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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
41/113

第8話  魔霧の中には

 ——唐突に目が覚めた。


 目が覚めた理由は、詰まるところ嫌な予感であった。

 シュウは夏用の薄い掛け布団を退かし、靴を履いてベットから立ち上がる。窓から見える薄暗い景色から見て、太陽が上がる五時前——陰刻の十一時前といったところだろうか。


 ——違和感に気付く。


 鳥の鳴き声が聴こえない。シュウは慌てて窓を開くと、違和感が疑念にへと格上げされる。


「静かすぎる……」


 もしや敵が攻めて来たのだろうかと焦ったシュウは、家主のリフの寝室にまで足を運ぶが、


「イエギク君もか……」


「はい」


 同じ結論に至っていた者がもう一人。否、


「お前たちも気付いたか!」


「シュウ! 森の様子がおかしいの!!」


 顔に焦燥をたたえたグレイとミレナが、家の中に押し入って来た。

 最初は疑念の一言に収まっていたが、四人がこうも同じ考えを持っているとなると、器に収まりきらない。


「ミレナ! 周辺がどうなってるか分かるか!?」


「それが駄目なの! 感覚共有できる子がいないのよ!!」


「そりゃ一体、どういう!?」


 シュウは言外に、ミレナに共感覚を使ったのか尋ねるが、芳しくない答えに眉をしかめる。

 疑念が確信へと昇華した。


 ——周囲で異変が起きている。


 周りに感覚を共有できる動物がいないという事実。その時点で異常事態である。しかし、幸い山の中だ。樹々からも感覚を共有できたはずだ。


「ミレナ、樹木からは見れるか?」


「うん、分かった……難しいけど、頑張ってみるね」


「ありがとな。負担掛けちまって悪い」


「いいのいいの……じゃあ見るわよ」


「おう。有事の際は俺が背負うからな」


 両目を閉じて、長耳を小さく揺らしながら深呼吸するミレナ。その集中する彼女の姿は、夜明け前の森閑しんかん。水のように静謐で風のようなしとやかさがあった。

 火急の時であるのに、自然に溶け込んだような没入感をシュウは感じていた。


 ミレナが現実に戻るのを静かに見つめながら待ち、


「ウッ!? ぅぇ!? ゴホゴホ!!」


「ミレナ!?」


「「ミレナ様!?」」


 嘔吐き、床に膝を付いたミレナにシュウ達は駆け寄る。すぐさま「リフ水だ!」とグレイが発すると、リフはリビングの方へ。その背中をグレイが追う。


「大丈夫かおい! 無理する必要は——」


「ちが、う……」


 肩を貸そうとするシュウを、ミレナは含みを持たせた言葉で否定した。表情を疑問で染めるシュウに、彼女は疲弊した目で見ると、


「きょう、かんかくの、せいじゃなくって、みた、ら、ね……きゅうに、ゴホゴホ!」


「ゆっくり話せ! 何があった?」


「木の周りに、いた動物の子達が、ゴホ! ゴホ!」


「水です」


 戻ってきたリフから、シュウは水の入った木製コップを受け取ると、ミレナの肩を無理矢理抱えて、


「ありがとです」


 コップを口に付けてゆっくりと飲ませた。


「ん、ぁ……ありがと」


「気にすんな……」


「タオルを……」


 遅れて戻ってきたグレイからシュウはタオルを受け取り、ミレナの口元に当てる。飲ませていた中途、彼女の口から零れてしまった水を力を入れずに拭き取った。


「話せそうか?」


「うん……木の周りにいた子達がね、みんな倒れてたの。気づいたら、共有してた木の周りも霧で覆われてて……そしたら、急に吐き気と眩暈が感覚として、伝わって来たの……」


 途切れ途切れに語られた言葉は耳を疑うものだった。


「まさか、それって」


 ミレナを襲った吐き気と眩暈。動物たちも同じ症状をわずらわし、倒れているに違いないだろう。加えて、霧に覆われていたという言葉。これらから類推すると、一つの答えに導かれていく。


「魔霧……」


 代弁してみせたのはリフだ。全員の視線が彼へと遷移する。


「だが、魔霧は現代じゃ起きないはずだぞ」


 しかしだ。魔霧が発生しているのはジッケルの森限定であったはずだ。それが、逆の場所に位置するモワティ村に発生するのは腑に落ちない。


 魔霧は公害の一つ。発生する条件は、空気中のマナ濃度が飽和状態に達した時だ。

 リメア曰く、一定以上の時間吸い込むと魔力核が反応し、疲労と嘔吐感に見舞われるとのことだ。症状が出るまでの時間は個人と環境に左右されるとも。

 現代で発生するのは先ずあり得ず、発生したとしても濃度が均一になろうとする現象によって『マナ平衡』という状態になり、直ぐに消えてしまうようなのだ。


 リフに反論したグレイは至極真っ当であった。

 

「神代ならまだしも、霧になるまでマナ濃度が飽和状態になるなんてこと……」


「ジッケルの森……封印されてるソグームドなら、出来るんじゃないの? 一万年前に存在していたなら、神の名残も大きい時代だし……」


 それでもなお、間違っているのはグレイだとミレナは指摘した。

 魔霧を発生させているのはジッケルの森。なら、森から魔霧が進行してきたと考えるのが妥当。どちらも正論だ。


「そんな馬鹿な……」


「なら、魔霧前提で動こう! 幸い無刻の魔刻石もかなりある。束にして使えば対処できるはずだ」


 理解できていないグレイの胸を、リフは叩いて諭す。

 ただの取り越し苦労なのかもしれない。或いは腑に落ちない感情を理屈立てして、正当化しているだけなのかもしれない。


 どちらにせよ、ということだ。通常の霧ならば心配はなく、魔霧なら相応の対処を取る。原因追及はその後でも問題ないはずだ。行動あるのみ。


「村の子達に無刻の魔刻石を持ってもらって、一箇所……聖堂内に集まってもらうようにしましょ!」


「「分かりました!」」


 ミレナの提案に、リフとグレイは力強く返事をした。


 魔霧である可能性を念頭に入れ、無刻の魔刻石を使って被害を抑える。先人たちの知恵によって編み出された魔霧の簡単かつ、効率のいい対処法だ。

 魔力を刻んでいない魔刻石は通常、濃いマナに反応して魔力を吸い取る。そして、魔力を吸い取った魔刻石は、魔力の源——魔刻主の属性へと変化するのだ。

 要は、散漫している魔霧を魔刻石が吸い取ってくれるわけだ。


「シュウ、おんぶお願いできる?」


「任せろ」


 悄然としているミレナの願い出に、シュウは間も置かずに応と答えた。

 彼女の肩から手を放し、背中を見せ、両手を腰に据えて待機。少し待ち、小さい体が背中にしがみ付いたのを確認したなら、立ち上がった。


「私達は村の皆を起こしに回ってくるわ!」


「では俺たちは魔刻石を倉庫から取ってきます!」


 ミレナとシュウ。グレイとリフの二手に別れ、全力で村防衛にへと挑む。


「そっちは任せた!! グレイさん! リフさん!」


「ああ!」「はい!」


 四人はリフ宅を飛び出た。



 ※ ※ ※ ※



 ——追われる視点はミレナ達から。


 向かったのはリフ宅から二つ右に離れた家屋。一つ飛ばしたのは、老人が住む家屋であることと、二つ目の家屋が若い男が住んでいるからだ。

 若い男を起こして、聖堂内に集まるよう他の者に口伝してもらう。老人か若い男どちらが能率的かは分かり切ったこと。

 連鎖的に情報を拡散することで、迅速な対応を取る算段である。


「起きて!!」


 木製扉を無造作に開け、男の寝室に無理やり入るシュウとミレナ。

 家の扉に鍵などといった大層な代物が、都市にしか無い時世だ。扉を蹴破ったり、窓から強引に入る必要がない。当然、付帯の修復もだ。

 緊急時に限っては時間を短縮できるため、シュウは好都合だと感じていた。


「っ、誰だよ……てっ、み、ミレナさま!? イエギクさんも、急にどうなさったのですか!?」


 不機嫌を全面に出しながら起きた男は、起こしに来た張本人を見て飛び起きる。


「もしかしたら、村に魔霧が来てるかもしれないの!!」


「魔霧? とは何ですか!?」


「魔霧の説明はしてる暇がないから後!! 危険かもしれないの! このことと、聖堂内に集まるよう、他の子達に知らせに周って! あと、できるなら若い子に協力してもらうように頼み込んで!」


「あ、はい! 分かりました!」


 状況説明などしている暇はない、と有無を言わせないミレナの鋭い剣幕。男も首を縦に振らざるを得ないと、慌てて寝台から立ち上がり、外に走り出した。



 ※ ※ ※ ※



「何処に仕舞って……確か、奥に……」


 視点は埃と湿気の臭いが混じった倉庫内へと変遷。グレイとリフが魔刻石を求めて、忙しく探し回っている状況だ。


 魔霧対策に使うものは二つ、魔力を刻む前の魔刻石に、魔力を刻んでも一定の利用価値が得られないクズ魔刻石の二つだ。


「あった! これだ!」


 埃をまき散らしながら、リフは大小様々な鉱石——無色透明の水晶が入った箱を取り出した。

 大きい物が通常の魔刻石。小さい物や、他の鉱物が入り混じっている鉱石がクズの魔刻石だ。


「グレイ! これを皆に!」


「リフ! お前は!」


 箱をグレイに渡して、リフは再び倉庫奥へ走る。真意の読めていないグレイにリフは振り返り、


「僕は皆の武器をかき集める! ここまで魔霧が攻めて来たかもしれないんだ! 何らかの意思があって、そうしたに違いない!」


 発生源であるジッケルの森から、魔霧を村まで送ってきたのだ。実施するには膨大なマナが必要となる。それも、徐々に霧が進攻したのではなく、一夜の内の進攻だ。

 前者なら自然にそうなったと考えることもできるが、後者となれば自然と結論付けるのは無理がある。


 考えられるのは、貯めていたオドを一気に放出して魔霧を発生させる。或いはそれに準ずるものだろう。ともかく、何らかの意思があって行ったと推測できる。

 何らかの意思——思いつく節は、ミレナの身柄だろうか。それとも。


「そうか、わかった!」


 リフの思惟する表情を見て、グレイは『任せたぞ』という顔で倉庫を出た。



 ※ ※ ※ ※


 

 それからリフと別れたグレイは、村民への呼びかけに参入。他にも若い男女達が呼びかけに参加してくれた甲斐もあり、安全で素早く事を運ぶことに成功した。


「これで全員か?」


「142、143、144。うん! 全員いるわ!」


 騎士団の者を抜いた村民全員の人数は144名。ミレナの点呼によって、全ての村民が聖堂内に集まったことが確認される。


 集まった村民達は円形——中心から子供、老人、少年少女、女性、男、戦闘能力が高い男女の順に並んでいる。邪魔であった長椅子は端に寄せられ、その上に水と食料が置いてある。

 長時間、籠城ろうじょうすることを加味して、食料を置いているのだ。


「よし! グレイさん達は村の皆を守ってくれ!」


「お前はどうするんだ?」


 ミレナを背負ったまま聖堂から出ようとしたシュウを、グレイが引き止める。

 わざわざ外に出て、身を危険に晒すのは何故か。魔霧前提で動くのなら、消えるまで籠って守りを固めるのが普通ではないか。当然の疑問である。


 だがそうしないのは、


「確かめなきゃならないことがある」


「確かめたいこと……」


 シュウの考えある顔と、その彼の背中で何も疑わずに同行するミレナ。二人を見たグレイはオウム返しをした後、悟ったように無言で頷いた。


「もしこれが敵の計画の一つなら、何か用意してるはずだ」


 遠方からの魔霧の進行。これがもしも、敵の作戦失敗用の策なら、単純な魔霧だけの対策では乗り越えられないかもしれない。

 何か、シュウ達が想像できない存在が、予想をはるかに上回る出来事が起こるかもしれない。


「中は任せた!!」


 心の隅に隠れる不安。もしかしたらと勘ぐる感情。諦観ていかんの思い。それら全てを勢いのまま吐き捨てる。

 抱えたミレナを連れて、シュウは聖堂を後にした。 


「皆! 武器を持ってきた!」


 十数秒後、入れ替わるように聖堂内に入って来たリフ。装備品を錯雑さくざつに束ね入れた箱を扉の前に置くと、彼は聖堂内を見渡す。シュウとミレナがいないことを目視で確認すると、


「イエギク君達は?」


「外だ! 確かめたいことがあるってな!」


 リフの問いかけに、グレイは居場所とそこへ向かった理由を述べる。真相は突いていないが、リフにはそれだけで充分であった。


「分かった! 僕も外に行く! ここは任せたよ!!」


「待てリフ! 俺も、ついて行く!」


 既に武器を防具を装備しているリフを見て、グレイも同じ結論に至る。今後ミレナ達の世話になることが分かっているのだ。何より、二人だけでは心配で仕方がない。助太刀するべきだ。


「……あぁ、わかった! 君の武器と装備だ!! 行くぞ!!」


 やはり君らしいといった表情でリフは笑う。箱からグレイ専用の装備を取り出し、彼に投げ渡す。

 グレイの装備着用の時間を待ち、準備が整えば二人は聖堂内を出た。



 ※ ※ ※ ※



 無刻の魔刻石を首の下に掛け、魔霧に覆われつつある村の中心へとシュウ達は辿り着く。村の外はたった十分程度で、真っ白な霧の世界に転変しつつあった。

 この霧を無暗に吸い込み続ければ、疲労と嘔吐感で動けなくなってしまう。


 冷汗が額から頬へと垂れていく感触。妙に長い。


「何かの足音、どんどん近づいてくる」


「どういうのか、わかるか?」


 背中にガチっと掴まり、精神を研ぎ澄ませているミレナに、シュウは漠然とした全容を訊く。


 現在は共感覚を使わず、ミレナ自身の感覚のみで周囲を哨戒しょうかいしている。先程のように共感覚を使い、彼女が昏倒こんとうするのを避ける為だ。


 霧に邪魔される所為か、シュウの感覚では何も感じ取ることが出来ない。


 ——大きすぎる気配の所為で、小さい気配が読めない。


 何者かの大きな気配がずっと傍にいる感覚だ。


「多分動物、それも四足歩行。足音は小さいわ……群集、統率は取れてなさそう」


「小型の動物達が逃げて来たのか? 共感覚は」


 前案の撤回だ。走って逃げて来た動物なら、魔霧の影響を受けていないことになる。共感覚を使って、視覚や聴覚を共有させたとしても大丈夫という——、


「…………嘘、何で、待って! シュウ来るわ! 右から!!」


 長耳を忙しなく動かし、ミレナはシュウの肩を叩く。そして、右方向を指さして指示を送った。


 突如の指示と鈍化した感覚が嚙み合わさり、シュウの全身が強張る。何者かの急接近に始動が遅れ、身体を全力回避に預けようとした時、彼の双眸は丸くなった。


「ガぉッ! ガルゥマァァ!!」


「な!?」


 人と変わらぬ体躯の希薄きはくな何かが、シュウの首元へ襲い掛かって来た。



 ※ ※ ※ ※



 日が完全に登る前の早朝、ジッケルの森。約240名の騎馬隊が封印の祠を目指し、駆け抜けていた。


 部隊は中隊。その下に約60名の小隊が4つ付き、更にその下に約10名の分隊が6つ付いた構成になっている。即ち、小隊4つ分隊24つで構成された中隊が鱗の陣形で、森の中を移動していることになる。


「右前方!! 霧の魔獣接近してきます!!」


「A3分隊で対処しろ!! ローレンに力を使わせるな!! ソグームドに全力でぶつかってもらうからな!!」


 中隊と小隊Aを指揮するのは最上級騎士のクザブ。小隊BCDを指揮するのは、動揺の最上級騎士の者だ。分隊は、上級騎士と上級騎士候補が隊長を担っている。


「了解!! A3分隊は俺に付いてこい!! 霧の魔獣の侵入を! 決して許すな!!」


「「「はい!!!」」」


 右前方からの接敵に、クザブは陣形の右上に位置するA3分隊にあてがう。

 A3分隊は上級騎士が指揮する分隊だ。精鋭の上級騎士はローレン補助の為に残しておきたいところだが、上級騎士候補兵に先陣を切らせるのは混乱を招く可能性がある。

 苦渋くじゅうの選択というべきだろう。


「魔霧の原因は封印の祠で間違いなさそうですね!!」


「あぁ!……祠に近づくにつれて、霧が濃くなってやがる。だが、なんちゅうマナの濃さだ。無刻の魔刻石がなきゃ、今頃魔力酔いでまともに動けなくなってるぞ!」


 クザブの直ぐ後ろを走る分隊A1。それを指揮するエーンジの言葉に、彼は恨みつらみを吐き出すように発した。


「ひ、左後方から! きき、霧の魔獣!! きまふ!!」


「B4分隊で対処しろ!!」


 クザブは左後方から近づく敵に、今度は隊の一番左後方を走るB4分隊を会敵させる。上級騎士候補が指揮する分隊だ。


「は、はひぃ!!! い、イクゾ、お前らぁぁぁぁ!!!」

 

「あ!? 人選ミスってんだろ!! クソが!!」


 明らかにおののいている者が率いる分隊。精神均衡も保てない程のクズが隊長に選ばれている事実に、クザブは捌け口が無い怒りを口にする。

 死と隣り合わせの状況下、悪い精神が他者へと伝播でんぱするのは不思議なことではない。隊長の精神が崩壊するなど言語道断だ。


 上級騎士の候補に躍り出る実力があるとはいっても、候補と上級騎士とでこれほどまでに大きなへだたりがあるとは。弱者の弱さというのは、憎しみが湧いて出てくるほどだ。ストレスでしかない。


「前方から多数! 霧の魔獣接近してきます!!」


 正面から十数体の敵が接近してくる。


「陣形は崩すな! 前方ならこのまま押し潰すぞ!! 先陣は俺が切る!! 抜けて来た敵は陣形の外側の者が対処しろ!!! ビビんじゃねぇぞ!!!」


「「「了解!!!」」」


「プロテクション!」


 指揮を執り、クザブは一気に馬を前方へと走らせた。

 プロテクションによって人馬一体となった彼らの速さは、六十キロを優に超える。前方から接近する霧の魔獣へと特攻していく。


 剣を握る右腕には、騎士服とは別の耐熱用の黒い魔法衣が装着してある。火属性の魔法師が愛用する魔法衣だ。


 左右前方の魔獣を火属性の中位に当たる応用魔法フラマウェア——火炎剣で切り捨てる。更に、切った軌道上にいた魔獣に向かって炎の斬撃を飛ばし、二体の魔獣を両断。最後に真正面で風魔法を放とうとする魔獣へ、フレアを放って消し飛ばした。

 この時間はわずか五秒。狂いなく、五体の魔獣を正確に処理した。


「…………」


 霧の魔獣であるからだろうか、クザブは切った感触が軽いのに違和を感じた。


「す、すげぇ!! 一瞬で五体を!」


「ンンッ!!!」


 感嘆の声を後ろにして、エーンジはプロテクションを行使。姿勢を低くして馬の上に立ち、に手を掛け跳躍する。

 跳躍した方向にいた魔獣を切り裂き、大木を足場にして反対方向へ。軌道上にいた二体を剣戟でき殺す。身体を空中で前回転させ、木を使って上空に飛び上がる。重力に引かれるまま、剣を真下にいた魔獣に目掛けて突き刺した。


「エーンジさんもすげぇ!! 四体を一瞬に!」


 歓声に応えようと手を上げた時、エーンジは目にする。突き刺した魔獣が、たおした魔獣が霧の中に溶け込んでいくではないか。


「消え……」


 エーンジは馬に飛び乗ると、前を走るクザブの元へと馬を走らせた。


「先ほどの魔獣、切った手応えがありませんでした。それと、斃した筈の魔獣が霧に溶け込んだことから察するに」


「ああ、この霧自体が魔獣達の源と考えてよさそうだな」


 その答えに至った二人の脳内は、恐怖が根付き始めていた。

 霧が魔獣の源なら、何故敵は一斉投下ではなく逐次投下するのか。シンプルに魔獣を構築するのに、時間が掛かっているだけなのかもしれない。

 だが、それらしい論理で反論しても、払拭しようのない恐怖だけが残る。誘われているのではなかろうか。そうだと経験が主張している。


「見えてきました!」


「あれが……チッ、考えても仕方ない。結局、原因を絶つしかないんだからな」


 雑念を排斥して、クザブは初志貫徹を志す。後方で残りの魔獣と戦っている騎士達に指示を送るため、彼は深呼吸。


「よし! 祠だお前ら!! 作戦通りローレンを守りながら、円の陣形に展開しろ!! 小隊、分隊の隊長はローレンと共に祠の中に入れ!!」


「「「了解!!」」」


 自ら先陣を切ったクザブは、気焔の指示を下した。


「馬を死守しつつ、近づく敵の対処!! 絶対に! 絶対に敵を! 祠の中には通すなぁぁぁぁ!!!」


 馬を降り、ローレン含む精鋭騎士達が祠の階段に走っていく。対して、残った騎士達は馬を中心にして、祠の入り口を円の陣形で囲う。


 士気の上がった部隊の団結力はさもありなん。クザブのカリスマ性が部隊を鼓舞したのだ。

 この人が、次なる騎士団長の座へ就くに相応しいと言い知らしめる程のカリスマである。


扶助ふじょ感謝します皆さん!」


「感謝は仕事を終わらせてからだ! 行くぞ!!」


 ローレンの謝意をクザブは男の余裕で受け流した。

 手入れが行き届かず、廃墟となった祠の入口へと急ぐ。


 苔で滑やすくなった階段を気にすることなく駆け下り、暗く光が届かない地下空洞に淡黄蘗うすきはだの鉱石——光の魔刻石を投げ、上位のフォトンを行使。

 間もなく光は地下全体を照らし、その先に異形の存在を捉えた。


「あれは……」


「いかにもって感じの門番だな」


 ローレンの言いたいことをクザブが引き受ける。


 鬼のように凶悪な顔貌に、額に黒い角を二本生やした悪魔だ。巨大な薙刀を片手で持ち、門の前で仁王立ちした黒い悪魔がローレン達の前に立ちふさがった。


「俺に——ッ!?」


 上方向からの殺気に、門番の悪魔に飛び込もうとしたクザブの手が止まる。彼の次にローレンが、その次にエーンジ含むその他大勢の騎士が上を向く。

 もう一体の黒い悪魔が天井から奇襲を掛けて来た。


「「「!???!??!?」」」


 四方に飛び避ける。


 果たして、その殺気すらも陽動に思えるほどの危機を全員が感じ取った。地面が光り、放たれた閃光はフォトンの光をも覆い尽し、


「こいつは!?」


 先程まで地下に居たはずが、いつの間にか魔霧が立ち込める森の中に。数多の経験によって培われた違和は、達観であった。


 ——転移させられた!!


「クソッ」


 それも、重要な人物を一人除いてである。


「まんまと! ローレンがいねぇ!」


 神将のローレン・アメニアだけが転移に巻き込まれていない。となれば、今彼は一人。門番の魔獣と対峙したうえで、諸悪のソグームドと戦わなければならない。

 またかなり深い地下だ。祠の周りで敵の侵入を防いでいる騎士達に、危機的状況が伝わっていないのはまずい。


「んんんんんんんん!!! 先ので、一人はやっておくつもりでしたが、外れましたねぇぇぇ!! 気配を殺したつもりですが、僅かな殺気で気付かれるとは……聊か、見誤っていたようで」


 クザブ達の前に立つのは黒い悪魔。逆三角形の胴に百足のように何本も生えた手足。頭は猫のような形。黒い肌から開かれた白い結膜けつまくと中心にある黒い瞳は、飲み込まれるように奥が深い。

 底が無いというべきか。


 黒い悪魔は無数の手足を奇々怪々に動かし、背中を反って愉悦ゆえつする。これから殺し合うことを知っていての狼藉ろうぜき狂態きょうたいという言葉を、当てはめたような相手だ。

 悪魔の周りには、ジッケルの森にもいた霧の魔獣が合図を待つように待機している。数は比にならない多さだ。


 経験からの違和感は間違いではなかった。誘われたのだ。

 敵が祠の中に攻めて来るになら、敢えて攻めやすいように誘い込ませる。そして油断させ、隙を突いて分断する作戦ということだろう。


「てめぇ……」


 相手のペースに呑まれないように、クザブは舌打ちをして悪魔を睨み付けた。


「しかしイイ! わたくしが見誤っていたことを諭してくれた方々!! あぁはぁぁぁ!! ンンンンン!!! 感謝です!!!」


 だが、悪魔は殺意の孕んだ視線をもろともせず、一心不乱に愉悦するのみ。超然というよりは、無警戒。事実、クザブ以外の騎士達もそれに気づきつつあり、


「隙あり……」


 一人の騎士が隙を突き、背後から悪魔の首を取ろうと切りかかった。


「貴方達という材料があったからこそ、わたくしはもう一つ高位の存在に——ッ!!?!??」


 ——首が消し飛んだ。


「あらあら、いけませんねぇ……相手の会話中ですよ。礼儀の分からない方です」


 ただし、消し飛んだのは悪魔ではなく、隙を突いた騎士の頭だった。

 一瞬、手から青く光る炎の剣が生じたのをクザブは見た。一つの手から炎の剣が刹那的に現われ、騎士に向かって剣を突き刺し、刹那的に消えたのだ。


 ——早業であった。


 肉塊になった体からは鮮血が飛び散り、地面へと無残になげうたれた。


「ガブぉッ」


「少し待ちなさい……んん! いいですよ!」


 死体へと群がろうとする魔獣達を悪魔はペットを飼いならした犬のように制止。我慢できれば、指を鳴らして食事の合図を送る。


「しかし悲しい。相手の話はしっかり聞くようにと、親から……いや、もしかすれば、死んだ貴方は自らの地位を蔑ろにすることによって、わたくしを斃し犠牲を出さぬようにしたでしょうか!? そうだとすれば、嘆美です! むしろ美シイ!! 自己犠牲のセイ!! シン!! 美しすギル!! 美しすギル!! あぁッはァァァァァァ!!!」


 ただの奇人ではない悪魔の強さに、戦慄が走る。

 それだけではない。亡骸に群がっていた魔獣達の身体が激しく揺れ動いた後、赤い姿に変貌したのだ。

 血を吸い強化されたとでもいうのだろうか。肉体の大きさも増している。


 魔獣も相手にしなければならないのだ。


「あ、いけません。申し遅れました。わたくし、ウェサックスと申します。これから殺し合う身……是非名前だけでも憶えて、死んでいってくだサイ!!」


 悪魔——ウェサックスの戦闘開始の合図とともに、魔獣達が突撃してきた。

 


 ※ ※ ※ ※



「ワレ、シンコウス」


 転移によって人気のなくなった地下空洞。鬼顔の悪魔——ツェルコが中央都へ向かって進攻しようと重い足を動かした。


「ぁ、助け!」


「…………?」


 階段を降り、祠の中に逃げてきた一人の騎士がいた。目は絶望で陰り、白い騎士服は泥で黒く染まって騎士の清廉せいれんさはない。


「ぁぉゲャ!?」


 男は階段で足を滑らせると、ツェルコの目の前まで転がり落ちる。血迷ったか、助けを求めるようにツェルコへ手を伸ばすが、願いが届くことなく。追いついた魔獣に食い殺され、絶命した。


「タアイナイ」


 階段を上り切る頃には、祠の周りにいた騎士達は全滅していた。

 神将の誘い込みに成功したことで、ソグームドが惜しみなく魔獣を発生させ始めたからだ。

 身体を赤く変貌させ、体躯も大きくさせた魔獣達がツェルコに忠心を注ぐ。


「ゴウユウハ、ドコダ」


 強者を求め放浪する鬼武者の進行に、魔獣達も付き従っていった。

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