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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
45/113

第12話 違和感

 早暁。曙景しょけいに彩られていく山々。ひゅうと風が吹くと、岩肌に根を張った木の枝が揺れ、葉が散る。突き抜けるみねに、立ち込める雲海。紫幹翠葉しかんすいようの世界。まるで、水墨画で描かれるような情景が広がっていた。

 ここは仙境。物見遊山に数多の文人が訪れたと言われている伝説の仙境である。いいや、伝説ではない。

 

 そこには仙人が居た。神人がいた。

 峰に立ち、風によって銀煤竹ぎんすすたけの長い髪を靡かせる神仙がいた。


 その場所に神仙が存在しているのは周知であり、ならばそれは伝説ではなく、在るという事実だけになるはずだった。


 しかし、ある者は見て口ずさんだ。「仙人だ」と。


 ある者は見て筆を走らせた。「仙道、魔法極めし神仙だ」と。


 またある者は町へ赴き「あの神仙見ずして、エンザン見たと言うなかれ」と、見た佳趣かしゅを詠ってみせた。


 そうして伝説となった。正確には、なってしまったというべきか。


 神仙の名は——女性の名はエンタク。アルヒスト最後の砦であり、唯一敵の神人に対抗できる希望の灯。


 だが、本人はそのことを気に掛けることなく、今日もあくせくと修行に励んでいた。修行とは、断崖絶壁の山頂の更にてっぺん。足のつま先程度しかない峰の上に立ち、気を整え無になるだけの修行である。

 とはいうものの、その全てが常人には不可能な領域。彼女にとっては、相も変らない日常なだけだ。


「ん、誰か僕の土地に入ってきたな……方角は、やはり南西か。一つ、二つ、三つ、多い。三十、いや六十か?」


 何かに気付いたのか、エンタクは集中を解くと瞳を開いた。桔梗ききょうの色に、燃え盛るような紅が溶け合った瞳——紅桔梗の双眸が、仙境を見渡す。


「野卑、賊だな……奴らが向かっている場所は、キーシュンか。ふぅ」


 小鳥が止まれる程度しかない峰の上で、エンタクは態勢を崩すことなく端然たんぜんと立ち上がる。そしてあろうことか、そのまま自身の体をのけ反った。

 当然彼女の身体は重力に引かれるがまま、大地へと引き寄せられていく。しかし、山肌に接触する寸前、エンタクは体を捻って空を飛んだ。


 そう、彼女にとっては空を飛ぶことでさえも当たり前なのだ。


「まぁいい、辛酸をなめさせてやるか。いい経験になるだろ。フッ!!」

  

 賊達は約二時間後、南西のキーシュンに辿り着くだろうとエンタクは目算。南西へと向かう。

 距離はざっと百里程度だ。だが、颯爽と空を飛ぶ速度は神速。彼女の速さであれば、賊達より一足も二足も先に到着できてしまうだろう。


 風圧にその長髪が、服が、体が晒される。


 そして、アンコウエンの南西。キーシュンに、三十人の男達が足を運んでいた。


 エンタクが賊と評したことに間違いはない。彼女の言う通り、彼らは強奪を生業にする者達だ。目的は基本的な盗賊と変わらず、食料や家畜、金目の物になる物品の強奪をすることで生計を立てている。

 

「急ぐぞ、魔獣に見つかっては面倒だ」


「先頭、スピード上げろ!!」

 

 最後方にいた緑髪の男の言葉に、参謀の男が声を大きくして代弁。三十人の賊達は山道を駆けた。

 

 戻り、賊達の情報を得たエンタクの世界へ。


「速度が……何かの生物に跨っているな」


 急に移動が速くなっていく賊。賊が何かの生物に跨って移動しているのだ。直感的に三十、その後に六十と数を改めることができた理由はこれだろう。


 果たして、敵の移動速度が上がったことに、エンタクは一段階速度を上げた。

 速度を上げた理由は間に合わないからではなく、仕えてくれている臣下に、キーシュンへ向かう報告をするためだ。


「ありゃあ、何だ?」


「鳥か? にしてもすんげぇはえぇな」


 真下。田畑に足を運ぶ農民たちが見える。町を飛びぬけていく影——エンタクを農民たちは見上げた。

 「違うよ! エンタク様だよ! あれは!」と女性が口走ると、その事実は町中へと一気に伝播していく。

 農民たちは膝を付いて両手を合わせ、


 「「「嗚呼、エンタク様を拝めるとは何と幸せなことか」」」


 空を飛び、魔獣を治め、遥か先を見通し、我らの奉仕に報いてくれる神仙様。我らを守護してくれるエンタク様だと、小さくなった彼女を敬仰けいぎょうした。


 エンタクは決して、神仙という立場に支えられている訳ではない。農民たちがエンタクを敬うのは、その立場に恥じない行いを彼女が見せているからだ。

 真の神仙である。


「起きてるかな」


 そうこうしているうち、山の頂上に寺院のような建物が見えてきた。エンタクが普段住居している家屋だ。

 彼女は外壁を越え、扉の前で下降。 


「おい! フク!! セイ!! いるか!!」


「「この声は!?」」


「はいはい! いつでもどこでも、セイはここに居ますよエンタク様!!」


「戻ってきたという事はやっぱり、衣装着る気になったんですね!!」


 エンタクの呼び声に厳粛な扉が静かに開き、中から揚々と出て来たのは二人の男女だ。フクと呼ばれる方が男で、セイと呼ばれる方が女——二人ともに黒髪で、眼鏡を掛けている。

 

「違う……賊が来た。場所はキーシュン石窟せっくつの奥にある森だ。そこに今から出向く」


 何故だか勘違いしている二人をエンタクは少し呆れ気味で流した。

 無駄に明るいのが嬉しくもあり、悲しくもある感じだ。


「あれ、でもキーシュンなら、マサムーとシノっちがいるんじゃ……」


「あの二人だけでは、危ういと思ったんだ。もし、ローガ達が来たら、僕はキーシュンに向かったと伝えてくれ」 


 素朴な疑問を呟くセイにエンタクは簡易的な説明と伝言で返し、再び不思議な力で浮遊する。

 追いつけるとはいえ、もたもたしている必要はない。時間は多い方がいい。


「承知しましたエンタク様!」


「行ってらっしゃいです!」


 エンタクはフクとセイに「うん」とだけ返し、外壁を越える高さまで浮かび上がる。空中で身体をくるっと縦回転させると、キーシュンへ向かって空を飛んだ。

 

「こい炎尖鎗えんせんそう


 神速で空を飛び続けている中、彼女は右手を横に突き出すと、何かの名を呼んだ。

 唐突に発火。エンタクの右手の中心から、大きな槍が構築されていく。エンタク愛用の武器の一つ——槍の形をした炎尖鎗だ。


 神仙が空を滑空する。

 


※ ※ ※ ※



 小さな山が見え、川沿いに家屋が建ち並ぶ栄えた街。

 場所は当然ながらキーシュン。茶の名産地として親しまれ、キーシュン特産の抹茶が旅人や商人の間で好まれている街だ。


 そんなキーシュンの街に、これまた二人の男女がいた。

 隻眼に白い布を頭に纏った男——マサムネと、金髪でポニーテールの女性——シノだ。


 二人の横には河の水を飲む、一匹の大きな虎の魔獣が。街に訪れた魔獣を、マサムネとシノが退治するために来た訳ではない。正反対と言っていい、語らうために来たのだ。

 虎の名前はタマ。街の近くに棲む魔獣である。


 マサムネとシノは魔獣の世話と対話係兼、警備隊の長だ。広大な土地であるが故に、些事を取り締まれないエンタクに変わって、街の治安維持を任されている。


「今日も大丈夫ね……エンタク様はほんとすごいよ。こんな魔獣達を調伏してんだからさ……お、美味しいじゃん」


 虎の頭をなでながら、シノは瓢箪ひょうたんに入った茶でのどを潤す。


「まぁな。俺たちのように、手で数える程度の数なら分かるが、あの方は土地に棲みつく全てを調伏しているからな……さまさまってやつさ……おぉ! やっぱりキーシュンの茶はうんめぇや! 肉包子(ぱおず)によく合うぜ!」


「アンタ、朝なのによく食うね……」


 マサムネは飯籠に入れていた三つの肉の包子を素早く頬張り、瓢箪の中に入ったお茶で一気に流し込む。何とも贅沢な食べ方をする男だと、シノは嘆息。

 あまりの食いっぷりに呆れつつ、彼女は竹の皮で包んでいた抹茶の包子を齧る。そのまま二口、三口と味わいながら朝食を終えた。


「あ、なんだい。何かあったの?」


 煩わしいことがない平和な街。シノとマサムネが、今日も静かに過ごせると空を見た矢先だ。一匹の魔獣が、シノ達の元へと走って来る。体躯は虎よりも一回り小さい。


 魔獣は群れの長であろう虎の前で止まり、


「ガルルル……」


「なんて言っているの?」


「ガル、ガルルル……」


 シノに頭を撫でられ、翻訳を頼まれた虎は何かを伝えるように呻った。

 傍から見れば痛い人そのものなのだが、何を隠そうシノとマサムネは魔獣と言葉を介すことが出来るのだ。

 ただし、人類の言葉を読み取れる知能の高い魔獣だけという限りはある。


「貪欲、悪い、むかつく、それと乗れってさ」


 虎の魔獣の伝えたい意味を受け取ったシノは、横にいたマサムネに伝えた。

 文ではなく、判然としない単語のみの羅列になっているのは、虎の言語化の限界ということだ。


「賊さんのお出ましってか……数と場所は?」


「グル、ガルルガ……」


 膝に乗せていた飯籠を長椅子に置いて、マサムネは剣を持つ。立ち上がり、左腰に帯刀する彼の言葉を聞いて、虎はシノに向かって呻った。


「ざっと三十近く……あと、危険、一人、警戒、後ろ、むかつく……」


 虎から受け取った意味を言葉にして、シノも革袋を手に持ち動き始める。


「一人手ごわいのがいるってか……」


「だね。場所は石窟の先にある森……距離的には、二十分後くらいにはここに着くかも」


「いくぞ、エンタク様の土地を守りにッ——!? なんだ?」


 虎の魔獣に跨ったシノ達に——川辺の街に突風がなだれ込む。風の発生源は空。上空百メートルの所に、黒い影が一つ。影は次第に下降し、その容姿を段々と露わに。

 影の正体は一人の女性。神仙のエンタクであった。


「待つんだ、その必要はない……」


 地面に接触する寸前、エンタクの身体はシノ達の前で止まる。周辺の建物を風圧で揺らしながら地面に降り立ち、彼女は優然と言った。


「エンタク様! なんでここに?」


「お前たちだと荷が重いと思ってな……飛んできたんだ。一人、手練れが居るんだろ?」


 驚いているシノに向かってのエンタクの言葉。マサムネとシノが表情に動揺を隠せないのは必然だろう。

 賊の話どころか強者がいることさえ話していないのに、彼女は状況を達観していたのだ。驚嘆と言わざるを得ない。


「流石ですね。エンタク様には何もかもお見通しってわけか……つっても俺達、必要ないと言われて言うこと聞くほど、落ちぶれちゃぁいませんぜ」


「そうだよエンタク様。アタシたち、一応キーシュン任せられてるんだし、素直に下がれないよ」


 二人の助太刀申請にエンタクは「んん」と声を詰まらせる。


 一人で全てを解決したいというのが、エンタクの胸襟である。しかし、臣下の不満を堆積たいせきさせるのは彼女の好むやり方ではない。そもそも、下から乞われているのに意味なく無下にするのは薄情がすぎる。


 ゆらゆらとしつつ、揣摩しました結果。エンタクは、


「分かった……それもそうだな。だが、僕より前には出るな。それが条件だ。行くぞ」


「「はい!」」


 制限付きではあるが、同行の許可を降ろした。

 宙に浮かんで飛翔するエンタクに、二人と一匹は随伴。街を抜け、石窟を越え、森に入り、小川の前で待機。

 

 そして、前方に黒い影が見えてくる。獣の第六感が作動したように、虎は森然とした木々の先を睨んだ。

 虎に跨っていたシノとマサムネも、いよいよだと闘いに備えて精神を統一。猛々しい覇気がエンタクの背中を、小川を越えて森に走る。


 馬に乗った賊が木々の中から姿を現した。


「それ以上先に進むな。これは忠告だ」


 右手に持った槍で小川を指し、エンタクは賊達を恫喝どうかつする。


「ハハッ! そう言われて引き下がるなら、おれら匪賊ひぞくってのは存在しねぇよ女!」


「それはそうだな。だがもう一度言う……この川を越えた奴は、僕が痛みを以て征伐する」


「面白れぇ冗談だぜ!!」


 小川を挟むようにして、エンタクと賊が互いを牽制し合うが、やはり見た目が見た目だ。自身よりも背が低く、加えて女の恫喝などに怖気づく馬鹿は賊の中にいない。


 大層な身なりに、寸毫の人員。自分達の接近に気付けたのは、確かに賞賛できる。だが派遣部隊の戦力が女二人に男一人。そして、おまけの魔獣一匹とは。勘は良くても、お頭は稚拙だと賊達は哄笑する。


「てか、よこす戦力が貧弱すぎるんじゃねぇか!?」


「「「アハハハヒャヒャハ!!!」」


 始めの方はエンタクの忠告に驚きを見せていた賊達だが、それはそれで何だと彼女を見下すように嘲弄した。

 猿でも分かる足し引き算。そうだ。賊達は『ならば、もしかして』という、


「その大層な身ぐるみ剝いだ後は、なぶってやるよ!!」


 ぞろぞろと馬を降りる賊。先頭にいた三人の男が、トライアングルの形でエンタクへと接近していく。


「野卑を通り越して卑賎だな……その行いの先が死であっても、恨むなよ」


「ヒハッ!」


 飛び上がる水飛沫。構えたエンタクに、トライアングルの前方を走る賊が先陣を切る。武器は剣——風魔法を剣に纏わせ、二本の斬撃に変えてエンタクを攻撃。


 斬撃の速さは申し分ない。故に威力も然りだ。当たれば肉がはじけ飛ぶ。

 微動だにしないエンタクに、賊は笑——、


「あ?」


 攻撃が体に当たる直前でエンタクは右手と右脚を後ろに向けた。そのまま身体を捻り、右脚を前に出しつつ槍を持った右手で二本の斬撃を吹き飛ばす。

 さらに目にも止まらない速さで賊に接近。賊の顎を蹴り上げ、飛び上がった身体が地に付く前に男の足を掴み、叩き伏せた。


「これで分かっただろう。一度目は言葉で、二度目は恐怖と痛みで、それでも前に進むというなら、殺す!!」


 血を吐いて悶絶する男を傍らに、エンタクは冷然とした顔と声で、賊達をもう一度恫喝した。

 最後の『殺す』という殺気を孕ませた言葉は、賊達に鳥肌を立たせる。馬が恐怖に暴れ出し、森の奥へと走り出す程の殺気だ。形容するなら、強くうすら寒い殺気であろう。


「誰が聞くかよ!! 嬲んのはやめだ! 殺して首を晒してやらぁ!!」


 しかし、賊が自らを匪賊と称したように、彼らにもプライドはある。それを貶されては引き下がれないと、後方で走る二人はかまわずエンタクに立ち向かった。

 エンタクはその無謀さに心底呆れたと嘆息し、構え直す。


「舐めやがってよぉ!!」


 悶絶していた賊がなけなしの力で、エンタクに向かって青色の魔刻石を投げつけた。眼中になかったエンタクは、その不意打ちにまんまと引っ掛かってしまう。

 そうして、身動きが取れなくなった彼女に一人の賊が金棒で頭部を、もう一人は体を火炎剣で切り裂いた。


「ハハッ!! 力を付け始めた奴が、万能感に溺れたせいで痛い目に合うってとこだな」


 形勢逆転。あっけない敗北。だがエンタクの敗北に、後方で見ているだけの男女と獣は何故、感情を露わにしないのか。どうして、激情を発しないのだろうか。


「さて、あれ? 何でおれの身体うごか——ッ!?」


 ——それは、単純にエンタクが負けていないと思っているからであった。


「よくわかってるじゃないか。自分自身に対して嫌味が言えるとはな」


 倒れていた賊の頭に、エンタクの槍が突き刺さる。彼女を火炎剣で切り裂いたはずの男も、胴体を横から両断され絶命。金棒で彼女の頭を叩いた男は、いつの間にか両腕が無くなっていた。


「俺の腕がぁッ!?」


「うるせぇよ」 


 それだけではない。エンタクが放った青い炎によって、両腕を失った男の全身が消し飛ぶ。彼女に殺された他の賊の身体は、灰すら残らず消え去った。


 賊達は彼女を『戦力が貧弱』と嘲弄したが、それは間違いだったのだ。気づけない訳ではなかった。


——『ならば、もしかして』という逆の発想が。


「ひっ!? ひぁぁぁぁぁぁ」


 前方で仲間達の無残な死にざまを見ていた賊は、蜘蛛の子を散らすように後方へ走り出す。

 雲泥の差とはこのこと。あらゆる策を労しようとも、触れられない隔絶した次元がエンタクと賊の間にはあった。


「かしらぁぁぁ! 早く逃げぅゴぅぇ!!?!??」


「逃げることは俺が許さん。俺たちはクズであるが、弱者ではない。だが、ここで逃げればクズ以下のゴミだ。俺たちにあるのは、勝利か死か。そのどちらかだ……」


 最後尾で凝然と立つ、恐らく賊の頭目であろう緑髪の男。彼は自身に縋りつき、退却を催促してくる仲間を、肉をさばくように斬殺した。

 凶器は大型の鉈。さらに、男は怯えて走り去る仲間の頭を、首を、胴体を抉って殺す。返り血で顔が赤く染まろうが表情一つも変えない姿は、賊とは似つかない戦士だ。


「お前等は町へ行け。俺があの女を止める」


「……?」


 ——男の言葉を聞いて、エンタクは喉に何かが詰まるような違和を覚えた。


「……あ、あぁ……い、行け! お前等!! 散れ!!」


 男に殺された仲間を見て、参謀の男は唾をまき散らしながら吶喊とっかんした。威勢がよいのは、誰が見ても分かるやせ我慢といえよう。

 賊達は自分だけはという顔で、キーシュンに向かって散り散りに走った。


「随分と大きく出たな。貴様おまえ一人で僕を止めるなんて不可能だ。貴様もわかっているだろ?」


「ほざけ! やってみなければ分からんだろ!!」


 男は殺した仲間の肉塊を掴み、血を絞り出してエンタクに投げつける。血肉による目つぶしだ。


「そうか……」


 エンタクは槍を回し、右手左手と持ち替えながら血肉を弾いた。

 視界から消えた男。舞い上がる水飛沫。それを確認したエンタクは振り向き、


「マサムネ、シノ。僕はあいつを殺さず、捕まえる。少し気になるんだ。他の賊は、二、三人程度生かして捕らえておいてくれ。その他は二人に任せるよ」


「合点承知!」


「任せてエンタク様。タマ、お前も働くんだよ」


 指示を受けたマサムネは後方に跳躍。シノも虎に命令を送ると、その虎と共に後方に跳躍。樹木から樹木へ。人間離れした技術で賊達を追いかけていった。


「いいよ。貴様の土壌に乗ってやる」


 エンタクはそう言いながら、男の気配がある後方の森へ入った。

 樹木の裏の左から血をまき散らした肉片が、右からは回転する鉈が、森に入ったエンタクに襲い掛かる。


「ッ!!」


「その傲慢、覆らせてやる!!」


 何事もないように肉片を弾き、鉈を砕き割るエンタク。彼女の右手前の樹木——死角から不意を突こうと男が急襲しにかかった。


 エンタクは右手前にいる男を睥睨へいげいし、


「ふぅん、二刀流使いか」


——平常運転のまま、エンタクは男との一騎打ちに挑む。 




 先ず、北に走ったマサムネ視点へ。

 街へ向かった賊に追いついたマサムネは、剣を抜いて彼らと対峙していた。


「なんだ、隻眼だぜこいつ」「あの女は無理でも、この男なら!」


「だったら何だよ? なめてっと、足元(すく)われるぞ……シュバルツウェア」


 腹を立てながらマサムネが魔法詠唱すると、彼の身体は徐々に闇で覆われていった。次第にマサムネの姿が消え始め、数秒後には視界から完全に消失していた。

 シュバルツウェア——闇魔法中位のシュバルツの応用魔法だ。


「闇魔法師かッァ!?」「ァッ!?」「ゥべ!?」「何処、ダァ、ハッ!!?」


「クソ、何処へ行きやがった!?」


 巻き上がる叫び声と血しぶき。消えたマサムネを捜す賊達の首が、次から次へと切り落とされていく。

 恐怖。どこにいるか分からないとぼやく参謀の傍に、姿が見えなくなったマサムネは近づき、


「ここだ」


「ひっ、ガぁ!?」


 柄頭で首後ろを叩き、気絶させた。


「だから言っただろ……足元掬われるってな」


 マサムネ。賊の撃退に成功。



 南に向かったシノの視点に移る。

 革袋の紐を引いて、シノが中から取り出したのはクナイに似た十数本のひょうだ。彼女はそれを片手に三本ずつ——計六本手に持ち、残りの鏢は腰の革ベルトに仕舞った。


「女だろうと構うな!! 殺せ!!」


 シノは両手に持った六本の鏢を、特攻してくる賊達に向かって投げつける。


「ッづ! あぁ!? こんなんで殺せるとでも!」「避けるまでもねぇ!」


 命中したのは六本中四本だ。二本は弾かれ、残りの四本は刺さりはしたが、賊達は特攻を止めない。弱い痛み程度で、賊達は怯みはしないのだ。


「そうだよ……」


 だがしかし瞬き後、賊に突き刺さった鏢が、


「あ? はッ!?」


 巨大な火の玉となって爆発。爆発に巻き込まれた賊の身体は炭のように黒く染まり、力なく地面へ倒れた。

 シノの狙いは投擲による攻撃ではなく、その後の爆発による攻撃だったのだ。


「まずい! あの鏢には当たるな!」


 丸焦げになった仲間達を見て、鏢に火の六色鉱石が仕込んであるのを知った賊は、シノから一旦距離を置く。

 種明かしを見せられては、鏢に注意が引くのは自然のこと。賊達は鏢を厳重に警戒しながら、シノに向かって特攻していく。

 対し、腰から四本の鏢を取り出したシノは、かまわず賊へと投擲。


 果然、鏢が危険であるのは賊達も分かり切っている。武器で簡単に弾かれてしまう。


 ただ、避けたり弾かれたりされるのはシノも充分承知。考えなしに鏢を投げた訳ではない。

 彼女は右手をクイッと上げ、左手で何もない空気を掴んだ。すると、次の駒では地面や木に突き刺さっていた鏢が、何かに引っ張られるように彼女の元へ——賊達の背中に引き寄せられていく。


 背後、その事象が起きた事に気付けていない賊達の背中に鏢が突き刺さった。


「イづッ!? 何でうしrッ!!?!?」


 気付いたとて、である。鏢は賊達を巻き込み爆発した。


「消えた? な!? どこッぅグッ!」


 シノは間髪をいれず、最後の一人に木々の死角を使って急接近。みぞおちを入れて気絶させた。


「アンタは、生かしておくよ」


 シノへと向かって直線に燃え進む火。規則性のある延焼の仕方だ。それは、闇魔法で隠した鏢に繋がる糸だった。

 シノは魔法を解くと、ベルトに仕舞った鏢で糸を切る。


「仕込みの鏢……目に見えない糸を結んであったのさ」


 シノ。賊の撃退に成功する。


 

 エンタクに戻る。


「その慢心、覆らせてやる!!」


「二刀流使いか」


 右前方の樹木から鉈で切りかかって来る敵に、エンタクは右手に持った槍で攻撃を防ぐ。続いて、左脚を使って男の顔面へと蹴りを入れようとしたその時、


「————ッ!!」


 蹴りが入る直前で、エンタクの目の前から男の姿が消えた。


 ——消えた。転移か! 気配は、後方から!


 男が消えた正体は、鉈に仕込んであった魔充石まじゅうせき——それを使った転移であった。数コンマ前に、エンタクが砕き割った鉈の位置と、もう一つの鉈を持った男の位置が入れ替わったということだ。


 エンタクの見る世界が彼女だけを除いて、遅く緩やかになっていく。

 通常なら致命的と言える状況を、彼女は抜きんでた把握能力と反射速度で男の攻撃を避ける。

 前屈みになった胴体を左に捻り、


「ラァ!!!」


「————ッァ!?!?」


 挺然ていぜんたる技量。エンタクは攻撃を外した男の顔面へ右蹴りを食らわせた。男の顔面に脚が食い込み、そのまま回転の力を使って蹴り飛ばす。


 木にぶつかりながら、男の身体は数メートル吹っ飛んだ後、地面に倒れた。


「ぁ……く、ソ」


「手加減してやった。本気で蹴れば、頭がもげるからな」


 エンタクは吹っ飛ばした男の前まで歩き、蔑んだ目で見下ろす。


「あ、ハハ、あま、すぎる。カァッ」


 笑う男が口を開けると、中にあった短剣がエンタクへと放たれる。思いも寄らない攻撃。だがエンタクは作業をこなすように、短剣を右手で軽々しく掴んでみせた。


「まだダァァ!!」


「分からないな」


 男はその攻撃が防がれるのを前提で、手の甲に仕込んでいたナイフをエンタクに刺し掛かる。が、


「グボッ!!?!?」


 忽然こつぜん、何もないはずの場所から丸いチャクラムのような武器が二つ出現。男の両腕が、丸い武器によって叩き折られる。

 土と泥が飛ぶ。


「甘いのは認めよう。だが、その甘さを以てしても、貴様には遠すぎる差だといっておくよ……」


「ぁボォ!?!?」


「要するに、貴様が弱すぎるってこと。現実を受け止めるんだね」


 そして、二度と男が逆らえないように、エンタクは丸い武器を使って両足をも叩き折った。

 さぞかし耐え難い痛みが、男を苛んでいることだろう。


「あと貴様、先刻やってみなければと言ってたけど、もう一度訊くぞ……何故負けると分かっていて、僕に戦いを挑んだ。道化ても意味はないぞ。貴様が僕を品定めしたのはわかっている」


「買い被りだな。俺は、お前が思っているほど、目利きの才能はない」


「ふぅん。そ……」


 エンタクは口を割らない男を踏みつけ、気絶させた。


 頑なとはこのことだ。ただ、エンタクは自分の読みが合っていたと確信する。

 野卑な賊が何故、ここまで頑ななのか。何故、他の有象無象にはない異彩を放っていたのか。目利きの才能もそうだ。

 経験則だが、この男を粗忽そこつに殺してしまうのは危ういとエンタクは思った。


 男の身体に凶器が無いかを検め、物品を鹵獲ろかく。マサムネ達の元へと歩き出す。因みに、気絶させた男は浮かんでいる丸い武器の上に乗せて運搬だ。

 

「あ、エンタク様。言われた通り、アタシとタマ、それとマサムネで、殺さずに三人捕まえときましたよ……」


「助かるシノ、マサムネ。タマもね」


 エンタクの到着は丁度マサムネ達が集まる絶妙なタイミングであった。賊を肩に乗せるマサムネに、縄で縛った賊を虎に乗せて運ぶシノ。

 先に着き、二人と一匹を呼ぶ形になると思っていた彼女だが、思ってもみない臣下の成長に鼻が高くなる。

 これも、自分の指導力があってこそだろう。えっへん。


「いえいえ……で、そいつ、眠らせたんですか?」


「まぁね。四肢の骨は折ってある。服や体内に仕込んであった武器も、鹵獲済み……」


 シノに問いかけられ、自賛の世界から現実に戻ったエンタク。彼女は見やすいようにと、気絶した男を丸い武器ごと前に出す。鹵獲した武器はエンタクの手元に。それを彼女は「ほれ」と言って二人に見せた。


「さっきおっしゃった、気になるというのは一体?」


「こいつは僕に勝てないと悟ったうえで、戦いに挑んできた。死を甘受してるわけでもなかったし、寧ろ勝とうとしてた節があった。それに、口も簡単に割ろうとしなかったんだよね……野卑な賊でありながらだよ? おかしいと思わない?」


「頭目としての面目躍如ってわけでもないんですよね?」


 エンタクはマサムネに違和感の原因を吐露し、その彼女にシノが確信を突く質問を投げる。


 賊とは正反対な覚悟の強さを男は持っていた。楽観的にキーシュンを陥落させようとしたには違和感が大きい。

 自らを匪賊と息巻いていた賊。戦力になる魔獣ではなく、移動に馬を使っていた理由。腑に落ちない点が多い。


 これらの違和感を払拭する鍵が、この男にはある。


 エンタクは思惟しゆいを止め、


「うん、そう。だからこいつは収監する。施設で取り調べだ」


 三人と一匹は、警備隊が運営するキーシュン収容施設に向かった。

やっと出したいキャラが出せました!

長かった……

それと、お待たせしました。

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