ミレナ様にイエギク殿、ゲッケイジの組。アリスとアメニアの組で」


「分かった。なら、ワシはぬしら二人の所じゃな」


 報告を受けたローガは、鳥の魔獣——ピヨジの前まで歩き、数メートル跳躍して背中に乗った。それから、アリスとローレンに乗るように手招き。

 二人は少し遅疑しつつも、『騎士故に』と己を殺すように背中に乗った。


 二人の行動を見ていたリフとフィアンも、翻然ほんぜんと深呼吸する。


 先にピヨゴに乗ったのはリメアの組だ。

 

 打ちひしがれていたリメアの手をグーダが強引に引き、ピヨゴの前まで連れて行く。右にグーダ、左にフィアンが乗り、二人が手を伸ばしてリメアを乗せようと急かす。

 数秒間の静寂。唾を飲み込み、意を決したリメアは二人の手を取って背中に乗った。


「いいか、若頭。下は見るんじゃないぞ。俺か、フィアンのねぇちゃんの目を見るんだ。分かったな?」


「ハイ。ダイジョウブ、デス」


 乗って早々、汗を掻いているリメアにグーダが彼の目を見ながら注意喚起する。それを受けたリメアは、分かっているのかいないのか、声と表情が固まったままだ。

 グーダとフィアンの顔が焦燥で歪んでしまうのも仕方がない。


「おい、なんか片言だぞ。ほんとに大丈夫か?」


「気を抜いて、無心になるのです。リメア殿」


「ハイ」


 再度、注意喚起をする二人の顔が白くなったかどうかは彼らのみぞ知るところ。


 最後にシュウの組だが、こちらは何事もなくピヨミの背中に乗った。


「皆乗ったか?」


 安全確認するローガの顔を見て、全員が怜悧な目で頷いた。


「うむ。しっかり掴まり、こやつらに身を任しておれば、落ちることは決して無い……では、準備はいいな?」


 最後の確認だ。各組の代表者が声を出して、確認終了の合図となる。そして、 


「行くぞ!!」


「「「ピョェェェェェ!!!」」」


 ——空を飛んだ。


「う、うわぁぁ!? ひぃぃぃ!!」


「行けェェ! エンタクの元までひとっ飛びぃ!!」


 九名中二名が、空の旅の興奮に声を抑えられない。一名は恐慌によって声を荒げ、もう一名は右拳を天に突き出して声を荒げる。当然、前者はリメアで後者はミレナである。


 そうして、空の旅が始まった。

 ローガの組を先頭に、トライアングルの形で飛んでいく。


 先頭にいるローガの組から。


「ローガ殿は、その場所で大丈夫なのですか!?」


 心配に思ったアリスが、ローガに声を掛けた。しかし、彼は『そんなことか』と言うように笑い、


「こやつに乗って何年目じゃと思っておる。心配せんでも大丈夫じゃわい。カカカ!」


 笑って年の功を見せつけるローガに、アリスも釣られて笑うが、気持ちの籠っていない笑い方だ。

 それもそのはず。ローガはピヨジに掴まらず、立ったまま背中で手を組んでいるのだ。誤って落ちてしまえば、笑い話にならない死亡事故だ。


 アリスは胸中で『笑えないんだけど!?』とツッコミを入れた。


「因みに、何年か訊いてもよろしいですか?」


 一方、ローレンは興味ありの顔でローガにその研鑽けんさんの年月を訊ねた。

 現在、神将の力を失ったローレンにとって、技術を身に着けるのは最優先事項だ。故に、ローガの技術に少しでもあやかりたいと思ったわけだ。

 魔獣を調伏できるのなら、喉から手が出るほどだ。


「十年と半じゃ」


 だが、帰って来た答えは焦りを、更に深めるものだった。


「……かなり長いんですね!」


 ローレンは幾許かの時間を置き、ローガに言葉を返した。


「まぁな……言っておくが、エンタク様とは比較にならんからの。ワシもまだまだ子供じゃよ」


 分かり易く落ち込んでいる彼を追い込むように——いや、ローガは故意に追い込ませる。

 自らの弱さに葛藤している少年を見る様は、悪魔のようだ。


 『分かり易いガキじゃ』とローガは髭を弄った。


 ローガが描いたローレンの心象は、その性質を完璧に捉えていた。

 結果ローガの嫌がらせは、ローレンを的確に落ち込ませることになる。ただ、ローガは何も考えずにいじめを働いている訳ではない。敢えて、相手が落ち込むようにいじめることで成長を促しているのだ。

 立ち直れず、落ち込んだままなら徒労。立ち直り、成長すれば僥倖ぎょうこう


 要はジジイの気まぐれである。


 次は左側後方を飛ぶリメアの組へ。

 顔色の悪いリメアを、グーダとフィアンが左右から支える形になっている。

 

「落ち着け若頭! 暴れるな!! マジでおちっぞ!!」


「わ、わわわわわ! わかってますぅぅぅぅぅ!!!」


 息を荒く、目をくらくらさせているリメア。その彼の背中を、グーダが横から叩いて平静を保つように勧告する。

 だが効果は短く、根本的な解決にはなっていない。寧ろ、時間が進むにつれて、恐怖症の症状が悪化しつつある。


「ピョヨ! ピヨェェ!?」


 今まで、数多の者を背中に乗せたであろうピヨゴも、リメアの錯乱にはバランスを崩してしまう。マジで落ちる寸前だ。


「おちぃ!? るぅ! り、リメア殿! いいですか!? 私の目を見て、深呼吸をしてください!」


 崩れた体勢を元に戻したフィアンが、リメアの顔を掴んで目を合わせた。指示された通りリメアは深呼吸するが、またしても途中から「ぁ、ぃぁ、いやぁぁぁぁ」と目を回して、恐怖症の症状が表に出てきてしまう。


 フィアンの顔が、一瞬暗くなった。次の瞬間、フィアンは「ごめんなさい」と一言謝り、


「——ッ!? うげぇっ」


 手刀によってリメアを気絶させた。

 このまま暴れられては、三人の命に関わって来る。フィアンはそう判断したのだ。

 グーダから吃驚の目で見られるフィアンは、気まずさを払うように咳払いして、


「申し訳ないですが、断腸の思いで眠ってもらいました」


「いや、最良だぜフィアンのねぇちゃん。まさか若頭が、これほど高所が苦手だったなんて、知らなかったぜ。ナイス断腸だ」


 説明されたグーダは流石に仕方が無いとサムズアップ。これは本当にナイス断腸である。


「大丈夫!?」


「はい! 危険なので、少しだけ眠ってもらいました!!」


 右側後方を飛んでいるミレナが、何かあったフィアン達に安否の確認をする。声を掛けられたフィアンは、リメアが落ちないように身体を紐でくくりつけながら、ミレナに簡略報告した。


「分かったわ! 気を付けてね!」


 ミレナが返事を返して、そのまま彼女の組へ。


「ミレナは大丈夫か?」


 リメア達のやり取りを横目で見ていたシュウは、ミレナの顔色を窺った。憂慮を向けられたミレナは「大丈夫」と前置きすると、ピヨミの背中を優しく摩って、


「この子から安心しろって感情が伝わってくるの。だから心配ないわ。エンタクやローガが良いご主人様だからなのかもね」


 ピヨミの背中の体毛に顔をうずめ、風に髪の毛を靡かせながら、ミレナは深呼吸する。そのふわふわした居心地の良さを堪能すると、彼女は顔を上げてシュウに嫣然えんぜんと笑いかけた。


 心配なんていらないわよってか。


「てか、私は動じてないシュウに驚きなんだけど。普通過ぎじゃない?」


「そんなに、驚くようなことか?」


「それは驚くわよ。私はエルフだから、高い所も慣れてるし、この子に乗ることへの忌避はないけど、シュウは普通の男の子じゃん? だけど、全然大丈夫そうじゃん」


「生憎、俺は高いとこが好きでな。それに、こうやって鳥の背中に乗って空を飛ぶのは、新鮮で気持ちがいいんだよ」


「へぇ~何だか複雑……」


 何故か納得がいっていない顔をするミレナに、シュウは率直に胸の内をさらけ出す。その言葉を聞くとミレナは顔を怫然とさせて、そっぽを向いてしまった。

 何かお気に召さなかったらしい。大体は想像がつくが。ただ嘘を吐くわけにもいかない。


 元の世界でゲームは全く触れたことがなかったが、多くの者がゲームのように空を飛びたいと思ったことはあるだろう。それが叶ってしまったのだ。

 巨大な鳥の上に乗って空を飛び、仲間と旅をする。最高の体験だ。


 自分以外の者でも、良い感懐を抱いていただろう。


「リフは、苦手そうね」


「は、はい。僕は、しがみ付くので精一杯ですね……」


 無言でいるリフにミレナが声を掛ける。その彼女にリフは平静を繕ったような顔で答えた。


「あはは、顔を見れば一目瞭然ね。困ったときは私を頼りなさいね。後シュウにも」


「お二人の手を、煩わせることがないように、します」


 恐らく年長者ムーブを決めたかったのだろう。満足そうな顔つきをしている。


 現在シュウ達は百メートルの高さを滑空している。飛び立った街の大きさはもう握り拳程度だ。

 ローガの言った通り、地形に沿って移動する馬車より、地形を無視して移動できる空での移動の方が確かに早い。土魔法を使って高速移動する馬車も便利は便利だが、その分事故のリスクも大きい。ジッケルの森を抜ける際の事故がそうだった。

 周りを警戒しやすいというのもいい。


「見てシュウ。あれ土楼どろうって奴じゃない?」


 唐突にミレナが右側前方に見える丸い円柱の建物を指さした。バウムクーヘンのように、中心がくり抜かれたようになっている建物だ。

 異世界であるからか、やはり建物は大きめだ。


「そうだな。結構でかくないか」


「ね。小さい要塞みたい。あ、でも人も住んでるわよ」


「農民の集合住宅って感じか?」


「多分そうじゃない? 田畑が近くに見えるし、他の領地もアンコウエンみたいになったらなぁ」


 ミレナの言葉通り、建物周辺には田畑が点在している。農作業に勤しむ者もだ。魔獣と共存しているだけで、これほどに生活区域が増えるとは。リメアの言った土地の所有権云々の話は、出鱈目ではない。

 アンコウエンなら、野宿しても魔獣に襲われることは無いだろう。




 そんな世間話をして一時間。

 ついて行くので精一杯であったリフも、空の旅に慣れ始めていた。蒸し暑い空気に、時折吹き付ける風は心地が良い。


「見えて来たぞ」


 下を向いて街の景色を眺めていた全員が、ローガの声で前を向いた。正面には、仙境が如く林立する急勾配の山が見える。


「正面に山があるじゃろ? あそこがエンタク様が住まわれる紅炎卓こうえんたくじゃ」


 ローガはその山の中でも、ひと際目立った山——水墨画の一枚からくり抜かれたような山を指差した。剥き出しになった岩肌と、そこに根を張る樹木。それらを包む雲は、自然が生み出した神秘と言えるだろう。


「こうえんたく? とはどういった意味で?」


 『こうえんたく』という聞いたことのない言葉に、ローレンが顔を上げて言葉の意味を問う。問われたローガは誇らしげに髭を弄り、


「紅のように赤い炎で、他の有象無象よりも抜きんでているという意味じゃ。エンタク様からつけられた名じゃよ」


 紅蓮の神仙と言われていることも然り、なぜ紅のように赤い炎なのかは想像の域を逸しない。

 

 紅蓮。紅のように赤い炎の見た目なのか、それに準ずるものを扱うのか、それとも紅炎卓という建物がそうなのか。或いは全てか。


 今までの異世界人生で目を丸くするような体験は何回かした。ミレナの併合魔法フィンブルに、魔霧という災害。そして、レイキの神位に近い光魔法などだ。

 実力不足を感じることは多々あったが、それでも届かないとは思わなかった。これら以上の存在として君臨しているのが神人のエンタク。本来なら争い合うはずの魔獣を調伏し、人類との共存を実現している傑物だ。


 ——届かない。

 

 想像でしかないエンタクと、死ぬような思いをさせられた敵。それでもシュウは、エンタクが他を置いて抜きんでていると思惟した。


「何か真剣なこと考えてるでしょ」


「エンタク様がどれくらいすげぇのか。考えてたとこだ」


 袖を引っ張ってくるミレナに現実へ引き戻されたシュウは、顎に当てがっていた手を降ろして言った。

 すると彼女は「凄そうって思ったでしょ?」と慧眼けいがんなことを言ってみせる。シュウは素直に「よくわかったな」とミレナを褒めようとしたが、周りを見て、


「いや、みんなそうか」


「これから会う人が、他の有象無象よりも抜きんでている。なんて言われたら、反射的に考えちゃうわよね」


 シュウはそうだな、と首肯した。ミレナの横にいるリフも、前を飛んでいるローレンとアリスも、リメアを落とさないように二人係で掴むグーダとフィアンもだ。

 蛇足で、エンタクにマイナス思考は抱いていないだろうことも。


「さて、ここからは歩いて行くぞ」


 鳥の魔獣三匹が、ローガから指示を受けたように——否、確実に指示を受けている。高度が下がっていっているのだ。

 疑念を声にしようとした時だ。


「何故、このまま飛んで行かないのですか?」


 ナイスタイミングだ。ローガと共に飛んでいるローレンがざっくばらんに質問を投げた。

 飛べるのに、なぜわざわざ陸から登攀するのか。重ねて早いという理由で、馬車ではなく鳥の魔獣を選んだのだ。婉曲迂遠えんきょくうえんでしかない。そう思索した時、


「ならワシはこう問い返そう。おぬしは正門からではなく、壁を越えて敷居をまたぐのか?」


 答えは単純。それとこれとは違うということだ。振り返ってみれば、だからこそとも言える。短慮だった。その言葉に尽きる。


 疑問符を浮かべていた全員が、ローガの言葉に押し黙った。疑問を投げたローレンだけが、少し遅れて「いえ! そんなことは、決して!」と、返事をした。

 ローガは分かれば良いと首を縦に振り、


「じゃろうて。自らの足で階段を登り、正門から敷居をまたぐのが礼節あるやり方じゃ。ま、エンタク様の自動索敵に引っ掛かるという理由もあるがの」


 誰もが口を噤み、ローガに異を唱える者はいなかった。

 そのまま降下。そしてシュウ達は、異世界文字が彫られた石碑の前に降りた。エンザンのふもとだ。


 ローガを除いた全員が、紅炎卓が建っているエンザンを見上げた。前に見える長い石造りの階段は、この世界観とは似つかない無骨なコンクリートのようだ。

 

「これを登っていくのか」


「長さにして、約九町。数にして約五千と言ったところじゃ」


 呟いたシュウに、ローガが横から階段の長さについて話す。


 五千段という耳を疑う数と、約九町——千メートルの高さ。疑ったが、自分は余裕で行ける。ミレナも同様だろう。リフと騎士三人組は大丈夫だと信じたい。唯一気になるのが、リメアを背負っているグーダだ。

 リメアを背負ってでも登攀できる自負はある。グーダの事を慮ったシュウは、


「グーダ。もしよかったら、俺がリメアさん背負って行くが」


「何言ってんだよイエギクのにぃ。俺は一応、若頭の護衛役だぜ。でもまぁ、疲れた時は頼むわ」


 自信満々の解顔かいがんだ。そこまで言われたら、任せるしかない。もし頼まれたら、全力でサポートしよう。

 

「では登ろうか」




※ ※ ※ ※ ※ ※



 長い長い階段を登って数時間。肌の体感は秋を思わせる程に冷えた。


「正門! 赤いの見えて来たわよ!」


 赤色の建物が見えてくると、ミレナは指を差す。それから、跳躍して二十段ほど階段を登った。シュウも彼女を追いかけるように跳躍して、階段を登る。下を見て、


「結構登って来たんだな」

 

 景色を眺めながら、そう呟いた。


 まだ下にいるメンバーを見て、全員の体調確認だ。

 ミレナとシュウ、ローガの三人は良好。息も切れていない。ローレンを除いて、騎士の二人とリフは普通そうだ。掻いた汗を拭って一息ついている。リメアを背負っていたグーダと、中途『失態です。神剣の恩恵にかまけていました』と、言っていたローレンは悄然としている。

 

 水を飲み干したグーダは「よっしゃ! あと少しだ!」と、気力を奮い立たせた。そのまま早足で階段を登り、彼は体調確認を済ませたシュウの横まで来た。

 因みに、水はミレナのアクアである。


「イエギクのにぃ、残りは俺が背負ってくよ。若頭貸してくれ」


 現在、リメアはシュウの背中の上だ。大体、四千弱ほどはシュウがリメアを背負って登っていた。

 恐らく、グーダはそのことに負い目を感じているのだ。


「おう。転ぶんじゃねぇぞ」


 シュウは花を持たせてやろうと、リメアを彼に渡した。


「馬鹿にすんなって」


 額から汗を流して、グーダは頬を弛緩させる。残り僅かの段数だ。誤って転落することもないだろう。


「女性の、膝枕が、ほしい」


「お前は、疲れているのかいつも通りなのか、どっちなんだ?」


 息を切らし、訥弁とつべんと欲望を呟くローレン。その彼にアリスは水分補給をした後、辛辣なツッコミを入れた。

 横ではフィアンが「ここまで体力が落ちていたとは……」と、膝に手を置いて自省の言葉を吐く。同様にリフも「これでは護衛の名折れだ……」と共感の一言を吐いた。


 護衛するはずのミレナが自身よりも体力があったとなれば、反省したくなるのも頷ける。

 

「小憩を取るなら、正門前に長椅子がある。そこで休むといいぞ」


「残り百くらいだから、みんな頑張って!」


 ローガとミレナの言葉に鼓舞された騎士三人とリフは「はい!」と、快活な返事をして気合を入れ直した。

 内一名はミレナに元気づけられたと言った方がいいか。当然、ローレンだ。全く、女に目がない。


「おぬしとエルフ様は見込みがありますな」


 マイペースで登り続けていたローガは、上にいたシュウとミレナに追いつくや否やそう言った。

 その言葉に対しミレナは小さい胸を張って、


「当然! これくらいじゃ根を上げないもんねぇ」


 誇らかな顔で自慢してみせた。


 それにしてもこのジジイは何者なのだろうか。

 ミレナはエルフ故に体力がある。自分に体力があるのも魔術の力があるからだ。しかし、このジジイは年老いていてリフ達と変わらない人間のはずだ。だのに、一息も付いていない。

 リフが言っていた最高位のアダマントが使える土魔法師なのだろうか。もし、エンタクを仲間にすることが出来たのなら、その因果を訊いてみたいものだ。


 そう思考を巡らせながら残りの階段を登り切り、シュウとミレナは赤い正門を前に立ち止まった。


 シュウがベンチに座らず待ってから数秒。遅れて来たグーダとリフ、騎士三人は「やっと……着いた」と、憔悴しょうすいを露わにした。

 グーダは階段に腰を落とし、リフと騎士の三人は長椅子まで歩き、座った。


 その直後、ローレンだけが椅子から立ち上がり、


「悪の気配! 建物の上だ! 魔獣です!!」


 彼の言葉に、ローガ以外の視線が正門上の方へと集まる。その先には、屋根裏に潜む太くて長い黒色の影が。

 正門上を見た全員が『拙い』と思ったはずだ。事実、反射的に身構えたのがそのことを証明している。


「何故ここに!? もしや私たちが疲労した時を狙って!」


「待って神将君!! その子は多分、大丈夫よ」


 最初に気付いたローレンは神剣ではない通常の剣を抜いて、魔法を放とうと剣にオドを流し込む。しかし、眉を顰めたミレナが彼に制止の言葉を掛けた。

 オドの流動を止めるローレン。一拍の静寂。そこに「流石エルフ様」と、音が差し込まれた。ローガだ。


「こやつの名はシュルナ。エンタク様が調伏している中でも、上位に位置する、蛇の魔獣じゃ。こやつ含め四匹、敷地外周辺を護っておる。先刻、エンタク様の自動索敵に触れると言ったじゃろ? 正門から入らないと、こやつらが襲い掛かって来るようになっておるんじゃ」


「因みに、どれほどの強さで?」


 ぽつりと、リフが問う。ローガはその不安げな顔をする彼と、同様の疑問を抱いていた者達に対して、嘲謔ちょうぎゃくするように「ん? そうさな…」と髭を弄り、


「少なくとも、おぬしがまともにやり合っても歯が立たないくらいには、強いかの……」75


 問うたリフは言うまでもなく、彼以外の者もローガの言葉に息を呑んだ。

 シュウは恐る恐ると、黒い影——蛇の魔獣を見上げる。全長は、今まで見て来た魔獣達を上回っている。額から頬へと、汗が滴った。


 リフでも歯が立たないとなると、現メンバーの中で善戦が出来るのはミレナだけだろう。いや、それは浅薄かもしれない。先手を取られれば、ミレナでさえも負けてしまう。

 もし正門からではなく、飛び越えたり壁を壊したりして敷地内に入ろうとしていたら。肝っ玉が冷えすぎて、凍死しそうだ。


「ローガ、もしかして、この子って神獣に近いんじゃないの?」


「はい。かつては神獣が敷地外を護っていたそうですが、エンタク様に反する神人に滅されてしまったそうです」


 どうしてか、一人だけ冷静でいたミレナがローガに問いかけた。彼は蛇の魔獣——シュルナを見ながら、淡白に答える。


 シュウは目を見開いた。少なくとも良い考えなど抱けないはずなのに、唯一ミレナだけは泰然たいぜんとしているのだ。

 その彼女を見て、シュウも冷静にさせられた。そして、思考を巡らせる。


「神獣って、何か訊いていいか?」


 シュウはミレナに近づき、周りに聞こえないように屈んで問う。ミレナは「ん、えっとね」と考えるように声を出し、


「私達人類とか動物が魔法を使えるのは、神の血を引いているからでしょ? それで、神人は神の血を多く引いてる者のことをいう。なら、動物が神の血を多く引いていたら? もう分かったでしょ」

 

「だから、神の獣ってわけか。神獣も神人みたいに長命なんだよな?」


「だと思うわ。でも、神獣は神人よりも隠逸いんいつ? 隠遁いんとん? 隠れ住むことが多いから、どれくらいの長さなのかは分かっていないらしいわよ」


 ということは、神獣に近いシュルナも長生きできるのだろう。そんなことより、神獣に近いと見抜けたミレナの洞察力には感嘆だ。共感覚によって悟ったのだろうか。或いは、その目敏さで見抜いたのか。

 そこに、先ほどの行動の真意が眠っていそうだ。


「こんにちわ。シュルナ」


 ミレナはシュウから離れると、シュルナの真下まで移動する。彼女が手を振ると、シュルナは正門上からスルスルと壁を伝って降りてきた。それから、舌をちろちろと出しながら、ミレナに近寄っていく。


「シュル、リシュルリリシュリ」


「や、冷たい……くすぐったいってば、あはは!」


 犬が飼い主へと甘えるように、シュルナはミレナを包み込んで彼女の身体に頭を擦りつける。それをミレナは快然と受け入れている。


 見方が変われば、人を逃げられないように身体で包み込んだ後、頭から飲み込もうと顔を近づけた。

 そう見えるだろう。ただ現実は、シュウが思い描いた先入観とは相反する温柔なやり取りをしている。

 普段は天然なミレナだが、時折見せる豪胆な部分は驚かされてばかりだ。


「気に入られたようですな」


 ローガも同じ感想らしい。流石年長者さま——、


「シュウも触られてみる?」


「え? 俺もか?」


 褒めようとしたシュウは、ミレナの提言に気持ちを削減させられた。


「あ、もしかして怖い?」


「そりゃ怖いわ」


「えぇ、シュウの弱虫ぃ」


 追撃の言葉。にんまりと嘲笑する顔で完全に褒める気が消失した。


「もう弱虫でいいです」


——たりめぇだろうが! 一歩間違えたら絞め殺されっぞ!!


 シュウは心で叫び、首の後ろに手を置いて嘆息する。割合は天然が九十パーセントだ。


「休憩は取れたな? 中に入るぞ」


 そうして和みつつ、小憩も取れた頃合。ローガは前に出て正門を抜けていく。シュウ達も互いに顔を見て確認し合うと、正門を潜って中に入った。


「すっご! 中もひろぉぉい!」


 長耳をピクリと跳ねさせて、ミレナは叫びながら石タイルの上を走り抜ける。前を歩くローガを追い越し、彼女は中央で止まった。

 ミレナに倣うように、シュウ達も敷地の中を眺望する。


 正門から分かっていたが建物の塗装は、その名の通りに炎のようだ。

 提灯や手水舎てみずやの亀の石像。屋根付きの線香立てに、色落ちしていない緑の瓦。砂利敷きから生える低木さえも、つい先日手入れがされたのではないかと疑う程に綺麗だ。


 景観に、次々と目が奪われてしまう。山の上にあり、隅々まで行き届いた装飾は『抜きんでている』という言葉を如実にしている。


「では、ワシは中に入ってエンタク様を呼んでくる。おぬしらはそこで、もう少しだけ待っておれ」


「お任せしてすみません」


 謝るアリスにローガは「気にするな」と渋い声で返すと、相も変わらない足取りで扉に向かった。

 テーマパークに訪れた子供の様に、線香立ての前でうろうろしているミレナに彼は会釈。そのミレナに手を振られながら階段を登り、厳粛な扉を開いて中に入っていった。


 みんな待ち時間だからか、そわそわと周りを見たり、髪を弄ったり、腕を組んだりして時間を潰す。


「エンタク様。一体どういった方なのでしょうか?」


 暇を持て余したくないと、アリスが唐突に差し込んだ。ローレンが「確かに気になりますね」と便乗する。その際、ローレンはアリスの手を握ろうとしたが避けられている。


名傑列伝めいけつれつでんに載っている通り、白い髭を蓄えた厳かな老人なのでは?」


「いや、僕は眉目秀麗びもくしゅうれいを体現したような、美青年だと思うね」


 二人に続いて、フィアンが情報通りの予想を。最後にリフが、逆の予想を言ってみせる。

 神仙と言われれば、先入観として老人を思い浮かべてしまう。だが神人は、若い姿であるとミレナも言っていた。青年のような姿形をしていても、何ら疑問はない。


「俺は質実剛健って感じの、頼りがいがあるおっさんがいいなぁ。こいつについて行きたいって感じがする人だったら最高だ!」


 握り拳を作って、グーダが声高に言う。

 シュウはその予想にみぞおちを食らってしまうが、その実、願望であったため候補の一つ程度に収まった。


「シュウはどう思う?」


 会話の流れでミレナが予想を訊いてくる。シュウは顎に手を当てて思案に耽った。

 これは予想でしかない。ルーレットにダーツを当てるようなものだ。

 シュウは大穴狙いで、皆が予想していないものは何であろうかと考える。思い浮かび、


「そうだなぁ。意外と普通の男に一票」


 これだろう。『現実は意外と違う』という大穴だ。捨て鉢とは言わないで欲しい。


「じゃあ私もそれに、いーれよっと」


 考えなしの予想へ投票され、シュウは却って不安になってしまう。

 やっぱり捨て鉢でいい。


「扉が……」


 そうやって戯れていたシュウ達の耳に、扉の開く音が入ってきた。全員がその顔を興味の一色に染め上げ、その方向を仰ぎ見た。


 扉を開いたのは眼鏡を掛ける黒髪の男女二人だ。彼らは、従者だろう。そう思うのは、奥から遅れて歩いてくる人影が目に映ったからだ。

 日差しの所為で、まだその人物の容姿は分かりづらい。しかし、陰からしてそこまで体躯は大きくなさそうだ。


 老人か、青年か、普通の男か。


——いよいよ、希望の光である神仙とご対め……


「お前らが、旅の者達か。ローガから目的は聞いている。僕を仲間にしに来たんだろ? 僕の名はエンタク。神人のエンタクだ……早速だが中に入れ。話をしようじゃないか」


「「「お、女ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 鳩が豆鉄砲を食ったような驚きだ。予想をはるかに上回る、横紙破りの事実。全員が口を開け、姿を露わにした女性を見つめた。


「ん……?」


 急に大声を上げたミレナ達に女性は瞿然くぜんと小首を傾げる。

 だが、その中で一番驚きの感情が大きかったのは、


「夢で……」


 ——シュウだった。


 銀煤竹の長い髪に、紅桔梗の瞳をしている女性。夢で、創造主が見せて来た少女の凄惨な悪夢。聞き覚えのある声。おもかげ。

 

 点と点が、乖離していた物同士が、創造主の意図が、今ここで繋がった。

ちょこっと説明


ミレナがシュルナの事で泰然としていたのは、頼もしいという感情が大きいから。

そう思えたのは共感覚と目敏さ両方です。あと天然なのも……


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