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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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第6話 積もり積もって塊と化す

 翌朝一行は、中央都内にある仕立屋に訪れていた。

 店内はレトロな雰囲気漂う、こじんまりとした内装。壁一面を多種の布が敷き詰めている様は、壮麗そうれいの一言だ。

 できるなら昼下がりに、コーヒーを片手に持って読書に耽りたいところだが。


「イエギクさん、似合ってますよ!!」

 

 最後の試着を終えたシュウに、リメアはそう言った。上下黒色の服を身に着け、身体全体を伸び縮みさせて機動性の確認。終わると着替え、仕立てて貰った服を皮袋に仕舞った。

 そのシュウの一挙手一投足を見て、なぜか陶然としているリメア。

 女々しい己からの脱却。男らしくを志すリメアにとって、彼の漢らしさは道しるべそのもの。真似るもとい、教わっているのだ。

 

 シュウは彼の視線に気づいているが、その理由までは分かっていない。


「要望通り、運動用の上下三着、身丈、肩幅、身幅、袖丈、袖幅、ウエスト、股上、股下……全て同じ素材のもので仕立ててもらいました」


 他には靴を二足ほど仕立ててもらった。シャツは三着、現在進行でクレイシアに頼み込んである。

 靴は革製のモノではなく、こちらも機動性を重視した布の靴だ。


「わざわざありがとうございます」


 シュウは頭に手を当て、リメアへ心からの謝恩を送った。

 レイキの魔法に飲み込まれ、服と靴もろともボロボロにされてしまってからというもの、不便で仕方なかった。しかし、これでその煩労はんろうともおさらば。気兼ねなく戦闘に挑める訳だ。

 改め、人脈の大切さが身に染みて分かった。


「いえいえ、イエギクさんには返し切れない恩がありますから……というか恩とか関係なく、イエギクさんの為なら、不肖このリメア・ニュートラル! いくらでも出費いたしましょう!」


「あ、はは……」


 快活に敬礼するリメアの言葉に、シュウは頬を弛緩させた。

 食い込み気味の彼の姿勢と双眸はガチだ。それこそ、パーティ用のスーツが欲しいと言えば、一泊の間もなく「はい!」と返して来るだろう。

 施しを受けることも大事だが、それを理由にあれこれと頼るのは別である。


「ならまた今度、頼らさせてもらいます」


 流石に頼りすぎるのは良くないと思ったシュウは、『また』という最適な言葉で危機回避。

 仲間だからを言い訳に、有り金をはたかせるのは夢見が悪い。そうだ。周囲のイメージも悪くなるし、何より自分の為である。自惚れてはいけない。


「シュウ。試着終わった?」


「一応な。そっちは?」


「こっちも一応」


 ガチャリとドアが開き、隣室からミレナがちょこっと顔を出す。深呼吸で落ち着きを払うと、彼女は全身をシュウの前にさらけ出した。


 町娘のような服とは真逆の敏捷性の高い服装。ひらひらとした丈の長い粧飾しょうしょくは皆無。彼女の華奢な体躯に合わせたスレンダーな服だ。

 肩には布製のマントを身に着け、靴は可愛さを付け足したブーツ。


 森の狩人というイメージがある服装だ。


「似合ってんじゃねぇか」


「でしょでしょ? 私の好きな緑が基本ってのがすっごくいいわ。このパンツは着慣れてないから、ちょっと違和感あるけど」


 ミレナは服の全貌を見やすいように、上体を左右に動かす。次は振り返り、太ももにフィットしているパンツの端を伸ばして、着慣れていないことを強調した。


「動きやすさ重視だからな。スカートとか、いつも着てるワンピースじゃ動き辛い。慣れるしかないな」


「分かってるってば……」


 勢いよく頭にフードを被って、ミレナは理屈っぽいシュウにウィンク。

 分かってくれているのか、分かってくれていないのか微妙な反応だ。


 敵はミレナの治癒魔法の有用さを知っている節がある。ならば先ずその彼女を叩き、治癒の手立てを絶とうとするのは道理だろう。レイキのように、殺しにかかって来ることも考えられる。

 シュウには魔術による肉体強化があるが、ミレナにはそれがないのだ。不意が死に繋がって来ることもある。

 だからこそ、見た目は違うが、そのための同じ素材。都内での仕立てである。


 この世界では魔法衣まほういと呼名されているようだ。代表的なのは騎士服。

 例を挙げると、六色鉱石の一つである土属性の魔含石を融解。沁み込ませた素材で服を仕立てる。


「いいなぁ……古着じゃ、胸のサイズが、合わない物ばっかり」


 ドアを開く音——鐘の音が鳴ると、そこには給仕服のリザベート。そして、彼女の後方から、グーダが布の袋を持って店内に入って来た。二人が訪れていたのは古着屋だ。

 普段着も欲しいと懇願するリザベートの意をがえんじ、急遽きゅうきょグーダに付き添ってもらったわけだ。要は子供のリザベートを一人で行かせる訳にはいかない為、年上のグーダに保護者役を任せた。そういうことである。


「リザベートさん用は、聞き及んでいなかったので。申し訳ないです」


 気付いて、頭を下げるリメア。

 省みる彼に非はない。あるなら彼の言う通り、頼んでいなかったシュウ達側にある。


「いえ、わたしの、我儘からはじまったことだから、大丈夫です」


「——とはいっても、古着のサイズがほとんど合わないってのは予想外だな。アンタ、本当に十五か?」


「はい。成長期、だからかな?」


 多分違うと言いたげなグーダの顔。

 成長期で説明が付くなら、背丈が伸びず胸だけ成長するのは少し齟齬がある気がする。やたら胸だけ成長速度が速いのは、成長期というよりは遺伝のように思えてしまう。 

 

「一回村に帰って、クレイシアさんに、服を仕立ててもらうってのは? 仕事してるとこ見たが、クレイシアさんかなり手先器用だったし、そっちの方が早いかもな」


 シュウとミレナが中央都内の仕立屋で仕立てて貰ったのは他でもない。戦闘時——魔法衣に、敵の攻撃から身体を守ってもらう為だ。


 ただ、リザベートが戦う予定は無く、必要もないために魔法衣を仕立てて貰うまでもない。また、リザベートは土魔法師である。自身の魔法で体を守ることが可能だ。


「いいんじゃない? 私のドレスもクレイシアが仕立ててくれたのよ。可愛い服、仕立てて貰ったら?」


「そう、ですね……クレイシアさんに、仕立てて貰います」


 仕立てて貰った服を試着する未来を思い描いてか、リザベートは少女の無垢な笑顔を見せる。

 果たして、羨望せんぼうの感情は跡もなく過ぎ去っていた。


 少女の感情、それも思春期真っ盛りの年齢だ。興味は直ぐに変遷し、無くなったもの、元々ないものには色が出ないのは当たり前。

 シュウとミレナの提案は、彼女に効果覿面(てきめん)だったようだ。


 ——紆余曲折、五人は仕立屋を後にした。


 賑やかな大通りまで移動。立ち止まると、


「では、明日の夕刻。私の別宅に集合。二日後の早朝に出立という予定で!」


「またねリメア!」


「はい!」


 予定通り、一度別れることにした。



 ※ ※ ※ ※




 予定とは、昨夜。神人を仲間にしよう作戦を、リメアが明かした直後に立てたものだ。


「今もこのアルヒスト北西部の仙境で健在し、この名傑列伝にも厳然と記されている人物! 神将のアメニア君をも超える紅蓮の神仙!! エンタク様にお力添えしてもらおうと思います!!!」


 高らかと、拍子木ひょうしぎが鳴ったかのように思える程の錯覚を、シュウは感じていた。

 否、彼だけではない。横に座るミレナとリザベート。外から様子を窺っていたグーダ。気絶していたブーノとフーナでさえも、起き上がって目を丸くしていた。


 ただ唯一、ミレナだけが驚きの中に憂いを宿していたことに、シュウの視線が食いつく。


「エンタクって、あのエンタクよね?」


「はい! 世界で恐らく、魔獣との共存を最初に実現させ、サツガヤ金脈やフイケン魔刻脈などの有名な鉱山があるアンコウエンの領主! エンタク様です!!」


 リメアはもったいぶるミレナに悪びれることなく——というか単純に、エンタクと呼ばれる人物に対しての質問されたと思ったのだろう。

 彼はもう一度、拍子木を鳴らすような勢いで、エンタクについて注釈した。

 

 馬鹿でも凄さを理解できてしまう金が採れる金脈に、異世界では価値の高い六色鉱石の一つが採れる魔刻脈。

 重ねて領主で、名傑列伝という挺然ていぜんたる書にも記されている神人。正しく、人々から仰がれる畏敬の存在なのだろう。現に、リメアの瞳には恍惚が孕んでいる。


「それは分かったけど、私が言いたいのはその……多分そいつ、協力してくれないわよ」


「え!? それは一体どういう!?」


 天然っぷりを遺憾なく発揮したリメアだが、ミレナの直接的な言葉には気付かざるを得なく。腰を上げて吃驚きっきょうをあらわに。

 知識の量と勘の鋭さは違うということを、改めて体現してくれたリメアだ。


「六百年ぐらい前だったかな……仲の良かった鳥のターちゃんから聞いたんだけど、後継者争いだっけ? 王子が内戦を収めるためにってエンタクに協力を仰いだらしいんだけど、故郷以外のいざこざに協力するつもりはないって、断られたらしいわよ。それもエンタク本人からじゃなくて、従者の子に」


 唖然というリメアの表情。彼ほどではないものの、それぞれ呆気にとられてしまっている。

 高らかに目的を明かしたと思いきや、目の前にあった巨石に頓挫とんざさせられたのだ。仕方ないと言えば、仕方ない。


 それより、流してしまうところだったが、ミレナの共感覚は改めて便利が過ぎる。『隠蔽』『隠匿』『隠秘』『隠伏』といった隠し隠れる行為全て、彼女には意味を為さないだろう。


 動物や昆虫、植物が見ていたのなら、ミレナ伝いで真実を暴かれてしまう。弊害はあるが、それでも共感覚恐るべし。

 

「国史にそんなことは一切……私の魔獣共存から始まる迫害問題の解決プランがぁ……おのれ歴史家ども!! 私の時間と夢を返せェェェ!!」


「「「八つ当たりだな」」」


 頭を抱えて叫ぶリメアに、三兄妹が酷薄な評価。


 それにしても、エンタクという神人の心象。王子自らの要求を断るのは疎か、謁見すらも許さない性格から見るに、相当に肝が据わっているようだ。

 要求を断ったことによって、謀反だと戦争を仕掛けられることも——そこでシュウの思考が止まる。


 完全に価値観の違いだった。


 神人。神の血を多く引く存在。神を崇める人々。

 シュウは領主という部分に引っ張られていたのだ。本来なら王族よりも、神人の方が敬われる存在なのだ。

 断ったとしても、何ら瑕疵かしはないだろう。


 こればかりは同情の余地しかない、というのは流石にリメアの荷が重い。シュウは思慮の世界にのめり込んだ。


 数分の沈黙後。


「まぁでも、行ってみる価値はあるんじゃないっすか……?」


「な、何か良い策があるんですね! イエギクさん!!」


「ぁぁ、いや……その、策ッてほどじゃ、エンタク様ってのが今も六百年前と同じ考えなのかも分かんないですし、同じでも今回の場合、敵は国を転覆させようとしたんですから、そのエンタク様の言う故郷にも関係してくるんじゃないかと思って……」


 思慮の末に出た答えは、盲点の指摘であった。


「確かにそうね」


「なら、行く価値は充分あるということですね!」


「まぁ、詭弁っすけど……」


 一理あると首肯するミレナに、握りこぶしを固めて起立するリメア。思いのほかの好評に、シュウは詭弁だと主張した。


 分からないなら行ってみるとはいったものの、失敗時の費用対効果は貧弱だ。

 何より『故郷に関係する』を、引き合いに出そうとするのは短慮。浅薄と唾棄されてもおかしくない。そうなれば、二度と協力はしてくれないだろう。

 エンタクと会うまでに、彼を説得できる材料を用意しておかなければならない。そして、ミレナ達にも顧慮こりょしてもらわなければ。


「よっしゃ!! じゃあアタシらも付いて——ッ」


「それはダメだ。ついて行くなら俺だけだ」


「は? ざっけんなグーダ! お前だけずるいぞ!!」


 フーナの言葉尻を掴んだのは長男のグーダだ。フーナと同様の考えだったブーノも、随身拒否に前足を出して怒り散らす。


「馬鹿かよ、お前らは……イエギクのにぃやんがいってたように、敵は国を転覆させようとしてる。こっちの動向を見て、襲い掛かってくることだって相応にあるんだ。ガキのお前ら連れてくわけにはいかねぇ」


「「おめぇもガキだろうが!!」」


「んだと! うっせ!! それにガキつってもただのガキじゃねぇ!!」


 ガキが理由で却下した二人に、ガキであると突っつかれるグーダ。彼に突拍子で言い返す力が無いように見えるのは事実で、逆切れしてしまっている。


「いいか! お前らは十一と十二。俺は十六。四つ以上離れてるんだ! んなこと許せっかボケ!! なぁ若頭。そうだろ……」


 グーダから話題の中枢を担われ、リメアはその佳麗な顔をより整ったものへと引き締める。彼にとって子供達は大切な存在。それをみすみす冒してしまうような選択は選ばないだろう。

 シュウの憂慮は間違っていなく、彼の言葉は、


「——その通りです。本当なら、二人どころかグーダも連れて行きたくはありません。ですが、グーダの実力は私が二番目に理解しています。連れて行くのなら、グーダだけです」 


「ざけんなリメア!! アタシたちが弱いって言いたいのか!?」


「そうではありません。フーナとブーノはまだ幼い」


「ガキ扱いすんな!!」


 不相応な評価にはフーナが憤然ふんぜんと壁を叩き、幼さの指摘にはブーノが地団駄を踏む。似て非なるが、リメアの随身拒否に不満が残る二人だ。

 席を立つと、その二人の前でひざを折って屈むリメア。彼は右人差し指を立てて、

 

「していません! いいですか、フーナ。ブーノ……ここには貴方達以上に幼い子もいます。ですから、フーナとブーノには子供達を守ってほしいのです。これは二人の実力を知っているからこそ、お姉ちゃんお兄ちゃんだからこそ、お願いしているのですよ。いいですか?」


「…………だぁ分かったよ!! ここに残りゃいいんだろ!」


「ブーノは?」


「分かったよ……俺が守んなきゃ、こいつら生きてけねぇからな……」


 腕を組み、そっぽを向きながらも請け負うフーナ。顔に余憤を残しながらも、しぶしぶ了承するブーノ。


「ありがとう。フーナ。ブーノ」


 二人が首を縦に振ってくれたことに、リメアは慶色けいしょくで返した。


 弱い者扱い、子ども扱いされるのが嫌な多感な時期。とはいえ、融通が利かない程、子供でもない時期だ。幼くも、強いと認められるからこそ、年上であるからこそ頼み込まれた事実。

 その意味が分からないフーナとブーノではない。分からなければ、それは弱く幼くある証左で、二人はそれを子供心なりに理解しているのだ。


「オイてめぇ……」


「俺か?」


「そうだ。てめぇだゴラ。リメア達に生意気な真似しやがったら、絞めるから覚悟しとけよ」


 今度はブーノによって、話題の中枢がシュウへと渡る。

 気に食わない奴が、気に入っている仲間と一時を共にするのだ。当たり前と言えば、当たり前の忠言である。 


「ちょっとブーノ。イエギクさんにそんなこと言っては……」


「大丈夫っすリメアさん。そいつが俺を嫌ってる理由は大体分かってますから……ブーノだったか。お前が思ってるようなことは起きねぇから安心しとけ。守らなきゃいけねぇ、子供達のことだけ心配しとくんだな」


 叱責しようとするリメアを、シュウは立ち上がって止めた。それからブーノの前にまで歩き、彼の肩に手を乗せ、目を合わせて言った。

 気に食わない奴に託してくれた事への、シュウなりの感謝だ。


「ダッセェブーノ。言い負かされてやんの……ま、アタシは黒髪の兄ちゃんのこと、最初から信用してたけどな。ニシシ……」


「チッ、やっぱ、気に入らねぇ……」


 ブーノには混沌が理解できなかった。




 ——同刻、中央都議事院前。


 他の建物とは一線を画している風光明媚な建物。一番突起している中央塔。周囲には、それぞれの省に合わせた議事場がある。中央塔最上部には王室が設けられていて、王自らが可決した案を民衆に公表する仕組みになっている。


「結局、うろこの陣形からの円の陣形になったか……再確認だ。詳細は」


「攻めに特化した陣形でソグームドの祠まで直進。神将と精鋭騎士は祠に入り、残りの騎士は円の陣形で、祠の中に敵が侵入しないように守る。ということです」


 議事院内から出てきたのはあぐんでいるクザブと、資料を片手に持つエーンジだ。夕食を済ませる為、二人は食店に足を運んでいる。ピザを食し、安酒を嗜むつもりだ。

 

「それで、魔霧の原因が他にある場合は逐次ちくじ調査して対処。か……ほんといけしゃあしゃあに言いやがるな、引退じじばばどもは……」


「決行は二日後の朝。ライラットを兵站へいたん拠点にして、対処または調査が長引く場合は騎士の交換を行う、と……」


「ローレン可哀想やな……交換するのは騎士だけか。ま、神将は一人だけなんだししゃあないはしゃあないか……」


「それと、ライラットで待機している兵は、次の交代時間が来るまではジッケルの森に民衆が入らないよう、警備するようで……予定では南を中央都騎士。北をフェアラードの騎士が警備してくれるそうです」


 警備が南北だけであるのは、ジッケルの森が東西の山に挟まれた場所に位置しているからである。現在山は魔獣達の住処であり、東西から森に侵入することは民衆にとって不可能に等しい。


 中央都は山に囲まれている。ジッケルの森が魔霧によって封鎖されたことで、北に向かうには山を横断するか他の道から迂回するしか方法がない。

 国の為にも、民衆達の肌感覚としても、ジッケルの森は解決しなければならない問題なのだ。


「今は送った手紙の返送待ちか……お、見えてきたぞ」


 眼前に見えたのは、酒場とは一風変わったレストランだ。レンガ仕立ての外装。壁には豪華な看板が掛かっている。


 木製扉をクザブは開け、店内を見まわした。

 席に座るのは騎士服を着た男女達。魔霧対処に抜擢ばってきされた騎士たちがクザブ達よりも早く、酒にありついていたのだ。


「店員、ピッツァとマンサナ酒頼むぞ」


「私も同じものを……」


「承知いたしました。ゼルブスキー様。ソデス様」


 扉の横に立っていた給仕服の男にクザブは注文。便乗してエーンジも同品を注文した。


「おう。なるべく早く頼むぞ……よっしゃ! 酒飲んで戦いに備えるぞ!」


 戦前、戦いへの恐怖や緊張で潰れてしまう騎士は必ずいる。だが、そういったストレスケアをしてやっと三流。戦いに勝って二流。それらを積み重ねてこそ一流だ。身の管理ができない者など四流以下である。

 こうやって戦前に薄い酒を嗜むのは、ストレスを溜めず戦いに挑むためである。

 

 ドカッと重い腰を椅子に落とし、背凭れに凭れ掛かった。


「そして出世の前夜祭の意味も込めて、な」


「私は最上級騎士に!! クザブ殿は騎士団長に!! 心が弾みますね!!」


「あぁ、俺の時代到来だ」


 クザブはほくそ笑み、未来の自分の姿を翹望ぎょうぼうするのであった。



 ——一方。同刻、ミララン領の酒場。


 内装は所謂、西部劇に出てくるような場末の酒場。上流階級の者が普段通うレストランとは違って、民衆が気軽に通える通常の店だ。

 景観は当然劣っていて、一言で言うと質素である。


 店内は人間と獣人の男達で溢れかえっていて、囂々と声が行き交っている。


「いい話だとは思うんだがな……」


 木製の机に木製の椅子。円卓で顔を見合わせる男達。グレイ、リフに巨躯のオロイ、長髪のボーゲンで合計四人である。 

 酒場に足を運んだのは談話をスムーズにするためだ。酒を飲めば口は軽くなるというもの。だたそれだけが目的ではない。話の内容をモワティ村の村民達に聞かれたくなかったからだ。


「急かすのはいけませんよ、オロイ」

 

 愛弓の弦をビンッと一度奏でると、ボーゲンは酩酊めいていしているオロイを窘めた。


「新たな環境に慣れないというのは普通のことですから。えぇ、えぇ……ですが住めば都という言葉もあります。選ぶべきはどちらか、それを重んじている貴方方なら、決心はつくでしょう……では二日後、もう一度モワティ村に訪れます。是非、その時までには……」


 細い目を、薄くゆっくりと開くボーゲン。彼は朱色に染め上がった顔とは全く合わない篤実とくじつな言葉を言うと、立ち上がった。切り上げの合図だと捉えたオロイも残した酒を飲み干し、椅子から腰を上げる。


「ボーゲンお前、俺と言ってること、あんま変わらねぇじゃないか!」


「ハハハ!! どう考えれば同じになるのですか。相変わらず単細胞ですね、オロイは……」


「なんだとコラ!」


 遠ざかっていく二つの声と背中。扉を大袈裟おおげさに押し開け、酒場を去った。

 ちびりと林檎酒を飲むグレイは、オロイの言葉を反芻していた。


 騎士家系の長男が罪人。自然、フェイド家の衰退は目に見えている。彼らの仕事は常に人員不足。グレイとリフはその穴を埋める便宜であった。

 それ故に、オロイ達は勧誘してきた。


「…………」


 横目に見えるリフは、考え込んでいるグレイを憂いた顔色で見ていた。彼の口が開くのは直ぐのことで、


「グレイ……クウェル君たちに連絡は」


「もうしてある。明日の朝には、村に着くはずだ……実は、お前を助けようと決める前に、話し合っていてな」


「なら承知の上でやったのかい! それでは君が報われなさすぎる!!」


「いや、そんなことはない。確かに、フェイド家は俺の代で終わる。だが、意思は消えるわけじゃない……けれどお前がいなくちゃ意思は潰える」


 声を荒げて詰めよるリフに、グレイが首を横に振って否定。その理由を綴る。


「そんなことは……」


「あるさ。反逆したのは、お前がその気持ちを一番理解しているからだろ? それに、言っただろう。俺に諭してくれってな……」


 頭の固くなったリフを、グレイは全て吐き出すことで導いた。

 有名な騎士家系に招かれたグレイと、そうではないリフ。失敗した数もリフの方が多く、挫折した数も彼の方が圧倒的に多い。失った仲間の数もだ。

 

 だからリフは裏切った。失敗し、挫折して苦しむことのない世界を、失って悲しむことのない世界を望んだからこそ離反した。

 弱い者が同じ目に合わないように。強く才能のある者達へ、知らしめるために。


「とにかく過ぎた事より、今後のことだ!! 先ずは民たちと同じ目線に立つ、だろリフ!」


 これぞ灯台下暗し。築いたものが崩れてしまった今——やることは、地道に足元から築き上げることだ。

 騎士団長の座に一度は上り詰めた。たかがと言えば、されどと多くは言うだろう。

 君は、貴方は、お前は、グレイは頂点に立った。だからそれは誇ることだと。


 だが、それではグレイの中にあるしこりは消えない。主観と客観は、自分の納得は他とは違うのだから。

 故にこそ、彼は行動に出る。過去の栄光を捨て、一から始めるのだ。


 グレイの瞳が、子供の頃の希望に溢れた瞳と同じであることに、リフは嘆息した。今度は彼と、その道を歩みたいと言いたげに、小さく笑って息を吸う。

 横からグレイを見て、


「もうわかったよ。それと、同じ目線に立ち、話を聞いて、共に解決に勤しむ。だよ」


 席を立ち、オロイ達から受け取った金を店主の元へ。奢ってくれるのだそうだ。親しい間柄ではなかったが、有難く受け取っておくと——、


「あ? 全然入ってねぇ!!」


 結果は八割以上グレイ達が出資することとなった。


「あの野郎ぉぉぉぉぉ!!!」





 ——末尾。同刻、ジッケルの森の深くにある封印の祠。


 湿り、陰り、腐る森の汚れた臭い。苔むした祠の壁。

 妬み、憤り、嘆いた一万年。長いようで短かった封印の時間。今、それら全ての鬱憤を晴らす時が、積もり積もった怨恨をぶつける時が来たのだ。


「ついに来た、来たぞ!! 聞こえるかツェルコ! ウェサックス! モービンゲルグ!」


 鎖に繋がれる異形の悪魔から、三つの生命が垂れ落ちた。


「ツェルコ。ココニ」


 一つは、黒い体躯全身に紅い鎧を纏った二足歩行の生物。顔貌がんぼうは鬼のように凶悪で、額に角が二本生えている悪魔だ。

 人の身では持つことが叶わない薙刀を片手で軽々と持つ力。悪魔は薙刀の石突を地に着け跪いた。


「ウェサックス。ここにおりまする」


 もう一つは、黒い体躯に百足むかでのように手足を何本も生やした生物。顔貌は猫のような形をしていて、十数の瞳が備わっている悪魔だ。無数の手足が動くたび、かたかたと蠢動する音は不吉。

 武器は持たず、一本の尖った足先に生えている小さな手足を、悪魔は折り曲げて跪いた。


「キキ、キ、コ、キ、ココ、キ、ウキ、オリ、グキ、マ、ス、グキャキャ」


 最後の一つは、黒い体躯から滲み出る赤紫の体躯。色艶が違う六本の足を生やした生物。

 頭部には三つの顔があり、老人、子供、女——いや、顔が老人から青年へ、子供から男へ、女から老人の顔へと移り変わった。その様は、人を身を切り取り、継ぎ接いだかのような悪魔だ。


「かつてほどではないが、なぁに……お前たちでも、平和ボケした兵如きに、劣りはしないだろう……二日後の朝。手筈通り、任せたぞ」


「「御意」」「ニハ! ギョ、ギョイ」


 かつて数多の魔人を束ね、神とその子孫を喰らい尽くそうとした首魁しゅかい


 ——その猛威、中央都を始点にアルヒスト全土へ牙を剥こうとしていた。

シュウの身体を検めた時のミレナ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!! でもやらなぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

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