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アンリーズナブル  作者: 犬犬尾
第二章 アルヒスト攻防戦
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第5話 魔霧、進行開始

 中央都北部、ジッケル山脈にあるロンデ・モーザ山中。魔刻石の違法採掘を試みる謎の男達。魔獣達の住処となってしまった今が、彼らにとって最大のチャンスなのである。これを機に、一気に金を稼いで余生を謳歌おうかするつもりなのだ。


「ありゃぁ、なんだ?」


「霧、でしょうか?」


 中年の男が東を見て呟き、周囲の男たちの視線も東の方角へと移った。

 その先に映るのは、凝縮された白い霧。小さな黒い影。水のように波立ち、全身を慰撫いぶすようにそれは来た。


「何かこっちに、近づいて……ヒィッ!?」


 四足獣のような形をした霧の群衆が見えた瞬間、男たちの意識は途絶えた。




※ ※ ※ ※




 民衆の移動を安全かつ円滑にするための権利——中央都内通行許可書を活用し、何処か騒然とした街中を抜けて、シュウ達はスラム街に入った。

 時は夕刻。小麦色に光る世界に包まれながら、簡素な家屋が三件建っているリメア宅に到着。荷馬車から降りる前に、入れ替わった御者へと感謝を伝えて、三人は大地に降り立った。

 

「こんばんは、イエギクさん。ミレナ様。お付きの方」


 シュウ達の到着を端然と出迎えたのは、黒いズボンに白いカッターシャツ姿の美少年——リメアと、スラム街で暮らす子供達だ。


「こんばんはです。リメアさん」


「おひさ! リメア!!」


「おひさ! です!」


 手を上げて、シュウ達は挨拶を交わし合う。


「はなせグーダ!!」


「駄目だ。今は大人しくしてろ」


 家屋の横では、シュウを厭悪えんおの目で見る柑子こうじ髪の少年——ブーノが、自身を掴む手から逃れようと四肢を振るっていた。その暴れるブーノの首根っこを掴み、制しているのは少年の兄であるグーダだ。

 子供を片手で持ち上げ、止める力は彼の鍛えられた肉体があってこそだろう。少年なのだが、肉体はその域を逸している。


 しかし、相変わらずの嫌われようだ。今後、付き合いも増えてくることを考え、仲は良くしたいのだが——、


「気にくわねぇぇ!!」


「だっから、暴れるんじゃねぇ!!」


 無理だな、これは。


「はぁ、ブーノったら……そういえば、お付きの方のお名前をお聞きしても……」


「あ、はい! リザベート、です。こんばんは」


 話題が自身に向けられ、リザベートは畏まりながら自己紹介。


「こんばんは、リザベートさん。初めまして……私はリメア・ニュートラルと申します。傑人員の一人、教育長官に務めています。よろしくお願いしますね」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 リメアに手を差し出され、リザベートはたどたどしく握手をする。

 村民達と交流する時もそうだったが、人馴れしていない感じが沸々と滲み出てしまっている。


 握手を終えて手を放す同時、リザベートは恥ずかしそうにしながらミレナの背中まで後退った。

 詳しく言うと、ミレナよりもリザベートの方が身体が大きい所為で、隠れ切れていない。


「中々雲行きがあやしそうですね」


 頬をぽりぽりと掻き、リザベートとの距離感に不服そうなリメアだ。子供好きの彼は、リザベートとも仲良くなりたかった訳だ。


「レルドさんとケイニャさん、お二方ともイエギクさん達の護衛、お疲れ様でした」


「いえ、やるべきことをしたまでなので!」


「授かった任を遂行するのも、我々騎士の務めですから」


 リメアは馬車の方にまで足を運び、レルド達にお辞儀。謝意を向けられ、レルドとケイニャの二人は練習していたかのように、息を合してお辞儀を返した。


「お二人は、これからヴァイズさんの所へお戻りに?」


「そうなりますね。何かあれば、またご連絡ください」


「分かりました。改め感謝です。御者の方も」


 リメアはもう一度、レルド達にお辞儀をして感謝を述べた。

 お辞儀を返す二人と、へこへこする恰幅のいい御者。シュウとミレナ、リザベートも彼らに感謝を述べ、別れの時だ。


 レルドとケイニャが馬車に乗ると、程なくして発車。

 

 離愁りしゅうに駆られたのか、ひょっこり馬車から顔を出すレルド。ケイニャはその彼の後ろ首を掴み、汗顔しながら引き戻した。

 それ以降は何事もなく、馬車は中央都内へ溶け込んでいった。


「ではイエギクさんとミレナ様、それとリザベートさんはどうぞ家の中へ……」


 三人の見送りが終了すると、シュウ達はリメアの言葉に従って家屋に入った。

 夕日が差し込める廊下を抜け、窓から石碑が見える客室まで移動。部屋奥にあるソファに腰を掛けた。


 茶色の絨毯じゅうたんが敷かれ、装飾が施された壁には男女六人の絵画が掛けてある。他には本棚とそこに並ぶ様々な本。観葉植物や装飾皿、壺などの景観をよくする物等々。

 客室として機能しつつ、清貧せいひんさを損なわない内装になっている。


「おっす! 黒髪の兄ちゃん! ミレナ様! それと、金髪の奴!」


 客室のドアを開け入って来たのは、今まで顔を見せていなかった三兄妹の一人——フーナだ。彼女の双眸は、好奇心が溢れんばかり満ちている。

 会話の内容を聞こうとしたのだろう。子供の好奇心というのは分かり易いものだ。


「見かけないと思ったら、ここに居たんですね」


 ブーノとは違った意味で手間のかかるフーナに、リメアは嘆息した。したのだが、彼は閃いたように手を叩くと、


「そうだ、丁度良かったフーナ。皆さんにお茶を……それと茶菓子も」


「は? なんでアタシなんだよぉ……ブーノかグーダにやらせろっつぅの」


 思ってもみなかった給仕の要求に、フーナの笑顔は驚きから怒りの表情へと一転。リメアに向かって舌をべッと出して嫌厭けんえんを表明した。


「ははぁーん。昨日の掃除当番をサボっておいてその口振り……これはお給金を減らして、一度分からせないといけないようですねぇ」


「グギギ!? お茶汲んでくるわ!!」


 痛い指摘にフーナは足をバタつかせながら、急いで部屋を出て行った。

 子供にとって、駄賃の減額は遊びに制限を掛けられるのと同義だ。悪戯好きの彼女にとっては、是が非でも避けたいところだろう。


 それにしても、流石はリメア。

 子供達と暮らしているだけに、彼らの扱い方にも長けている。子供は直情的だ。嫌われず長く付き合うのは、中々に骨の折れることである。飴と鞭の使い分けを、しっかり理解している。


「全く、あの子のサボり癖ときたら……」


 とは言いつつも、フーナの背中を見ていたリメアは少し楽しげだ。

 彼が教育長官の座に立っているのは、聡明そうめいな面もあるだろうが、単純に子供が好きであるからだとシュウは思った。


 ——教え導いてあげたいといったように。


「では始めましょうか……皆さんは昨日の夜、内政財務長官のトント・ヴィスパーマンさんとその従者の方たちが惨殺された事件は、まだご存知ないですよね?」


 談話の開始と共に、温かな空気に嫌なものが走った。


「知らないわ。遺体はどこで見つかったの?」


「氏の屋敷で、従者の方々と一緒に……」


「そういや、祭りでもないのに街中が変に騒がしかったのって、それが原因っすか?」


 陰惨な内容に顔を曇らせるミレナへ、リメアは痛ましそうに答える。続いて、シュウは顎に手を当てて呟く。


「だと思います」


 中央都内を馬車で通行している時のことだ。食店や市場といった人々の集まりやすい場所が、祭事後にしては妙に騒々しかったのだ。

 その真相が国の中枢人物の一人である、傑人員の惨殺事件ということだったわけだ。


——もしかすると……


「リメアさん、殺されたのは内政財務っていう長官の人達なんですよね?」


「はい。イエギクさん、もしかして何か心当たりが?」


「はい……敵の金髪のガキ。名前はレイキです。リフさんから、そいつの正体を聞きました……」


 リメアは殊更に聞き直したシュウの思慮を察したように、言葉を綴りやすく牽引けんいん

 その施しを遺漏いろうなく使おうと、シュウは過去の海へとダイビングする。


『レイキは内政財務長官ヴィスパーマン氏専属の執事でした。そのことに偽りはなく、彼がヴィスパーマン氏と会話していた場所も、就いた職の面目を果たす所も目撃しました』


 昨日、リフから引き継いだ情報をシュウは自分なりに再度思索。分かり易いようにかみ砕き、リメアにレイキの素性について説明した。 


「氏専属の執事……」


 シュウの説明を聞き終わった後の小時間、リメアは独り言ちりながら、うむうむと納得がいったように頷いていた。


 沈黙の時間——気分転換に窓の外を眺めていると、そこには窓ガラスに顔を密着させ、室内を窺っているブーノとグーダがいた。

 ミレナとリザベートの方を見て言外に水を向けると、二人は微笑して返事。


 どうやら二人とも、シュウよりも先にグーダとブーノの存在に気付いていたようだ。考え込んでいるリメアは気付いていない。フーナは目配せで帰れと言っている。


「噛み合ってきた……お待たせして、申し訳ないです……イエギクさん。他にゲッケイジさんから、レイキの情報は聞いていますか。その、例えば神人であるとか?」


 リメアの中で疑念が確証へと昇華したのだろう。彼は椅子に凭れかかっていたシュウにそう言った。


「神人? いや聞いてないですね。てか、神人って?」


 シュウのそんな疑問に対して、ミレナが「あ」と言って反応を示す。


 そういえば、そうだった。シュウがこの異世界俗世に疎いことを知っているのは、ミレナ以外に数名しかいない。

 こうやって互いに信頼を置きあっているリメアにも、話していなかったのだ。

 とはいえ、多忙が故に話せていなかっただけではあるが。


「神人ってのはね、神の血を多く引いている存在のことよ。エルフの私と同じように長寿で、若い姿のまま何百年何千年って生き続けられるの」


 右人差し指を立てたミレナから、新たな異世界情報が開かれる。


——少年姿のレイキ。


——若い姿のまま、長生きできる。


 言えた口ではないが、レイキの奸悪かんあくな性根は長生きしているからだと、シュウは考えた。そして、長寿なら百年前の王の娘拉致事件に関与している可能性も排斥できない。


「長寿で若い姿のまま……リメアさん、レイキが百年前の王の娘拉致事件の主犯だと考えてもいいっすかね?」


「そう思ってもらって大丈夫です……レイキ動機は、恐らくこうでしょう。リフさんから情報を引き出し、長官伝いで、首を掴まれる可能性を危惧した。だから、足跡を辿られる前に手を打った……今まで長官に手を下さなかったのは、そこが理由……」


さとられる前に、口封じのために殺したってこと?」


 言葉の後半、独り言ちているリメアを横目に、実直なミレナが疑問を投げてくる。シュウは彼女に「だろうな」と肯定して、


「生かしておいたら、逃げた先や、関りのある者のことを吐露されちまう可能性がある。密接な関係だったのは明白だし、尚更だと思う」


「一番厄介なのは、トントさんの高祖父である、スコットさん関係の情報が一切遮断された事です。本や書類等の全てのものが、抹消されていました。それと、書庫にはくり抜かれたような穴がいくつか残っていまして、これは光魔法の中位に当たる、フラッシュ使ったのでしょう」


 本や書類の処分。フラッシュ——レイキが戦闘時に使った光柱は地面を抉っていた。ならば、消失させるのも容易だろう。

 焼き払ったりするよりも静かに、迅速に処理ができてしまう。残ったのは、気休め程度の処分方法だけだ。 


「あいつらに、関わっていた、連中は捕まえたん、ですよね……そいつらから、聞くのは?」


 正確な矢を射ったのは、談話が開始してから現在まで会話に参加していなかったリザベートだ。

 彼女は表情を引き締め、両拳に力を入れる。それから、役に立ちたいと言いたげに身体を揺らし、伴って金色の長い髪も小さく揺れる。


「それも想定済みだったのでしょう。女性を除く、地下牢獄に幽閉していた賊の全員が、殺されていました」


「そう、ですか……」


 しかし、リザベートが射った矢は的に当たる直前、リメアによって撃ち落されてしまった。

 やっとこさ会話に参入したにもかかわらず、役に立てなかったことに、彼女は下を向いて消沈してしまった。

 

 察したミレナがリザベートの頭を撫でている。その光景を見ていると、可哀想に思えてきた。


「女以外、全員」


 シュウは脳内で切り替えを挟み、リメアの言葉を回視。講釈がほしい部分をピックアップすると、リメアを見て、


「まさかそいつ、黒い羽と尻尾みたいなのが、身体から生えてませんでしたか? 髪色はピンクっぽくて」


「はい……イエギクさんのおっしゃっていた幹部の女性で間違いないと思います。特徴も記載されたものと符合します……」


「そうっすか。神将に任しておいたんですけど、殺さずとは」


 シュウは額に手を当てて、目を瞑った。


 神将のローレン・アメニア。彼の甘すぎる考えには辟易へきえきしてしまう。


 殺しは、人を殺すのは確かに悪だ。例え、どのような理由があろうとも、罪であることに変わりはない。

 だが、それは一般論である。人を守り生かす立ち場である者が、手段を選んでどうする。殺そうとしてくる相手に、情けを掛けてどうする。

 その甘えた考えが、失態を招くこともあるのに。


「神将って、わたしを助けてくれた人、ですよね?」


「うん、ローレン・アメニアって名前の子よ」


「ろーれん・あめにあ。ろーれん……はい、覚えました」


「お茶と茶菓子持ってきたぞ。リメア」


 うんざりしているシュウの横で、ミレナがリザベートに神将について説明。後ろでは木製の盆に、四つのコップと茶菓子を乗せたフーナが入室してくる。


「ご苦労ですフーナ。イエギクさん達に渡してください」 


「ほい、ほい、ほい、ほい……それと、ほれビスケット」


 お茶を零さぬように盆の平衡へいこうを保ちつつ、フーナは四人の前にお茶を置く。残った茶菓子——ビスケットと瓶詰を机の中央に。瓶詰の中は、ジャム系統のものとハチミツが入っいる。


「「美味しそう」」


 ミレナとリザベートは謝意を述べ、それぞれに手を付けていく。

 二人が「ふーふー」とお茶を冷ます中、シュウは目を瞑ったまま、何も考えずにお茶を喉へと押し込み、


「あっつ!? うぇっお、ほぇ!?」


 暑さにせ返った。


「ぷぷ、ダサダサね」「大丈夫ですか!?」「熱そう……」「タハハハハ!!」


 ミレナは鼻で笑いながら嘲弄ちょうろう。リメアは身を乗り出して安否確認。リザベートはお茶をすすりながら同情。フーナは腹を抱えて哄笑こうしょうしている。

 窓越しに室内を見るグーダとブーノは、中で何があったのかを確かめるために、顔を更に窓ガラスに押し付けた。


「あぁ、馬鹿なことした……いちお、大丈夫っす」


 リメアから受け取ったハンカチで口を拭いながら、シュウは答えた。机に飛び散ったお茶を拭き取り、


「ありがとうございます。リメアさん」


 シュウはそう言いながら受け取ったハンカチを返した。彼は「いえいえ」と言って、ハンカチをポケットにしまって着席。


「一応繋がりで、私から出せる情報はこの程度です。頼る前提で申し訳ないですが、イエギクさんとミレナさんの方で、何か有益な情報があれば、ご提示願います」


「そうね。思念体と、光の、多分神位に匹敵する魔法を行使してたわ」


「えぇっと、少し待って下さいね……じゃあ先ず、思念体というのは?」


 早々だ。顎に人差し指を当て、上を見ながら答えるミレナに追い付けなくなったリメアは、説明を願い入れる。


「思念体は光の応用魔法らしいです。行使できるリフさんから教えてもらいました」


 先走るミレナの言葉をシュウが補足。事実の列挙だけでは、流石に分かるものも分からない。

 過去の記憶を辿ると一日前。リフとミレナの三人で、村の周辺を巡回していた時の話だ。



※ ※ ※ ※



『リフさん。訊き忘れてたことが、思念体って何か教えてもらってもいいっすか?』


『あ、私もそれ気になる。シュウが私をおんぶして運んでる時、思念体がぁっとかなんとか言ってたもんね』


 場所はさることながら、山の中。渓谷にある川から魚をとって昼食を終えた後。シュウは座するリフに向かって訊いた。

 昼食を終え、指をぺろぺろと舐めていたミレナも流れに乗ってリフに問う。


『てか、できるならレイキが扱う魔法全般も……』


 光の箱が周囲の物体を飲み込む魔法。扱うその他諸々魔法も、できるなら知っておきたい。

 捨て駒前提であったリフでも、何か知っているかもしれない。次なる闘いの戦略に組み込めれば、勝率は確実に上がる。


『扱う魔法について、僕はほとんど……思念体も、レイキから教えてもらっただけでやり方ぐらいしか……すみません』


 二人からの期待に答えられず、リフは悔悟しながら答えた。

 事ここに至っては、敵の計画が何枚も上手うわてであっただけだ。仕方のないことだと、打ち切るしかない。

 リフに落ち度は無いと証明する為、シュウは首を横に振った。


『大丈夫っす。じゃあ思念体はどうやるのか、見せてもらっていいですか?』


 シュウの要求にリフは咳払いをして、一度茶を濁す。それから腰を上げ、深呼吸した後に右手を正面に翳した。


『いいですよ。思念体は上位のフォトンを凝縮して作り上げます……』


『フォトンって?』


『光源として重宝される魔法よ。シャインやブレスクよりも、長時間照らし続けられるの。坑道とか町の照明だったり、漁業でもよく重宝されてるわ』


 長時間の照明として代替できる光魔法のフォトン。なるほど、人の身一つで照明を作れてしまうとはエコ極まりない。 


『そのフォトンを最低でも、四つか五つ凝縮する必要があります。六色鉱石で代替はできません。レイキのように、思念体に魔法を行使されるためには、もっと数が必要です。見ていてください。フォトン……』


 リフの掌から忽然こつぜんと、直径二メートル程度の球状の光の塊が光を放ちながら現れる。


『ん、んん、ぁ』


 彼の掌を珍重に観察していたミレナとシュウはその眩しさに、堪らず手を翳してしまう。その後、光度は次第に増していき、一定まで強くなると、今度は逆に弱まっていった。


『こ、いつ、は……』


『リフが、もう一人増えちゃった』


 その光景を見て、シュウとミレナは二の句が継げなくなった。


 光球の光度は目視可能にまで弱くなり、徐々に人型へと変化。凡そ人と呼べる形にまで変わると、中心から着色——『服』『肌』『髪』『容貌』などの大部分は当然。『爪』『ほくろ』『傷跡』『体毛』『質感』肌越しに浮き上がる血管までもが、再現されていくではないか。


 ——果たして、出来上がったのはもう一人のリフ・ゲッケイジであった。


『ん……んぅ、僕は、一人分、しか、はぁ……ぁ、出来ません……』


 身に余る魔法の行使に、膝を付いたリフの顔は倦怠感けんたいかんたたえていた。


『本体の、僕は、こうやって、休んでいても、動いてくれます……当然、ですが』


『このように、本体の僕と変わって思念体の僕が会話をすることもできます。接触によるコミュニケーションも、取ることができます』


 と、言うや否や思念体のリフはシュウに近づいて手を掴んだ。


『人の手だ』


 シュウは思念体のリフの手の感触を、何度も掌を開閉させて確かめた。

 肉厚に骨の感触。爪の滑らかさから、湿り気のある肌。生気のある人の温もりが感じ取れたのだ。


『私も、私も!』


『では……』


 頼まれた思念体のリフはシュウから手を放し、興味津々なミレナの手を掴む。ミレナもシュウのように掌を開閉させ、手の感触を確かめた。


『うわ、ほんとだ。でも、何かごめんリフ。何と言うか、気持ち悪い……』


 手を引っ込め、ミレナはキモいという目で見やりながら二、三歩後ろに。

 彼女のこれでもかと言わんばかりの反応に、リフは本体と思念体ともども、身体を固まらせた。


 傷付くリフは置いておいて、ミレナの()()()()()という表現は的を射ている。

 疲れ果てた本体のリフに変わって、思念体のリフが会話に応じる様は、かなり理解に苦しむ光景だ。理解したくないと言った方が適切だろうか。


『もう消しますね……ぅ』


 大人のどうしようもない傷心を見せながら、リフは思念体に触った。すると、思念体は桜の花が散るように美しく消えていったのだった。



※ ※ ※ ※



 シュウは過去にあったことを、リメアへと克明こくめいに伝えた。


「思念体。フォトンを凝縮させると、そんなものが……」


 レイキの思念体から血が噴き上がっていたことを考えると、どちらかといえば再現というより創造だ。

 何せ、人のようにきめ細やかな動き且つ、機械にはできない感情の機微を絶えまなく表現していたのだから。生き物と言っても過言ではない。


「通常なら一体が限界らしいんすけど、レイキはその思念体を何体も作り上げてましたね。それも魔法が行使できる程、性能の高いものを」


 難しい顔でうねり声を上げるリメアは、どこか納得いかなそうだ。


 シュウは分かっていないが、上位の魔法を行使できるだけでも、才能があると言われている世界だ。それを最低でも四つか五つ。性能を上げるには、更に凝縮する必要がある。

 光魔法師として才能のあるリフでさえも、最大一体だけの顕現。重ねて、六色鉱石で代替できない事実。非現実的にも程がある。


 故に、リメアは納得がいっていないのだ。


「厳しい、ですね……では、神位に匹敵する魔法というのは?」


「どうやったのかは分かんないけど、光を纏ったキューブ状の箱が出てきて、周囲の物を無作為に吸い込んでたわ。それにシュウが巻き込まれて」


「な!? 本当ですか!?」


 机を大きく叩いて、リメアは上体を突き出して前のめりになる。


「はい……」


 振動によってコップが倒れ、リメア用に用意されたお茶が零れてしまう。

 瞿然くぜんとする彼の眼差しに、シュウは作り笑いで、


「吸い込まれて、何か知らない内に抜け出せてました」


 シュウが言葉を選び発している最中も、リメアは視線と身体を動かさず、ハンカチを持った手でお茶を拭き取っていた。

 真摯しんしに応対してくれるのはありがたいが、拭き取りの方が雑になっている所為で、お茶がびちゃびちゃと飛び散っているのはどうしたものか。

 

「体の方は大丈夫なんですかイエギクさん!? 私、そんことも知らずにお二人を招待してしまったなんて、あぁ! 私は何て愚かなことをぉぉぉぉ!!!」


「タッハハハハハ!! ざまぁみろだぜリメア!!」


「うるさぁぁぁぁぁい!!」


「何があった! リメぁッ! うぇっブフ!?」


 フーナの嘲謔ちょうぎゃくに堪忍袋の緒が切れ、リメアは濡れたハンカチを投げ飛ばした。飛んだハンカチは、窓を開けて入室しようとしたブーノの顔面へと見事にヘッドショット。


「あ、ぁぁ……」


 目をくらくらさせ、息絶えた。横にいたグーダは、ハンカチの威力に青ざめている。


「傑人員の耄碌もうろくジジババみたいに揚げ足取るなァァァァ!!!」


 そんなことは露知らず、リメアはフーナの襟元を掴み、怒りの前後揺さぶり。

 傑人員の日課は過酷のようだ。普段は厳かな彼の、意外な面白い一面を見れたのは僥倖ぎょうこうであろう。

 ミレナとリザベートも、賑やかな雰囲気に笑顔だ。


「あのリメアさん。吸い込まれはしましたが、俺なら大丈夫っすよ。ミレナが治してくれましたから」


「え? あ……そうなんですか……よかったぁぁ」


 シュウの言葉に、リメアの手が止まる。しかし、時すでに遅し。フーナは既に白目をむいていて、ブーノ同様に撃沈状態。

 小さく息を吐いて、胸を撫でおろしたリメアは気絶したフーナを床に寝かせて元の位置へ戻った。


「私をもっと褒め称えよ少年」


「青年な……てか、それ言いたいだけだろ」


 小さな胸を張って、己の優秀さを誇示するミレナ。彼女にシュウは指を差して、グビっとお茶を飲みながら指摘する。


「何故わかったし……」


 思惑が見抜かれてしまったことに、ミレナは少し不貞腐ふてくされながらビスケットとお茶を胃に流し込む。

 そして、空になったコップを机に置き、シュウへと指を差し返すと、


「でも、本当に苦労したんだからね。あの白いの、ちょっとでも放っておくと他の部分を侵食していくの。白いのがないか、一回全身をくまなく探して、検め……」


 途端、勢いよく並べ立てていたミレナの言葉尻がつっかえた。視線は徐々に下へと移り、身体は縮こまっていく。

 髪が死角となって正確な表情は読み取れないが、彼女の紅潮した頬を見てシュウは達観。


 そういうことか、と。


 ちょっと卑猥な内容に、客室の空気が冷えかえる。

 ミレナとリメアは顔を赤くし、シュウとリザベートは全く顔に反応が無い。前者の二人と、後者のシュウは推して知るべし。範囲外のリザベートは、場の空気にぼかーんとして全く気付いていない。


「とと! とにかく! 大変だったんだから!!」


「そこは本当に感謝してるよ」


 目を閉じたまま、再度指を差して強く言い放つミレナ。シュウはその彼女に、精一杯の感謝を込めて返した。


「ま、まぁ……分かってるならいいわ」


 赤い顔のまま、平淡を繕うミレナの倒錯具合は眼福ものだ。


「んん……男らしい!!」


 二人の掛け合いにリメアが体を小さくひねって、コップの中に感嘆の声を漏らした。


 客室は再び談話ムードへ。

 脱線した会話を軌道修正する為に、触れなければならない点は神位の光魔法についてだろう。

 催促するのはリメア。彼が言った言葉は、


「しかし、本当に末恐ろしいですね。神位に匹敵する魔法の行使。神将のアメニアさんが、神位の風魔法を行使できますが、属性が違うだけで規模も内容も変わってきます。現状、確定で分かっている神位魔法の属性は土と風だけです」


 ——その脅威についてだ。


「土と風だけで、どれくらい変わってくるんですか?」


「大きく別けると、破壊力と殺傷力でしょうか……皆さんは、四百年前。旧アルヒストとなるウィンアーヒが、クェンサ帝国との戦争を終わらせるために、神位の土魔法メティオールを使って首都タブザンを更地に変えた史実を知っていますか?」


 シュウの質問に、リメアは机の上に置いてあった物を使って補足説明をする。

 先ず中心にコップを置いて、その周りに四つの瓶詰を。次にシュウ達から見て、左下の瓶詰を指で押し倒した。


「知ってる知ってる。隕石がグワァって西の方に落ちていくの、森の中で見たわ。確か、神災跡も残っているわよね?」


 隕石の大きさを両手を使って表現するミレナ。

 気を利かしてくれたのか、造詣ぞうけいの浅いシュウに変わって言葉を引き継いでくれた。

 まともに読み書き出来ないシュウにとって、異世界史実など雲を掴むが如くだ。


「はい。今は神災クレーターや、衝突魔刻石なんて呼称されてますね。その時の見聞が記された書物には、『巨大な隕石が空から飛来してきた』と、ありました……ミレナ様の言葉とも合致していますし、確証ですね」


 リメアは机の上で、分けて置いていた物を元の位置に戻す。零してしまったことで飲めなかったお茶をティーカップから汲み、上品に一口流し込んだ。


「土魔法は空から巨大な隕石を落として、確か、風魔法は竜巻を起こして雨を降らす、であってるわよね?」


「です……巨大な隕石は当然、一目瞭然ですし、マナの伝播などもあるので、城砦や都市を破壊するのに向いています。ですから、殺傷力は事実上、特別高い訳ではないです……落ちる前に避難できますし、実際首都がなくなった後は、難民が絶えなかったようです」


 巨大隕石の落下を見れば、議論の余地など無く逃亡の一手だろう。マナの伝播なるものも加味したら、尚のことだろう。

 実際シュウも何度か、マナの伝播を身体で味わっている。ミレナの水と氷の併合魔法フィンブルに、レイキの神位に近い光魔法。どちらとも、身体が慰撫されたような感覚が全身を襲った。


 感覚でも、視覚でも死を悟らさられては逃げる他ない。

 

「それに対し、風魔法テンペストの破壊力は土魔法のメティオールよりも劣ります。ですが、殺傷力はこちらの方が高いです。メティオールのように空から降って来ることはなく、その場から竜巻が発生しますから。それと雨を降らせることも、留意しておいてください」


 竜巻なら家屋や小さい町なら破壊できるだろうが、城や都市を更地にするメティオールとは比較にならない。ただ、その場から発生するなら、やはり殺傷力は高いのだろう。

 神将のローレンが、敵の一人をテンペストで撃退したと聞いている。近距離なら不可避だと考えてよさそうだ。


「それで三つ目の、光の神位と思える魔法は対象者を飲み込んで」


「消滅させる……」


 飲み込む。飲み込まれる。ミレナの言葉に続いて、シュウは飲み込れた時を思い出し、無意識的にそう呟いていた。


 飲み込まれた後、記憶が正しければ何かに話しかけられたはずだ。何かが何なのかは思い出せない。問いかけている訳ではないのに、機械のように疑念の答えを返してきた覚えはある。


「消滅。破壊力は、風と土よりも低くて、殺傷力は、二つよりも、高そうですね」


「消滅ですか……そういえば、何故そのことを?」


「いや、それは何か……憔悴しょうすいしてたせいで記憶は希薄なんすけど、飲み込まれたあと、何かに話しかけられて……その何かが、消滅するって言ったんですよ」


 結果的にリメアに返せたのは、最初に思い出せた消滅することだけ。

 その他にも何かが、何か言っていたのは間違いないが、就寝中に見た夢が思い出せないのと同じで、靄がかかっている。


「何か……」


「そういえば吸い込まれた木とか岩、シュウと一緒に出てきたのに、いつの間にか消えてなくなってたわ……」


 シュウが顎に手を当て、記憶を辿っている途中——考え込んでいるリメアに、ミレナは思い出したように言及した。


「放っておくと消えてしまう……ミレナ様の治癒魔法の才は突出しています。吸い込まれてしまった場合、最悪通常の治癒魔法では小康しょうこうを得られない可能性も……」


「可能性っていうか、多分間違いないわ。レイキって奴が私にね、君の再生能力があれば、身体が侵食されていても大丈夫って言ってきたの。私は能力なんてさっぱりだったし、シュウを治すのに必死だったから、今まで考えてなかったんだけど……リザベートが今日ね、レイキの光屈折操作ってやつを能力だって言ったのよ」


 真面目な顔つきをしたミレナが、ビスケットをくわえたリザベートの顔を覗き込んで言った。彼女はビスケットを嚥下えんげすると、リメアへ視線を遷移させ、


「詳細は、分からないですが、盗み聞きしたことなので、間違いないと」


 情報の信憑性が富んでいることを伝えた。


「能力ですか……私も全く見識は無いですね。もう他に、何もありませか?」


 置いてけぼりにされているシュウは、談話の流れに戻ろうと回視を止める。言い残した情報が無いか思惟し、忘れていたこと一つ脳内から摘まみ上げた。


「あと一つだけ、これもリフさんからの情報です。レイキは兄なる存在をよく慕っていたらしいんです。神位に近い魔法を使ってくるやつの兄なら、レイキよりも強い奴が、次攻めて来る可能性も……」


「確かに、ですね。神人の兄ですか……その者も神位に匹敵する、いや……神位の魔法を行使できたとしても、おかしくなさそうですね。恐ろしいことです……」


「——取り敢えず、俺たちから出せる情報は、これぐらいですね……」


 シュウはクッション性のあるソファに体重を掛け、手を付けていなかったビスケットを摘まんだ。

 付けたジャムはイチゴジャムだ。上手くて、お茶がすすむ。


「では一旦纏めましょうか。一つ目は、敵の一人が神人である。二つ目は思念体と言われる魔法の存在。三つ目は神位と思われる魔法の行使。四つめは能力云々について。五つ目は、レイキの兄の存在。これでいいですね」


 シュウはミレナとリザベートに目配せ。二人ともこくっと頷き、異論がないことを確認すると「はい」と言って肯定の意を送った。


「情報提供ありがとうございました!!」


「こちらこそです」「うんうん、リメアもありがとね」「ありがとうございます!」


 リメアの手を叩く音が起点となって、客室の空気は大きく緩まる。

 シュウは冷めて飲みやすくなったお茶を飲み干した。ミレナは腕を伸ばして身体を弛緩。リザベートはティーカップからお茶を足して、ミレナへと譲渡する。


「それでは、皆さんの情報から類推した結果、私に一つ提案があります」


 その言葉の意味合いを強調するように、リメアの右手の人差し指が一本クイっと上げた。その男性とは思えぬ艶美な笑顔で立ち上がり、本棚の方まで移動。そこから彼が取り出したのは、装飾が無い白い和紙のような本だ。

 本のタイトルなのだろうか、中心には墨で書かれた異世界文字がある。


 シュウは未だにメモがないと異世界文字は読めない。


「……敵に神人がいるのなら、こちらも神人を味方に付けようかと思いまして……」


 呟きながら、リメアはその質素な本を机まで持ってくる。そして、ページをめくってシュウ達へと突き出した。

 

 映ったのは水墨画で描かれた仙境と、円錐型の山頂に立つ一人の美髯公びぜんこう

 概説が綴られているが、当然全く読めない。


「今もこのアルヒスト北西部の仙境で健在し、この名傑列伝めいけつれつでんにも厳然と記されている人物! 神将のアメニア君をも超える紅蓮の神仙しんせん!! エンタク様にお力添えしてもらおうと思います!!!」


——顔を煌めかせながら、リメアは神人を仲間にする目的を明かした。

くそ遅れました。

ほんと申し訳ない。

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