第9話 死闘と耐久
「応答がねぇ……声が届く距離じゃないってか……」
クザブはポケットから試作の魔声石を取り出し、緊急事態の報告を試みるが、応答はない。ライラットからの援軍の目処も絶たれた。だからといって、目の前の脅威を見逃すわけにもいかない。
何と言っても、敵前逃亡は弱者のそれだ。プライドが許さない。
「お前等、周りの魔獣どもは任せたぞ!! 俺とエーンジが、この悪魔を相手するからよ……」
「「「了解!!」」」
隊長であるクザブの指示に、他の騎士達は従順に従う。仲間内で争う余裕などない。
「エーンジ。ここで使うぞ」
「はい」
忽然、エーンジの手元から剣と全身を覆う程の黒い装束が出現。その光景を見ていたウェサックスの瞳孔が大きく開く。
「ん? 転移で、剣、それと服……魔法衣、ですカ」
ウェサックスが看破した通り、転移で運んだ装備だ。
剣はクザブが持つ物と同種。黒い装束は彼が右手に装着している黒い装備と同じ素材でできた魔法衣だ。
顔面さえも——目、鼻先から口周りの以外を魔法衣で覆うのは、
「俺の考えた。俺がひり出せる最大最強の技ってやつさ」
フラマウェアを、炎を身体に纏わせるためであった。通常、火炎剣を作り出すには数秒の時間が必要となる。早くても三秒で、遅ければ四秒といったところだ。
そしてもう一つ、上位の応用魔法ザ・フール——炎だけで剣を作るには、早くても六秒。遅ければ八秒程度かかる。
身体に炎を纏う事によって、これらの魔法発動までの時間を短縮できるのだ。
リスクは体を炎で纏う事。それを補うのは判然としている魔法衣である。
「合わせろ……エーンジ」
黒い魔法衣を纏う。クザブは剣を左手に持ち、構えた。
「は、この命に代えても」
彼の言葉に恭順と答え、構えるエーンジ。
忠義の言葉を聞き、クザブの両手が炎で包まれる。すると、握られている剣がみるみるうちに炎に包まれていく。
「凄まじい気迫。わたくし、昂ってきまシタ!」
「一気に決めてやるよ……」
ウェサックスを睨み、クザブは前へ飛んだ。
「「ッ!!」」
剣閃が交差する。
突き出された青炎の剣を、クザブは赤炎の剣で相殺。横からの攻撃を、上からの攻撃を、斜めからの攻撃を、相殺し尽くす。
魔法の技術はほぼ互角。剣に炎を纏わせている為、ややクザブが有利といったところだ。差異は手数の多さ。有利を取れていても、一瞬で覆される。
その前に命を絶つのが最優。首を切り落とすか、生命活動が維持できない程の傷を与えるか。
とはいえ、現実論厳しいと言っていい。実現可能な土壌を形成させるには、鬱陶しい『手数』を削るしかないだろう。一つづつ熟していく。
決まった。なら、最悪を考えるのは負けた時だ。ただ進み、殺す。それだけでいい。
<ウェサックスの視点>
一つずつ積み上げていく、などと考えているのでしょう。
ウェサックスは理解していた。ここは非日常の世界。日常とはかけ離れた戦場である。生と死の狭間で論理的思考を欠く者はいない。それが敗北につながるからだ。生きたい、勝ちたい。そのためにはどうすればいいか思索するものだ。
尚且つ、彼らからすればウェサックスは未知の存在。故に、相手の思考をある程度推考できてしまうのだ。
——そう、例えば……手数の削減ですか、ネ。
そこから考える戦術は、肉を切らせて骨を断つ。
——敢えて! 敢えて、腕数本は差し上げましょう。その代わり命を貰う!
「ヒャオ!!」
身体を右回転させ、左側の手に青炎剣を発生。握り、左の腕全てをクザブに向かって切り上げる。続いて、左側の手の青炎剣を消し、飛び退いたクザブに追随。右側の手に青炎剣を発生させ、握り、振り下ろした。
「——ッ!!」
後退した後、クザブは飛んだ。後隙が大きい攻撃。ウェサックスの左腕を切り落としにかかる。
——かかった! ここだ!!
前もって青炎剣を握らず、フリーにしていた一本の右腕。狙うは首筋。斬首によって命を絶つ。
「させるか!」
「フッ!!」
正面。飛来する岩が手に直撃し、青炎剣が弾かれる。咄嗟に後退しようとするが、地割れ——上位の土魔法クラックに足を取られてしまう。
仕留めるはずだったクザブは重力に吸われるまま、ウェサックスの左腕全てを切り落とした。
右腕を使って地割れから胴を引きずり出し、ウェサックスは態勢を立て直す。
「そういうことですか」
邪魔をしてきたのは、クザブの後ろで傍観に徹していたエーンジだ。合わせろと言ったのは、戦闘のサポートをしろということだろう。
なるほど、第三者視点で観察することによって相手が何を狙っているのか見定めている訳だ。一本出し抜かれた。これは中々、平和ボケした兵士の中にも、猛者はいるものだ。
「わざと俺を誘ったようだが、生憎だったな……」
「生憎、ですか。イイエ! 何の問題もありまセン!!」
赤黒い血が出る左腕から青い炎を放出させ、腕に纏わせる。傷口を焼き、塞ぐのだ。
ただその行為をクザブが許すわけもなく、炎を手から肩まで纏わせ、ウェサックスへ突貫。切り落とされ、腕が無くなった方から攻め込んでいく。
炎剣をぶつけ、ぶつかり、弾き、弾かれ、砕き、砕かれ。技術は互角。互いに傷を負いながら、切り合っていく。手数はウェサックスが未だ上回るが、左側を中心に攻めるクザブが徐々に押していく。
一歩二歩と後退。ただ、押されながらもウェサックスは活路を見出していた。それは、クザブが使う赤炎剣。もっと言えば、炎を纏っている剣の摩耗である。
あと少しだ。
——剣が破壊された時、命を刈り取る。
両者が切り合っている間エーンジは後方に回り込み、ウォールを行使していた。併合魔法ストーンブラストを、ウェサックスの背中に向かって——、
——後頭部から、虚ろな目が開かれる。
エーンジの顔が惕然と引きつる。
愚か、浅はか、考えなし、思慮浅い。
切り合う中、ウェサックスは失った左腕からクザブに向かって青炎を放つ。相対するクザブは両手に持った剣で防御を図るが、その甲斐虚しく。剣が砕け散ってしまう。
ウェサックスは翻然と身体を半回転させ、エーンジへと特攻。飛行する尖石は、周章狼狽するクザブに直撃。身体はボールのように吹っ飛ばされる。
「ぅガァッ!」
「ニヒァッ!!」
呼吸の合った連携と言えど、心までは繋がっていない訳だ。その劣弱を突けばこの通り。先ずは邪魔な存在を排除する。
上下の振り下ろしと振り上げ、右上下、左上下の四方向から切り込み。巨躯を活かして、青炎の腕を後方から背中に——都合、七方向からの攻撃がエーンジを襲う。
——視点はクザブに戻る。
エーンジが飛ばした尖石を受ける直前、クザブはプロテクションで身体を硬化させた。そうすることで、本来当たれば肉塊になってもおかしくない攻撃を、左腕一本の犠牲で抑えた。
激痛だが、プロテクションがなければ痛みさえも感じていなかったであろう。
吹っ飛ばされながら、クザブは前方——ウェサックスに襲われるエーンジを確認。背中に炎を纏い、その纏った炎を後方に吐き出しながら軌道を修正。右手に貯めていた炎で剣を作り、ウェサックスの腕へと投げつけた。
「ッ——!!」
投擲された剣がウェサックスの右腕一本を切り裂く。
その腕は上方向からエーンジを襲う腕。エーンジはその光景に仰天とするが、次には悟ったかのように上へ跳躍していた。
「ナカナカッ!」
弾丸のような、否——炎を後方に吐き出して飛んでいるクザブの姿は、正しく弾丸。それも最後の弾丸だ。
ウェサックスは頭部にある全ての目をジロリと見開き、無くなった左側の腕全てと、先刻切られた右腕一本を構築。臨戦態勢に入った。
右手に赤炎剣を握り、勢いを殺さず突貫するクザブ。その彼とエーンジを纏めて相手にするウェサックス。
——死闘は佳境へと向かう。
オドは酷似している。ここで止まっても意味がない。クザブは構わず飛び続ける。ウェサックスは全ての手に青炎剣を持ち、命を絶とうと一斉に切りかかった。
「ハッ!!!!」
間合いに入ると同時、炎の放出量を増大させ、数多の攻撃を掻い潜ることでウェサックスの懐にまで入る。
「ヒャハ!!!!」
発狂したウェサックスの身体が突然の発火。クザブの視界が青い炎で覆い尽くされる。それは、今クザブがやっている炎を纏う芸当と同じもの。唯一違うのは、魔法衣を纏っているかどうか。しかし、その差異は炎の魔法師であるクザブの先入観を殺した。
身を焼く行為を自ら選ぶはずが無い。ならば炎を身体に纏うことなどしない。その先入観。考えに至らなかった短慮が呼んだ結果。
体の炎が胸の一点に集中していき、巨大な青炎剣となって出現する。
狙いは完璧。今からでは軌道修正したとしても遅いだろう。
やら、れた。
「させるかァァァァ!!!」
一つの黒い背中。それはエーンジ。クザブは本能で理解する。
彼の背中を踏み台にして上に飛んだ。
「ナ、ナニィィィ!?!?」
青炎剣は的を失わず、しかし——、
「ラァァァァァ!!!」
裂帛をあげながら、クザブはウェサックの頭部に赤炎剣を突き刺す。枯渇しかけのオドを掌に集約していき、渾身の魔法を放つ。「ゴォォ!!」という轟音、火柱が獲物の身体を貫いた。
悪魔の命を、クザブが絶った。
オドの酷使による倦怠感が、クザブの身体を襲う。着地寸前、辛うじて地面に足を着くが、足腰に力が入らず坂道を転がり落ちてしまう。
静寂と魔霧。体を半回転して起こす。
「ぁ……ッ……」
ただの布切れとなった黒い装束を脱ぎ捨て、クザブは坂を這い上がっていく。
勝利を確信する為、敵の死体を目視するのだ。
火傷の痛みを堪えて、両足片手を駆使して、坂を上り切った。
見えたのは、頭部から胴体がくり抜かれたウェサックスの死体。確認し終えると、胸中に浮かぶのはエーンジの生死。
エーンジは直ぐに見つかった。悪魔のすぐ傍で、力なく横たわっていた。
「……意識、は……」
人形のように開いたままの瞳孔。土が結膜の上に被さっている様は惨憺。
安らぐ間も、死を甘受する時間もなく、青炎剣に胴体を貫かれて即死したのだ。
「クソ……生きてんのは、まさか俺だけやって言うんじゃ……」
遺体を持って帰る程の体力は残っていない。それより、自らの力で帰ることすら難しいかもしれない。もし、周りの仲間達が霧の魔獣を斃せずにいたのなら、自分が相手をしなければならない。
だのに、余力はこれっぽっちも残ってはいない。大成の一歩手前で頓挫。悪夢でも見て——、
「ゼルブスキー!!」
「ッ、ㇵㇵ……」
眠気に身を任せた。
※ ※ ※ ※
——人と変わらぬ体躯の魔獣が、シュウの首元へ襲い掛かって来る。
「な!?」
「させるか!!」
しなる斬撃が魔獣の腹部を抉り、
「次元斬! ハッ!!」
攻撃を受けて止まった魔獣の首を、次元を超えて飛翔する斬撃が落とす。
この攻撃は、リフの蛇腹剣とグレイの光剣だ。
「リフさん! グレイさん! わりぃ助かった!!」
「この程度当然ですよ」
「援護するぞ……」
グレイとリフはミレナを抱えるシュウの元へと駆け付け、トライアングルの形で背中を預け合う。シュウとミレナが前方を、グレイは左を、リフは右を厳戒する。
「今のがさっき言ってた、敵の用意してる計画ってやつか?」
「わかんねぇ……でも、今のが大量にくるってのは間違いないと思う」
何を無責任な、とは誰も言わない。そんな野暮なことを言う無粋な奴はいない。一人は国家反逆者。一人はその国家反逆者を擁護した漢。一人はそんな馬鹿共のリーダー。
責め立てる時間など、無意味というもの。全員がそれを理解している。
「——ッ! 来るわ! 正面! 右前! 左前も!」
長耳を活発に逆立たせ、敵接近の報告をするミレナ。グレイとリフは鞘から剣を抜き、シュウは拳を前に出して構えた。
四人全員の顔に緊張が走る。
「前方向から全て、ということですか……グレイ、僕が先程のように、今度は複数対攻撃して動きを止める。そこからはいいか?」
「任せろ。俺も魔法の扱いは慣れてきたところだからな」
リフの言葉に、グレイは鼻で笑いながら余裕だと表明する。
少ないながら、彼らの剣術は見て来た。頼もしい限りだ。
「ミレナ。俺が漏らした敵がいたら魔法で止めを刺してくれ」
「おっけ、ていうか、漏らしてない敵も魔法でやっつけてやるわ」
「あぁ、頼んだ……」
単なる強がりとは違う、背中に掴まるミレナの心胆の強さ。
彼女の魔法があれば、鬼に金棒だ。
「聖堂死守だ!」
「うん!」「おう!」「はい!」
心まではと四人の士気は再興され、耐久戦が始まった。
「右から四体来る!」
「左からは三体だ!」
「正面は、何だ……赤い。正面は五体! その内一体が赤い! 身体もでけぇ!!」
右前方の報告をリフが、左前方はグレイが。最後に正面の報告をするシュウの前方、他の魔獣達よりも一回り大きい赤い魔獣が悠然と立つ。
何故身体が大きく、赤色に染まっているのか。理由は分からない。
「ぬッ!!」
剣に光を束ね、攻撃の準備をするグレイ。
「ふん!!」
蛇腹剣を真っすぐへしならせるリフ。
彼が手元を捻ると同時、蛇腹剣の軌道が左の方向へズレる。対面、右へ避けようとした魔獣二体は奇異な動きに反応が遅れ、腹部に蛇腹剣が突き刺さる。
「ッ!」
剣が振られ、その軌道上に居る動きの鈍くなった魔獣に光剣が襲い掛かった。
「頭目ってことかしら? ブリザード!!」
手にオドを集中させ、巨大な氷柱を放つミレナ。
正面、氷柱に潰された魔獣は一体。赤い魔獣含む残りの四体は宙へ避難する。
「ッ!!!」
魔術中核から力を全身に染み渡らせ、肉体の強化を図ったシュウは獲物を狩る猛獣のように駆けた。
先ず狙ったのは、致命を避けはしたが攻撃を被った魔獣だ。右拳が魔獣の胴に食い込み、絶命の過程を飛ばして消し飛ぶ。
次は左脚の届く位置にいた魔獣に向かって蹴り上げ。そして、身体を前回転。再度中へ浮かぶ魔獣の背中へ、右かかと落としをお見舞いした。
「ガァ、ドマ!!」
シュウの左後方、背中を向けたグレイに好機と魔獣が飛び掛かる。
「読みやすいわ」
だが、ミレナの状況把握力はそれを犯させない。シュウの背中に掴まりながら、フロストを使った応用魔法——フロストメアハイトを行使。十本の氷柱が三体の魔獣を穿孔した。
ブリザードよりもオドの消費を少なく、複数を相手に出来る優れモノだ。
残るは正面二体、右二体。正面はシュウとミレナが、右はグレイとリフが相手をする。
正面、背中を顫動させる赤い魔獣に、シュウは何かの予兆ではないかと構え直す。
魔法か、霧の魔獣だから分裂の可能性も——、
「ギ、バゴォッ!」
結末は背中から生えた四本の長い牙だった。
「まずッ!?」
こいつは何かヤバイと、シュウは第六感で感じ取る。左足を一歩分後ろに下げ、飛び退く。が、四本の牙が触手のように伸び、退くシュウに食いつく。
——早ぇぇ!!
後方に飛び退く速さよりも、牙の攻撃速度が上回る。シュウは両腕を前に出して盾に。
威力の強さに腕どころか、身体が飛ばされる。
「——ぅグッ!!」
間一髪ではあるが、致命傷は避けることができた。地面に摩擦跡を残しながら、シュウは体勢を保つ。
「シュウ大丈夫!?」
「いちおうな!!」
両手がびりびりと疼痛を訴える。魔術によって肉体強化を施してもこの痛み。通常なら両腕ごと胴体を貫かれていただろう。これ以上、牙の攻撃をまともに食らうのはよくない。
「むっ!」
攻撃を受け、後方に飛ばされたミレナはフロストメアハイトを行使。二体の魔獣に向かって放つ。数が多く広範囲の攻撃だ。ブリザードの時のように避けることは叶わない。
通常の白い魔獣は氷柱に貫かれ絶命するが、赤い魔獣は牙を使って自身に飛んでくる氷柱を砕き割った。砕け散った氷が周囲に舞う。
「あの牙、固いわね」
「あぁ、他の奴は出さずに……いや、違うな」
「あいつだけが出せるってことね」
シュウとミレナの推論が符合する。牙を出す前に死んだのか、牙を出せないから死んだのか。これは後者で間違いないだろう。「あぁ」とシュウは頷く。
何か打開する策は——頭をフル回転させる最中、ふと目に映ったのは赤い魔獣の体の色。
——体の色が、薄い……
身体の部分は色が薄く、牙の部分は濃くなっている。付け加えると、牙を出す前よりも出した後の方が、少しだけ体の色が薄くなっている。
体の中の何かを牙に凝縮させ、強化しているとでもいうのだろうか。牙の攻撃が強力なのは、もしや——、
「ギャオ!!」
「魔法も!?」
牙の先端から放たれる風と火の魔法を、シュウは足で地面を抉って隆起させることで盾に。
続いて、その盾もろとも破壊する牙での追撃をシュウは右前に避ける。
「もう一度!」
ミレナの手にオドが集まり、十五本の氷柱となって顕現。横から赤い魔獣へと撃ち返す。
「ギャゴ!?」
牙によって十本、身体を翻されたことによって四本。計十四本の氷柱が的を失うが、一本だけ赤い魔獣の右足へと刺さった。刺さった右脚は、霧のように消える。
——やはり、牙以外の部分は脆い!
なら、身体に拳を打ち込むことが出来れば倒せる。しかし、牙による攻撃の速度は尋常ではない。動きを止めるか鈍らせる必要がある。止めるのは難しいが、鈍らせるのなら幾許かましだ。
何か壁になる物があれば、
——そうだ、ミレナの氷を緩衝材に使えばいけるか。
『私は、この子が過去との決着をつけるその時まで、表に出てくることはありません。この子には、そのことは言わないで下さると有難いです』
『俺でよければ、いくらでも頼られてやりますよ』
目覚めた後、ミレナの中で眠っているアルヒと交わした約束。一番良いのは、自身の考えを伝える為、アルヒに変えさせること。獣とはいっても、粗雑に魂胆をさらけ出すのは危険だ。
しかし、それだけでアルヒとの約束を破るのか。選択肢など有って無いようなものだ。その先にある弊害も同様だ。
「ジジッ!!」
「クッ!」
伸びる牙を右手でいなしながら身体を左回転。途中で拾った小石を軽く振りかぶって投げ、魔獣の身体に向かって反撃する。肉を抉る威力の弾だが、その威力を以てしても牙ではじかれてしまう。
だがそれでも十分だ。元より、時間稼ぎが目的である。
「ミレナ。氷の盾作れるか?」
「盾……何に?」
「アイツを斃すのに使う。敵の攻撃の瞬間、盾を作ってくれ! やり方は任せる!」
小石による牽制で距離を稼いでいたが、その戦術も意味を為さなくなる。数の少ない小石なら、防ぎながらでも攻撃に転じれる。そう理解したのか、魔獣はシュウへと距離を詰めてくる。
「ドゥガッ!」
「来るぞ!」
シュウはもう一度攻撃を受ける覚悟で、両手を出して防御の構えを取った。
たちどころに言ったことだ。無茶ぶりかどうか、確かめる時間も無い。無理なら次の戦術を戦闘中に編み出す。その繰り返しだ。
赤い魔獣が構えた。牙での攻撃が来る。
「やってやるってのぉ!!」
湧然とミレナが声を上げると、シュウと魔獣の前に水の壁が発生。一瞬で氷の壁へと切り替わった。
牙は氷の壁に遮られ、破壊されるまでのタイムラグをシュウは逃さない。背中を反り、伸びた牙を腕で掴む。そのまま掴んだ牙を引っ張り、魔獣を氷の壁へ釘付けに。
「ミレナ!」
「ブリザード!」
内容を言及せずとも、ミレナはシュウの呼びかけに答える。手を氷の壁に当て、壁越しに魔法を行使。
——巨大な氷柱が魔獣の身体を穿った。
「考えてたのと違うが、上手くいったな」
「ヒヤヒヤしたわ。ほんと……」
背中越しにミレナがため息を零し、頭を預けてくるのが分かった。背負う彼女の位置を直し、シュウも安堵の溜息。
赤い魔獣が一体だけで現在の苦戦だ。焦燥と不安を吹き飛ばすような、達成と安堵。これで感傷に浸るなとは、鬼畜もいい所だろう。
「霧から発生した魔獣だよな」
「うん、多分だけど……あんな魔獣は見たことが無いわ」
原理は分からないが、斃した霧の魔獣は霧の中に吸い込まれるように消えていった。重ねて、長寿であるミレナの言葉。ここから、魔獣が魔霧から発生していると推考できる。
相も変わらず魔霧は健在のままだが、強敵を斃したことで兆しは良くなっているはずだ。魔霧が消えるまでの辛抱だと思いたい。神代の者とはいえ、魔力は有限であるはずだ。
「えっと、摂魔だっけか? 魔法使ったんだし、何とかの実食っておいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫ぅー。今日の調子なら、ブリザードなら百回はくだらないわよ」
「すげぇな」と感嘆符を浮かべるシュウに、ミレナは誇らしそうに声を漏らす。
背中越しでも、彼女の喜色満面が思い浮かぶというものだ。
「それと名前はタケの実ね」
「はい」
注釈を挟んだ後、目敏いミレナから「腕見せて」と言われ、シュウは赤い魔獣から受けた部分を見せた。
触れられて痛みがあることから、感覚はある。見た感じでは特に異常はない。
治してもらうまでもないと思ったシュウはミレナに「気にするほどじゃない」と流すように言って、言外に治癒を使う必要はないと示唆。
だが、怒色を纏わせたミレナに「ダメ」と頭を軽くチョップされ、シュウは治療を受けた。腕の痛みが引いていく。
「そういえば、護石が効いてないのは……」
「……断定はできないが、肉体の無い器だからかもな。さっき斃した魔獣の死体がなくなってる……思念体と原理は同じってことだろ」
言葉尻を濁らせて訊くミレナに、シュウは憶測を吐露する。
斃したはずの魔獣の死体が、数秒後には嘘であったかのように消えている事実。霧で出来た魔獣。肉体の無い器だからこそ、思念体と同様に侵入出来た。そう考えるべきだろう。
「イエギク君!! ミレナ様!! 大丈夫ですか?」
「リフさん! こっちは一応っすね」
「そっちは大丈夫なの?」
残りの魔獣退治を終えたリフがシュウ達の元へ。目立った外傷はない。
「見ての通り、グレイは安全確認のため今は聖堂の方へ——」
「ッ!?」
頓に、何かが風を切る音をシュウの耳が捉える。
「あぶねぇ!!」
叫びながら、シュウはリフを押して前方向に倒れた。
氷の壁が砕け散った甲高い音。飛んできたのは、一メートルを越える長剣だ。的を失った長剣は直線状にあった家屋を貫通し、大木に弾かれ地面に突き刺さる。
「グ、ググガ、ナ、ガグガ、ゼ、ワカッ、ガガガ、タ」
「な、何なのこいつ!? 人の、顔……なの?」
腰を上げ、見据えた先にいたのは赤紫色の肌をした六足歩行の悪魔。六本の足と対になるように生えた腕には、先刻シュウ達を狙って投げた長剣が握られている。身体は五メートルを越える巨体。最も特徴的なのは、ミレナが独り言ちった人の顔——男、子供、女性の三つの顔があることだ。
魔獣とは違うベクトルの恐怖が、シュウの胸中に渦巻く。
「肉体のある悪魔が、何故村の中に!?」
リフの述懐にシュウも同じ疑問を抱く。魔霧によって護石の効力が無くなったのか、悪魔には効かないのか。ともあれ、対峙するほかない。
「ソレ、ハ、ジバ、マジュウ、ニ、バジババジ、バジ、トラセ、ババ、タ」
「何言ってるか分かんないっての!!」
村を襲う敵の話を聞く必要などなく、ましてや訥々とした要領の得られない口調。ミレナは両手にオドを集中させ、聞く意味無しとブリザードを放った。
「う、そ」
虚を突いたのだが、眼前で起こった現実に三人は瞿然とさせられた。この悪魔、ミレナが放った氷柱を横から長剣で刺し、被弾直前に受け止めたのだ。
当たれば人を吹き飛ばす力はある。動きを見切ったとしても、そう易々と受け止められるものではない。
受け止めるくらいなら、避けるのが正解だ。
——それを受け止める意味とは、技量と力の誇示。
「オレ、ギギ、ワタシ、グガガ、ボク、ババジ、ハ、ツヨイ。ウキャキャ!!」
悪魔から発せられたマナが、冷気が首筋をなぞる。五本の長剣が氷を纏う。徒手には、氷で作られた長剣が握られる。ミレナと同じ水の魔法師だ。
「魔獣達も、ぞろぞろ来やがった」
「拙いですね……」
悪魔の背後には十体の赤い魔獣と、その赤い魔獣を上回る数の霧の魔獣が群がる。
予想を凌駕する危機がモワティ村の前へ立ちはだかった。




