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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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第11話 風吹き塵に帰す

「これほど、までとは……」


 体中に深い裂傷を負った悪魔が、白い服の少年にそうぼやいた。少年の足元には、彼に殺された眷属が無残にも横たわっている。刹那の出来事だった。少年の刃に眷属達は一瞬にして葬られたのだ。

 少年——神将ローレンの力を奪い取るため、転移を使って招き入れ、全力を出してこの結果である。


「そろそろ幕引きとしようか、悪よ!!」


 終わりの鐘を鳴らすように、ローレンは鋭い弁舌を悪魔へと向ける。

 だしぬけにローレンの姿が目の前から消えると「ヒュッ」と短く無機質な音が鳴り、


「ガァッ!?」


 見える世界が歪む。気付けば、首が飛ばされていた。


「ばか、な……」


 こうやって世界が歪むような体験を、前に一度だけ体験したことがある。確か人の身の時、まだ外道に落ちる前だ。首は飛ばされなかったが、圧倒的な力の前に惨敗した。


『殺しはしません。これからどうするかはお前次第です。慎ましく生きるか、更に業を積むか……言っておきますが、二度目はないぞ』


 月白げっぱくの長い髪を靡かせた少女が、男の首元に刀を突き付けて言った言葉だ。酷く冷たい灰桜の双眸が印象的だった。

 そして外道に落ちた後、仲間を加えた少女にもう一度敗北し、封印させられた。


 どうやって、敗北したのかすら分からなかった。

 二度目はないという、少女の言葉に偽りはなかった。


『俺は、無力だな』


 何もない世界で、自分自身に下した評価。

 怠らず貯えた力でさえも、高く厚い壁を越えることは叶わなかった。上には上がいた。自らの愚かさを、無力さを、理解していなかったのだ。


 憎い。周囲が、世界が、神が、凡庸だった自分が憎かった。

 何かをきっかけで物差しや価値観が揺れ動くように、思いも時が経てばせる。その真実が恐怖でならない。この偏執へんしつさえも、例外ではないだろう。

 ならばせめて褪せてしまう前に結果を残し、最後はよかったと言って終わらせたい。


「俺、は、まだ……」


「いや、貴様の負けだ……悪を自覚し、悔いて滅びるがいい。そうすれば、殺された人たちも、少しは浮かばれるだろう」


 ローレンは転がる悪魔の頭に剣を突き付け、言い放った。


「た、だ、では、終わら、ぬ……」


「この期に及んで、まだ罪を重ねるつもりか。救えないな……」


 敗北してもなお抗おうとする悪魔に、ローレンは憮然と首を横に振って、剣を掲げる。


「まだ……」


 悪魔はまだ何か策があるはずだと懊悩おうのうする。積もり積もらせた憎しみの全てを、塵にするつもりはない。


「…………」


 悪魔は見た。とつおいつしているローレンの瞳と、剣を握った手が震えているのを。

 何故、敵が剣を振るうのを躊躇うのか。答えは罪悪感だ。責任から逃げているのだ。運が巡って来た。

 かの少女もそうだった。善なる者を縛る鎖だ。まだ付け入る隙は相応にある。何か、なにか策はないか。


『兄貴が言うには、アンタの能力は道連れらしいぜ……使いどころは間違えるなよ』


 気づく、閃く、冴えわたる。悪魔は驚喜きょうきした。

 赤髪の男が言った助言が、今までになかった名案が、悪魔の脳内を席巻していく。


「否! 褪せないぞ! 結果は残せる! ただ塵に帰する訳ではない!!」


 これで褪せることはない。これで結果を残すことが出来る。全てが無意味に散る訳ではない。

 愉快愉快愉快ゆかいゆかいゆかいユカイユカイユカイ。


「ハハハハッ——!!」


「悪め! 潔く潰えろ!!」


 敗北を認めず、悔いて死者に詫びるわけでもなく、快哉かいさいだと哄笑する悪魔。ローレンに躊躇いの色はなくなり、神剣が悪魔の頭部を両断した。だが、


「なんだ!?」


 両断したはずの悪魔の頭部が粘膜のように広がる。

 風魔法を放ち、ローレンは後方へと飛び退くことで粘膜から逃げるが、切り離された胴体——死角から迫る粘膜に、不意を突かれてしまう。

 粘膜は逃げ場をなくすようにローレンを包囲。一斉に襲い掛かり、神剣に纏わりついた。


「何が起こって!?」


 瞬く間に、真価を失い朽ちていく神剣。激昂するローレンを悪魔は「カカカ」と嘲笑い、


「道連れさ……それも、往生際の悪い、最悪のな」


 負け惜しみではなく、敗北を認めた故の道連れだと言ってやった。

 縛りが多い者には一生分かることは無いだろう。最高ではないが、中々に佳い最後だった。

 

——まあ、従うのは気に食わないがな……


 そうして不穏を残したまま、魔霧は晴れたのであった。




※ ※ ※ ※



 魔霧晴れしてから、三日目。


「841名死亡、か……殉職者が多すぎる」


 青髪の女性が怫然ふつぜんと一枚の書類を机に叩きつけた。


 書類には、殉職者はジッケルに赴いた騎士と、ライラットに待機していた騎士から出たと記されてある。ジッケルの森にライラット共々、赤い鎧を着た鬼顔の悪魔と霧の魔獣が、多くの殉職者を生んだとのことだ。

 赤い鎧の悪魔と霧の魔獣の行方は、魔霧と共に消えたらしい。


「それよりも神剣の効力を封じられた方が、国にとっては痛手だ……神将がいなくなったのと同じだからな」


 女性の発言をあしらうように語るのは、全身の治療を終えたクザブだ。


 会議室には二人以外に、複数の騎士が椅子に座っている。誰もが上級以上の騎士で、ジッケルの森に攻め込み生き残った者達である。

 クザブに神将のローレン。青髪女性——アルヒスト三傑治癒魔法師が一人のアリスと、その他面々の騎士だ。


 魔霧攻略第一班の死者数を抑えられたのも、三傑の彼女が居たからこそだ。


「申し訳、ございません」


 議題に挙げられたローレンは席から立ち、全員を見ながら詫びを入れる。その表情は自責に苛まれていた。

 神将の責務に、神から賜りし剣の衰亡すいぼう。責任の重さを感じているのだ。


「アメニア。本当に力を失ってしまったのか?」


「はい。刀身は完全に朽ち、鞘と柄の部分は深い紫の闇に包まれたまま、機能しません……」


 アリスの疑問にローレンは、朽ちた神剣を机の上に置いて答えた。

 中心に置かれた神剣を見た全員が、その顔を驚きと焦りで強張らせる。中には額に汗を掻き、現実の酷薄さに目の焦点があっていない者もいた。


「私自身の身体能力も、今では皆さんより……」


 重ね重ねの吐露に、室内は騒然となっていく。


 室内にいる者達は、中央都を襲った敵の刺客とローレンとの闘いを見た者ばかり。全員がその闘いを見て、刺客には『敵わない』と自覚しているはずだ。

 もし、もう一度刺客が現れることがあれば、中央都は陥落させられるだろうことも、全員が薄々感じ始めているはずだ。表情がそれを如実にしている。危殆きたいだ。


「本格的に厳しくなっちまったな……こっからどうするか」


「ヴァイス殿の下に就いている、フィアンさんから小耳に挟んだのだが……」


 軽く舌打ちをして不満を吐きつつも、諦めの言葉を口にはしないクザブ。アリスは彼の言葉を引き継ぎ、用意していた名傑列伝を開いて突き出すと、


「どうやらリメア殿達は紅蓮の神仙、エンタク様に助力を仰ぐらしい」


 アリスの発言に、顔を強張らせていた者の表情が緩んだ。

 活路がまだあることに、室内はいきいきとした空気を取り戻していく。


「神人様か。最後の砦って感じだな……」


 クザブは足を組んで、姿勢を崩しながら喋った。


 神将の力が失われた今、神人に頼るのは正真正銘、最後の砦だ。それも断崖絶壁の砦である。しかし俗世に関与しない神人が、国の危機だからと簡単に首肯するだろうか。雲行きは怪しいと言わざるを得ない。

 果報を寝て待つしかない現実に、クザブは怨望えんぼうしてしまう。


「よし、丁度いい。アリス、ローレンお前ら二人明日、アンコウエンに行って、神将の力なくなったんで力貸してください! って言ってこい」


 クザブは椅子から腰を上げ、注目を浴びながらアリスとローレンを指さした。


 あれこれ言ったとしても、やるべきことは神人に縋るのみ。足場のない崖を、落ちまいと手探りに上るしかないのだ。掴み取るか、転落して泡に消えるか。

 掴みどころを誤るわけにはいかない。


「アメニアは分かるが、私も行くのか!? ちょっとあれなんだが!?」


 胸に手を当てて、自身が赴く必要性を問う——というよりかは、『嫌だ』という個人的な感情を前面に出すアリス。彼女の忌避する顔を見て、クザブはニヤリと笑う。


「そうだよ。お前フェアラード出身だし、治癒魔法師だろ。魔霧攻略戦でも比較的負傷してないし、ローレンの御守に帰郷。それとフェアラードに伝令も兼ねて、行ってこい。当たり前だが緘口令かんこうれいは敷けよ。嫌とは言わせない。頼んだからな……」


「な!? ずるいぞゼルブスキー!!」


 飽くまで、言い逃れをしにくい大義名分を目的にして、クザブはアリスへ頼み込んだ。だが彼の性格を知っているアリスは、そのやれやれと言いたげな表情を見て、顔を怒りの色で染め上げる。


「おっと……おいおい、もしかしたら、最上級騎士に昇級できるかもしれねぇんだぞ、アリス」


 アリスから飛んできた本をクザブは受け止めると、馬鹿にするような笑みで彼女の心を揺さぶる。

 領地に訪れた騎士が魔霧攻略戦に参加した者となれば、現地にいる騎士から最上級騎士になってほしいと、投票してもらえるのは自然だ。アリスは咳ばらいをすると、まんざらでもない顔で、


「まぁ、仕方ない。受けてやろうではないか」


「おぉ! アリスさんと二人旅! いいですね! 楽しみです! 私が負傷した時は、是非膝の上で看病を!!」


「旅ではない! てか、お前はもう少し下心を抑えろ!!」


 対面席に座っているローレンの顔が燦爛さんらんと輝いていくのに、アリスは机を叩いて指摘する。先程まで、責任の重さで押し潰されそうになっていた者の顔ではない。悪びれずに、というか嬉しそうに笑っているのは、もはや才能であろう。

 こいつはダメだと、アリスは大きくため息を吐いた。


「取り敢えず、今から全員議事院行きだな。今後の騎士団長、副団長の話をしないといけねぇ。空席のままじゃ民衆も、騎士も締まり悪いしな……」


「やはり、選出方法は変わるのか?」


 本をアリスに投げ返して、当たり前のように退ろうとしたクザブを、アリスは真面目な顔で引き止める。憂い気な目の彼女を、クザブは「だな」と牽引し、


「もしかしたら、今回は騎士以外も選挙に参加するかもしれないぞ……」


 例外的な事件が併発へいはつした故に、国は疲弊。また、長がいなくなった騎士の士気は低下しつつある。双方を取り纏める為にも、今回の選挙形式が変わることは大いにあるだろう。


 横顔で飄然と答えたクザブの予想は、あながち的外れではない。


「よっしゃ、お前ら行くぞ……話の後は、各領地への伝令を誰にするか決めて、今日は解散だ」


 部屋から出て行くクザブの言行を起点に、会議は終了した。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 一方モワティ村の方では、併合魔法フィンブルによって倒壊した家屋の建て直しが進んでいた。

 初日は水履きや木片の処理、悪魔たちによって破壊された護石の填補てんぽ。その後、住居となるテント張りに一日を費やすことになった。

 途中、シュウと傭兵協会の男二人が波紋を生みかけたが、問題となる前に収束。何事もなく、一日が過ぎた。


 二日目はある程度落ち着きを取り戻し、本格的な家屋の建て直しが開始。夕方、リメアの手紙を乗せた馬車がモワティ村に到着し、シュウ達はアンコウエン出立の予定を二日後にずらす趣旨を知った。


「みんな、行って来るねぇ!! 帰りは遅くなるからぁ!!」


「行ってらっしゃいミレナ様!」「頑張って!」「無理はしないでね!」


 三日目、ミレナ、シュウ、リフの三人は馬車に乗り、子供達とその後ろで作業に励んでいる大人達に見送られ、リメア宅へ向かった。

 山を下り、雲の少ない草原を通り、昼食を取った後に森を抜け、中央都の壁を迂回。夕方前、リメア宅に到着。


「ミレナ様、イエギクさんにゲッケイジさんも、ご無事でなによりです!! どうぞ客室の方へ!!」

 

 安心と歓喜を露にしたリメアに出迎えられ、三人は客室へと招かれた。


——そして現在に至る。


 客室には六人。シュウ達三人と、リメアとグーダの二人。そして、眼鏡を掛けた黒髪で長髪の女性騎士で六人だ。

 部屋奥のソファにシュウとミレナ、リフ。対面にリメアが座り、その後ろでは壁にもたれ掛かっているグーダ。最後に、扉の前で泰然自若と立つ黒髪の女性。

 これで状況説明終了だ。


「モワティ村の方々はご健在で?」


「一応、皆無事よ。家はぼろぼろになっちゃったけど……あはは」


 苦笑いできる状況ではないが、ミレナの情報開示にリメアは「それはよかった」と、肩の力を抜く。


「まさか、魔霧があれほどの脅威になるとは……」


「御者の人から聞いたんすけど、遠征に出た騎士からかなりの殉職者が出たってのは、本当なんですか?」


 視線を落とし、煩労するリメアにシュウは疑問を投げた。


 移動中、恰幅のいい御者が講釈したそうに話した内容が、殉職者の多さだ。

 虚偽か真実か考えず『あぁ、そうなのか』と、単純に飲み込むことは流石にできない。

 故に、情報に精通している傑人員のリメアなら、はっきりさせてくれると思い訊いたのだ。


「はい。国防省から開示された情報からは、841名と。神将のアメニア君がソグームドを斃したことで、魔霧は消失したそうです」


 結果は真実。発言した本人のリメアは、憐情れんじょうを抱くように唇を引き結んだ。シュウとミレナ、そしてグーダの三人は痛ましそうに目を伏せる。リフと黒髪の女性は死者の数に目を瞑った。


 惨い話だ。戦いに心得がある騎士ですら、少ないとは言えない数。


 ——頑丈な聖堂、ミレナのフィンブル、騎士とクレイシア達の団結力。


 モワティ村に死者が出なかったのは、天佑神助てんゆうしんじょといえるだろう。


「それと、これは内聞ないぶんの情報なんですが、神将のアメニア君の力が失われてしまったと聞きました……」


「「えッ?」」


「神将の力がですか!? それは一体どういったことで?」


 リメアの重大事件の告白に、シュウとミレナは顔色を変える。遅れて、一番造詣(ぞうけい)が深いであろうリフが吃驚。説明をリメアに求める。


「ソグームドに何かされ、神剣が衰亡。力を失ってしまったと、私は聞いた……」


「——あ、すみません。紹介し遅れました……」


 リフに何かされた、と曖昧模糊あいまいもこな説明をしたのは、シュウには面識のない黒髪の女性だ。その彼女にシュウ達三人の視線が集まるや否や、リメアは忸怩として詫びを入れた。


「彼女は近衛騎士のフィアン・ラッテンさん。今回、エンタク様を仲間にしよう作戦に参加してくださる方です!」


「フィアン・ラッテンです。よろしくお願いいたします」


 リメアから会話の機軸を渡され、黒髪の女性——フィアンは恭しくお辞儀。自己紹介を済ませる。

 

 フィアンの家名が四日前に会ったケイニャと同じであることに、シュウは納得顔で彼女を見た。

 眼鏡の掛けた姿はケイニャとそっくりだ。特に冷たい雰囲気は姉妹のそれである。二人とも黒髪に眼鏡で冷淡とは、何とも堅物な姉妹だ。


 そんなシュウを横目で見ていたミレナは、彼の肩を触ると「ケイニャって子と似てるわね」と囁く。

 ミレナも同じ感覚を得ていたらしい。姉妹で間違いないだろう。


「ラッテン、何かとは何だ?」


「それが分かっていれば、私も何かとは言わない……」


 問い詰めてくるリフの疑問に、フィアンは冷たく答えた。

 確かに仲間である以上、分かっていれば、わざわざ疑問を生むような発言はしない。とはいっても、棘のある発言をする必要はない。心象しんしょうの通り冷淡な人だ。


 リフは「そうか」と、戸惑いを残しながら思慮を止めた。


「内聞ってことは、民には伝わってないのか」


「やっぱり抑止力の存在だから……?」


 呟くシュウに続いて見解を述べるミレナに、リメアはこくりと頷き、


「口外してしまえば、大混乱を招くことになります。ただでさえ、危うい現状です。内部崩壊は免れないかと……」


 前回の世界線でグレイが神将を最高の抑止だと評していた。その神将が力を失ったとなれば、抑止の存在がいなくなったのと同じだ。リメアの言うように、内部崩壊は充分起こり得るだろう。内聞というのは、適切な判断だ。


「ますます、神人様の力が必要になってきたのか」


 独り言ちりながら、ソファに凭れ掛かって姿勢を崩すシュウ。

 シュウは自分の発言で室内の空気が重く、負の方向へと傾いたのが分かった。頼りとなるのは、神人という小さく泡沫な光のみ。背水の陣だ。


 シュウの横で長耳を動かしていたミレナは、用意されていた水を飲んで一息を吐き、


「問題は依然変わらず、エンタクをどう仲間にするか、ってことね……もし、ダメって言われたら、アンタにも関わる話なのよ! って、ガツンと言ってやらなきゃね!」


 ミレナは右拳をさっと突き出し、重い空気を揉み解そうと滑稽味が溢れる言葉を放った。

 そうだ。背水の陣だが、感情まで暗くさせる必要はない。無理だと勘ぐって、全てをかなぐり捨てるのが最も愚かだ。冷静に希望を見据え、思索の末に勝ち取らなければ、先はない。


「だな! 絶対成功だ」


 シュウはソファに凭れ掛かった上体を前へ。横から嫣然えんぜんと笑いかけてくるミレナに、頬を緩めて笑い返す。

 負から正へと移り変わっていく空気。他の四人の間にも、笑みが浮かび上がって来ている。


「何が何でも成功です!」


「おぉ!!」


 リメアの啖呵に、ミレナが拳を上げて快活に答えた。その彼女にシュウ、グーダ、リフ、フィアンの順番で釣られ、拳を天に上げる。降順の二人は、少し気恥ずかしそうだ。


 前向きな感情が躍如として芽吹いた。




——空は暗くなり、世界は次第に夜を迎える。


 水と火の魔刻石を使ったシャワーで身体を洗ってリフレッシュ。用意されたスリッパを履き、シュウは夜風に当たろうと廊下を歩いていると、気づく。ミレナだ。

 どうやら、彼女もシャワーを浴びた後らしい。結んであった髪は降ろされ、白い寝間着姿で外を眺めていた。


「夜風は涼しいっすか?」


「うん、涼しいわよ。シュウもシャワーした後?」


 横まで歩いてきたシュウに気付くと、ミレナはくるっと振り返る。

 シュウはクレイシアに仕立てて貰ったシャツに、古着屋で買った短パンで夏の容姿だ。仕立屋に仕立てて貰った服は、寝室に置いてある。


「あぁ、今さっき浴びて来た。風邪ひかない程度に夜風に当たろうって思ってな……」


「ここってモワティ村より熱いわよね。私、あんまり山から出ないから、熱いの苦手」


 舌をベロリと出して、身体を液体のように垂れさせるミレナ。もう少し上体を前に出せば、干される洗濯物だ。暑さに干からびていく、干物ミレナというべきか。


「北に行くほど暑くなるか……」


 頭に浮かんだ言葉を、シュウはそのまま声に出す。

 モワティ村よりも北にある中央都。その中央都よりも北にあるスラム街。そして、更に北に位置するアンコウエン。この三つが指し示す答えとは、


「明日行くアンコウエンはもっと熱いんだろ? ぶっ倒れんなよ」


「水分補給はちゃんとするから大丈夫! 私水魔法師なので!」


 垂れさせていた上体を勢いよく起こし、ミレナは弄ってくるシュウに快然と答えた。舌をちょこっと出してウィンクする姿は、いかにも天真爛漫な彼女らしい。


「そりゃぁすごい。じゃあ、喉乾いた時、ミレナに水を頼もうかな」


「はっ! ってシュウの顔に直接アクアぶつけていい?」


「ッ、それはダメだ」


 いきなり掌を顔に近づけてくるミレナに、シュウは『そういや、そんなことあったな』と思い返す。

 グレイからミレナについて訊き、夜更かしをした翌朝。寝起きの自分に、ミレナが水の塊をぶつけて来たのだ。あの時は中々、苦労させられたものだ。その後の、慚愧ざんきした彼女の表情は見物であった。


「えぇ~まぁでも、したらシュウ怒るもんね」


「そりゃ、怒るに決まってるだろ。濡れるしつめてぇし」


「えへへ、このやろって言って、耳引っ張られそう……ん?」


 シュウとミレナが仲睦まじい話を交わす中、ドアの開閉音が廊下に広がる。

 廊下の奥、家屋の中に入って来たのはリフとフィアンだ。二人はその場で別れ、フィアンは正面に、リフはシュウとミレナがいる廊下へ歩いてきた。

 剣呑な顔のリフとフィアン。穏やかな話では、なかったのだろう。


「リフはこれからシャワー?」


「はい。少し話をしていたもので……それでは」


「うん、いってらぁリフ」


 リフは立ち止まって解顔かいがん。返答を貰ったミレナは、手を振り見送った。


 家名で呼び捨てしていたことと二人で話していたことから、シュウは知り合いだと推考。ミレナに「二人って知り合いか?」と目配せすると、彼女は「多分そうじゃない?」と答えた。


「…………」


 一つだけ懸念を言うなら、フィアンがリフの所業を知っていることだ。旅の途中で、軋轢が生まれなければいいが。

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