第4話 ふーあむあい
木漏れ日に包まれる森の中、シュウとミレナは村民達に見送られていた。
前回の世界線と違う箇所は、ミレナだけでなくシュウも欣然と見送られていることだ。
ミレナやグレイ達を救いたい思いで創造主と交渉し、もう一度やり直すことを決意したあの時。
当初は救う事だけに心血を注ぎ、それ以外の全てを捨てていくと考えていた。それが最善で、もっとも合理的で、そうしなければ救えないと思っていた。
それがどういうことか。その至誠は簡単に打ち砕かれ、今や唾棄しようとしていた憩いが目の前にある。
——その背負ってる物、私が勝手に背負うから!!
ミレナの全てを支えてくれる優しさ。
——イエギクさん。絶対に、成功させましょう!
リメアの信憑性の薄い話を信じてくれる寛大さ。
——任せたぞ!! この馬鹿ガキが!!!
グレイの初対面の相手に託してくれる漢らしさ。
望外の喜び——望み以上のものを手にすることができた。
本当によかった。
「行くぞぉ」
「はい! 隊長殿!!」
口横に手を当て、シュウは大声で呼び掛けた。敬礼で返事をして、ミレナは馬車に駆け込み乗車。
続いてシュウも馬車に腰を落とし、村民達に手を振って出立の挨拶。モワティ村を守るグレイとリフを注視して、
「グレイさんリフさん。村のこと任せたぞ!」
「おう! こっちは任せとけ!」
「僕達がいれば何の心配もいりませんよ!」
先に呼名されたグレイがサムズアップ。次に、リフは両手を大きく上げ、声高に返答。
横で誇大してみせるリフに、グレイは肩を組んで「言うじゃねぇか」と茶化す。
——本当に幼馴染なんだな、あの二人は……
「頼もしい限りっす! それじゃあ!」
元だが騎士団長と副団長が村を守ってくれるのだ。これ以上に頼りがいのあるものは、稀にしかないだろう。
「行ってきまぁぁぁぁす!!」
「ぅお!?」
言葉を返すシュウの背中にミレナが飛び乗り、村民達に手を振る。振り落とさないようにシュウは彼女の細い両足を掴み、態勢を直して正真正銘最後の挨拶だ。
「行ってらっしゃいませ! ミレナ様!!」
クレイシアの声に追随して、村民達に名を呼ばれるミレナ。
村を救う事に尽力したシュウだが、それでも彼女の信頼の厚さには遠く及ばないようだ。ミレナも村救済に身体を張ったわけだ。彼女への信頼は、困難を越えたことで一層強まっただろう。
寧ろその差は縮まるどころか、広がったに違いない。
ミレナを下ろし、馬車に乗り込んだ。
今回の馬車は所謂、荷馬車だ。
木製の荷台に、陽光を遮断する為の白い幌。乗車人数は詰めれば十人程度で荷物のことを鑑みると四、五人がベストだ。御者台は直視でき、客車とは違って吹く風を直接感じられるようになっている。
旅人や商人が重宝する馬車であるため、乗り心地といった贅沢要素は考慮されていない。機能効率重視だ。
客車用の馬車が恋しいが、社交界という大きな催し物だからこそ用意されたもの。仕方のないことと割り切ろう。
「なんだかんだあったが、村の人と二人が仲良くなれてよかったよ。本当に……」
「そうね! みんな仲良い方がいいに決まってるもん! 村を代表する私からすれば、嬉しいことこの上ないってやつね!」
舌をペロッと出して、ミレナは長耳をプルプルさせる。
シュウは頭の後ろで腕を組み「全くだ……」と、相槌を打って深呼吸。荷物の転落を防ぐ欄干に背を預け、くつろぎ始めた。
「どうも、初めまして。僕はリメア様の近衛騎士。レルド・フォーマーといいます。以後お見知りおきを……」
シュウとミレナに対面して座っていた青年騎士が、ここしかないと自己紹介を挟んでくる。容姿から滲み出ている陽気さから、シュウは感情直結タイプだと見た。
「イエギク・シュウです」
「ミレナです!」
「よろしくお願いします! ほら、ケイニャも」
自己紹介の返事をするシュウとミレナ。
その荷馬車の雰囲気に、取り残されている四人目の女性騎士。彼女はレルドの掴む手を不快そうにあしらうと、読み込んでいた本を閉じて会釈する。
「ケイニャ・ラッテンです。因みに、レルドはリメア様の近衛騎士ではありません。よろしくお願いします」
何気ないレルドの嘘を窘めつつ、女性騎士は冷淡な言葉と態度で自己紹介を済ました。
本が死角になっていた所為で分からなかったが、黒い眼鏡を掛けた容貌通り、冷淡な雰囲気の女性だ。
「嘘じゃないよ!? こうやって頼まれた仕事を熟してるし……」
「仕事を授かり、遂行するのは普通の騎士でもやっていますよ。そもそも近衛騎士は仕える相手から承認書を受け取って、徽章を携帯しないといけないです」
「あぁそうだったね……承認書は家だし、じゃあバッジだ! ほら」
「それ、副長官のアイコンですよ……それに、レルドが持っている承認書も、副長官のものです。リメア様に断られたから、ヴァイス様に申請を出したの、忘れましたか?」
首に掛けている徽章——裏側に刻まれる紙と羽ペンのアイコンを自信満々に見せたレルドだが、副長官のものだったらしい。
「あれ、そうだっけ?」
呆けた声を出して確認する様を見ると、何故だかこっちまで恥ずかしくなってしまう。シュウとミレナは苦笑いだ。
シュウは知らないが、近衛騎士は公認されなければ就けない職である。むやみやたらに言いふらすのは是とされておらず、嘘となっては厳罰となるケースもある。
今回の場合は女性騎士——ケイニャが訂正を施してくれたため、問題にならなかった。
「本当だ。あはははは……教育副長官であらせられるヴァイズ氏。その近衛騎士の一人です。でも今は、リメア様から任務を授かってます。ケイニャもそうです」
「どうも……リメア様の私宅まで、私とレルドが護衛させていただきます。気になる点などありましたら、遠慮なくお申し付けください」
少し浮かれているレルドと、その彼を手綱で制するケイニャ。中々に完結したコンビだ。
「じゃあ早速、その、私、堅苦しいの苦手だからさ、もう少しだけ言葉を崩してくれる? 当然強制はしないけど、意識してもらえるとありがたいわ」
「俺もそっちの方が気が楽でいいです」
ズバッと言葉のメスを切り込んだのはミレナだ。気軽に楽しくを主にする彼女にとって、レルドとケイニャの言葉遣いはモットーに抵触したらしい。シュウも敬語は苦手なため、崩してもらえるのはありがたい。
「承知しましたミレナ様!! イエギクさん!!」
「承t……いえ、分かりました」
「えへへ、ありがと」
胸を叩いて大声で返事をするレルド。言葉を崩そうと努力を見せるケイニャ。その二人に謝意を述べて、ミレナはにっこりと破顔した。
馬車内は一気に、ミレナが作りたかっただろう雰囲気に変遷する。才能ここに極まれりだ。
「そろそろ出発しますが、よろしいですか?」
御者にしては体格の良い快男児の出立合図に、荷台に乗った四人全員が首を縦に振って答えた。
手綱の甲高い音が鳴ると、馬車が大きく振動。車輪が大地を走る音を鳴らし、森を快速で駆け抜けていく。
「イエギクさん。リメア様から聞いたんですが、敵の少年って本当に姿形を変えられるんですか? にわかには信じ難いって言うか。理論上可能なだけで、長時間光を操作するのって、オドの問題で無理だと思うんですけど……」
発車後、第一声を発したのはレルドだ。
光屈折操作。魔法で光を放てるのなら、自らの容姿を偽装することができるのではないか。
この疑問を根源に、前回の世界線では村を襲う存在の予想を立てようとしていた。事実、その存在は敵の中に居て、予想をはるかに上回る攻撃を食らってしまい敗北した。
疑いはしなかった。村救済以外に考えを裂かなかったこともあるが、異世界故に可能ではないかと考えていた。
但し、その考えに至れるのはシュウだけで、この世界が常識である人物にとっては、不可能と捉えるのが普通なのだ。
「本当ですね。長時間かは分かんないっすけど、敵は自分の姿だけを変えるだけでなく、自分に似た分身も作ってました。光を操作して、あたかも自分が何人にも見えるようにです」
「自分だけじゃなく周囲まで……」
「オド以外の何かが関係しているのでしょうか?」
声を漏らして考え込むレルドに、疑念を口にしながら宙を仰ぐケイニャ。
この世界の住人である彼らに分からない事象を、管見なシュウが分かるはずもなく。首を振って理解不能を言外に示唆した。
「ミレナは何か分かるか?」
「うーん……私もまったくかな」
このメンバーの中で一番の年長者であるミレナに助言を求めたが、見事な空振り三振。長寿の人生においても、光屈折操作の見識は無い模様だ。
「能力とか、何とか、言ってました。よいっしょ……それ以外は分かりませんが」
「能力、か……」
「「「「ん?」」」」
四人全員分からないとなると、議論はそこで終了するはずだった。その原因を生み出したのは第三者——給仕服を着た金髪に紅い目の少女リザベートだ。
馬車が始動する前は確かに四人だった。始動した後も人数に変わりはなかった。
ところが、現在人数は五人。彼女以外が疑問に声を漏らしてしまったのも、無理はない。
「あ、お邪魔します。騎士の人、ミレナ様、えっと、その、怖い人。リザベートです」
「リザベート!? どうして乗って!? というか、いつの間にどうやって?」
謹厳と頭を下げ、リザベートは然もそこに居ることが当然であるかのように自己紹介。その超然としている彼女にミレナは顔を近づけ、問い質す。
「それは、ミレナ様、荷馬車の背に、掴まって、無理矢理乗ったからです」
彼女がどう乗ったのか講釈しよう。
先ず、村民達に気付かれぬように、土魔法で穴を掘って身を隠す。穴を掘った場所は、村から死角であり馬車が通るであろう道の先だ。
馬車が通過したと同時に顔を出し、欄干にしがみ付いてよじ登る。こうすることで、村民達に気付かれずに乗車できるのだ。
証拠に服と髪が土で汚れてしまっている。
「何で!? 御者の子ちょっととまッ」
「そ! その! 待って、ください。このまま、わたしも乗せていって、ください」
リザベートは声で上塗りして、ミレナを止めた。それから、どうにか乗せて行ってもらおうと、彼女は全身を使ってあわあわしながら訴え掛ける。
「えぇ! でも、勝手に連れて行くのは拙いんじゃ……リザベートがいないって、村で騒ぎが起きちゃうし、二人には負担掛けちゃうし」
「書置きを、残しておきました。なので、大丈夫です。負担は、その、わたし一人分のお金は、きっとお返ししますので、だから、どうか、お願いします!」
「僕はいいですよ! 女の子を守るのも騎士の務めです!」
「授かった任はイエギクさんとミレナ様、その付添人の方の護衛ですから。契約上は何の問題もありません」
胸を叩いて、自身の寛容さを誇示するレルド。彼に続いて、仕事の契約上でも支障がないことをケイニャは注釈する。
ミレナの掲げた問題点はこれで霧散した。こうなった以上、リザベートを降ろす大義名分はなくなり、無理矢理の選択肢だけが残ることに。無論、その選択をシュウとミレナが選ぶかどうかは否である。
ましてや、頭を下げて必死の懇願。重ねて、覚悟を示されたのだ。引き下がるのならシュウ達であろう。
「ありがとうございます! ごめんなさい、ミレナ様、それと、怖い、人。どうしても、ついて行きたくて」
「分かったわ。何も問題がないなら大丈夫だろうし……まぁ、クレイシアは怒ってそうだけど、ふふ」
クレイシアの怒る姿。
ミレナが言ったことも相まって、容易に想像できてしまう。今頃は尻尾を逆立たせ、リザベートを捜しに村を右往左往していそうだ。
因みに、話の中心人物であるクレイシアは書置きを見て「リザベートォォォ!!」と机を叩いて発声。
力が強すぎて、机を圧潰させてしまった話は、後に知ることとなる。
「別に戦いに行くわけじゃないしな。何の心配もいらねぇだろ……てか、怖い人って俺のことか?」
必要な事だったとはいえ、抽象的な覚えられ方をされているとなると、複雑な心境になる。言うならば、二十代の男が、子供から『おじさん』と言われて傷つく感じだ。
「はい、その、家名の方は、知らないし、いきなり下の名前で呼ぶのも、失礼だと思ったので……」
「だから怖い人と……いや、まぁ、そういう覚えられ方しても、仕方ないっちゃないか……家名はイエギクだ」
「では、イエギクくん」
その後、リザベートはシュウの家名を君付けで連呼。納得がいくまで続け、最後は「しっくりきます」と言って首を縦に振った。
「やいやぁぁい、怖いひとぉ~ぷふふ」
ミレナが横から腹を指で突っつき、小ばかにしてくる。しつこい彼女にシュウは「うるせ」と言って軽くデコピン。「ウへッ」と声を上げ、ミレナは後ろに倒れ撃沈した。
折檻完了だ。
「乗った理由を訊いていいか?」
「えっと、それは、イエギクくん、わたしに、自分のやりたい事をしろって、言ってくれましたよね?」
シュウにとっては二回目だが、リザベートにとっては一回目の出来事。
四日前に遡る。
捻じ曲げられた考え。植え付けられた価値観に思想。自己欺瞞。それが間違いだと諭そうとしたあの時だ。同情という身勝手な我欲が始まりだが、助けると決めた以上は突き通す。それが師匠に教えてもらったやり方だ。
「いつの話?」
「俺が起きた日だ。四日前、水粥零したあの日な」
「あぁ、あの日……そんなこと言ってたんだ」
「……あれから、いろいろと、考えたんです。それで、自分がどういう存在なのか、知りたいって、思ったんです」
リザベートは自身の服を掴み、真剣な表情でそう続けた。
「自分を……」
真っすぐな思いに釣られて、声を漏らすシュウ。
——自分を知ること。
それは抽象的で、名前の無いものに名付けするようで、形のないものを形成するようで、霧のように揺蕩っていて、曖昧模糊な何か。
ふわっとして、それでいて確固たる意志がある。
根拠の無い自信と言えるだろうか。新たなる大地の一歩目と、表現するべきだろうか。
今後のことは、恐らくリザベート自身も分かっていないだろう。だが、彼女の本能は自分を知りたいと渇望している。
「自分を知りたいって、今ここにいる自分は本当の自分ではない的なあれですか?」
「どこのマイナー哲学者ですかそれ、何とも言えぬ頭の悪さが滲み出てます」
的外れなことを述べるレルドに、ケイニャが飽き飽きしたと婉曲に指摘する。
空気が読めない故に、雰囲気作りが出来てしまうといったところか。ケイニャの軽蔑視する顔が如実に表現している。
「そういうのではなくて、そのままの、意味です。わたしは、なんでアイツ達に囚われていたのか、なんで、穴の中にいたのか、どこで生まれ、誰に育てられたのか、お母さんと、お父さんの名前も、覚えていないんです。自分の、名前ですらも、呼ばれていたから、知っている、だけで……」
「それは……失言でした」
下げられた頭に、リザベートは慌てながら大丈夫だと手を振る。
冗談半分で言ったレルドも猛省する程の錯雑とした内容。
囚われていた理由に、出生の軌跡すらも分からない。故意に記憶を消されたのか、何かしら他の原因があって消えてしまったのか。どちらにせよ、惨い話だ。
横にいるミレナも長耳を弱く垂れさせ、リザベートのことを見ていた。彼女の素性を痛ましく思っているのだ。
過去の記憶が無いことに関して、ミレナもその一人なのだから。
「その、示してくれた、イエギクくんなら、何か教えてくれるんじゃ、ないかって……」
「といっても、俺も事前情報があったから、リザベートのこと知ってただけだしな……正直言うと、俺にも分からん」
「そうだ! リザベートって、ヴァンパイアでしょ?」
先ほどの表情とは打って変わったテンションで、ミレナは陰鬱な空気を和ませようと手を叩いて質問。その問に、リザベートはこくっと頷いて肯定した。
「ヴァンパイアって、テレボウとかの方じゃなかったっけ?」
「となると、フェアラードに行ってはどうですか? あそこなら、船でテレボウに行けますし……」
ミレナの言葉をレルドが引き継ぐ。
フェアラード領——中央都に次ぐ、アルヒストを代表する領地だ。領地の広さは中央都に負けず劣らず。元の世界では、一国に等しい経済力を有している。
他国であるテレボウとの貿易によって栄え、異国文化の体験や異国人との交流ができる場所で有名だ。その弊害か、風潮が攪拌してしまうこともままある。
「つっても、一人で行かせる訳にもいかねぇな。信頼できる相手か、俺たちと一緒に」
「イエギクくんやミレナ様と一緒に行きたいです!」
腕を組んで考えているシュウに、リザベートは上半身を乗り出し、右手を上げて主張する。
ピカピカと煌めかせている瞳は無垢の現われだ。ならば最大限に、答えてやりたいのが心情である。
「——ふふ、そう言われたら、一緒に行くしかないわね」
「だな……先の話にはなっちまうが、必ずだ」
エイッと掲げられた手に、ミレナはハイタッチして小さな胸を張る。リザベートに貴方もと手を前に出され、シュウは拳を当てて答えた。
それぞれの了承を得られたリザベートは、温和な空気にニッコリだ。
「これぞ絆というやつですね……」
「感慨深い」
レルドとケイニャは両手を揃え、感傷にしみじみとする。根本の部分は似ているらしい。
そこで会話の流れは一度シャットアウト。
ジェスパー領で昼食を買い、厩舎にて馬の交換。御者も入れ替わり、領内を抜けて、再び街道を馬車が走る。草原と遠方に聳え立つ山を眺望しながら、買った昼食に手を付け始めた。
内容は穀物をミルクで炊いて作ったポリッジに、ライ麦パンにチーズ。最後は豚の干し肉だ。
千切ったライ麦パンをポリッジに付け、さらにその上にチーズを添えて食べる。
これがなかなかいけるのだ。ライ麦パンに干し肉とチーズを挟めば、王道の美味さだ。
元の世界の味には劣るが、食の有難さを感じられる点を加味すれば負けてはいない。
「水粥より、ミルク粥の方が上手いな」
「うん、モワティ村でも牛や羊が飼えたらいいんだけど、場所がね……馬で手一杯だし」
ライ麦パンを頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら会話を弾ませるミレナとシュウ。二人の横ではリザベートが木製皿を傾け、ポリッジを平らげる。対面側のケイニャとレルドは両手を合わせ、食後の祈りを捧げていた。
同じ国で同じ主神のアルヒを信仰していても、文化に少しも齟齬が無いわけではないのだろう。モワティ村では、食事前と後の感謝の言葉だけだ。
食事が済むと皿を樽の中に入れ、魔法で水を放出。洗い終わったら樽の水を捨て、中に入れて乾燥させる。
食事を終えればケイニャとレルドと、周囲に警戒しつつの世間話をした。
どうやら二人とも、中央都の北にあるフェアラード領出身らしい。文化に多少の齟齬があるのも、他国と交流が多いからだそうだ。
次に、何故シュウの服がボロボロなのかについての会話をした。
未来から何やの複雑なことは話さず、無一文だと回答した。ミレナも気を利かして話に乗ってくれたことで、話のオチは簡単についた。
世間話からしばらく経つと、ミレナが寝息を立てながら身体を預けて来た。その彼女のひざ元では、リザベートが就寝している。
「イエギクさんも眠いのなら、入眠してくださっても大丈夫ですよ」
目を閉じて、感覚を研ぎ澄ましていたシュウにレルドが提案する。
念のために索敵していたのだが、睡魔に襲われているのだと勘違いされてしまったらしい。
杞憂であることを示すために、シュウは目を開けて、
「いや……大丈夫です。気を張ってる時は、眠らないように鍛えて、てか、寝れないんすけどね」
少し自虐気味に答えた。
元の世界では、よく師匠から心を鍛える訓練を受けたものだ。
就寝中にも気を抜かないように訓練。視線や殺気で相手の場所を捉える訓練。感覚を研ぎ澄ませる訓練。色々とだ。
「なら気を休めてもらって結構ですよ。そのことを含め、護衛ですので」
「大丈夫です。俺がやりたくてやっている事なので……それに不測の事態には、備えておいて損はないっすから」
「——素晴らしい心構えで」
感心するケイニャに合わせて、レルドも同じ感情を露にした。
「不測の事態ですか……それが起きる可能性が高い現状……本当にこれから、どうなっていくのでしょうか」
レルドの発言。まさかと、笑い話にもならない現状。シュウは眠っているミレナとリザベートを、憂いた目で見るのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
モワティ村付近、森の中。時刻は陽刻の八時前。
「そろそろ時間だな……」
囁いたのは濃い緑髪の男。背丈は六尺を優に超え、丸太のように太い体躯はグレイと差異はない。胴体に残る火傷の跡は傷跡を誇るように、大っぴらになっている。戦士さながらの容姿だ。
「噂をすれば、来たようですよ」
切り株の上に鎮座する巨躯の男。その彼の横で佇んでいるもう一人の男がいた。背丈は巨躯の男に比べると小さく、男性にしては細身だ。肩に垂れかかるまで、その濃い茶色の髪を伸ばしている。
静かな森林を彷彿させるような、不思議な魅力に溢れた男だ。
「久しぶりだな、グレイ。リフ……」
巨躯の男は来客に立ち上がり、長髪の男は細い眦を開けて見やった。来客は筋骨隆々のグレイと細身のリフ。巨躯と筋骨隆々。長髪と細身。
まるでそれは、別側面の自分同士が立ち会ったような光景だった。
「いったい、何の用だ。オロイ」
「まぁそう邪見すんなよ。仲良くしようぜ。同じマエモノ同士の、好だろ?」
グレイとリフの前に立つ二人の男は、そうやって元騎士であることを泰然と明かした。




